ご支援淨心禪堂すべての経典
メインコンテンツにスキップ
  1. 平山堂図志 (平山堂圖志)
  2. 第一 (第一)
  3. 版本説明 (版本說明)
←と→
矢印キーでページをめくれます

平山堂図志 (平山堂圖志)

「平山堂圖志」について

清 · 趙之璧撰 著

6.6 万字 · 約 220 分

平山堂図志(へいざんどうずし)は、清代の趙之璧(ちょうしへき)によって編纂された、江蘇省揚州にある平山堂及び周辺の仏教景観を記録した専門誌である。本書は乾隆年間に成立し、平山堂の歴史的変遷、建築配置、文物古跡及び関連する詩文や逸話を詳細に記載している。内容は仏教寺院と文人雅集の伝統を融合させ、清代江南における仏教と文化の交わりを展開している。地方仏教史志の重要な文献として、清代の仏教建築、地域文化及び士人の仏教信仰を研究する上で貴重な史料を提供し、仏教地理誌の中でも独特の地位を占めている。


平山堂位於江蘇揚州蜀岡,蜀岡在府城西北四里,東北抵茱萸灣,隔江與金陵相對。有三峯突起,中峯有平山堂棲靈寺,唐代鑒真和尚壯年遊學回揚,曾居於此。寺創建於劉宋孝武時(四五三~四六四)孝武以大明紀年,故名「大明寺」;隋文帝仁壽元年(六〇一)立九層浮圖,稱「棲靈寺塔」,從此「大明寺」與「棲靈寺」並稱,實為一寺也。唐會昌三年(八四三)塔為火焚,從此多稱大明矣!宋慶曆八年(一〇四八)歐陽修守揚州時,為堂於大明寺坤隅,名「平山堂」。其後大明舊寺漸毀,至明天順、弘治、正德間,經智滄溟祖孫三代之興建,規模始備;清初又廣建殿宇,乾隆三十年(一七六五)賜名「法淨寺」。後人不以寺稱,而直呼為平山堂者,通稱也。記平山堂,舊有汪應庚攬勝志、程夢星小志;乾隆年間,趙之璧復撰為圖志十卷,以山水為經,而以平山堂左右祠寺及園亭各勝為緯,分五門:宸翰、圖、名勝、藝文、雜識。宸翰一門,收清世祖、聖祖、世宗三朝之御製詩。名勝全圖一門,共收四圖;蜀岡保障河全景、由城闉清梵至蜀岡三峰再由尺五樓至九峰園圖、迎恩河東岸圖、迎恩河西岸圖,第二圖極其詳密,所佔頁數達一百十四面,蔚為長卷。名勝一門,以名勝為綱,錄各書所載有關該名勝之記載,皆冠以書名,並附以案語,共記五十二處名勝,其中法淨寺、觀音寺、慧因寺、蓮性寺等,乃蜀岡之佛刹也,法淨寺為蜀岡之主刹;觀音寺乃宋之摘星寺;慧因寺舊名舍利律院,宋寶祐間建;蓮性寺舊名法海寺,元至正間僧為正建。藝文一門,收各體文字。雜識一門,則錄方言、詩話、軼事與異聞。茲據國立臺灣大學研究圖書館藏清乾隆三十年(一七六五)揚州官署原刊本景印。

平山堂は江蘇省揚州の蜀岡に位置し、蜀岡は府城の西北約四里にあり、東北は茱萸湾に至り、長江を隔てて金陵と向かい合っている。三つの峰が突き出ており、中峰には平山堂と棲霊寺があり、唐代の鑑真和尚が壮年の頃、留学から揚州に戻った後、ここに住んだことがある。寺は劉宋の孝武帝の時代(453~464年)に創建され、孝武帝が「大明」と改元したため、「大明寺」と名付けられた。隋の文帝の仁寿元年(601年)に九層の仏塔が建てられ、「棲霊寺塔」と呼ばれ、これ以降「大明寺」と「棲霊寺」が併称されるようになったが、実際は同じ寺である。唐の会昌三年(843年)に塔が火災で焼失し、以後は主に大明寺と呼ばれるようになった。宋の慶暦八年(1048年)、欧陽修が揚州の長官を務めていた時、大明寺の南西の隅に堂を建て、「平山堂」と名付けた。その後、大明寺の旧建物は次第に荒廃したが、明の天順・弘治・正徳年間に智滄溟とその子孫三代によって再建され、規模が整った。清の初期にはさらに殿宇が広げられ、乾隆三十年(1765年)に「法浄寺」の名を賜った。後世の人々は寺の名で呼ばず、直接「平山堂」と呼ぶことが一般的になった。平山堂についての記録としては、かつて汪応庚の『攬勝志』や程夢星の『小志』があった。乾隆年間に趙之璧がさらに『図志』十巻を編纂し、山水を縦軸とし、平山堂の左右にある祠寺や庭園などの名所を横軸として、五つの部門に分けた:宸翰・図・名勝・芸文・雑識。宸翰の部門には、清の世祖・聖祖・世宗の三代の皇帝による御製詩が収められている。名勝全図の部門には四つの図が収録されており、蜀岡保障河の全景、城門の清梵から蜀岡の三峰へ、さらに尺五楼から九峰園までの図、迎恩河の東岸図、迎恩河の西岸図である。第二の図は非常に詳細で、114ページにわたる長巻となっている。名勝の部門では、名所を項目とし、各書に記されたその名所に関する記録を掲載し、それぞれ書名を冠し、案語を付している。全部で52か所の名所が記録されており、その中には法浄寺・観音寺・慧因寺・蓮性寺など、蜀岡の仏教寺院が含まれている。法浄寺は蜀岡の主刹であり、観音寺は宋の摘星寺である。慧因寺はかつて舎利律院と呼ばれ、宋の宝祐年間に建立された。蓮性寺は旧名を法海寺といい、元の至正年間に僧・為正によって建てられた。芸文の部門には、様々な文体の文章が収められている。雑識の部門では、方言・詩話・逸話・奇談が記録されている。本書は国立台湾大学研究図書館所蔵の清乾隆三十年(1765年)揚州官署原刊本を影印したものである。


卷首

CBETA コード: GA0040

© AI 帮你读佛经 - 如是我闻

この文書は個人学習専用です。商業目的での使用は禁止されています。

訪問 rushiwowen.co

著作権:原文は CBETA
AI 翻訳は参考文献のみで、権威あるものではありません