康熙甲戌の年、三月二十五日に入院した。
山門にて。「華蔵の楼閣の門、八字に尽く開く。」杖を卓して一下、「天人の群生の類、皆ここより入る。」
弥勒よ。「天上に弥勒はなく、地下に弥勒もなし。ただこの者は、誰ぞ?咄!」
韋馱天よ。 あなたには金剛の宝杵があり、 わたしには黒漆の杖がある。 さあ、共に手を差し伸べよう、 この場に模様を描くように。
仏さまの御前で。「もうお見えになりましたか?お顔は満月のごとく、胸には卍の文字が湧き出で、天上も人間も、供養しお仕え申し上げます。」そう言って拝礼した。
伽藍よ。「その霊は赫々と輝き、その光は燦然と輝く。この伽藍こそ、汝の身心そのものなのだ。」
祖師。「西天では二十七人、東土では二十三人。誤りを伝え誤り、互いに鈍く置かれる。よく見つめれば、多くは虚しく実り少ない。山僧が今日ここに来て、あなたに全てを包み隠さず明かそう。」
座に着き、杖を手に取って言った。 「摩竭陀国はまだ完全な悟りではなく、少室峰の前はまだ道半ば。 心や性を説くのは、座主の見解。 壁が万仞そびえるように、徐六は板を担いでいる。 格を超えた高みの者でも、やはり見極めてから打たねばならぬ。 なぜなら、甘露の門の下では。」
その晩、小参。「百川は流れを異にしても、同じく大海に帰す。千差万別の相も、総じて真実の宗に入る。三際を窮め、十方に亘り、理と事は円融し、性と相は平等なり。一切の法は生ぜず、一切の法は滅せず、一切の法は有らず、一切の法は無からず。山河大地、明暗色空、情あるものと無情なるもの、塵が説き剎が説く、古より今に至るまで、窮め尽くして説き尽くすこと能わず。新甘露もまたかくの如く説く。諸兄弟よ、かくの如く聞くか?」しばらくして、云う。「直ちに根源を截断することは仏の印する所、葉を摘み枝を尋ぬることは我が能わざる所なり。」また挙す。「法燈和尚云く、『本欲は深く巌竇に蔵れ、病を養いて時を過ごさんとす。奈縁何ぞ法眼老人に未だ了せざる公案あり、出で来たりて彼が為に了却せん。』時に僧有りて問う、『如何なるか是れ未了の公案?』燈打って曰く、『祖禰了せずんば、殃及びて兒孫に及ぶ。』曰く、『過ちは甚麼の処に在るか?』燈曰く、『過ちは我に在り、殃及びて汝に及ぶ。』」師曰く、「法燈は佛祖の正印を握り、肘後の霊符を佩き、壮士の臂を展ずるが如く、他力に借らざるなり。山僧も亦本欲は深く巌穴に棲み、病を養いて時を過ごさんとす。奈縁何ぞ東林老人に未だ了せざる公案あり、出で来たりて彼が為に了却せん。設い問う有らん、『如何なるか是れ未了の公案?』向かって道う、『兔角触れて翻し潭底の月、龟毛縛して殺す玉麒麟。』更に問わん、『過ちは什麼の処に在るか?』『宝林の頭を救うも、却って少林の歯を缺く。』」
両序を安んじ、上堂す。「要津を把断すれば、水泄通ぜず。正令を全提すれば、千差坐断す。かくの如き地に到れば、仏と衆生、何れの処にか有らん。若し一法有りて情に当たる可きは、是れ大過患なり。古人、事已むを得ず、建化の門中に向かって賓主の句を立つ。新甘露は条有れば条を攀じ、条無ければ例を攀ず。文殊・普賢を使走せしめ、釈迦・彌勒を駆馳せしむ。牛と為れば即ち犁を拖き耙を拽き、馬と為れば即ち鉄を啣び鞍を負わんとす。人の為に原始要終すれば、成弁せざる無し。」驀に杖を卓って曰く、「但願わくは大家斉しく力を著け、直に教えて旧刹竿を扶起せしめん。」
上堂。僧が問う:「向上の宗乗は問わず、祖意西来の事はいかがですか。」師曰く:「朝霞は市に出ず、暮霞は千里を行く。」曰く:「仏法の大意はまたどうなりますか。」師曰く:「雲は心なくして岫より出で、鳥は飛ぶに倦みて還るを知る。」曰く:「仏意と祖意の相去ることどれほどですか。」師曰く:「白鶴は田に下りて千点の雪、黄鸝は樹に上りて一枝の花。」曰く:「万古の碧潭の月、撈摝して始めて知るべし。」便ち礼拝す。師曰く:「汝は何の道理を見てか、かくのごとくする。」曰く:「和尚もまた顧みる必要があります。」師、棒を拈う。僧、一喝し、衆に帰る。師曰く:「三十棒はしばらく別の時を待て。」乃ち曰く:「毫釐も差あれば、天地懸隔す。一番の風過ぎて樹頭に鳴り、誤って潮声を聞き江岸に潑る。且つ道え、いかにしてか恰好に得ん。蕩蕩たる皇風一片となり、更に何れの処にか封疆を覓めん。」
上堂します。「鳥が深い谷で鳴き、さまざまな妙なる音を響かせる。長い街で交易が行われ、重なる宝の場所が開かれる。」杖を突いて言う。「さて、これは一体どんな功徳であろうか?」しばらく間を置いて、「惜しいことだ!」
上堂。「仏を呵り祖を罵り、海を呑み空を呑むことも、衲僧の日常茶飯事。参学の高人は、釜の湯や炉の炭の中にあってこそ、大法の幢を建て、大仏事を行い、和光同塵のところに自らの家宝を見出さねばならぬ。」杖を卓って一下し、曰く。「たとえこのようであっても、何の役に立つというのか?」
上堂。「兎の角で作った弓一張、亀の毛で作った矢三本。五つの須弥山を射抜き、那吒の顔を裂き破る。咄!」
小参。「入院して一月と十六日。二度の粥飯も満足に与えられず、腹は締まり日は長く、思い出すは溈山で拾った橡栗の日々。幸いにも道があり親しむべく、飢えに負けて退くことなかれ。その身の分に従い東西に歳月を過ごせ、古より聖賢もまたかくの如し。あははは!我が禅は説き終えた、諸人はどう悟るか?悟らねば、甘露をあえて道破しよう:朝食はレタススープ、昼食は麦粥。」
上堂。 泥を掘り土を尋ねるは実に嘆かわしいことです。 甘露を金で覆い、砂を払うがごときもの。 ここに真実の意味が明らかになれば、 始めて古来の生き方が変わらぬことを知るでしょう。
杖を突き、下座。
端午の節句、上堂にて。「今朝は五月五、天帝が凡土に降り立つ。五毒神にぶつかり、三杯の酒を勧める。八金剛は酔い倒れ、那吒は口を笑い破る。文殊は突然頭痛に、観音は連呼の苦しみ。甘露の杖、凌雲亭の上で轟然と霹靂を打ち、百舌の赤口は一斉に消え失せる。良き衲僧よ、まだ知らぬか?世事には他に何もなく、ただ敏速な手を恐れるのみ。」
上堂。「菩薩の道に座し、寂滅の行を修め、言葉なき教えを行い、厳しからぬ戒めを施す。汝は荒れ野の草むらを行き、我はまた深き村に入る。」と。禅床を叩き、言う。「金の鶏が人間の夢を啼き破り、さらに寒猿の恨みを聴けば、転じて深し。」
安居の終わり、小参。
「四月十五日に結じ、跛鱇の亀が蒺蔬を呑むが如く。 七月十五日に解く、蝦蟇と蚯蚓が東海を渡るが如し。 蝋人形が骨の赤さを確かめ、戒珠を揺らせば光を放つ。 更に一機あり、鉄の牛の如く、常に群れに加わらず。」
杖を掲げて言う。 「聻!古より今に至るまで、誰が束縛せしというのか?」
また挙げて言う。 「無準和尚曰く、『一夏満ちて、事なきことなし。遂府の鉢盂、邛州の磁碗。』」
師曰く。 「甘露は然らず。一夏満ちて、事は未だ成らず。 井戸の縄は長さ足らず、袖は短さを嫌う。」
上堂します。「犬が山の前で吠え、鴉が堂の後ろで鳴く。台所も僧堂も、足で踏み手で舞う。無位の真人が、例に従って身を振るう。目のくさびを抜き、脳後の釘を引き抜く。ひたすら自ら楽しみ、自ら弄ぶ。笑うべきは、文殊と普賢が仏見・法見を起こし、世尊に二鉄囲山へと貶められたこと。その後、また敢えて起こすかどうか、知る由もない。」
晩の参禅。 「山の僧は禅を解せず、語ることもなく、法もなし。 口は東の壁に掛けられ、さらに何を騒ぎ立てるのか? ある種の野狐の精、蛮族の涎を乱れ撒き、 臭穢は聞くに堪えず、悪毒は人の骨に沁みる。 扁鵲も治せず、仏祖も恥じ入るばかり。 山の僧はただ見つめるのみ、さて何を見るというのか? あははは、お前の痴狂がいつ休むかを見るのだ」
中秋の夜、晩の参禅の時。
北固山の前、鳳凰池のほとりに、一つの言葉がある。 その光は碧漢を飲み込み、十方の虚空を超え、千人の聖人もその終わりを見ることができない。 金剛の際の下まで照らし、十地の菩薩もその頂きを測り知れない。
皓々たる月の光は千の川に映り、真実の音は八方の果てまで響き渡る。 涼やかな風は漂いながらも散らぬ、森羅万象は錯綜しながらも欠けることはない。 塵一つ、一瞬たりとも、彼もなく、此もない。
そして、声を震わせて一喝する。 「今夜、この満月の輪、清らかな光はどこにないというのか?」
九月九日、上堂して言われた。 「九月九日、黄色い菊が東の垣根に咲き乱れる。 陶淵明は酒好きで杯を辞さず、花の中を蜜蜂が飛び交い、身を翻して衣にまとわりつく。 頂門に一針を刺されて驚き目覚め、どこに彼を尋ねようか。 慌てて葛巾を巻きつけて帰ろうとする。 道で冠を落とした客に出会い、言葉もなく互いに悟る。」
龍興和尚の忌、香を拈ず。「当年の冤結の処、今日転じて増す深し、一回水を飲むに一回噎ぶ。」袖を以て面を掩いて曰く、「蒼天蒼天、君を思うと雖も、却って君を恨む。」
達磨初祖忌、香を拈ず。「この漢、あまりに偏屈。梁王が誰かと問えば、親しく口にして不識と道う。独り寂しく魏の邦に入り、計らい尽くして却って面壁す。神光三拝、伎倆を喪い尽くし、隻履の空棺、巧を弄して拙となる。赤足で葱嶺に到り、究竟、瞞すべからず。年年この日、張二鬍、李三媽を惹きて、哭くべからず、笑うべからず。」香を粧えて云う。「暁来一陣の霜風、遍く階前の紅葉に洒ぐ。」
結制の儀、上堂す。問う、「如何なるか是れ学人の本来面目?」師曰く、「山僧は曾て汝を蓋覆せず。」曰く、「真誠に和尚に請益す。」師曰く、「雨過ぎて山容淡く、風来たって竹韻清し。」「如何なるか是れ道?」師曰く、「闊三尺、長きこと極まりなし。」「如何なるか是れ道中の人?」師曰く、「馬有れば馬に騎り、馬無ければ歩行す。」乃ち曰く、「如来の秘密蔵、蚯蚓滄海を飛び過ぎ、祖師の正法眼、蝦蟆梵天に跳び上る。玄門の要路、照用斉しく施し、玅協兼帯し、君臣道合す。鉄船を海上に駕し、全く無手の石人に藉り、玉浪を銀霄に翻し、回らして有角の碧兔を見る。」拄杖を豎げて曰く、「者裏に徹見すれば、賓主有り、全く殺活し、正偏を挾み、回互に通ず。然りと雖も是れ、猶お両重の関に滞る。若し枢機格外ならば、禅床を掀倒し、大衆を喝散し、略や些子を較ぶべし。」
上堂します。「海の底に住む夜叉神が、三歩五歩と歩いていた。そこに赤い亀がぶつかって、見れば壊れた砂の鉢だ。」喝を一つ。
冬至の小参。「群陰は剝ぎ盡くされ、凌雲亭には五色の雲が立ち昇る。一陽が来たり復し、観日峰の頂きでは日が次第に長くなる。掩軍石は、突如として釈迦の眼となり現れ出でる。秋月潭は、祖師の鼻孔を余すところなく明らかに示す。」杖をさっと取り上げて言う。「海門の杖が虚空に身を躍らせ、大いなる獅子吼の音を響かせる。さて、何を語っているというのか?」そして杖を置き、合掌して言う。「どうか皆様、時節に応じて福を納め、慶びに満ちた日々でありますように。」