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山茨際禅師語録 (山茨際禪師語錄)


示何二山居士

示何二山居士

大丈夫出世一番須當究徹生死根株莫被生死籠絡若聞生則喜聞死則悲豈大丈夫之謂哉要知生死根株落處麼須把六經子史學得底生平意氣上玄解得底師友口邊領畧得底一一拋在東洋大海再莫思量顧着如百不能百不會底人相似單單只究取一口氣不來向那裏安身立命行也叅坐也叅語也叅默也叅乃至迎賔待客穿衣喫飯屙屎放尿一切時一切處密密綿綿叅來叅去無論年深月久畢竟討個分曉忽地時節到來心開見膽知火即燈始見生亦是這箇道理死亦是這箇道理釋迦老子拈花亦是這箇道理達磨大師別傳心印亦是這箇道理鳥啼花落亦是這箇道理風動塵起亦是這箇道理當此之際可以攪長河為酥酪變大地作黃金始稱大丈夫能事也然後為國也好隱逸也好處俗也好為僧也好樂道也好憂患也好老也好幼也好生也好死也好所以先聖云無邊剎境自他不隔於毫端十世古今始終不離於當念雖然他日若認着此見喫山僧手中痛棒未有了日在。

真の大丈夫としてこの世に生まれたからには、生死の根本を徹底的に究めねばならない。 生死に縛られてはならない。 もし「生」を聞けば喜び、「死」を聞けば悲しむようでは、とても大丈夫とは言えない。 生死の根本の落ち着きどころを知りたいと思うなら、 これまで儒教の経典や歴史書、諸子百家で学んだことや、 生涯の気概や、玄妙な解釈として理解したこと、 師や友人の言葉から得た知識を、 すべて東の大海に投げ捨てなさい。 もはや思い返したり、気にかけたりしてはならない。 まるで何もできず、何も分からない者のように、 ただひたすら、「息が一つ途絶えたら、どこに身を置き、命を託すのか」を究めなさい。 行く時も坐禅する時も、語る時も沈黙する時も、 客をもてなす時も、着替えや食事、排泄の時も、 あらゆる時、あらゆる場所で、絶え間なく、微細に、 ずっとずっと参究しなさい。 年月がどれほど経とうとも、必ずや明らかにしなさい。 ある時、巡り合わせが訪れ、心が開けて、肝心要のことが見えると、 火が灯であることを知るように、 「生」もこの道理であり、「死」もこの道理であると分かる。 お釈迦様が花を拈ったのもこの道理、 達磨大師が心印を別伝したのもこの道理、 鳥が啼き花が散るのもこの道理、 風が動き埃が立つもこの道理である。 この時こそ、 長い川をかき混ぜて酥酪とし、大地を変えて黄金とすることができる。 これこそ、真の大丈夫の成すべきことである。 その後は、 国に仕えても良く、隠遁しても良く、在家でも良く、僧侶でも良く、 道を楽しんでも良く、憂患に悩んでも良く、老いても良く、若くても良く、 生きても良く、死んでも良い。 ゆえに先聖は言う。 「無限の世界も、自己と他者は毛先の先ほども隔たっておらず、 十方三世の古今も、常にこの一瞬を離れない」と。 ただし、もし後日、この見解に執着するなら、 この山僧の痛棒を受けることになる。その日が終わることはないだろう。


法語
示省指禪人

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