第二 斷蓋品
第二 断蓋品
一
一つ
「諸比丘!我不見另有一法,能令生未生之欲,或能令已生之欲增廣。諸比丘!此即淨相是。
「比丘たちよ、私が見るに、まだ生じていない欲望を生じさせ、あるいはすでに生じた欲望を大きく広げるものは、他にはない。比丘たちよ、それがすなわち『清らかな対象』(淨相)である。」
諸比丘!不如理思惟淨相者,即令生未生之欲,或能令已起之欲增廣。
比丘たちよ、清らかな対象について道理にかなわない考え方をすれば、まだ生じていない欲を生じさせたり、すでに生じた欲をさらに広げたりする。
二
二つ
諸比丘!我不見另有一法,能生未生之瞋,或能令已生之瞋增廣。諸比丘!此即是瞋恚相。
比丘たちよ、私は、まだ生じていない怒りを生じさせ、あるいはすでに生じた怒りをさらに大きくするものとして、これに勝る別の要素を一つも見ません。比丘たちよ、それはすなわち、怒りの対象(嗔恚相)に心を留めることです。
諸比丘!不如理思惟瞋恚相者,即令生未生之瞋,或能令已生之瞋增廣。
比丘たちよ、道理にかなわない考え方で怒りの相を思惟すれば、まだ生じていない怒りを生じさせたり、すでに生じた怒りをさらに増大させたりすることがある。
三
三
諸比丘!我不見另有一法,能生未生之惛眠,或能令已生之惛眠增廣。諸比丘!此即不樂、頻申、缺呿、食不調、心昧劣性是。
比丘たちよ、私は、まだ生じていない眠気や倦怠を生じさせ、あるいはすでに生じた眠気や倦怠をさらに広げる別の法を他に見出すことはできない。比丘たちよ、それはすなわち、楽しみの欠如、あくび、欠伸(あくび)、食事の不摂生、心の鈍さ(おとろえ)という性質である。
諸比丘!心昧劣者,即令生未生之惛眠,或能令已生之惛眠增廣。
比丘たちよ、心が鈍く弱っている者は、まだ生じていない眠気や怠惰を生じさせたり、すでに生じた眠気や怠惰をさらに広げたりするのです。
四
四(し)
諸比丘!我不見另有一法,能生未生之掉悔,或能令已生之掉悔增廣。諸比丘!此即心之不寂靜。
比丘たちよ、私は他のいかなる法も、まだ生じていない心の落ち着きなさや後悔を生じさせたり、すでに生じたそれらを増大させるものを、この心の不寂静(おちつきのなさ)のほかには見ません。比丘たちよ、これこそが心の不寂静なのです。
諸比丘!心不寂靜者,即令生未生之掉悔,或能令已生之掉悔增廣。
比丘たちよ、心が静まっていないならば、まだ起きていない落ち着きのなさや後悔を生じさせ、あるいはすでに起きた落ち着きのなさや後悔をさらに大きく広げてしまう。
五
五
諸比丘!我不見另有一法,能生未生之疑,或能令已生之疑增廣。諸比丘!此即不如理之思惟。
比丘たちよ、私は、まだ生じていない疑惑を生じさせ、あるいはすでに生じた疑惑をさらに大きくする原因となる、他の一つの法(教え)を見ない。比丘たちよ、それはすなわち、道理にかなわない考え方(非理作意)である。
諸比丘!不如理思惟者,即能生未生之疑,或能令已生之疑增廣。
比丘たちよ、道理にかなった思考をしないならば、まだ生じていない疑惑が生じたり、すでに生じた疑惑がさらに広がったりするのです。
六
六
諸比丘!我不見另有一法,能令未生之欲不生,能令已生之欲斷者。諸比丘!此即不淨相。
比丘たちよ、私は他のどのような法も、まだ生じていない欲望を生じさせず、すでに生じた欲望を断ち切るものとして見ません。比丘たちよ、すなわち、これが不浄の想い(美しくないという観察)です。
諸比丘!如理思惟不淨相者,即未生之欲令不生,或能令已生之欲斷。
比丘たちよ、不浄の相を正しく思惟する者は、まだ生じていない欲望を生じさせず、あるいはすでに生じた欲望を断ち切ることができるのです。
七
七
諸比丘!我不見另有一法,能未生之瞋令不生,或能令已生之瞋斷者。諸比丘!此即慈心之解脫。
比丘たちよ、私は、まだ生じていない怒りを生じさせず、あるいはすでに生じた怒りを断つことができる他の方法を見つけていない。比丘たちよ、それこそが慈しみの心による解脱である。
諸比丘!如理思惟慈心之解脫者,即未生之瞋令不生,或能令已生之瞋斷。
比丘たちよ、慈しみの心による解放(慈心解脱)を正しくよく考え行うならば、まだ生じていない怒りを生じさせず、あるいはすでに生じた怒りを断ち切ることができるのです。
八
八
諸比丘!我不見另有一法,能令未生之惛眠不生,或能令已生之惛眠斷者。諸比丘!此即發勤、精進、勇猛。
比丘たちよ、わたしは他に、まだ生じていない眠気やだるさを生じさせず、すでに生じた眠気やだるさを断ち切る法があるとは見ません。比丘たちよ、その法とは、まさに努力、精進、勇猛さです。
諸比丘!發勤者即未生之惛眠令不生,或能令已生之惛眠斷。
比丘たちよ、怠けずに努めるならば、まだ生じていない眠気やだるさを生じさせず、すでに生じた眠気やだるさを断ち切ることができるのです。
九
9
諸比丘!我不見另有一法,能令未生之掉悔不生,或能令已生之掉悔斷者,諸比丘!此即心之寂靜。
比丘たちよ、私は知っている──心の静けさほど、まだ生じていない落ち着きのなさや後悔を生じさせず、すでに生じている落ち着きのなさや後悔を断ち切ることのできる法(教え)は、他にはないということを。
諸比丘!心寂靜者,即未生之掉悔令不生,或能令已生之掉悔。
比丘たちよ、心が静かであるならば、まだ生じていない心の落ち着きのなさや後悔は生じさせず、すでに生じた心の落ち着きのなさや後悔を、鎮めることができるのである。
一〇
一〇
諸比丘!我不見另有一法,能令未生之疑不生,或能令已生之疑斷者,諸比丘!此即如理思惟。
比丘たちよ、私が見る限り、いまだ生じていない疑惑を生じさせず、あるいはすでに生じた疑惑を断ち切ることができる別の法は他にありません。比丘たちよ、それはすなわち、道理にかなった考え方です。
諸比丘!如理思惟者,即未生之疑令不生,或能令已生之疑斷。」
比丘たちよ、道理にかなった思惟(考え)を修める人は、まだ生じていない疑いを生じさせず、すでに生じた疑いを断ち切ることができるのです。