四二 十八無因心
四十二 十八の無因心
〔二、十八無因心〕
十八の無因心
(一三)有捨俱眼識。同樣有〔捨俱〕(一四)耳識、(一五)鼻識、(一六)舌識。(一七)有苦俱身識。(一八)有捨俱領受心。(一九)有捨俱推度心。以上此等之七名為「不善異熟心」。
(一三)捨を伴う眼識がある。同様に(一四)捨を伴う耳識、(一五)捨を伴う鼻識、(一六)捨を伴う舌識がある。(一七)苦を伴う身識がある。(一八)捨を伴う領受心がある。(一九)捨を伴う推度心がある。以上のこれら七つを「不善異熟心」と呼ぶ。
(二〇)有捨俱眼識。同樣有〔捨俱〕(二一)耳識、(二二)鼻識、(二三)舌識。(二四)有樂俱身識。(二五)有捨俱領受心。(二六)有喜俱推度心。(二七)有捨俱推度心。以上此等之八名為「善異熟心」。
(二〇)捨を伴う眼識がある。同様に(二一)耳識、(二二)鼻識、(二三)舌識も捨を伴う。(二四)楽を伴う身識がある。(二五)捨を伴う領受心がある。(二六)喜を伴う推度心がある。(二七)捨を伴う推度心がある。以上のこれら八つを「善異熟心」と呼ぶ。
(二八)有捨俱五門轉向心。(二九)同樣有〔捨俱〕意門轉向心。(三〇)有喜俱笑起心。以上此等之三名為「無因唯作心」。以上如斯十八皆稱為「無因心」。
(二八)捨を伴う五門転向心がある。(二九)同様に、捨を伴う意門転向心がある。(三〇)喜を伴う笑い起こし心がある。以上の三つを「無因唯作心」と呼ぶ。以上のように、これら十八の心をすべて「無因心」と称する。
五
五
七不善異熟及善異熟之八種,
唯作心三之十八是無因〔心〕。
除惡與無因〔之三十心〕為五十九心,
又說九十一心是淨〔心〕。
七つの不善の果報と善の果報の八種類、 ただ作る心三つの十八は原因がない〔心〕である。 悪と原因がない〔三十の心〕を除いた五十九の心は、 また九十一の心は清らかな〔心〕であると説かれている。