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title: "萬松老人評唱天童覺和尚拈古請益錄 · 第五十一則文殊出定"
description: "萬松老人評唱天童覺和尚拈古請益錄，簡稱萬松老人評唱天童拈古請益錄，由宋代高僧正覺拈古，元代高僧行秀評唱而成。該書屬禪宗語錄體著作，內容輯錄天童正覺禪師對古德公案的拈提評唱，萬松行秀在此基礎上進一步闡釋發揮，以問答形式啟發學人悟入禪機。此作誕生於宋元禪宗鼎盛時期，融合了臨濟與曹洞宗風，深刻體現了禪宗“不立文字、直指人心”的宗旨，是研究宋元禪宗思想與公案詮釋的重要文獻，在佛教史上具有承先啟後的地位，為後世學人參究禪法提供了權威依據。"
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## 萬松老人評唱天童覺和尚拈古請益錄卷下

> 萬松老人評唱天童覺和尚拈古請益録 巻下

後學性一閱生生道人梓

> 後学 性一 生生道人 梓

### 第五十一則文殊出定

舉佛前有一女子入定。家富兒嬌佛勅文殊出定。便與推倒殊乃運神力托上梵天。出定不得。何不填坑佛乃云。下方罔明大士。能出此定。家󳳲不甜野󳳲甜須臾。罔明至。飢鷹待一呼勅令出定。再作死馬醫罔明彈指三下。費許多氣力作麼女子便出定。神著自舞天童拈云。若定若動。野狐窟下掉尾當人變弄。傀儡棚上牽絲鴻毛輕而不輕。不消彈指太山重而非重。空上梵天還知老瞿曇鼻孔在我手裏麼更有收人在後頭。

> 仏の前に一人の女性が禅定に入っていた。<note>家は裕福で、子供は甘やかされている</note>仏が文殊に命じて定から出させようとした。<note>彼女を押し倒すように</note>文殊は神通力を使って彼女を梵天の上に運んだが、定から出すことはできなかった。<note>なぜ穴を埋めないのか</note>仏は言った。「下方にいる罔明大士なら、この定から出させることができるだろう」<note>家の飯は甘くないが、野原の飯は甘い</note>しばらくして、罔明が到着した。<note>飢えた鷹が一声の呼びかけを待つように</note>仏が命じて定から出させようとした。<note>死んだ馬を再び治療するように</note>罔明は指を三回はじいた。<note>多くの力を費やして何をするのか</note>すると女性はすぐに定から出た。<note>神が自ら舞うように</note>天童はこう評した。「定に入るにせよ動くにせよ、<note>野狐の巣の下で尾を振るように</note>その人の変幻自在な振る舞い。<note>操り人形の舞台で糸を引くように</note>鴻毛のように軽くて軽くなく、<note>指をはじく必要もない</note>泰山のように重くて重くない。<note>梵天の上に空しく上がる</note>老瞿曇の鼻の穴が私の手の中にあることを知っているだろうか<note>さらに後ろに人を捕らえる者がいる</note>。

師舉翠巖芝云。僧投寺裏宿。賊打不防家。萬松道。鸞逢鳳喜。蛆見蠅歡。五雲和尚云。不唯文殊不能出此定。但恐如來也出此定不得。萬松祇管看。祇如教意怎生體解。萬松道。此義文長。付在來日。此緣本出諸佛要集經。天王如來於欲色二界中間。諸佛集會。文殊邀彌勒共往。勒辭不行。文殊由起佛見法見。貶在二銕圍山間。為諸菩薩說四意止。如來召之。還至佛所。見女在定。殊意我貶山間。女何近佛。佛勅文殊出定問之。乃至兩山相擊。托至梵天。竟不出定。佛言。下方有棄諸陰蓋菩薩。能出女定。俄棄蓋至。彈指三下。女便出定。今作罔明。諸方久傳。罔明。本出思益經。亦曰。勝思惟。梵天所問經。與罔明菩薩有問答。罔當從系。葢取交光相羅之意。故號罔明。因辨於此。學者應知。教意謂。文殊最初因女子發菩提心。所以不能出他定。慧式法師云。文殊師利。乃因女人以發初心。女子最初。因棄諸陰蓋發菩提心。所以棄葢能出此定。圓通善國師云。有說云。文殊是大菩薩。常在定中。了無出入。所以不能出他定。罔明是小菩薩。於禪定中猶有出入。所以能出他定。天童拈處。即不然道。若定若動。當人變弄。行船盡在把梢人。上杆不由攛弄者。所以鴻毛輕而不輕。太山重而非重。天童鼻孔且放過。萬松鼻孔為什麼。却在諸人手裏。復云。牢收取。

> 師は翠巖芝を挙げて言う。「僧が寺に投宿すれば、賊は家を防がず」。万松は言う。「鸞が鳳に逢えば喜び、蛆が蠅を見れば歓ぶ」。五雲和尚は言う。「文殊だけがこの定から出られぬのではない。如来さえもこの定から出られぬ恐れがある」。万松はただ見つめるばかり。さて、教えの意はどう理解すべきか。万松は言う。「この義は長い。来日に委ねよう」。 この縁起はもともと『諸仏要集経』に出ている。天王如来が欲界と色界の間にあって、諸仏が集う。文殊が弥勒を誘い共に行こうとするが、弥勒は辞して行かぬ。文殊は仏見・法見を起こしたため、二つの鉄囲山の間に貶され、諸菩薩に四意止を説く。如来が召し還すと、仏所に至り、女が定に入っているのを見る。文殊は思う「我は山間に貶されたのに、女はなぜ仏に近いのか」。仏は文殊に命じて定から出るよう問うが、両山を打ち合わせて梵天に至るまで、ついに定から出ない。仏は言う。「下方に棄諸陰蓋菩薩あり、女の定を出させることができる」。やがて棄蓋が至り、指を三度弾くと、女はたちまち定から出た。今これを「罔明」とする。諸方に久しく伝わる「罔明」は、もともと『思益経』に出る。また『勝思惟梵天所問経』ともいい、罔明菩薩との問答がある。「罔」は「系」に従い、「交光相羅」の意を取って、故に「罔明」と号す。ここに弁じておく。学ぶ者は知るべきである。 教えの意は、文殊は最初に女人によって菩提心を発したので、彼女の定を出せなかったという。慧式法師は言う。「文殊師利は、女人によって初発心を起こした。女人は最初、棄諸陰蓋によって菩提心を発したので、棄蓋がこの定を出させることができた」。円通善国師は言う。「ある説に、文殊は大菩薩であり、常に定中にあって出入りはない。ゆえに彼女の定を出せなかった。罔明は小菩薩であり、禅定の中にまだ出入りがある。ゆえに彼女の定を出せたという」。 天童が拈提するところは、そうではないと言う。「定にあろうと動じようと、当人が変幻を弄する。船を進めるはすべて舵取りにあり、竿の上は弄ぶ者に由らぬ」。ゆえに、鴻毛は軽くして軽からず、泰山は重くして重からず。天童の鼻孔はひとまず放っておく。万松の鼻孔はなぜ、諸人の手の中にあるのか。また言う。「しっかりと受け取れ」。