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法華経大成 (法華經大成)


No. 619-C提綱

619-C の概要

菩提場中。悟此法已。即欲以此惠施眾生。柰何根器不堪。雖知根鈍。且稱本懷。演大華嚴。獨被上根。中下在座。如聾若瘂。不得已而為實施權。說四阿含小教。諸子保證偏空。次以方等彈斥。又以般若淘汰。四十年內東語西話。牽藤引蔓。循循善誘。節節調停。只至於今。時至機熟。靈山高會。人天百萬。三乘賢聖。八部該羅。若萬派以朝宗。似群星而拱北。世尊欲令轉新條。掀翻舊案。但說法既久。慮不尊重。故現種種瑞相。駭變常情。先說經。次入定。天雨四華。地搖六動。大眾一心觀佛。如來眉際分輝。放白毫相。光照東方萬八千世界。上至有頂。下至無間。一方既爾。方方皆然。於一光中。圓現十法界。生佛事相始終。將一卷離言法華。不啟唇皮。呈現諸人面前。無柰大眾只知雨華者天。震動者地。不肎回頭轉腦。何孤負如來這番鼓動矣。由是彌勒騰疑。覩光中瑞相。而請問文殊。文殊領答。引燈明事蹟。證今佛瑞相。二大士隱明示暗。曲唱傍通。佛未出定。法未出口。引例攀條。將令佛出世本懷。罄盡無餘。及佛出定。又何有別法之可說哉。此品為序分。自方便至不輕十九品。為正宗。然如來出世本懷。為一大事因緣。所謂一大事因緣者。開示悟入一切眾生佛知佛見故也。正宗就分四章。自方便至法師九品。為開佛知見。寶塔天授二品。為示佛知見。持品至壽量四品。為悟佛知見。分別至常不輕。為入佛知見。第一開佛知見之中。文分三周。由前入定放光。直欲會眾目覩親證默契不言之表。柰何根鈍頭迷。不達離言之道。故我世尊出定。稱歎諸佛權實二智。歎到恰好處。乃云。止。舍利弗不須復說。所以者何。諸佛所得之法。是為甚深微妙難解第一希有無上無等之法。一切聲聞所不能知。唯佛與佛。乃能究盡諸法實相。隨又拈轉話頭。乃云。諸佛法久後。要當說真實。言中有響。鈎頭著餌。由是千二百聲聞。興疑作念。當機三番申請。如來許以分別解說。向下廣開三顯一。若過去未來現在一切諸佛出現於世。唯為一大事因緣。更無餘事。實不先三後一。只因鈍根。將一乘道。分別說三。葢為小智樂小法。不自信作佛。是故以方便。分別說諸果。正明三乘是假。又云。今我喜無畏。正直捨方便。但說無上道。正顯一乘是實。佛佛道同。先佛既爾。今佛亦然。先三後一。率由舊章而已。約人。但教化菩薩。無聲聞緣覺。約理。唯此一事實。餘二則非真。約教。十方佛土中。唯有一乘法。約行。諸有所作。常為一事。長行偈頌。發揮已竟。當機言下知歸。出班領解。序昔年疑悔。顯今日解悟。如來與之述成。證以領解不虗。授以劫國莊嚴之記。是為法說一周被上根也。柰中下之機。抱迷未遣。身子自解已圓。悲他未悟。代為啟請。世尊不免動樹訓風。舉扇類月。故有譬喻之談。將世間長者。比出世如來。三界喻家。一乘教理喻門。五道眾生喻五百人。五濁八苦喻火。三十子喻三乘。長者見大火從四面起。即大驚怖。愴惶無措。思惟救子之方。先以身手几案救之不得。然後巧設門外三車。誘引諸子。得出火宅。不與三車。各賜諸子等一大車。問其當機。審定不虗。正合如來在法身理地。以佛眼觀見眾生。為五濁八苦之所燒煑。戀著戲處。不求出離。向今時門頭。應化三界。先以微妙大法擬宜。根器不堪。然後巧說三乘。逗會時機。只至今經。開三乘之權。顯一乘之實。等賜諸子。不令有人獨得滅度。其猶長者先三車。而後一車。了無虗妄之咎也。然此一喻。是如來縱無礙之辯。明三界生死之苦狀。令人極生厭離。長行偈頌已竟。四子異口同音。說窮子一喻。始自父子相失相見。終至領付家業。序如來一代時教。始自華嚴。終至法華。序事有條。序理按時。縱散之談。極盡精詳。故如來以藥艸述成。先歎四子善說。謂窮子一喻。將如來一化始末。發揮殆盡。可謂善說矣。然如來功德不特此也。復有無量無邊。如一相一味教法。等施大千。有教無類。差別在機。若一雲一雨。三艸二木。不隔枯榮。豈一窮子喻。而罄盡如來功德哉。雖然。汝等亦甚希有。以能解得四十年中隨宜說法故也。四子得記。是為喻說一周被中根也。向下無問自說。於偈中。先開宿世因緣之談。我諸弟子威德具足其數五百。皆當授記。於未來世咸得成佛。我及汝等有宿世因緣。今當說之。故有化城喻品。為下根說因緣也。結緣之由。由於塵點劫前。大通成道。王子諸天雲集。智佛酧機說法。然後入定禪寂。王子默契佛意。各升法座。覆講妙法。各各得度六百萬億恒沙之眾。自爾已來。結緣之眾。世世相值。有先世成熟者。有今世成熟者。如漁人捕魚。前網前獲。後網後獲。只至今日四十年後法華高會。開權顯實。會三歸一。結大通時未了之公案。暢此番降靈之本懷。故說化城虗設。為止息疲勞之眾。以明三乘是假。寶處在近。令諸子欣樂前進。以明一乘是實。由是五百弟子得記歡喜。說繫珠一喻。以酧因緣之開示。千二百聲聞。二千學無學。各蒙授記。是為因緣一周被下根也。三周授記已竟。猶恐收機不盡。又於法師品。廣記懸記。四眾八部。歡喜踊躍。識心作佛。故此九品為開佛知見也。第二示佛知見者。由前諸子得記。唯恐染淨生滅等執不除。故假多寶願塔。涌現其前。塔中出大音聲。歎言善哉。釋迦能以平等大慧。教菩薩法佛所護念妙法華經。為大眾說。如是如是。樂說請問因緣。如來與之雲集分身。三變淨土。除染淨之執。開寶塔門。示真實之相。入塔就座。無去來生滅之見。唱滅募人。要以斯文不墜。又說天授一品。達多通經。釋迦資之成道。文殊弘經。龍女因之成佛。正顯妙法神功。無冤無親。不論男女人畜。平等大慧。人人本有。故此二品為示佛知見也。第三悟佛知見者。由前寶塔品募人通經。以妙法付囑有在。故持品藥王與二萬大士。發願在此娑婆世界。弘通此經。一萬二千新記之聲聞。自知道力未充。畏娑婆之難調難伏。發願於他方世界。弘通此經。若此土。若他方。分籌定欵。不愜聖意。故世尊以青蓮目顧盻。八十萬億那由他菩薩諸大士默契佛心。願在此土他方。周旋往返。弘通此經住於忍辱之地。縱有惡世比丘。諂曲不實。假名練若。好出我等過。數數見擯出。如是之輕賤毀謗。念佛忍受。然忍難弘經。固為盡善。不若以無難為美。忍諸難於己然之後。不若杜諸難於未然之先。所以文殊忍俊不禁。請問世尊。於惡世中。云何能說此經。謂得何法。而遠離一切諸難事也。如來示以四安樂行。身安樂住忍辱地。遠離一切惡人。口安樂不說他人好惡長短。意安樂平等說法教化眾生。誓願安樂隨眾生住於何地。皆以神力慧力。引之令得住是一乘之中。弘經法師。果能三軌自持。四行自守。則無入而不自得焉。向下廣讚此經神妙。如王頂上明珠。不妄與人。先所未說。而今說之。求佛道者。欲得安隱。當親近如是四法。轉三種障。八相成道。有此利益。故他土菩薩。數過八恒河沙。啟白於佛。願在此土。廣說此經。如來止而不許。以既是他方菩薩。此土結緣事淺。若住此教化。失本利益。我娑婆自有六萬恒沙菩薩。一一各有六萬恒沙眷屬。是諸人等。能於此土。護持廣說此經。所謂是我弟子應弘我道。善繼善述。子承父業。必然之理也。如來一命。當爾之時。三千大千世界地皆振裂。有無量無數菩薩。同時涌出。各詣虗空。禮二世尊。種種讚法而讚於佛。四導師出班。問訊如來。歎云善哉。汝等能於如來發隨喜心。由是彌勒率八萬恒沙菩薩。騰疑致問。是諸菩薩修習何道。何因緣集。師為是誰。誰之弟子。我於此眾中。乃不識一人。佛告彌勒。是諸菩薩修習佛慧。悉是我化。是我弟子。向下動其執近之情。乃云。我於伽耶城菩提樹下坐。得成佛道。乃教化之。又云。我今說實語。汝等一心信。我從久遠來。教化是等眾。彌勒再疑。說父少子老一喻。執近迹而疑遠本。故有壽量之談。開師門之近迹。顯佛地之遠本。三誡令其誡聽。三請極盡殷勤。乃告之言。汝等一切天人阿修羅。皆謂今佛出釋氏宮。去伽耶城不遠。坐於道場。得成菩提。然善男子。我實成佛已來。經無數無邊塵點劫前。自從是來。常在此界。說法教化。名字不同。形聲二益。教化眾生。非生現生。非滅現滅。諸所言說。皆實不虗。如世良醫。為治狂子。方便現生。方便現滅。無非令諸眾生入無上慧。成就佛身也。如是開顯法會。大眾悟得毗盧性海。佛地遠本。三世益物。法身常住。無古無今。空劫已前未為始。盡未來際猶未終。佛之知見。極盡窮源。故此四品為悟佛知見也。第四入佛知見者。由前說壽命長遠。三世益物。化化不絕。法會大眾證得法身真理。深信解相。妙悟已極。個個入佛知見。有證入解入之不同。故如來分別功德。或得生忍。或得總持。或得辯才無礙等。或一念信解。或深心信解。有直起隨喜者。有加受持者。勸人受持者。兼行六度者。備行六度者。所得功德。一一格量已竟。未盡其極。又以一念隨喜。隨其所聞。喜為人說。展轉相傳。至第五十人。復六根清淨。何況受持讀誦等。其功德愈校。愈不可窮矣。又以五種法師持說此經。會旨情忘。根塵兩淨。五種功備。六千德圓。六根互用之妙功德。豈可涯量。不輕一品。如來引自往昔之事。虗心弘道。忘己利物。一聲佛號。遍記四眾。見人則拜。逢瞋不怒。打罵謗毀。歡喜忍受。非入佛知見深達實相人法兩空者不能。故此四品為入佛知見之文。正宗已竟。向下八品為流通分。以正宗既竟。本懷已彰故。如來現大神力。嘉讚經德。發起群心。將此一卷妙法。遍空遍界。顯說密說。塵塵剎剎。一切大眾。見聞信解。大喜充身。故有神力之談。嘉讚已竟。應當付囑。使道統相傳。斯文不泯。當知末世之下。陞堂據座。弘通大法者。是諸佛一片慈悲之禍。祖禰不了。殃及兒孫。遞代相續故也。付囑已竟。猶恐新得記者。自恃天真。怠於進修。故以藥王之苦行。妙音之弘宣。觀音之普門。神呪之護魔。嚴王之轉邪。普賢之四行。勗勉大眾。為法當如藥王苦行。弘法當如妙音觀音。護法當如神呪之降魔。修行當如嚴王之轉邪。勸發必如普賢要祈。四行成就。審如是則妙法流傳。無有窮已。而今而後。宣演大法者。孰非法華之付囑哉。夫妙法絕待。本無言象。智行差別。故多注述。既有多注。安迯取捨。欲會旨趣。須究其槩。輒錄其要。以提其綱云爾。

菩提樹の下でこの法を悟った後、すぐにこの恵みをすべての衆生に施そうとされた。しかし、その根機(能力)がそれに耐えられないことをご存知だった。根が鈍いと知りながらも、本来の願いを掲げて『華厳経』という大いなる教えを説かれたが、それは上根の者だけに通じた。中根や下根の者はその場にいても、聞こえない者や口のきけない者のようだった。やむを得ず、真実のために仮の教えを施し、『四阿含』という小乗の教えを説かれた。弟子たちは偏った空(一切は無いという考え方)に執着してしまった。次に、方等部の経典で小乗を批判し、さらに般若経典で誤った考えを洗い流された。四十年もの間、あれこれと話し、様々な方法で導き、少しずつ諭し、段階を踏んで調整された。それが今に至り、時が来て機が熟した。霊鷲山での盛会には、天や人間の百万人、三乗(声聞・縁覚・菩薩)の聖者や賢者、八部衆(天・龍などの守護神)が、すべての川が海に流れ込むように、すべての星が北極星を囲むように集まった。世尊は新たな道を開き、古い考えを覆そうとされた。しかし、長く説法してきたため、人々の敬意が薄れていることを懸念された。そこで、様々な瑞相(めでたい兆し)を現し、常識を驚かせられた。まず経を説き、次に禅定に入られた。天からは四種の花が降り、大地は六種に震動した。大衆は一心に仏を仰ぎ見る。如来の眉の間からは光が放たれ、白毫(眉間の白い毛)の相が、東方の一万八千の世界を照らした。上は有頂天(最高の天)に至り、下は無間地獄(最も苦しい地獄)にまで及んだ。一方の世界がそうであるなら、すべての方角の世界も同じである。一筋の光の中に、十種類の法界(迷いの世界から悟りの世界までの十段階)が完全に現れ、衆生や仏の事柄の始終が示された。言葉を超えた『法華経』を、唇を開くことなく、人々の目の前に提示されたのだ。しかし、大衆はただ、花を降らせたのは天であり、震動したのは地であると知るだけで、自らの心を振り返ろうとはしなかった。まことに、如来のこの奮起を無駄にしてしまったのだ。そこで、弥勒菩薩が疑問を抱き、光の中の瑞相を見て、文殊菩薩に質問された。文殊菩薩はそれに答え、過去の灯明仏の事例を引いて、現在の仏の瑞相を証された。この二大士は、隠れた意味を明らかに示し、遠回しに歌い、傍らから通じさせた。仏が禅定から出ず、法が口から出る前に、例を引いて条を挙げ、仏が世に出現された本来の願いを、余すところなく明らかにされたのだ。そして、仏が禅定から出られた後に、また別の説くべき法などがあろうか。この品(序品)が序分である。方便品から常不軽菩薩品までの十九品が正宗分である。そもそも如来が世に出現された本来の願いは、一つの大きな大事の因縁(理由)によるものである。その一大事因縁とは、すべての衆生に仏の知見(悟りの智慧)を開き、示し、悟らせ、入らせることである。正宗分は四つの章に分かれる。方便品から法師品までの九品が、仏の知見を開く(開佛知見)部分である。宝塔品と提婆達多品の二品が、仏の知見を示す(示佛知見)部分である。持品から如来寿量品までの四品が、仏の知見を悟らせる(悟佛知見)部分である。分別功徳品から常不軽菩薩品までが、仏の知見に入らせる(入佛知見)部分である。第一の開佛知見の中では、三つの区分(周)がある。先の禅定に入り光を放つことによって、人々の目で直接見せ、心で悟らせ、言葉を超えた世界を理解させようとされた。しかし、根が鈍く心が迷っているため、言葉を離れた道を理解できない。そこで、世尊は禅定から出て、諸仏の権(仮の)と実(真実の)の二つの智慧を称賛された。その称賛が最高のところに達した時、「やめなさい。舎利弗よ、もう言う必要はない。なぜなら、諸仏の得た法は、非常に深く、微妙で、理解しがたく、第一で、希有で、無上で、無等の法であり、すべての声聞(修行者の一階級)には知り得ないからだ。ただ仏と仏のみが、諸法の実相(真理の姿)を究め尽くすことができるのだ。」と言われた。そしてさらに話題を転じて、「諸仏は長い年月を経て、最後には真実を説くべき時が来るのだ。」と言われた。言葉の中には響きがあり、針には餌がつけられていた。これによって、千二百人の声聞たちは疑念を抱き、考えを巡らせた。機が熟した時、三度にわたって請願が行われ、如来はそれを許し、詳しく説明すると約束された。そして、広く三乗(三つの教え)を示し、一乗(一つの真実の教え)を明らかにされた。過去・未来・現在のすべての諸仏が世に出現されるのは、ただ一つの大事の因縁のためであり、他の事はない。実際には、最初に三乗を説き、後に一乗を説いたわけではない。ただ、根の鈍い者のために、一乗の道を仮に三つに分けて説いたのである。というのも、小さな智慧を持つ者は小さな法を好み、自らが仏になれると信じないからだ。そのため、方便を用いて、それぞれの果(結果)を説いたのである。これは三乗が仮のものであることを明らかにしている。さらに「今、私は喜び恐れることなく、真っ直ぐに方便を捨てて、ただ無上の道を説く。」と言われている。これは一乗が真実であることを明確に示している。仏と仏の道は同じであり、過去の仏がそうであったように、現在の仏もまた同じである。最初に三乗を説き、後に一乗を説くというのは、古いしきたりに従ったに過ぎない。人について言えば、ただ菩薩を教化するのみで、声聞や縁覚はいない。理について言えば、ただこの一つの事実があるのみで、他の二つは真実ではない。教えについて言えば、十方の仏の国土には、ただ一つの乗り物(教え)があるのみである。行いについて言えば、すべての行いは、常に一つの事のためである。長行(散文)と偈頌(詩句)で、これらの意味が明らかにされた。機が熟した者は、その言葉の下で悟りを得て、列を出て理解を表明した。過去の疑いや後悔を述べ、現在の理解と悟りを示した。如来はそれを認められ、その理解が偽りでないことを証し、劫や国土の荘厳についての記別(将来仏になるという予言)を与えられた。これが、法説の一周、すなわち上根の者に対する説法である。しかし、中根や下根の者には迷いが残っていた。舎利弗は自らの理解が完成したが、他の者が未だ悟れないことを悲しみ、代わりに請願した。そこで如来は、木を揺らして風を教え、扇を掲げて月を例えるように、譬えを用いて説かれた。世の中の長者を、世を超えた如来に喩え、三界を家に、一乗の教えと理を門に、五道の衆生を五百人に、五濁と八苦を火に、三十人の子を三乗に喩えられた。長者は大火が四方から起こるのを見て、大いに驚き怖れ、慌てふためいて、子供たちを救う方法を考えた。まずは手足や机、棚で救おうとしたができない。そこで、門の外に三つの車があると巧みに誘い出し、子供たちを火宅から脱出させた。そして、約束した三つの車ではなく、それぞれに等しい一つの大きな車を与えた。機を尋ね、その理解が確かであることを確認された。これは、如来が法身の悟りの境地から、仏の眼で衆生を見て、五濁と八苦に焼かれ煮られ、遊びに夢中で救いを求めないのを嘆き、今の時代に三界に応化し、まずは微妙な大法で教えようとしたが、根機が耐えられないことを知り、巧みに三乗を説いて機に合わせ、今この経に至って、三乗の権(仮の姿)を開き、一乗の実(真実)を示し、すべての者に等しく与え、誰一人として独りで滅度(悟り)を得ることを許さない。これは、長者が初めに三つの車を約束し、後に一つの車を与えたのと同じで、何の偽りもないのである。この一つの譬えは、如来が自在の弁才を振るい、三界の生死の苦しみを明らかにし、人々に深い厭離(嫌い離れたいという思い)を起こさせるためのものである。長行と偈頌が終わると、四人の弟子たちが口を揃えて、貧しい子の譬え(窮子の喩)を説いた。初めに父子が互いに見失い、再会し、最終的に家業を継承するまでを語り、如来の一代の教えを、華厳経に始まり法華経に至るまで、順序立てて、理に従い、時に沿って、詳細に語り尽くした。そのため如来は、薬草の喩え(薬草喩品)で彼らを認め、まず四人がよく説いたことを称賛された。すなわち、貧しい子の譬えは、如来の一代の教えの始終をほとんど言い尽くしており、まことによく説いたと言える。しかし、如来の功徳はこれだけではない。さらに無量無辺の功徳がある。例えば、一つの相、一味の教え(普遍的な真理)は、大千世界に平等に施され、教えはあっても差別はなく、違いは受け手の側にある。これは、一つの雲、一つの雨が、三种の草、二種の木に枯れも栄えも区別なく降り注ぐようなものである。ましてや、一つの貧しい子の譬えで、如来の功徳のすべてを言い尽くせるだろうか。しかし、汝らもまた非常に希有である。四十年の間、機に応じて説法してきたことを理解したからである。四人の弟子たちが記別(将来仏になるという予言)を受けたことで、譬説の一周、すなわち中根の者に対する説法が終わった。次に、問われることなく自ら説き、偈の中でまず過去世の因縁の話を開かれた。「我が弟子たちは、威徳を具え、その数は五百人に及ぶ。彼らは皆、未来世において成仏するであろうと記別されるべきである。我と汝らには過去世における因縁がある。今、それを説こう。」と言われたため、化城喩品が説かれ、下根の者に因縁を説かれたのである。因縁を結んだ由来は、はるか昔の塵点劫(数えきれないほどの時間)の前、大通智勝佛が成道された時に遡る。王子や天の人々が集まり、智慧の仏が機に応じて説法された。その後、仏は禅定に入られた。王子たちは仏の意をくみ取り、それぞれ法座に上り、妙法を講じ、各々が六百億恒河沙(数えきれないほどの)の衆生を救済した。それ以来、因縁を結んだ人々は、世々代々にわたって出会い、前世で成熟した者もいれば、今世で成熟する者もいた。まるで漁師が魚を捕るように、前の網で捕れる者もいれば、後の網で捕れる者もいる。そして、今日、四十年後の法華経の盛会に至り、権(仮の教え)を開き実(真実の教え)を示し、三乗を一つに会し、大通智勝佛の時に未完だった公案を終え、このたびこの世に生まれた本来の願いを満たすに至ったのである。そこで、化城(仮の都)が仮に設けられたのは、疲れた人々を休ませるためであり、三乗が仮のものであることを明らかにし、宝所(真の宝の場所)が近くにあることを示して、人々に喜んで前進するよう勧め、一乗が真実であることを明らかにされたのだ。これにより、五百人の弟子たちは記別を受けて喜び、繋珠の喩え(衣の中に宝珠が縫い込められていた話)を説いて、因縁の開示に応えた。千二百人の声聞や、二千人の有学位・無学位の者たちも、それぞれ記別を受けた。これが、因縁説法の一周、すなわち下根の者に対する説法である。三周の説法と記別が終わっても、まだ救うべき者がいないことを恐れ、法師品において広く未来の衆生に至るまでの記別が与えられた。四衆(比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷)や八部衆は歓喜し踊って、心が仏となることを悟った。これで、開佛知見の九品が終わる。 第二の示佛知見について。前に記別を受けた人々も、なお汚れと清め、生と滅などの執着が残っていることを恐れて、多宝如来の塔が願いによって湧き出て、人々の前に現れた。塔の中から大きな声が出て、「善きかな。釈迦牟尼世尊は、平等の大慧をもって、菩薩の法、すなわち仏の護りたもう妙法蓮華経を、大衆のために説きたもう、まことにその通りである。」と褒めたたえられた。楽説菩薩が因縁を尋ねると、如来は多くの分身の仏を集められ、三度にわたって国土を清らかに変え、汚れと清めの執着を取り除き、宝塔の門を開き、真実の相を示された。塔に入り、座に就かれることで、来たり去ったりするという生滅の見解を取り除かれた。しかし、入滅を宣べ、後継者を募ることで、この教えが絶えないようにされた。また、提婆達多品では、提婆達多が経を広めたことによって、釈迦牟尼仏がそのおかげで成道されたことや、文殊菩薩が経を弘めたことによって、龍女がそのおかげで成仏したことを説かれた。これは、妙法の神験を顕し、怨みも親しみもなく、男・女・人間・畜生を問わず、平等の大慧は誰にでも本来備わっていることを示すものである。この二品が、示佛知見の部分である。 第三の悟佛知見について。前に宝塔品で経を弘める人を募り、妙法を託すべき者がいることが明らかになった。そこで、持品において、薬王菩薩と二万の大菩薩は、この娑婆世界でこの経を広めることを誓った。一方、新たに記別を受けた一万二千の声聞たちは、自らの力がまだ十分でないことを自覚し、娑婆世界が難調伏であることを恐れ、他方の世界でこの経を広めることを誓った。この世界でも、他方の世界でも、それぞれの分担を決めても、完全に仏の意にかなうものではなかった。そこで世尊は、青蓮華のような眼で見回されたところ、八十万億那由他の菩薩や大士たちが、仏の心を感じ取り、この世界、他方の世界、あらゆる場所で、忍辱の地に留まりながら、この経を広めることを誓った。たとえ悪世の比丘たちが、心はお世辞で誠実でなく、修行者のふりをし、自分たちの過失を言いふらし、しばしば追い出そうとし、軽蔑し、毀損しても、仏を念じて忍ぶというものである。しかし、困難を忍んで経を弘めることは確かに善いことだが、困難がないことに勝るものはない。困難が起きてからそれを忍ぶよりも、困難が起こらないように未然に防ぐ方が良い。そこで文殊菩薩は、思わずにじり出て、世尊に質問した。「悪世の中で、どのようにしてこの経を説くことができるのでしょうか。どのような法を得れば、あらゆる困難から遠ざかることができるのでしょうか。」如来は、四つの安楽行(身安楽行・口安楽行・意安楽行・誓願安楽行)を示された。身の安楽行は、忍辱の地に住み、すべての悪人から遠ざかること。口の安楽行は、他人の善悪や長短を言わないこと。意の安楽行は、平等に説法し、衆生を教化すること。誓願の安楽行は、衆生がどのような境地にいようとも、神力と慧力によって、彼らを一乗の中に引き入れて住まわせること。経を弘める法師が、この三軌(弘経の三つの心得)と四行を自ら守ることができれば、どこにいても自得できないことはない。次に、この経の神妙さを広く称讃された。それは、王の頂上の明珠(最も大切な宝)のように、容易に人に与えないものであり、これまで説かなかったことを、今こそ説くのだ。仏道を求める者は、安穏を得たいなら、この四つの法に親しむべきである。三種の障りを転じ、八相成道(仏の八つの主要な出来事)には、このような利益がある。そこで、他方の世界の菩薩たち、その数八恒河沙よりも多くが、仏に申し上げた。「我々はこの世界で、広くこの経を説きたい。」如来はそれを止められた。彼らは他方の世界の菩薩であり、この世界との因縁は浅い。もしここに留まって教化すれば、本来の利益を失うことになる。私の娑婆世界には、六万恒河沙の菩薩がおり、その一人一人に六万恒河沙の眷属がいる。これらの人々は、この世界でこの経を護持し広く説くことができる。すなわち、彼らは私の弟子であり、私の道を弘めるべきであり、子が父の業を継ぐのが当然の道理である。如来がこのように命じられると、その時、三千大千世界の大地はことごとく裂け、無量無数の菩薩が同時に湧き出た。彼らは虚空に至り、二体の世尊(釈迦牟尼仏と多宝仏)に礼拝し、種々の賛嘆の法をもって仏を讃えた。四人の導師(上首の菩薩)が列を出て、如来に安否を問い、「善きかな」と讃えた。汝らは如来に対して随喜の心を発したのである。そこで、弥勒菩薩は八万恒河沙の菩薩を率いて、疑問を呈し質問した。「これらの菩薩たちは、どのような道を修め、どのような因縁で集まったのか。師は誰か。誰の弟子か。私はこの大衆の中で、一人として知っている者がいない。」仏は弥勒菩薩に告げられた。「これらの菩薩たちは、仏の智慧を修め、すべて私が教え、私の弟子である。」そして、彼らの近しいものに執着する心を動かすために、「私はガヤーの町の菩提樹の下に座って、仏道を成就した。そして彼らを教化したのだ。」と言われた。さらに、「私は今、真実を語ろう。汝らは一心に信じなさい。私は久遠の昔から、これらの者たちを教化してきたのだ。」と言われた。弥勒菩薩はさらに疑い、「父は若く、子は年老いている」という譬えを挙げ、近しい跡(今の姿)に執着して、遠い本(本当の姿)を疑った。そこで、如来寿量品が説かれ、師匠の近しい跡を開き、仏の境地の遠い本を顕わされた。三度の戒めで、注意深く聞くように命じ、三度の請願に対して、最も懇切丁寧に応えられた。そして告げられた。「汝らすべての天・人・阿修羅よ。あなたがたは皆、今の仏が釈迦族の宮殿を出て、ガヤーの町から遠くないところで道場に座し、菩提を成就したと思っている。しかし、善男子よ、私は実際に成仏してから、無量無辺の塵点劫の昔を経ているのである。それ以来、常にこの世界にいて、説法教化してきた。名前も異なり、姿や声の利益をもって衆生を教化し、生ではないのに生を示し、滅ではないのに滅を示してきた。すべての説法は、真実であり、偽りではない。それはあたかも、世の名医が狂った子を治すために、仮に生まれ、仮に滅することを現すようなものである。すべては、もっぱら衆生をして無上の智慧に入らせ、仏の身を成就させるためである。」このように開顕された法会において、大衆は毘盧遮那仏の広大な法の世界、すなわち仏の境地の遠い本、三世にわたって利益を与えること、法身は常住であり、古も今もないこと、空劫(何もない大昔)より前をもって始まりとせず、未来際が尽きるまでもなお終わらないことを悟った。仏の知見は、その根源を極め尽くされた。この四品が、悟佛知見の部分である。 第四の入佛知見について。前に寿命の長遠、三世にわたって利益を与え、教化が尽きないことを説かれたことにより、法会の大衆は法身の真理を証得し、深く信解する相を示し、妙悟は極まり、一人ひとりが仏の知見に入った。しかし、証入と解入の違いがあるため、如来は分別功徳を説かれた。ある者は無生法忍(生も滅もないという真理を確信する境地)を得、ある者は総持(陀羅尼)を得、ある者は無碍弁才を得た。ある者は一念の信解、ある者は深心の信解を得た。直ちに随喜(他者の善行に心から喜ぶこと)を起こす者、さらに受持する者(教えを身に受け、忘れないこと)、他人に受持を勧める者、六度(布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧)を兼ね行う者、六度をすべて行う者、それぞれの功徳を一つ一つ比較して明らかにされたが、その極まりを尽くしてはいなかった。さらに、一念の随喜によって、聞いたことを喜んで人に説き、次々と伝えて第五十人に至る者の功徳も、また六根清浄を得る。ましてや、受持・読誦などを行う者の功徳は、比較するほどにますます計り知れなくなる。また、五種の法師(受持・読・誦・解説・書写の五種類の修行者)がこの経を受持し説くことにより、経の旨に会して情念が忘れられ、根(感覚器官)と塵(対象)が共に清らかになる。五種の功徳が備わり、六千の功徳が円満し、六根が互いに自由に働くという微妙な功徳は、どうして計り知ることができようか。常不軽菩薩品では、如来が自らの過去世の出来事を話された。謙虚に心で道を弘め、自己を忘れて他者を利益し、一声の「南無阿弥陀仏」(または「帰命頂礼」)の佛号で、四衆すべてに記別を与え、人を見れば礼拝し、怒りに遭っても怒らず、殴られ、罵られ、誹謗されても、喜んで忍受された。これは仏の知見に入り、実相(真実の姿)を深く悟り、人も法も共に空であると理解した者でなければできないことである。この四品が、入佛知見の部分の文である。正宗分はここで終わる。以下の八品は流通分である。正宗分が終わり、如来の本来の願いが明らかになったからである。そこで如来は大きな神通力を現し、経の功徳を褒め称え、人々の心を奮い立たせた。この一卷の妙法を、あらゆる世界に、顕(あらわ)に説き、密(ひそか)に説き、すべての塵、すべての世界に及ぼし、一切の大衆が見聞し信解し、大いなる喜びが身に満ちた。これにより神通力の話がある。褒め称えが終わると、付嘱されるべきである。これにより道統が絶えることなく、この教えが滅びることがない。末世において、座に上り、大法を弘通する者は、諸仏の一片の慈悲の現れであり、もし祖師や先人が完全に悟っていなければ、その殃(わざわい)が子孫に及び、代々続くことになることを知るべきである。付嘱が終わると、新たに記別を得た者たちが、天性のものだけに頼って修行を怠ることを恐れ、薬王菩薩の苦行、妙音菩薩の弘宣、観音菩薩の普門(あらゆる姿に現れて救うこと)、神呪による魔の降伏、厳王の邪見の転換、普賢菩薩の四行などを例に挙げて、大衆を励まされた。法のためには、薬王のように苦行すべきであり、法を弘めるには、妙音や観音のようであるべきであり、法を護るには、神呪が魔を降伏するようであるべきであり、修行するには、厳王が邪見を転じたようであるべきである。勧発(勧めて発起させること)は、必ず普賢菩薩のように祈願し、四行を成就させなければならない。このようにすれば、妙法は永遠に伝わり、尽きることがない。今後、大法を宣演する者で、法華経の付嘱に従わない者がいるだろうか。そもそも妙法は絶対的であり、本来、言葉や形はない。しかし、智慧や行いには差別があるため、多くの注釈や説明がある。多くの注釈があれば、取捨選択を免れない。その趣旨を会得したいならば、その概略を究めなければならない。そこで、その要点を書き留め、その綱(あらまし)を挙げることにした。

旹康熈歲次乙亥四月十八日中州榮澤櫟村大義識

この経文は、康煕年間(康熙帝の治世)で、その年の干支が乙亥にあたる、四月十八日に、中州(中国の中央地域)の栄沢という地で、櫟村という人物が大義を記した、という意味です。


No. 619-B 編集始末
No. 619-D 妙法蓮華經大成懸談

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