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  1. 牧雲和尚嬾斎別集 (牧雲和尚嬾齋別集)
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牧雲和尚嬾斎別集 (牧雲和尚嬾齋別集)

「牧雲和尚嬾齋別集」について

明 · 通明撰 毛晉編 著

15.2 万字 · 約 506 分

牧雲和尚嬾齋別集は、明代臨済宗の高僧・通明によって著され、著名な出版者・毛晉によって編纂された書物です。本書は明末清初の時期に成立し、仏教禅宗の発展と儒仏思想の融合が進んだ時代に編まれました。内容は通明禅師の詩文、書簡、語録、および禅法の教示を収録し、禅宗の心髄と文学芸術とを融合させ、禅者が修行と世の事柄に対して深く透徹した智慧を示しています。この著作は、明末の禅宗思想と文人仏教を研究する上での重要な文献であるだけでなく、臨済宗が直截に人心を指し示す宗風を体現し、仏教典籍の中でも先人から受け継ぎ後世に伝える役割を担っています。後世の学ぶ者にとって、禅の悟りと実践に関する貴重な指針を提供しています。


敘

序

牧師出世以來,住古南最先。予咫尺里居,從遊服教,閱十餘年。不才駑廢,愧于本事,少有請益。師知予夙習所存,每示作詩文相勸誘也。逮後,予自粵嶺東西,鴻魚闊好;師每吳門上下,金玉嗣音。繼予賚捧長安,量移岷蜀,往返京口,尋師鶴林。未期之間,遂得三過。一日,霽雨秋涼,登高杜鵑樓次,供茗之暇,繙帙巋然。維師語錄而外,別集種種具焉。考夫單提拈頌,從上相沿;觸緒篇章,諸方不乏。維理絕于名言,既殊本末;苟情存乎藻繢,奚當妍媸?然而淺深之致見矣,大小之數分矣。世有讀斯集者,以師為宗工,將永明之錄、覺範之傳,寒山、石屋之詩,軌轍相方;以師為文士,亦陶、王、白、蘇之間,位置攸在。予嘗聞世俗文章家有私議之者矣,曰:「吾于牧師,姑未言其他。就其才多著述如此,即不挾策應舉,第閉門著書,當澤永留名山也。」此則雖不知者之詬詈,亦足以概見云。

牧師(牧雲通門禅師)が得度して以来、最初に住したのは古南(古南寺)であった。私はその隣里に住み、師に従い教えを受けて十余年が過ぎた。不才で怠け者の私は、本来の修行に恥じることが多く、少しでも教えを請うた。師は私が昔から詩文に親しんでいるのを知っておられ、折に触れて詩文を作るよう勧めてくださった。

その後、私は広東の東西を巡り、手紙のやり取りもままならなかったが、師は蘇州の地に在りながら、常に貴重な便りを寄せてくださった。やがて私は都に召し出され、さらに岷蜀(四川省)に左遷され、その途上、京口(鎮江)を通るたびに、師を鶴林寺に訪ねた。三年の間に、三度もお目にかかることができた。

ある秋の雨上がりの涼しい日、高所にある杜鵑楼のほとりで、茶をいただく合間に、師の書物をひもといた。そこには師の語録のほか、様々な別集が揃っていた。古来より師家が単提(直接的に示すこと)や拈頌(取り上げて頌を作ること)を伝えてきたこと、また折に触れて詩文を作ることは多くの宗派で行われてきた。しかし道理は名言を超えているため、本末を同じくすることはできない。もし詩文の装飾に心を留めるならば、いったいどこが優れていると言えようか。しかしそこには深浅の趣が表れ、大小の区別がある。

世にこの文集を読む者があれば、師を宗師(禅の大家)と見なし、永明延寿の録、覚範慧洪の伝、寒山・石屋の詩と並べるだろう。また師を文人と見なせば、陶淵明・王維・白居易・蘇東坡らの中に、その居場所がある。

私はかつて世俗の文章家がひそかに論じるのを聞いたことがある。「私は牧師について、他のことはともかく、その多くの著作を見るにつけ、もし科挙のための勉強をせず、ただ家に閉じこもって書物を著したならば、その恩恵は永遠に名山に残ったであろう」と。これは彼を知らない者の言葉であっても、その一端をよく示している。

欈李王庭言遠敬題

欈李の王庭にて、遠くより敬いて題す


序

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