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径山集 (徑山集)

「徑山集」について

明 · 釋宗淨集 著

1.9 万字 · 約 63 分

『径山集』は、明代の僧侶・釈宗浄によって編纂された仏教典籍です。本書は、浙江省の径山寺に関連する歴史文献、祖師の語録、詩文、寺院の規制などを集大成したものです。明代中期に編纂され、当時の禅宗の隆盛と、径山寺が江南の重要な禅窟として担った歴史的役割を反映しています。本書は、径山寺の歴史や明代の禅宗思想を研究する上で重要な文献であるだけでなく、中国仏教の寺院文化や祖師の法脈を理解するための貴重な資料でもあり、仏教史書の中でも独自の史料価値を有しています。


《徑山集》三卷(明刊本,揚州馬氏藏書)

『徑山集』三巻(明刊本、揚州馬氏蔵書)

前徑山興聖萬壽禪寺住持金華宗淨集
徑山在臨安縣天目山東北。唐國一禪師法欽始開山,代宗詔建寺乾符。宋大中祥符、政和疊改寺額。南渡後,顯仁太后、高宗嘗遊幸賜賚,孝宗御書「千僧閣」、「妙喜菴」扁額。是集上卷記寺之建置,中卷記禪宗,下卷載藝文。萬曆丙子,僧方壹〔有〕序,〔又〕後識曰:「本山正璠,呆庵十一世孫也。緣覩是集殘毀将泯,惜無以聞見後賢,率徒性澄等回施衣資,謹刻流通。所冀閱者不動脚頭,已覧一山三石怪;未譚舌底,早知雙徑五峰寒。悟是相非相,即如來清淨法身;斯觀不觀,證當入游戲三昧云云。」卷〔冊〕面有長方木記〔朱印〕:「乾隆三十八年四月,兩淮塩政李質穎送到馬裕家藏釋宗淨《徑山集》壹部,計書壹本。」卷首鈐「翰林院印」,葢《四庫》後返還本子。

版本說明

CBETA コード: GB0109

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