佛說十地經卷第六
仏説十地経 巻第六
大唐于闐三藏沙門尸羅達摩於北庭龍興寺譯
大唐の于闐の三蔵・沙門・尸羅達磨が北庭の龍興寺において訳したものです。
菩薩不動地第八
第八章 不動地
是時天王及天眾, 聞此勝行皆歡喜;
為欲供養於如來, 及以無量大菩薩。
雨妙幡花及幢蓋, 香鬘、瓔珞與寶衣;
無量無邊千萬種, 悉以摩尼作嚴飾。
天女同時奏天樂, 普發種種妙音聲;
供養於佛并菩薩, 共作是言而讚歎:
「一切見者兩足尊, 哀愍有情現神力;
令此種種諸天樂, 普發妙音咸得聞。
於一毛端百千億, 那庾多國微塵數;
如是無量諸如來, 於中安坐說妙法。
一毛孔內無量剎, 各有四洲及大海;
須彌、鐵圍亦復然, 悉見在中無迫隘。
一毛端處有六趣, 三種惡道及人、天、
諸龍、神眾、阿素洛, 各隨自業受果報。
於彼一切剎土中, 悉有如來演妙法,
隨順一切有情心, 為轉最上淨法輪。
剎中種種有情身, 身中復有種種剎,
人天諸趣各各異, 佛悉知已為說法。
大剎隨欲變為小, 小剎隨欲變為大;
如是神通無有量, 世間共說不能盡。」
普發此等妙音聲, 稱讚如來功德已;
眾會歡喜默然住, 一心瞻仰欲聽法。
時解脫月復請言: 「今此眾會皆寂靜,
願說隨次之所入, 第八地中之行相。」
その時、天の王と天の人々は、 これらの優れた行いを聞いて皆、喜びました。 如来と無数の大菩薩を供養しようと、 素晴らしい幡(はた)や傘蓋、花、香りの鬘(かずら)、 瓔珞(ようらく)や宝の衣を雨のごとく降らせました。 数え切れないほどの千万種の供物は、 すべて宝珠で飾られていました。 天女たちは同時に天の音楽を奏で、 様々な見事な音声を響かせ、 仏と菩薩を供養し、こう言って讃えました。
「全てを見通される尊き方よ、 生きとし生けるものを哀れみ、神力(神の力)を現し、 これらの様々な天の音楽に素晴らしい音を響かせ、 皆がそれを聞けるようにしてくださった。 一本の毛の先に、百千億もの那由多(なゆた)の国の 微塵(みじん)の数の如来たちが、そこに安坐して 素晴らしい法を説いている。 一つの毛穴の中には無数の世界があり、 それぞれに四大洲(四大陸)と大海があり、 須弥山(しゅみせん)や鉄囲山(てっちせん)もそこに見えるが、 決して窮屈ではない。 一本の毛の先には六つの迷いの世界(六趣)があり、 三つの悪道、人間、天、龍、神々、阿修羅(あしゅら)が、 それぞれ自らの業(行い)に従って報いを受けている。 それら全ての世界の中で、如来が妙法を説き、 全ての生きとし生けるものの心に従って、 最も清らかな法の輪(教え)を回している。 世界の中には様々な生きとし生けるものの身があり、 その身の中にもまた様々な世界がある。 人間、天など、様々な世界はそれぞれ異なるが、 仏はそれらを全て知って、教えを説いている。 大きな世界は望みに応じて小さくなり、 小さな世界は望みに応じて大きくなる。 このような神通力は計り知れず、 世間の人々が語り尽くすことはできない。」
このような素晴らしい音声を発して、 如来の功徳を称賛した後、 集まった人々は喜びながら静かに座り、 一心に仰ぎ見て法を聞こうと待ち構えました。 その時、解脱月(げだつげつ)菩薩が再び請いました。 「今、この会衆は皆、静まり返っています。 どうか、順を追って入るべき所、 すなわち第八地における修行の様子をお説き下さい。」 (行相=修行の様子・境地のありさま)
爾時,金剛藏菩薩告眾菩薩言:「唯諸佛子!若是菩薩,於七地中善修決擇,以慧方便善淨諸道,善集資糧,善結大願,善蒙安住,如來加持,得自善根力所持性,隨順如來力、無所畏、不共佛法作意而行;善淨增上意樂思察,由福智力之所涌起;以大慈悲於諸有情,不捨加行隨於無量智道而行;入一切法本來無生、無起、無相、無成、無壞、無斷盡、無流轉、無止息性為性;初、中、後位皆悉平等,以真如中無分別故入一切智。即此菩薩,遠離一切心、意及識分別妄想無所執著,與虛空等顯然入性,名為已得無生法忍。佛子!菩薩成就如是無生法忍,纔證菩薩不動地故,得甚深住難可了知,同無差別離一切相,止息一切想之執著無量無邊,以諸聲聞及以獨覺不可映奪寂靜現前。佛子!譬如苾芻,具足神通得心自在,漸入第九想受滅定,一切動亂憶想分別悉皆止息。佛子!菩薩纔得不動地已亦復如是,離諸功用任運至得無功用性,遠離一切身、語、意務安住異熟。佛子!譬如有人夢見自身墮在大河,為欲渡故發大勇猛起大翹勤,以大勇猛起翹勤故,即便寐寤;既寤寐已,所作一切勇猛遽務皆悉休息。佛子!菩薩亦復如是,見有情聚墮在煩惱四大瀑流,為欲救度故,發大勇猛起大翹勤,由以發起大精進故,纔至菩薩不動地已,一切功用靡不皆息;即此菩薩所有一切二取現行,或相現行不復影現。佛子!譬如天仙生在梵世,欲界煩惱終不現行。佛子!菩薩住此不動地時亦復如是,一切心、意及識現行不復現起。又此乃至諸佛現行,菩提現行,菩薩現行,涅槃現行尚不現起,況復發起世間現行?
爾時、金剛蔵菩薩は諸々の菩薩に告げて言った。「尊き仏子たちよ、もし菩薩が第七地において善く選択を修め、智慧の方便によって諸々の道を清め、善く功徳を積み、善く大願を結び、善く如来の加持に安住し、自己の善根の力を持つ性質を得て、如来の力・無所畏・不共仏法に従って作意して行じ、善く清らかな増上意楽を観察し、福と智の力によって涌き起こり、大慈悲をもって諸々の有情を捨てず、無量の智の道に従って行じ、一切の法が本来無生・無起・無相・無成・無壊・無断尽・無流転・無止息の性質であることに入り、初・中・後の位がすべて平等であり、真如において無分別であるゆえに一切智に入るならば、この菩薩は一切の心・意・識の分別妄想を遠く離れ、執着するところなく、虚空と等しく明らかにその性に入る。これを無生法忍を得たと名づける。
仏子よ! 菩薩がこのような無生法忍を成就するや、まさに菩薩の不動地を証するゆえに、甚深の安住を得て了知し難く、無差別と同く、一切の相を離れ、一切の想いの執着を止息して無量無辺となり、声聞や独覚をもってしても奪うことのできない寂静が現前する。
仏子よ! 例えば比丘が神通を具えて心自在を得、漸く第九の想受滅定に入り、一切の動乱や憶想分別がことごとく止息するようなものである。
仏子よ! 菩薩がまさに不動地を得たならば、またそれと同じで、諸々の作用を離れ、自然に無功用的性質に至り、一切の身・語・意の務めを遠く離れて異熟に安住する。
仏子よ! 例えば人が夢の中で自ら大河に堕ちているのを見て、渡ろうと欲して大勇猛を発し大いなる勤めを起こし、その大勇猛と勤めによって目覚め、目覚めた後は、なした一切の勇猛や慌ただしい務めが皆、休息するようなものである。
仏子よ! 菩薩もまた同じで、有情の集まりが煩悩という四大の激流に堕ちているのを見て、救い度そうと欲するゆえに、大勇猛を発し大いなる勤めを起こし、その大精進を発起することで、まさに菩薩の不動地に至った時、一切の作用が皆、息む。この菩薩の、すべての二取の現行や相の現行は、再び影のように現れることはない。
仏子よ! 例えば天仙が梵世に生まれたならば、欲界の煩悩はついに現行しないようなものである。
仏子よ! 菩薩がこの不動地に住する時もまた同じで、一切の心・意・識の現行は再び起こらない。さらに、これらの諸仏の現行、菩提の現行、菩薩の現行、涅槃の現行すら現れ起こらない。ましてや世間の現行を発起することなど、なおさらないのである。」
「復次,佛子!菩薩如是行此第八不動地時,安住本願力所持已,即於如是法門駛流,蒙諸如來覺悟勸導;是時諸佛授與、引發如來妙智,作如是言:『善哉,善哉!善男子!此即隨順一切佛法勝義之忍。然善男子!我等諸佛,所有十力、四無所畏、十八不共佛法自在,汝今未得,當為成就佛法自在,應起精進,於此忍門勿復棄捨。又善男子!汝雖得是寂滅解脫,然彼一切異生種類未得寂靜,未能寂滅,常順異異煩惱現行,種種尋伺之所侵害;汝當愍念。又善男子!汝當憶念本所誓願,謂令有情,皆得義利及不思議智慧之門。又善男子!一切諸法法性如是,若佛出世或不出世法界常住終無變易,非但以此諸佛得現一切聲聞及諸獨覺,亦證此法無分別法性。又善男子!汝觀我等佛身無量、智慧無量、剎土無量、光輪無量、智所引無量、清淨音韻亦無有量,汝今亦應引發此事。又善男子!汝今唯得此一法明,謂諸法中無分別慧。然善男子!如是法明,諸佛如來無邊所行、無邊所作、無邊所繫,為欲證彼當起引發。又善男子!汝觀十方無量剎土、無量有情、無量諸法種種差別,應是一切如理通達。』佛子!如是諸佛世尊,覺悟勸導此地菩薩,授與此等無量無邊引發智門,令其無智差別故,能成如是引發之業。佛子!我今告汝得解,若時諸佛不垂誨示,令此菩薩入於如是引發門者,當時即入究竟涅槃,休息一切利有情業。以是諸佛授與如是引發無量智慧業故,此地菩薩於一念頃所引智業,此比於前從初發心,乃至七地所修諸行,百倍為勝,千倍、百千倍、俱胝倍、百俱胝倍、千俱胝倍、百千俱胝倍、百千俱胝那庾多倍為勝,算數計喻乃至烏波尼殺曇倍,亦復為勝。所以者何?佛子!菩薩先以一身引發諸行,今乘此地以依無量分身差別修菩薩行,以能引發無量音聲,以能引發無量智慧,以能引發無量受生,以能嚴淨無量佛剎,以能成熟無量有情,以悉承事無量諸佛,以悟無量法之理趣,以起無量神通勢力,以依無量眾會差別,以無量行身、語、意業一切菩薩正行之力,皆悉成滿,以不動故。佛子!譬如海船未至大海,以有功用排牽而去,若至海已則無功用任運而行,以於大海風輪飄汎,一日所行,此比於前有功用時,設經百歲不能爾所無量而至。佛子!菩薩亦復如是,已善積集善根資糧修證大乘,隨至菩薩正行大海,一須臾頃以無功用智入一切智智,此比於前有功用業,經百千劫不能爾所無量而至。
「また、仏子よ。菩薩がこの第八・不動地にとどまるとき、もとの誓いの力にしっかりと支えられて、そのような法の流れの中で、諸仏からさとしと導きを受けます。そのとき、諸仏は菩薩に如来の妙なる智慧を授け、次のように語りかけます。『よいかな、よいかな。善男子よ。これはまさに、すべての仏法にかなう勝義の忍びである。しかし善男子よ。われら諸仏がそなえる十力、四無所畏、十八不共法という自在さを、あなたはまだ得ていない。仏法の自在さを成就するために、努め励み、この忍びの門を捨ててはならない。また善男子よ。あなたはこの寂滅の解脱を得たけれども、あらゆる凡夫たちはまだ静けさを得ず、滅しきっておらず、さまざまな煩悩に流され、あれこれの思いに悩まされている。あなたは彼らを哀れみなさい。また善男子よ。あなたはもとの誓いを思い出しなさい。つまり、すべての生きとし生けるものに利益と、思いもよらぬ智慧の門をもたらす、という誓いを。また善男子よ。すべての法はその本性として、仏が世に現れようと現れまいと、法界は常住で決して変わらない。しかしこのことだけで仏が現れるのではない。すべての声聞や独覚もまた、この分別を超えた法の本性を証している。また善男子よ。あなたはわれら諸仏の身・智慧・国土・光輪・智慧から生じるもの・清らかな音声がすべて無量であることを見なさい。あなたもまた、これらを現し引き出すべきである。また善男子よ。あなたは今、ただ一つの法の明かり、すなわち諸法における無分別の智慧を得ている。しかし善男子よ。この法の明かりには、如来の無辺の行い・無辺の業・無辺の繋がりがある。それらを証するために、さらに引き出しなさい。また善男子よ。あなたは十方の無量の国土、無量の衆生、無量の法のさまざまな違いを見て、すべてをあるがままに悟りなさい。』 仏子よ。このように諸仏世尊は、この地の菩薩をさとし導き、このような無量無辺の智慧の門を授けて、無知の差別をなくし、このような引き出しの業を成就させるのです。仏子よ。あなたに告げて知らせます。もし諸仏が教え示さず、この菩薩をそのような引き出しの門に入れなければ、そのとき菩薩はたちまち究極の涅槃に入り、一切の衆生を利益する業を休んでしまうでしょう。それゆえに諸仏は、この無量の智慧の業を授けるのです。 この地の菩薩が、一念の間に引き出す智慧の業は、初発心から第七地までに修めたすべての行よりも、百倍すぐれ、千倍、百千倍、俱胝倍、百俱胝倍、千俱胝倍、百千俱胝倍、百千俱胝那庾多倍、さらに算術やたとえ、ウパニシャダム倍に及ぶまで、すぐれています。なぜか。仏子よ。菩薩はもともと一つの身で行を引き出していましたが、今はこの地に基づいて、無量の分身の違いによって菩薩行を修めます。無量の音声を引き出し、無量の智慧を引き出し、無量の生を受け、無量の仏国土を清め、無量の衆生を成熟させ、すべての諸仏に仕え、無量の法の理趣を悟り、無量の神通の力を起こし、無量の集会の違いに従い、無量の行である身・口・意の業、すべての菩薩の正しい行の力を、みな成し遂げ満たすからです。不動であるからです。 仏子よ。たとえば、海の船がまだ大海に至っていないときは、力を用いて引いたり押したりして進みますが、大海に入ってしまえば、もはや力を用いることなく自然に漂い進みます。大海の風の輪に乗って、一日に進む距離は、それ以前に力を用いていたときの百歳の航行にも及びません。仏子よ。菩薩もまた同じです。善根の資糧をよく積み、大乗を修め証して、菩薩の正しい行いという大海に至れば、一瞬間に、無功用の智慧をもって一切智智に入ります。これは、それ以前の功用力のある業が百千劫かけても、その無量の境地に至らないのとは比べものになりません。」
「唯諸佛子!菩薩已至於第八地,以由廣大方便善巧,妙智所引無功用行,菩薩正慧觀察一切智智之時,觀世界成觀世界壞,如世間成皆能了知;如世間壞皆能了知;由何業集世間成就皆能了知;由何業盡世間壞滅皆能了知;幾時世界成皆能了知;幾時世界壞皆能了知;幾時世界成已住皆能了知;幾時世界壞已住皆能了知;又知地界小大無量及差別相;了知水界小大無量及差別相;了知火界小大無量及差別相;了知風界小大無量及差別相;又知微塵細相、麁相、無量相及差別相;於何世界所有若干微塵積聚,微塵差別皆能了知;於何世界所有若干地界微塵皆能了知;所有若干水界微塵皆能了知;所有若干火界微塵皆能了知;所有若干風界微塵皆能了知;所有若干有情界微塵皆能了知;所有若干剎土聚微塵皆能了知。又此菩薩,知有情身麁相、細相、身差別相;知依那洛迦身有若干微塵;知依傍生身有若干微塵;知依鬼界身有若干微塵;知依阿素洛世間身有若干微塵;知依天世間身有若干微塵;知依人世間身有若干微塵。菩薩如是,趣入微塵差別智已,知欲界成、知色界成、知無色界成,知欲界壞、知色界壞、知無色界壞;能知欲界小大無量及差別相;能知色界小大無量及差別相;能知無色界小大無量及差別相。了知三界,於觀三界隨行智中,復善引發智光明已,於諸有情身差別智已得善巧,於身分別智得善巧,則於示現受生引慧,此菩薩隨有情類受生差別及身成就,隨其所應而為同類,示現自身成熟有情。
「その通り、仏子たちよ。菩薩は第八地に達すると、広大な方便と善巧、妙なる智慧によって導かれる無功用の行により、正しい智慧で一切智智を観察する時、世界の形成と破壊を観察します。世界がどのように形成されるかをすべて理解し、世界がどのように破壊されるかをすべて理解します。どのような業が集まって世界が成就するかをすべて理解し、どのような業が尽きて世界が壊滅するかをすべて理解します。いつ世界が形成されるかをすべて理解し、いつ世界が破壊されるかをすべて理解します。いつ世界が形成されてとどまるかをすべて理解し、いつ世界が破壊されてとどまるかをすべて理解します。また、地の要素の大小、無量、そしてその違いを理解します。水の要素の大小、無量、そしてその違いを理解します。火の要素の大小、無量、そしてその違いを理解します。風の要素の大小、無量、そしてその違いを理解します。さらに、微塵の細かい相、粗い相、無量の相、そしてその違いを理解します。どの世界にどれだけの微塵が集まっているか、微塵の違いをすべて理解します。どの世界にどれだけの地の要素の微塵があるかをすべて理解します。どれだけの水の要素の微塵があるかをすべて理解します。どれだけの火の要素の微塵があるかをすべて理解します。どれだけの風の要素の微塵があるかをすべて理解します。どれだけの有情の世界の微塵があるかをすべて理解します。どれだけの国土の集まりの微塵があるかをすべて理解します。
また、この菩薩は、有情の身体の粗い相、細かい相、身体の違いを理解します。地獄の身体にはどれだけの微塵があるかを理解します。畜生の身体にはどれだけの微塵があるかを理解します。餓鬼の身体にはどれだけの微塵があるかを理解します。阿修羅の世界の身体にはどれだけの微塵があるかを理解します。天界の身体にはどれだけの微塵があるかを理解します。人間界の身体にはどれだけの微塵があるかを理解します。
このように、微塵の違いを理解する智慧に入った後、欲望の世界の形成、色の世界の形成、無色の世界の形成を理解します。欲望の世界の破壊、色の世界の破壊、無色の世界の破壊を理解します。欲望の世界の大小、無量、そしてその違いを理解できます。色の世界の大小、無量、そしてその違いを理解できます。無色の世界の大小、無量、そしてその違いを理解できます。
三界を理解し、三界に従って進む智慧の中で、さらに智慧の光明をうまく引き出した後、有情の身体の違いを理解する智慧に巧みになり、身体の分別の智慧に巧みになります。そして、受生を示現する智慧を引き出します。この菩薩は、有情の種類に従って受生の違いや身体の成就に応じて、それぞれに合った姿で自らを示現し、有情を成熟させます。」
「復次,菩薩於一三千大千世界,普能遍滿隨有情身勝解差別引發受生,以影現智隨所行故,若二、若三、若四、若五、若十、二十、三十、四十、五十、若百,乃至不可說數無量三千大千世界,皆能遍滿隨有情身勝解差別隨其所應引發受生,以影現智隨所行故。菩薩成就如是智已,從一佛剎其身不動,於不可說諸佛剎土眾會之中皆悉顯現,而此菩薩隨諸有情身及勝解意樂差別,能於彼彼佛國土中,及於彼彼眾會道場彼彼之處,如是如是示現其身。所謂:於沙門眾中現沙門形,婆羅門眾中現婆羅門形,剎利眾中現剎利形,吠舍眾中現吠舍形,長者眾中現長者形,居士眾中現居士形,於四天王眾中現四天王形,於三十三天眾中示現三十三天形,夜摩眾中、覩史多眾中、樂變化眾中、他化自在眾中、魔王眾中,各隨其類而為現形,於梵眾中現梵形色。又此菩薩,應以聲聞身得調伏者,而為示現聲聞身形;應以獨覺身得調伏者,而為示現獨覺身形;應以菩薩身得調伏者,而為示現菩薩身形;應以如來身形得調伏者,而為示現如來身形。佛子!菩薩如是,於不可說佛剎土中所有若干有情勝解,於彼彼處如是如是現身差別。
さらに、菩薩は一つの三千大千世界において、あらゆる衆生の身と理解の違いに応じて、そのすべてに普遍的に満ちわたって受生を引き起こすことができます。影のように現れる智慧によって、行くところすべてに従うからです。もし二つ、三つ、四つ、五つ、十、二十、三十、四十、五十、百、さらには数えきれないほどの無量の三千大千世界に至るまで、すべてに普遍的に満ちわたって、衆生の身と理解の違いに応じて、その人にふさわしく受生を引き起こします。影のように現れる智慧によって、行くところすべてに従うからです。
菩薩がこのような智慧を成就すると、一つの仏の世界から身を動かすことなく、数えきれない仏の世界の集まりの場において、すべてに現れ出ることができます。そしてこの菩薩は、すべての衆生の身と理解、心の願いの違いに応じて、それぞれの仏の国土、それぞれの集まりの道場、それぞれの場所において、このようにこのように自らの身を示します。
すなわち、修行者の集まりの中では修行者の姿を現し、バラモンの集まりの中ではバラモンの姿を現し、王族の集まりの中では王族の姿を現し、商人の集まりの中では商人の姿を現し、長者の集まりの中では長者の姿を現し、在家の修行者の集まりの中では在家の修行者の姿を現し、四天王の集まりの中では四天王の姿を現し、三十三天の集まりの中では三十三天の姿を現し、夜摩天、兜率天、楽変化天、他化自在天、魔王の集まりの中では、それぞれの仲間に従って姿を現し、梵天の集まりの中では梵天の姿と色を現します。
また、この菩薩は、声聞の身によって調伏されるべき者には声聞の身を現し、独覚の身によって調伏されるべき者には独覚の身を現し、菩薩の身によって調伏されるべき者には菩薩の身を現し、如来の身によって調伏されるべき者には如来の身を現します。
仏の子よ、菩薩はこのようにして、数えきれない仏の世界の中にいるすべての衆生の理解に応じて、その場所その場所でこのようにこのように異なる姿を現すのです。
「復次,此菩薩遠離一切身相分別,得身平等性,知有情身、剎土身、業果身、聲聞身、獨覺身、菩薩身、如來身、智身、法身、虛空身,此菩薩知有情心意樂引發。若樂隨欲將有情身置於自身,如是剎土身、業果身、聲聞身、獨覺身、菩薩身、如來身、智身、法身、虛空身,置於自身。又此菩薩,知有情心意樂引發,若樂隨欲能以自身置於一切諸有情身;能以自身,置於剎土身、業果身、聲聞身、獨覺身、菩薩身、如來身、智身、法身、虛空身,亦復如是。菩薩已知諸有情心意樂引發,而將此身隨欲置於彼彼身中,是菩薩於有情身中,知業身、異熟身、煩惱身、有色身、無色身。於剎土身中,小相、大相、無量相、雜染相、清淨相、亂住相、仰住相、覆入相、方網差別相,皆悉能知。於業果身中,能知差別、知假建立;於聲聞身、於獨覺身、於菩薩身,能知差別、知建立;於如來身中知等覺身、願身、化身、加持之身、相好莊嚴微妙色身、光明身、意生身、福德身、法身、智身,皆悉能知。於智身中,善思察相、如實觀相、果及加行所攝之相、世間出世間差別相、三乘安立相、共不共相、出離非出離相、有學無學相,皆悉能知。於法身平等性相、不毀壞相、隨諸分位及假世俗安立之相、有情無情法安立相、佛法聖僧法安立相,皆悉能知。於虛空身,知無量根遍行之相、無形質相、無異無邊相、以持色聚得顯了相,皆悉能知。即此菩薩,如是已能引發身智得壽自在,於不可說不可說劫加持壽量故;得心自在已,於無量無數等持觀入智故;得資生自在已,能示現一切世界無量莊嚴具,莊飾加持故;得業自在,應時能現業果加持故;得生自在,於一切世間示現受生故;得勝解自在已,能示現一切世界佛充滿故;得願自在,於隨所欲佛剎時分示等覺故;得神通自在,諸佛剎中皆能示現神通遊戲故;得法自在已,能示現無邊無中法門明故;得智自在,示現佛力、無畏、不共佛法、相、好、正等覺故。菩薩得此十自在故,即得名為不思議智者、廣大智者、不可映奪智者。於是菩薩已至如是,已能成就如是智慧,畢竟無罪;身業現行任運隨轉,畢竟無罪;語業現行任運隨轉,畢竟無罪;意業現行任運隨轉,於一切業智為先導,隨智而轉,慧到彼岸以為增上。大悲為首,方便善巧善所分別,願善所引,如來加持善所加護,於諸有情利益加行無有休息,隨於無邊世界差別行。佛子!舉要言之:菩薩至於不動地已,所有身、語、意業現行,皆為積集一切佛法。
さらに、この菩薩はすべての身についての分別(区別する見方)を離れ、身の平等性を得ています。そして、有情の身、国土の身、業果の身、声聞の身、独覚の身、菩薩の身、如来の身、智の身、法の身、虚空の身を理解しています。
この菩薩は、有情の心の望みや傾向を引き出すことを知っています。もし望むなら、その心に従って有情の身を自分の身の中に置くことができます。同様に、国土の身、業果の身、声聞の身、独覚の身、菩薩の身、如来の身、智の身、法の身、虚空の身も、自分の身の中に置くことができます。
また、この菩薩は有情の心の望みを引き出すことを知っているので、望むなら自分の身をすべての有情の身の中に置くことができます。自分の身を国土の身、業果の身、声聞の身、独覚の身、菩薩の身、如来の身、智の身、法の身、虚空の身の中に置くことも、まったく同様にできます。
菩薩は有情の心の望みをすでに知っているので、この身を望みに従ってそれぞれの身の中に置きます。この菩薩は、有情の身の中において、業の身、異熟の身、煩悩の身、色のある身、色のない身を理解します。
国土の身については、小さな相、大きな相、無量の相、雑染の相、清浄の相、乱れた住の相、仰向けの住の相、覆い入る相、方針の網目の差別の相を、すべて知ることができます。
業果の身については、その差別や仮の立て方を知ることができます。声聞の身、独覚の身、菩薩の身については、その差別や立て方を知ることができます。
如来の身については、等覚の身、願の身、化身、加持の身、相好荘厳の微妙な色身、光明の身、意生の身、福徳の身、法身、智身を、すべて知ることができます。
智の身については、善く思慮し観察する相、如実に観じる相、果と加行に含まれる相、世間と出世間の差別の相、三乗の安立の相、共通と不共通の相、出離と非出離の相、有学と無学の相を、すべて知ることができます。
法身については、平等性の相、壊れない相、様々な分位や仮の世俗の安立に従う相、有情と無情の法の安立の相、仏法・聖僧法の安立の相を、すべて知ることができます。
虚空の身については、無量の根が遍く行き渡る相、形や質のない相、異ならず辺りない相、色の集まりを保つことによって顕われる相を、すべて知ることができます。
この菩薩は、このようにしてすでに身の智を引き起こし、寿命の自在を得ています。説き尽くせないほどの劫の間、寿命を保つことができるからです。心の自在を得ているので、無量無数の三昧に入る智を観じることができます。資生の自在を得ているので、一切の世界に無量の荘厳具を現し、荘厳して加持することができます。業の自在を得ているので、時に応じて業果を現し加持することができます。生の自在を得ているので、一切の世間に生を受け現すことができます。勝解の自在を得ているので、一切の世界に仏が満ちていることを示すことができます。願の自在を得ているので、望む仏国土や時に応じて等覚を現すことができます。神通の自在を得ているので、諸仏の国土において神通の遊戯を示すことができます。法の自在を得ているので、辺もなく中もない法門の明りを示すことができます。智の自在を得ているので、仏の力、無畏、不共の仏法、相、好、正等覚を示すことができます。
菩薩がこの十の自在を得るので、不可思議な智者、広大な智者、奪いがたい智者と呼ばれるのです。
この菩薩はすでにこの境地に達し、すでにこのような智慧を成就しているので、ついに罪はありません。身の業が現に起こっても自然に随って転じ、ついに罪はありません。語の業が現に起こっても自然に随って転じ、ついに罪はありません。意の業が現に起こっても自然に随って転じ、すべての業において智が先導となり、智に随って転じ、慧の彼岸を増上としています。
大悲を先とし、方便の善巧によってよく分別され、願によってよく導かれ、如来の加持によってよく守護され、有情の利益のための実践が休むことがなく、無辺の世界の差別に随って行じます。
仏子よ、要約して言えば、菩薩が不動地に達したならば、その身・語・意の業の現行は、すべて一切の仏法を積み集めるためのものとなります。
「復次,菩薩如是至於不動地中,於意樂力得善安住,遠離一切煩惱現行故;於增上意樂力得善安住,不離道故;於大悲力得善安住,不捨利益有情事故;於大慈力得善安住,能救一切諸世間故;於總持力得善安住,無忘失法故;於辯才力得善安住,於一切佛法選擇分別得善巧故;於神通力得善安住,於無邊際諸世界中行差別處得善巧故;於大願力得善安住,不捨一切菩薩所作故;於到彼岸力得善安住,普集一切諸佛法故;於如來加持力得善安住,一切行相、一切智智現在前故。然此菩薩已得如是勢力所持,能現一切諸所作事,而於一切所作事中無有過咎。
さらに、菩薩はこのように不動地に至ると、意志の力によって善く安住し、すべての煩悩の現れを離れます。勝れた意志の力によって善く安住し、道を離れることがありません。大悲の力によって善く安住し、利益を衆生に施すことを捨てません。大慈の力によって善く安住し、すべての世間を救うことができます。総持の力によって善く安住し、法を忘れることがありません。弁才の力によって善く安住し、あらゆる仏法を選び分けることに巧みです。神通の力によって善く安住し、果てしない諸世界における様々な行いの違いに巧みです。大願の力によって善く安住し、すべての菩薩の行いを捨てません。到彼岸の力によって善く安住し、あらゆる仏法を広く集めます。如来の加護の力によって善く安住し、あらゆる行相と一切智智が目の前に現れます。この菩薩はすでにこのような力を得て支えられており、あらゆる行いを現すことができますが、そのすべての行いにおいて過ちはありません。
「佛子!此之第八菩薩智地,名為不動地,不可映奪故;名為不退地,智無退故;名為難得地,一切世間無能測故;名為童真地,無過失故;名為生地,如所樂欲自在轉故;名為成就地,無復所作故;名為究竟地,以能善作智決擇故;名為涅槃地,以善引發本願力故;名為住持地,非他所壞故;名為無功用地,前際所引故。佛子!菩薩引發如是智已,入佛種姓,以佛功德光明所照,隨順如來威儀正行,佛境現前無間無缺,如來威德常所加持,釋梵護世之所奉迎,金剛力士常隨侍衛,恒不捨離三摩地力,引發無量分身差別一切身行,勢力相應成就廣大異熟神通,於無涯際三摩地中自在而轉。能受無量菩提記別,隨已成熟諸有情類現成正覺。然此菩薩如是通達入大乘會,獲善觀察大智神通,常恒能放妙慧光明,趣入無礙真法界道,能知世界差別之道,示現一切諸大功德,於自心起自在能轉,於前後際善能知行,善能通達伏除一切魔道之智,證入如來所行境界。能於無邊諸世界中行菩薩行,已能成就不退轉故;是即說為菩薩已至於不動地。
仏子よ!この第八の菩薩の智慧の境地を、不動地と名づける。なぜなら、他のものによって覆い隠されることがないからである。また、不退地とも名づける。智慧に退くことがないからである。また、難得地とも名づける。すべての世間の人々に測り知ることができないからである。また、童真地とも名づける。過失がないからである。また、生地とも名づける。望みのままに自在に振る舞うことができるからである。また、成就地とも名づける。もはや新たに為すべきことがないからである。また、究竟地とも名づける。善巧に智慧によって正しく選択し判断するからである。また、涅槃地とも名づける。よく元の誓願の力を引き起こすからである。また、住持地とも名づける。他によって壊されることがないからである。また、無功用地とも名づける。これは前に修行した功徳によって導かれるからである。
仏子よ!菩薩はこのような智慧を起こして、仏の種姓に入り、仏の功徳の光明によって照らされ、如来の威儀と正しい行いに従い、仏の境地が現前して、途切れたり欠けたりすることがなく、常に如来の威徳によって支えられ、梵天や帝釈天や護世の神々に迎えられ、金剛力士が常に従い守り、三摩地の力から決して離れることなく、無数の身体の現れや、すべての身体の働きを引き起こし、その力は互いに相応し、広大な善き果報と神通力を成就し、果てしない三摩地の中を自在に進む。無数の菩提の記別を受け、それぞれの衆生の成熟に従って、正しい覚りを現すことができる。
しかし、この菩薩はこのように悟りを得て大乗の集まりに入り、善く観察する大いなる智慧と神通力を得て、常に素晴らしい智慧の光を放ち、妨げのない真実の法界の道に入り、世界の様々な道を知り、すべての偉大な功徳を示し、自らの心から自在に働きかけ、過去と未来を善く知り、善く悟りを開いて、あらゆる魔の道を打ち負かす智慧を成就し、如来の行う境地に入る。そして、無数の世界において菩薩の行いを修めることができる。すでに不退転を成就しているからである。以上をもって、この菩薩は不動地に至ったと説かれるのである。
「佛子!菩薩住此不動地時,恒常無間不離現見無量諸佛,由三摩地力所引故。然不棄捨廣見諸佛承事供養,然此菩薩於一一世界,見無量佛、無量百佛、無量千佛、無量百千佛、無量百千那庾多佛、無量俱胝佛、無量百俱胝佛、無量千俱胝佛、無量百千俱胝佛、無量百千俱胝那庾多佛。見諸佛已恭敬尊重,以一切行相引發供養,悉以奉獻彼諸如來,皆悉承事,於諸佛所領受世界差別義等無量法明,轉復得於如來法藏,於諸世界差別問答無能屈者。於無量劫,此諸善根轉得熾然光麗明淨,無量百劫、無量千劫、無量百千劫、無量百千那庾多劫、無量俱胝劫、無量百俱胝劫、無量千俱胝劫、無量百千俱胝劫、無量百千俱胝那庾多劫,此諸善根轉得熾然光麗明淨。佛子!譬如善巧金師,以所鍊金作嚴具已,置贍部洲聖王頂上或於頸下,贍部洲中一切臣民,諸莊嚴具無與等者。佛子!菩薩住是不動地中,此諸善根亦復如是,一切聲聞、獨覺,乃至七地菩薩,所有善根無與等者。以住此地大智光明,普滅有情煩惱黑闇,善能開闡智慧門故。佛子!譬如千世界主,大梵天王遍運慈心,普放光明滿千世界。菩薩住此不動地已亦復如是,能以光明普照遍滿,乃至百萬佛剎微塵數等世界,漸滅有情煩惱炎熱令身悅豫。於十種波羅蜜多,願到彼岸以為增上,餘到彼岸隨力隨分,非不修行。
「仏子よ!菩薩がこの不動地に住するとき、常に間断なく、眼前に無量の諸仏を現見することができる。それは三摩地の力によるものである。しかし、広く諸仏を拝見し、供養し、
仕えることを捨てない。この菩薩は、一々の世界において、無量の仏、無量百仏、無量千仏、無量百千仏、無量百千那庾多仏、無量倶胝仏、無量百倶胝仏、無量千倶胝仏、無量百千倶胝仏、無量百千倶胝那庾多仏を見る。
諸仏を見た後には、恭敬し尊重し、あらゆる形で供養を起こし、すべてをそれらの如来に捧げ、すべてに仕える。諸仏の御もとで、世界の差別の義などの無量の法明を受領し、さらに如来の法蔵を得る。あらゆる世界の差別に関する問答において、誰にも打ち負かされることがない。
無量劫の間、これらの善根はますます熾んに輝き、清らかに明らかとなる。無量百劫、無量千劫、無量百千劫、無量百千那庾多劫、無量倶胝劫、無量百倶胝劫、無量千倶胝劫、無量百千倶胝劫、無量百千倶胝那庾多劫の間、これらの善根はますます熾んに輝き、清らかに明らかとなる。
仏子よ!例えば、巧みな金細工師が、精錬した金で装飾品を作り、それを閻浮提の聖王の頭上や首の下に置けば、閻浮提のすべての臣民の装飾品はそれに及ばないようなものである。
仏子よ!菩薩がこの不動地に住するとき、これらの善根もまた同様である。すべての声聞、独覚、さらには七地の菩薩のすべての善根も、これに及ぶものはない。この地に住する大智の光明によって、あまねく有情の煩悩の暗闇を滅し、よく智慧の門を開き示すからである。
仏子よ!例えば、千世界の主である大梵天王が、あまねく慈心を運び、光明を放って千世界を満たすように、菩薩がこの不動地に住するときもまた同様である。その光明をもって、広く照らし満たし、百万仏刹の微塵数の世界にまで及び、次第に有情の煩悩の炎熱を滅し、身心を悦ばせる。
十種の波羅蜜多のうち、願いの彼岸に至ることを増上とし、他の彼岸に至ることは、力に応じ分に応じて行い、修行しないということはない。」
「佛子!是名略說菩薩第八不動智地。若廣說者,經無量劫不可窮盡。菩薩安住於此地已,受生多作大梵天王,主千世界威德最勝無所映奪;善見義利得大自在,為諸有情善說聲聞、獨覺、菩薩到彼岸道,世界差別問答之中無能屈者,諸所作業,或以布施、或以愛語、或以利行、或以同事,此等一切悉皆不離佛作意、法作意、僧伽作意、菩薩作意、菩薩行作意、到彼岸作意、諸地作意、佛力作意、無所畏作意、佛不共法作意,乃至不離一切行相勝妙相應一切智智作意。常作願言:『我當一切諸有情中,為首、為勝、為殊勝、為妙、為微妙、為上、為無上、為無等、為無等等、為導、為將、為帥,乃至願得一切智智所依止處。』若樂發起如是精進,由是精進一剎那頃瞬息須臾,證得百萬三千大千世界微塵數諸三摩地;能見百萬三千大千世界微塵數佛,彼佛加持皆能解了。能動百萬三千大千世界微塵數諸佛剎土,能照百萬三千大千世界微塵數諸佛國土,成熟百萬三千大千世界微塵數有情,住壽百萬三千大千世界微塵數劫,於前後際各入百萬三千大千世界微塵數劫,善能思擇百萬三千大千世界微塵數法門,示現百萬三千大千世界微塵數身,身身能現百萬三千大千世界微塵數菩薩眷屬圍遶。從此以上是諸菩薩有願力者,由勝願故,所有遊戲,或身、或光明、或神通、或眼、或境界、或音聲、或行、或莊嚴、或勝解、或所作,此等乃至爾所百千俱胝那庾多劫,不易可數。」
仏子よ、これが菩薩の第八の不動智地についての略説である。もし広く説くならば、無量劫を経ても尽きることはない。菩薩はこの地に安住すると、生を受けるごとに大梵天王となり、千の世界を主とし、威徳は最も勝れて、これを覆い隠すものはない。義理や利益を善く見極め、自在を得て、一切の有情のために声聞、独覚、菩薩の到彼岸の道を善く説く。世界の差別についての問答において、これを屈する者はいない。全ての所作は、布施、愛語、利行、同事のいずれかによるが、これらは全て、仏を想うこと、法を想うこと、僧伽を想うこと、菩薩を想うこと、菩薩行を想うこと、到彼岸を想うこと、諸地を想うこと、仏力を想うこと、無所畏を想うこと、仏の不共法を想うことを離れず、さらには、一切の行相に勝妙に相応する一切智智を想うことを離れない。
常にこう願う。「私は一切の有情の中で、首となり、勝れ、殊勝となり、妙となり、微妙となり、上となり、無上となり、無等となり、無等等となり、導き手となり、将となり、師となり、ついには一切智智の依止処を得ることを願う」と。もしこのような精進を発起することを好むならば、その精進によって、一刹那、一瞬間、一須臾のうちに、百万の三千大千世界の微塵数に等しい諸三摩地を証得する。百万の三千大千世界の微塵数の仏を見ることができ、それらの仏の加持をすべて解了する。百万の三千大千世界の微塵数の仏の刹土を動かし、百万の三千大千世界の微塵数の仏の国土を照らし、百万の三千大千世界の微塵数の有情を成熟させ、百万の三千大千世界の微塵数の劫の間、寿命を保つ。前際・後際において、それぞれ百万の三千大千世界の微塵数の劫に入り、百万の三千大千世界の微塵数の法門を善く思択し、百万の三千大千世界の微塵数の身を現じ、その一つ一つの身も、百万の三千大千世界の微塵数の菩薩の眷属に囲繞されることを現ずる。
これより上は、諸菩薩で願力ある者によるものである。勝れた願によって、すべての遊戯、すなわち身、光明、神通、眼、境界、音声、行、荘厳、勝解、所作などは、これらは百千俱胝那庾多劫の数に至っても、容易に数え尽くせるものではない。
爾時,金剛藏菩薩欲重宣此義,而說偈言:
その時、金剛蔵菩薩はこの教えの意味を改めて強調しようと、偈(うた)を唱えました。
「七地已修方便慧, 善集資糧發大願;
得佛加持具善力, 順佛功德淨志念。
福智已超恒慈愍, 智慧廣大等虛空;
為求勝智登八地, 契悟寂滅無生忍。
知法無生、無起性, 無相、無成、無壞滅,
無盡、無轉、無止息, 無性為性常平等。
以無分別入佛智, 超心、意、識分別想;
證此忍已得靜住, 甚深不動常寂滅。
一切世間無能測, 心相取著悉皆離,
住於此地不分別, 譬如苾芻入滅定。
如夢渡河起翹勤, 寤已坦然無遽務;
菩薩為度有情界, 功用此地息亦然;
如生梵世絕下欲, 於此二相除亦爾。
於法駛流蒙諸佛, 覺悟勸導次其忍,
語言:『我等諸佛德, 汝今未獲常勤進,
汝雖已滅煩惱火, 世間惑焰猶熾然,
當念本願度有情, 悉使修因趣解脫。
法性常爾離分別, 非但由此顯世尊,
二乘於此亦能得, 故當引發一切行。』
如是人天應供尊, 授此智令慧觀察,
無邊佛法悉得成, 一念超過曩眾行。
菩薩住茲妙智地, 則獲廣大神通力,
一念分身遍十方, 如船入海因風濟,
心無功用任智力, 悉知世界成、壞、住,
諸界種種各殊異, 小大無量皆能了。
三千界中四大種, 六趣有情身各別,
及以眾寶微塵數, 以智觀察悉無餘。
菩薩能知一切身, 為化有情同彼形;
剎土無量種種別, 悉為現形無不遍。
譬如日月住虛空, 一切水中皆現影;
住於法界無所動, 隨其心樂各不同。
一切眾中皆現身, 聲聞、獨覺與菩薩,
及以佛身靡不現。 有情剎土業報身,
種種現身智法身, 虛空身相皆平等,
普為群生而示作。 十種聖智普觀察,
復以慈悲作眾業, 所有佛法皆成就,
淨戒不動如須彌, 十力成就不搖動,
一切魔眾無能轉。 諸佛加持天王禮,
密迹金剛恒侍衛, 此地功德無邊際,
千萬億劫說不盡。 復以供佛善益明,
如王頂上莊嚴具; 菩薩住此第八地,
多作梵王千界主, 演說三乘無有窮;
慈光普照滅眾惑, 一念獲得百萬界。
微塵數等三摩地, 餘所作事悉亦然;
願力示現復過此。 菩薩第八不動地,
我為汝等已略說, 若以次第廣分別,
經於億劫不能盡。」
「七地においては、方便の智慧を修め、 善根を積み、大願を起こしました。 仏の加護を得て善き力が備わり、 仏の功徳に従い、清らかな志を保ちます。
福徳と智慧はすでに超え、常に慈しみ深く、 智慧は広大で、虚空のようです。 さらに勝れた智慧を求めて八地に登り、 寂滅の無生忍を悟ります。
法に生も起きもしない性質、相もなく、成も滅びもなく、 尽きることも転じることも止まることもない、 無性を性とし、常に平等であることを知ります。 分別なく仏の智慧に入り、心・意・識の分別を超えます。
この忍を証して静かに安住し、 甚深で動かず、常に寂滅の状態です。 一切の世間はこれを測り知れず、 心の相や執着はすべて離れています。
この地に住して分別せず、 あたかも比丘が滅定に入るようです。 夢の中で川を渡ろうと奮闘し、 覚めれば平穏で慌てることがないように、
菩薩は有情を救済するため、 この地で努力は休まります。 梵世に生まれて下の欲望が絶たれたように、 この二つの相も除かれます。
法の速やかな流れの中で、諸仏から 覚醒と勧めを受けて忍びます。 『我ら諸仏の功徳を、あなたはまだ得ていない。常に精進せよ。 あなたはすでに煩悩の火を滅したが、世間の迷いの炎はなお燃え盛っている。
本願を思い起こし、有情を救い、 全てに因を修めて解脱に向かわせよ。 法性は常にそのままで分別を離れているが、 それだけで世尊が現れるわけではない。
二乗もこれで悟りを得られるので、 一切の行を発揮すべきである。』 このように、人天の尊崇する尊師は、 この智慧を授けて慧観察させ、
無辺の仏法をすべて成就させ、 一念で過去の多くの行を超えます。 菩薩がこの妙智の地に住せば、 広大な神通力を得ます。
一念で分身し十方に満ち、 船が海に入り風の助けを借りるようです。 心ははたらきを超え、智慧の力に任せ、 世界の成・壊・住をすべて知ります。
諸々の世界はさまざまに異なり、 小・大・無量のすべてを明らかにします。 三千世界の中の四大種、 六趣の有情の異なる姿、
さらには無数の宝や微塵の数も、 智慧をもって観察すれば残らず知ります。 菩薩はすべての身を知り、 有情を教化するために、それと同じ姿になります。
無数の国土が種々異なっても、 すべてに姿を現し、漏れなく遍満します。 あたかも日月が虚空にあり、 すべての水に影を映すように、
法界に住して動かず、 心の楽しみに従って異なります。 あらゆる衆生の中に身を現し、 声聞・独覚・菩薩、
さらには仏身もことごとく現します。 有情・国土・業報の身、 種々の現身・智慧の法身、 虚空の身相はすべて平等で、
広く群生のために示します。 十種の聖なる智慧をもって普く観察し、 さらに慈悲をもって様々な業を行い、 すべての仏法を成就します。
清らかな戒は須弥山のように動かず、 十力を成就し揺るぎなく、 一切の魔衆はこれを転じることができません。 諸仏の加護、天人の礼拝、
密跡金剛は常に守護します。 この地の功徳は限りなく、 千万億劫も説き尽くせません。 さらに諸仏に供養して善根を輝かせ、
あたかも王の頂上の荘厳具のようです。 菩薩がこの第八地に住し、 多くは梵王となり千世界の主となり、 三乗を限りなく説きます。
慈悲の光は普く照らし惑いを滅し、 一念で百万世界の 微塵ほどの三摩地を得ます。 その他の行もまた同じです。
願力をもってさらにこれを超えます。 菩薩の第八不動地を、 私はあなたがたにすでに略説しました。 もし順を追って詳しく説けば、
億劫かけても尽きることはありません。」
菩薩不動地第八竟
第八 菩薩の不動地 ここに終わる
佛說十地經卷第六
仏説十地経 巻第六