隱元禪師語錄序
隠元禅師語録序
金粟費隱老人,為臨濟三十一傳,起未墜之緒,續方焰之輝。十餘年來,說法為人,純用本分鉗鎚,不落玄妙窠臼,單傳直指之道,乃大著于天下。後之接武者,雖未可限量。然而承紹其宗,擊揚開廓,使單傳直指之道愈益彰顯于當世,蓋亦難其人矣。隱元禪師首入老人之室,即覿體承當,全身擔荷,掃去支離,絕無依倚,室中得人,師為翹楚矣。玄生上人一日持師開堂語錄示余,余受而讀之,見其機用宏達,言句光新,騰踏當機,掀翻義路,摠從正脈中發揚展拓,所謂單傳直指之道愈益彰顯者,當于師乎賴之,豈有殊絕難繼之嘆哉?玄生上人,以余推重于師也,遂囑余序。余聞稱人之善者,必本其父師之德厚之至也。矧余亦出老人之門,忝師之昆季者乎?故取茲義而述之,使世之向斯道者,知師為老人之嫡子,且識余言之非佞也。是為序。
金粟の費隱老人は、臨済宗の第三十一祖として、絶えかけた法脈を再び興し、盛んになりつつある灯火をさらに輝かせた。十数年にわたり、説法と教化に専念し、ひたすら根本的な指導法を用い、神秘的で曖昧な固定観念には陥らなかった。そのため、単伝直指の道は、天下に広く知られるようになった。後にその教えを受け継ぐ者たちは、限りない可能性を秘めている。しかし、法系を受け継ぎ、それを発揚拡大し、単伝直指の道を現代においてより一層顕著に示すことのできる人物を見つけるのは、実に難しい。
隠元禅師は、最初に老人の門をくぐり、真理をそのまま体得し、全身でその重責を担い、余計なものをすべて取り除き、何ものにも依存しなかった。門下で優れた人材を得た中でも、師はその代表格であった。
玄生上人が、ある日、師の開堂語録を私に示された。私はそれを受け取り読んでみると、その機微に富んだ作用は広大で、言葉は新鮮であり、その場の状況に力強く対応し、概念的な議論をことごとく覆していた。これらすべては、正しい法脈に基づいて発揚され展開されており、いわゆる単伝直指の道がますます顕著になるのは、まさに師のおかげである。どうして「あまりに優れていて、後継者が現れない」という嘆きがあろうか。
玄生上人は、私が師を高く評価しているので、私に序文を依頼された。私は、人の善行を称えるには、必ずその人の父や師の徳を基盤とすべきだと聞いている。それは誠に厚い心がけである。ましてや、私もまた老人の門を出て、師と同門の兄弟弟子にあたる身ではないか。それゆえ、このような考えに基づいてこの序文を記し、世の人々がこの道に向かうにあたり、師が老人の嫡子(正統な後継者)であることを知らしめるとともに、私の言葉がお世辞ではないことを理解していただきたい。これをもって序文とする。
崇禎壬午季夏同門法弟山陰王谷稽首和南譔