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崇福寺志 (崇福寺志)

「崇福寺志」について

清 · 朱文藻撰 著

1.6 万字 · 約 54 分

『崇福寺志』は清代の学者・朱文藻によって編纂された、杭州・崇福寺の歴史と文化を記録した仏教寺院誌である。本書は清代の乾嘉期に成立し、当時の仏教寺院と地域文化との密接な関わりを反映している。内容は寺院の沿革、建築配置、高僧の伝記、碑文文献、歴代の興隆と衰退を網羅し、清代江南の仏教史と地方誌研究における重要な史料となっている。詳細かつ確実な寺院専門誌として、仏教寺院研究に貴重な地域文献を提供するだけでなく、清代仏教の社会的影響や寺院経済を理解する上でも重要な学術的価値を有し、仏教文献学と方志学の分野において独自の地位を占めている。


崇福寺位於浙江臨安鄉艮山門外。石晉開運三年(九四六),明義智厚禪師始開此山,名「護國禪院」(一作原名「寶壽院」),宋雍熙間(九八四~九八七)大興之,大中祥符元年(一〇〇八),改稱「崇福寺」,大觀間(一一〇七~一一一〇)燬,紹興間(一一三一~一一六二)重建,元末又燬。明洪武十六年(一三八三)復建,二十四年(一三九一)立為叢林。清初殿宇坍塌,康熙五十九年(一七二〇)四航和尚復興,乾隆九年(一七四四)靜山和尚修葺大殿,乾隆、嘉慶兩朝一再增修,頗具規模。本寺住持僧自明義智厚禪師而下千餘年間,茫無可考,自清康熙間四航超海和尚,為本寺中興第一代,守臨濟一宗,以下住持,寺萬年簿皆有記錄,其有功於本寺且有行誼可考者,有靜山相和尚、廣瑞和尚、道宏和尚、心一通和尚、自求和尚、久賢達聖和尚,玉山真源和尚等,為禪宗臨濟祖庭之一。寺舊無記錄,嘉慶六年(一八〇一),邑人朱文藻與住持釋真源創修寺志,釐為四卷,分門有五:總敍、寺宇、寺產、住持、檀護。總敍一門,載本寺之簡史。寺宇上列有關帝殿、關帝笤經,體例不純。寺宇下載本寺殿閣堂房之建置。寺產則錄本寺之田產與檀樾之佈施。住持一門,則載四航超海和尚迄玉山真源和尚。檀護一門,載宋思山等三十四人。光緒重刻本後附「重建崇福寺碑記」。道光二十二年(一八四二),章庭棫應住持釋懋成之請,據寺萬年簿編「續志」一卷,首錄住持、檀護,次載事實,懋成彙集有關題詩以附之,以補嘉慶道光間四十年之文獻。按寺志之史源,除輯諸縣志外,大抵據寺之萬年簿,所記簡略,要存古寺之零篇也。茲據清光緒七年(一八八一)錢塘丁氏刋本景印。

卷首

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