第一節 安居法
第1節 安居の法
寄歸傳云。若前安居、謂五月黑月一日。後安居、則六月黑月一日。唯斯兩日、合作安居。於此中間、文無許處。至八月半、是前夏了。至九月半、是後夏了。
『寄帰伝』にこうある。もし前安居ならば、五月の黒月の一日を指す。後安居ならば、六月の黒月の一日である。この二日だけが安居を行うのにふさわしい。この間の日については、経典に許された記述はない。八月の半ばに至れば、これが前夏の終わりである。九月の半ばに至れば、これが後夏の終わりである。
百一羯磨云。應向屏處、對一苾芻蹲踞合掌、作如是說。
百一羯磨にはこうある。人目のない場所で、一人の比丘に向かい、しゃがんで手を合わせ、次のように唱えるべきである。
具壽存念。今僧伽五月十六日作夏安居、我苾芻某甲亦於五月十六日作夏安居。我苾芻某甲於此住處內、(案原文作界內。今闕界字。)前三月夏安居。(案已下原文云。以某甲為施主、某甲為營事人、某甲為瞻病人。於此住處、乃至若有圮裂穿壞、當修補之。今闕。)我於今夏在此安居。(三說。)
具壽よ、心に留めよ。今、僧伽は五月十六日に夏安居(雨安居)を行う。我が苾芻(比丘)某甲もまた五月十六日に夏安居を行う。我が苾芻某甲は、この住処の内にして、最初の三ヶ月の夏安居を行う。我は今夏、ここに安居する。(これを三度唱える。)
所對苾芻應云。
その比丘(びく)に対しては、こう言うべきです。
奧箄迦。
申し訳ありませんが、「奧箄迦」という語彙について確かな情報がありません。おそらく音写(サンスクリット語やパーリ語の音訳)である可能性がありますが、具体的な原語や文脈が不明なため、正確な翻訳ができません。
もし元の文脈や前後の文章があれば、より適切な翻訳を提供できます。また、その語が何を指すのか(経典名、人名、仏教用語など)についての情報があれば、お知らせください。
說安居者答云。
「安居(あんご)」と言うことについて答えなさい、と問われたら、こう答えましょう。
娑度。
善哉(よきかな)。
(案本律無心念安居法。考四分律云。時諸比丘住處、無所依人、不知何所白。諸比丘有疑、不知成安居否。即白世尊。世尊言。發意為安居故、便得成安居。從今日聽諸比丘、若無所依人、心念安居。而四分無心念安居文。準義、應依本律對首安居文、刪其首端具壽存念、及後奧箄迦娑度。)
(根本律典中並無「心念安居」之規定。考據《四分律》記載:當時比丘們居住於無人可以依止之處,不知該向何人申告。比丘們心有疑惑,不知如此是否能夠成立安居。於是稟告世尊。世尊開示道:「只要心中生起為安居之念,便得以成立安居。從今日起,聽許諸比丘,若無所依止之人,得以心念安居。」然而《四分律》中並無心念安居之經文。依據其義理,應依循根本律典中對首安居之文,刪除其開頭「具壽存念」,以及結尾之「奧箄迦娑度」。)