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  1. 大乗離文字普光明蔵経 (大乘離文字普光明藏經)
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大乗離文字普光明蔵経 (大乘離文字普光明藏經)

「大乘離文字普光明藏經」について

唐 · 底本の訳者:地婆訶羅

1,987 字 · 約 7 分

大乗離文字普光明蔵経は唐代の高僧・地婆訶羅によって漢訳された重要な仏教経典であり、大乗仏教体系に属する。本経は文字の相を離れ、心性を直指する修行理念を強調し、普光明蔵の深奥な義理を闡明して、一切衆生が本来清浄な仏性を具えていることを示す。経文の内容は般若智慧を中心に展開し、分別なく、執着なき覚悟の境地を提唱しており、後世の禅宗思想に深遠な影響を与えた。大乗経典として、漢伝仏教において重要な地位を占め、修行者に言語の障礙を破り、実相を直証する理論的根拠を提供する。地婆訶羅の訳本は言語が精錬で、義理が透徹しており、唐代仏教思想と翻訳史を研究する上での重要文献である。

他言語版: 中国語 · 英語


大乘離文字普光明藏經

大乗離文字普光明蔵経

大唐天竺三藏地婆訶羅譯

大唐天竺三藏地婆訶羅訳

如是我聞:

このように私は聞きました。

一時佛在王舍城耆闍崛山中,與大菩薩無量百千億那由他數——皆是大智精進善巧,證無言法獲妙辯才,是處非處不相違反,善調身心具諸解脫,常遊三昧不捨大悲,慚愧為身智慧為首,多所饒益如大寶洲,了知諸法善不善相,不著文字而有言說,於真俗門洞達無礙,深明實際不住其中,善能分別而無所受,雖厭生死常護世間,周遍十方有大名稱,於真妙藏寂然宴息,雖現受身永出三界,而行諸有勉濟眾生,平等教誨志常賢善,平等憐愍心無染著,能令自他莫不清淨,成就如是無量功德——其名曰:勝思惟菩薩、法震音菩薩、妙身菩薩、法輞菩薩、辯積菩薩、持地菩薩、持世菩薩、大名稱菩薩、具諸辯菩薩、千容相菩薩、功德山菩薩、蓮華眼菩薩、蓮華面菩薩、珠髻菩薩、妙音菩薩。如是等菩薩摩訶薩,皆如童子色相端嚴,於此眾中而為上首。

ある時、仏は王舎城の霊鷲山におられました。そこには数えきれないほどの大菩薩たちが集まっていました。彼らは皆、深い智慧に満ち、精進に励み、巧みな手段を知り、言葉を超えた真理を悟り、優れた弁才を備えていました。道理にかなったこととそうでないことを見分け、矛盾なく理解し、心身を調え、あらゆる解脱を得ていました。常に深い禅定に遊びながらも、大いなる慈悲を捨てず、慎み深さを身とし、智慧を先頭に立てていました。多くの人々を利益する様は、宝の島のようでした。すべての事柄の善し悪しの相を見極め、文字に執着することなく、しかも言葉で説き示しました。真理と世俗の二つの領域を透徹して見通し、妨げるものはありませんでした。究極の実相を深く理解しながらも、そこに留まらず、巧みに分別しつつも、何ものにも執着しませんでした。生死の世界を厭いながらも、常にこの世を守り、十方世界に広くその名を知られていました。真実の妙なる宝庫の中で静かに安らぎ、肉体を持つ姿を現しながらも、永遠に三界を超え出て、様々な存在の世界を行きながら、衆生を救済するために努めていました。平等に教え導き、その志は常に清らかで善く、平等に憐れみ、心に汚れや執着はありませんでした。自らも他者も、清浄ならしめない者はなく、このような計り知れない功徳を成就していました。

その名は、勝思惟菩薩、法震音菩薩、妙身菩薩、法輞菩薩、辯積菩薩、持地菩薩、持世菩薩、大名稱菩薩、具諸辯菩薩、千容相菩薩、功德山菩薩、蓮華眼菩薩、蓮華面菩薩、珠髻菩薩、妙音菩薩といった方々です。

このような菩薩摩訶薩たちは、皆、童子のように清らかで端正な姿をしており、この大衆の中でも特に優れた指導者としておられました。

爾時觀自在菩薩與恒河沙等紹尊位者諸菩薩俱;殊勝見菩薩與無央數天帝釋俱;虛空藏菩薩與無量菩薩及無量四天王眾俱;大勢至菩薩與無量億梵天眾俱;遍吉祥菩薩與無量婇女俱;普賢菩薩、不空見菩薩、星宿王菩薩、離疑菩薩、息諸蓋菩薩、藥王菩薩、藥上菩薩,各與無量菩薩眾俱;其中亦有無量諸佛自變其身作菩薩像;尊者舍利弗、摩訶目乾連、摩訶迦葉,如是等大阿羅漢,各與無量聲聞眾俱;那羅延等無量天眾,乃至恒沙國土日月諸天,威光照耀悉來佛所。至佛所已,彼天威光不能復現,猶如聚墨對閻浮金。婆樓那龍王、德叉迦龍王、阿那婆達多龍王、美音乾闥婆王、無擾濁迦樓羅王,各與無量諸眷屬俱,來入此會。十方世界如恒河沙所有菩薩,咸於本土啟請如來,與諸四眾同時到此,各持種種出過世間殊好供養,奉上於佛、諸菩薩已,即於會中坐蓮華座。

その時、観自在菩薩は、ガンジス川の砂の数ほどにも及ぶ尊い位を継ぐ菩薩たちと共に集われた。 殊勝見菩薩は数え切れないほどの天帝釈と共に、 虚空蔵菩薩は無量の菩薩たちと無量の四天王衆と共に、 大勢至菩薩は無量億の梵天衆と共に、 遍吉祥菩薩は無量の天女たちと共に、 普賢菩薩、不空見菩薩、星宿王菩薩、離疑菩薩、息諸蓋菩薩、薬王菩薩、薬上菩薩は、 それぞれ無量の菩薩衆と共に集われた。 その中には、無量の諸仏が自らその身を変えて菩薩の姿となられた方々もおられた。 尊者舎利弗、摩訶目乾連、摩訶迦葉といった大阿羅漢たちは、 それぞれ無量の声聞衆と共に集われた。 那羅延などの無量の天衆、さらにはガンジス川の砂の数ほどにも及ぶ国土の日月の諸天までもが、 威光を放ち輝きながら、ことごとく仏のおられる場所に来られた。 仏のもとに到着すると、それらの天の威光はもはや輝きを現すことができなかった。 まるで墨を集めたものが閻浮金(黄金)と向き合うかのようであった。 婆楼那龍王、徳叉迦龍王、阿那婆達多龍王、美音乾闥婆王、無擾濁迦楼羅王は、 それぞれ無量の眷属たちと共に、この法会に入って来られた。 十方世界の、ガンジス川の砂の数ほどにも及ぶすべての菩薩たちは、 それぞれの本土において如来にお願いを申し上げ、 諸々の四衆(比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷)と共に同時にここに到着された。 それぞれが、世間を超えた様々な殊勝な供養物を持ち寄り、 仏と諸菩薩に奉った後、ただちに会中で蓮華の座にお座りになった。

爾時勝思惟菩薩摩訶薩從座而起,偏袒右肩右膝著地,合掌向佛而作是言:「世尊!我今欲請二字之義,惟願如來垂哀見許。」

その時、勝思惟菩薩摩訶薩が座より立ち上がり、右肩をあらわにし、右膝を地につけ、合掌して仏に向かい、このように申し上げました。

「世尊よ、私は今、二字の意味をお尋ねしたいと存じます。どうか如来様、お慈悲をもってお許しください。」

佛告勝思惟菩薩言:「善男子!欲有問者隨汝意問,如來不為一眾生故出現世間,為欲利益無量眾生而出現耳!」

仏は勝思惟菩薩に告げた: 「善男子よ、問いたいことがあれば自由に尋ねなさい。 如来はただ一人の衆生のためにこの世に現れたのではなく、 無数の衆生を利益するために現れたのだから。」

於是勝思惟菩薩即白佛言:「世尊!何者一法,是諸菩薩所應永離?何者一法,是諸菩薩應常護持?何者一法,是諸如來現所覺了?」

そこで勝思惟菩薩はただちに仏に申し上げました。「世尊よ、いかなる一つの法が、すべての菩薩が永遠に離れるべきものでしょうか。いかなる一つの法が、すべての菩薩が常に護り持つべきものでしょうか。いかなる一つの法が、すべての如来が今まさに悟られたものでしょうか。」

佛言:「善哉善哉!善男子!汝以如來威神之力,乃能問我如是深義。諦聽諦聽,善思念之!當為汝說。

仏は言われた。「善きかな、善きかな。善男子よ、そなたは如来の威神の力によって、このような深い意義を私に問うことができた。よく聞きなさい、よく聞きなさい。善く心に留めて考えなさい。そなたのために説いてあげよう。」

「善男子!有一種法菩薩應離,所謂欲貪。善男子!如是一法是諸菩薩所應永離。善男子!復有一法菩薩應離,所謂瞋怒,如是一法是諸菩薩所應永離。善男子!復有一法菩薩應離,所謂愚癡,如是一法是諸菩薩所應永離。善男子!復有一法菩薩應離,所謂我取。善男子!復有一法菩薩應離,所謂疑惑。善男子!復有一法菩薩應離,所謂憍慢。善男子!復有一法菩薩應離,所謂懈怠。善男子!復有一法菩薩應離,所謂惛眠。善男子!復有一法菩薩應離,所謂愛著。善男子!如是一法,是諸菩薩所應永離。

善男子よ。菩薩が離れるべき一つの法があります。それは欲と貪りです。善男子よ。この一つの法こそ、すべての菩薩が永遠に離れるべきものです。

善男子よ。さらに菩薩が離れるべき一つの法があります。それは怒りです。この一つの法こそ、すべての菩薩が永遠に離れるべきものです。

善男子よ。さらに菩薩が離れるべき一つの法があります。それは愚かさです。この一つの法こそ、すべての菩薩が永遠に離れるべきものです。

善男子よ。さらに菩薩が離れるべき一つの法があります。それは「我」への執着です。

善男子よ。さらに菩薩が離れるべき一つの法があります。それは疑いです。

善男子よ。さらに菩薩が離れるべき一つの法があります。それは驕り高ぶりです。

善男子よ。さらに菩薩が離れるべき一つの法があります。それは怠け心です。

善男子よ。さらに菩薩が離れるべき一つの法があります。それは心の曇りと眠気です。

善男子よ。さらに菩薩が離れるべき一つの法があります。それは愛着です。

善男子よ。これらの一つの法こそ、すべての菩薩が永遠に離れるべきものです。

「善男子!汝復問我:『何者一法,是諸菩薩應常護持?』善男子!謂諸菩薩非己所安不加於物。若諸菩薩守護此法,即是能持諸佛如來一切禁戒。何以故?自愛身命不應殺生;自重資財不應偷盜;自護妻室不應侵他。如是等行皆名一法。善男子!若有敬順如來語者,於此一法常當憶念。何以故?無有眾生愛樂於苦,凡有所作悉求安樂,乃至菩薩求阿耨多羅三藐三菩提亦為自他皆得樂故。善男子!以如是義我說此言,非己所安不加於物,如是一法是諸菩薩應常護持。

善男子よ、あなたがまた私に問うた『どの一つの法が、すべての菩薩が常に守り保つべきものか』と。善男子よ、それは菩薩が自分自身の安らぎでないものを他に及ぼさないことである。もし菩薩がこの法を守るならば、それはすなわち諸仏如来のすべての戒律を保つことができるのである。なぜなら、自らの生命を愛するならば殺生をすべきでなく、自らの財産を重んじるならば盗みをすべきでなく、自らの妻を守るならば他人の妻を侵すべきでないからである。このような行いすべてが一つの法と呼ばれるのである。善男子よ、もし如来の言葉を敬い従うならば、この一つの法を常に心に留めるべきである。なぜなら、苦しみを好む衆生はおらず、すべての行いは安楽を求めるものであり、菩薩が阿耨多羅三藐三菩提を求めるのも、自分と他者とが共に安楽を得るためであるからだ。善男子よ、このような理由から私はこの言葉を説くのである。自分自身の安らぎでないものを他に及ぼさない、この一つの法こそが、すべての菩薩が常に守り保つべきものである。

「善男子!如汝所問:『何者一法,是諸如來現所覺了?』善男子!無有少法是如來覺。何以故?如來覺者無所覺故。善男子!一切法無生是如來覺;一切法無滅是如來覺;一切法離二邊是如來覺;一切法不實是如來覺。善男子!諸業自性是如來覺;一切法從因緣生是如來覺;因緣之法猶如電光是如來覺;以因緣故而有諸業是如來覺。善男子!一切法性普光明藏是如來覺。善男子!何故法性名普光明藏?善男子!世出世智依之以生,如母懷子,故名為藏。若智生時反照其本,如是法性為般若波羅蜜之所攝藏,是故名為普光明藏。善男子!一切法如幻如焰是如來覺。善男子!諸法實性一味解脫是如來覺,一味解脫是即名為普光明藏。善男子!一相法是如來覺。云何一相?所謂諸法不來不去、非因非緣、不生不滅、無取無捨、不增不減。善男子!諸法自性本無所有不可為喻,非是文詞之所辯說。如是一法,是諸如來現所覺了。」

善男子よ、あなたがお尋ねになった通りです。『どのような一つの法が、すべての如来が現に覚知しておられるものなのですか?』と。

善男子よ、如来が覚知されるような、わずかな法も存在しません。なぜなら、如来の覚知とは、何ものをも覚知しないことだからです。

善男子よ、一切の法が生じないことが、如来の覚知です。 一切の法が滅しないことが、如来の覚知です。 一切の法が二辺(対立する概念)を離れていることが、如来の覚知です。 一切の法が実体ではないことが、如来の覚知です。

善男子よ、すべての業の自性そのものが、如来の覚知です。 一切の法が因縁から生じることが、如来の覚知です。 因縁によって生じる法は、稲妻の光のようであることが、如来の覚知です。 因縁があるゆえに、すべての業が存在することが、如来の覚知です。

善男子よ、一切の法の本性は「普光明蔵」であり、これが如来の覚知です。

善男子よ、なぜ法性は「普光明蔵」と呼ばれるのでしょうか。 善男子よ、世間の智も出世間の智も、これに依って生じるからです。母が子を宿すように、蔵(しまい込む所)であるからです。 もし智が生じる時、その根源を自ら照らし返すならば、このような法性は般若波羅蜜によって摂め蔵されるものであり、それゆえに「普光明蔵」と呼ばれるのです。

善男子よ、一切の法が幻のようであり、陽炎のようであることが、如来の覚知です。

善男子よ、諸法の実性は一味解脱であり、これが如来の覚知です。一味解脱とは、すなわち「普光明蔵」と呼ばれるものです。

善男子よ、一相の法が、如来の覚知です。 どのようなものが一相なのでしょうか。それは、諸法が来ることも去ることもなく、因でも縁でもなく、生じることも滅することもなく、取ることも捨てることもなく、増えることも減ることもない、ということです。

善男子よ、諸法の自性は、本来何ものも所有せず、譬えることもできず、言葉や文によって弁説できるものではありません。 このような一つの法こそが、すべての如来が現に覚知しておられるものなのです。

當佛說此莊嚴王離文字普光明藏法門之時,有十地菩薩所見微塵數眾生,悉發阿耨多羅三藐三菩提心;復有如是微塵數眾生,皆發聲聞、辟支佛心;復有如是微塵數眾生,在地獄者皆得離苦生人天中;無量菩薩得入初地,無量菩薩得百千三昧;無量眾生悉蒙利益,無空過者。

仏がこの荘厳王離文字普光明蔵の法門を説かれたとき、十地の菩薩の見る微塵の数ほどの衆生が、ことごとく阿耨多羅三藐三菩提心を発した。また、同じく微塵の数ほどの衆生が、ことごとく声聞・辟支仏の心を発した。また、同じく微塵の数ほどの衆生が、地獄にいる者は皆苦を離れて人間界や天上界に生まれ、無量の菩薩は初地に入り、無量の菩薩は百千の三昧を得た。無量の衆生はことごとく利益を受け、一人として空しく過ごす者はなかった。

爾時佛告羅睺羅言:「善男子!我此法要汝當受持。」

その時、仏は羅睺羅に告げられた:「善き男子よ、この私の法の要を、そなたは受け持ちなさい。」

說是語時,會中有九十億菩薩摩訶薩,承佛威神即皆避座,白佛言:「世尊!我等誓當受持如來所說法要,於此娑婆國土最後時中,見有其人流通為說。」

この言葉が語られた時、会座には九十億の菩薩摩訶薩がおり、仏の威神力に導かれて一同は座を立ち、仏に申し上げた。

「世尊よ、我らは誓って如来の説かれた法の要を奉持し、この娑婆国土の末法の時代において、この法を流通させ説く人々を見守り支えましょう。」

爾時四天王白佛言:「世尊!若有能持此經典者,我當擁護,令其志願皆得滿足。所以者何?能持此經是法器故。」

その時、四天王は仏に申し上げました。「世尊よ、もしこの経典をたもつ者がいれば、われらはその者を守護し、その願いをすべて満たしましょう。なぜなら、この経典をたもつ者は、仏法を受け入れる器となるからです。」

爾時世尊普觀眾會而作是言:「諸仁者!我此所說甚深方廣希有法門,非諸眾生有少善根而能聽受,能聽受者即為承事供養於我,亦為荷擔無上菩提。是人當得辯才無礙,決定生於清淨佛土;是人臨終定得親見阿彌陀佛、菩薩大眾而現在前。我今在此耆闍崛山,諸菩薩眾所共圍繞,彼臨終時亦如是見!當知是人即為已得無盡法藏;當知是人得宿命智;當知是人不墮惡道。

その時、世尊は広く会衆を見渡して、こう言われました。

「皆さんよ、私が今説いたこの深遠で広大な、稀有な法門は、わずかな善根しか持たない衆生には聞き受けられません。聞き受けられる者は、すでに私に仕え供養している者であり、無上の菩提を担う者です。

その人は弁才に妨げなく、必ず清らかな仏国土に生まれます。その人は臨終の時、必ず阿弥陀仏と菩薩の大衆が目の前に現れるのを見るでしょう。今、私が霊鷲山で多くの菩薩たちに囲まれているように、その臨終の時にも同じように見るのです。

知りなさい。その人はすでに尽きることのない法蔵を得たのです。知りなさい。その人は宿命智を得たのです。知りなさい。その人は悪道に堕ちることはないのです。」

「善男子!我今說此一切世間難信之法,設有眾生作五逆罪,聞是經已書持、讀誦、為人解說,所有業障咸得消除,終不受於惡趣之苦,斯人即為諸佛菩薩之所護念,在在所生諸根具足,蒙佛灌頂五眼清淨。善男子!取要言之,我見是人已成佛道。」

善きかな、男子よ。今、私はこの世に信じ難き法を説こう。たとえ五逆の罪を犯した衆生であっても、この経を聞き、書き写し、読み誦し、人に解き明かすならば、そのすべての業の障りはことごとく消え去り、ついに悪しき世界の苦しみを受けることはない。この人は、諸仏と菩薩の守護と念いを受け、生まれ変わるたびに諸々の感覚器官が満たされ、仏の灌頂を蒙り、五つの眼が清らかとなる。善きかな、男子よ。要を取って言えば、私はこの人がすでに仏道を成したのを見る。

佛說此經已,勝思惟等一切菩薩,及諸聲聞、天龍八部,皆大歡喜,信受奉行。

お釈迦さまがこのお経を説き終えられると、勝思惟菩薩をはじめとするすべての菩薩方、そして諸々の声聞、天龍八部の衆生たちも皆、大いに歓喜し、深く信じて受け入れ、その教えを実践いたしました。

大乘離文字普光明藏經

大乗離文字普光明蔵経


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