---
title: "靈峰蕅益大師宗論 · 書一"
description: "靈峰蕅益大師宗論是明末高僧智旭的著作。明末佛教面臨內部僵化與外部挑戰，智旭大師立足天台宗，主張禪教律淨融合，回應時代弊病。該書匯集其書信、註疏與開示，系統闡述性相融通、淨土為歸的佛學思想，強調解行並進與實踐修行。作為中國佛教史上承先啟後的巨著，它深刻影響了後世漢傳佛教的發展，尤其對淨土宗的推廣貢獻卓著，被尊為淨土宗第九祖的智旭，其思想透過此論成為明清佛教的重要指南。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmgn46hxh0o8ak1048qimyfuc"
---

## 靈峰蕅益大師宗論卷第五之一

> 霊峰蕅益大師宗論　巻第五の一

古歙門人成時編輯

### 書一

寄母甲子正月三日，方外男智旭，敬然臂香，刺舌血，白母親大人膝下。男幼蒙庭訓，少長便道學自任，寧不知父宜葬，母宜養。但生死一事，人人有之，靜夜深思，真可怖畏。如大母舅宦正濃而忽殞，虞表姪年未壯而早亡，身命無常，如朝露，大限至，老少莫逃，苦海茫茫，誰能免者。念及自身，已覺酸鼻，更念亡父老母，倍覺傷神。親身既然，眾生寧異？儻不早圖出世，正恐追悔無及。男憶二十一，至星家問母壽，言六十二三，必有節限。遂於佛前立深誓，唯願減我算，薄我功名，必冀母臻上壽。今既切思離俗，儻萌一待心，豈是求益母壽之念，男又安能保無中夭邪？生育一事，世閒苦本，況與功名，皆有定數。且青雲得志，難敵生死，大母舅即是殷鑒，何如地藏大士，目連尊者，累劫親恩，皆蒙度脫之為孝也。男少年詬大士，賴母痛下鉗錘，今得改過從善，志在出世，恐母愛情難割，不得不硬卻心腸，潛行方便。又恐母日夜懸念，故於三寶前，然香刺血，寄書遠達，伏祈勿事勞心，惟努力念佛，求出輪迴。親屬可化者，皆以此意示之。

> 母上様 甲子の正月三日、出家の息子智旭、謹んで臂に香を焚き、舌の血を刺して、母上様の足元に申し上げます。 私は幼い頃から家庭で教えを受け、少し成長すると道を学ぶことを自ら任じました。父を葬り、母を養うべきことを知らないわけではありません。しかし、生死ということは、誰にでもあることであり、静かな夜に深く考えてみれば、本当に恐ろしいことです。大母舅が官職に励んでいたのに突然亡くなり、虞の従兄弟は壮年にもならずに早く亡くなりました。身命は無常で、朝露のようであり、大限が来れば、老若を問わず逃れることはできません。苦海は茫々として、誰が免れることができましょうか。自分のことを考えると、すでに鼻が酸っぱくなる思いがし、さらに亡き父と年老いた母のことを思うと、一層心を痛めます。身内でさえそうであるのに、衆生はどうして違うことがありましょうか。もし早く出世を図らなければ、後悔しても追いつかないことを恐れます。 私は二十一歳の時、占い師に母の寿命を尋ねたところ、六十二、三歳には必ず節限があると言われました。そこで仏前で深く誓いを立て、ただ私の寿命を減らし、私の功名を薄くしても、必ず母が長寿を全うすることを願いました。今、俗世を離れることを切に思うのに、もし少しでも待つ心が芽生えれば、どうして母の寿命を延ばそうとする念いと言えましょうか。私自身もまた、途中で夭折しないと保証できるでしょうか。 生育ということは、世の中の苦しみの根本であり、ましてや功名には定数があります。しかも、青雲の志を得ても、生死には敵いません。大母舅がその証拠です。地蔵大士や目連尊者が、累劫の親恩を皆、度脱させた孝行と比べてどうでしょうか。 私は若い頃、大士を罵りましたが、母が痛烈に戒めてくださったおかげで、今は過ちを改めて善に従い、出世を志しています。母の愛情が断ち切れないことを恐れ、心を硬くして、密かに方便を行わざるを得ません。また、母が日夜心配されることを恐れ、三宝の前で香を焚き、血を刺して、遠くに手紙を送ります。どうか心を労することなく、ただ一心に念仏して、輪廻から出られるよう努めてください。親族で教化できる者には、皆この意を示してください。

寄剃度雪嶺師別忽三載，反躬無似，莫報師恩。方今像季，有三可痛哭，三可哀愍。毗尼法，三學初基，出世根本，僧寶所由得名，正法賴以住世，而罕有師承，多諸訛謬，遂令正法墜地，僧倫斷絕，一可痛也。三藏教，修行之徑，出苦之要，而依文解義，罔知觀心，廢先哲舊章，塗一時口耳，遂令禪門訶為葛藤糟粕，二痛也。宗門一著，本為上上根，點鐵成金，今但作門庭施設，道理商量，不墮狂罔無知，便墮雜毒知見。更有去施設、埽道理者，多落闇證窠臼，盲修瞎鍊，實是險塗，無上妙法，流弊至此，三痛也。第一可哀愍者，借佛法圖名利，無實為人之心。二者，但知己長，不知人長，但見人短，不見己短，株守一得，向無佛處稱尊，不能放下面皮，打破局量，從千萬人腳跟下穿過。三者，但為大以欺佛，不思三界無安，言淨土不必生，彌陀不必念。中郎判為唯心墮，圓實墮，確論也。時丁末運，非具大忍力，大願，大智，大巧便力，驩虞小補，何當至治。博山老師，雖見處未徹源底，實有苦功操履，不肖與互感得益，然不服其藥，大忍願智，便俟當請益也。

上闍梨古德師五夏以前，專精戒律。專精者，豈徒著衣持缽而已。律中第一要務，在常一其心，念無錯亂，謂依四念處行道也。四念處慧，佛法總關。無念處慧，著袈裟如木頭幡，禮拜如碓上下，六度萬行，皆同外道苦行，無與真修。若依念處行道，則持戒功德，現能獲四沙門果，乃至圓十地，剋獲無難。第二要務，在洞明二百五十戒，開遮持犯之致，否則二六時，既掛比丘名，當結無量罪，言之駭聞，思之喪膽。此二不明，與邪戒何異？末世流弊，非有力大人，不能挽回。吾師德盛名顯，僧俗同欽，吾知諸佛所付託矣。

> <note place="inline">上座である古德師</note>は、安居を五回迎えるまでは、戒律に専心して修学されました。ここで「専精」というのは、単に衣を着て鉢を持つだけのことではありません。律において第一に大切なことは、常に心を一つにし、念いが乱れないこと、つまり四念処に依って修行することです。四念処の智慧は、仏法全体の要です。四念処の智慧がなければ、袈裟をまとっても木の幡のようであり、礼拝しても杵が上下するようなもので、六度万行もすべて外道の苦行と同じで、真実の修行とはなりません。もし四念処に依って修行するならば、戒を保つ功徳は、現世で四沙門果を得ることができ、さらには十地を円満し、確実に悟りを得ることも難しくありません。第二に大切なことは、二百五十戒の開・遮・持・犯の道理を明らかに理解することです。そうでなければ、一日中、比丘という名を掲げながら、無量の罪を結ぶことになり、口に出すのも恐ろしく、考えるだけで肝を冷やすことでしょう。この二つが明らかでなければ、邪な戒と何が違うでしょうか？末法の世の弊害は、大いなる力を持つ人でなければ、正すことはできません。私の師は、徳が高く名が知れ、僧俗ともに尊敬しております。私は、諸仏が師に託されたことを知っております。

荅茂林律主經論二藏，說通五人。戒經如來自說，等覺猶非所堪，譬禮樂征伐，自天子出。迦葉白椎云：「是佛所制者不應卻，非佛所制者不應制。」千古不易之典也。承問，逐人受戒，大難方許三人，過四便不得戒。不惟《僧祇》，《根本》、《四分》等皆有文，且得戒不得戒，關係非小，敢憚繁邪？三衣止長三肘，闊五肘，過是步步結等流罪；若與佛衣等量，便結第三篇罪。今豎三橫六，致左臂疊作三重，又與迦絺那衣自不相干。功德衣五條十隔，受捨各有定時，豈可但持此衣，永當三衣？非時食戒，本無開聽，今稱七不過午，全無出處。律中八種十種開聽，謂展轉食，別眾食，及不作餘食法而食，皆上午，豈非時也。時懷非想，猶結吉羅。服吐下藥，止許煮麥，不令頭破，漉汁飲之，不聞權開也。又離衣宿，結罪有文。不持缽，結罪，五部不載。又皮革氈毳，他經充類至盡之言，非為破戒，可不稱為大端。而過午之中，受食，咽咽結第三篇，未便稱為小節。渡海浮囊，芥子不捨，況第三篇喻如手掌，可以為小邪？又《五百問》一書，與五百餘卷律藏全反，用《五百問》，必廢五百卷，遵五百卷，《五百問》不得不闕。若謂佛說無容致議，則《受生》、《血盆》、《高王》等，不亦稱佛說邪？律學之訛，已非一日，宣公亞聖，為懷素所嫌，義淨大賢，受《翻譯名義》彈駁，故知如來以降，等覺猶未稱一切智也。俗不合聞比丘軌式，一出《根本薩婆多部》，一出《戒因緣經．序》。根本部因緣，乃迦葉佛時，外道子欲破法，假就比丘學，比丘告以俗得聞經論，毗柰邪教俗不合聞。外子權出家學習，然後破之。若俗不合聞，謂半月誦戒，則三藏具在，自可展閱，何待出家而學之？若謂出薩婆多，不出僧祇，則《五百問》又豈出僧祇部也。

> <note place="inline">茂林律主への返答</note> 経蔵と論蔵は、五人までの者が解説を許される。戒経は如来みずからが説かれたものであり、等覚の菩薩でさえそれを行うことはできない。例えるならば、礼楽や征伐が天子から出るようなものである。迦葉が白椎して言った。「仏が制定されたものは廃してはならず、仏が制定されなかったものは作り出してはならない。」これは千古変わらぬ典拠である。 ご質問の件、一人ひとりに戒を授けること、大難の場合は三人まで許され、四人以上では戒を得ることができない。これは『僧祇律』だけでなく、『根本律』や『四分律』などにも文がある。しかも戒を得るか得ないかは重大な事柄であり、面倒を恐れることができようか。 三衣は長さ三肘、幅五肘を超えてはならず、超えると一歩ごとに等流罪を犯すことになる。仏の衣と同じ大きさであれば、第三篇の罪を犯す。現在、縦三横六にして左腕に三重に折り重ねているが、これは迦絺那衣とは全く無関係である。功德衣は五条十隔であり、受けるのも捨てるのも定められた時がある。どうしてこの衣だけを持って、常に三衣の代わりとすることができようか。 非時食の戒は、本来は開許されていない。今、「七つのものは午を過ぎても良い」と言うが、全く出典がない。律には八種・十種の開許があり、展転食、別衆食、余食法を作らずに食べることなど、すべて午前中のことである。これらが非時であろうか。非想の心があっても、なお吉羅の罪を結ぶ。下剤を服用する場合は、麦を煮て、頭が割れないようにして、漉した汁を飲むことだけが許され、開許されたとは聞いていない。 また、衣から離れて宿することについても、罪を結ぶ文がある。鉢を持たないことについても罪を結ぶが、五部には記載がない。また、皮革やフェルト・獣毛については、他の経典で類推して極限まで述べられた言葉であり、破戒とはならない。これを大端と言わないわけにはいかない。しかし、過午の間に食事を受けることは、一口ごとに第三篇の罪を結び、これを小節と言うことはできない。海を渡る浮き袋は、芥子粒ほどの穴も許さない。まして第三篇の罪は掌に例えられる。これを小さいと言えようか。 また『五百問』という書は、五百巻余りの律蔵とまったく相反する。『五百問』を用いれば、五百巻の律を廃することになる。五百巻の律に従えば、『五百問』は用いられない。もし仏説であれば議論できないと言うなら、『受生経』『血盆経』『高王経』なども仏説と称するではないか。 律学の誤りは、すでに久しい。宣公でさえ亜聖とされながら懐素に非難され、義浄という大賢も『翻訳名義』に弾駁された。それゆえ、如来より下では、等覚の菩薩もすべてを知る者とは言えないことがわかる。 在家者が比丘の規則を聞いてはならないということは、一つは『根本薩婆多部律』に、一つは『戒因縁経』の序に出ている。根本部の因縁によると、迦葉仏の時、外道の者が法を破ろうとして、比丘に学びたいと申し出た。比丘は「在家者は経論を聞くことはできるが、毘奈耶の教えを在家者が聞くことは許されない」と告げた。そこで外道の者は仮に出家して学び、その後破法したのである。もし「俗人には聞くべからず」を半月の誦戒のこととするなら、三蔵はすべて存在するのだから、自ら閲覧すればよく、出家して学ぶのを待つ必要があるだろうか。もし薩婆多部に由来し、僧祇部に由来しないと言うなら、『五百問』もまた、どうして僧祇部に由来するだろうか。

荅志隆不諱疾忌醫，誠末法優曇。既自知病，又知流俗之病，惟勇於自療，而即以療人，便是真實修行。否則知病不療病，源正在此耳。人必有超群拔俗手段，方有出離生死機括。人世愛見，稍或未忘，無上白法，如何希冀。紫柏大師云：「情之所有者理必無，理之所有者情必無。」古人云：「識得一尺，不如行得一寸。」夫閉戶看尊宿語以自警，難敵現境熟識。儻安守故轍，可坐進此道，豈五十三參之計拙，而三登九上亦唐勞邪？

荅博山無異師伯梵網戒本，是界外別圓二教。獨菩薩法，其界內藏通二教。出家菩薩，無別戒法，同秉比丘律儀。但發心自度，即名二乘；發心度人，斯名菩薩耳。然界內之機，不得捨本位而空希界外。界外大士，必須秉權法而遊於界中。故菩薩比丘，迥與菩薩士女不同。近世咸謂小乘所制，大乘悉開，比丘所執，菩薩悉融。皆屬流言，並非實義。

荅水林二書既值事緣，又生厭苦，不免添一重公案。不涉本頭，加以幽憤，又是第三重公案。欲捨此刻念彌陀，四重公案。既云直往無算，又欲拂散疑雲，五重公案。公案愈多，相去益遠矣。《識論》云「一切唯有識，有種種相轉，彼依識所變。」若識所變，不應自識逼苦自識。經云「阿彌陀佛，是法界身」，則事緣非彌陀身中事邪？即此彌陀，即此念彌陀，胡彌陀身中抱一捨一？捨決不可捨，抱決不可抱，向不可捨抱處會取，則皎日當空，疑霧消散矣。其一

全身放下，蕩蕩空空，似則固似，是則未是。離生喜樂，初禪之全身放下也。定生喜樂，二禪之全身放下也。捨念清淨，四禪之全身放下也。不恆行心心所滅，無想外道之全身放下也。恆行心心所滅，滅盡定聖人之全身放下也。視那伽大定，尚不啻螢火日光。足下希心，當在何境？儻亦幸而妄想亂思遮障，使不墮坑落塹，如果驀直去，恐諸佛亦救不得矣。此事非一言可盡，能虛心意，不妨有相商分。

寄了因年未壯，世態惡，不可輕為去就。往往好心行腳，高者，退道心卑，與俗俱化，非大智慧，大力量，罕能出類拔萃也。《圓覺經》云「一切眾生，身心皆是無明，欲求智慧，須親善友。」然求善友於末世，亦甚難言。有少多行門者，智眼昏昧；有少多學識者，行業荒蕪。於中棄短取長，須自眼正，否則無不憒憒耳。

與曹源三書所謂直下承當者，須置身千古聖賢之列，不屑為隨波逐浪之人。言行相顧，心跡相符，方終始不二，幽明無閒。憨翁云：「學道第一要骨氣剛，次識量大，次生死心切。夫剛則不為情欲所靡，大則不被目前所轉，切則不順習氣所趨。」即靈源禪師「易世俗所難，而緩時流之急。」此第一良藥，幸時服之，勿懼苦口，使積劫沉痾，終不療也。新師《識論》，獨有苦心，幸潛玩領其長處，能劖妄習，便是深妙。儻決定收功心，未若農夫望秋，雖析義如繭絲牛毛，秖麤淺耳。人不解此意，多墮數寶之誚，惟自勖。其一

不虞之譽，君子不喜。求全之毀，達人不辭。自反有愧，無怨於他人。自反無愆，更何嫌眾口？以此持心，不論時古時今也。其二

人不難有志，難有忍；事不難有察，難有容。故曰：有容德乃大，有忍乃有濟。

荅曹源二書懺悔殷勤，感佛光現，雖僅二寸，亦得戒前茅也。嗣嬰貴恙，是夙習交加，及向來口腹犯戒所致。然《法華》一部，悲懺二時，尚終不替，猛丈夫矣。其一

圓教從名字初心，便用佛知佛見修行。豪傑丈夫，具一切無明煩惱，偏向冰凌劍鋒上行，非冰凌劍鋒，不能鑄無明煩惱成菩提般若故也。天降大任，必先苦勞拂亂，令動心忍性。頑鐵不鍊不成鋼，美玉不治不精瑩，松柏不歷歲寒不挺秀，孤臣孽子不厲熏不達。豈有粥飯習氣，煖軟形態，可坐進此道者？夫小小境緣，便成事障，因平日無分毫契心恰意處耳。果達妙理，則現前極惡逆事，第一玄妙，為第一明師良友。若捨此等境界，何法可修、可悟可頓邪？兄平日學問，大率向語言文字上著眼，不向義理上體會，躬行處較勘。轉得此關捩子，方是大乘淨土因也。

寄壁如兄知參究無緣，便向有緣處入。歸元無二，方便多門，入手不同，到家則一，均佛祖法門，有何進退勝負，可愛憎取捨，必區區搏一丈夫名邪？兄雲棲法系，曾事幽谿。雲棲教律兼修，幽谿教觀並舉，斯並津梁，寧非直指，特人心不了，願不大耳。生西方者，貴大菩提心寶。心寶若在，帶惑亦可往生；心寶若迷，參禪早已兩橛。若翻轉此關捩，真實不欺，正好真實參悟。若翻不轉，為舊習所汩，必須就教律大開慧眼，鍊就鋼骨，方始相應，請急著眼。又末世禪人病膽大，老兄病膽小。膽大肆無忌憚，直向泥犁；膽小顧後瞻前，不得自在。善惡雖殊，不能打徹一也。欲徹體清涼，將定散淨穢情見全體放下，始得。

寄歸一兄鳥必學飛也，而後毛羽成。舟必學操也，而後江河濟。松柏必歷歲寒也，而後貞幹堅。行人必以佛祖自期也，而後成佛祖。若以狐疑鼠竄之因，希獅行象顧之果，恐不可得。發大菩提心，使悲智調停可也。

與瑩然豪傑立身，決以破我法二執為準的。我執不破，定不能作千古至人。法執不破，定不能弘如來正法。才魄橫一世者，須開千古眼界，成千古學識，方不負己靈，否則僅同春草之榮，終非松柏之幹。

寄不忘學人第一要務，在克除習氣。誠以圓頓法淨治夙習，猛風吹沙，實無艱險。儻習染不除，則談玄說妙，有名無義。天台荊谿之道，恐不如斯。苦口良藥，同病皆堪服之，勿使如來慧命夭喪也。

與攝三每見多人，於勝事種種障難，俗累病苦，親長眷屬，無量纏繞，阻斷良緣，空具信慕，莫遂雅懷。而得無障難者，反信慕浮淺，衣衫不整，觸手捉經，如措大對舉業相似。又復惟記名言，專喜貼句，依文解義，甘為三世佛冤，釣利沽名，永背一乘出要。不惟寶山空回，正恐袈裟難復，好因緣是惡因緣，此之謂也。如來說教，諸祖弘經，並開眾生眼目，作劫濁津梁。不向此中著眼，便是盲修瞎煉。今欲不犯末世惡習，不負往因現緣，一要信諸佛境界，吾人各具，本無差別，不生退怯。二要仰企諸佛，慚愧己靈，句句會歸自己，不可說食數寶。三要虛心樂善，稍有長者，皆師友之。四要悲愍一切，凡堪以此意相警者，不惜苦口。五要恕人厚己，凡不如法，生哀愍心，勿見其過。近時學者，見他放逸，不與隨流，則生憍慢，皆增長生死，可懼也。

與如是兄兄斷欲去愛，固有辣手，調身護物，尚乏方便。望內則放開懷抱以養神，外則體察世情而惜福。此一病，未必非二利之緣也。

寄陳旻昭二書八月，惺谷師西歸，九月，壁如師辭世。一月奪二碩交，皆法門梁棟也，痛哉。每思大事因緣，非定慧莊嚴，悲智雙運，誠難一生了當。惺師慧力有餘，定力不足，壁師定慧調適，悲願未深，俱未免遺下公案。目下同袍，鮮有生死心者，況菩提心。天人減少，三惡充滿，將何底極邪？大廈將傾，一木難支，惟人定可勝天。誓當易世俗所難，緩時流之急，棄名利，絕囂喧，持以深心，要以弘願，操以恆久不變之力，庶無忝於嬰杵。願居士斷泛涉之心，省不急之務，篤志近思，深造自得，以圖共報佛恩，無以寶劍切泥，隋珠彈雀，是鄙衷所惓惓耳。其一

一芥翳天，一塵覆地，字經三寫，烏焉成馬。佛法之蝕，由來漸矣，非外道天魔能破。壞周室者，齊桓、晉文也。治世嚴王霸之辨，操心分義利之關，視聽言動之復禮不真，克伐怨欲之不行何得？隱居求志，人定勝天，此實字字血淚。

與韓蓮洲韋提以逆子起淨業正因，慶喜以染緣為楞嚴弄引。惡因緣是好因緣，轉禍為福，在人著眼。儻隨遍計分別，雪上加霜，冤結有何了期？若達曠劫因果，則現在冤親，總非天降地出。以慈忍心，調停解釋，以夢幻觀，消遣情懷，未必非煉磨心性，透露真常之一助也。語云：跌法從他得。燈不剔不明，鐘不擊不鳴，他山之石，可以攻玉，汙泥生蓮華，神奇出臭腐。夫吾人本地風光，埋藏蘊宅，潛伏根門，無時不煞煞欲現，稍藉外緣一擊，便當迸裂騰輝，儻不肯向此際薦取，佛界便為魔界。如霜雪寒冰，松柏增妍，凡卉失色，咎在己，不在境也。又仁者，雖捨比丘沙彌律儀，而大士木叉，自宜固守。仗此菩提戒光，方可禦侮消難。其說似迂，其事實邇，幸精思力行之。

寄修雅法主雲棲大師云：「古人著述，多在晚年。」良以道曠無涯，逢人不盡。上代疏論家，殫一生精神，博綜內外學問，得一二帙垂世，尚不免後賢彈駁，況一時口耳草料，欲流布人閒邪。須見到養到，從居安資深流出，則輝天燭地，照古騰今，非分外耳。毗尼尤不容片言隻字有作，譬禮樂征伐，自天子出，稍或僭竊，厥罪不小。傳佛心印記註，附呈清覽。此翁學識俱富，解行兩優，堪為近日作家。虛心玩味，知未易及耳。

荅程季清法門不衰於無外護，衰於無內守。主持法門，先盤星立正，然後隨時隨力，興隆幻事，皆屬普賢行門。稍涉世閒名利心，佛法止成世法，深可悲也。

復圓閒如來最後以扶律談常為宗，苟廢事談理，理成烏有。智者、荊谿諸老，無不戒行冰霜，方堪垂範千古，豈可以毒器令貯醍醐。不肖始雖染指宗門，亦既遊心教苑，今不得不以持戒為第一急務。又見律學之訛，較禪教更多，爰為集要，以便訓蒙。捨舉世共趨之轍，遵時豪恥問之塗，知我苦心者，惟如來耳。仁者乘戒並急，當是如來所使，法運可回，喜不寐也。

寄萬韞玉貴地久乏聞熏，囿聞見。儻宋儒陳腐見識一毫未淨，未可深談佛法，況坐陳腐障中，欲商真正宗教，誠難誠難。寧以百千刃刀刺其耳根，終不忍聞佛是方便說誑語人，寧百千刃刀斷其舌，終不肯言佛肯方便說誑語法，寧百千刃刀割裂心胸，終不可作佛經同寓言解。此言儻一字不從真心中出，不但死墮拔舌，現世舌當爛壞。當知宣尼大聖，若比於佛，的如小星比滿月，爝火比燎原，川瀆比大海，中尊比朝廷。若不能信此語，是謗佛人，不可謂信佛也。

寄王簡在古之君子，為立六合內事，尚一家非之不顧，乃至天下非之不顧。況圖出世大法，塵劫遠猷，可近囿一時耳口，曲徇流俗人情邪？居士非無志願，直欠識力。欲開千古識力，決須視歸戒如泰山，視世故如鴻毛，庶作中流砥柱。不然，未可稱豪傑也。

寄潘戒如財色瞋慢，清濁稍殊，同為十習因，同感六交報。若別配因果，慢屬修羅，瞋屬地獄，尤可畏。躬自厚而薄責於人，有諸己而後求諸人，無諸己而後非諸人。雪浪大師云：「不可以聖賢律人，不可以率性自任。」此皆居士對症良藥，幸時時服之，作蓮邦左券。

與胡遠志為禪林求主人者，弘護之願。為一身商出處者，自知之明，竊以鮑老當場，不若舉賢相副。有季賢老師，雲棲嫡子，年德俱隆，慈願並廣，以禮敦迎，或當俞允。貧納與歸師，拈鬮洞庭，既許安居，律不容改，又己躬下事，靜動無妨，著書立言，必須靜境。納長於著述，短於應酬，儻從捨失措，則長短互乖。況律學之訛，已將千載，革非矯弊，與俗相違，僅可僻處深山，鳩真同志，作傳火計。即欲行之天下，以觸時諱，禍且不測。夫大乘弘誓，以寬成大，住持僧寶，以局表尊。既痛有名無實之弊，必守貴精不貴多之箴。設居勝剎，求戒必多，嚴擇則招怨之端，濫許則壞法之始，進退維谷，其何以堪。嗚呼！今天下稱圓稱頓稱大乘者，遍滿域中，獨聲聞一脈，不惟置諸高閣，亦且藐若草芥。抑思世尊拈花時，破顏微笑者，果誰人邪？靈源清禪師云：「易世俗所難，緩時流之急。」納銘心此語久矣。愁人莫向愁人說，說與愁人愁殺人。居士具金剛眼，探法海源，當亦為斯言肯首也。

寄金臺師咒壇火浴，緇素之口，其致非一。蓋清淨咒壇，不容女人得履，亦不宜緇素輒入，入者齋戒沐浴，方得合制。又咒心之說，起於長水，然疏中亦不敢確然自是。既經文無據，必宜遶壇行一百八遍為長。夫無上壇場，震旦僅有其二，天龍共持，諸佛共念。再造之後，幸錄此言。

與戒明汝今六時精進，欣慰，須知此世閒第一福，第一受用，天魔鬼神所忌刻也。必折意降情，帶三分不如意境以自煉，方為法器，方可挽回定業。勉之。

復靈隱兄生則隱居求志，死則下下品生，是弟之定局。兄道眼明白，志力勇銳，此生必辦。但粥飯習氣，軟煖麤浮戲論習氣，思前算後習氣，一一直下斬截，方可立造聖賢閫域，此尤不肖惓惓於知我者。渠師萬望於淨土一門，硬作主宰，如韓信背水陣相似，勿生一念恐不能生之心，至囑至囑。

復錢元沖均一法門，內外護其用各異。內護持邪正之辨，不得不嚴，外護膺金湯之任，不得不寬。一如良工之分玉石，一如投鼠之須忌器，總以弘護正法為懷，易地皆然耳。業障一事，不出因果，因果之理，統於十界。《楞嚴》以不生不滅為本，修因然後圓成果地修證，《法華》以一乘因果為宗，《觀經》明深信因果，不謗大乘，即上品中生。乃教家浪以因果資談柄，禪門謬謂因果非向上，事理俱迷，長夜莫曉，不惟昧佛旨，亦背儒宗。《易》稱積善餘慶，《書》稱作善百祥，豈皆為愚人說法哉？正誼不謀利，明道不計功之仁人，恰是修身俟命實學，斷不可謂立巖牆為知命也。今以勇猛善心，回往昔決定業障，如離弦之箭，通臂猿能接之。菩薩智猿，亦復如是，以方便臂，接定業箭，令不墮地，亦不著身，此即真實懺悔。不但世法中所求如願，且增長正信，開發菩提。因病得仙方，非但卻疾，兼可飛昇矣。

囑徹因比丘吾望公甚高，勿自卑；甚遠，勿自近；甚廣，勿自狹；甚大，勿自小；甚尊，勿自褻；甚重，勿自輕；甚穩，勿自浮；甚密，勿自疏；甚微，勿自陋；甚妙，勿自麤。聖賢自期謂之高，無數塵劫謂之遠，遍周剎海謂之廣，超權越小謂之大，不染名利謂之尊，不輕去就謂之重，始終一致謂之穩，精察力行謂之密，窮理盡性謂之微，開佛知見謂之妙。嗚呼！律門衰敗，大法並危，不具前之十德，鮮克砥其頹波，勉之哉。第一須依念處行道，隨文入觀，觸事會心，心觀為主，看教為助。第二須專求己過，勿責人非。第三須作出生死學問，莫作趨時學問。第四須和光同塵，幸勿矜異，欲看教典，且完《玄籤》，次《十不二門詳解》，次《律藏》五百卷，并《大乘律》五十卷，次《止觀輔行》，次《阿含經》等諸小乘經，然後及餘經論。或急於修證，唯律藏不可不閱，餘皆隨意。萬勿妄想出頭，惟真操實履，了當生死。不得為人改法名，剃度師與受戒教授傳法師，皆有父子之誼，改法名，是蔑剃度師也，傷理背情，無道之甚。古來知識，不聞有法派之說，柰何末世以此為親。吾聞先受戒者在前坐，後受戒者在後坐。不聞先取名者為師兄，後取名者為師弟。既以法派為重，必以戒法為輕。叔伯弟姪，儼然與俗無異，可羞可恥，所宜痛戒。不得曲媚權貴，須如達大師家風，若不能，寧死不出頭。不得多收徒眾，多畜沙彌，多受依止，教訓不周，必有壞法之咎。切忌餽送白衣等事，切忌無恥喪心，到人家念經拜懺，漸成應赴。即檀越到山門作福，須示以佛法尊重，莫如近時叢林套子。亡比丘物，依律分與現前僧，切不可學估唱陋習。其餘諸事，不能枚舉，總以律為指歸，則無過矣。不聽吾言，非吾弟也。

復胡善住自利利他，須知彼知己，知時知勢。納每自反，世謂我持律第一，實增慚懼。無論三聚十支，八萬微細，即二百五十，未行萬一，又無論遮罪，除飲酒過午二條，餘皆未淨，即性罪七支，能免故殺，不能防誤，能不錯因果，不敢三寶物私取，而不能磚錢不買瓦，如古人，執身不犯，不能夢寐清淨，不妄語兩舌，不能無惡口綺語。良由多劫乘急戒緩，習以性成，恥躬不逮，退居沙彌，更無弘戒之理也。宗乘中事，未出家已留心，苦參十載，頗辨真偽，不敢以教律為夾雜。教觀一塗，叨仗夙因，頗窺堂奧，不敢以真實而自疑畏。然此二者，皆背時宜，惟有山中苦行，代一切眾生，求消夙業去障而已，非敢固也。路資本不宜領，寒威將逼，贖典冬衣，亦見因果不甚分明，戒律疏緩之一端矣。

復卓左車入山非石隱計，痛念大法傾頹，綿力難救，姑俟人定勝天耳。承謬舉於葉宗伯，謂宗說俱通，解行雙到，實增慚愧。以今時俱通雙到見稱，固未免𧠤然，儻擬古之俱通雙到，能勿蹴然哉。數年被道友所牽，虛名盛而實行微，多方作入山計，今始半遂，正欲深之又深，能為居士頓改節邪？葉公處以原柬繳。

復陳旻昭二書大廈非一木所支，年來惟道友為命。而眾生習氣，各有偏重，不能如水乳合，興言及此，血淚橫流而已。居常謂壞法門者，皆撐法門人。齊桓晉文尊周，適所以壞周，方痛懲不暇，奚忍蹈其覆轍。嗟乎！出家初志，急剋聖果，十五六年，竟成虛度，慚天愧地，夫復何言。即此十五六年行腳，打破面皮，放捨身命，僅於佛菩提，了知歸家道路。而形枯氣索，前進為難，欲傳得一人，勿令最後佛種從我而斷，亦竟未遇其人。嗚呼！痛心，夢寐永泣而已。公所處頗艱，道念益固，深以為慰。每觀種種邪外，其智短，其說陋，猶簧鼓天下後世有述者，大底別有一段徹底精神持之耳，況將此持正法乎？但自反自勵，不必他求也。船子身葬水中，夾山大弘其道，荊谿以居士身，參學多載，後方出家，一世不登法座，書傳萬世，不可磨滅。宣聖木鐸，孟軻好辯，皆此類也。此意願與居士共之。未獲一第奚足憂，當勤心道業，誓續佛祖慧命為急務耳。其一

大法垂秋，亂臣賊子遍天下，邇雖稍衰，而正法受其剝蝕，元氣殊覺難復，未可欲速也。納以孤孽之身，獨抱嬰杵之任，雖感傷切髓，不得不附虞仲夷逸之科，遣茲餘喘居士，竭力弘護，即大學問，大精進，貴自著眼而已。聖力智巧，雖筈筈相拄，非巧力所及，終亦不離巧力。何如楖梅吳公，不敢浪通名字。

復智龍逃名萬死之後，已悔其遲。傳法一隙之天，倍見其拙。然生平受用，惟多虛不如少實一語，庶不致身謗三寶耳。退戒一事，亦以為今比丘則有餘，為古沙彌則不足，寧捨有餘企不足也。

寄徐雨海居士生長富貴，不知世閒些小苦事，況此大苦。然雄才大略，膽識高曠之人，負蓋世資，具千古學，懷聰明慢，眼空天下，世出世法，麤心浮氣，未入甚微細智法門，非此惡辣鉗錘，何由入聖賢閫域，佛祖堂奧？天降大任，必行拂亂，動心忍性四字，不妨十思百思，迺圜中第一法藥也。乾之上九，亢龍有悔，而不食之碩果，轉為不遠之復。復之象辭曰「至日閉關，商旅不行，后不省方」，即潛龍勿用之意。盈虛消息，通於至道，於通起塞，即塞成通，台觀所以貴善識也。日為居士持大悲咒七遍，脫難為期，萬自愛勉。

寄靈隱兄兄眼目志識，俱足千古，而不能千古者，欠剛骨也。挺出剛骨，以俯就幻緣，方可了辦大事。蒙許《華嚴大鈔》，意欲細閱一遍，求與台宗真出入處，悠悠門外之談，未足據也。聞於台宗教觀，已有信入，尤願潛心討徹源底。流光如駛，衰老日侵，自反痛心，乃敢饒舌。

復項淨性和偈落在口頭三昧，大似初生牛犢不畏虎。居士本正信篤實，亦弄此虛頭邪？古人錯下一語，墮五百世野狐身，柰何妄談般若，作拔舌犁耕種子，萬祈戒之，勿視作等閒。夫詩偈可作也，儱侗套語不可襲也。帝鄉可遊也，歸戒之心不可忘也。紅塵堆裏學山居，風塵何能染人，人染風塵耳。

寄徐雨海到泉州一軒，即索居士歷年手札觀之，知苦緣中進益如此。貧納向歎台宗，居士未深入，今果然否。柬中為如是師語，字字金錍，恰與納為渠所發之願同，但不知為居士所發願，有當尊意否？夫知人者明，自知者強，自知者明，自勝者強。居士能知人矣，真自知乎？設自知，能自勝乎？台宗玄妙無暇論，《大學》修身正心，《中庸》居易俟命，請三思之。五欲八風，三教聖人同訶，一塵之糞，徹體是穢，一毫砒霜，徹體是毒。勿以小善而不為，勿以小惡而不去，方不負再三稟受菩薩大戒也。台宗云：「以前四戒為所觀境，後六觀之，事理相即。世人蔑事而欲尚深理者，驗知此觀孤虛無本，既虧事境，觀亦何從？」此荊谿尊者語，幸加詳焉。

寄徹因大德真實比丘，寥寥無幾，不知何日五比丘如法同住，一展吾外護初心。興言至此，肝腸寸裂，所有不絕如線一脈，僅寄足下，萬萬珍重愛護，養德充學，以克荷之，勿為最後斷佛種人，使我抱憾千秋。至囑至囑。遠隔三千里，未審作何用心，苟不能念念與妙觀相應，則失聞熏琢磨之益多矣。

寄恆如語有之，胡越人之相仇也，當同舟共濟，風水險厄，其相救也，如左右手。每念分段生死，不啻惡風巨浪。而出家諸人，所以互相忌刻，智不如胡越同舟者，無他，不曾痛念生死故耳。今既知痛念生死，豈復以世閒名相為活計哉？

與非幻此事日親日近，日遠日疏，若無良友明師夾持，恐漸退其初心。今世如此，來世可知，靜言思之，能無懼乎？《佛頂》文句，須潛心玩閱，看不透，也須苦看。老鼠咬棺材，定有穿日。即此是話頭，是參禪工夫，是摩訶止觀。須信得及，守得定，方有真實受用。勉之。

復淨禪淨土法門，本該一切宗教，普收一切群機。故從上佛祖聖賢，著述亦最富博。欲摘其精要，利益群品，須備採眾長，證以心悟，方可流傳。若此門未遵堂奧，宜事力修，無急急以著述為事也。度人要務，以智慧方便為本？有智慧，則能究權實理，稱理而說，義無不周。有方便，則能莊嚴文章，文如於義，觀者咸悅。今周集理致僅七八分，文章僅五六分，似宜邃養，更加錘鍊，為妙意周。所熟玩者，但《彌陀疏鈔》，《龍舒淨土》等文，恐《妙宗鈔》一書，尚未窮研。乞勸細細尋繹，參以《十疑或問》、《淨土指歸》、《寶王三昧》、《西方合論》等書，畢竟更有大豁眼處。然後以慈悲心，觀此方此時機宜，採集一言半句，以利益之，功德更殊勝矣。

寄王東里此事雖直捷，亦甚委曲，雖簡夷，亦甚精細。吳公於簡夷直捷，已信得及矣。委曲精細處，須竿頭進步，此必居士陶鑄之力，方可升堂入室也。

寄雪航法主調護他人，正調護自己處，調伏得自己一分習氣，方調伏得他人一分習氣，視人猶己，捨己從人，血脈誠在此。朕躬有罪，無以萬方。萬方有罪，罪在朕躬。愛人不親，反其仁，治人不治，反其智，禮人不荅，反其敬，三歲兒童讀得，八十老翁行不得。無怪乎受菩薩戒者多，行菩薩道者尟也。

復鄧靖起參禪念佛，善用無非是藥，不善用無不添病。又或執藥是病，或借病為藥，事非一概，未可片言盡也。生死事大，佛道玄妙，縱一知半見，小小工夫，尚不濟事，況一味死在句下者乎？禪本無參，佛本無念二語，亦是醍醐，亦是毒藥。今之呼蒼天，呵佛祖者，正墮無參無念坑中；若真參真念，決不作此狂態矣。

寄程用九日為居士持大悲七遍，五六年未嘗一日缺也。命持準提，當助百萬，但願篤信咒力不可思議，杜絕夤緣妄想。設一念妄想未盡，是信咒不及，雖大悲、準提二大菩薩，亦末如之何矣。不肖十二三，便知有聖賢道脈，今知與佛法到家雖別，入門實同，若世法稍違聖賢軌轍，則出世決不成真實佛祖。方今賄賂公行，丈夫寧終身寥落，誓勿蹈其鄙跡，庶砥狂瀾於萬一。若未免逐流，以圖一得，枉尋直尺之誚，其誰與歸？大非所望於高明也。夢天神授籤，乃大梵天王，非韋馱也。現有神策九十九首，在《大灌頂神咒經》中，南北藏皆恭字函，急取流通，勿以易林，苟且塞責。

與行恕憶自十二三時，以千古道脈為任，便囂囂自得，天子不得臣，諸侯不得友，況今廁僧寶，豈世閒宰官書帖可招致哉。何病深山，已無人世閒想，即今幻緣所牽，流浪漳泉，並不曾謁一宰官居士。若苕中不必用此世套，可容方外散人，專用佛法教化群品，則遣一確人，持足下一柬來，即相赴；若不可為，毋強。

與緒竺三頌附覽，語言文字，標月之指，神而明之，存乎其人。際明生平傀儡，全露筆端，斷不在筆端上安身立命。看得仙人手中扇，鷂子過新羅久矣。

復王思鼓《老子》「為學日益，為道日損。」《易傳》云：「損德之修，益德之裕。」居士精力雖減，而信心慚愧有加，即苦海津梁，不求進而無所退，豈在學問修持閒邪？凡夫無不好勝好進，不知以退為進也。迦葉願居人後，不為物先，乃成千古鼻祖。病是吾輩良藥，消盡塵寰妄想，覷破此身虛幻，深明苦空無常無我觀門，皆賴有病境耳。願寬心耐意，安忍無厭，作隨緣消舊業想、轉重令輕受想、代眾生受苦想，正不以不如人為愧也。

與永覺禪師法運日訛，老成凋謝，獸蹄鳥跡，交於中國，乳臭小兒，競稱宗主，拈花微旨，埽地至此，不惟可悲，亦可恥矣。惟老師耆年碩德，堅握壽昌不肯二字心印，不必頻呻哮吼，狐犴已為喪氣。茲者泉南隙地，羶風雖已時來，毒氣幸未深入，老師正應久住此方，防護外邪，養育善種，但令二三志士，得接老師法脈，將來魔黨敗後，泉南佛國，一燈可遍布天下也。不肖幻緣所牽，未能執巾瓶，猶冀法駕蚤臨，庶獲一晤慈顏，兼欲委陳生平苦心，故敢冒昧，輒助勸請。

與周洗心不可說破，恐塞悟門，是參究一塗，別方便耳。宗門亦有不妨直直說破者，況教觀，況淨土邪？淨土的旨，全在《妙宗》一書，縱持名不修觀，可不達四土橫豎之致乎？《西方合論》，亦淨土有功之書。不肖圓通文句一則，收盡念佛三昧綱宗。但言簡義富，乃提綱挈領之學，非遍探一代時教，不足盡數千言中所包攝也。儻專辦己事，未暇利人，只晝夜彌陀十萬，且求往生。一切宗教眼目，不必作意求通，但得見彌陀，何愁不開悟，自是一論。若大悲為人，思垂言句，必令十分精瑩，庶可普利三根。不然，一法才立，一弊旋生。況末世禪教淨土，種種語錄，充楹積棟，安事更以雜而未純之作，與流俗鬥富哉？法號漫作一文，其中理路，頗為入道之要，當依義不依文可也。

## 靈峰蕅益大師宗論卷第五之一

## 靈峰蕅益大師宗論卷第五之二