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  1. 五家語録(選録) (五家語錄(選錄))
  2. 第二 (第二)
  3. 韶州雲門匡真文偃禪師
  4. 行状 (行狀)
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五家語録(選録) (五家語錄(選錄))


師諱文偃,浙西嘉興張氏子。幼依空王寺志澄律師出家稟具,探窮律部。初參睦州蹤禪師,睦州纔見師來,便閉卻門,師乃扣門,睦州云:「誰?」師云:「某甲。」睦州云:「作什麼?」師云:「己事未明,乞師指示。」睦州開門一見,便閉卻。師如是連三日去扣門,至第三日,睦州始開門,師乃拶入,睦州便擒住云:「道!道!」師擬議,睦州拓開云:

師は、諱を文偃といい、浙西嘉興の張氏の子である。幼い頃に空王寺の志澄律師のもとで出家し、具足戒を受け、律部を究め尽くした。初めに睦州蹤禅師を参じた。睦州は師が来るのを見るや、すぐに門を閉じてしまった。師は門を敲いた。睦州が「誰だ?」と言うと、師は「某甲です」と答えた。睦州が「何の用だ?」と言うと、師は「己事未明、どうか師匠にご指示ください」と願った。睦州が門を開けて一目見るなり、また閉じてしまった。師はこのように三日続けて門を敲きに通った。三日目になって、睦州がようやく門を開けた。師がすかさず踏み込むと、睦州はすぐに捕まえて「言え!言え!」と迫った。師が思案している隙に、睦州は押し開いて言った。

「秦時𨍏轢鑽。」遂掩門,損師一足,師從此悟入。睦州指見雪峰,師到雪峰莊,見一僧,師問:「上座今日上山去那?」僧云:「是。」師云:「寄一則因緣問堂頭和尚,秪是不得道是別人語。」僧云:「得。」師云:「上座到山中,見和尚上堂,眾纔集,便出握腕立地云:『這老漢!項上鐵枷何不脫卻?』」其僧一依師教,雪峰見這僧與麼道,便下座攔胸把住其僧云:「速道!速道!」僧無對。雪峰拓開云:「不是汝語。」僧云:「是某甲語。」雪峰云:「侍者將繩棒來。」僧云:「不是某語,是莊上一浙中上座教某甲來道。」雪峰云:「大眾!去莊上迎取五百人善知識來。」師次日上山,雪峰纔見,便云:「因什麼得到與麼地?」師乃低頭。從茲契合,溫研積稔,密以宗印授焉。師出嶺,遍謁諸方,覈窮殊軌,鋒辯險絕,世所盛聞。後抵靈樹,冥符知聖禪師接首座之說。初知聖住靈樹二十年,不請首座,常云:「我首座生也,我首座牧牛也,我首座行腳也。」一日,令擊鐘,三門外接首座,眾出迓。師果至,直請入首座寮解包。俄廣主劉王將興兵,就知聖決可否。知聖前知之,手封奩子,語侍者云:「王來,出以示之。」於是怡然坐歿。王果至,聞知聖已化,大驚問:「何時有疾而遽亡耶?」侍者乃出奩子,如知聖所誡呈之。王發奩得簡云:「人天眼目,堂中上座。」劉乃命州牧何承範請師繼其法席,又迎至府開法,俄遷止雲門光泰寺。天下學者望風而至,於是稱雲門宗焉。

韶州雲門匡真文偃禪師
機緣

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