その時、慈氏菩薩摩訶薩は、頭を地につけて仏の両足を礼拝し、仏に申し上げました。
「大聖なる世尊よ、すでに菩薩の五種の発心について説かれ、大乗を修行して不退転の位を得る道をお示しくださいました。しかし、大悲の心はどのようにして起こすべきでしょうか。また、どのように修行すべきでしょうか。どうか如来様、有情を哀れみ、広くお説きください。すべての衆生に利益と安楽をもたらすためです。」
その時、世尊は慈氏菩薩摩訶薩に告げられた。「善きかな、善きかな!善男子よ。よくこの意義を問うた。今、汝はよく聞き、よく思念せよ。我、汝のために分別して解き説き、汝の疑いの網を断つであろう。五種の心というのは、第一は大悲心である。この心を持ち、堅固に捨てず、あの悪趣・地獄の衆生を思い、またその苦しみを経典に説かれる通りに思え。汝は知るべきである。今、この経において重ねて汝のために説く。すべての有情を観よ。これらは皆、宿世の父母、宗族、親族、敬うべき境である。今、地獄にあって現に多くの苦しみを受けている。十三の火にからめとられて――二つの炎は足から入り、頂を徹して出で、また二つの炎は頂から入り、足を通して出で、また二つの炎は背から入り、胸から出で、また二つの炎は胸から入り、背から出で、また二つの炎は左脇から入り、右脇を穿って出で、また二つの炎は右脇から入り、左脇を穿って出で、また一つの炎は首からからみ下りて足に至る――しかるにこの地獄の諸衆生の身は、その形軟弱にして熟した酥の如く、あの多くの火が交絡して焚き熱する。その地獄の火は人間界の火を焼くこと、綿花を焼くが如く、再び余燼無し。あるいは衆生ありて、火に焼かれて東西に馳せ走り、救護を求め、なすべきことを知らず。また衆生ありて、逃げる形なく却って火に赴く。また衆生ありて、忽ち擲ち置かれて糞穢の深き坑にあり、坑中に虫ありて、その嘴鋭利にして、純に銅鉄なり、長さ十六指、衆生の皮・骨・髄・脳を啄み噉う。また衆生ありて、煻煨の中に処して焼き煮られ、あるいは衆生ありて、鹹水の中に在って漂い溺る。この時、獄卒は大なる鉄網をもって、中より漉し出すこと、魚を捕らえるが如く、彼の衆生を熱鉄の地の上に置き、偃臥して焼き炙る。次に鉄鉗をもってその舌を鑷み取り、また洋銅を以てその口に灌注し、悶絶して死に、良久にして乃ち蘇る。即ち奔馳せんと欲し、免れ離れんと意に求むるも、終に脱するを得ず。また鉄狗ありて尋いで即ちこれを逐い、鉄烏鉄嘴、飛び随いて啄み、骨肉分裂して噉い食らう。遥かに園林を見れば、即ち攀じ上らんと欲し、免脱を得んと望む。その林の樹上には皆、鉄刺を生じ、その一一の刺は長さ十六指、その刺は炎熱なり。衆生、上らんと欲すれば、刺の鋒は垂れ下り、胸から入り背を徹して出で、苦しみ無量にして脱する由無し。烏鷲飛来して両眼を啄み取り、またその脳を劈いて髄を取り食らう。ここより下らんと欲すれば、刺の鋒は上に向かい、眼・耳・鼻・舌・身の肉・手足及び十指節、悉く皆分散し、随って樹上に掛かり、免脱する由無し。獄卒は取り収めて鉄囊の中に盛り、熱鉄棒を以て反覆して搗き打つ。また衆生ありて、手足頭髻、五つの処に磔き裂かれ、鋸を以てこれを解く。また衆生ありて、鉄臼の中に内れ、その鉄杵を以て頭より搗く。また衆生ありて、鑊湯の中に在り、鉄杈に翻転されて煮られ糜爛し、唯だ骨のみ在りてその命は猶存す。また衆生ありて、地獄に処して、紫鉱を以て屋舎となし、縦火して焚き燎れば、その焰洞然として、紫鉱熔流し滴ること熱箭の如し。また地獄ありて四面鉄山、衆生その中に処し、二山相拶し、或いは時は南北、或いはまた東西、二山合する時、その中の衆生は膿血流出す。また地獄ありて鉄蛇ありて衆生の身に纏わり、足より首に至りてその頭を銜え、力を尽くして縛束すれば、髄血頂に集り、吸いて食らい、唯だ皮骨を残す。また地獄の諸衆生等ありて、獄卒に三股の鉄叉を以てその身を叉され、両足より入りて頂及び肩の三つの処を通り出で、その火は叉に随って猛焰ともに発し、眼・耳・鼻・口より火出づるもまた然り。また地獄ありて諸の衆生を以て、熱鉄の地に臥せしめ、或いは偃び仆し側る。次に黒鉄の繩、身に随って拼い、また斤斧を以て𣃁斫すること、工匠の師の諸の湿木を治むるが如し。また衆生ありて、諸の獄卒に足より頭に至りてその皮を㓟き取り、㓟き已って繩を作り、韁轡に用い充て、衆生に銜勒して高山の頂に上らしめ、その山は熱鉄なり。駆迫して登らしめ、鞭撻万般、苦しみ説くべからず。この等の衆生は無始より来たりて、皆我が父母、内外の宗族親族なり。今者、流転して地獄に在り、無量劫を経て、常に苦悩を受くること己が舎宅の如し。悪業尽きるが故に暫く人天に生まれ、ここに於いて罪を造りて還って地獄に堕つ。菩薩摩訶薩はこの衆生の諸の苦しみを受けることを観じて已って、大悲心を起こす。次に鬼趣を観じて、また悲心を起こす。諸の衆生が餓鬼中に処するを見る。一日一夜、人の一月の如く、日を以て月を計り、十二を以て年と為す。鬼趣の中に於いて寿五百歳、人間の一万五千歳に同じ。常に飢渇を受け、耳初めて漿水の名を聞かず、況んや眼に見んや。然るに彼の餓鬼の身は大山の如く、頭は穹廬の如く、咽は細く針の如く、その髪髲は下り垂れて両肩を覆い、猶お利刀の形体を割切するが如く、猛焰に変じてその身を焼き爛し、火の薪を燎うが如く、苦痛忍び難し。その両腋の毛は下りて腰腹を覆い、次に隠処の毛は下り垂れて膝踝に至り、刀割火焼もまた是の如し。無量歳を経てこの如き苦しみを受く。或いは遥かに水を見て奔赴してこれを求め、その傍に到るに及びて面仆して倒る。悪業力に以ってその水は膿血糞穢に変じ、或いは熱砂と為る。その水の両岸にはまた獄卒あり、弓箭・刀棒・鉞斧・槍矟を執持して斫刺し、種種に捶楚す。飢火に焼かれ、熱渇に迷乱し、尋いで返り馳せ走るも猛火焚熱して知る所無し。獄卒は随い逐って撾打斫截し、手足支節悉く皆損折す。また餓鬼ありて、朝に五子を産み、産むに随ってこれを食らい、夜に五子を生み、生むに随って即ち食らう。飢餓を懐いて未だ暫くも飽くこと無し。或いは天雨に遇い、口を仰いでこれを承くるも、業力の故に一滴口に入り、腹中に流れ入って猛火に変じ、直ちに過ぎて出づ。或いは夏月に遇い、熱風起こる時、諸の餓鬼を吹きて砂磧の中に堕し、下は熱砂に焼かれ、上は日に炙られ、飢渇熱逼せられて樹林を見れば、蔭涼を取らんと欲し、奔走して彼に至るも、蔭は餓鬼を避けて随いて至る皆移る。何を以っての故か。昔、人間に於いて或いは施会を設け、乞う人あるを見て慳惜して与えず、非理に打罵してこれを駆遣せし。この業縁を以って今この報いを受く。また餓鬼ありて、夜月の時、雲翳無く浄らかにして流光照触すれば、毒熱身を爍くこと盛夏の時に日に炙られるに異ならず。また餓鬼ありて、盛冬の時に大風起こり、業力の故に諸の餓鬼を吹くこと飛塵の如く、氷山の中に置きて諸の寒苦を受く。ここより苦しみを受けて無量の時を経て、この命終わりて還って地獄に堕つ。かくの如く往来して無量歳を経て、悪業尽きて已って希に人身を得て、貧賤の家に生まれ、慳悋にして施さず、乞うことを以って自ら活き、転じて貪惜を増す。貧窮の故に十不善・種種の諸罪を造り、この命終わりて復た地獄に堕ちて種種の苦しみを受く。その苦しみ畢わりて已って餓鬼中に生まる。かくの如く往返して無数の劫を経て、この如き苦しみを受く。この等の衆生もまた過去の無量無辺の生死劫の中に於いて、恒に父母・六親眷属と為り、常に我が為に故に不善業を造り、今、餓鬼に在ってこの苦報を受く。菩薩摩訶薩はこの苦しみを観じて已って、大悲心を起こす。