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title: "萬松老人評唱天童覺和尚拈古請益錄 · 第五十則陸亘坐臥"
description: "萬松老人評唱天童覺和尚拈古請益錄，簡稱萬松老人評唱天童拈古請益錄，由宋代高僧正覺拈古，元代高僧行秀評唱而成。該書屬禪宗語錄體著作，內容輯錄天童正覺禪師對古德公案的拈提評唱，萬松行秀在此基礎上進一步闡釋發揮，以問答形式啟發學人悟入禪機。此作誕生於宋元禪宗鼎盛時期，融合了臨濟與曹洞宗風，深刻體現了禪宗“不立文字、直指人心”的宗旨，是研究宋元禪宗思想與公案詮釋的重要文獻，在佛教史上具有承先啟後的地位，為後世學人參究禪法提供了權威依據。"
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### 第五十則陸亘坐臥

> 第五十則　陸亘の坐臥

舉陸亘大夫問南泉。弟子家中有一片石。有時坐。有時臥。欲鐫作佛得不。客聽主裁。兵隨印轉泉云得。符到奉行陸云莫不得不。却又疑着泉云。不得。隨邪。撲簸箕雲巖云。坐則佛。韓信甘投胯不坐則非佛。淵明懶折腰洞山云。不坐則佛。背去還成奉坐則非佛。親來越轉疎天童拈云。轉功就位。但得雪消去轉位就功。自然春到來還他洞上父子。肐腰不外屈且道南泉意作麼生。不打這鼓笛直是針錐不得穿鑿不少。

> 陸亘大夫が南泉に尋ねた。 「弟子の家の中に一枚の石があります。時には座り、時には横になります。これを仏像に刻もうと思うのですが、よろしいでしょうか。」 <note>客が主人の裁きを待つ。兵士が印に従って動く</note> 南泉は言った。「よろしい。」 <note>命令が届けばそれに従う</note> 陸亘が言った。「よろしくないのではないでしょうか。」 <note>また疑いが生じる</note> 南泉は言った。「よろしくない。」 <note>邪に従う。簸箕を打つ</note> 雲巖は言った。「座れば仏である。」 <note>韓信は喜んで股くぐりをした</note> 「座らなければ仏ではない。」 <note>淵明は腰を折るのを怠けた</note> 洞山は言った。「座らなければ仏である。」 <note>背を向けても結局は従うことになる</note> 「座れば仏ではない。」 <note>親しく近づくほどかえって疎遠になる</note> 天童が取り上げて言った。「功を転じて位に就く。」 <note>ただ雪が消え去るのを待つ</note> 「位を転じて功に就く。」 <note>自然に春がやって来る</note> 「洞山の父子の関係に戻る。」 <note>腰を曲げるのは外に向かって屈することではない</note> 「さて、南泉の意図はどういうものか。」 <note>この太鼓や笛を打たない</note> 「まさに針や錐でも突き通せない。」 <note>穿鑿は少なくない</note>

師云。宣州節度使。陸亘大夫。初問南泉曰。弟子家內缾中養一鵝。鵝漸長大。出缾不得。如今不得毀缾。不得損鵝。和尚作何方出得。南泉召曰。大夫。陸應喏。南泉曰。出也。陸從此有開解。陸一日問南泉。弟子家中有一片石。有時坐。有時臥。欲鐫作佛得不。泉云。得。陸曰。莫不得不。泉云。不得。五祖演云。大眾。夫為善知識。須明決擇。為什麼他人道得。也道得。他人道不得。也道不得。還知南泉落處麼。白雲不惜眉毛。與汝註破。得又是誰道來。不得又是誰道來。汝若更不會。老僧今夜為汝作箇樣子。乃舉手云。將三界二十八天作箇佛頭。金輪水際作箇佛脚。四大神州作箇佛身。雖然作此佛兒子了。汝諸人又却在那裏安身立命。大眾還會也未。老僧作第二箇樣子去也。東弗于逮作一箇佛。南贍部州作一箇佛。西瞿耶尼作一箇佛。北鬱單越作一箇佛。草木叢林是佛。蠢動含靈是佛。既恁麼。又喚什麼作眾生。還會也未。不如東弗于逮。還他東弗于逮。南贍部州。還他南贍部州。西瞿耶尼。還他西瞿耶尼。北鬱單越。還他北鬱單越。草木叢林。還他草木叢林。蠢動含靈。還他蠢動含靈。所以道。是法住法位。世間相常住。既恁麼。汝喚甚作佛。還會麼。忽有箇漢出來道。白雲休䆿語。大眾記取這一轉。若於世諦因果門中作像供養。豈非好事。所以云。得。若以此石觸穢踐踏。污辱像材。莫不得麼。泉道不得。是知善惡罪福果報。皆由心造。得與不得。速如影響。為什麼天童拈南泉意。直是針錐不得。情知不是這箇道理。陸亘問得週遮。南泉答得轉換。若道是世法。五經三史。還有這般說話麼。若道是佛法。三藏五乘。還有這般說話麼。雲巖洞山父子。以當家針線。番覆相成。天童以借功明位。借位明功。若合符節。道南泉意。直是針錐不得。萬松今欲結識。南泉以為當家不見。陸大夫問南泉和尚何姓。泉曰姓王。陸曰。王還有眷屬也無。泉曰。四臣不昧。陸曰。王居何位。泉曰。玉殿苔生。祇如天童。道直是針錐不得。還入宗旨也。無背風。無巧拙。雷火爍難追。

> 師は言われた。宣州の節度使、陸亘大夫が初めて南泉に問うた。「弟子の家の中の瓶で一羽の鵞鳥を飼っています。鵞鳥は次第に大きくなり、瓶から出られなくなりました。今、瓶を壊すことも、鵞鳥を傷つけることもできません。和尚はどうすれば出られるでしょうか」。南泉は呼びかけた。「大夫よ」。陸が返事をすると、南泉は言った。「出た」。陸はこれで悟りを開いた。 ある日、陸が南泉に問うた。「弟子の家に一片の石があります。時に座り、時に臥します。これを仏像に彫ることはできますか」。泉は言った。「できる」。陸が言った。「できないのではないですか」。泉は言った。「できない」。 五祖演は言われた。「大衆よ、善知識となるには、明確な判断がなければならない。なぜ他人が『できる』と言えば『できる』と言い、他人が『できない』と言えば『できない』と言うのか。南泉の真意がわかるか。白雲は眉毛を惜しまず、あなたのために明かそう。『できる』とは誰が言ったのか。『できない』とは誰が言ったのか。もしまだわからなければ、老僧が今夜、あなたのために例を示そう」。そして手を挙げて言った。「三界二十八天を仏の頭とし、金輪水際を仏の足とし、四大神州を仏の身とする。このように仏の子を作ったとしても、あなた方はどこで安身立命するのか。大衆よ、わかったか。老僧が第二の例を示そう。東弗于逮を一つの仏とし、南贍部州を一つの仏とし、西瞿耶尼を一つの仏とし、北鬱単越を一つの仏とする。草木叢林は仏であり、蠢動含霊も仏である。そうであるならば、何を衆生と呼ぶのか。わかったか。むしろ、東弗于逮は東弗于逮のままにし、南贍部州は南贍部州のままにし、西瞿耶尼は西瞿耶尼のままにし、北鬱単越は北鬱単越のままにし、草木叢林は草木叢林のままにし、蠢動含霊は蠢動含霊のままにする。だからこそ、『法は法位に住し、世間の相は常住である』と言われる。そうであるならば、あなたは何を仏と呼ぶのか。わかるか。もし誰かが現れて『白雲よ、無駄なことを言うな』と言ったら、大衆よ、この一転を覚えておけ。もし世諦の因果の門において像を供養するなら、それは善いことではないか。だから『できる』と言う。もしこの石を穢れに触れさせ踏みつけ、像の材を汚すなら、『できない』ではないか。泉が『できない』と言ったのは、善悪の罪福果報はすべて心によって造られることを知っているからだ。『できる』と『できない』は、影が形に従うように速やかである。なぜ天童は南泉の意を挙げて、『針錐も入れられない』と言うのか。これはその道理ではないと知っている。陸亘の問いは回りくどく、南泉の答えは転換している。もしこれを世法と言うなら、五経三史にこのような言葉があるか。もしこれを仏法と言うなら、三蔵五乗にこのような言葉があるか。雲巖と洞山の父子は、当家の針線をもって繰り返し互いを成り立たせた。天童は、功を借りて位を明らかにし、位を借りて功を明らかにし、符節を合わせるようにして南泉の意を説く。『針錐も入れられない』とは、万松が今、南泉を当家として認めようとしても、陸大夫が南泉和尚に姓を問うたように、泉は『姓は王』と答えた。陸が『王には眷属がいますか』と問うと、泉は『四臣は隠れない』と答えた。陸が『王はどの位におられますか』と問うと、泉は『玉殿に苔が生える』と答えた。天童が『針錐も入れられない』と言うのは、宗旨に入っているのか。風に背かず、巧拙もなく、雷火のごとく速やかで追い難い。

## 萬松老人評唱天童覺和尚拈古請益錄卷上

> 萬松老人評唱天童覚和尚拈古請益録 上巻

### 請益錄上卷音義

> 請益録上巻音義

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