---
title: "島王統史 · 第十四章　大寺及支提山之受納"
description: "岛王统史又称悟醒是一部重要的南传佛教史书由斯里兰卡高僧悟醒所著约成书于13世纪。该书以巴利文撰写详细记述了斯里兰卡古代岛国即僧伽罗王朝的起源历代君王的统治以及佛教在斯里兰卡的传入传承与发展史其中特别记载了佛陀三次莅临斯里兰卡的传说以及佛牙舍利的历史。作为研究斯里兰卡早期历史与上座部佛教传播的关键文献它为后世了解南传佛教的传承体系与王室护法传统提供了珍贵史料在佛教史学领域具有不可替代的权威地位对东南亚佛教史影响深远。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmgn0wxit12dpjl04fpp0o1ev"
---

### 第十四章　大寺及支提山之受納

> 第十四章　大寺と支提山の受納

聞長老之言王愈益歡喜，不受〔園丁所捧〕瞻波迦華，亦以此捧獻於長老。（一）長老投瞻波迦華於地面。於此處大地亦震動。〔此〕為第八地之震動。（二）與國人等俱，王軍隊見此希有揚舉叫聲，振搖衣服。（三）「大雄！第八地之震動何故耶？大慧者！請明示。我等將聞卿之話。」（四）「如來之身分遺骨八斗斛。大王！有大神通力之人人，將來一斗斛〔於此處〕，奉安在此之場所，起感激之情為多數人人之信心，建設光輝之塔。」（六）大地震動時，來集一切人人與國人等俱王軍隊揚舉叫聲。（七）

> 長老のお話を聞いて、王はますます喜びに満ち、園丁が捧げた瞻波迦の花を受け取らず、そのまま長老に献上しました。（一） 長老はその瞻波迦の花を地面に投げると、大地が震えました。これが第八の地の震動です。（二） 国中の人々と共に、王の軍隊もこの不思議な出来事を見て歓声を上げ、衣を振りました。（三） 「大いなる勇者よ、第八の地の震動はなぜ起こったのですか？大いなる知恵を持つ方よ、どうか教えてください。私たちはあなたのお話を聞きたいのです。」（四） 「如来の御遺骨は八斗斛あります。大王よ、大いなる神通力を持つ人々が、一斗斛ずつここに運び、この場所に安置し、多くの人々の信仰を深め、輝かしい塔を建てるでしょう。」（六） 大地が震動した時、集まったすべての人々と国中の人々、そして王の軍隊も歓声を上げました。（七）

〔摩哂陀〕於帝須園〔其夜〕止住，夜之明時，著內衣，纏衣，〔八〕如是取鉢而入都之城市。行乞已來至王門。（九）入王宮，坐於座而於其處食事，以己手淨鉢，（一〇）食畢，以〔法語〕使王喜，去王宮由南門〔出〕城市，時於其處歡喜囿園，說最勝之火蘊〔喻〕經。於其處千有情得悟法。（一一、一二）說正法濟度有情等，由座起而長老再於帝須園過〔夜〕。（一三）於其處過夜，夜明時，著內衣，纏衣，（一四）如是取鉢入都之城市行乞已，來至王門。（一五）入王宮坐於座，於其處食事，己以手淨鉢，（一六）食畢〔說法〕使王喜悅，去都之城市。於最上之歡喜囿園為日中之休息，於其處美麗而說蛇喻經。於〔此說法〕已千人〔得悟法〕。此於楞伽為第五之得悟。（一七、一八）說正法令覺有情等，由座起赴帝須園。（一九）

> マヒンダ長老は、ティッサ園にその夜を過ごされました。夜が明けると、下衣をまとい、衣を整え、鉢を持って都の街へと入られました。托鉢を終え、王宮の門に到着されると、宮殿に入り、座に着いて食事をとられました。食後、自らの手で鉢を清め、法の言葉を説いて王を喜ばせ、王宮を後にして南門から街を出られました。その時、歓喜園において、最も優れた火蘊の譬え経を説かれ、その場で千の衆生が法を悟りました。正法を説いて衆生を救い、座から立ち上がり、長老は再びティッサ園に戻って夜を過ごされました。 その場所で夜を過ごし、夜が明けると、下衣をまとい、衣を整え、鉢を持って都の街へ入り、托鉢を終えて王宮の門に到着されました。宮殿に入り、座に着いて食事をとり、自らの手で鉢を清められました。食後、法を説いて王を喜ばせ、都の街を後にされました。最上の歓喜園で昼の休息をとり、その美しい場所で蛇の譬え経を説かれました。この説法によって、また千人もの人々が法を悟りました。これはスリランカにおける五度目の悟りの機縁となりました。正法を説いて衆生を目覚めさせ、座から立ち上がり、長老はティッサ園へと向かわれました。

王對八種之地震動，愈益歡欣，歡喜意揚滿足，王告諸長老。（二〇）精舍建立。如是〔余〕〔奉獻〕高價僧園。大德！〔卿之〕神足〔定〕〔起〕大地之震動。（二一）「大王！於只此事非建立僧園。如來結界之決定而有一定之〔儀〕。（二二）以共住人之限界由八種之界相周徧說示〔又〕〔說示〕不離三衣，集合一切僧伽議決公示。如是謂結界之一區。〔如是〕精舍為不動之物，園為被建立。」（二三、二四）「我與大臣侍臣等俱妻子等悉皆為卿之優婆塞，生涯歸依。」（二五）「大雄！余願卿如為我語。大眾可住結界內之場所。（二六）慈悲守護，應常守護。」「大王！請如卿所欲以定境界，（二七）如定境界者，則僧伽決定結界。」摩訶波杜摩與昆伽拉之二頭吉祥象〔牽出〕（二八）於寇達瑪羅伽地方先附以黃金之犁，牽四支大軍為敵之調伏者剎帝利與長老俱以黃金之犁〔示畔進行間〕見有莊嚴之滿水器、種種之美色幢、（二九、三〇）種種之華，以幢嚴飾弓窿門或高價之華鬘，多數光輝之燈火。如是王用黃金之犁耕〔畔〕。（三一）為多數人人之信仰，剎帝利與長老俱右繞城市達於河岸。（三二）用黃金之犁〔表示〕地上之大結界線而耕畔，〔再〕到寇達摩羅伽地方。（三三）於大群眾〔之前〕結附結界與結界之時，於其處大地震動。〔此〕為最初地之震動。〔三四〕與國人等俱全王之軍隊，見此希有互相歡欣：「〔此處〕可為結界園。」（三五）自在者天帝須向長老等告示規定幾千距離結界〔線〕之標相與場所。（三六）「由結界與場所應為之事已，〔今〕長老向比丘僧伽儘快確立精舍，又為余之哀愍請定結界。」島之燈明者摩哂陀聞王之語，（三七、三八）告比丘之僧伽曰：「汝等比丘！我等定結界。」如是烏塔拉薩魯哈之星宿下僧伽悉皆來集。（三九）決定場所有眼者結同一住所之界。確立最勝之精舍帝須園，（四〇）〔其夜〕住帝須園，夜明時，著內衣，纏衣，（四一）如是取鉢入都之城市。行乞近於王門而來。（四二）入王宮坐於座於其處食事，〔己〕手淨鉢，（四三）食已〔說法〕使王喜悅由都之城市而去，在歡喜林囿園為日中之休息，（四四）彼時於其處說蛇喻經及無始經、無上之行藏，（四五）於大歡喜〔林〕其處再三說牛糞之訓諭，轉法輪〔經〕。（四六）島之燈明者長老摩哂陀七日間說此等之諸經，令八千五百之眾解脫縛。如是一個月不足與眾俱止住於帝須園，（四七、四八）雨期將近於額沙荼之滿月向城市告知一切人人：「安居之時期不〔間近〕。」〔四九〕

> 王は八種の大地震動を見て、ますます歓喜し、喜びの心が満ち溢れた。王は長老たちに告げた。（二〇）「精舎を建立いたしました。このように高価な僧園を捧げます。大徳よ、あなたの神通力によって大地が震動したのです。」（二一）長老は答えた。「大王よ、ただ僧園を建立するだけでは不十分です。如来が定められた結界の決まりには一定の作法があります。（二二）共に住む者の範囲を、八種の界相によって明確に示し、三衣を離れず、すべての僧伽が集まって議決し公示します。これを結界の一区と申します。このようにして精舎は不動のものとなり、僧園は確立されるのです。」（二三、二四）王は言った。「私と大臣、侍臣たち、そして妻子も皆、あなたの優婆塞となり、生涯帰依いたします。（二五）大雄よ、どうか私の願いを聞き入れてください。大衆が結界内の場所に住めるように。（二六）慈悲をもって守り、常に護ってください。」長老は答えた。「大王よ、あなたの望むように境界をお定めください。（二七）境界が定まれば、僧伽が結界を決定いたします。」（二八）摩訶波杜摩と昆伽ラという二頭の吉祥の象が引き出され、（二九、三〇）寇達マラガの地でまず黄金の鋤が取り付けられた。四軍を率いた敵を調伏する剎帝利と長老が共に黄金の鋤を持ち、畔を示しながら進むと、荘厳な満水の器、様々な美しい色の幢、多くの華が見えた。幢で飾られた弓形の門や高価な華鬘、数多くの輝く灯火があった。このように王は黄金の鋤で畔を耕した。（三一）多くの人々の信仰のために、剎帝利と長老は共に都を右繞し、河岸に達した。（三二）黄金の鋤で地上に大結界の線を示して畔を耕し、再び寇ダマラガの地に戻った。（三三）大群衆の前で結界と結界を結びつける時、その場で大地が震動した。これが最初の大地震動である。（三四）国中の人々と王の軍隊は、この稀有な光景を見て互いに歓喜し、「ここは結界の園となるだろう」と言った。（三五）自在者である天帝須は長老たちに、幾千もの距離にわたる結界線の標相と場所を告げ示した。（三六）「結界と場所についてなすべきことは終わりました。今、長老は比丘僧伽に、速やかに精舎を確立し、また私の哀愍のために結界を定めてください。」島の灯明である摩哂陀は王の言葉を聞き、（三七、三八）比丘の僧伽に告げた。「汝ら比丘よ、我々は結界を定めよう。」こうしてウッタラサルハの星宿の下、僧伽はすべて集まってきた。（三九）有眼者は同一の住居の界を結んだ。最勝の精舎である帝須園が確立され、（四〇）その夜、帝須園に宿り、夜が明けると、内衣を着け、衣を纏い、（四一）このように鉢を取って都の城市に入った。乞食行をして王門に近づいて来た。（四二）王宮に入り、座に座ってそこで食事をし、自ら手を清めて鉢を浄め、（四三）食後、説法をして王を喜ばせ、都の城市を去り、歓喜林の園で日中を休息した。（四四）その時、そこで蛇の譬え経と無始経、無上の行蔵を説き、（四五）大歓喜林で繰り返し牛糞の訓諭を説き、法輪経を転じた。（四六）島の灯明である長老摩哂陀は七日間にわたりこれらの諸経を説き、八千五百の衆を縛から解き放った。このように一ヶ月足らず、衆と共に帝須園に止住し、（四七、四八）雨期が近づくエーサーダの満月に、城市のすべての人々に告げた。「安居の時期が間近に迫っています。」（四九）

大寺之受納畢

> 大寺への寄進は完了いたしました。

島之燈明者摩哂陀，整牀座，取衣鉢，由帝須園離去。（五〇）著內衣，纏衣，如是取鉢入於都之城市。（五一）行乞來至王門，入王宮，坐適宜之座。（五二）於其處食事，〔己〕手淨鉢，教授大會經。（五三）島之燈明者摩哂陀，教授王已由座起不辭而去。（五四）大師由東門離去城市，去一切人人歸還，來至眉沙迦山。（五五）大臣等懸念告王：「陛下！大長老等皆已往眉沙迦山。」（五六）聞〔此之報告〕王驚，立即繫馬於戰車，與王妃俱剎帝利立即乘車。（五七）長老摩哂陀與眾俱行山麓，其處岩間之所納伽洽多迦池沐浴，飲水而立於山頂。（五八）剎帝利急急擦汗，由遠已見立於山頂長老。（五九）剎帝利留王妃於車，由車降，接近長老，禮拜而言此事：（六〇）「大雄！何故快棄土地，棄余與有情等而來此山耶？」（六一）「我等實於此處前後滿三個月，於如來之處作安居」（六二）「余為比丘之僧伽安樂應作一切之應為事，請垂哀愍為余施教。」（六三）〔摩哂陀〕「比丘等雖於森同於村里，於閉門住居入安居為佛所許。」（六四）〔王〕「〔余對卿之〕此言〔其〕意義理由一切了解。正於今日余造適當安居之場所。」（六五）大名聲之〔王〕在家之〔得限度事〕遂選〔一場所〕與長老等：「由哀愍請留於〔此處〕，（六六）大德！請入此岩房之園。大牟尼！確立精舍請定結界。」（六七）

> 島の灯明たる摩哂陀は、敷物を整え、衣鉢を手に取り、帝須園を離れた。（五〇）内衣をまとい、衣を纏い、このように鉢を持って都の市街へと入った。（五一）托鉢して王の門前に至り、王宮に入り、適当な座に着いた。（五二）そこで食事をし、自ら手で鉢を清め、大衆に経を説いた。（五三）島の灯明たる摩哂陀は、王に教えを授け終えると、座から立ち上がり、別れの言葉も告げずに去った。（五四）大師は東門から市街を離れ、すべての人々が帰っていく中、眉沙迦山へと向かった。（五五）家臣たちは心配して王に告げた。「陛下、大長老たちは皆、眉沙迦山へ行かれました。」（五六）この報告を聞いて王は驚き、直ちに馬を戦車につなぎ、王妃と共に剎帝利は急いで車に乗った。（五七）長老摩哂陀は僧たちと共に山のふもとを歩き、その場所の岩間に湧くガンガー池で沐浴し、水を飲んで山頂に立った。（五八）剎帝利は汗を拭いながら急ぎ、遠くから山頂に立つ長老を見た。（五九）剎帝利は王妃を車に残し、車を降り、長老に近づき、礼拝してこう言った。（六〇）「大雄よ、なぜこの土地をあっさりと捨て、私や多くの人々を見捨てて、この山へ来られたのですか？」（六一）「私たちはここで、前後合わせて三か月間、如来のもとで雨安居を過ごすのです」（六二）「私は比丘の僧伽が安楽に過ごせるよう、すべきことはすべて行います。どうか哀れみを垂れ、私に教えを授けてください。」（六三）〔摩哂陀〕「比丘たちは森の中であれ村の中であれ、戸を閉ざした住居に入って雨安居することを仏はお許しになっています。」（六四）〔王〕「〔あなたの〕この言葉の意味と理由はすべて理解しました。今日こそ、私は適切な雨安居の場所を整えましょう。」（六五）名声高い〔王〕は、在家としてできる限りのことを成し遂げ、長老たちに〔一つの場所〕を選んで言った。「どうか哀れみを以て、〔ここに〕留まってください。（六六）大徳よ、どうかこの岩屋の庭園にお入りください。大牟尼よ、精舎を確立し、結界をお定めください。」（六七）

大阿栗吒王之妹子及五十五人大名聲之良家所生者等，（六八）近王禮拜言此事：「我等皆欲於勝慧者之處出家。（六九）我等欲行梵行。陛下請許允。」聞一同之言，大地之主王亦意滿足，近而告長老曰：「有阿栗吒為首五十五人之導師。大雄！請在卿之處出家。〔余許彼等之出家〕。」（七〇、七一）聞王之言而島之燈明者摩哂陀言比丘僧伽：「汝等比丘！我等將定結界。」（七二）長老等確立精舍，決定於同一住所及不離三衣，規定結界場所。（七三）於屯巴精舍場內規定〔外〕界內界，島之燈明者摩哂陀宣言大結界。（七四）具眼者定一切之處，結界在帝須山確立第二之精舍，（七五）於額沙荼月完滿月之布薩，烏塔拉薩魯哈之星宿下，於山中結界，（七六）於第二之場內，先令大阿栗吒出家。於其處又為丹巴般尼王家者〔此大阿栗吒〕授具足戒。（七七）於彼處五十五人出家受具足戒。於第一園建立三十二之處所，（七八）於帝須山之精舍第二園建立三十二，其餘之小園各各含建一處。（七九）於最上之山建立園與精舍畢而六十二人之阿羅漢悉〔於楞伽〕入最初之安居。（八〇）

> 大阿栗吒王の妹と、五十五人の名声高い良家の生まれの人々が、（六八）王に近づき礼拝して、このことを申し上げました。「私たちは皆、勝れた智慧を持つお方のもとで出家したいのです。（六九）私たちは清らかな行いをしたいと願っています。陛下、どうかお許しください。」一同の言葉を聞いて、大地の主である王も心から満足し、近くにいる長老に告げました。「阿栗吒をはじめとする五十五人の指導者がいます。大いなる勇者よ、どうかあなたのもとで出家させてください。〔私は彼らの出家を許します。〕」（七〇、七一）王の言葉を聞いて、島の灯明である摩哂陀は比丘僧伽に言いました。「比丘たちよ、私たちは結界を定めましょう。」（七二）長老たちは精舎を確立し、同じ住居に留まり三衣を離れないことを定め、結界の場所を規定しました。（七三）屯巴精舎の場内に〔外〕界と内界を規定し、島の灯明である摩哂陀は大結界を宣言しました。（七四）見識ある者はすべての場所を定め、結界は帝須山に第二の精舎を確立し、（七五）額沙荼月の満月の布薩の日、烏塔拉薩魯ハの星宿のもと、山中で結界を行い、（七六）第二の場内で、まず大阿栗吒を出家させました。その場所でまた、丹巴般尼王家の者〔この大阿栗吒〕に具足戒を授けました。（七七）その場所で五十五人が出家し、具足戒を受けました。第一の園に三十二の住処を建立し、（七八）帝須山の精舎の第二の園に三十二を建立し、その他の小さな園にはそれぞれ一つの住処を建てました。（七九）最も高い山に園と精舎を建立し終えて、六十二人の阿羅漢がすべて〔楞伽で〕最初の安居に入りました。（八〇）

支提山之受納畢

> 支提山にて受け入れを終えました。