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大威徳陀羅尼経 (大威德陀羅尼經)

「大威德陀羅尼經」について

隋 · 底本の訳者:闍那崛多

12.0 万字 · 約 401 分

『大威徳陀羅尼経』は、隋代に北インドの高僧・闍那崛多によって漢訳されました。この経典は密教の教典に属し、陀羅尼(呪文)を核心として、大威徳明王の法門を説いています。そこには煩悩を調伏し、障害を除き災いを消す密法が含まれています。経典の中では、呪文を唱える功徳と修行の儀軌が強調され、国を守り民を助け、災いを鎮め福を増す効果があるとされています。隋唐時代に密教が隆盛した際、この経典は重要な修行のよりどころとなり、漢伝仏教における初期の密教文献として、後世の密法の流布に深い影響を与え、崇高な地位を占めています。


大威德陀羅尼經卷第一

大威徳陀羅尼経 巻第一

隋北印度三藏闍那崛多譯

隋代、北インドの三蔵、闍那崛多(じゃなくった)の訳です。

如是我聞:

私はこのように聞きました。

一時婆伽婆在舍婆提大城祇樹給孤獨園,與大比丘眾千二百五十人俱。復有無量天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、緊那羅、摩睺羅伽、人非人等四部大眾左右圍遶。爾時世尊告長老阿難言:「阿難!有陀羅尼法本,過去諸佛已曾顯示略廣解釋,為諸侍者及以眾生受安樂故、憐愍世間諸天人等廣利益故。我今亦欲說此陀羅尼,亦令眾生受安樂故、哀愍世間諸天人等廣利益故。阿難!汝既是我親承侍者,我今為汝說此法本。諦聽諦受,善思念之,當為汝說。」爾時阿難而白佛言:「唯然世尊!願樂欲聞。」

あるとき、世尊は舎衛国の大城、祇樹給孤独園におられ、大比丘衆千二百五十人とともにありました。また、無量の天・龍・夜叉・乾闥婆・阿修羅・緊那羅・摩睺羅伽・人非人などの四部の大衆が、左右を取り囲んでいました。そのとき、世尊は長老阿難に告げて言われました。「阿難よ、陀羅尼の法本があり、過去の諸仏はすでにこれを略説し、また広く解き明かして、侍者たちや衆生が安楽を受けるため、世間の天人たちを憐れみ広く利益するために示されました。私も今、この陀羅尼を説こうと思います。同じく衆生が安楽を受けるため、世間の天人たちを哀れみ広く利益するためです。阿難よ、あなたは私に親しく仕える侍者ですから、私が今あなたのためにこの法本を説きましょう。よく聞き、よく受けとめ、よく心に留めなさい。あなたのために説きます。」そのとき、阿難は仏に申し上げました。「はい、世尊。喜んでお聞きしたく存じます。」

佛告阿難:「一者神通、二者根本;又復一者是欲具足、二者見具足,不入涅槃,所謂斷見及以常見。復有二見不入涅槃,謂於我見煩惱著見,以一智者而言無智。復次應知俗事及與執著世俗言詞,應知事及與非事,應知有為事及無為事,應知生、應知滅,則應知入處、應知非入處,應知去處、應知斷去處、應知處所,應知愛、應知愛因緣、應知境界道,應知發去處、應知入處、應知至處去勝,應知別離、應知別離住處,應知攝非事、應知非義語、應知聚集事,應知緣、應知緣住處、應知緣和、應知緣生處、應知緣生、應知緣所生法,應知行、應知勝行,應知住國土處善根、應知攝閑預成就、應知得閑預分、應知得佛出世善根,應知作防護事、應知信欲減、應知閑處,應知一自在、二分別生、三種得因緣,應知三學行、二種淨戒、三種聖教、一愛著瞋恚、一真實謂如來教、一朋友不可破、一伴可共入怖處、一切眾生自在非善知識、一切眾生具自在難不信發行、一切眾生本性破壞、一切眾生共同一行、一切眾生不得愛故與愛為奴、一切眾生自過不見故不入涅槃、一切眾生各相障礙不得解脫、一善根不能斷故入般涅槃。興造諸業而不失壞,入一欲故入惡處,入二三四五欲故入地獄中。一種不欲、一種印、二種觀察、一種勇健、一道七處、五破壞、五力、五語道處、五世間法、五生趣、五聚陰、五病、五無病、五根、五時、五三摩耶分、五摩呼多、五最後心生處持來、五不勝法、五儜怯、五優婆塞、五種多貪性、五種宰官、五無量、五勝作、五戲論、五恐怖、五怨讎、五不共心分、五不敬、五尊重、五重、五擔、五怖畏、五宰官和合、五種滅依身、五種滅依口、五種滅依意、五種想因緣、五受、五受斷、五暗、五暗盲、五翳障眼、五羅剎、五淵、五迴轉、五窟、五窟斷、五分第一禪、五種聲、五種世法行、五種共法舉罪、五教示、五善知識教、五種言說法音生處、五種論法、五喜根、五喜生處、五憂生法、五怯弱怖畏應當解說、五種功能應當解說、五種世間功德行、五種漏法和合、五種勝世行、五種觸生、五種惡道、五種惡眼、五種惡耳、五種惡鼻、五種惡舌、五種惡身、五種惡意、五無功德法、五種獨住持因緣、五種離教師隨緣流轉、五種法應隨順眾、五受因緣、五受不斷滅、五法當作憂、五痛著不遍知故受苦痛、五種蓋不可取、五種障分別、五一向行法不應取、五種事物應當離、五相不斷滅、五乾燥無因起、五作惡處滿、五種烟、五奸猾欺誑言說、五種賊長命難打、五作時行、五種眾生塚間平等、五種在空處因緣、五窟處不恐怖隨心所欲、五嚴熾不作惡、五巧行境界處、五無中間、五法不作別異、五住處、五惡住處、五種得錢物得宿命得念智現證見巧因緣隨轉、五無毒、五濕波耶那、五善根大果報隨轉、五功德捨法、五懶惰事、五信滿、五法具足當入正位、五根前受業報、五種智聚欲滿隨轉、五時施善根成熟增長、五施當減諸有、五種戒超越、五道滿足、五戒俱善覆護滿足、五種戒當轉法輪、五戒俱具足已得四十種歡欣法,五種戒俱受已羸劣戒不具足缺減破戒,謂優婆塞優婆夷五種刺患,命終時得五種行巧解脫當具足滿。五中等邊、五種戒羸、五戒句顛倒行無有別異、五戒羸當為說、五戒俱當轉十二相法輪、五種時一法時、五種言一法言、五種眾一眾會、五種道一善妙、五命終一是斷、五智者一最勝、五境界我歎一、五道無別異相、五解脫一無有出、五實言一真實、五種滅一真滅、五種惡無可淨、五踊躍、五自恣、五治罰、阿蘭那宿處具五讚歎、一坐頭多得五讚歎、常乞食行頭多五讚歎、五種入聚落當教示、五縫衣功德、五多聞者功德、樂欲法五功德、五種惡魔波旬作障礙、五種患障法言法言斷具、五惡解脫事、五障礙得、五破壞、五世間賊、五攝受語言、五妄語事、五不共住、五捨智、五破戒惡、五破戒處、五應知分別破戒、五事持毘那耶。應知五分別不持毘那耶、應知五比丘不知正威儀不持毘那耶,言語因緣自說多聞。彼如是如是梵行者,不問五法持毘那耶,健瞋當向惡趣。五持律者,有煩惱而不慚恥,得五種乾燥,自行欲不淨而自說淨,欲行持律時得五種罪、五種非時語。求報施法有五種過患。五種諍論根本,令比丘恐怖。五臭穢法,非學者語。五種論師逼切故毀佛,五種毀法、五種毀僧。法師有五種不淨,比丘應知各別不各別。五種法墮調戲不持戒處,破戒在身成妄語者。復有妄語者,戒如糞穢。比丘五法具足心懆如風。比丘五法具足說外道語。比丘五法具足,不巧知修多羅。比丘五法具足捨佛菩提。比丘五法具足能生瞋恚,瞋恚生已捨佛語。俗人五法具足,於出家法師如法和合。五下分結、五上分結、五損、五惡、五身結、五惱法、五因、五緣、五頂墮、五不自在作法。五三十三天於先墮相。五四天王天集會法。五三十三天受取、五三十三天不受取。五三十三天如業果報勝酒。五勝法天女捨己天子面向他天。五三十三天作業,釋迦提婆那民共一萬二千天女出善法堂。五三十三天集會欲破阿修羅。五三十三天鬪諍相至園。應知五三十三天發鬪。五三十三天具足法降阿修羅。五三十三天具足健法,初生即有此念,得自業智。五種欲行諸天大集會。五種夜摩天內信巧方便,生得見諸佛。五種往昔善根,夜摩諸天遊戲而不迷惑。五種往昔善根,夜摩諸天各無輕慢亦無嫉妬。五種法具足,夜摩諸天過有閑預。五法具足,兜率陀諸天子當得九十九種歡喜法。五種兜率陀諸天子往昔願法,不失正念。五種兜率陀諸天子往昔願法,而不迷惑。五種往昔勝願戒滿足故,兜率陀諸天子神通成就,願滿足故分別得成。五種法具足,兜率陀諸天子值佛出生,不捨離已得信具足故,捨家出家得近如來,既出家已得解脫智。五法具足,兜率陀諸天子立於先死相法,生而不恐怖死,死已不假作念知所生處,能生厭離而不放逸。七十五種相具足,兜率陀天子勝取欲行。十五種相具足,兜率陀諸天子值佛出生,親近不離不生悔心;若不值佛,命終已後而生人間,當得出家證緣覺道。五眼根相,兜率陀諸天命終已生人間。智者應知五根相夜摩諸天命終、五根相三十三天命終、五根相四天王天命終、三根相地居諸天命終、八種根相人間命終,還生人間。智者應知六種根相,合會大地獄,死還生人間。智者應知應取是相,九根相活大地獄中死、七根相黑繩大地獄中死,十三根相速轉速滅速生寒地獄中,死還生人間。四根相畜生中死、四根相獼猴中死,還生人間。六根相野干中死,還生人間。十六根相,真正師子中死,還生人間。四種彼日初分時根相、四種日中時根相、四種日後分時根相。四種瞋根相。阿難!我且略說,若欲廣明是義,有十二俱致百千等數根之勝相,彼佛如來知諸眾生各各根數。

仏は阿難に告げられました。「第一は神通、第二は根本です。また第一は欲望が具足すること、第二は見解が具足することです。涅槃に入らないもの、それは断見と常見です。また二つの見解があり、涅槃に入りません。すなわち我見と煩悩にとらわれる見解であり、一つの智慧をもって無智とするものです。また知るべきです。世俗の事柄と世俗の言辞への執着、知るべき事と非事、知るべき有為の事と無為の事、生を知るべきこと、滅を知るべきこと、さらに入るべき処を知り、入るべきでない処を知り、去るべき処を知り、去るべき処を断つことを知り、処所を知り、愛を知り、愛の因縁を知り、境界の道を知り、発して去る処を知り、入る処を知り、至る処の勝れたるを知り、別離を知り、別離の住処を知り、非事を摂することを知り、非義の語を知り、聚集の事を知り、縁を知り、縁の住処を知り、縁の和を知り、縁の生処を知り、縁の生を知り、縁によって生じた法を知り、行を知り、勝れたる行を知り、国土に住する処の善根を知り、閑預を摂して成就することを知り、閑預の分を得ることを知り、仏の出世の善根を得ることを知り、防護の事をなすことを知り、信と欲の減を知り、閑処を知り、一つの自在、二つの分別の生、三種の得の因縁を知るべきです。三学の行を知り、二種の浄戒、三種の聖教、一つの愛着と瞋恚、一つの真実とは如来の教え、一つの友は破るべからず、一つの伴は共に怖処に入るべし、一切衆生の自在は善知識にあらず、一切衆生は自在を具足するも信じて発行すること難し、一切衆生は本性壊破し、一切衆生は共同して一行なり、一切衆生は愛を得ざるがゆえに愛の奴となり、一切衆生は自過を見ざるがゆえに涅槃に入らず、一切衆生は各々相障礙して解脱を得ず、一つの善根は断つべからざるがゆえに般涅槃に入る。諸業を興造して失壊せず、一つの欲に入るがゆえに悪処に入り、二・三・四・五の欲に入るがゆえに地獄の中に入る。一種の不欲、一種の印、二種の観察、一種の勇健、一道の七処、五の破壊、五の力、五の語道処、五の世間法、五の生趣、五の聚陰、五の病、五の無病、五の根、五の時、五の三摩耶分、五の摩呼多、五の最後心の生処を持ち来たる、五の不勝法、五の儜怯、五の優婆塞、五種の多貪性、五種の宰官、五の無量、五の勝作、五の戯論、五の恐怖、五の怨讎、五の不共心分、五の不敬、五の尊重、五の重、五の担、五の怖畏、五の宰官和合、五種の滅依身、五種の滅依口、五種の滅依意、五種の想因縁、五の受、五の受断、五の暗、五の暗盲、五の翳障眼、五の羅刹、五の淵、五の回転、五の窟、五の窟断、五分の第一禅、五種の声、五種の世法行、五種の共法挙罪、五の教示、五の善知識教、五種の言説法音生処、五種の論法、五の喜根、五の喜生処、五の憂生法、五の怯弱怖畏まさに解説すべきこと、五種の功能まさに解説すべきこと、五種の世間功徳行、五種の漏法と和合、五種の勝世行、五種の触生、五種の悪道、五種の悪眼、五種の悪耳、五種の悪鼻、五種の悪舌、五種の悪身、五種の悪意、五の無功徳法、五種の独住持因縁、五種の離教師随縁流転、五種の法まさに衆に随順すべきこと、五の受因縁、五の受不断滅、五の法まさに憂を作すべきこと、五の痛着は遍知せざるがゆえに苦痛を受く、五種の蓋は取るべからず、五種の障分別、五の一向行法は取るべからず、五種の事物まさに離るべきこと、五の相不断滅、五の乾燥無因起、五の作悪処満、五種の煙、五の奸猾欺誑言説、五種の賊は長命にして打ち難し、五の作時行、五種の衆生塚間平等、五種の空処に在るの因縁、五の窟処に恐怖せず随心所欲、五の厳熾にして悪を作さず、五の巧行境界処、五の無中間、五の法は別異を作さず、五の住処、五の悪住処、五種の得銭物・得宿命・得念智・現証見・巧因縁随転、五の無毒、五の湿波耶那、五の善根大果報随転、五の功徳捨法、五の懶惰事、五の信満、五の法具足してまさに正位に入るべきこと、五の根は前に業報を受く、五種の智聚の欲満随転、五の時施の善根成熟増長、五の施まさに諸有を減ずべきこと、五種の戒超越、五の道満足、五の戒俱に善く覆護し満足、五種の戒まさに法輪を転ずべきこと、五の戒俱に具足已に四十種の歓欣法を得、五種の戒俱に受已に羸劣なる戒は具足せず欠減破戒なり、いわゆる優婆塞・優婆夷の五種の刺患、命終の時に五種の行巧解脱を得てまさに具足満つべきこと。五の中等辺、五種の戒羸、五の戒句顛倒行に別異ありて無し、五の戒羸まさに説くべきこと、五の戒俱にまさに十二相の法輪を転ずべきこと、五種の時一法の時、五種の言一法の言、五種の衆一衆会、五種の道一善妙、五の命終一は断なり、五の智者一は最勝なり、五の境界我は一を歎ず、五の道に別異の相なし、五の解脱一に出ることなし、五の実言一は真実なり、五種の滅一は真滅なり、五種の悪浄むべからず、五の踊躍、五の自恣、五の治罰、阿蘭那宿処に五の讃歎を具す、一坐頭多く五の讃歎を得、常乞食行頭多く五の讃歎あり、五種の入聚落まさに教示すべきこと、五の縫衣功徳、五の多聞者の功徳、楽欲法の五功徳、五種の悪魔波旬障礙を作す、五種の患障法言法言断具、五の悪解脱事、五の障礙得、五の破壊、五の世間賊、五の摂受語言、五の妄語事、五の不共住、五の捨智、五の破戒悪、五の破戒処、五のまさに知るべき分別破戒、五の事毘那耶を持す。まさに知るべき五の分別毘那耶を持せず、まさに知るべき五の比丘正威儀を知らず毘那耶を持せず、言語因縁自ら多聞を説く。彼の如是我如是なる梵行者は五の法を問わず毘那耶を持し、健瞋まさに悪趣に向かうべし。五の持律者は煩悩ありて慚恥せず、五種の乾燥を得、自行の欲不浄にして自ら浄と説き、欲行持律の時五種の罪・五種の非時語を得。報を求むる施法に五種の過患あり。五種の諍論根本は比丘をして恐怖せしむ。五の臭穢法は非学者の語なり。五種の論師逼切のゆえに仏を毀り、五種の毀法、五種の毀僧。法師に五種の不浄あり、比丘まさに知るべき各別不各別。五種の法調戯に堕し戒を持せざる処、破戒身に在りて妄語者となる。また妄語者あり、戒は糞穢の如し。比丘五法具足して心風の如く懆ぐ。比丘五法具足して外道の語を説く。比丘五法具足して修多羅を巧知せず。比丘五法具足して仏菩提を捨つ。比丘五法具足して能く瞋恚を生じ、瞋恚生已に仏語を捨つ。俗人五法具足して出家法師に如法和合す。五の下分結、五の上分結、五の損、五の悪、五の身結、五の悩法、五の因、五の縁、五の頂堕、五の不自在作法。五の三十三天の先堕の相。五の四天王天の集會法。五の三十三天の受取、五の三十三天の不受取。五の三十三天の如業果報勝酒。五の勝法天女己が天子を捨てて他天に面向く。五の三十三天の作業、釈迦提婆那民一萬二千の天女と共に善法堂を出づ。五の三十三天集會して阿修羅を破らんと欲す。五の三十三天鬪諍の相園に至る。まさに知るべき五の三十三天の発鬪。五の三十三天具足の法阿修羅を降す。五の三十三天具足の健法、初生即ち此の念あり、自業智を得。五種の欲行諸天の大集會。五種の夜摩天の内信巧方便、生じて諸仏を見ることを得。五種の往昔善根、夜摩諸天遊戯して迷惑せず。五種の往昔善根、夜摩諸天各々軽慢なく亦た嫉妬なし。五種の法具足、夜摩諸天有閑預を過ぐ。五法具足、兜率陀諸天子まさに九十九種の歓喜法を得べし。五種の兜率陀諸天子往昔の願法、正念を失わず。五種の兜率陀諸天子往昔の願法、而も迷惑せず。五種の往昔勝願戒満足のゆえに、兜率陀諸天子神通成就し、願満足のゆえに分別得成。五種の法具足、兜率陀諸天子仏に値い出生し、捨離せざる已に信具足を得るがゆえに、家を捨て出家して如来に近づくことを得、既に出家已に解脱智を得。五法具足、兜率陀諸天子先死の相法に立ち、生じて死を恐怖せず、死已に仮に作念せずして知所生処、能く厭離を生じて放逸せず。七十五種の相具足、兜率陀天子勝れて欲行を取る。十五種の相具足、兜率陀諸天子仏に値い出生し、親近して離れず悔心を生ぜず。もし仏に値わざれば、命終已後に人間に生まれ、まさに出家して縁覚道を証すべし。五の眼根相、兜率陀諸天命終已に人間に生ず。智者まさに知るべき五の根相夜摩諸天命終、五の根相三十三天命終、五の根相四天王天命終、三の根相地居諸天命終、八種の根相人間命終にして還た人間に生ず。智者まさに知るべき六種の根相、合會大地獄、死して還た人間に生ず。智者まさに知るべきまさに是の相を取るべきこと、九の根相活大地獄の中に死し、七の根相黒縄大地獄の中に死し、十三の根相速転速滅速生寒地獄の中に死し、還た人間に生ず。四の根相畜生の中に死し、四の根相獼猴の中に死し、還た人間に生ず。六の根相野干の中に死し、還た人間に生ず。十六の根相、真正師子の中に死し、還た人間に生ず。四種の彼の日初分の時の根相、四種の日中時の根相、四種の日後分の時の根相。四種の瞋根相。阿難、我まさに略して説かん。もし広く是の義を明さんと欲せば、十二俱致百千等の数の根の勝相あり、彼の仏如来は諸衆生の各各の根数を知りたまう。」

「阿難,有人日初分時應漏盡,不被教示,以放捨故,於日中時作無間業成就滿足。以是因緣故,背佛世尊,墮大地獄。阿難!有眾生日初分時教授佛法,以貪欲具故,彼人是處坐已正念得如是心,如謗諸佛及毀菩提,墮落邪中。阿難!有眾生有欲取衣,離欲著衣。阿難!有眾生有欲舉足,離欲下足。阿難!有眾生念欲睡眠,既坐床已即得漏盡。阿難!有眾生貪欲就臥,頭未到枕,於其中間即得離欲。有眾生不出家時,於佛教中應生天上;既出家已,墮大地獄至不喜處。有眾生不出家故,應墮大地獄中到不喜處;彼出家已,得勝漏盡。智者應當知如是相。阿難!如殊帝迦長者,若七日過已不出家者,應墮阿鼻大地獄中大不喜處。阿難!如來有如是等知諸根智各各不同,是故如來能知眾生去處來處,亦復巧知諸根別處。阿難!汝觀女人有歡欣法,知染欲、知不染欲,以根增上,觀面故知。況復如來阿羅訶三藐三佛陀,證阿耨多羅三藐三菩提,而不能知眾生諸根如是勝相?如來有如是大力、有如是大智。阿難!有眾生,如來於日初分入舍婆提大城乞食時,即至第二四天下,在彼間處日初分時,以四十種相方便教化一眾生故,猶在舍婆提大城次第乞食時。舍婆大城乃有六十眾生,諸根缺壞作無間業,為欲殺母作非法事。彼等眾生若出家者,即得阿羅漢果。」作是語已,時長老阿難白佛言:「世尊!何因緣故,如來為一眾生於彼處中,以四十種相方便教化,猶能於彼舍婆提大城令諸眾生於聖法中作無障礙耶?」

「阿難よ、ある者は日初分(日の出のころ)に煩悩を尽くすはずであったのに、教え示されることなく、放逸に捨て置かれたために、日中(正午ごろ)になって無間の業を成就し完成してしまいました。この因縁によって、仏世尊に背き、大地獄に堕ちました。

阿難よ、ある衆生は日初分に仏法を教授されましたが、貪欲を備えていたため、その者はその場に座って正念を得たものの、このような心を起こしました──諸仏を謗り菩提を毀るかのごとくに。そして邪道に堕落しました。

阿難よ、ある衆生は衣を取ろうとする欲を起こしながら、欲を離れて衣を着ます。阿難よ、ある衆生は足を上げようとする欲を起こしながら、欲を離れて足を下ろします。阿難よ、ある衆生は欲を念じて眠ろうとし、床に座ったとたんに煩悩を尽くします。阿難よ、ある衆生は貪欲のままに横になりますが、頭が枕に届かないうちに、その間に欲を離れます。

ある衆生は、出家しなければ仏教の中で天上に生まれるはずでしたが、出家した後、大地獄に堕ちて不喜処に至ります。ある衆生は、出家しなかったならば大地獄に堕ちて不喜処に至るはずでしたが、その者が出家した後、勝れた煩悩の尽きる悟りを得ます。智者はこのような相を知るべきです。

阿難よ、殊帝迦長者のように、もし七日を過ぎても出家しなければ、阿鼻大地獄の大不喜処に堕ちるはずでした。阿難よ、如来にはこのような、諸々の根を知る智慧があり、それぞれが異なっています。それゆえ如来は衆生の去る処・来る処を知り、また諸根の別々の在り処をも巧みに知るのです。

阿難よ、あなたは見なさい。女人には歡欣の法があり、染欲を知り、不染欲を知り、根の増上によって、顔を見るだけで知ることができます。ましてや如来・阿羅訶・三藐三佛陀が、阿耨多羅三藐三菩提を証して、衆生の諸根のこのような勝れた相を知ることができないはずがありましょうか。如来にはこのような大力があり、このような大智があります。

阿難よ、ある衆生がいます。如来が日初分に舍婆提の大城に入って乞食するとき、ただちに第二の四天下に至り、その間の処で日初分に、四十種の相をもって方便して一人の衆生を教化するためでありながら、なお舍婆提の大城で次第に乞食しているときでもあります。舍婆提の大城には六十の衆生があり、諸根が欠壊して無間の業を作り、母を殺そうと欲して非法の事をなしています。それらの衆生は、もし出家すれば、ただちに阿羅漢果を得ます。」

こう語られた後、そのとき長老阿難は仏に申し上げました。「世尊よ、どのような因縁で、如来は一人の衆生のためにその処で四十種の相をもって方便して教化し、なおかつ舍婆提の大城で衆生たちを聖なる法において障りのないものとすることができるのでしょうか。」

佛告阿難:「彼一眾生在第二四天下大洲世界,如來世尊以四十種方便教化者,唯佛能度非聲聞耶。如來於彼日初分時,若不教化彼一眾生,則能具造五無間業,當墮阿鼻大地獄中。墮地獄已,九十九俱致百千年歲受大苦惱。彼等眾生唯佛能化,非餘二乘。阿難!彼一眾生最後應度,唯佛能化。阿難!如來為彼一眾生故,住九十九俱致百千歲。何以故?阿難!此是諸佛境界。阿難!如來所應作業,要必當作而不廢捨。阿難!如來住壽,若一劫若減一劫,應以佛身度眾生故,或復過彼。阿難!以此因緣故,彼一眾生,如來以四十種教化。日初分時住聖法中,得阿那含果。又復阿難!時彼眾生說此偈言:

仏は阿難に告げました。「かの一衆生は第二四天下の大洲世界におり、如来世尊が四十種の方便をもって教化される者です。ただ仏だけが度することができ、声聞にはできません。如来がかの日の初分の時に、もしかの一衆生を教化しなければ、その者は五無間業をことごとく造り、阿鼻大地獄に堕ちるでしょう。地獄に堕ちた後、九十九俱致百千年の歳月にわたり大いなる苦悩を受けます。それらの衆生はただ仏だけが教化でき、他の二乗にはできません。阿難よ、かの一衆生は最後に度されるべき者であり、ただ仏だけが教化できます。阿難よ、如来はかの一衆生のために、九十九俱致百千歳のあいだ住まわれます。なぜでしょうか。阿難よ、これは諸仏の境界だからです。阿難よ、如来がなすべき作業は、必ずなさねばならず、捨てることはありません。阿難よ、如来の住寿は、一劫あるいは一劫に満たないほどのあいだ、仏身をもって衆生を度するために、あるいはそれ以上にも及びます。阿難よ、この因縁によって、かの一衆生を、如来は四十種をもって教化されます。日の初分の時に聖法の中に住し、阿那含果を得ました。また阿難よ、その時かの衆生はこの偈を説きました。

「『前際及後際, 現在不知故,
造作於惡業, 亦不知諸法。
前際及後際, 現亦無所有,
三世皆平等, 於中無所得。
分別故有得, 若離則無得,
諸法無所有, 如是隨如見。
所說離欲想, 空想亦復然,
想斷無分別, 此說無所有。
說身有所有, 以取故示現,
諸法不可得, 於中無滅者。
若取於涅槃, 思念即顛倒,
取故說有物, 說想還顛倒。
無想說有想, 無想亦復然,
一切想離故, 比丘成無有。
說欲有所有, 瞋癡亦是有,
此無有知已, 是說法眼者。
我已知彼欲, 如是實無物,
不生亦不滅, 此是彼自想。
大智者善說, 諸法無有想,
世俗故有言, 於中不可得。
虛空空說已, 彼得則所有,
不生名與色, 本性是法空。
功力於涅槃, 復有眾生得,
若有想涅槃, 彼見則是惡。
諸想皆滅已, 法想亦復然,
不取亦不捨, 是上丈夫說。』

前際と後際、そして現在を知らないがゆえに、 悪業を造り、また諸法をも知りません。 前際と後際、現在もまた何も存在せず、 三世はみな平等であり、その中に得るものはありません。 分別するがゆえに得るということがあり、離れれば得ることはありません。 諸法は何も存在せず、そのように如を随見します。 説かれた離欲の想、空の想もまた同様です。 想が断たれれば分別はなく、これは何も存在しないという説き方です。 身に存在するものがあると説くのは、取るがゆえに示現したものです。 諸法は得ることができず、その中に滅するものはありません。 もし涅槃を取るならば、思念はすなわち顛倒です。 取るがゆえに物があると説き、想を説けばまた顛倒に戻ります。 無想なのに有想と説き、無想もまた同様です。 一切の想が離れているがゆえに、比丘は無有となります。 欲に存在するものがあると説き、瞋と癡もまた有るとされます。 これに有ることがないと知った人は、法眼を得たと言われます。 私はすでにかの欲を知りましたが、このように実に何もないのです。 生じることもなく滅することもなく、これがかの自想です。 大智者はよく説かれました、諸法に想はないと。 世俗のゆえに言葉があり、その中に得ることはできません。 虚空空と説いてしまえば、彼には得るものがあることになります。 名と色は生じず、本性はこれ法空です。 功力は涅槃において、また多くの衆生が得るものです。 もし涅槃に想があれば、その見はすなわち悪です。 諸想がみな滅してしまえば、法想もまた同様です。 取ることもなく捨てることもなく、これが最上の丈夫の説くところです。

「阿難!此等六十眾生舍婆提住者,皆於往昔迦葉佛所諸聲聞人,供養佛已,於後復作非法事業。非阿羅漢,數為利養因緣自稱自舉,而不自知不得法味。造惡業已,諸根毀減。復次阿難!有五種惡根不平等故,非善友作善友行。阿難!有眾生,五種根相具足,種種承事而不能修,於己母邊亦行欺誑,況餘眾生也。五種根相具足,一眼不得出家。此法律中,五種根相具足,可畏眼不得出家。此法律中,五種根相具足,赤眼不得出家。此法律中,五種根相具足,大赤眼不得出家。此法律中,五種根相具足,跛人不得出家。此法律中,五種根相具足,脚脛曲不得出家。此法律中五種法,聾人不得出家。此法律中五法,曲脊不得出家。此法律中五法,䁋(虛涉反)眼不得出家。此法律中五法,九指及十一指不得出家。此法律中五法,節分斷不得出家。此法律中五法,割耳不得出家。此法律中五法,割鼻不得出家。此法律中五法,具足眼根闕不得出家。此法律中五法,具足睗(式亦反)眼不得出家。此法律中五法,具足眇眼不得出家。此法律中五法,具足不正見墜陷識不得出家。此法律中五法,具足瞎眼不得出家。此法律中五法,具足黃門人不得出家。此法律中五法,具足二根不得出家。此法律中五法,具足割根不得出家。此法律中五法,具足共丈夫行欲不得出家。此法律中五法,具足亂心人不得出家。此法律中五法,具足太長太短過黑不得出家。此法律中五法,具足太白不得出家。此法律中五法,具足白癩不得出家。此法律中五法,具足熟身不得出家。此法律中五法,具足疎齒不得出家。此法律中五法,具足竪髮不得出家。此法律中五法,具足赤頭不得出。家此法律中五法,具足綠髮頭不得出家。此法律中五法,具足太黃不得出家。此法律中五法,具足斫面不得出家。此法律中五法,具足少髮及無髮不得出家。此法律中五根相具足,山羊眼、矘(土莾反)眼、小不瞬眼、𥈾(一玦反)眼、極深眼、睽眼、睒眼、電眼、睉(子戈目)眼(謂小目)、長眼、睛相逼眼、轉睛眼、睍(下典反)睴(公困反)坏眼、斑眼、驢眼、雞眼、尸利陀眼、漚婆陀眼、低彌魚眼、婆迦利陀眼(已上無正名可譯)、鷹眼、鞞羅眼(亦無正名)、獼猴眼、狗眼、阿荼迦羅眼(亦無正名)、薩多泥去多眼、尸陵伽羅眼(義云角)、汗眼、黃眼、刪由迦多眼、娑賀賀那眼、缺眼、雉眼、瞿利多眼(團)、刪提多眼(續)、毘跋眅(疋姦反)多妬羅眼(轉患露白)、婆稚多眼、毘盧婆眼、阿舍羅摩那眼、那泥奚多眼、毘鉢羅毘羅眼、闍妬婆眼(一本云禪妬婆,義似蛇)、緊陀羅眼、毘囉伽眼、漚那帝囉眼、三鉢囉朱帝囉眼、憂婆陀囉眼、婆荼婆馬眼、婆囉陀眼、婆羅伽眼、低視眼、猪眼網眼、毘察多眼(被傷)、皺眼青黃眼,不得出家。阿難!復有九萬九千彼彼眾生根,如來悉知、如來悉見。阿難!如來應正遍知有如是等無量無邊知見。阿難!復有二十二根相,詐善比丘貴重資財,諸佛如來皆如實知。復有二十二根相,詐善比丘所有語言臭如死尸。又有十根相,阿蘭若比丘所出語言邪命詐善。有五根相,邪命比丘詐修善故,眾人識知。五根相破戒比丘,諸天唱告有五聲言,於持戒比丘告言:『尊者!某甲比丘戒聚墮、戒聚遠離。』五種受法語出。若有比丘自戒聚墮,彼時諸天白善比丘:『持戒者邊,名某比丘,今戒聚破。』五種讚歎歡喜法。於比丘邊所住諸天及三十三天,知比丘勝已,於四方讚歎五眼根相。比丘外現善相、內心邪命,比丘五種見法各自有患,和合共住更互相信。比丘五有迦婆具足少法,諸比丘應當知,捨仙聖幢相而轉墜下。五法具足比丘不尊重戒,亦不尊敬佛法僧寶。五法具足比丘尼,不敬重佛法僧寶。五法具足比丘尼,不敬重大比丘。五法具足比丘尼,速墮戒聚。五法具足比丘尼,受他教令、依他功力破壞人胎。五法具足比丘尼,實不敬重和上阿闍梨,詐為親相示現無怨,貪著利養,當墮惡處。五法具足比丘尼,應知譬如門閫。五法具足比丘尼,若有智者,若在家若出家,應當遠離如利角牛,謂妬嫉、瞋恚、無恩、惡口、諂曲。如是五法具足比丘尼,應當遠離。五法具足比丘尼,還俗戒聚墮落,更欲出家,諸比丘不得聽。何以故?彼比丘尼不能住法,污染比丘,彼墮地獄。比丘五法具足,於比丘尼邊作諸過失,當墮地獄,不值四佛。五法具足,諸有智者見比丘尼生過患想。五法具足度女人出家,與已正法三分損減。比丘五破壞法,於比丘尼邊污染者,五法具足殺害眾生。五法具足諸俗人等,作不聞法業。五法具足,或有俗人心思出家,而彼不得聽令出家。五法具足俗人富伽羅等,以不正信而墮地獄。五法具足,能令婦人墮地獄中。五法具足諸眾生等,先已和合後還破壞。五種言語法,斷鬪諍根。五大地獄根力故,應當演說。五因五緣妄言取生、五散睡法、五怖流轉、五朋友法而相損害、五朋友如母,五法捨、五法取,五法聖者訶、五法富伽羅應治罰,五自知不由他,五如金剛想、五不定想、五住想,五同心富伽羅、五不同心富伽羅,五富伽羅諂曲、五富伽羅無明、五富伽羅有疑意,五富伽羅度諸憂惱、五富伽羅如輪山、五富伽羅諸智所讚歎,五法具足富伽羅供養如來、五法具足富伽羅樂破僧,五過去增上言、五未來增上言、五現在增上言,五法合道,五聖言之非聖言,五身證者地,五見到地,五證相聖地,五取別相,五富伽羅如杵、五富伽羅如石、五想具足富伽羅如杵至盡。五想具足害母及父、五想具足於佛所生惡心出血,五想具足造五無間業於一劫住大地獄中。五想具足從大地獄死,生於人間當得斷見。五想具足當得邪見、五想具足當捨重擔、五想具足墮不定聚及離重擔。五想具足富伽羅如優鉢羅,不假善友而善根增,不損不減。五常善讚法,得親近住增長善法。五法具足不親下人,然其境界亦非聖境。五種惡心者誑惑虛無、五毒蛇人空無物者、五法具足不得上閑預處、五過患根、五常不和合。五無攀緣如來不迎,況諸聲聞。五梵行者法、五癡法,五欲事、五非欲事。五斷者、五如𤬪法作所作已令魔減損、五渴愛無義語令生疑意、五決了智能減渴愛、五不消過患。五富伽羅利智、五富伽羅部分分別智、五富伽羅決了智。五法將墮餓鬼、五法於他邊毀謗。五法具足若有得法者,天等世難知,唯我能知。五順轉、五逆轉,五想滿足虛空想、五想滿足世界中間住、五想滿足斷見轉,五分別想、五不分別想,五種說想、五觀想、五度觀想、五攝取想、五折伏想、五不可得想,五瞋想、五不瞋想。有不和合想、有味想、有愛想、有憎想,有想當作想、有想當不作想,有非想非想想、有離想想者非想想者。阿難、於中非想想者,以五種方便當作離想。於中離想想者,彼亦當作五種方便。何以故?阿難!毘婆舍那智有攝取想不折伏、有折伏想不攝取。阿難!於中有攝取想不折伏者,彼五種想當作戲論。阿難!於中折伏想非攝取想者,彼七種想當作懈怠。阿難。此二想中非攝受想,當作受滅。其受滅中,真實想不墮於非想。乃至未增法想中,斷盡生已,生死寂滅,是則最後離天流轉。五種善而有諍鬪。五顛倒意疑,不見語者。五根法入煩惱。五業報故,諸眾生等得大名聞。五速入作不善根,然比丘作想住已,入於修多羅。五惡攝取法,令眾生命終。五種生處,依自身虫生,令諸眾生當成就眼事及憂惱事,頭似白瘡。有五法患頭,命終當苦惱死。五法被刀患、五法不可治即取命終、五寂滅不離住、五法不善根具足當成無子丈夫。五種虫依身體,在臍下胞邊住,得無子丈夫數。既無有子,使脚繚戾、語言麁澁。彼人根中有五種虫:一名無子男、二無子丈夫、三無子婦女。彼有虫名波羅株博迦,住在彼人大小便道中,其形微細頭如針孔,彼等食已,能令眾生一向絕欲,於受欲中懶惰懈怠。有五虫名瞿祇羅,依住於臍,眾生死時虫飲血故得上氣病,於一剎那一牟休多即便命終。有五虫名娑婆底野目佉,依於人項,眾生臨欲命終,喘息之時搦人咽喉飲咽喉血。有五虫名鴦耆羅尼伽羅(隋言吞吐),住人咽喉。人食苦食彼虫即動,彼虫動已舌根即動,其味處處令散,以業報故喉生息肉,若熟即死;若不熟者,於眼及喉即成患苦。有五虫名僧鳩吒迦,住眾生脚掌,食肉食血。阿難!時彼僧鳩吒迦虫食足下肉血已,有筋名毘羅途羅,是筋連續眼根。彼筋為僧鳩吒迦虫食已,眼即上舉。行時筋關,不轉即成瞎跛。彼等眾生,如來知無利益、無有善根,彼生眼根生已還滅。阿難!一眾生有五千要節分,如來悉知。彼要節分中,有芥子分,觸者即盲、或瞎或跛、或聾或作傴脊。或有節分如芥子,物觸者,觸已即便命終。阿難!此身如是受生,如是羸劣無有勢力。阿難!五種想如來不說,憐愍眾生故。有五種他廣作慢,諸眾生等所生慢處,有五慢不滅有患。有五種自身不觀者,慢彼大慢故,當作無間業。慢事慢、瞋事慢、受慢、種種稱量慢、順流慢、逆流慢、詐善慢、稱譽慢、見慢、力慢、色慢、語言慢、辯才慢,壞滅羞慚親近等事。有五種富伽羅如破星稱,有五富伽羅如猫兒,有五富伽羅如糞,有五富伽羅如風,有五富伽羅如火,有五富伽羅大患。比丘有五處具足,當作舉罪羯磨,五如法問當令舉。比丘舉已,當不合捨,以五法當捨。五法報最堅,若比丘眾和合被舉者,至他方入比丘眾。五重法比丘犯已當得舉,比丘共和合作法事、若食、若作羯磨、若語言、若布薩、若自恣。或覆藏五法具足比丘,不令與他作舉羯磨。五種法舉者,比丘自身作罪,其作羯磨事壞不成。五法具足比丘,為舉比丘作佐助、或作朋黨,彼還如此作羯磨,五七住處令憶念。有諸比丘被他舉者,若更來入、彼若不入,彼等皆合舉五事。持律者當應斷五事。持律者巧能斷言:我是彼知不知者,有忘失、無有疑䓶處,應問彼七聚分處、應問受具戒處、應問四初學者四種恭敬處、應問四恭敬處所。四闕少攝門,應問四闕攝所。四依羯磨,應問四依羯磨等。四丈夫障治罰語,應問四種丈夫障治罰者。四無智作者,如有事犯罪及道所生處,應問彼。若問時,為說是如來印,彼處依修多羅說力。四五二八四轉犯道,應問,彼若堪解依義,應示彼人得成真持律者、無諂說法者。五種法壞本性不應作。阿難!此是四攝持律者、大勢力持律者。若於是中所學持律,七戒聚墮二十千數,善能解釋,知者讚歎,隨順所見。阿難!說此四攝,而無多人許可所說。何以故?魔當覆藏如是說故。阿難!優婆離知此四攝,彼名最勝持律行者。阿難!持律者,五法具足,應施他法。阿難!持律行者,五勝具足,當向勝處、當得勝處。持律行者。五法具足,當墮地獄,被他厭賤、迷本行業。五種論師說迷惑言,四種論師作人言語,一種論師不歎言說。若說一迷語,彼二種見身。譬如百歲眾生仰面向上,不見前後。如是如是,有一論師不得滿足外道功德,亦不能滿沙門功德。阿難!譬如有一盲人,又復一人得天眼者,如是二人未失人名,並是人也。阿難!如是如是。有一種論師,不捨論師名,共沙門行婆羅門行,然彼等人乃至不及似獼猴戒。阿難!有現獼猴句教示彼等,彼等學已得辟支佛道。五種憂事、五種憂具、五種折伏憂、五種得禪道、五種生明、五滅明、五出明、五行虛空、五同行事、五觀察、五說勝法令歡喜、五忍、五降伏、五背面、五愚癡、五處所眾生各各破壞。眾生死時有五種心生,有一最後心受生處。五生處有二樂、五生處一切無樂。五種戒、五忍、五調伏欲、五頭痛、五眼痛、五鼻痛、五面痛、五面門痛、五食道、五耳疑、五眼根疑,面門得欲歡喜已,速得瞋恚十種惡,耳忘失音聲。五法具足舌根薄,五種善根口業清淨他信受語。五虫依頭名優羅蒱,亦名鉢盧,亦名那羅瞿,亦名波羅瞿,亦名婆帝虱都,彼五法令眼筋羸弱。復有五虫噉食頭腦,名三暮瞿,亦名摩瞿踰,亦名尼帝踰逐都,亦名娑陀藍蒱,亦名娑途馱奴。若數發已食項筋斷,令諸眾生所有言音眾生不受。五種名字說法,能令眾生言語不滿。五離惡平等知故,轉五根本,一切眾生各各鬪競。五得伏藏賊,不能奪五寄付而不欺誑。五爭競本,二十二種相眼當減。此身中有二萬二千筋,有一筯攝,更別有十筋入項中、五筋入懸臃、五筋入肩膊、五筋入咽喉。此身有五十七百千數筋,纏縛此身。一如彼筋數頭髮,還有如許一一頭髮,復有五百五百名字,阿難!彼諸如來於一名中安置建立,五速根、二攝根、二略、二共根、二無根。彼五處應分別,天道、人道、地獄道、畜生道、閻羅王道。五種根相,最後出入息眾生應知,此處捨已當墮阿鼻大地獄中。有四種根相,縛清淨不缺不濁,若於最後出入息時不墮惡道。智者應知,是人此處捨身命已,生三十三天。三種根相應墮畜生,二種根相當墮閻魔羅世。七種根相彼最在後出入息時,如是根相智者當知,如此眾生捨是身已得生人間。」

「阿難よ、ここに舍婆提(シャーヴァスティー)に住む六十の衆生は、みな過去に迦葉仏のもとで声聞の者たちでした。仏を供養した後、再び非法の行いをなしました。阿羅漢ではなく、利養のためにたびたび自らを称し自らを高め、自ら法の味を得ていないことを知りませんでした。悪業を造った後、諸根は損なわれました。

さらに阿難よ、五種の悪根が不平等であるため、善友でない者が善友のふるまいをします。阿難よ、ある衆生は五種の根相が具足していながら、さまざまに奉仕しても修めることができず、自分の母に対しても欺きます。まして他の衆生においてはなおさらです。五種の根相が具足していながら、一眼の者は出家できません。この法と律において、五種の根相が具足していながら、畏ろしい眼の者は出家できません。この法と律において、五種の根相が具足していながら、赤眼の者は出家できません。この法と律において、五種の根相が具足していながら、大赤眼の者は出家できません。この法と律において、五種の根相が具足していながら、跛の者は出家できません。この法と律において、五種の根相が具足していながら、脚の脛が曲がった者は出家できません。この法と律において五法により、聾の者は出家できません。この法と律において五法により、曲がった背の者は出家できません。この法と律において五法により、䁋(虚渉反)眼の者は出家できません。この法と律において五法により、九指および十一指の者は出家できません。この法と律において五法により、節分が断たれた者は出家できません。この法と律において五法により、耳を割かれた者は出家できません。この法と律において五法により、鼻を割かれた者は出家できません。この法と律において五法により、眼根が具足していながら欠けた者は出家できません。この法と律において五法により、睗(式亦反)眼が具足した者は出家できません。この法と律において五法により、眇眼が具足した者は出家できません。この法と律において五法により、不正見が具足し識が墜ち陥った者は出家できません。この法と律において五法により、瞎眼が具足した者は出家できません。この法と律において五法により、黄門(去勢された者)が具足した者は出家できません。この法と律において五法により、二根が具足した者は出家できません。この法と律において五法により、根を割かれた者が具足した者は出家できません。この法と律において五法により、共に丈夫と欲行する者が具足した者は出家できません。この法と律において五法により、乱心の者が具足した者は出家できません。この法と律において五法により、太長・太短・過黒の者が具足した者は出家できません。この法と律において五法により、太白の者が具足した者は出家できません。この法と律において五法により、白癩の者が具足した者は出家できません。この法と律において五法により、熟身の者が具足した者は出家できません。この法と律において五法により、疎歯の者が具足した者は出家できません。この法と律において五法により、竪髪の者が具足した者は出家できません。この法と律において五法により、赤頭の者が具足した者は出家できません。この法と律において五法により、緑髪頭の者が具足した者は出家できません。この法と律において五法により、太黄の者が具足した者は出家できません。この法と律において五法により、斫面の者が具足した者は出家できません。この法と律において五法により、少髪および無髪の者が具足した者は出家できません。

この法と律において五根相が具足していながら、山羊眼、矘(土莽反)眼、小不瞬眼、𥈾(一玦反)眼、極深眼、睽眼、睒眼、電眼、睉(子戈目)眼(小目を謂う)、長眼、睛相逼眼、転睛眼、睍(下典反)睴(公困反)坏眼、斑眼、驢眼、鶏眼、尸利陀眼、漚婆陀眼、低弥魚眼、婆迦利陀眼(已上、正名なし、訳すべし)、鷹眼、鞞羅眼(また正名なし)、猕猴眼、狗眼、阿荼迦羅眼(また正名なし)、薩多泥去多眼、尸陵伽羅眼(義は角と云う)、汗眼、黄眼、刪由迦多眼、娑賀賀那眼、欠眼、雉眼、瞿利多眼(団)、刪提多眼(続)、毘跋眅(疋姦反)多妬羅眼(転患露白)、婆稚多眼、毘盧婆眼、阿舍羅摩那眼、那泥奚多眼、毘鉢羅毘羅眼、闍妬婆眼(一本に禅妬婆と云う、義は蛇に似る)、緊陀羅眼、毘囉伽眼、漚那帝囉眼、三鉢囉朱帝囉眼、憂婆陀囉眼、婆荼婆馬眼、婆囉陀眼、婆羅伽眼、低視眼、猪眼網眼、毘察多眼(被傷)、皺眼青黄眼の者は、出家できません。

阿難よ、さらに九万九千の彼彼の衆生根があり、如来はことごとく知り、如来はことごとく見ます。阿難よ、如来・応・正遍知には、このような無量無辺の知見があります。阿難よ、さらに二十二の根相があり、詐善の比丘が資財を貴重としますが、諸仏如来はみな如実に知ります。さらに二十二の根相があり、詐善の比丘のすべての言葉は死屍のように臭います。また十の根相があり、阿蘭若(アランニャ)の比丘の出す言葉は邪命の詐善です。五の根相があり、邪命の比丘が詐って善を修めるため、人々が識知します。五の根相の破戒比丘について、諸天が唱告し五の声の言葉があります。持戒の比丘に向かって告げます。『尊者よ、某甲の比丘は戒聚が堕ち、戒聚から遠離しました。』五種の受法の語が出ます。もし比丘が自らの戒聚を堕とせば、その時、諸天が善比丘に白します。『持戒者のもとで、某という名の比丘が、今、戒聚を破りました。』五種の讃歎歓喜の法。比丘のもとに住む諸天および三十三天は、比丘の勝れたことを知って、四方に五眼根相を讃歎します。比丘が外に善相を現し、内心に邪命であれば、比丘の五種の見法はそれぞれに患いがあり、和合して共住し互いに信じ合います。比丘の五の迦婆が具足し少法があれば、諸比丘はまさに知るべきです。仙聖の幢相を捨てて転び墜ちます。五法が具足した比丘は戒を尊重せず、また佛法僧宝を敬いません。五法が具足した比丘尼は、佛法僧宝を敬いません。五法が具足した比丘尼は、大比丘を敬いません。五法が具足した比丘尼は、速やかに戒聚を堕とします。五法が具足した比丘尼は、他人の教令を受け、他人の功力に依って人の胎を壊します。五法が具足した比丘尼は、実は和上・阿闍梨を敬わず、偽って親しむ相をなし怨みがないように示し、利養に貪著し、まさに悪処に堕ちます。五法が具足した比丘尼は、まさに門閫(もんこん)のようなものと知るべきです。五法が具足した比丘尼を、もし智者があれば、在家であれ出家であれ、まさに利角の牛のように遠離すべきです。すなわち妬嫉、瞋恚、無恩、悪口、諂曲です。このような五法が具足した比丘尼は、まさに遠離すべきです。五法が具足した比丘尼は、還俗して戒聚が堕落し、さらに出家を欲しても、諸比丘は聴してはなりません。なぜなら、その比丘尼は法に住むことができず、比丘を汚し、彼は地獄に堕ちるからです。比丘に五法が具足すれば、比丘尼のもとで諸々の過失を作し、まさに地獄に堕ち、四仏に値いません。五法が具足すれば、諸々の智者は比丘尼に過患の想いを生じます。五法が具足して女人を出家させれば、すでに正法を三分損減します。比丘の五破壊法は、比丘尼のもとで汚す者は、五法が具足して衆生を殺害します。五法が具足すれば、諸々の俗人らは、法を聞かない業を作します。五法が具足すれば、あるいは俗人が心に出家を思いながら、彼は聴されて出家を許されません。五法が具足した俗人富伽羅(プドガラ)らは、不正信によって地獄に堕ちます。五法が具足すれば、婦人をして地獄の中に堕とすことができます。五法が具足すれば、諸々の衆生らは、先に和合した後、また破壊します。五種の言語の法は、闘諍の根を断ちます。五大地獄の根力のため、まさに演説すべきです。五因五縁の妄言が生を取り、五散睡法、五怖流転、五朋友法で互いに損害し、五朋友は母のごとく、五法は捨て、五法は取り、五法は聖者の訶めるところ、五法は富伽羅が治罰を受けるべきもの、五は自ら知り他によらない、五は金剛想、五は不定想、五は住想、五は同心の富伽羅、五は不同心の富伽羅、五の富伽羅は諂曲、五の富伽羅は無明、五の富伽羅は疑意あり、五の富伽羅は諸々の憂悩を度し、五の富伽羅は輪山のごとく、五の富伽羅は諸智に讃歎され、五法が具足した富伽羅は如来を供養し、五法が具足した富伽羅は破僧を楽しみ、五過去増上言、五未来増上言、五現在増上言、五法は道に合し、五聖言の非聖言、五身証者の地、五見到の地、五証相聖地、五取別相、五の富伽羅は杵のごとく、五の富伽羅は石のごとく、五想が具足した富伽羅は杵のごとく尽きるまで、五想が具足すれば母および父を害し、五想が具足すれば仏のもとで悪心を生じて血を出し、五想が具足すれば五無間業を造り一劫の間大地獄に住みます。五想が具足すれば大地獄から死に、人間に生まれて断見を得ます。五想が具足すれば邪見を得、五想が具足すれば重担を捨て、五想が具足すれば不定聚に堕ちまた重担を離れます。五想が具足した富伽羅は優鉢羅(ウッパラ)のごとく、善友を仮らずして善根が増し、損せず減りません。五は常に善を讃める法で、親近に住し善法を増長します。五法が具足すれば下人に親しまず、しかしその境界もまた聖境ではありません。五種の悪心の者は虚無を誑惑し、五毒蛇人は空無物の者、五法が具足すれば上閑預処を得ず、五過患根、五は常に和合しません。五は攀縁なく如来も迎えず、まして諸声聞においてはなおさらです。五梵行者の法、五癡法、五欲事、五非欲事。五断の者、五は𤬪のごとき法を作し所作已みて魔を減損させ、五渇愛の無義語は疑意を生じ、五決了智は渇愛を減じ、五不消過患。五の富伽羅は利智、五の富伽羅は部分分別智、五の富伽羅は決了智。五法はまさに餓鬼に堕ち、五法は他辺で毀謗します。五法が具足すれば、もし法を得る者があれば、天等の世は知り難く、ただ私だけが知ることができます。五順転、五逆転、五想が満足すれば虚空想、五想が満足すれば世界の中間に住し、五想が満足すれば断見に転じ、五分別想、五不分別想、五種の説想、五観想、五度観想、五摂取想、五折伏想、五不可得想、五瞋想、五不瞋想。不和合想あり、味想あり、愛想あり、憎想あり、想ありて当作の想となし、想ありて当に作さざるの想となし、非想非想想あり、離想想の者あり、非想想の者あり。阿難よ、その中で非想想の者は、五種の方便をもってまさに離想と作すべきです。その中で離想想の者は、彼もまたまさに五種の方便と作すべきです。なぜなら、阿難よ、毘婆舍那(ヴィパッサナー)の智には摂取想ありて折伏せず、折伏想ありて摂取せず。阿難よ、その中で摂取想ありて折伏せざる者は、彼の五種の想はまさに戯論と作すべきです。阿難よ、その中で折伏想にして非摂取想の者は、彼の七種の想はまさに懈怠と作すべきです。阿難よ、この二想の中の非摂受想は、まさに受滅と作すべきです。その受滅の中では、真実想は非想に堕ちません。乃至未増法想の中に、断尽して生已み、生死寂滅なるは、すなわちこれ最後の天流転を離れるものです。五種の善にして諍闘あり。五顛倒の意は疑い、語者を見ず。五根法は煩悩に入ります。五業報のため、諸々の衆生らは大名聞を得ます。五は速やかに不善根を作すに入り、しかし比丘が想を作し住已みて、修多羅(スートラ)に入ります。五悪摂取法は、衆生の命終を令します。五種の生処は、自身に依る虫が生じ、諸々の衆生をしてまさに眼事および憂悩事を成就させ、頭は白瘡に似ます。五法ありて頭を患い、命終にはまさに苦悩して死にます。五法は刀の患いに被り、五法は治すべからず即ち命終を取り、五寂滅は離住せず、五法は不善根が具足してまさに無子の丈夫となります。五種の虫は身体に依り、臍の下の胞の辺りに住み、無子の丈夫の数を得ます。すでに子がなくして、脚を繚戾させ、言語を麁渋にします。その人の根の中に五種の虫があります。一つは無子男、二つは無子丈夫、三つは無子婦女と名づけます。そこに波羅株博迦という名の虫があり、その人の大小便道の中に住み、その形は微細で頭は針孔のごとく、それらが食すれば、衆生をして一向に欲を絶たせ、欲を受ける中で懶惰懈怠にさせます。瞿祇羅という名の五虫があり、臍に依り住み、衆生の死時、虫が血を飲むため上気の病を得て、一刹那・一牟休多(ムフルタ)に即便ちに命終します。娑婆底野目佉という名の五虫があり、人の項に依り、衆生がまさに命終せんとし喘息の時、人の咽喉を搦み咽喉の血を飲みます。鴦耆羅尼伽羅(隋の言に吞吐)という名の五虫があり、人の咽喉に住みます。人が苦い食を食すればその虫は即ち動き、その虫が動けば舌根は即ち動き、その味は処々に散じさせ、業報のため喉に息肉が生じ、もし熟すれば即ち死に、もし熟さなければ眼および喉に患苦を成します。僧鳩吒迦という名の五虫があり、衆生の脚掌に住み、肉を食い血を食います。阿難よ、その時、その僧鳩吒迦虫が足の下の肉血を食し已れば、毘羅途羅という名の筋があり、この筋は眼根に連続します。その筋が僧鳩吒迦虫に食され已れば、眼は即ち上挙します。行く時、筋が関わり、転じなければ即ち瞎跛を成します。それらの衆生を、如来は利益なく善根がないと知り、彼の生は眼根が生じ已みてまた滅します。阿難よ、一の衆生には五千の要節分があり、如来はことごとく知ります。その要節分の中に、芥子の分があり、触れる者は即ち盲となり、あるいは瞎、あるいは跛、あるいは聾、あるいは傴脊となります。あるいは芥子のごとき節分があり、物が触れれば、触れ已みて即便ちに命終します。阿難よ、この身はこのように受生し、このように羸劣で勢力がありません。阿難よ、五種の想を如来は説きません。衆生を憐愍するためです。五種の他広作慢があり、諸々の衆生らが生まれる慢の処に、五慢は滅せずして患いがあります。五種の自身を観ざる者は、慢、彼の大慢のため、まさに無間業と作すべきです。慢事慢、瞋事慢、受慢、種々称量慢、順流慢、逆流慢、詐善慢、称誉慢、見慢、力慢、色慢、語言慢、弁才慢は、壊滅し羞慚・親近等の事を壊します。五種の富伽羅は破星称のごとく、五の富伽羅は猫児のごとく、五の富伽羅は糞のごとく、五の富伽羅は風のごとく、五の富伽羅は火のごとく、五の富伽羅は大患。比丘に五処が具足すれば、まさに挙罪羯磨と作すべきであり、五の如法の問はまさに挙げさせます。比丘が挙げ已みて、まさに合捨すべからず、五法をもってまさに捨てるべきです。五法の報は最も堅く、もし比丘衆が和合して挙げられれば、他方に至り比丘衆に入ります。五重法の比丘は犯し已みてまさに挙げられるべきであり、比丘が共和して作法事・もし食・もし羯磨を作し・もし語言・もし布薩・もし自恣をなします。あるいは覆蔵の五法が具足した比丘は、他に挙羯磨を作さしめません。五種の法の挙者があり、比丘自身が罪を作し、その羯磨の事は壊れて成りません。五法が具足した比丘は、挙の比丘のために佐助となり、あるいは朋党となり、彼は還ってこのように羯磨を作し、五七の住処で憶念させます。諸々の比丘が他に挙げられた者があれば、もしさらに来たり入り、彼がもし入らなければ、彼らはみな五事を挙げ合します。持律者はまさに五事を断ずべきです。持律者が巧みに能く断ずる言は、私は彼の知・不知の者、忘失あり、疑䓶の処なしと。まさに彼に七聚分処を問うべきであり、まさに受具戒処を問うべきであり、まさに四初学者・四種恭敬処を問うべきであり、まさに四恭敬処所を問うべきです。四闕少摂門、まさに四闕摂所を問うべきです。四依羯磨、まさに四依羯磨等を問うべきです。四丈夫障治罰語、まさに四種丈夫障治罰の者を問うべきです。四無智作者、もし有事の犯罪および道所生処のごとく、まさに彼に問うべきです。もし問う時、彼のために如来の印を説けば、その処は修多羅の説力に依ります。四五二八四転犯道、まさに問うべきであり、彼がもし義に依って解するに堪えれば、まさに彼の人に示して真の持律者・無諂の説法者と成ることを得させます。五種の法は本性を壊し、作すべからず。阿難よ、これが四摂の持律者・大勢力の持律者です。もしここにおいて学ぶ持律は、七戒聚堕二十千数、善く能く解釈し、知者は讃歎し、所見に随順します。阿難よ、この四摂を説いて、多く人は所説を許可しません。なぜなら、魔がまさにこのような説を覆蔵するからです。阿難よ、優婆離(ウパーリ)はこの四摂を知り、彼は最勝の持律行者と名づけられます。阿難よ、持律者は五法が具足すれば、まさに他に法を施すべきです。阿難よ、持律行者は五勝が具足すれば、まさに勝処に向かい、まさに勝処を得ます。持律行者は五法が具足すれば、まさに地獄に堕ち、他に厭賤され、本業の行に迷います。五種の論師は迷惑の言を説き、四種の論師は人の言語を作し、一種の論師は言説を歎きません。もし一の迷語を説けば、彼は二種の見身。たとえば百歳の衆生が仰面して向上し、前後を見ないようなものです。このようにこのように、一の論師ありて外道の功徳を満足することを得ず、また沙門の功徳を満たすこともできません。阿難よ、たとえば一人の盲人があり、また一人の天眼を得た者がいるとします。このように二人は人の名を失わず、ともに人です。阿難よ、このようにこのように。一種の論師ありて論師の名を捨てず、共に沙門行・婆羅門行を行いますが、しかしそれらの人々は乃至猕猴に似た戒にも及びません。阿難よ、現に猕猴の句がありて彼らに教え示し、彼らが学び已みて辟支仏道を得ます。五種の憂事、五種の憂具、五種の折伏憂、五種の得禅道、五種の生明、五滅明、五出明、五行虚空、五同行事、五観察、五説勝法令歓喜、五忍、五降伏、五背面、五愚癡、五処所の衆生は各各に破壊します。衆生の死時には五種の心が生じ、一の最後心が受生処となります。五生処には二楽あり、五生処は一切無楽。五種の戒、五忍、五調伏欲、五頭痛、五眼痛、五鼻痛、五面痛、五面門痛、五食道、五耳疑、五眼根疑、面門に欲歓喜を得已みて、速やかに瞋恚十種の悪を得て、耳は音声を忘失します。五法が具足すれば舌根は薄く、五種の善根は口業清浄にして他が語を信受します。頭に依る五虫は優羅蒱と名づけ、また鉢盧とも名づけ、また那羅瞿とも名づけ、また波羅瞿とも名づけ、また婆帝虱都とも名づけ、彼の五法は眼筋を羸弱にさせます。また五虫ありて頭脳を噉食し、三暮瞿と名づけ、また摩瞿踰とも名づけ、また尼帝踰逐都とも名づけ、また娑陀藍蒱とも名づけ、また娑途馱奴とも名づけます。もし数々発し已まれば項筋を食し断ち、諸々の衆生のすべての言音を衆生が受けません。五種の名字の説法は、衆生の言語をして満たざらしめます。五離悪平等知のため、五根本を転じ、一切の衆生は各各に闘競します。五は伏蔵賊を得て奪うこと能わず、五は寄付して欺誑せず。五は争競の本、二十二種の相眼はまさに減ずべきです。この身の中に二万二千の筋があり、一の筯が摂し、さらに別に十筋が項中に入り、五筋が懸臃に入り、五筋が肩膊に入り、五筋が咽喉に入ります。この身に五十七百千数の筋があり、この身を纏縛します。一は彼の筋の数のごとくに頭髪があり、還ってそのごとくに一一の頭髪があり、さらに五百五百の名字があります。阿難よ、それらの如来は一名の中に安置し建立します。五速根、二摂根、二略、二共根、二無根。それらの五処はまさに分別すべきです。天道、人道、地獄道、畜生道、閻羅王道。五種の根相は、最後の出入息の衆生はまさに知るべきであり、ここを捨て已みてまさに阿鼻大地獄の中に堕ちます。四種の根相ありて、清浄不缺不濁に縛し、もし最後の出入息の時、悪道に堕ちなければ、智者はまさに知るべきであり、この人はここで身命を捨て已みて、三十三天に生まれます。三種の根相はまさに畜生に堕つべきであり、二種の根相はまさに閻魔羅世に堕つべきです。七種の根相は彼が最も後に出入息する時、このような根相を智者はまさに知るべきであり、このような衆生はこの身を捨て已みて人間に生まれることを得ます。」

大威德陀羅尼經卷第一

大威徳陀羅尼経 巻第一


第二

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