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title: "略述法相義依釋 · 諸識受俱"
description: "略述法相義依釋是日本法相宗学僧高範所著的佛教典籍。该书成书于日本镰仓时代，以唐代窥基的成唯识论述记为蓝本，系统阐释了法相宗的唯识学要义。内容聚焦于诸法性相、识变理论、种子学说及修行次第，深入剖析了唯识无境的核心理念。作为日本法相宗的重要文献，该著作不仅继承了隋唐唯识学的正统传承，更融入了日本佛教的诠释特色，对东亚唯识学的发展具有承前启后的重要意义，是研究法相宗思想体系不可或缺的经典注疏。"
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◎諸識受俱

> ◎あらゆる識（認識作用）は、感受（受）を伴うもので

○若是餘受必有間斷。

> たとえ他の方法で受け入れても、必ず中断があります。

苦樂間斷法非常恒相續苦非常恒相續樂故。

> 苦楽の間断なき法は、常住・恒久の相続ではない。苦が常住・恒久の相続ではないように、楽もまた常住・恒久の相続ではないからである。

○七有情恒執等。

> 七つの有情が常に執着を抱えている。

論全文云由此識常無轉變有情恒執為內我故云云疏云常者相續義無轉者一類義我是一常故此似我顯第七識恒緣執我。

> もうしひとのおもいさだめ

○寧執為我。

> 「私」だと固く執着してしまうことがあるのです。

若苦樂二受相應或時苦或時樂轉變無常故第七何執常住我。

> もし苦と楽の二つの感受が連続して現れ、時には苦しみ、時には楽しみへと変化し、常に移り変わって無常であるならば、第七の識（末那識）がどうして常住不変の自我（我）を執着できるのでしょうか。

○雜受純受。

> ○雑受と純受。

䟽云鬼畜處通若唯苦處地獄相似五十七說與地獄同純受重故若雜受處容有喜樂況復無憂雜受輕故。

> 解説に言う。鬼・畜生の世界は、もっぱら苦しみだけを受けている場所であるならば、地獄と似ている。第五十七の説では地獄と同じであり、純粋に重い苦しみを受けるからである。もし様々な苦しみを受けている場所であれば、喜びや楽しみが存在することもある。ましてや憂いがないことはなおさらである。様々な苦しみを受けているから、苦しみも軽いのである。

○捺落迦中至為苦。

疏云捺落迦者此云苦器受罪處也那落迦者受彼苦者故二別也有云捺落迦此云受苦器那落迦此云受苦者。

○無分別故。

疏云其諸地獄一向苦故唯苦無憂以迫尤重為苦所逼亦無分別以憂分別方得生。

○若在欲界至悅心故。

疏云大乘初二近分有喜乃至何以無樂以彼適悅不遍五根故但遍意識及身處少分。

○初二靜慮近分。

俱舎疏云四本靜慮四本無色各有近分與八根本為入門故。

○悅身心故。

疏云根本初二名喜樂者適悅五根故。

○安靜尤重無分別故。

疏云以安靜適悅故無分別適悅故名樂尤重故名樂即是在意名樂所以。