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  1. 弘慈広済寺新志 (弘慈廣濟寺新志)
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弘慈広済寺新志 (弘慈廣濟寺新志)

「弘慈廣濟寺新志」について

清 · 釋湛祐撰 釋然叢輯 著

2.8 万字 · 約 92 分

弘慈広済寺新志は、清代の僧侶である釈湛祐によって編纂され、釈然が編集を手がけた、北京の弘慈広済寺の歴史と発展を記録した仏教寺院の記録書です。この志書は清代に成立し、寺院の創建から変遷、建築の配置、高僧の事績、宗教活動などを詳細に記述しており、清代の北京における仏教寺院の状況と僧団の制度を反映しています。内容は広済寺独自の歴史であるだけでなく、清代の仏教史、北京の地方史、寺院の経済と文化を研究する上で重要な文献となっています。仏教の分野において、この志書は「寺院志」という独特の形式に属し、漢伝仏教寺院の組織、継承、社会的役割を理解するための高い史料価値を持ち、仏教地理志および歴史志の重要な一部を構成しています。


弘慈廣濟寺位於北平內城之西、大市街北,東望西華門,西接阜城門,地敞而境幽,近市而塵隔,雖非山林,實山林也。寺始創於宋末,原名「西劉村寺」;元末兵燹之後,已廢為荊榛瓦礫之墟。至明憲宗時,潞州僧喜雲法師因土人掘得石佛,即於其地重建今寺,賜額「弘慈廣濟」;清康熙間,湛祐禪師建大悲壇,並創修新志,發凡起例,廣輯文獻,後經然叢法師編輯,釐為三卷,前繪寺圖一幅,下分繪十景:中庭放鶴、經台夜月、院樹秋陰(原書缺此景左頁,又缺梵閣春雲全景及海棠晚色景右頁)、花開方丈、大椿團蓋、別室馴猿、香裊深窗、仙棗垂瓔。廣濟壇前絢彩蒸霞、陸離璀璨、花木垂陰、雲烟繚繞、猿鶴聞經之佳趣,躍然圖上。次錄康熙「御製弘慈廣濟寺碑」,以次則分建置圖、碑銘頌、傳記序、賦贊跋、尊宿、塔院、下院、題咏等八門。建置門記本寺之建置沿革,本寺主要建築有山門、天王殿、東雲水堂、延壽堂、大雄寶殿、東伽藍殿、祖師殿、普門殿、大藏經閣(內貯大藏尊經六百七十七函)、戒壇、毘盧殿、大悲壇、地藏閣等。碑銘頌門所錄諸文,皆有關建置。傳記序門錄有喜雲慧大師、恒明羔律師、滿月清法師、玉光壽律師、萬中祿律師、德光祥律師、道光會律師、復初仍律師、天孚祐禪師之傳記;另有大悲壇記、旃檀佛記、廣濟戒壇記,則有關建置;又錄「金陵印藏序」乙篇。賦贊跋門僅收「廣濟寺賦」、「觀音三十二變相贊跋」二篇。尊宿門記本寺之僧侶。塔院、下院二門亦建置之屬。題咏門收歷代文士之詠詩。後附「廣濟舊志跋」。按是志所收,泰半為編者湛祐之所撰,靈光片羽,亦可珍寶。茲據國立臺灣大學圖書館所藏清康熙四十三年(一七〇四)大悲壇刊本景印。

弘慈広済寺は、北京旧城内の西側、大市街の北に位置する。東は西華門を望み、西は阜城門に接する。土地は広々として境は静かで、市の近くにあっても俗塵に隔てられており、山林ではないが、まさに山林のような趣がある。この寺は宋の末期に創建され、元の名は「西劉村寺」といった。元の末期に兵火に見舞われた後は、荒れ果てて荊や瓦礫の墟と化した。明の憲宗の時、潞州の僧・喜雲法師が、土地の人が石仏を掘り当てたのを機に、その地に現在の寺を再建した。勅額が下され「弘慈広済」と名付けられた。清の康熙年間、湛祐禅師が大悲壇を建立し、新たな寺誌を編纂することを志し、体例を定め、広く文献を収集した。その後、然叢法師が編集して全三巻とし、巻頭に寺の図一幅を掲げ、さらに十の景勝を描いた。すなわち、中庭放鶴、経台夜月、院樹秋陰(原書ではこの景の左頁を欠く。また、梵閣春雲の全景と、海棠晩色の景の右頁も欠く)、花開方丈、大椿団蓋、別室馴猿、香裊深窓、仙棗垂瓔である。広済壇の前には、色鮮やかな雲や霞のように美しい光景が広がり、花や木々が影を落とし、雲や霧が立ちこめ、猿や鶴が経を聴くという素晴らしい趣が、絵の中に躍動している。次に、康熙帝による「御製弘慈広済寺碑」が収められている。それに続いて、建置図、碑銘頌、伝記序、賦賛跋、尊宿、塔院、下院、題咏の八門に分かれている。建置門には、当寺の創建と変遷の記録がある。当寺の主要な建築としては、山門、天王殿、東雲水堂、延寿堂、大雄宝殿、東伽藍殿、祖師殿、普門殿、大蔵経閣(内部には大蔵尊経六百七十七函が納められている)、戒壇、毘盧殿、大悲壇、地蔵閣などがある。碑銘頌門に収められた諸文は、いずれも寺の創建に関わるものである。伝記序門には、喜雲慧大師、恒明羔律師、満月清法師、玉光寿律師、万中禄律師、徳光祥律師、道光会律師、復初仍律師、天孚祐禅師の伝記が収められている。また、「大悲壇記」「旃檀仏記」「広済戒壇記」があり、これらは寺の創建に関わるものである。さらに、「金陵印蔵序」一篇も収録されている。賦賛跋門には、「広済寺賦」と「観音三十二変相賛跋」の二篇のみが収められている。尊宿門には、当寺の僧侶たちの記録がある。塔院門と下院門も、寺の施設に関するものである。題咏門には、歴代の文人たちが詠んだ詩が収められている。巻末には「広済旧志跋」が付されている。この寺誌に収められたものの大半は、編纂者の湛祐が自ら撰したものであり、わずかな部分ではあるが、貴重な資料である。ここに、国立台湾大学図書館が所蔵する、清の康熙四十三年(一七〇四年)刊行の大悲壇刊本を、影印して提供する。


卷首

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