阿育王經卷第一
阿育王経 巻第一
梁扶南三藏僧伽婆羅譯
梁の扶南三蔵僧伽婆羅訳
生因緣第一
第一品 生因縁
佛住王舍城竹林迦蘭陀精舍。於彼早起著衣持鉢。與比丘眾圍繞入王舍城乞食。是時空中而說頌曰。
仏は王舎城の竹林精舎に滞在されていた。ある朝早く、衣を整えて鉢を持ち、比丘たちに囲まれて王舎城へ托鉢に入られた。その時、虚空から次の偈が聞こえてきた。
佛身如金山 行步如象王
面貌甚端嚴 猶若於滿月
與比丘圍繞 俱行入於城
仏の御身体は黄金の山のごとく、歩みは象王のごとし。 そのお顔立ちはとても端厳で、あたかも満月のようである。 比丘たちに囲まれながら、共に都に入って行かれる。
爾時世尊將欲入城足履門閫。有種種不思議事。盲者得視。聾者能聽。啞者能語。跛者能行。牢獄繫閉皆得解脫。有怨憎者悉生慈悲。犢子繫縛自然解脫其往母所。一切諸獸象馬牛等心大歡喜悉皆鳴吼。一切飛鳥鸚鵡舍利俱翅羅孔雀等鳥鳴聲相和。諸莊嚴具鐶釧釵璫種種寶物在篋笥中自然出聲。甚可愛樂。一切伎樂自然俱作。是時此地自然清淨。無諸穢惡沙礫瓦石荊棘毒草。六種震動。東踊西沒。西踊東沒。南踊北沒。北踊南沒。中央踊四邊沒。四邊踊中央沒。周迴旋轉現此種種奇特。之事爾時空中復說偈言。
その時、世尊が都に入ろうとして門の敷居をまたがれると、様々な不思議な出来事が起こりました。 盲人は見えるようになり、聾者は聞こえるようになり、唖者は話せるようになり、足の不自由な者は歩けるようになりました。 牢獄に閉ざされていた者たちは皆、束縛から解き放たれました。 互いに憎み合っていた者たちは、皆、慈しみの心を生じました。 子牛を繋いでいた綱は自然に解け、子牛は母牛の許へと向かいました。 全ての獣、象・馬・牛などは心から喜び、皆、鳴き声をあげました。 全ての鳥、鸚鵡・舍利・倶翅羅・孔雀などの鳥たちは、互いに鳴き声を合わせました。 様々な装身具、腕輪・釧・簪などの宝飾品が、箱の中から自然に美しい音を奏で、大変心地よい響きでした。 あらゆる楽器が、人の手を借りずに共に鳴り響きました。 また、この大地は自然と清らかになり、汚れや悪臭、砂利や瓦礫、茨や毒草などは一切なくなりました。 大地は六種に震動しました。東が踊り西が沈み、西が踊り東が沈み、南が踊り北が沈み、北が踊り南が沈み、中央が踊り四方が沈み、四方が踊り中央が沈み、周囲を巡り回って、このような様々な奇特な出来事が現れたのです。 その時、虚空の中でまた、次のような偈が説かれました。
一切大地 四海為衣 國城諸山
以為莊嚴 世尊蹈地 六種震動
如海中舶 為風所吹
すべての大地が広がり、 四方の海が衣のようであり、 国々の城や山々が 飾りとなっている。
世尊が大地を歩まれると、 六種の震動が起こる。 それはあたかも海の船が 風に吹かれるかのようである。
時佛入城。以神力故令一切人悉生喜踊。如大海水為風所吹。一切人民而說偈言。
お釈迦様が町に入られると、その神通力によって、すべての人々が喜びと踊りに満たされました。まるで大海の水が風に吹かれて波立つかのようでした。その時、すべての人々は次のように偈を唱えました。
世間可愛樂 無過佛入國
大地六種動 沙礫無遺餘
諸根不具足 悉皆得具足
一切眾樂器 自然出妙聲
佛光照諸國 如千日照世
以香水灑地 及栴檀末香
是時此國城 莊嚴中第一
世の中で愛すべきものは、仏が国に入られること以上にない。 大地は六種類に震え、砂利は一粒残らずなくなる。 すべての不具な者たちも、完全にその身を整える。 あらゆる楽器が、自然に美しい音を奏でる。 仏の光はあらゆる国を照らし、千の太陽が世を照らすかのようだ。 香りの水を地にまき、栴檀の粉末の香もまたまかれる。 この時、この国の都は、荘厳さにおいてこの上なく優れていた。
爾時世尊行至大路。於大路中有二小兒。一是何伽羅久履笥(翻最勝姓)兒。一是久履笴(翻勝姓)兒。此二小兒在沙中戲。第一小兒名闍耶(翻勝)。第二小兒名毘闍耶(翻不勝)。此二小兒見世尊身三十二相。第一小兒以沙為糗捧內佛鉢。第二小兒合掌隨喜。即說偈言。
そのとき、世尊は大通りにお出でになった。大通りには二人の幼い子どもがいた。一人はアガラクリヴェーシーの子、もう一人はクリヴェーサーの子である。この二人の子どもは砂の上で遊んでいた。第一の子どもはジャヤ、第二の子どもはヴィジャヤという名であった。この子どもたちは、世尊の身にそなわる三十二の相を見て、第一の子どもは砂を団子の形に握って仏の鉢に差し出し、第二の子どもは合掌してともに喜び、次の偈を唱えた。
自然大慈悲 圓光莊嚴身
已遠離生死 我今一心念
以心念佛故 捧沙以供養
自然の大慈悲(だいじひ)を持ち、 円(えん)の光が荘厳(しょうごん)されたお姿。 すでに生死(しょうじ)を遠く離れた(お方)、 私は今、一心に念じます。
心をもって念ずるがゆえに、 砂を捧げて供養いたします。
是時闍耶供養已而發願言。以此善根當令我為一繖地王於佛法中廣作供養。佛知其心見其正願。未來之世有勝妙果。由佛如來為福田故。以慈悲心而受此沙。即便含笑身出諸光。青黃赤白。或從頂出。或膝下出。膝下出光照八地獄。寒者得暖熱者清涼。光照其身苦惱皆除。彼諸眾生心生疑惑。我已脫苦。為即住此。為餘處生。爾時世尊為起善念復作化人。令至其處。彼眾生見而生心言。我等今者非異處生。但以此人力故令我脫苦。復於化人更生心念。地獄報業悉皆消滅。從彼命終生人天中有見諦處。從頂出光照四天王乃至阿迦尼吒。於光明中說苦無常空無我法。復說偈言。
そこで、闍耶は供養を終えると、このように願を起こしました。「この善根によって、私は一つの傘の下を治める王となり、仏法において広く供養を行えますように。」仏はその心をご存じになり、その正しい願いをご覧になりました。未来の世に勝れた妙なる果報があることを。如来が福田であられるがゆえに、慈悲の心をもってこの沙を受け取られました。そこで微笑みを浮かべ、お体からさまざまな光を放たれました。青・黄・赤・白の光で、あるものは頭頂から出、あるものは膝の下から出ました。膝の下から出た光は八つの地獄を照らしました。寒い者は暖かさを得、熱い者は涼しさを得ました。光がその身を照らすと、苦悩はすべて除かれました。それらの衆生は心に疑惑を生じました。「私はすでに苦から脱れた。このままここに留まるのか、それとも他の場所に生まれるのか。」そのとき世尊は、善い心を起こさせるために、再び化人をお作りになり、その場所へ行かせました。その衆生たちは化人を見て、このような心を起こしました。「私たちは今、別の場所に生まれたのではない。ただこの人の力によって、苦から脱れることができたのだ。」さらに化人に対して、このような心を起こしました。「地獄の報いの業はすべて消滅した。」彼らはそこで命を終え、人・天の中に生まれ、真理を見る場所を得ました。頭頂から出た光は四天王を照らし、さらに阿迦尼吒天にまで及びました。その光明の中で、苦・無常・空・無我の法を説かれました。さらに偈を説かれました。
當精進出家 相應於佛法
滅除生死軍 如象破宅舍
若人於佛法 勤行不放逸
捨一切生死 得一切苦滅
修行に励み、出家して、仏法に沿って生きなさい。 生死の軍勢を滅ぼし去れ、まるで象が葦の小屋を打ち破るように。 もし人が仏法において、怠ることなく精進するならば、 あらゆる生死を捨て去り、すべての苦しみを滅ぼし尽くす。
佛之光明能照三千大千世界。照已還入佛身。若佛欲記過去業報光從背入。若佛欲記未來業報光從前入。若佛欲記地獄生者光從足入。若佛欲記畜生生者光從踝入。若佛欲記餓鬼生者光從脚趾入。若佛欲記人生者光從膝入。若佛欲記鐵輪王生光從左掌入。若佛欲記金輪王生光從右掌入。若佛欲記天生光從臍入。若佛欲記聲聞菩提光從口入。若佛欲記緣覺菩提光從白毫相處入。若佛欲記菩薩菩提光從肉髻入。光從三千世界還者。先繞佛三匝然後各隨所入。今佛含笑身出光明。繞佛三匝從左掌入不無因緣。是時阿難見已合掌。而說偈言。
仏の光明は三千大千世界を照らし、照らし終わってから仏の身に戻ります。もし仏が過去の業報を授記しようとされるなら、光は背中から入ります。もし仏が未来の業報を授記しようとされるなら、光は正面から入ります。もし仏が地獄に生まれる者を授記しようとされるなら、光は足の裏から入ります。もし仏が畜生に生まれる者を授記しようとされるなら、光はくるぶしから入ります。もし仏が餓鬼に生まれる者を授記しようとされるなら、光はつま先から入ります。もし仏が人間に生まれる者を授記しようとされるなら、光は膝から入ります。もし仏が鉄輪王の誕生を授記しようとされるなら、光は左手のひらから入ります。もし仏が金輪王の誕生を授記しようとされるなら、光は右手のひらから入ります。もし仏が天に生まれる者を授記しようとされるなら、光はへそから入ります。もし仏が声聞の悟りを授記しようとされるなら、光は口から入ります。もし仏が縁覚の悟りを授記しようとされるなら、光は白毫のところから入ります。もし仏が菩薩の悟りを授記しようとされるなら、光は肉髻から入ります。
光が三千世界から戻ってくるときは、まず仏の周りを三度回ってから、それぞれに応じた場所に入ります。今、仏は微笑みながら身から光明を放ち、それが仏の周りを三度回ってから左手のひらに入られました。これは決して理由のないことではありません。その時、阿難はこれを見て両手を合わせ、偈を唱えて申し上げました。
佛除掉慢等 滅怨成勝因
不無因而笑 齒白如珂雪
以智慧能知 他所樂聞事
以最勝光明 能令彼疑滅
佛聲如雷震 眼猶如牛王
人天勝福田 當記施沙報
仏は慢心などを除き、怨みを滅ぼして勝れた因を成す。 原因なく笑うことはなく、歯は白く雪のようである。 智慧によって、他者の喜んで聞くことを知り、 最勝の光明で、彼らの疑いを滅ぼす。 仏の声は雷の如く震え、眼は牛王のようである。 人天における勝れた福田であり、布施された砂の報いを記すべきである。
佛言。阿難。我於今者不無因笑。有因緣故如來應正遍知現此含笑。阿難汝見小兒以手捧沙置鉢中不。阿難白佛。唯然已見。世尊又言。此兒者我入涅槃百年後。當生波吒利弗多城王名阿育。為四分轉輪王信樂正法。當廣供養舍利起八萬四千塔饒益多人。於是如來復說偈言。
仏は言われた。「阿難よ、私は何の理由もなく微笑んだのではない。理由があって、如来・応供・正遍知はこの微笑みを示したのだ。阿難よ、あなたはあの子どもが手に砂をすくって鉢に入れるのを見たか。」阿難は仏に答えた。「はい、見ました。」世尊はさらに言われた。「この子どもは、私が涅槃に入ってから百年後に、波吒利弗多(パータリプトラ)という都で、アショーカ王という王として生まれるであろう。彼は四分転輪王となり、正しい法を信じ喜び、広く舎利(仏舎利)を供養して八万四千の塔を建て、多くの人々を益するであろう。」そこで如来は再び偈を説かれた。
我入涅槃後 當生孔雀姓
名阿育人王 樂法廣名聞
以我舍利塔 莊嚴閻浮提
是其功德報 施沙奉於佛
私が涅槃に入った後、孔雀の姓を持つ者が現れ、 その名をアショーカ王といい、法を楽しみ広く名を馳せるでしょう。 彼は私の舎利塔をもって、閻浮提(しゃぶたい=人の世)を荘厳します。 それは、かつて砂を仏に捧げた功徳の報いなのです。
佛時取沙授與阿難而語之言。汝取牛糞用和此沙塗佛經行地。阿難受教即用塗地。乃至波吒利弗多城。有王名旃那羅笈多(翻月護)。時王有子名頻頭娑羅(翻適實)。頻頭娑羅長子名修私摩(翻善結)。
時に、仏は砂を取り、阿難に与えて言われた。「あなたは牛糞を取り、この砂と混ぜて、私が経行する場所に塗りなさい。」阿難は教えを受け、すぐにその通りに塗った。
さて、波吒利弗多(パータリプトラ)という都に、旃那羅笈多(チャンドラグプタ)という名の王がいた。その王には、頻頭娑羅(ビンドゥサーラ)という子があった。頻頭娑羅の長子は、修私摩(スシーマ)といった。
是時有詹波城婆羅門生一女。色貌端正國中第一。相師記曰。是女夫當作王女應生二子。第一子作四分轉輪王。第二子出家得道。婆羅門聞是語已生大歡喜。欲樂富貴將其女往波吒利弗多國。以一切莊嚴之具莊嚴其身。而白頻頭娑羅王言。我女端正國中第一。與王作婦。王即納之以置宮內。一切內人皆作是念。此女端正彼國最勝。若王見者必當樂著不愛我等。諸內人等思惟是已。即便令其作剃毛師為王剃毛。又於一時王令剃毛。當剃毛時王便得眠。王眠既覺心生歡喜。即語其言。汝有所須隨意所說。即白王言。我願與王共相娛樂。時王語言。汝是剃毛師我是國王。云何同汝。復白王言。我是婆羅門女非剃毛師。彼婆羅門本欲以我為王夫人。王又問言。誰令汝作剃毛師耶。答言。內人。王又語言。汝今勿復更為此事。即便取之以為夫人。少時有娠十月生子。時王念言。我今無憂。即名此兒為阿輸柯(即是阿育翻為無憂)。乃至生第二兒。除心憂故即名此兒為毘多輸柯(翻為除憂)。其體麁澁父不愛念。時頻頭娑羅王欲相諸子誰堪紹繼即命外道相師。名賓伽羅跋娑(翻蒼犢)語言。和上我欲相諸王子。若我滅後誰堪為王。賓伽羅跋娑答言。大王欲相王子當入金殿。乃至頻頭娑羅王將至金殿。時阿育母語阿育言。大王今日欲相諸子汝可往彼。阿育答言。王不喜我。云何得往。其母語言。汝今但去。阿育答言今當如命。願母遣人將食至彼。乃至阿育從波吒利弗多城出。時有大臣。名曰成護。遇見阿育問言。今者欲何處去。阿育答言。今日大王於金殿上欲相諸子。我今往彼。成護即以最勝舊象與阿育乘。阿育乘象至金殿所。至已於諸王中而便坐地。諸王皆有種種飲食金銀為器。時阿育母即便遣人辦飯與酪。盛以瓦器送與阿育。是時頻頭娑羅王語相師言。汝當次第相諸王子。於我滅後誰堪為王。相師思惟。若言阿育堪為王者。王不重之必當殺我。思惟是已便白王言我今以因緣相不出其名。王答言好。相師即言。若王子中有好乘者便堪為王。大王復言。汝可更相。相師復言。若勝坐處是堪為王。大王復言。汝可更相。相師復言。有好飲食及以好器則堪為王。時諸王子聞其此言各各思惟。若有好乘坐處飲食器者我當作王。阿育思惟。今此相師不出其名以相故說。若好乘等堪為王者我乘最勝。又坐大地飯酪第一。我器地造以水為飲。如我所見我當作王。是時相師問訊其母。其母問言。大王滅後誰當作王。答言阿育。復語相師。王或更問堪作王者。汝可遠去不須住此。若阿育得王汝當更來。是時相師遠至餘國。時頻頭娑羅王所領國名德叉尸羅。欲為反逆不從王化。頻頭娑羅王語阿育言。汝可集四種兵往至彼國。器仗資物悉不與之。乃至阿育領四兵眾從波吒利弗多國出。眾人白阿育言。我等今者無有器仗及以資物。云何當能征罰彼國。阿育答言。若有功德應為王者器仗資物自然而出。作此語已。應時地開。器仗資物一時而出。是時阿育領四種兵罰德叉尸羅。時德叉尸羅人民聞阿育來。出半由旬莊嚴道路。香水灑地奉迎阿育而說言。我等迎王不為鬪諍。亦不與彼大王相嫌。但王所遣大臣在我國者為治無道。願欲廢之。是時人民以諸供具供養阿育。迎至國中。如是乃至廣說。時阿育王遣使往佉師國。佉師國中有二健兒。白其王言。我等二人力能平山。彼阿育來不足臣事。是時諸天而發聲言阿育當為四分轉輪王領閻浮提。不可逆也。時頻頭娑羅王長子修私摩。從苑中還入波吒利弗多城。是時頻頭娑羅王第一大臣頂上無髮。從城內出中路相逢。修私摩戲手拍其頭。是時大臣思惟說言。其今以手拍我。若作王時汝以刀害我。宜作方便令其後時不得為王。是時大臣令五百臣離修私摩。又言阿育當為四分轉輪王我等應當悉共事之。乃至令德叉尸羅人民反此大王不復臣屬。頻頭娑羅王遣修私摩往征罰之。時修私摩雖復到彼而不能罰。是時阿育自還本國頻頭娑羅王身遇重病命將欲絕。勅語使人可遣阿育更往德叉尸羅國速令修私摩還。我今欲以國事付之。爾時諸臣以黃薑汁塗阿育身示作病相。復煮落叉(不解翻)汁以鉢盛之置在一處唱阿育病。是時頻頭娑羅王未終之頃。諸大臣等莊嚴阿育至大王所。白大王言。此是王子大王應當授之王位。若修私摩還我復當以王位與之。是時大王聞是語已心大瞋忿。時阿育言。若我如法得為王者。天當即時與我天冠。作是言已諸天即以天冠著其頭上。大王見已倍生瞋恚。遂有熱血從其口出即便命終。阿育於是即登王位。登王位已即拜成護為第一臣。是時修私摩聞大王終阿育就位生大瞋恚。即與兵眾欲罰阿育。時阿育王於其城中出多兵眾守城四門。令二勇猛大力之將領諸兵眾守南西二門。復令大臣成護領諸兵眾守。城北門時阿育王自領兵眾守城東門。大臣成護以諸方便於城東門作諸機關。刻木以為阿育王身及諸軍眾。掘地作坑與無烟火以物覆之。復以燥土用置其上。時修私摩領諸兵眾欲攻北門。成護語言汝莫攻我當攻東門。汝若得殺阿育王者我自降伏。時修私摩便從其語。即迴軍眾往攻東門。見機關人悉皆不動。於是直前即墮火坑自燒而死。修私摩死。已彼有軍主。名跋陀羅(翻賢)由他(翻伏)大力勇猛領諸軍眾其數過千。於佛法中出家修道即得阿羅漢果。時阿育王領理國事有五百大臣於阿育王起輕慢心。阿育王語諸大臣。汝可折取花菓樹以護棘刺樹。諸臣答言大王不爾。當折取棘刺樹以護花菓樹。阿育王復言不如是。當折取花樹護棘刺樹。如是至三時諸大臣不受其教。阿育王瞋即自拔刀斬五百臣首。乃至阿育王復於一時將五百婇女入於後園。園中有樹名阿輸柯樹生花葉阿輸柯王見而說言。此樹與我同名是故歡喜。時阿育王身體麁澁諸女人等不欲近之。王園中眠諸女人等為欲令王不歡喜故。折樹花葉乃至令盡。阿育王覺見無花葉而問諸女。樹花脫盡誰之所作。諸女答言我等所為。阿育王瞋即以竹箔裏諸女人以火燒之。以其惡故時人謂為旃陀阿輸柯王(翻可畏)。大臣成護白旃陀阿輸柯王。如是所作若打若殺當付餘人不應自作。王即募覓能行殺者。是時山中有村村中有人善。織衣業而生一子。其父字之名耆利柯(翻山)。其人可畏能行不仁恒罵父母家中男女悉皆打拍乃至一切眾生無不殺害。常以網捕為業以其殺害多故。人復謂之旃陀耆利柯(翻可畏山)。王覓惡人而值遇之。使者語言王今欲以殺害治人。汝能為不。其人答言閻浮提中悉令殺盡我亦能為。使者以其所說還白大王。王即語言將此人來。使者受教往彼語之王令汝來。其答使言且待少時須見父母即白父母。阿育大王欲以一切殺害治人令我為之我今欲去。父母不許其人瞋故便害父母還使人處。使人語言汝來何遲。其人答言父母不聽我來。我已害之後至王處。白大王言欲治人者當作牢獄。莊嚴獄門極令華麗。令見之者無不愛樂。復白王言請王嚴教有入獄者悉不得出。王言甚善。是時旃陀耆利柯往至雞寺。寺中有一比丘誦修多羅。修多羅中說地獄事。謂鑊湯鑪炭刀山劍樹等種種苦事。若有人生地獄者隨罪治之。乃至廣說如五天使修多羅中說地獄事。是時旃陀耆利柯聞此語已。一切隨之造地獄具。時舍衛國有一商主共婦入海。至海生兒仍名兒為海。乃至十二年海中往反。遇五百賊害此商主奪其財物唯兒得免。後於佛法出家。次第遊行至波吒利弗多國。至已早起著衣持鉢入國乞食。以不悉故見地獄門種種莊嚴。便入其中為欲乞食。入已見諸苦具即便欲出。旃陀耆利柯見而執之語言。汝今受死不得出也。是時比丘心懷怖懼啼泣流淚。旃陀耆利柯語言。汝今何事啼泣猶如小兒。比丘答言我不為惜此身但為值遇解脫難故。出家難得我今已得。釋迦難值我已得值。法中真法我猶未得是故憂惱。旃陀耆利柯語比丘言。我已受大王命有入此獄者悉不得出。是時比丘啼泣而言汝當申我一月。答言一月不可聽至七日。比丘思惟死近勤修精進至滿七日。時有王子共內人語阿育王見而生瞋忿。即令將此二人付獄治罪。旃陀耆利柯即以二人置鐵臼中以杵擣之。比丘見已深生怖畏。即說偈言。
その時、詹波城に一人の婆羅門がいて、一人の娘が生まれました。容姿は端正で、国中で一番でした。占相師が記して言いました。「この娘の夫は王となるであろう。娘は二人の子を生むであろう。第一の子は四分転輪王となり、第二の子は出家して道を得るであろう。」婆羅門はこの言葉を聞いて、大いに喜びました。富貴を楽しみたいと思い、その娘を連れて波吒利弗多国へ行きました。あらゆる荘厳の道具でその身を飾り、頻頭娑羅王に申し上げました。「私の娘は端正で国中第一です。王の妻にしてください。」王はすぐに受け入れて宮中に置きました。すべての宮中の女たちは皆こう思いました。「この女は端正で、あの国で最も勝れている。もし王が会えば、きっと愛着して私たちを愛さなくなるだろう。」宮中の女たちはこう考えて、すぐにその女を剃毛師として王の毛を剃らせました。またある時、王が毛を剃らせました。毛を剃る時、王は眠ってしまいました。王は眠りから覚めて心に喜びを生じ、すぐに言いました。「汝の望むところを言いなさい。」すると王に申し上げました。「私は王と共に楽しみたいと願います。」その時、王は言いました。「汝は剃毛師、私は国王である。どうして汝と同じになれようか。」また王に申し上げました。「私は婆羅門の女で、剃毛師ではありません。あの婆羅門はもともと私を王の夫人にしようとしていました。」王はまた問いました。「誰が汝を剃毛師にしたのか。」答えました。「宮中の女たちです。」王はまた言いました。「汝は今からもうこのことをしてはならない。」すぐに取って夫人としました。しばらくして妊娠し、十月にして子を生みました。その時、王は思いました。「私は今、憂いがない。」すぐにこの子を阿輸柯と名づけました(すなわち阿育、無憂と訳します)。さらに第二の子が生まれました。心の憂いを除くため、すぐにこの子を毘多輸柯と名づけました(除憂と訳します)。その体は粗くざらざらしていたので、父は愛しませんでした。その時、頻頭娑羅王は息子たちの中で誰が後を継ぐにふさわしいかを相見ようと思い、外道の相師で賓伽羅跋娑(蒼犢と訳します)という者を呼んで言いました。「和上、私は王子たちを相見たい。私が滅した後、誰が王となるにふさわしいか。」賓伽羅跋娑は答えました。「大王、王子たちを相見ようとお思いなら、金殿に入るべきです。」さらに頻頭娑羅王が金殿に至るまで。その時、阿育の母は阿育に言いました。「大王は今日、息子たちを相見ようとしています。汝はそこへ行きなさい。」阿育は答えました。「王は私を喜びません。どうして行けましょうか。」その母は言いました。「汝は今ただ行きなさい。」阿育は答えました。「今、仰せのままに従います。母よ、人を遣わして食べ物をそこへ届けてください。」さらに阿育は波吒利弗多城から出ました。その時、大臣がいて、名を成護と言いました。阿育に出会って問いました。「今、どこへ行こうとしているのか。」阿育は答えました。「今日、大王は金殿の上で息子たちを相見ようとしています。私は今そこへ行きます。」成護はすぐに最も勝れた古い象を阿育に与えて乗せました。阿育は象に乗って金殿の所へ至りました。至ってから、王たちの中にあって地面に座りました。王たちは皆、種々の飲食があり、金銀の器を用いていました。その時、阿育の母はすぐに人を遣わして飯と酪を用意させ、瓦の器に盛って阿育に送りました。この時、頻頭娑羅王は相師に言いました。「汝は順に王子たちを相見なさい。私が滅した後、誰が王となるにふさわしいか。」相師は思いました。「もし阿育が王となるにふさわしいと言えば、王は彼を重んじないので、きっと私を殺すだろう。」こう考えて、すぐに王に申し上げました。「私は今、因縁をもって相見ても、その名を出すことができません。」王は答えました。「よし。」相師はすぐに言いました。「もし王子たちの中に良い乗り物がある者がいれば、王となるにふさわしい。」大王はまた言いました。「汝はさらに相見なさい。」相師はまた言いました。「もし勝れた座處があれば、王となるにふさわしい。」大王はまた言いました。「汝はさらに相見なさい。」相師はまた言いました。「良い飲食および良い器があれば、王となるにふさわしい。」その時、王子たちはこの言葉を聞いて、それぞれ思いました。「もし良い乗り物、座處、飲食の器があれば、私は王となるだろう。」阿育は思いました。「今この相師はその名を出さず、相によって説いた。もし良い乗り物などが王となるにふさわしいのなら、私の乗り物は最も勝れている。また大地に座り、飯と酪は第一である。私の器は地で造られ、水を飲み物とする。私の見るところでは、私は王となるだろう。」この時、相師はその母に問訊しました。その母は問いました。「大王が滅した後、誰が王となるのか。」答えました。「阿育です。」また相師に言いました。「王がもし再び誰が王となるにふさわしいかと問うなら、汝は遠くへ去り、ここに住む必要はない。もし阿育が王となったなら、汝はまた来なさい。」この時、相師は遠く他の国へ至りました。その時、頻頭娑羅王の領する国に徳叉尸羅という名があり、反逆しようとして王の教化に従いませんでした。頻頭娑羅王は阿育に言いました。「汝は四種の兵を集めて彼の国へ行きなさい。」器仗や資物はすべて与えませんでした。さらに阿育は四兵の衆を領して波吒利弗多国から出ました。人々は阿育に申し上げました。「私たちは今、器仗も資物もありません。どうして彼の国を征罰できましょうか。」阿育は答えました。「もし功德があって王となるべきなら、器仗や資物は自然に現れるだろう。」こう言い終わると、時を同じくして地が開き、器仗や資物が一時に現れました。この時、阿育は四種の兵を領して徳叉尸羅を罰しました。その時、徳叉尸羅の人々は阿育が来ると聞いて、半由旬の道を荘厳し、香水を地に灑いで阿育を迎え、こう言いました。「私たちは王を迎えますが、闘諍のためではありません。またあの大王と相嫌うのでもありません。ただ王が遣わした大臣で我が国にいる者が、無道に治めているのです。これを廃したいと願っています。」この時、人々は種々の供具で阿育を供養し、国中へ迎え入れました。このように広く説かれるまで。その時、阿育王は使者を佉師国へ遣わしました。佉師国の中に二人の健児がいて、その王に申し上げました。「私たち二人の力は山を平らにできます。あの阿育が来ても、臣事するに足りません。」この時、諸天が声を発して言いました。「阿育は四分転輪王となり閻浮提を領するであろう。逆らうことはできない。」その時、頻頭娑羅王の長子修私摩は、苑から波吒利弗多城へ戻りました。この時、頻頭娑羅王の第一大臣で頂上に髪のない者が、城内から出て中路で相逢しました。修私摩は戯れに手でその頭を打ちました。この時、大臣は思って言いました。「彼は今、手で私を打った。もし王となった時、汝は刀で私を害するだろう。方便を設けて、その後、王となれないようにすべきだ。」この時、大臣は五百の臣に修私摩から離れるようにさせました。また言いました。「阿育は四分転輪王となるであろう。私たちは皆共に彼に仕えるべきだ。」さらに徳叉尸羅の人々にこの大王に反し、再び臣属しないようにさせました。頻頭娑羅王は修私摩を遣わしてこれを征罰させました。その時、修私摩は彼の地に至ったものの、罰することができませんでした。この時、阿育は自ら本国へ還りました。頻頭娑羅王は身に重い病を得て、命はまさに絶えようとしていました。勅して使者に語りました。「阿育を遣わしてさらに徳叉尸羅国へ行かせ、速やかに修私摩を還らせよ。私は今、国事を彼に付託したい。」その時、諸臣は黄薑の汁を阿育の身に塗って病の相を示しました。また落叉(訳しません)の汁を煮て鉢に盛り、一処に置いて阿育が病んだと唱えました。この時、頻頭娑羅王がまだ終わらないうちに、諸大臣らは阿育を荘厳して大王の所へ至らせ、大王に申し上げました。「これは王子です。大王は王位を授けるべきです。もし修私摩が還ったなら、私たちはまた王位を彼に与えるでしょう。」この時、大王はこの言葉を聞いて心に大いに瞋忿を生じました。その時、阿育は言いました。「もし私が如法に王となるべきなら、天は即時に私に天冠を与えるだろう。」こう言い終わると、諸天はすぐに天冠をその頭に着けました。大王は見て、倍々に瞋恚を生じ、ついに熱い血が口から出て、そのまま命終しました。阿育はそこで王位に登りました。王位に登ってから、すぐに成護を拝して第一の臣としました。この時、修私摩は大王が終わり阿育が位に就いたと聞いて、大いに瞋恚を生じ、すぐに兵衆と共に阿育を罰しようとしました。その時、阿育王はその城中から多くの兵衆を出して城の四門を守らせました。二人の勇猛で大力の将に命じて諸兵衆を領して南と西の二門を守らせました。また大臣成護に命じて諸兵衆を領して城の北門を守らせました。その時、阿育王は自ら兵衆を領して城の東門を守りました。大臣成護は種々の方便で城の東門に諸々の機関を作りました。木を刻んで阿育王の身および諸軍衆としました。地を掘って坑を作り、煙火のないようにして物で覆いました。また乾いた土をその上に置きました。その時、修私摩は諸兵衆を領して北門を攻めようとしました。成護は言いました。「汝は私を攻めてはならない。東門を攻めなさい。もし汝が阿育王を殺すことができたなら、私は自ら降伏するだろう。」その時、修私摩はその言葉に従いました。すぐに軍衆を回して東門を攻めました。機関の人を見て、すべて動きませんでした。そこで直ちに進むと、火坑に堕ちて自ら焼けて死にました。修私摩が死んだ後、そこに軍主がいて、名を跋陀羅(賢と訳します)由他(伏と訳します)と言い、大力勇猛で諸軍衆を領し、その数は千を超えていました。仏法の中で出家して道を修め、すぐに阿羅漢果を得ました。その時、阿育王は国事を領理し、五百の大臣がいて、阿育王に対して軽慢の心を起こしました。阿育王は諸大臣に言いました。「汝たちは花菓の樹を折り取って棘刺の樹を護るがよい。」諸臣は答えました。「大王、そうではありません。棘刺の樹を折り取って花菓の樹を護るべきです。」阿育王はまた言いました。「そうではない。花樹を折り取って棘刺の樹を護るべきだ。」このように三度に至り、諸大臣はその教えを受けませんでした。阿育王は瞋って、すぐに自ら刀を抜いて五百の臣の首を斬りました。さらに阿育王はまたある時、五百の婇女を連れて後園に入りました。園の中に阿輸柯樹という名の樹があり、花と葉を生じました。阿輸柯王は見て言いました。「この樹は私と名が同じだ。」それゆえ喜びました。その時、阿育王の身体は粗くざらざらしていたので、諸女たちは近づこうとしませんでした。王が園中で眠った時、諸女たちは王を喜ばせないために、樹の花と葉を折り、すべて尽きるまでにしました。阿育王が目覚めて花と葉がないのを見て、諸女に問いました。「樹の花がすべて尽きたのは誰の仕業か。」諸女は答えました。「私たちの仕業です。」阿育王は瞋って、すぐに竹の箔で諸女を包み、火で焼きました。その悪のゆえに、当時の人は旃陀阿輸柯王(可畏と訳します)と呼びました。大臣成護は旃陀阿輸柯王に申し上げました。「このような所作は、打つにせよ殺すにせよ、他の人に付すべきで、自らなさるべきではありません。」王はすぐに殺害を行える者を募り求めました。この時、山の中に村があり、その村に一人の人がいて、織衣の業を善くし、一人の子を生みました。その父は字を名づけて耆利柯(山と訳します)としました。その人は畏るべく、不仁を行い、常に父母を罵り、家中の男女はすべて打ち拍ち、一切の衆生に至るまで殺害しないものはありませんでした。常に網で捕らえることを業とし、その殺害が多いゆえに、人はまたこれを旃陀耆利柯(可畏山と訳します)と呼びました。王は悪人を求めてこれに遇いました。使者は言いました。「王は今、殺害をもって人を治めようとしています。汝はできるか。」その人は答えました。「閻浮提の中をすべて殺し尽くせと言われても、私もまたできます。」使者はその言うところを大王に還り白しました。王はすぐに言いました。「この人を連れて来なさい。」使者は教えを受けて彼の所へ行き、王が汝を呼んでいると言いました。その人は使者に答えました。「しばらく待ってください。父母に会わねばなりません。」すぐに父母に申し上げました。「阿育大王は一切の殺害をもって人を治めようとし、私にそれをさせようとしています。私は今行きたいと思います。」父母は許しませんでした。その人は瞋ったゆえに父母を害し、使者の所へ還りました。使者は言いました。「汝はなぜ来るのが遅いのか。」その人は答えました。「父母が私の来るのを許しませんでした。私はすでに彼らを害してから王の所へ至りました。」大王に申し上げました。「人を治めようとするなら、牢獄を作るべきです。獄門を荘厳し、極めて華麗にして、これを見る者が愛楽しないものはないように。」また王に申し上げました。「王よ、厳教をください。獄に入る者はすべて出られないように。」王は言いました。「甚だ善し。」この時、旃陀耆利柯は鶏寺へ至りました。寺の中に一人の比丘がいて修多羅を誦していました。修多羅の中に地獄の事を説いていました。鑊湯、鑪炭、刀山、剣樹などの種々の苦事です。もし人が地獄に生まれたなら、罪に随ってこれを治めます。さらに広く説かれる五天使修多羅の中に地獄の事を説くまで。この時、旃陀耆利柯はこの言葉を聞いて、すべてそれに随って地獄の具を作りました。その時、舎衛国に一人の商主がいて、妻と共に海に入りました。海に至って子を生んだので、その子を海と名づけました。さらに十二年、海を往反しました。五百の賊に遇ってこの商主を害し、その財物を奪いましたが、ただ子だけが免れました。後に仏法の中で出家し、次第に遊行して波吒利弗多国に至りました。至ってから早起し、衣を著け鉢を持って国に入り乞食しました。詳しくないゆえに地獄の門の種々の荘厳を見て、その中に入り、乞食しようとしました。入ってから諸々の苦具を見て、すぐに出ようとしました。旃陀耆利柯は見てこれを執らえ、言いました。「汝は今、死を受けよ。出ることはできない。」この時、比丘は心に怖懼を懷き、啼泣して涙を流しました。旃陀耆利柯は言いました。「汝は今、何事をか啼泣すること、小児のようである。」比丘は答えました。「私はこの身を惜しむのではありません。ただ解脱に値遇することが難しいゆえです。出家は得難く、私は今すでに得ました。釈迦は値い難く、私はすでに値いました。法の中の真法を私はまだ得ていない、それゆえ憂惱するのです。」旃陀耆利柯は比丘に言いました。「私はすでに大王の命を受け、この獄に入る者はすべて出られない。」この時、比丘は啼泣して言いました。「汝は私を一月延ばすべきです。」答えました。「一月は聞けません。七日までなら。」比丘は思いました。「死が近い。」勤めて精進し、七日が満ちるまで至りました。その時、王子がいて内人と語りました。阿育王は見て瞋忿を生じ、すぐにこの二人を獄に付して罪を治めさせました。旃陀耆利柯はすぐに二人を鉄の臼に置き、杵で搗きました。比丘は見て深く怖畏を生じ、すぐに偈を説きました。
大師佛慈悲 第一仙正說
此色如泡聚 不實不常住
此身色端嚴 滅為何所趣
是故應捨離 癡人所樂法
此緣我當知 解脫在此獄
依此當得渡 三有之海岸
大師の仏の慈悲は 第一の聖者が正しく説かれた
この身体は泡の集まりのようで 実体もなく永続もしない
この身体の姿は美しく整っていても 滅びた後はどこへ行くのか
だからこそ執着を手放すべきだ 愚かな人々が喜ぶものを
この道理を私は知らねばならない この牢獄からの解脱があると
これに依って渡ることができるだろう 三つの生存の海の彼岸を
爾時比丘於一夜中。精進思惟斷除煩惱。即得阿羅漢果。旃陀耆利柯語比丘言。是夜已過明相已現。受苦時至汝應知之。比丘答言我今不知汝之所說。是夜已過明相已現。唯能自知無明夜過智慧日現。我以智慧日光見一切世間皆無有實。是故我今欲以佛法攝諸世間。語旃陀耆利柯言我今此身隨汝意作。是時獄主無慈悲心不見世間。即大瞋忿以此比丘置鐵鑊中。盛以濃血屎溺雜穢。多與薪火煮此比丘。乃至薪盡身不爛壞。是時獄主見其不異即生瞋忿打罵獄卒。汝今何故不多與火。獄主即便自與薪火而火不燃。既見不燃便看鑊中見此比丘坐蓮華上結加趺坐。見是事已即往白王。時王聞已與一切人民共往看之。是時比丘即以神力於一念頃從鐵鑊出身昇虛空。譬如鵝王飛騰空中現十八變。時阿育王見此比丘猶如破山臨於空中。心生歡喜而說偈言。
ある時、一人の比丘が一晩中、精進して思いをめぐらせ煩悩を断ち切り、阿羅漢果を得ました。すると、獄卒のチャンダキリカがその比丘に言いました。「夜は明け、暁の兆しが現れた。お前が苦しみを受ける時が来たことを知れ。」これに対し比丘は答えました。「私は今、あなたの言う『夜は明け、暁の兆しが現れた』ということは知りません。ただ、無明の夜が明け、智慧の日が現れたことだけは自ら知っています。私は智慧の日の光によって、あらゆる世の中には実体がないのを見ました。ですから今、私は仏法をもって世の中の人々を導こうと思います。」そしてチャンダキリカに言いました。「今、この私の身は、あなたの思うままにしてください。」
その時、獄主は慈悲の心がなく、世の中の真理を理解していなかったため、大いに怒り、この比丘を鉄の釜の中に入れました。釜には膿や血、大小便などの汚物が満たされており、獄主は多くの薪をくべてこの比丘を煮ました。しかし、薪が燃え尽きても比丘の身は爛れ壊れませんでした。これを見て獄主は、以前と変わらぬ様子に腹を立て、獄卒を叱りつけました。「なぜお前たちはもっと火を多くしないのか。」獄主は自ら薪をくべましたが、火は燃えつきません。燃えないので釜の中を覗いてみると、この比丘が蓮華の上に結跏趺坐しているのを見ました。この出来事を見て、獄主は王のもとへ行き報告しました。
王はこれを聞き、すべての民と共に見に行きました。すると比丘は神通力により、一瞬のうちに鉄釜の中から出て虚空に昇りました。まるで鵝王が空中を飛び回るかのように、十八の変化身を示しました。阿育王は、この比丘が砕けた山のように空中に現れるのを見て、心に歓喜を生じ、偈を唱えました。
汝身同人身 神力過人力
我不知此事 汝今為是誰
是故當正說 應令我知之
若我知此事 當為汝弟子
あなたの体は人間のものと同じだが、その力は人間を超えている。 私はこのことを知らなかった。あなたは今、いったい誰なのか。 だからこそ、はっきりと語り、私にもわかるように説明してほしい。 もし私がそれを知ったなら、あなたの弟子となろう。
爾時比丘心自思惟。此王今能堪受佛語。當廣作塔供養舍利。為一切人受法饒益。作是思惟已欲顯其功德。而說偈言。
そのとき、ある比丘が心の中で考えた。「この王は今や仏の教えを受け入れることができる。広く塔を建てて舎利を供養し、すべての人々のために法の利益をもたらすであろう。」そう考えた後、その功徳を明らかにしようとして、偈を説いた。
佛滅一切漏 無比大慈悲
最勝論議師 我是彼弟子
無盡正法力 不著一切有
佛人中牛王 自調復調他
令我今得脫 三有之牢獄
仏は全ての煩悩を滅し、比べるものなき大いなる慈悲を持つ。 最も優れた論議の師、私はその方の弟子である。 尽きることない正法の力により、一切の「有」に執着しない。 仏は人の中の牛王の如く、自らを調え、さらに他者をも調える。 今、私をして三有の牢獄から解脱させたまえ。
復次大王如佛所記。我入涅槃百年後。於波吒利弗多城當有王。名阿輸柯作四分轉輪王。於我舍利廣作供養。起八萬四千塔。復次大王王所起獄與地獄等。於此獄中殺害無數。王當除之於一切眾生施與無畏。大王今應滿世尊意。即說偈言。
また、大王よ、仏がお預けになったとおり、私が涅槃に入って百年後、波吒利弗多の城にアショーカという名の王が現れ、四分転輪王となり、私の舎利に広く供養を行い、八万四千の塔を建てるでしょう。また、大王よ、あなたが設けた監獄は地獄に等しく、その中で無数の命が奪われています。どうかその監獄を除き、すべての生きとし生けるものに畏れなき平安(無畏)をお与えください。大王よ、今こそ世尊のご意向を満たすべきです。すなわち、偈をもって説かれました。
是故大人王 於一切眾生
當起慈悲心 施與無怖畏
當滿世尊意 廣起舍利塔
よって、王たる人は すべての生きとし生けるものに対して 慈しみの心を起こし、恐れのない安らぎを与えるべきです。 また、世尊の御心を満たすべく 広く舎利塔を建立すべきです。
爾時阿育王生念佛心。合掌懺悔而說偈言。
その時、アショーカ王は仏を念じる心を起こし、合掌して懺悔しながら、次の偈を唱えた。
我歸依佛法 及世尊弟子
汝今十力子 當起忍辱心
我所作眾惡 悉懺悔於汝
今當修精進 深生恭敬心
我莊嚴此地 以種種佛塔
其白如珂雪 如佛之所說
私は仏法と、世尊の弟子たちに帰依します あなたは今、十力のお方の子です。どうか忍辱の心を起こしてください 私が行った数々の悪を、すべてあなたに懺悔します 今、精進を修行し、深く敬う心を生じましょう 私はこの地を荘厳します。さまざまな仏塔で その白さは珂雪のようであり、仏がお説きになった通りです
比丘答言善哉。即以神力還其所住。時阿育王欲從獄出。旃陀耆利柯合掌說言。大王。當知我已受命入此獄者皆不得出。時王語言汝今欲殺我耶。答言如是。王言我等誰最前入。旃陀耆利柯答言我最前入。時王語諸獄卒捉旃陀耆利柯置落可屋(不解翻)以火焚之又復令人破壞此獄。於一切眾生施與無畏。時王生心欲廣造佛塔。莊嚴四兵往阿闍世王所起塔處名頭樓那(翻瓶)至已令人壞塔取佛舍利。如是次第乃至七塔皆取舍利。復往一村名曰羅摩(翻戲)於此村中復有一塔最初起者。復欲破之以取舍利。時有龍王即將阿育入於龍宮。而白王言此塔是我供養王當留之。王即聽許是龍王復將阿育至羅摩村。時王思惟此塔第一。是故龍王倍加守護。我於是塔不得舍利。思惟既竟還其本國。時阿育王作八萬四千寶函分布舍利遍此函中。復作八萬四千瓶及諸幡蓋。付與夜叉令於一切大地乃至大海處處起塔。又言國有三種小中大。若國出千萬兩金者是處應起一王塔。是時德叉尸羅國。出三十六千萬兩金。彼國人民白阿育王言。王當與我三十六函。王聞是語即便思惟我欲處處廣造佛塔。云何此國頓得多耶。時王以善方便語彼人民。今當除汝三十五千萬兩金。又言若國有多塔。若國有少塔從今已去悉聽不復輸金與我。乃至阿育王往耶舍大德阿羅漢處說言。我欲於一日一念中起八萬四千塔一時俱成。而說偈言。
比丘は「善きかな」と答えた。そして神力を用いてすぐに自分の住処へ戻った。その時、アショーカ王は牢獄から出ようとした。チャンダガリカは合掌して言った。「大王、どうかお聞きください。私はすでに命を受けており、この獄に入った者は一人として出ることを許されません」。そこで王は言った。「お前は今、私を殺そうとするのか」。チャンダガリカは答えた。「その通りです」。王が言った。「私たちのうち、先に入った者は誰か」。チャンダガリカは答えた。「私が先に入りました」。そこで王は獄卒たちに命じ、チャンダガリカを捕らえて「落可屋」(意味不明)に置き、火で焼き殺させた。さらに人に命じてこの獄を破壊させ、すべての生きとし生けるものに無畏(おそれのない心)を施した。
その時、王の心に、広く仏塔を建てたいという願いが生じた。そこで四兵(象兵・馬兵・車兵・歩兵)を整えて、アジャータシャトル王が塔を建てた場所、名を「頭楼那」(瓶と訳す)という所へ向かった。到着すると、人に命じて塔を壊させ、仏舎利(釈迦の遺骨)を取り出した。このようにして次々に七つの塔まで巡り、すべてから舎利を取った。さらに一つの村、名を「羅摩」(戯と訳す)という所へ行った。この村には最初に建てられた塔があった。王は再びこれを壊して舎利を取り出そうとした。その時、一人の竜王がアショーカ王を竜宮へ連れて行き、王に申し上げた。「この塔は私が供養しているものです。王はどうかこれを残してください」。王はこれを許した。この竜王はさらにアショーカ王を羅摩村へ連れて行った。王は思った。「この塔は第一のものである。だから竜王が倍増して守護しているのだ。私はこの塔からは舎利を得られない」。考え終えると、自国へ戻った。
その時、アショーカ王は八万四千の宝の箱を作り、その中に舎利を分けて納めた。さらに八万四千の瓶(壺)と、たくさんの幡(はた)や蓋(かさ)を作り、夜叉(鬼神)に託して、あらゆる大地から大海に至るまで、ところどころに塔を建てさせた。また王は言った。「国には小・中・大の三種類がある。もし国が一千万両の金を生み出すなら、その地には一基の王塔を建てるべきである」。その時、タクシャシーラ国は三十六千万両の金を生み出した。その国の人々はアショーカ王に申し上げた。「王はどうか、私たちに三十六の箱を与えてください」。王はこの言葉を聞いてすぐに考えた。「私はあちこちに広く仏塔を建てたいと思っている。どうしてこの国だけが一度に多くを得ることができようか」。そこで王は巧みな方便を用いて、その国の人々に言った。「今からお前たちの三万五千万両の金を免除しよう」。また言った。「もし国に多くの塔があるなら、あるいは国に少ない塔があるなら、今後はすべて、私に金を納める必要はないと聞きなさい」。さらにアショーカ王は、尊者ヤシャスという大阿羅漢のもとへ行って言った。「私は一日の一念の間に、八万四千の塔を同時に建て上げたいのです」。そして偈を説いた。
於先七塔中 取世尊舍利
我孔雀姓王 一日中造作
八萬四千塔 光明如白雲
先の七つの塔の中から 世尊の舎利を取り出し 我、孔雀姓の王は 一日のうちに作りました 八万四千の塔 その光は白雲のように輝きました
乃至阿育王起八萬四千塔已守護佛法時諸人民謂為阿育法王。一切世人而說偈言。
阿育王が八万四千の塔を建立し仏法を守護した時、人々は彼を「阿育の法王」と呼びました。そして世の人々は皆、次のように詠みました。
大聖孔雀王 知法大饒益
以塔印世間 捨惡名於地
得善名法王 依法得安樂
大聖なる孔雀王よ、 あなたは法を知り、大きな利益をもたらします。 塔の印をもって世の中を示し、 悪しき名を地に捨て去ります。 善き名を得て、法の王となり、 法に従って安らぎを得るのです。
阿育王經卷第一
阿育王経 巻第一
右梁天監十一年六月二十日扶南沙門僧伽婆羅於陽都壽光殿譯見寶唱錄
天監十一年(西暦512年)六月二十日、扶南国(現在のカンボジア付近)の僧である僧伽婆羅(そうぎゃばら)が、陽都の寿光殿においてこの経典を翻訳しました。このことは、宝唱(ほうしょう)の記録に見えています。