ご支援淨心禪堂すべての経典
メインコンテンツにスキップ
  1. 閲蔵知津 (閱藏知津)
  2. 総目巻第一 (總目卷第一)
  3. 叙 (敘)
←と→
矢印キーでページをめくれます

閲蔵知津 (閱藏知津)

「閱藏知津」について

明 · 智旭彙輯 總目四卷 著

29.0 万字 · 約 965 分

『閲蔵知津』は、明代の高僧・智旭が編纂した仏教経典目録学の著作である。この書は、明末清初の時期に仏教典籍が膨大で検索が困難であった背景のもとで編まれた。全書は総目四巻と正録五巻からなり、大蔵経に収録された経・律・論の三蔵および中国撰述の典籍、合わせて千七百余部の仏典を系統的に分類し、簡潔に紹介している。その画期的な点は、四庫分類法の原型を採り入れ、天台宗の五時判教理論に基づいて典籍を配列したことで、後世の大蔵経編目に重要な基礎を築いた。中国仏教史上、初めて体系的に解題を付した蔵経目録として、『閲蔵知津』は学ぶ者が経蔵を閲読するための明確な道筋を示しただけでなく、仏教文献学と目録学の発展に深遠な影響を与え、漢伝仏教典籍を学ぶ上で欠かせない参考書として高く評価されている。


閱藏知津敘

『閲蔵知津』序

心外無法,祖師所以示即法之心;法外無心,大士所以闡即心之法。並傳佛命,覺彼迷情。斷未有欲弘佛語,而可不深究佛心;亦未有既悟佛心,而仍不能妙達佛語者也。今之文字阿師,拍盲禪侶,竟何如哉。嗚呼!吾不忍言之矣!昔世尊示入涅槃,初祖大迦葉即白眾云:「如來舍利,非我等事。今者宜先結集三藏,勿令佛法速滅。」嗟嗟!儻三藏果不足傳佛心,則初祖何以結集為急務耶?竊謂禪宗之有三藏,猶奕秋之有棋子也。三藏之須禪宗,猶棋子之須活眼也。均一棋子也,善奕者則著著皆活,不善奕者則著著皆死。均此三藏也,知佛心者則言言皆了義;不知佛意者則字字皆瘡疣。若為懲隨語生見,遂欲全棄佛語,又何異因咽廢飯哉!夫三藏之不可棄,猶飲食之不可廢也,明矣!不調飲食,則病患必生;不閱三藏,則智眼必昧。顧歷朝所刻藏乘,或隨年次編入,或約重單分類,大小混雜,先後失準,致使欲展閱者茫然不知緩急可否。故諸剎所供大藏,不過緘置高閣而已。縱有閱者,亦罕能達其旨歸、辨其權實,佛祖慧命真不啻九鼎一絲之懼。而諸方師匠,方且或競人我,如兄弟之鬩牆;或趨名利,如蒼蠅之逐臭;或妄爭是非,如癡犬之吠井;或恣享福供,如燕雀之處堂,將何以報佛恩哉!唯宋有王古居士,創作《法寶標目》;明有蘊空沙門,嗣作《彙目義門》,並可稱良工苦心。然《標目》僅順宋藏次第,略指端倪,固未盡美;《義門》創依五時教味,麤陳梗概,亦未盡善。旭以年三十時,發心閱藏,次年晤壁如鎬兄於博山,諄諄以義類詮次為囑,於是每展藏時隨閱隨錄。凡歷龍居、九華、霞漳、溫陵、幽棲、石城、長水、靈峰八地,歷年二十祀,始獲成稿。終不敢剖破虛空,但藉此稍辨方位。俾未閱者,知先後所宜;已閱者,達權實所攝;義持者,可即約以識廣;文持者,可會廣以歸約。若權若實不出一心,若廣若約咸通一相,故名之為《閱藏知津》云。

心の外に法はなく、祖師たちは、法こそが心であることを示された。 法の外に心はなく、大士たちは、心こそが法であることを説き明かされた。 いずれも仏の教えを伝え、迷いの心を覚ますためである。 仏の言葉を広めようとしながら、仏の心を深く究めない者があろうか。 また、仏の心を悟りながら、仏の言葉を巧みに理解できない者があろうか。 現代の文字だけの老師や、やみくもな禅僧たちは、いったいどうなのだろうか。 ああ、私はこれについて語るに忍びない。

かつて世尊が涅槃に入られる時、初祖・大迦葉は大衆に告げた。 「如来の舎利は我々の務めではない。今、まず三蔵を結集し、仏法が速やかに滅びるのを防ぐべきである」 もし三蔵が本当に仏の心を伝えるに足りないならば、なぜ初祖は結集を急務としたのだろうか。

思うに、禅宗にとって三蔵があるのは、囲碁の名人・奕秋にとって碁石があるようなものである。 三蔵にとって禅宗が必要なのは、碁石に活きた目が必要なのと同じである。 同じ碁石でも、うまく打つ者は一手一手が生き、下手な者は一手一手が死ぬ。 同じ三蔵でも、仏の心を知る者は一言一句が確かな教えとなり、仏の意を知らぬ者は一字一句が傷や瘤となる。 もし言葉に執着して見解を生むのを戒め、仏の言葉をすべて捨てようとするならば、それは食べ物を喉に詰まらせたからといって、食事をやめるのと何の違いがあるだろうか。

三蔵を捨てられないのは、食事をやめられないのと同じで、明らかである。 食べ物を調えなければ病気が生じるように、三蔵を読まなければ智慧の眼は必ず曇る。 しかし歴代の王朝で刻まれた蔵経は、年次順に編まれたり、重訳や単訳で分類されたり、大小が混ざり、前後が乱れており、読もうとする者はどれが急ぎどれが不急か、何が良くて何が悪いかもわからず途方に暮れる。 そのため各寺に備えられた大蔵経は、ただ高くしまわれているだけである。 たとえ読む者がいても、その趣旨を理解し、権法と実法を区別できる者はまれであり、仏祖の慧命はまさに九鼎の一絲にも等しい危機にある。 それなのに諸方の師匠たちは、人の上に立とうと争ったり、兄弟が家中で争うように、名利を追い求めたり、蠅が腐臭に集まるように、間違った是非を争ったり、愚かな犬が井戸に向かって吠えるように、勝手に福報や供養を享受したり、燕雀が安きに甘んじるようであり、どうして仏恩に報いることができようか。

宋代には王古居士が『法宝標目』を作り、明代には蘊空沙門がそれに続いて『彙目義門』を作った。いずれも工夫を凝らした良書と言える。 しかし『標目』は宋蔵の順序に従っただけで、おおまかな手がかりを示したにすぎず、十分に優れたものとは言えない。 『義門』は五時の教えに基づいて大まかな概要を述べているが、やはり完全なものではない。 私は三十歳の時、発心して大蔵経を読み始め、翌年に博山で壁如鎬という僧に会い、教えの内容によって分類・整理するよう切に勧められた。 そこで蔵経を開くたびに、読みながら書き留めていった。 龍居、九華、霞漳、温陵、幽棲、石城、長水、霊峰の八か所を巡り、二十年の歳月をかけて、ようやく原稿を完成させた。 ついに虚空を割くことはできなかったが、これによって多少なりとも道標を示すことができた。 まだ読んでいない人には、何を先に読むべきかを知らせ、すでに読んだ人には、権法と実法の関係を理解させ、意味を重視する人には、簡潔な中に広い知識を認めさせ、文面を重視する人には、広い知識を簡潔にまとめさせたい。 権も実も一心を出ず、広も約も一相に通じる。よってこれを『閲蔵知津』と名付ける。

甲午重陽後一日北天目沙門釋智旭撰

甲午の重陽の翌日、北天目沙門・智旭が撰す。


緣起

CBETA コード: JB271

© AI 帮你读佛经 - 如是我闻

この文書は個人学習専用です。商業目的での使用は禁止されています。

訪問 rushiwowen.co

著作権:原文は CBETA
AI 翻訳は参考文献のみで、権威あるものではありません