題醒世錄
『醒世録』
予備閱玄惲法師所撰《法苑珠林》丙,深有慨于陰陽之理,不得分言之矣;休咎之徵,不得幻視之矣。古往今來,萬物皆從劫轉;禍淫福善,一切惟心所造。成劫、壞劫,與時終始;水、火、風劫,隨勢遷流。至于刀兵、饑饉、疫病,劫劫指陳。觀覽到,儆惕亦到。舉夫敬佛、敬法、敬僧,種種功德,精進處即承當處。列目前之富貴、貧賤,以明現在之受用、非受用;究將來之六道、三塗,以彰日後之果報、真果報。蓋以大心,提天下之鐸,而使之惺;復以小心,堤天下之防,而使之肅。可見人生,舉足皆畏途。失今不勉,悔遂莫及。世上唯修行大利益,以此脫死,即以此了生。所謂「現成美景抬頭覷,免待亡羊歎路岐」故值一事,配一應驗。豈村歌社舞鬥施呈,亦直截示人人始薦爾。予刪繁就簡,去肉存髓,庶幾一通。座右銘語云:「三界無安,猶如火宅。惟此一門,可以自適。」信哉!有念盡為煩惱鎖,無心端是水晶宮。是為序。
予が玄惲法師の撰した『法苑珠林』の第三巻をざっと読んでみて、陰陽の道理は分けて語るべきではないと深く感じた。吉凶の兆しを幻のように見なしてはならないのだ。古より今に至るまで、万物すべては劫の巡りに従って移り変わる。災いや福は、すべて心の起こすところによる。成劫・壊劫は時とともに始まり終わり、水・火・風の劫は勢いに従って流れゆく。刀兵・飢饉・疫病の劫に至っては、それぞれが指し示すところがある。これを観覧すれば、自ずと戒めも訪れる。仏を敬い、法を敬い、僧を敬う、様々な功徳があるが、努力を続けるところが、そのまま受け止めるところとなるのである。目の前の富や貧しさを並べて、現在の恵みの有り様を明らかにし、未来の六道や三塗を究めて、後の果報の真実を示している。
大きな心で世の中に警鐘を鳴らし、人々を目覚めさせ、また細やかな心で世の中の防波堤を築き、人々を慎ませる。これを見れば、人の一生は足を踏み出す先すべてが恐れの道であることが分かる。今を逃せば努力も及ばず、後悔しても間に合わない。世の中ではただ修行だけが大きな利益であり、これによって死を超え、これによって生を終えるのである。いわゆる「目の前の美しい景色を仰ぎ見よ、道に迷って嘆くよりも」という言葉の通り、一事に一つの応験が備わっている。これは村の歌や祭りの芸を競い合うのではなく、ただ直接に人々に悟りを示すためのものである。私は煩雑を省き簡潔にし、肉を除いて骨髄だけを取り出した。これで一通りのものとなろうか。
座右の銘にこうある。「三界には安らぎはなく、まるで火の燃える家のようだ。ただこの一つの門だけが、自ら安らぎを得る道である」。誠にその通りである。想いがあればすべて煩悩の鎖となり、無心であればまさに水晶の宮殿である。これを序とする。
時壬辰冬季望日徐昌治覲周父題於大業堂中
時は壬辰の冬、望月の日、徐昌治(覲周の父)が大業堂にて記す。