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title: "楞嚴經直解 · No. 298-B 首楞嚴經直解序"
description: "明末高僧广莫于崇祯年间撰写的《楞嚴經直解》是一部重要注疏，旨在以简洁语言阐释《楞严经》深奥义理。该书结合禅宗思想与实修体系，系统解读经中如来藏心性、修行次第及禅定境界，为明末佛教复兴的代表作。其直白风格利于普及，被誉为研习《楞严经》的实用指南，在汉传佛教注疏史上具有较高权威性，尤其影响后世禅教融合的修行传统。"
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### No. 298-B首楞嚴經直解序

詳夫首楞嚴經者，文雖十軸，義攝三科：曰理，曰行，曰證。葢指吾心之妙義謂之理，理融三觀而返率其性謂之行，親炙理中境界謂之證。全經之本末究竟，唯此三義而圓收之矣。故我迦文薄伽梵始據阿難發心見相處，直究其源，則根塵識三俱化為無上菩提，更於何處見有真妄來？而真妄之名皆成贅語矣。故知吾心即空如來藏，而空如來藏即吾心之妙具，曷甞離乎有而言空哉？是故山河大地諸有為相，當體即如來藏清淨本然中道諦理，是為顯理之明文也。次復依中理而真修，會圓通於一念，發妙耳門六解而一亡，三觀融而一心寂，餘塵息而種智圓，行證二文兩言而盡之矣。原夫經義本直，而解者自迂，此所謂非經之難，特傳記難之也。安法師善得首楞嚴三昧，拈綱摭要，深切著明，片言而立徹全經，恍然置人于三昧中，自非具正眼而得妙悟者，其孰能若是哉？於是學眾請師直解其義，安師諾之，歷五寒暑而草創始成。夫此解者，不務名相，直剖玄微，字字契真，言言見諦。余於雲棲室中偶見之，如獲至寶，乞之歸于禦兒溪上。諸同道輩聞風而至，各捐金而壽諸梓。嗟乎！今之世，法當末運，砆鍮亂真，而此解者，逈異群詮，誠閻浮金荊山壁，世有識者，固不與砆鍮同日而語也。茲喜肇端於余，而功歸於眾，余雖不敏，而知大道無文，上善罔勣，故敢以蕪穢，聊述梗槩，并紀其歲月云爾。

> そもそも『首楞厳経』という経典は、文章は十巻にわたりますが、その教えは三つの柱に集約されます。すなわち「理」、「行」、「証」です。私たちの心の奥深い真実を指し示すものを「理」といい、その理を三つの観点から融和させ、本来の性質に立ち返る実践を「行」といい、理の世界の境地を直接に体得することを「証」といいます。この経典全体の始めから終わりまでの究極の内容は、この三つの意義によって余すところなく収められているのです。 そこで、釈尊はまず阿難が発心し、現象を見たところから、その根源を直ちに究明されました。すると、感覚器官（根）、対象（塵）、認識作用（識）の三つが、そのまま無上の悟りへと転じ、どこに真実と虚妄があるというのでしょうか。真妄という名さえ、もはや余計な言葉になってしまいます。ですから、私たちの心こそが「空如来蔵」であり、空如来蔵こそが私たちの心に本来そなわった妙なる性質であって、どうして「有」を離れて「空」を語ることができましょうか。したがって、山河大地などの一切の現象は、そのままが如来蔵の清浄で本来の姿、すなわち中道の真理なのです。これが「理」を明らかにした部分です。 次に、この中道理に基づいて真の修行を行い、一瞬の念の中に円通を会得します。妙なる耳の門を開き、六つの束縛が解けて一つも残らず、三つの観点が融け合って一心は静寂となり、微細な煩悩の塵が消えて一切種智が円満となる。これが「行」と「証」の二つの柱を、言葉を尽くして説いた部分です。 もともと経典の教えは直截なのですが、解釈する者がかえって迂遠にしてしまう。これは経典そのものが難しいのではなく、伝え記すことが難しいからです。安法師は『首楞厳経』の三昧をよく体得され、要点を押さえ、深く切実に明らかにされました。わずかな言葉で経典全体を貫き、読む者をあたかも三昧の中に置くかのようです。正しい眼目を持ち、妙なる悟りを得た者でなければ、このようなことはできません。 そこで、学ぶ人々が師に直接その意味を解き明かすことを請うと、安法師は承諾され、五年の歳月を経て草稿が完成しました。この解説は、名相にこだわらず、直ちに玄妙な微細な点を分析し、一字一字が真実にかない、一言一言が真理を表しています。私は雲棲の庵室で偶然これを見つけ、至宝を得たように思い、乞い求めて禦児の溪上に持ち帰りました。同道の者たちがその評判を聞いて集まり、それぞれ資金を出し合って出版に至りました。 ああ、今の世は末法の時代です。にせ物が真実を乱しています。しかしこの解説は、他の多くの解釈とはまったく異なり、まさに閻浮提の金、荊山の璧のようなものです。世に識者があれば、にせ物と同日に論じることはないでしょう。 このたび、私が端緒を開き、その功績は皆に帰することを喜びます。私は不肖ではありますが、大道には言葉がなく、最上の善は功績を誇らないことを知っています。そこで、あえて拙い言葉で、おおよその経緯を述べ、併せてその年月を記すことにいたします。

時皇明萬曆四十七年歲次己未夏四月佛誕日，語溪菩薩戒弟子馬正初薰沐和南書于甘露禪院