刊萬峰和尚語錄舊序
万峰和尚語録 旧序
萬峰和尚蚤歲於虎跑室中得其肉,壯歲於伏龍室中得其髓,自是通身慶快,徹骨清涼,無一絲毫為障為礙。爾後張鋪席於蔚嶠,開飯店於嵩山,不假文字,不資語嘿,單單以一色本分草料接人,而四方來者如歸,不舍晝夜。室中得指明心者,莫知其數;嗣法立宗者,列布山川。化緣既終,其徒齡山壽上人捧此帙過苕溪之上,見示於稿室,稿室即合爪加額,焚香三復,既而掩卷而謂齡山曰:「老師已和盤托出,盡在此書矣!正是活人之丹,殺人之藥,故其胸中流出一一高玅,使天目正宗、伏龍的派,二十年後話當大行。」或問余:「何以知之?」曰:「我知言。」
萬峰和尚は、若き日に虎跑の室中でその肉を得、壮年には伏龍の室中でその髄を得た。それ以来、全身に喜びが満ち、骨の髄まで清涼となり、少しの障害もなく、妨げもなかった。その後、蔚峤に席を敷き、嵩山に飯店を開き、文字に頼らず、言葉や沈黙にも頼らず、ただひたすらに本色の本分の草料で人々を迎えた。すると、四方から訪れる者は我が家に帰るかのようで、昼夜を惜しまなかった。室中で心の指し示しを得た者は、その数を知る由もなく、法を嗣ぎ宗を立てた者たちは、山や川に広がった。
化縁がついに尽きると、その弟子である齢山寿上人がこの帙を捧げて苕溪のほとりに来て、稿室に示した。稿室はすぐに両手を合わせて額に当て、香を焚いて三度繰り返し読み、やがて巻物を閉じて齢山に言った。「老師はすでに全てをこの書に尽くしておられる! まさに人を生かす丹薬であり、人を殺す薬でもある。その胸から流れ出る一つ一つが高妙であり、天目正宗、伏龍の流派は二十年後には大いに広まるであろう。」ある人が私に問うた。「どうしてそれを知るのか?」私は答えた。「私は言葉を知っているからだ。」
洪武癸亥秋季月吉日,前淨慈稿室翁弘智題。
洪武癸亥年の秋、吉き日に、前淨慈稿室の翁、弘智が題す。