因明入正理論後記序
因明入正理論後記序
因明者。西域五明論之一也。西域五明有二。外五明者。凡俗所智。內五明者。我佛所造。外五明者。一曰聲明。𥼶詁訓字。詮自流別。若此土爾雅切韻字彚類書之類。二曰工巧明。伎術機𮤚。陰陽厯𢿘。若此土百工技藝厯法筭書之類。三曰醫方明。禁咒閑邪。藥石鍼艾。𠰥此土祝由醫書之類。四曰因明。考完正邪。研覈真偽。𠰥此土究明道理諸書之類。五曰符印明。書契形象。印璽雕刻。𠰥此土篆隸真艸諸字筆法。西域記云。開蒙誘進。先遵十二章。七歲之後。漸授五明六論也。內五明者。世尊成正覺已。憐愍眾生但習俗書。未知至教。故借此五明之流別。精嚴其科條。闡析其正理。將符邱明攝入聲明。特加內明一論。究暢五乗。明辨因果。于數亦合五明。小乗阿含。畧涉其流。大乗菩[薩-產+(辛/工)]。探閫奥。故大般若𦀇云。五地菩[薩-產+(辛/工)]覺五明。華嚴𦀇五地品。學習聲明工巧等。地持論云。菩[薩-產+(辛/工)]求法。當于何求。當于一切五明處求。陳譯攝論云。若菩[薩-產+(辛/工)]依本智作利益事。謂正說三乗三蔵及五明等義。當無偏倒相違不實不㝎名偏符理真實不可動為無偏。処時相濫名倒隨處隨時隨相名無例。是名菩[薩-產+(辛/工)]利他。故瑜伽師地論云。菩[薩-產+(辛/工)]求內明時。為正修行法隨法行。為廣開示悟于他故。菩[薩-產+(辛/工)]求醫方明時。為息他病得饒益故。菩[薩-產+(辛/工)]求因明時。為欲了知外道所造惡因諸論。為降伏彼故。開悟淨信眾生故。菩[薩-產+(辛/工)]求聲明時為欲令諸眾生。悟入詁訓言音文句差別。唯以一義殊音隨說故菩[薩-產+(辛/工)]求工巧明時。為以巧智利益眾生故。是故求此五明。令無上正等菩提大智資糧。速得圎滿。令此因明一論。屬在五明第三。廣陳方隅。發明因法。又因明之理。所攝甚廣。因緣因果。俱是因詮。通于內明。印于聖教。今此一論。但是立量之因。未顯詮真之奥。是故建立此論。其義有二。一者指迷。二者示信。地論云。若諸菩[薩-產+(辛/工)]求因明時。為欲如實了知外道所造因論。是惡言說。為欲降伏他諸異論。此指述義也。又云。為欲于此真實聖教。未淨信者令其淨信已淨信者。倍令增廣。此示信義也地持論云求因明者欲知彼論過故。欲降伏異類故。未信佛法者令生信。已生信者令增廣故。其義同也。指迷示信邪正分明。諸𦀇論凡有遮表言辭。雖不明言宗因等法。按其文句。暗相符合。聖天菩[薩-產+(辛/工)]所云。又扇因明廣大風。誰敢如蛾投猛𦦨是也。𦀇文亦有特表因明者。若華嚴云。世間諸因量。求過不可得。因量者。即此因明所立之量也。過即論中宗因喻三支之三十三過也楞伽云。不正因故。而說有無二俱不成。不正因。即此論以因。不成者。即是不極成。密嚴𦀇云。彼之五種過。譬喻不成立諸義皆相違。五種𢘻成過。惑亂于智眼。顛例不顛例同異法斯壞。舍離于自宗依止他宗法。即此論之條例也。慈恩大師云。因明論者。元唯佛說。又廣義散。備在諸𦀇。劫初足目菩[薩-產+(辛/工)]。創標真以二門。彌勒菩[薩-產+(辛/工)]。廣說成立八種。世親菩[薩-產+(辛/工)]。再陳軌式。綱紀已列。幽致未分。賓主對揚。猶疑未備。有陳那菩[薩-產+(辛/工)]者。是稱命世。賢劫千佛之一佛也。匿跡巖藪。棲巒等持。觀述作之利害。審文義之繁約。于時巖谷振吼。雲霞變彩。山神捧菩[薩-產+(辛/工)]足高數百尺。唱言佛說因明玄妙難究。如來滅後大義淪絕。今幸福智悠邈。𭰹達聖㫖。因明論道。願請重宏。菩[薩-產+(辛/工)]乃放神光照燭機。感時彼南印土按逹羅國王。見放光明。疑入金剛喻定請證無學果。菩[薩-產+(辛/工)]曰入定觀察。將𥼶深𦀇心期大覺。非願小果。王言無學果者諸聖攸仰請尊速證菩[薩-產+(辛/工)]撫之欲遂王請妙吉祥菩[薩-產+(辛/工)]因彈指警曰何捨大心方興小志為廣利益者當轉慈氏所說瑜伽匡正頺綱可製因明重成規矩陳那敬受指誨奉以周旋于是覃思研精乃作因明正理門論正理者。諸法本真之體義。門者。𫞐𢖍照解之所由。會玄記云。唐三蔵為基師講陳那之論。基師大善三支。縱橫立破述義命章世無與比。今撿閱三蔵。無陳那論。僅此論及龍樹菩[薩-產+(辛/工)]因明正理門論二譯本。自唐至今。論蔵(目錄)具在。何獨不列陳那之論。亦非後來遺佚。而此論又奘師所譯。頗疑基師所習。即是此本。又百法鈔所引宗因諸過。較于此本則合。若龍樹論文。無能別不成隨一不成等句。此又非彼本而是此本之一證。號商羯羅菩[薩-產+(辛/工)]者。或是陳那所授之弟子。而依其論本以敷文者也。此論舊䟽不傳。學者甚少。明季至今。諸師始講。自素庵幻齋幻居蘊璞諸師。念西居士。以及蕅益內衡人能諸師。能談者多人。刻本講解者多種。樹虚統覈諸說。觀察諸論。從源涉流。臆見微有差別。筆注其[〦/(句-口+方)]。如蘿附木。乃彚鈔成文。名曰後記。謂後諸師而記其說也。不敢自信。義成決定。唯願質之宏法智人。
因明とは、西域の五明論の一つです。西域の五明には二種類あります。外五明は、世俗の人々が学ぶもので、内五明は、我が仏陀が説かれたものです。
外五明とは、第一に声明(しょうみょう)で、言葉の訓詁や文字を研究し、その流れや区別を明らかにする学問です。これは、この国(中国)の『爾雅』や『切韻』、字彙類書などに相当します。第二に工巧明(くぎょうみょう)で、技術や機巧、陰陽や暦数に関する学問です。これは、この国の百工技芸や暦法、算書などに相当します。第三に医方明(いほうみょう)で、呪禁による邪気の祓いや、薬石・鍼灸による治療法です。これは、この国の祝由や医書などに相当します。第四に因明(いんみょう)で、邪な説を検討し、真偽を究明する学問です。これは、この国の道理を究明する諸書に相当します。第五に符印明(ふいんみょう)で、書契や形象、印璽や彫刻に関する学問です。これは、この国の篆書・隷書・楷書・草書などの筆法に相当します。『西域記』には、「蒙を開き進みを誘うには、先ず十二章に遵い、七歳の後、漸く五明六論を授く」とあります。
内五明とは、世尊が正覚を成じられた後、衆生がただ世俗の書を習い、未だ至教を知らぬを憐れみ、故にこの五明の流れを借りて、その科条を精厳にし、その道理を闡析されました。左丘明の例を摂して声明に加え、特に内明一論を加え、五乗を究め暢わせ、因果を明らかに弁じられました。数においても五明に合致します。小乗の『阿含経』では、その流れに少し触れ、大乗の菩薩は、その奥義を探求します。故に『大般若経』には、「五地の菩薩は五明を覚る」とあり、『華厳経』五地品には、「声明・工巧明などを学習す」とあります。『地持論』には、「菩薩が法を求むるには、何れの処に於て求むべきか。一切の五明処に於て求むべきなり」とあります。陳訳の『摂論』には、「若し菩薩、本智に依って利益の事を作すには、謂く三乗・三蔵及び五明等の義を正しく習い、当に偏倒・相違・不実・不定の名を無くし、偏に理に符し、真実にして動かすべからざるを無偏と為し、処・時・相の濫れるを倒と名づけ、随処・随時・随相なるを無例と名づく。是れを菩薩の利他と名づく」とあります。故に『瑜伽師地論』には、「菩薩が内明を求むる時は、正しく法随法行を修行し、広く開示して他を悟らしめんが為なり。菩薩が医方明を求むる時は、他の病を息め、饒益を得しめんが為なり。菩薩が因明を求むる時は、外道の造る所の悪因・諸論を知らんと欲し、彼を降伏せんが為、浄信の衆生を開悟せしめんが為なり。菩薩が声明を求むる時は、諸の衆生をして詁訓・言音・文句の差別に悟入せしめ、唯だ一義に殊音を随うが故なり。菩薩が工巧明を求むる時は、巧智を以て衆生を利益せんが為なり。是の故に此の五明を求めて、無上正等菩提の大智資糧をして速やかに円満を得しむ」とあります。
此の因明一論を五明の第三に属せしめ、広く方隅を陳べ、因法を発明します。又、因明の理は、摂する所甚だ広く、因縁・因果、倶に因の詮なり。内明に通じ、聖教に印します。今此の一論は、但だ立量の因を明らかにし、未だ真を詮する奥を顕さず。是の故に此の論を建立するに、其の義二あり。一には迷を指し、二には信を示す。『地論』には、「若し諸の菩薩、因明を求むる時は、実の如く外道の造る所の因論を知らんと欲し、是れ悪言説なり。他諸の異論を降伏せんと欲するが為なり」とあり、此れ迷を指す義なり。又云く、「此の真実の聖教に於て、未だ浄信せざる者をして其の浄信せしめ、已に浄信する者をして倍に増広せしめんと欲するが為なり」とあり、此れ信を示す義なり。『地持論』には、「因明を求むる者は、彼の論の過ちを知らんと欲し、異類を降伏せんと欲し、未だ仏法を信ぜざる者をして信を生ぜしめ、已に信を生じたる者をして増広せしめんが為なり」と云えり。其の義同じきなり。
迷を指し信を示して邪正分明なり。諸の経論、凡そ言辞を表す有りて、宗・因等の法を明言せずと雖も、其の文句を按ずるに、暗に相符合す。聖天菩薩の云える所、「又、因明の広大なる風を扇ぎ、誰か敢えて蛾の如く猛焔に投ぜん」是れなり。経文にも亦、特に因明を表す者有り。若し『華厳経』に云く、「世間の諸の因量、過を求むるも得可からず」。因量とは、即ち此の因明の立つ所の量なり。過とは即ち論中の宗・因・喻の三支の三十三過なり。『楞伽経』に云く、「因に非ざる故に、有無の二、倶に成らず」。因に非ざるとは、即ち此の論の以る所の因なり。成らざるとは、即ち極成せざるなり。『密厳経』に云く、「彼の五種の過、譬喩成らず、諸の義皆相違し、五種の似成の過、智眼を惑乱す。顛倒・不顛倒、同異の法斯くの如く壊れ、自宗を捨離し、他宗の法に依止す」。即ち此の論の条例なり。
慈恩大師云く、「因明論は、元より唯だ仏説なり。又、広義散じて、諸経に備わる。劫初、足目菩薩、創めて真似の二門を標す。弥勒菩薩、広く成立の八種を説く。世親菩薩、再び軌式を陳ぶ。綱紀已に列なりと雖も、幽致未だ分からず。賓主対揚して、猶疑未だ備わらず。陳那菩薩有り、是れ命世と称し、賢劫千仏の一仏なり。跡を巖藪に匿し、等持に棲巒し、述作の利害を観、文義の繁約を審る。時に巖谷振吼し、雲霞彩を変じ、山神菩薩の足を捧げて高さ数百尺、唱えて言く、『仏説の因明、玄妙にして究め難し。如来滅後、大義淪絶す。今幸いに福智悠邈にして、深く聖旨に達す。因明の論道、願わくは重ねて宏め請う』と。菩薩乃ち神光を放ちて機を照燭し、時に感ず。彼の南印土、按達羅国の王、光明の放つを見て、疑いて金剛喩定に入り、無学果を証せんことを請う。菩薩曰く、『定に入りて観察し、将に深き経を釈し、心は大覚を期し、小果を願わず』と。王言く、『無学果は諸聖の仰ぐ所なり。尊、速やかに証せよ』と。菩薩之を撫でて、将に王の請いに遂わんと欲す。妙吉祥菩薩、因りて指を弾きて警めて曰く、『何ぞ大心を捨てて方に小志を興さん。広く利益を為さんと欲する者は、当に慈氏の説く所の瑜伽に転じて頽綱を匡正し、因明を製して重ねて規矩を成すべし』と。陳那、指誨を敬して受け、奉じて周旋す。是に於て覃思研精し、乃ち『因明正理門論』を作す。正理とは、諸法の本真の体義なり。門とは、衡を啓き解を照らす所の由なり」。
『会玄記』に云く、「唐三蔵、基師に陳那の論を講ず。基師、大いに三支を善くし、縦横に立破し、義を述べて章を命ず。世に比ぶる者無し。今、三蔵を検するに、陳那の論無し。僅かに此の論及び龍樹菩薩の『因明正理門論』二訳本有り。自唐より今に至るまで、論蔵の目録具在す。何ぞ独り陳那の論を列せざる。亦た後に遺佚せしに非ず。而して此の論は又、奘師の訳する所なり。頗る疑う、基師の習う所は、即ち是れ此の本なるを。又、『百法鈔』の引く所の宗因の諸過、此の本に較ぶれば則ち合す。若し龍樹の論文は、能別不成・随一不成等の句無し。此れ又、彼の本に非ずして是れ此の本なる一証なり」。
商羯羅菩薩と号する者は、或いは陳那の授くる所の弟子にして、而して其の論本に依りて以て文を敷く者なり。此の論の疏、伝わらず。学者甚だ少なし。明の季より今に至るまで、諸師始めて講ず。素庵・幻斎・幻居・蘊璞の諸師、念西居士、及び蕅益・内衡・人能の諸師より、能く談ずる者多人、刻本・講解する者多種。樹虚、諸説を統覈し、諸論を観察し、源より流に渉り、臆見微かに差別有り。筆を注して其の傍らにす。蘿の木に附くが如し。乃ち彙鈔して文を成し、名づけて『後記』と曰う。諸師に後れて其の説を記すと謂うなり。敢えて自ら信ぜず。義成って決定す。唯だ願わくは之を宏法の智人に質さん。
乾隆十六年𨐌未仲冬。信三寳人吳樹虗。稽首說由緒竟。
乾隆十六年、辛未の年の冬の半ば。三宝を信じる者、呉樹虗。謹んで首を垂れて由緒を述べ終わる。