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title: "雪關和尚語錄 · 語錄"
description: "雪关和尚语录是明代禅宗高僧雪关智誾的传法记录，由弟子传善辑录。明末禅风炽盛，雪关禅师承继曹洞宗法脉，其语录应机施教，收录上堂法语、机缘问答、拈古颂古及书信诗文，彰显其禅悟境界与教化手段。内容深入浅出，融合禅机与日常修行，为研究明末禅宗思想与实践的重要文献。该语录不仅体现曹洞宗默照禅特色，亦展现禅师融通教净的弘化风范，在佛教史上具有承先启后的地位，是后人参究洞上宗风的重要依据。"
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崇禎丙子春，司理海岸黃公、中丞集生余公，洎武林眾縉紳居士，請師重興妙行禪寺，以三月念五日進院。

> 崇禎九年（丙子年）の春、海岸黄公（司理）、集生余公（中丞）、および武林の多くの紳士や在家修行者の方々が、師に妙行禅寺の再興を依頼しました。師は三月二十五日に寺院に入りました。

天王殿：「不動而升。」普光明殿：「帝網幢前與麼相見。」

> 天王殿：「動かずして昇る。」普光明殿：「帝網幢の前にてかくのごとく相見わす。」

伽藍殿：「明月為廊，清風作殿，拈起鋤頭，從頭翻轉。然雖如是，善建者不拔。」

> 伽藍殿（修行の場）にて： 「月明かりを廊とし、清らかな風を殿とする。 鍬を手に取り、根底からひっくり返す。 とはいえ、真に善く建てる者は、決して揺るがない。」

祖師殿：「萬派千枝，源頭一線，信手拈花，無人能薦。咄！」云：「展。」

> 祖師殿： 「万派千枝も、源は一筋の線。 手に取って花を拈れば、誰もその意味を指し示せぬ。喝！」 「ひらけ。」

佛殿：「玉殿苔封不帶埃，珠林寶網鏡光開，世尊猶自拈花笑。且道笑個甚麼？咦，笑有個人重來。」

> 仏殿：「玉殿の苔は封じて埃を帯びず、珠林の宝網に鏡の光が開く。世尊はなお自ら花を拈って笑っておられる。さて、その笑いの意味するところは何か？おや、笑うのは、再び来る者があるからだ。」

上堂，指法座云：「作禮燈王，借此寶座，大家有分，得坐便坐。」遂陞座，拈香祝　聖竟，斂衣就座。維那白椎畢，師乃云：「生平不學楊岐老，破院風光卻儼然，薄福又來湖墅寺，起爐搭灶豎空拳。棗柏大士道：『法無定相，遇緣即宗。』山僧在博山出門，不知有虎跑底事；在虎跑開堂，不知有妙行底事。今日受請而來，大似夢境相似，著一毫念頭預為不得。此喻彌陀一坐具地因緣成，既有壞廢必當興。山僧業債難逃，忽然落魄至此，倘藉眾緣或可濟事。然則緣之一字，安排不得、躲避不得，所以古人云：『萬般從此道，一味信前緣。』」拈拄杖云：「秪有拄杖子不屬因緣，本無成壞，亦不用安排躲避，卻能為一切眾生之所憑靠。山僧涉水登山全承渠力，拄地撐天豈更由誰？倚在禪床角則聲臭俱無，拈出法堂前則乾坤攪動。諸人還知麼？將此深心奉塵剎，是則名為報佛恩。」卓拄杖，下座。

> 老師が高座に上がり、説法座を指さして言った。「燈王仏に礼拝し、この宝座をお借りします。皆さんにも関わりがあります。座れるなら、お座りなさい。」そして座に登り、香を焚いて天皇の安泰を祈った後、衣を整えて座に着いた。維那が白椎の儀式を終えると、老師は次のように述べた。 「生まれつき私は楊岐老人のように学問をせず、荒れた寺院の風情はそれでもなお厳かに保たれている。福の薄い身で再び湖墅寺に来て、炉を起こし、かまどを据え、空拳を振りかざす。棗柏大士は言った。『法に一定の形はなく、縁に遇えばそれに従う』と。私は博山を出る時、虎跑のことを知らなかった。虎跑で説法の席に立つ時、妙行のことを知らなかった。今日、招きを受けてここに来たのは、まるで夢の中の出来事のようだ。少しでも先に心を砕くことはできない。これは阿弥陀仏の一つの座具のような因縁が成就したものだ。壊れ廃れるものがあれば、必ず再び興る。私は修行中の負債から逃れられず、突然このように落ちぶれてしまった。もし多くの縁に頼ることができれば、事がうまくいくかもしれない。しかし『縁』という一字は、意図的に配置することも、避けることもできない。だから古人は言った。『あらゆることはこの道に従い、ひたすら前の縁を信じよ』と。」 杖を取って言った。「ただ、この杖だけは因縁に属さず、もともと成ることも壊れることもない。そして、配置したり避けたりする必要もない。しかし、全ての生きとし生けるものの頼りとなることができる。私が川を渡り山を越えるのには、全てこの杖の力を借りている。大地を支え天を支えるのに、誰かに頼る必要があろうか。それを禅床の隅に置けば、音も匂いも消え去る。法堂の前に取り出せば、天地が揺れ動く。皆さん、お分かりだろうか。『この深い心を塵刹の世界に捧げれば、これこそが仏の恩に報いるというのである。』」 杖を地面に突き立て、座から下りた。

黃海岸居士封翁八十誕，會城眾宰官居士請上堂。海岸居士問：「壽等虛空是何人？」師云：「量過虛空者。」進云：「虛空如何過？」師云：「出門先辨路，轉步按飛雲。」進云：「恁麼則過了也。」師云：「切忌撞倒煙樓。」士禮拜，師乃云：「海岸居士兩任淛中司理，投錢飲水，清畏人知；決讞平反，視民如子。其尊翁自崑居士，亦嘗令建德。先後美政，俱擅循良，可見趨庭義方，別有家傳矣。今首夏初三日，乃封翁八十華誕，武林眾士紳，想其人、頌其德，無以效華封之祝，因各以衣裓盛諸香花，詣妙行禪院，請轉法輪，以祝封翁無量之壽。山僧道：以法為親，以慧為命，不但父子同條，亦乃祖佛齊證。如脅尊者八十出家，老趙州八十行腳，全憑者個風流，趁入花藂矍鑠。非特此二老也，一切諸佛諸祖，以及自崑居士、海岸居士，亦無不憑者個而入大光明藏，成就世出世間諸大功德也。功德且置，秪如今日因齋慶讚一句，又作麼生道？無根樹子無今古，果熟香飄溢壽筵。珍重。」

> 黄海岸居士の封翁様が八十歳のお誕生日を迎えられ、町中の役人や居士の方々がお願いして、和尚様に法を説いていただきました。海岸居士が問うた、「寿命が虚空と等しいとは、どのような人ですか。」 師が言われた、「虚空を超えきった者です。」 さらに問うた、「虚空をどうやって超えるのですか。」 師が言われた、「門を出る前に道を見極め、歩みを転じて飛ぶ雲を押さえるのです。」 「それなら、超えました。」と居士が言うと、 師が言われた、「煙の楼閣にぶつからないように気をつけなさい。」 居士が礼拝したので、師は次のように述べられた。「海岸居士は浙中で二度にわたり裁判官を務められましたが、銭を投げ水を飲むように潔白で、その清廉さは人に知られるのを嫌い、罪を裁くときは冤罪を明らかにし、民をわが子のように慈しまれました。そのご尊父である自崑居士もまた、かつて建徳の長官を務められました。お二方とも立派な政治を行い、ともに善政で名を馳せ、庭先で教えを受ける義理の道筋を別にお家で伝えておられることがわかります。今、初夏の第三日目、封翁様の八十回目の華やかな誕生日にあたり、武林の紳士たちがその人を思いその徳を称え、華封のような祝いの言葉を捧げることができないので、それぞれ衣の端に種々の香や花を盛り、妙行禅院に参って法の輪を転じていただき、封翁様の限りない寿命を祈ろうとされています。山僧は申します。法を親とし慧を命とするならば、ただ父と子が同じ筋道を歩むだけでなく、祖や仏もまた共に証を得るのです。例えば、脇尊者が八十歳で出家し、老趙州が八十歳で旅をしたのも、すべてこの風雅に拠って、花の藪の中に元気よく飛び込んだのです。このお二方だけではありません。一切の諸仏諸祖、そして自崑居士や海岸居士も、みなこれによって大光明蔵に入り、世の中と世を超えた諸々の大きな功徳を成就されたのです。功徳はさておき、ただ今日、この食事をもってお祝いする一句、どのように述べましょうか。 根のない木に今昔はなく、 実が熟せば香りが漂い寿の宴にあふれる。 ご大切に。

康藍田居士請上堂：「昔喻彌陀齋三百萬僧，闢此道場，與天宮鬥麗。師乃地位中人，見地超曠，行果因花，成此一大功德海也。今有藍田居士好善樂施，以飯僧為佛事。今日是居士設齋，報薦先君康思萱、先妣蕭氏，一門宗族，俱證蓮胎。山僧自慚德薄，難消信施供養，眾中要選個無事道人出來酬他信心齋供，且道那個是無事道人？不見古德道：『眼裏著不得沙，耳裏著不得水，個是無事道人。』又有道：『眼裏著得須彌山，耳裏著得大海水，個是無事道人。』雪竇道：『恁麼也不得，不恁麼也不得，恁麼不恁麼總不得也。是個無事道人。』山僧道：三個無事道人總是不唧瀏漢，要消施主供養依舊還難。且道畢竟是甚麼人消得？」師指露柱云：「露柱呵呵開口笑，橫吞倒吐肚皮寬。」

結制上堂。僧問：「解結即不問，如何是衲僧向上事？」師云：「何不向下會。」進云：「向下事又作麼生？」師云：「井底蝦蟆飛上天。」乃云：「他弓莫把，他馬莫騎，線直路不許人知。諸兄弟！清心禪堂是個繫驢橛，祖師公案是個葛藤樁，四海禪和是一緉破草鞋，天下善知識是一味斷腸草。直須斫倒繫驢橛，拽斷葛藤樁，擲卻破草鞋，拈卻斷腸草。果能具此知見、有此作略，不妨千峰頂上卻在十字街頭，十字街頭卻在千峰頂上，繞他華藏世界百千萬匝，依然止在一毫端。如其不然，且向一線直路行去好。珍重。」

> 結制の上堂。僧問う：「解結即ち問わず、衲僧の向上の事是如何？」師云：「何ぞ向下せざる。」進みて云う：「向下の事又作麼生？」師云：「井底の蝦蟆、天に飛び上がる。」乃ち云く：「他が弓を把ること莫かれ、他が馬に騎ること莫かれ、線直路は人に知らしめず。諸兄弟！清心禅堂は繋驢橛なり、祖師公案は葛藤の杭なり、四海の禅和は一緉の破草鞋なり、天下の善知識は一味の断腸草なり。直ちに繋驢橛を斫り倒し、葛藤の杭を引き断ち、破草鞋を擲ち去り、断腸草を取り除くべし。果たして能く此の知見を具え、此の作略有らば、妨げず、千峰の頂上に在りて却って十字街頭に在り、十字街頭に在りて却って千峰の頂上に在り、彼の華蔵世界の百千万匝を繞ると雖も、依然として只だ一毫の端に止まる。若し然らずんば、且く一線の直路に向かって行くべし。珍重。」

謝眾居士齋小參：「世間飲食，若還喫得消不得，是可憂底事；維摩香積飯，喫得消不得，卻是好事，秪要吞得下、吐得出，便是超方出格手段，非但能消四事供養，亦可消得萬鎰黃金。假饒有個不吞不吐底出來，且道將何供養？薄批明月渾閒味，細切清風更是奇。」