ご支援淨心禪堂すべての経典
メインコンテンツにスキップ
  1. 太虚大師全書.第十五編 時論 (太虛大師全書.第十五編 時論)
  2. 第1
  3. 向軍民長官呼籲和平
←と→
矢印キーでページをめくれます

太虚大師全書.第十五編 時論 (太虛大師全書.第十五編 時論)


向軍民長官呼籲和平

軍民の長官に平和を呼びかける

——十五年佛誕日自杭州發——

十五年の仏誕日に杭州を出発す

各省軍民長官鑒:人身數十年耳,及身權利,即偕亡滅,獨有靈心浩浩,雖覓之無方,索之無體,而前溯之無始也,後探之無終也。乘一身一身所造善惡之業流轉諸趣,不知其曾為幾度之天帝、人王、畜生、餓鬼,更不知其將為幾度之將相、神仙、獄囚、流丐也。吾儕憑一期人身所造善業,可食天帝、人王、將相、神仙百千萬身之福果;所造惡業,可招畜生、餓鬼、獄囚、流丐百千萬身之罪報。幸聞佛法而信解修證,則可盡登聖地,遠階佛位,永超隨業流轉之苦,常住稱心自在之樂,故曰人身難得,佛法難聞。若為爭數十年與身偕亡之權利,廣造殺生、盜財、邪婬、妄語惡業,無論舛道而馳,所貪者未必遂心,即使以夙善故暫得倖致,而坐此失卻由人身可獲之無限福果,竟受畜生、餓鬼、獄囚、流丐等生生世世靡窮惡報,苟非大愚不靈,亦寧甘為此?十數年華夏內爭,兵匪交虐,淫殺焚掠,村邑為墟,益以天災,死亡枕藉。幸存者,農輟于野,工輟于肆,老弱轉于溝壑,壯強流為兵匪,將見生計罄窮,稅源枯竭,國民軍政終同崩潰。乃猶復欺詐相尚,侵奪靡止,縱不為祖國族民親友子孫計卹,顧善惡業果年來之報應亦彰彰矣!而一念不可磨滅之真我,因此坐失生天成佛之良機,將久受地獄、餓鬼、畜生等無量惡果,能不悲從中來,愴然涕下乎!或謂軍政當局亦為國民,徒以主張歧異,致相摟伐,豈盡為爭私人權利哉!應之曰:其假愛國救民之語,行爭權奪利之實者,此無論也。即令問心靡他,而以不學無術之故,致全國靡爛,民不聊生,亦應慚愧悔過,止殺行慈,庶可回補于萬一,豈能藉為文飾,以之自恕!故真心為國民者,睹此民生國計之慘苦,其必惻然愍傷,惟息事寧人是務,以圖生養教育。若忍心害理,更事爭殺,則決非真為國民之士也。何則?比年內鬨,相殘者皆為手足,而背後又各有他族為牽率,不關夷夏之大防,殆無是非之可判為國民戰,于義何取?惟有辭讓修德,自求多福,可保身家,可安國民。或謂民國之立,不可無統一政府以行使其主權,否則內無以治,外無以交,故當局者南征北討,要惟為此耳。應之曰:國際相交,雖須有一代表國家之名位,但為民設國,重在使人民有以安生樂業。前以藉一部軍權政見,強求立一統一政府之故,連年苦戰,民極憔悴,而結果愈爭愈裂,置身其上者,無不敗亡相繼,莫堪自全;今之有力能爭此者,若以前車為鑑,則何若暫捐此圖,猶可固其疆圉,保其權實,休養生息,以紓民困。有能行仁施義,天下歸心,或推誠互見,猜虞胥泯,則統一聯合之治,自然成就。在今則各軍區各推一代表于北京,組一中華民國對外代表團,以為代表國家之名位可也。嗟乎!吾人有無限無盡之真生命,即從當念拳拳之止惡行善,可日臻上理,發達至于全能大覺,無求不獲,而旁流所呈,則身家之富貴壽考也,國民之繁榮優秀也,人世之和平安樂也,物界之熾昌華美也,皆所出之緒餘耳。一心眾心,體同德融,臨民者能心民心以增上其德,則光被四表,格于上下,亦何難之有耶?願諸公照察及之!

各省の軍民長官各位へ告ぐ。人の命は僅か数十年、その間に得た権利は死と共に消え去る。しかし、心の霊性は限りなく深く、その在り処を探しても見つけられず、その形を求めても捉え難い。その源は始まり無く、その果ては終わり無い。この一つの身体に宿り、その身体が作す善悪の業によって様々な境涯を巡り続ける。幾度天帝となり、人王となり、畜生となり、餓鬼となったか知れず、さらに幾度将軍・宰相・神仙・獄囚・流れ者となるかも知れない。

私たちはこの一期の人生で積む善業によって、天帝・人王・将軍・宰相・神仙として百千万回の福報を受けることができる。しかし悪業を積めば、畜生・餓鬼・獄囚・流れ者として百千万回の苦しみを受けることになる。幸いにも仏法を聞き、信仰し理解し、修行し悟りを開けば、皆聖なる境地に達し、遠く仏の位に至り、業に従い流転する苦しみを永遠に超え、心のままに自由でいられる楽を常住とすることができる。ゆえに「人身は得難く、仏法は聞き難し」と言うのだ。

もし数十年で消えゆく権利のために、殺生・盗み・邪淫・嘘の悪業を広く作すならば、たとえ道を誤って追い求めることがあっても、その貪るものが必ずしも心のままにならない。また、過去の善行によって一時的に偶然得ることができたとしても、そのために人身によって得られる無限の福報を失い、畜生・餓鬼・獄囚・流れ者として生生世世、限りない悪報を受けることになる。これが大いなる愚かさでなくて何であろうか。また誰が喜んでこのようなことをするだろうか。

十数年にわたる中国の内乱で、兵士と匪賊が互いに虐げ合い、淫らな行い、殺戮、略奪、放火が行われ、村々は廃墟となった。そこに天災が加わり、死者は重なり合って横たわる。生き残った者も、農民は田畑を離れ、職人は仕事場を失い、老弱は谷や溝に倒れ、強壮な者は兵士や匪賊と化した。やがて生活の道は尽き、税の源泉は枯渇し、国家と軍政は共に崩壊するであろう。それにもかかわらず、依然として互いに欺瞞を競い、略奪や侵奪は止むことがない。たとえ祖国や民族、親族友人のために顧みなくとも、善悪の業とその報は近年明らかに現れているではないか。消し去ることのできない真の自己が、このために天に生まれ仏となる良機を失い、長く地獄・餓鬼・畜生の無量の苦しみを受けることになる。悲しみが心の奥から湧き上がり、涙を禁じ得ないではないか。

ある人は言うかもしれない。「軍事や政治の責任者もまた国民である。ただ主張の違いにより戦い合うに至ったのであって、すべてが私的な権利を争うわけではない」と。これに答える。「愛国・救民の言葉を借りて権力争いを実践する者は言うまでもない。たとえ心に私心がなくとも、学問や技術が無いために国中を荒廃させ、民を生きるに困らせたならば、恥じて悔い改め、殺戮を止め慈悲を行うべきである。そうすれば万一にも報いることができるだろう。これを飾りに用い、自らを許してはならない。」ゆえに真に国民のために尽くす者は、この民の生活や国家財政の惨めさを見れば、必ずや心を痛め哀れみ、ただ事を静め人を安んじることに専念し、生計や教育を図るべきである。もし心を忍ばせ道理を害し、さらに争い殺し合うならば、決して真に国民のために尽くす者ではない。なぜか。近年の内乱において、互いに傷つけ合う者は皆兄弟であり、その背後にはまた他民族が関わっている。これは中華と異民族の大防に係るものではなく、ほとんど是 nonを判断することもできない。国民のために戦うとして、何の義があろうか。ただ譲り合い徳を修め、自ら多くの福を求めるべきである。そうすれば身と家を保ち、国民を安んじることができる。

ある人はまた言う。「民国の成立には、統一政府なくしてその主権を行使することはできない。そうでなければ内に治めるすべがなく、外に交わるすべもない。ゆえに責任者は南征北戦するのであり、ただこのためである」と。これに答える。「国際的な交流には、国家を代表する名位が必要であることは確かだ。しかし国は民のために設けられるものであり、人民が安んじて生業を営み楽しく暮らせることに重きを置くべきである。これまで一部の軍事力や政見に依拠し、統一政府を強要したために、連年の苦戦で民は疲弊し尽くした。その結果、争えば争うほど分裂は進み、その上に立つ者は皆、敗れ滅び相次ぎ、自らを全うすることができなかった。今、この争いをする力を持つ者が、前の車の轍を鑑みるならば、一時的にこの計画を捨て、なおその領土を固め、その権力を保ち、休養して力を蓄え、民の苦しみを和らげる方が良いのではないか。もし仁を行い義を施す者が現れ、天下の心が集まるならば、または真心を尽くし互いに理解し合い、疑いや欺瞞が消え去るならば、統一と連合の治めは自然に成就するだろう。今のところは、各軍区が一人ずつ代表を北京に送り、中華民国の対外代表団を組織し、国家を代表する名位とするのが適切であろう。

ああ!我々には無限無尽の真の生命がある。すなわち、現在のこの一念から、しっかりと悪を止め善を行うことで、日々より良い境地に達し、全能の大覚者へと発展し、求めて得られないものは無い。その余波として現れるのは、身や家の富貴や長寿、国民の繁栄と優秀さ、人世の平和と安らぎ、物質界の繁栄と美しさであり、これらはすべてその余りに過ぎない。一心と衆心はその本質において同じであり、徳は融け合う。民を治める者が、民の心を自らの心としてその徳を高めるならば、その光は四方に及び、天と地に至る。何の難しさがあろうか。皆様どうかこのことをよくご覧いただき、お考えいただきたい。

釋太虛等。自杭州叩
(見海刊七卷四期)

(『海潮音』第7巻4期に掲載)

(附註)原題「丙寅年佛誕紀念之佛教同人通電」,東方文化作「通電各省軍民長官文」,今改題。

論華日當聯布佛教於歐美

CBETA コード: TX0015

© AI 帮你读佛经 - 如是我闻

この文書は個人学習専用です。商業目的での使用は禁止されています。

訪問 rushiwowen.co

著作権:原文は CBETA
AI 翻訳は参考文献のみで、権威あるものではありません

『太虚大師全書』は無料オンライン閲覧のために許諾を得ています。