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頌古合響集 (頌古合響集)

「頌古合響集」について

明 · 徹(尼).符(尼)合頌 張有譽輯並序 著

8,670 字 · 約 29 分

頌古合響集は、明代の在家信者である張有譽が編纂し序文を寄せた仏教詩偈の合集です。この書は、徹尼と符尼という二人の比丘尼の唱和の詩頌を集めたもので、その内容は主に禅宗の公案と仏法の要義を文学的につづったものです。詩偈という形を通して、禅の道理への体得が表現されています。 明末の仏教復興の気運の中で編まれ、作品は文学性と宗教性を融合させ、当時の在家信者と僧尼の交流、そして禅学の発展の様相を浮き彫りにしています。この集は、比丘尼による合作詩偈という稀有な文献であり、明代の仏教女性の修行の成果を示すだけでなく、当時の禅学思想と仏教文学を研究する上での貴重な資料を提供しています。漢伝仏教の典籍の中でも、特別な位置を占める一書です。


頌古合響集敘

『頌古合響集』序

大圓居士張有譽撰

張有譽(大圓居士)著

缾盤釵釧鎔作一金,若非擲地出聲,與瓦礫何異?所以馬祖震威一喝,百丈三日耳聾,祗為言中有響。臨濟向一句內別出宮商律呂,翻成日午打三更,從此遞代兒孫蘇嚧㗭哩。莊子註郭象,未容擬議主賓分;蝴蝶夢莊周,離相離名人不稟。帶累婆生七子,不遇知音。水月雲山一時拋卻,數百年後方得無著與他出氣。不費一文錢買箇庄上油餈,一喝便出。大慧堂中直得五音並奏,二聽難聞,遂將從上古德一串穿卻,呈橈舞棹別宮商,至今無人和得。大慧沒五百年,繁音雜興,靈嵒老人出而還之,正始座下繼響無著。者兩人:一則玅湛總道人、一則靈瑞符菴主也。道人名家子,適徐門,其翁殉節隨州,贈太僕卿。祖翁為少司馬,家傳忠孝,忽焉大雅云亡,風吹別調,厭棄世相,晨夕同符菴主苦志力參。一日,讀靈嵒錄,如寒谷忽遇陽春,亟趨參請,老人一見,以大丈夫目之。夫亡畢葬,即詣山剃染,受具足戒,隨眾參請。老人每令下語,痛加錐劄,寢食俱廢,驀地撥著向上關捩,與符菴主唱拍相隨,兩口無一舌。老人為之助喜,囑令加護,嗣後不復肯遜無著,獨步取其頌古和之:踏翻平江萬斛舟,嚼碎徑山𨍏轢鑽。即兩人亦各各不相借,鐘中無鼓響,鼓中無鐘聲。共以質老人,老人曰:「此可稱合響矣。」大圓讀之大驚,不待供通,知其各各詣實也。雖然,面目現在,有耳共聞,喚甚麼作響?直饒會得響,更問甚處是他合處?若道是合,則字經三寫,烏焉成馬;若道不合,則一點水墨,兩處成龍。知其解者,旦暮遇之,方信簷前雨、偃溪水、瓦礫擊竹、柳上啼鶯,總是這箇響;凌行哭、俞婆笑、呼小玉、掌趙州,也是這箇響;德山棒、臨濟喝、乾矢橛、麻三斤,也是這箇響。此響亦能悟卻天下人,亦能聾卻天下人。悟則佛法無多,一句了然超百億;聾則向下文長,直得五年分疏不下。即今還有向蝴蝶夢中別得宮商者麼?請以此響懸之通衢,一任諸人東考西擊,使天下學者雖無心欲聞,聞之皆死。其中即有犯四重禁及五無間,聞是響已,亦作無上菩提遠因,豈啻扶孤危而摧軟煖、愧鬚眉而冠巾幗也哉?

瓶や盤、釵や釧を溶かして一つの金にしても、もし地に投げて音を出さなければ、瓦や礫と何の違いがありましょうか。だからこそ馬祖が威を震わせて一喝すると、百丈は三日間耳が聞こえなくなりました。ただ言葉の中に響きがあるからです。臨済は一句の中に宮商律呂を別ち出し、それを翻して日午に三更を打つとしました。それ以来、代々の児孫は蘇嚧㗭哩と唱えています。郭象が荘子に注しても、いまだ主賓を分かつ議を擬することができません。蝴蝶の夢に荘周が現れても、相を離れ名を離れた人はそれを受け継ぎません。婆が七子を生んだことを帯累し、知音に遇いません。水月雲山を一時に抛ち捨て、数百年の後になってようやく無著が彼のために意気を吐きました。一文の銭も費やさずに、庄の油餈を買い、一喝すればすぐに出ます。大慧の堂中では直ちに五音が並び奏でられ、二聴は聞き難く、そこで昔の古徳の一串を穿ち通し、橈を呈し棹を舞わして宮商を別ちましたが、今に至るまで誰も和す者がいません。大慧が没して五百年、繁音が雑り興り、霊嵒老人が世に出てこれを還し、正始の座下に響きを継いだのが無著です。この二人とは、一人は玅湛総道人、一人は霊瑞符菴主です。道人は名家の子で、徐門に嫁ぎ、その翁は随州で殉節し、太僕卿を贈られました。祖翁は少司馬で、家に忠孝を伝えていましたが、忽ちにして大雅云に亡び、風は別調を吹き、世相を厭い棄てて、朝晩に符菴主と共に苦志力参しました。ある日、霊嵒の録を読んで、寒谷に忽ち陽春に遇ったように思い、急ぎ参請に趨りました。老人は一目見て、大丈夫と目しました。夫が亡くなり葬りを畢えて、すぐに山に詣でて剃染し、具足戒を受け、衆に随って参請しました。老人は毎回下語を令し、痛く錐劄を加え、寝食を俱に廃しましたが、驀地に向上の関捩を撥著し、符菴主と唱拍相随い、両口に一舌もありませんでした。老人はこれを助喜し、加護を囑しました。嗣後は再び無著に遜ることを肯んぜず、独歩してその頌古を取って和しました。平江の万斛の舟を踏翻し、径山の𨍏轢鑽を嚼碎しました。即ち二人もまた各々相借らず、鐘の中に鼓の響きなく、鼓の中に鐘の声はありません。共に老人に質したところ、老人は曰く、「これをもって合響と称することができる」と。大円はこれを読んで大いに驚き、供通を待たずして、その各々実に詣っていることを知りました。そうではありますが、面目は現在し、耳ある者は共に聞いています。何をか響と喚ぶのでしょうか。直饒会得の響であっても、更に何処か彼の合処であるかを問います。もし是れ合というならば、則ち字は三たび経写され、烏は焉となり馬となります。もし不合というならば、則ち一点の水墨が、両処に成龍します。その解を知る者は、旦暮にこれに遇い、方に簷前の雨、偃溪の水、瓦礫の竹を撃つ音、柳上の啼鶯、総て是れこの響と信じます。凌行の哭、俞婆の笑、小玉を呼び、趙州を掌つ、もまた是れこの響です。徳山の棒、臨済の喝、乾矢橛、麻三斤、もまた是れこの響です。この響はまた天下の人を悟らせることもでき、また天下の人を聾させることもできます。悟れば則ち仏法に多くなく、一句了然として百億を超えます。聾すれば則ち向下の文は長く、直ちに五年分疏し得ません。即今また蝴蝶の夢中に宮商を別ち得る者がいるでしょうか。どうかこの響をもって通衢に懸け、一任諸人に東に考し西に撃たせ、天下の学者をして心なきにも聞かんと欲せしめ、これを聞けば皆死にます。その中に即ち四重禁及び五無間を犯す者があっても、この響を聞き已れば、また無上菩提の遠因となります。どうしてただ孤危を扶け軟暖を摧き、鬚眉に愧じ巾幗に冠するのみにとどまりましょうか。


頌古合響集

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