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先覚宗乗(選録「帝王問道録」) (先覺宗乘(選錄「帝王問道錄」))

「先覺宗乘(選錄「帝王問道錄」)」について

明 · 郭凝之編 著

8,555 字 · 約 29 分

『先覚宗乗選録帝王問道録』は、明代の郭凝之によって編纂された仏教典籍です。本書は歴代の帝王と高僧との問答対話を集録し、帝王が禅を参究し道を問う史実と思想交流を集中的に示しています。内容は禅宗の心性論や治国理念などの核心的な議題に及び、仏教と中国の政治文化との融合を反映しています。この書は、仏教と皇権の関係を研究する上での重要な文献であるだけでなく、禅宗史伝の鍵となる構成部分でもあり、明代の仏教思想と世俗化の過程を理解する上で高い学術的価値を持っています。


帝王問道錄
徑山語風老人圓信較定
無地地主人郭凝之彙編

郭凝之編『無地地主人』

梁武帝問於寶誌公曰:「弟子煩惑未除,何以治之?」答曰:「十二。」帝問:「其旨如何?」答曰:「在書字時節刻漏中。」帝益不曉。帝又問:「弟子何時得以靜心修習?」師曰:「安樂禁。」

梁の武帝が宝誌公(宝誌禅師)に尋ねました。「私はまだ煩悩や迷いが尽きません。どのようにしてそれを治せばよいのでしょうか?」 答えて言われました。「十二。」 帝が問いました。「その意味はどのようなものでしょうか?」 答えて言われました。「文字を書く時、時を刻む漏刻の中にあります。」 帝はますます理解できませんでした。 帝がさらに尋ねました。「私はいつになったら、心を静めて修行に励むことができるでしょうか?」 師は言われました。「安楽に禁じられています。」

帝一日請傅大士講《金剛經》,大士纔陞座,以尺揮案一下便下座,帝愕然。聖師曰:「陛下還會麼?」帝曰:「不會。」聖師曰:「大士講經竟。」(白雲端云:傅大士與誌公被武帝一狀領過。 汾陽昭云:講得甚好。 本覺一云:傅大士已是葛藤,誌公重下註腳,諸人如今樂聞麼?良久云:兩段不同。 老宿云:大士不得誌公洎成虛棄。)

ある日、武帝が傅大士を招いて『金剛経』の講義を依頼しました。大士が法座に登るやいなや、定規で机を一度叩き、そのまま下座してしまいました。武帝は驚いて茫然としました。聖師(誌公和尚)が言いました。「陛下、お分かりになりますか?」武帝は「わからない」と答えました。すると聖師が言いました。「大士の講義は、これで終わりました。」

(白雲端和尚の言葉:傅大士と誌公和尚は、武帝に一枚の訴状でまとめて連行されたようなものだ。 汾陽昭和尚の言葉:実によく講義したものだ。 本覚一和尚の言葉:傅大士はすでに不要な煩わしさを生み、誌公がさらに註釈をつけた。諸君は今、この話を喜んで聞くだろうか?しばらく間を置いて言った。二つの話は別物だ。 老宿の言葉:大士は誌公がいなければ、せっかくの機会を無駄にするところだった。)

又一日講經次,帝至,大眾皆起,大士端坐不動,近臣報曰:「聖駕在此,何不起?」大士曰:「法地若動,一切不安。」
大士一日披衲、頂冠、靸履朝見。帝問:「是僧耶?」大士以手指冠;帝曰:「是道耶?」大士以手指靸履;帝曰:「是俗耶?」大士以手指衲衣。(汾陽昭代云:大士多能。 五祖戒云:笑殺傍觀。)
普通七年,武帝迎達磨至金陵,問曰:「朕即位已來,造寺、寫經、度僧不可勝紀,有何功德?」祖曰:「並無功德。」帝曰:「何以無功德?」祖曰:「此但人天小果、有漏之因,如影隨形,雖有非實。」帝曰:「如何是真功德?」祖曰:「淨智妙圓,體自空寂,如是功德,不以世求。」帝又問:「如何是聖諦第一義?」祖曰:「廓然無聖。」帝曰:「對朕者誰?」祖曰:「不識。」帝不領悟。(汾陽昭代云:弟子智淺。 五祖戒云:賣寶遇著瞎波斯。 保寧勇代帝吐舌示之。雪竇顯頌云:聖諦廓然,何當辨的,對朕者誰?還云不識。因茲暗渡江,豈免生荊棘,闔國人追不再來,千古萬古空相憶。休相憶!清風匝地有何極?師顧示左右云:這裡還有祖師麼,喚來與老僧洗腳。)

唐中宗

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