第六章 阿育王之歸依
第六章 アショーカ王の帰依
正覺者般涅槃後二百十八年喜見灌頂。(一)
正覚者が般涅槃されてから二百十八年目に、喜見灌頂が行われました。
喜見之灌頂時王威表現,彼漲〔彼〕功德之榮光上下一由旬,統治閻浮洲大王國。(二)彼時彼等諸天日日不絕以所有藥草混和之十六甕之水為彼由雪山頂上之阿耨達池運來。(三)彼時彼等諸天日日不絕齎送善香之山所生柔滑甘美而有風味可喜之納佳蔓〔蒟醬蔓〕之揚子木。(四)彼時彼等諸天日日不絕齎送柔滑而有風味諸大鬼神之守護善香之山所產阿摩勒〔菴羅果〕與藥材。(五)彼時彼等諸天日日不絕齎送有風味而芳香天上飲料及已熟之菴羅果。(六)彼時彼等諸天日日不絕由六牙〔池〕齎送五色上下衣服。(七)彼時彼等諸龍王日日不絕由龍界齎送洗頭之香粉末,同樣之塗香,著用柔軟而無縫線須摩那〔素馨〕華之衣,高價點眼藥〔安膳那〕〔等〕之一切。(八、九)彼時彼等諸天日日不絕齎送糖果、多量之檳榔子實、黃色之手巾。(一〇)鸚鵡送鼠之集出九千擔之陸稻,蜜蜂作蜜,熊以鎚鍛物。(一一)於天國出生好音之迦陵頻伽鳥〔感動〕於阿育王功德之榮光,常使人聞妙音。(一二)四佛之奉事者一劫壽之大龍以黃金之鎖帶,為阿育功德之榮光所動而來。(一三)大名聲之喜見以赤色之華鬘供養。美麗之果報由施食而能得。(一四)
喜見が灌頂を受ける時、王の威光が表れ、彼の功徳の栄光は上下に一由旬に広がり、閻浮提の大王国を統治した。(二)その時、諸天は日々絶えることなく、あらゆる薬草を混ぜた十六甕の水を、雪山の頂上にある阿耨達池から運んできた。(三)その時、諸天は日々絶えることなく、善香の山に生える柔らかく甘美で風味豊かな納佳蔓の揚子木を届けた。(四)その時、諸天は日々絶えることなく、柔らかく風味豊かな、諸大鬼神が守護する善香の山で採れる阿摩勒果と薬材を届けた。(五)その時、諸天は日々絶えることなく、風味豊かで芳香ある天上の飲み物と、熟した菴羅果を届けた。(六)その時、諸天は日々絶えることなく、六牙池から五色の上下の衣服を届けた。(七)その時、諸龍王は日々絶えることなく、龍の世界から洗髪用の香粉、同じく塗香、縫い目のない柔らかな須摩那華の衣、高価な点眼薬など一切を届けた。(八、九)その時、諸天は日々絶えることなく、菓子、大量の檳榔子、黄色の手拭いを届けた。(一〇)鸚鵡は鼠を集めて九千担の陸稲を運び出し、蜜蜂は蜜を作り、熊は槌で物を鍛えた。(一一)天国に生まれた美声の迦陵頻伽鳥は、阿育王の功徳の栄光に感動し、常に人々に妙なる音を聞かせた。(一二)四仏に仕える一劫の寿命を持つ大龍は、黄金の鎖を帯び、阿育王の功徳の栄光に動かされてやって来た。(一三)名声高い喜見は赤い華鬘を供養した。美しい果報は施しによって得られる。(一四)
此旃陀掘多之孫而為賓頭沙羅之子〔阿育王〕,當時為王子為鬱禪尼之副王。次第行而來至卑提寫城市。(一五)於其處又謂有今名長者之女與彼同棲生有最勝之子。(一六)摩哂陀與僧伽蜜多等歡喜出家,兩人更出家而斷有之縛。(一七)
この旃陀掘多の孫であり、賓頭沙羅の子である阿育王は、当時、王子として鬱禅尼の副王を務めていました。順に進んで卑提写城の市にたどり着きました。(一五)その地でまた、今は長者と呼ばれる娘がいたと言われ、彼とともに暮らして最上の子を生みました。(一六)摩哂陀と僧伽蜜多などは喜んで出家し、二人はさらに出家して有の束縛を断ち切りました。(一七)
阿育統治最上之巴連弗,灌頂後三年,已信樂佛之教。(一八)
アショーカ王は最高の都パータリプトラを治め、即位から三年後、仏陀の教えを深く信じ喜びました。(一八)
正覺者之於惒跋單般涅槃時與孔雀家出生摩哂陀之生誕之時間,被數計為幾何之年。(一九)二百年更經四年彼時正為阿育之子摩哂陀之出生。(二〇)
正覚者がクシナガラで般涅槃された時から、孔雀王朝に生まれたマヒンダの誕生までの間には、どれほどの歳月が数えられるだろうか。(一九)二百年とさらに四年が経過したその時こそ、アショーカ王の子マヒンダが生まれたのである。(二〇)
摩哂陀十歲之時,父殺兄弟〔如是〕統治閻浮洲閱四年,(二一)阿育殺害百人之兄弟,只獨自繼承王統,摩哂陀十四歲時灌頂。(二二)法阿育灌頂而得神通,有大威力,具功德,於閻浮洲,至轉王輪。(二三)彼等滿二十年後使喜見灌頂。續奉外道經過三年。(二四)追隨六十二見者,九十六種之外道等一切以常〔見〕斷〔見〕為本,而住二見者。(二五)已有其他尼犍陀裸形並他之遊行者其他婆羅門及他之異端者等。(二六)阿育續求真不真請〔此等〕使人昏迷卑見之尼犍陀,常〔見〕斷〔見〕〔佛教〕以外之外道、異學、種種之異見之多數邪說之徒。(二七)〔王請此等〕異學之群,使入〔王〕宮,與大施而尋無上之問。(二八)被尋問向無智之人人恰如問菴羅樹答以麵果樹用己之力無有可答者。(二九)彼等完全已甘於小座。破一切之外道,驅逐異端之徒。(三〇)王如是思惟:「他之何人於世間為阿羅漢,見阿羅漢道耶?(三一)在世界〔確應有〕如是者。此世界我想非全無〔如是之人〕。我何時可遇〔如是〕善人。聞彼之善說,我由勝利而獲物各各可與王國。」(三二)王雖繼續如是沈思如是應供養者未發現。〔其後〕王常善柔和而為搜求有戒德者。(三三)彼凝視多數之人人逍遙彼之宮殿,見托鉢而行於車道之沙門尼俱律陀。(三四)〔王〕側視進退端嚴而眼投於〔地〕,威儀具足心寂靜之阿羅漢。(三五)達最上之調伏處〔善處〕,調御、守、善護持、不交家族之群,澄清恰如虛空之月。(三六)如獅子無畏怖,如火蘊之光輝,尊貴而難接近,確固安靜,而心寂靜(三七)諸漏盡,由一切煩惱清淨而為最上人行住具足之最上沙門,(三八)見達一切德之尼俱律陀,為宿世之友於前世善為善行住於聖道之果,(三九)住於牟尼位之牟尼而托鉢思考步行於車道。(四〇)彼賢者焦戀,(四一)思惟:「此長老無疑於世間為阿羅漢聲聞如佛陀,〔又〕住於出世間之道果,得解脫與涅槃,可尊貴者之一人。」(四二)
マヒンダが十歳の時、父は兄弟を殺し〔このように〕閻浮洲を統治すること四年、(二一)アショーカは百人の兄弟を殺害し、ただ独りで王統を継ぎ、マヒンダ十四歳の時に灌頂を受けた。(二二)法のアショーカは灌頂によって神通力を得、大いなる威力を持ち、功徳を備え、閻浮洲において転輪聖王の位に至った。(二三)彼らが二十年を満たした後、喜見に灌頂を行わせた。その後、外道に帰依すること三年を経た。(二四)六十二見に従う者、九十六種の外道らすべては、常〔見〕と断〔見〕を根本とし、二つの見解に住する者たちである。(二五)すでに他のニガンタ(裸形者)や他の遊行者、他のバラモン、他の異端者らがいた。(二六)アショーカは真実と非真実を求め続け、〔これら〕人々を迷わせる卑しい見解のニガンタ、常〔見〕と断〔見〕〔仏教〕以外の外道、異学、種々の異見を持つ多くの邪説の徒を招いた。(二七)〔王はこれら〕異学の群れを〔王〕宮に入らせ、大いなる施しを与え、無上の問いを尋ねた。(二八)無知の人々に尋ねることは、まるで庵羅樹について問いながら、麺果樹と答えるようなもので、己の力では答えることのできる者はいなかった。(二九)彼らは完全に小さな座に甘んじた。すべての外道を破り、異端の徒を追い払った。(三〇)王はこのように思惟した:「世の中に他に誰か阿羅漢がいるだろうか、阿羅漢の道を見る者がいるだろうか?(三一)世界には〔確かに〕そのような者がいるはずだ。この世界は、私は〔そのような人〕が全くいないとは思わない。私はいつか〔そのような〕善人に出会えるだろうか。彼の善い説法を聞き、私は勝利によって得た物をそれぞれに与え、王國を授けることができるだろう。」(三二)王はこのように沈思を続けたが、そのような供養すべき者は見つからなかった。〔その後〕王は常に善く柔和であり、戒徳を持つ者を探し求めた。(三三)彼は多くの人々が彼の宮殿を逍遥するのを見つめ、車道を托鉢して歩く沙門ニグローダを見た。(三四)〔王は〕側から見て、進退が端厳で、目を〔地〕に投じ、威儀を具え、心が寂静な阿羅漢を見た。(三五)最上の調伏の境地〔善き処〕に達し、調御され、守られ、善く護持され、家族の群れと交わらず、まるで虚空の月のように澄みきっている。(三六)獅子のように畏怖がなく、火蘊のように光輝き、尊貴で近づきがたく、確固として安静で、心が寂静である。(三七)諸漏が尽き、一切の煩悩から清浄であり、最上の人として行住を具え、最上の沙門である。(三八)一切の徳を達したニグローダを見て、宿世の友として前世で善く善行を行い、聖道の果に住する者であると知り、(三九)牟尼の位に住する牟尼として、托鉢し、思考し、車道を歩んでいる。(四〇)彼の賢者は焦がれ、(四一)思惟した:「この長老は疑いなく世の中の阿羅漢声聞であり、仏陀のようであり、〔また〕出世間の道果に住し、解脱と涅槃を得、尊ぶべき者の一人である。」(四二)
彼得五樂之大歡喜,由喜而澄意,己悅如貧者之得寶,自在之帝釋得望於意者。(四三)彼呼大臣一人:「噢!汝急可導引彼之端麗而行狀寂靜恰如象之無畏怖具寂靜之德,步行於車道之年少比丘前來此處。」(四四、四五)得大歡喜之王,如是意氣揚揚於心思惟:「此之最上人確前所未逢之達最上之法者。」(四六)如是思惟之〔王〕再言曰:「可就〔所設之座〕。〔座既〕所敷。可就出家所適之座。我欲周聽卿之所座之物。」(四七)受王之言語〔尼俱律〕右繞執王之右手而上座,恰如無垢白石座上之天王帝釋無怖而坐於最勝之座上。(四八)王思惟:「此之最勝子思而不動無畏者。求教於彼……。」(四九)
王は五つの喜びを得て大いに歓喜し、その喜びによって心が澄み渡った。己の悦びは、貧しい者が宝を得たようであり、自在の帝釈天が心に望みを得たかのようであった。(四三)
王は一人の大臣を呼んで言った。「おお、急いであの若い比丘をここへ導いて来なさい。彼は端麗で行状は静か、まるで象のように恐れを知らず、静寂の徳を備え、車道を歩いている。」(四四、四五)
大いなる歓喜を得た王は、心の中でこのように意気揚々と思い巡らした。「この最上の人物は、確かにこれまで出会ったことのない、最上の法を達した者である。」(四六)
そう思った王は、再び言った。「敷かれた席にお座りください。出家者にふさわしい席が設けてあります。あなたがお座りになる様子を、私は詳しく拝聴したいのです。」(四七)
王の言葉を受けて、尼俱律は王の右手を右回りに巡らせて席に上り、まるで無垢の白い石の座に座る天王・帝釈天のように、何の恐れもなく最勝の座に座った。(四八)
王は思った。「この最勝の子は、思慮深く動じることなく、畏れるところがない。彼に教えを請おう……。」(四九)
王守諸聖前來之慣習,善學,通曉法與律如見柔和最勝之童子,由信樂之心重新如是言:(五〇)「卿我可說卿所學之法。卿為我師。大牟尼!我應順由卿所教、卿之言語。請教於我。我可聞教〔法〕。」(五一)聞王讚勵之言語,〔彼〕於〔師之〕九分教,能通無礙解,熟案極貴之三藏,已見出就彼不放逸之善說。(五二)不於逸甘露之道,放逸是死魔之道。不放逸者不死,放逸者能與死同。(五三)王隨喜於賢者尼俱律陀,了解彼之最勝之因,「此可為一切智者佛說一切法之根本。(五四)今日我將歸依卿等、佛、法、僧。〔我〕告於卿我妻子眷族者俱為優婆塞。(五五)我由善知識尼俱律陀之到來與妻子等俱確立歸依,供養銀四十萬與對長老八人分之常食」〔已言〕。(五六)
王は、かつて聖者たちを前にして行われていた慣習に従い、善く学び、法と律を明らかに知る、柔和で最勝の童子を見るかのように、信仰と喜びの心から改めてこう言いました。(五〇)
「あなたは、あなたが学んだ法を私に説くことができます。あなたは私の師です。大牟尼よ!私はあなたが教え、あなたが語られることに従うべきです。どうか私に教えてください。私は教え〔の法〕を聞くことができます。」
(五一)王が励まし称賛する言葉を聞き、〔彼は〕〔師の〕九分の教えにおいて、自在に通じることのできる無礙解を獲得し、極めて尊い三蔵を熟考し、すでに、その不放逸の善き説き方を見出していました。(五二)逸楽の甘露の道にはなく、放逸は死魔の道です。不放逸の者は死なず、放逸の者は死と等しくなります。
(五三)王は賢者ニグローダを随喜し、彼の最勝の理由を理解し、「これは、一切智者である仏が説かれた一切の法の根本となるべきものです。(五四)今日、私はあなた方、仏、法、僧に帰依します。〔私は〕あなたに告げます、私の妻子と眷族たちも皆、優婆塞となります。(五五)私は善き知識であるニグローダの到来によって、妻子らと共に帰依を確立し、四十万の銀を供養し、八人の長老たちに分け与える常食を捧げます」と〔言いました〕。
(五六)
〔王問尼俱律陀言:「有如卿之沙門耶?」彼〕答:「達三明、神通力、又熟達心差別,有漏盡阿羅漢者佛之聲聞數多。」(五七)王再問長老言:「我欲見僧寶,我願聽法,禮拜來集之集會。」(五八)
王がニグローダに尋ねました。「あなたのような沙門は他にもいるのですか?」彼は答えました。「三明に達し、神通力を得、心の働きを熟知し、煩悩を滅ぼした阿羅漢――仏の声聞弟子は数多くいます。」(五七)
王は再び長老に言いました。「私は僧宝に会いたい。法を聞き、集まった集会に礼拝したいのです。」(五八)
六萬之諸比丘來會集。使者等告王:「大僧伽甚滿足已來集。王可出逢願望之僧伽。」(五九)地上之主法阿育聞使者語,呼彼眷族、朋友、大臣、親族之眾:(六〇)「朕向大僧伽之集會應與布施。於力可能之限度奉事之。(六一)立即準備為朕布施相應之講堂、牀坐、水、侍者、進物、食物。(六二)立即為朕向湯食廚夫令善準備料理白粥愉快清淨之食。(六三)朕向最上群比丘僧伽與以大施。於城市打大鼓,清掃街路而撒白砂並五色之華,(六四)於此處彼處供置華鬘之供物、牌樓、羊角蕉樹,美滿水器,於此處彼處開始〔建立〕高塔。(六五)以帛布作幢令結於此處彼處,結以華環之繩,應令此都城美麗。(六六)以種種之瓔珞嚴飾之剎帝利、婆羅門、毘舍、首陀羅與其他族亦共以衣服、莊嚴、執華,燃炬火往見僧伽。(六七)諸家熟練之樂師出好音使聽者恍惚,奏所有之伎樂往見最勝之僧伽。(六八)〔著飾之青年婦女子、〕學者、歌舞、俳優亦悉皆接近僧伽,令快樂來會者。(六九)種種之華、種種樣樣之抹香、塗料供養僧伽。(七〇)於城市中〔置〕門衛悉準備〔人人〕所望之施物。(七一)國內之住民終日作供養,夜之全分亦於三更供養僧伽而無餘。」(七二)
六万の比丘たちが集まりに来られました。使者たちは王に告げました。「大僧伽はとても満ち足りて集まられました。王よ、どうぞお出ましになって、望みの僧伽にお会いください。」(五九)地上の主である法アショーカ王は使者の言葉を聞いて、その親族、友人、大臣、親族の集まりを呼び寄せました。(六〇)「朕は大僧伽の集まりに布施をいたしましょう。力の及ぶ限りお仕えいたします。(六一)ただちに朕の布施にふさわしい講堂、床座、水、侍者、進物、食物を準備いたしなさい。(六二)ただちに朕のために、湯食の料理人に、白粥や愉快で清らかな食べ物をよく準備するよう命じなさい。(六三)朕は最上の比丘僧伽に大きな布施をいたします。町に大きな太鼓を打ち鳴らし、街路を清めて白砂を撒き、五色の花をまき散らしなさい。(六四)あちこちに花輪の供物、牌楼、羊角蕉の樹を設け、美しい水器を置き、あちこちに高い塔を建て始めなさい。(六五)絹布で幢を作ってあちこちに結びつけ、花環の綱を結んで、この都を美しくしなさい。(六六)さまざまな瓔珞で飾った剎帝利、婆羅門、毘舎、首陀羅その他の一族も、そろって衣服と装身具を身につけ、花を手にして、炬火を燃やして僧伽に会いに参りなさい。(六七)諸家の熟練した楽師たちは良い音を出して聞く者をうっとりさせ、あらゆる伎楽を奏して最勝の僧伽に会いに参りなさい。(六八)飾り立てた若い男女、学者、歌舞、俳優も皆ことごとく僧伽に近づき、楽しげに集まりなさい。(六九)さまざまな花、さまざまな抹香、塗料を僧伽に供養しなさい。(七〇)町の中に門衛を置き、人々の望む施し物をすべて用意しなさい。(七一)国の住民は一日じゅう供養を行い、夜の間も三更に僧伽に残るところなく供養いたしました。」(七二)
彼夜過有大名聲之剎帝利,於宮殿已準備具足勝味食,(七三)〔如是〕令彼大臣隨從者等:「於多數人人與香物華鬘、華之堆疊或多數之華、傘蓋、幢,(七四)於日中取燃之燈火。應令彼等取朕命令之限度。(七五)此城市全〔住民〕,由四方之市民,一切之王臣等,悉具牝牛、軍隊、乘物,隨行朕往見比丘僧伽。」(七六)王象以王者之大威嚴前進,地上之主恰如帝釋〔赴〕歡喜園之光輝。(七七)揚溢歡喜之王急往比丘僧伽之傍禮拜、問候、合掌。(七八)彼告比丘僧伽曰:「請為我垂哀愍。」(七九)剎帝利取僧伽父長老之鉢,供養多數之華,而入於城市之都。(八〇)請〔彼等〕於王宮使坐牀座,應揚彼等所要,與希望限度之種種粥,高價堅軟之食。(八一)比丘僧伽之食畢由鉢離手,王與各各比丘一對衣,(八二)更與鞋、點眼藥、油、天蓋、靴、一切沙門必須之雜器、糖蜜、蜜。(八三)地上之主法阿育請到來之比丘悉坐於內室,坐已王與資具於比丘僧伽:(八四)「我與比丘等所望限度,所欲限度之物。」(八五)由雜器而令滿足,由資具而令飽滿,由此彼王尋問令善說甚深之法蘊。(八六)「大德!日種之說品有斷耶?〔由〕名詞、格、或節或亦組織示幾何法蘊之數耶?」(八七)「大王!日種以數說〔彼〕。善分別,善施設,善解,善能說。(八八)具因,具足義、無過失之善說。〔即〕〔四〕念處、〔四〕正勤、〔四〕意足、〔五〕根、(八九)五力、〔七〕覺支、〔八聖〕支道,如是依最上之菩提分七支善分別善說。(九〇)兩足尊敷衍善分別出世間之勝法,宣說師之九分教。(九一)日種為哀愍有情說八萬四千之法蘊。(九二)宣說輪迴之解脫,一切〔趣〕苦滅之道,最上之甘露,甘露藥最勝之法。」(九三)聞比丘僧伽所說之語,感動於數多喜、樂最上人王,以此話告彼王臣。(九四)最勝之佛說滿無不足之八萬四千最貴重之法蘊。(九五)朕建立八萬四千園,供養一一法蘊於一一園。(九六)如是剎帝利費九十六俱胝之財,即日命令〔園之建立〕。(九七)當時閻浮提已有八十四〔千〕之城市。彼一一城市各建立一宇。(九八)如是剎帝利三年而建立精舍,園〔工〕完畢時,營七日間之供養。(九九)
その夜、名高いクシャトリヤ(王族)が過ぎ去ると、宮殿にはすでに優れた味わいの食べ物が整えられていた。(七三)〔そして〕王は家臣や従者たちにこう命じた。「多くの人々に、香料や花の首飾り、花束、あるいはたくさんの花、日傘、旗を与えよ。(七四)昼間には灯りを灯して取らせよ。彼らに朕の命令の範囲を守らせよ。(七五)この都のすべての〔住民〕、四方から集う市民、すべての王の家臣たちは、牝牛や軍隊、乗り物を整え、朕と共に比丘僧伽(僧団)に会いに行くように。」(七六)王の象は王者の大いなる威厳をもって進み、地上の主はまるで帝釈天が歓喜園へ向かう輝きのようであった。(七七)歓喜に満ち溢れた王は急いで比丘僧伽のもとへ行き、礼拝し、挨拶し、合掌した。(七八)彼は比丘僧伽に告げた。「どうか私に哀れみを垂れてください。」(七九)クシャトリヤは僧伽の父である長老の鉢を取り、多くの花を供養し、都の町へと入った。(八〇)〔彼らを〕王宮に招き、座る場所を与え、彼らの望むものを捧げ、希望の限りのさまざまな粥や、高価で硬いものや柔らかい食べ物を与えた。(八一)比丘僧伽が食事を終え、鉢から手を離すと、王はそれぞれの比丘に一対の衣を与え、(八二)さらに靴、目薬、油、天蓋、靴、すべての沙門に必要な雑器、砂糖蜜、蜂蜜を与えた。(八三)地上の主である法阿育王は、来訪した比丘たちをすべて内室に招き、座らせると、比丘僧伽に資具(生活必需品)を与え、(八四)「私は比丘たちの望む限り、欲する限りのものを与えます。」(八五)雑器で満足させ、資具で満たし、それによって王は深遠な法蘊(教えの集まり)について善く説くように尋ねた。(八六)「尊師よ、日種(ブッダ)の説かれた教えには区切りがあるのでしょうか?〔また〕名詞や格、節、あるいは組織によって、幾つの法蘊の数が示されているのでしょうか?」(八七)「大王よ、日種はそれを数多く説かれました。善く分別し、善く施設し、善く理解し、善く説くことがおできになります。(八八)因縁を備え、意味を満たし、過ちのない善い説き方です。〔つまり〕〔四〕念処、〔四〕正勤、〔四〕神足、〔五〕根、(八九)五力、〔七〕覚支、〔八聖〕道分、このように最上の菩提分(悟りの要素)である七つの支えによって善く分別され、善く説かれています。(九〇)両足尊(ブッダ)は善く分別された出世間の勝れた法を広め、師の九分教(九種類の教え)を説かれました。(九一)日種は有情(生きとし生けるもの)を哀れんで、八万四千の法蘊を説かれました。(九二)輪廻からの解脱、すべての〔生存〕の苦しみを滅ぼす道、最上の甘露、甘露の薬である最勝の法を説かれたのです。」(九三)比丘僧伽の言葉を聞き、数多くの喜びと楽しみに感動した最上の人である王は、この話を家臣たちに告げた。(九四)最勝の仏の説かれた、不足のない八万四千の最も貴重な法蘊。(九五)朕は八万四千の園を建立し、それぞれの法蘊をそれぞれの園に供養しよう。(九六)こうしてクシャトリヤは九十六俱胝(莫大な数)の財を費やし、即日に〔園の建立〕を命令した。(九七)当時、閻浮提(人間世界)には八十四〔千〕の都市があった。彼はそれぞれの都市にそれぞれ一つの建物を建立した。(九八)こうしてクシャトリヤは三年かけて精舎を建立し、園〔の工事〕が完了した時、七日間にわたって供養を営んだ。(九九)