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  1. 妙峰山開山善知識徹庸禅師小伝 (妙峰山開山善知識徹庸禪師小傳)
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徹庸和尚谷響集 (徹庸和尚谷響集)


妙峰山開山善知識徹庸禪師小傳
徹庸,舊號徹融,易融而庸,則自余始住。余讀《禮》青蓮蘭若,汗漫《華嚴》大指與吾儒《中庸》義互發而頓顯。彼既徹而復融,政如儒友家談切而磋、既琢而磨,愈進愈入,終生無我歇腳處。互於互庸而奇,近而遠、小而大,入纏垂手迥脫凡情,豈淺根劣種一肩擔玄?故以庸易之乃徹,於此深信不疑,世亦遂稱「妙峰山德雲比丘徹公」云。

徹庸は、以前は徹融と名乗っていましたが、「融」を「庸」に改めたのは、私が初めて住持した時からのことです。私は『礼記』を青蓮精舎で読み、茫然と広がる『華厳経』の大要が、我ら儒者の『中庸』の義と互いに発揮し合い、たちまち顕れるのを感じました。彼がすでに「徹」した上でさらに「融」するのは、ちょうど儒家の友人が語り合う「切にして磋(みが)き、琢(みが)いて磨く」ようなものです。ますます進み、ますます入り込み、一生涯、我というものの休むところがありません。「互いに」にして「庸」に生きるからこそ奇であり、近くて遠く、小さくて大きい。俗世の煩わしさに身を委ねながら手を垂れれば、凡情から完全に離れます。どうして浅はかな根性や劣った性質の者が、一つに肩で「玄」を担えるでしょうか? ゆえに、「庸」をもって改めることこそが「徹」なのです。私はこのことを深く信じて疑わず、世間もまた、彼を「妙峰山徳雲比丘徹公」と呼ぶようになりました。

是時,師已從空觀入定、又從定發慧,知見正而性光朗,疑情勃勃欲動,而話頭時節逼拶上身矣!欲罷不能,佛力加被,密藏印證,讚歎者久之,喜滇中佛法幢在茲!豈誣也哉?比得《古庭錄》,心師之恍若付囑者,語言文字外卓有覷入,得大自在。一時道風旁暢,門庭聳峻,得法弟子,則有無住,名弘如者;又有法海,名弘一者。一得髓、一得骨,聲震雞山。試問老盤當時門宇有此半個上坐不?一輪皎月,萬行莊嚴,日升川至。妙峰山之為少室、為曹溪,誠不可知;知其為盤龍、為歸化寺祖庭,斷不疑矣!
天台葛閬陶珽識

谷響集序

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