佛說十地經卷第九
佛説十地経 巻第九
大唐于闐三藏沙門尸羅達摩於北庭龍興寺譯
大唐の于闐の三蔵沙門・尸羅達磨が北庭の龍興寺において訳しました。
菩薩法雲地之餘
菩薩法雲地の残り
爾時,會中一類菩薩、天、龍、藥叉、健達縛、阿素洛、揭路茶、緊捺洛、牟呼洛伽、釋、梵、護世、摩醯首羅、淨居天眾,各起是念:「若時菩薩神通行相智力境界如是無量,佛復云何?」
その時、会の中のある種の菩薩、天、龍、薬叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽、帝釈天、梵天、護世四天王、大自在天、浄居天の衆生たちは、それぞれこう思った。「もし菩薩の神通の働きや智慧の境地がこれほどまでに限りなく広大であるならば、仏陀はまたどれほどであろうか。」
爾時,解脫月菩薩,知諸眾會心所念已,白金剛藏菩薩言:「佛子!今此大眾,聞其菩薩神通智力墮在疑網。善哉!仁者!為斷彼疑,當少示現菩薩神變莊嚴之事。」
その時、解脱月菩薩は、会衆の心に念じるところがあるのを知って、金剛蔵菩薩に申し上げた。「仏子よ、今この大衆は、菩薩の神通力と智慧の力を聞いて、疑いの網に落ち込んでおります。どうか、尊き方よ、その疑いを断ち切るために、菩薩の神変の荘厳なる働きを、少しばかりお示しくださいませ。」
爾時,金剛藏菩薩即入示現一切佛剎體性菩薩三摩地。時金剛藏菩提薩埵,入此示現一切佛剎體性菩薩三摩地已,時彼一切天、龍、藥叉、健達縛、阿素洛、釋、梵、護世、摩醯首羅、淨居天眾,皆見自身在金剛藏菩薩身內;於中復見成佛剎土,於其剎中所有種種行相莊嚴,彼經滿足俱胝大劫說不能盡。又即於中見菩提樹,其身周圍量等百萬三千世界,枝條棽儷高廣無量,垂蔭圓滿俱胝三千大千世界;稱樹形量有師子座,其上見佛號一切神通慧王如來,坐在樹下菩提道場。如是於中所現種種妙莊嚴事,設使圓滿俱胝大劫說不能盡。
その時、金剛藏菩薩は、たちまち一切の仏の国々の本質を顕す菩薩の三昧(さんまい)に入られました。この三昧に入られると、そこにいた天、龍、薬叉(やくしゃ)、乾闥婆(けんだつば)、阿修羅(あしゅら)、帝釈天(たいしゃくてん)、梵天(ぼんてん)、世を護る神々、大自在天(だいじざいてん)、浄居天(じょうこてん)の者たちは皆、自分自身が金剛蔵菩薩の身の内にあるのを見ました。その中にはまた、仏の成り立つ国が現れ、その国にある様々なありさまや荘厳(しょうごん)は、数えきれないほどの長い劫(こう)の間語り尽くすことができませんでした。また、その中に菩提樹(ぼだいじゅ)が見えました。その幹の周りは、百万人の三千世界に等しく、枝葉は高く広く限りなく伸び、その影は数えきれないほどの三千大千世界を円満に覆っていました。その樹の大きさにふさわしい獅子座(ししざ)があり、その上に仏が見えました。名を一切神通慧王如来(いっさいじんずうえおうにょらい)といい、樹の下の菩提道場(ぼだいどうじょう)に座しておられました。こうしてその中に現れた様々な見事な荘厳のありさまは、たとえ数えきれない劫の間説き尽くしても、尽きることはありませんでした。
時金剛藏菩提薩埵示現如是大神變已,還令一切菩薩眾會,一切天、龍、藥叉、健達縛、阿素洛、揭路茶、緊捺洛、牟呼洛伽,釋、梵、護世、摩醯首羅、淨居天眾,各在本處。時諸大眾生未曾有希奇之想,默然而住,向金剛藏菩提薩埵一心瞻仰。
時に金剛蔵菩提薩埵は、このような大神変を示し終えると、再び一切の菩薩の集会、一切の天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽、帝釈天、梵天、護世者、大自在天、浄居天の衆生を、それぞれ元の場所に戻らせた。その時、大衆は未曾有の希有な思いを起こし、静かに留まって、一心に金剛蔵菩提薩埵を仰ぎ見た。
爾時,解脫月菩薩白金剛藏菩薩言:「佛子!甚奇希有!此三摩地具足爾所威力莊嚴。佛子!此三摩地名為何等?」
その時、解脱月菩薩が金剛蔵菩薩に申し上げた。「仏子よ、なんと珍しく、めったにないことでしょう!この三摩地は、これほどの威力と荘厳をそなえています。仏子よ、この三摩地の名は何というのですか?」
金剛藏菩薩言:「此三摩地名為示現一切佛剎體性。」
金剛蔵菩薩が言われた。「この三摩地は、すべての仏の浄土の本質を顕し示すものと名づけられます。」
解脫月菩薩問言:「佛子!此三摩地所行境界莊嚴云何?」
解脱月菩薩が尋ねた。「仏子よ、この三摩地の行くところの境地の荘厳は、どのようなものでしょうか?」
金剛藏菩薩答言:「佛子!菩薩修此三摩地故,能示身中如上所見殑伽沙數世界微塵等諸佛剎土,復過此數示現身中如上所見無量剎土。佛子!菩薩住此法雲地中,獲如是等無量百千諸三摩地,由是義故,餘諸菩薩乃至已得法太子位安住菩薩善慧地者,不能測知此地菩薩身或身業、語或語業、意或意業,神通自在觀察三世,諸三摩地所行隨入智慧境界,遊戲一切諸解脫門;不能測知諸變化業、或加持業、或威力業,略要言之,乃至已得法太子位已住菩薩善慧地中諸菩薩眾,不能測知此地菩薩乃至舉足下足之業。佛子!此菩薩法雲地如是無量,但以略說,若廣說者,假使百千阿僧企耶劫中演說亦不能盡。」
金剛藏菩薩は答えて言った。「仏子よ!菩薩がこの三摩地を修行するならば、その身の内に、先に見たようなガンジス河の砂の数ほどの世界の微塵ほどの数の仏国土を示すことができます。さらに、その数を超えて、同じように無量の国土を身の内に示すのです。仏子よ!菩薩はこの法雲地に住するとき、このような無量の百千の三摩地を得ます。それゆえに、他の菩薩たちが、たとえ法太子の位を得て、菩薩の善慧地に安住していても、この地の菩薩の身や身の働き、言葉や言葉の働き、心や心の働き、神通自在による三世の観察、諸々の三摩地の行じるところ、智慧の境界に入り随順すること、すべての解脱の門を遊戯することを、測り知ることはできません。また、種々の変化の業、加持の業、威力の業も測り知ることはできません。要するに、たとえ法太子の位を得て、菩薩の善慧地に住している諸々の菩薩たちであっても、この地の菩薩の、ほんの足を上げ下げするほどの小さな働きでさえも、測り知ることはできないのです。仏子よ!この菩薩の法雲地は、このように無量なのです。ただ、今は略して説きましたが、もし広く説くならば、百千の阿僧祇劫の間説き続けても、説き尽くすことはできないでしょう。」
解脫月菩薩言:「佛子!若於此中菩薩正行境界加持如是無量,如來所行境界證入,其復云何?」
解脱月菩薩が申し上げました。「仏子よ、もしこの中で菩薩の正しい行いの境地と加持がこのように無量であるならば、如来の行う境地とその悟りへの入り方は、いったいどのようなものでしょうか。」
金剛藏菩薩言:「佛子!譬如有人於四洲界,取一砂礫,或二、或三,大如棗核,而作是言:『為於無邊諸世界中地界土多,為此多耶?』我觀汝問亦復如是,如來、應供、正遍等覺無量智者無比法性,云何汝今以與諸菩薩法性比量?然,善男子!如從四洲世界地分所取砂礫,此謂極少,餘誠無量。佛子!即此菩薩法雲智地亦復如是,設於無量劫中演說,但能說其一分之義,況如來地!佛子!我今告汝令汝解了,如來世尊坐在我前為我作證。佛子!假使十方於一一方,各有無邊世界微塵諸佛剎土,一一剎土得如是地菩薩,充滿如甘蔗、竹、稻麻、叢林,彼諸菩薩無量劫中,所引菩薩正行智慧,此比如來境界,百分不及一,千分、百千分、俱胝之分、百俱胝分、千俱胝分、百千俱胝分、百千俱胝那庾多分,不及其一,算數計喻乃至鄔波尼殺曇分亦不能及。佛子!菩薩隨順如是智行,不異如來身、語、意業,不捨菩薩三摩地力,而見諸佛承事供養。一一劫中,以一切種上妙供具,如應供養無量諸佛,而能具受諸佛如來加持顯發轉更增勝,於法界中所有問難善為解釋,無量百劫、無量千劫、無量百千劫、無量百千那庾多劫、無量俱胝劫、無量百俱胝劫、無量千俱胝劫、無量百千俱胝劫、無量百千俱胝那庾多劫,無能屈者。佛子!譬如善巧金師,以天真金作大嚴飾,大摩尼寶鈿廁其間,自在天王以嚴其首或繫其頸,其餘天人莊飾嚴具所不能及。佛子!菩薩住此法雲地中亦復如是,此之智行不可映奪,一切有情、一切聲聞及諸獨覺,始從初地乃至九地一切菩薩,所有智行皆不能及。此地菩薩智慧光明,能令有情乃至入於一切智智,而以一切餘智光明不可映奪。佛子!如大自在天王,光明超過一切受生之處,能令有情身心悅豫。佛子!菩薩安住於此第十法雲地者,智慧光明亦復如是,一切聲聞及諸獨覺,始從初地乃至安住第九地中一切菩薩,智慧光明所不能及,能令有情乃至住於一切智智法性之中。佛子!菩薩如是已能隨順智慧而行。諸佛世尊,復更為說通三世智、法界差別智、遍滿一切諸世界智、照一切世界加持之智、遍知一切諸有情類剎土法智。舉要言之,乃至為說一切智智,彼於十種波羅蜜多,智到彼岸最為增上,餘到彼岸非不修行,隨力隨分。
金剛蔵菩薩は言った。「仏子よ、たとえばある人が四洲の世界から、棗の種ほどの大きさの砂利を一つ、二つ、三つと拾い上げて、『果てしない諸々の世界の大地の量と、これとではどちらが多いか』と言うようなものだ。私はあなたの問いもまた同じだと見る。如来、応供、正遍等覚者は、無量の智恵を持つ方であり、比べるもののない法性を持つ。それなのに、どうしてあなたは今、諸菩薩の法性と比べようとするのか。しかし、善男子よ、四洲世界の大地から拾い上げた砂利は、これは極めて少なく、残りの大地はまさに無量である。仏子よ、この菩薩の法雲智地もまた同じである。たとえ無量の劫の間説き続けても、その一分の義を説くことができるにすぎない。ましてや如来の境地においてはなおさらである。仏子よ、私は今あなたに告げ、あなたが理解できるようにする。如来世尊は私の前に座し、私のために証人となられる。仏子よ、仮に十方のそれぞれの方向に、それぞれ無辺の世界の微塵の数の諸仏の刹土があり、その一つ一つの刹土に、このような地に達した菩薩たちが、甘蔗、竹、稲麻、叢林のように満ちているとする。それらの菩薩たちが無量の劫の間、導いてきた菩薩の正行と智慧をもってしても、この如来の境地と比べれば、百分の一にも及ばず、千分、百千分、俱胝分、百俱胝分、千俱胝分、百千俱胝分、百千俱胝那庾多分にも及ばず、その一分にも満たない。算数の計算やたとえをもってしても、さらに邬波尼殺曇分をもってしても及ぶことはできない。仏子よ、菩薩がこのような智慧の行いに随順するならば、如来の身・語・意の業と異なることなく、菩薩の三摩地の力を捨てることなく、諸仏を見て供養し奉仕する。それぞれの劫において、あらゆる種類の最上の供物をもって、無量の諸仏に応えて供養し、諸仏如来の加持を受け、それが顕われてさらに増上する。法界の中のすべての問いや難問に対して巧みに説明し、無量百劫、無量千劫、無量百千劫、無量百千那庾多劫、無量俱胝劫、無量百俱胝劫、無量千俱胝劫、無量百千俱胝劫、無量百千俱胝那庾多劫の間、誰も彼を屈伏させることはできない。仏子よ、たとえば巧みな金細工師が、天然の純金で大きな荘厳な飾りを作り、その間に大きな摩尼宝をちりばめる。自在天王がそれを頭に飾り、あるいは首にかけるならば、他の天人の荘厳な飾りはそれに及ばない。仏子よ、菩薩がこの法雲地に安住するときもまた同じである。この智慧の行いは奪い映えることができず、すべての有情、すべての声聞、および諸々の独覚はもとより、初地から九地に至るまでのすべての菩薩の智慧の行いも、すべてこれに及ばない。この地の菩薩の智慧の光明は、有情をして一切智智に入らしめることができるが、他のすべての智慧の光明はこれに映えることができない。仏子よ、たとえば大自在天王の光明が、すべての受生の処を超え、有情の身心を愉悦ならしめるように。仏子よ、この第十法雲地に安住する菩薩の智慧の光明もまた同じである。すべての声聞および諸々の独覚、初地から第九地に安住するすべての菩薩の智慧の光明も、これに及ばない。そして有情をして、一切智智の法性の中に住まわしめることができる。仏子よ、菩薩はこのようにしてすでに智慧に随順して行じている。諸仏世尊は、さらに彼のために三世の智慧、法界の差別の智慧、すべての世界に遍満する智慧、すべての世界を照らし加持する智慧、すべての有情の種類・刹土・法を遍く知る智慧を説く。要約していえば、さらに一切智智に至るまで説く。彼は十種の波羅蜜多において、智の到彼岸が最も増上であり、他の到彼岸を修行しないわけではないが、力に応じて分に応じて修行するのである。」
「佛子!是名略說菩薩第十法雲地。若廣說者,假使無量阿僧祇劫不可窮盡。菩薩住此受生多作大自在天王,於法自在能授有情聲聞、獨覺、一切菩薩到彼岸行,法界差別問答之中無能屈者。諸所作業,或以布施、或以愛語、或以利行、或以同事,此等一切悉皆不離佛作意、法作意、僧伽作意、菩薩作意、菩薩行作意、到彼岸作意、諸地作意、佛力作意、無所畏作意、佛不共法作意,乃至不離以一切種勝妙相應一切智智作意。常作願言:『我當一切諸有情中為首、為勝、為殊勝、為妙、為微妙、為上、為無上、為導、為將、為帥,乃至願得一切智智所依止處。』若樂發起如是精進,由是精進於一剎那瞬息須臾,得入百萬俱胝那庾多不可說佛剎微塵等諸三摩地,能見百萬俱胝那庾多不可說佛剎微塵等諸佛,彼佛加持皆能解了,能動百萬俱胝那庾多不可說佛剎微塵等世界,能往百萬俱胝那庾多不可說佛剎微塵等諸佛國土,能照百萬俱胝那庾多佛剎微塵等世界,成熟百萬俱胝那庾多不可說佛剎微塵等有情,住壽百萬俱胝那庾多不可說佛剎微塵等劫,於前、後際各入百萬俱胝那庾多不可說佛剎微塵等劫,思擇百萬俱胝那庾多不可說佛剎微塵等法門,示現百萬俱胝那庾多不可說佛剎微塵等身,身身皆能示現百萬俱胝那庾多不可說佛剎微塵等菩薩眷屬圍遶。從此已上是諸菩薩有願力者,由勝願故,所有遊戲,或身、或光明、或神通、或眼、或境界、或音聲、或行、或莊嚴、或勝解、或所作,此等乃至爾所百千俱胝那庾多劫不易可數。佛子!是諸菩薩十種智地悉皆隨順,一切種一切智智漸現前故。佛子!譬如從無熱池流出之水,以四河口流注潤澤贍部洲地,無盡無竭復更增長,乃至入海令其充滿。佛子!從菩提心流出善根亦復如是,以大願流四種攝事,充滿饒益諸有情界,無有窮盡復更增長,乃至入於一切智海令其充滿。
佛よ、これをもって、菩薩の第十の法雲地を簡略に説くものとする。もし詳しく説くならば、無量のアサンキヤ劫(計り知れない長い時間)を費やしても、尽きることはないであろう。
この地に住する菩薩は、多く大自在天王として生まれ変わり、法において自在であり、声聞・独覚・一切の菩薩を彼岸に至る修行へと導くことができる。法界の様々な違いについての問答においては、誰も彼を論破することはできない。彼が行うすべての行いは、布施であれ、愛語であれ、利行であれ、同事であれ、すべて仏を思い、法を思い、僧伽を思い、菩薩を思い、菩薩の行を思い、到彼岸を思い、諸地を思い、仏の力を思い、無畏を思い、仏の不共法を思うことから離れることはない。さらには、あらゆる種類の勝妙な方法で、すべてを知る智慧を思うことからも決して離れることはない。
常にこう願っている。「私はすべての生きとし生けるものの中で、最も先頭に立ち、最も優れ、最も殊勝で、最も妙であり、最も微妙で、最も上であり、最も無上であり、導き手となり、将となり、師となるであろう。そして、すべてを知る智慧のよりどころを得るであろう」と。
もしこのように勇猛な精進を起こそうと願うなら、その精進によって、一瞬の刹那の間に、百萬倶胝(数えきれないほど多くの)那庾多の、言葉にできないほど多くの仏国土の微塵ほどの数の三昧に入ることができる。また、同様に数えきれないほどの仏たちを見ることができ、その仏たちの加護をすべて理解することができる。さらに、数えきれないほどの世界を動かし、数えきれないほどの仏国土を訪れ、数えきれないほどの世界を照らし、数えきれないほどの生きとし生けるものを成熟させ、数えきれないほどの劫の間、命を保つことができる。
そして、過去と未来のそれぞれにおいて、数えきれないほどの劫の間に入り、数えきれないほどの法門を考えることができ、数えきれないほどの身を示し、そのそれぞれの身が、数えきれないほどの菩薩の眷属に囲まれて示現することができる。
これより以上は、願力を持つ菩薩たちの領域である。その優れた願によって、彼らの示す遊戯――それは身であり、光明であり、神通であり、眼であり、境界であり、音声であり、行いであり、荘厳であり、勝解であり、所作であるが――これらは、たとえ数えきれないほどの劫を経ても、容易に数え尽くすことはできない。
佛よ、これらの菩薩の十種の智慧の地は、すべて順調に進み、あらゆる種類の、すべてを知る智慧が次第に現れてくるのである。
佛よ、譬えば、無熱悩池から流れ出る水が、四つの河口を通って贍部洲の地を潤し、尽きることなく、むしろ増え続け、ついには海に入って海を満たすようなものである。
佛よ、菩提心から流れ出る善根もまた、これと同じである。大きな願いという流れによって、四つの摂事(布施・愛語・利行・同事)が、生きとし生けるものを満たし利益し、尽きることなく、むしろ増え続け、ついにはすべての智慧の海に入って、それを満たすのである。
「佛子!是諸菩薩十地依因佛智而得顯現。佛子!譬如依因大地,十大山王而得顯現。何等為十?所謂:雪山王、香醉山王、裂窮山王、神仙山王、持雙山王、馬耳山王、持魚山王、輪圍山王、幢相山王、妙高山王。佛子!如雪山王一切藥草種類出處,是諸藥草採不可盡。菩薩住在極喜地中亦復如是,能為一切世間書論,文頌明呪所依出處;其諸世間書論技藝,文頌明呪說不可盡。佛子!譬如香醉大山王,一切香類為所出處,於中諸香取不可盡。菩薩住在離垢地中亦復如是,能為一切菩薩淨戒律儀行香所依出處,以諸菩薩淨戒律儀行香無盡。佛子!譬如裂窮大山王純寶所成,一切眾寶種類出處,於中眾寶取不可盡。菩薩住在發光地中亦復如是,能為一切世間靜慮、神通、解脫、等持、等至、所依出處,以於一切世間靜慮、神通、解脫、等持、等至,問答之中不可窮盡。佛子!譬如神仙大山王純寶所成,五通神仙所依出處,於中五通神仙眾會不可窮盡。菩薩住在焰慧地中亦復如是,能為一切於道非道殊勝智慧所依出處,於一切道非道殊勝智問答中不可窮盡。佛子!譬如持雙大山王純寶所成,一切藥叉大神出處,於中一切藥叉大神眾不可窮盡。菩薩住在難勝地中亦復如是,能為一切神通威力自在變化所依出處,於諸一切神通威力自在變化問答之中不可窮盡。佛子!譬如馬耳大山王純寶所成,一切諸果種類出處,於中諸果取不可盡。菩薩住在現前地中亦復如是,能為趣入演說緣起所依出處,聲聞果證問答之中不可窮盡。佛子!譬如持魚大山王純寶所成,一切大力龍神出處,於中一切大力龍眾無有窮盡。菩薩住在遠行地中亦復如是,能為演說方便妙慧所依出處,獨覺果證問答義中不可窮盡。佛子!譬如鐵輪圍大山王純寶所成,諸自在眾所依出處,以自在眾不可窮盡。菩薩住在不動地中亦復如是,能為引發一切菩薩自在問答所依出處,於諸世間剖析問答不可窮盡。佛子!譬如幢相大山王純寶所成,諸大威德阿素洛眾所依出處,以大威德阿素洛眾不可窮盡。菩薩住在善慧地中亦復如是,能為一切世間流轉止息智行所依出處,一切世間生問答中不可窮盡。佛子!譬如妙高大山王純寶所成,大威德天所依出處,於中諸大威德天眾不可窮盡。菩薩住在法雲地中亦復如是,能為如來力、無所畏、不共佛法所依出處,於諸佛事示現問答不可窮盡。佛子!如此十種大寶山王同在大海所顯菩薩十地,亦復如是,悉皆同在一切智智亦以一切智智所顯。
佛子よ!これらの菩薩の十地は、仏の智慧に依って現れるのです。佛子よ!譬えば、大地に依って、十の大山王が現れるようなものです。その十とは何か?すなわち、雪山王、香醉山王、裂窮山王、神仙山王、持雙山王、馬耳山王、持魚山王、輪圍山王、幢相山王、妙高山王です。
佛子よ!譬えば、雪山王がすべての薬草の種類の生まれるところであり、その薬草は尽きることなく採れるようなものです。菩薩が極喜地に住むのもまた同じで、一切の世間の書物や論、詩頌、明呪のよりどころとなり、その世間の書物や技術、詩頌、明呪は説き尽くすことができません。
佛子よ!譬えば、香醉大山王がすべての香りの種類の生まれるところであり、その香りは尽きることなく採れるようなものです。菩薩が離垢地に住むのもまた同じで、一切の菩薩の清らかな戒律や修行の香りのよりどころとなり、菩薩の清らかな戒律や修行の香りは尽きることがありません。
佛子よ!譬えば、裂窮大山王が純粋な宝でできていて、一切の宝の種類の生まれるところであり、その宝は尽きることなく採れるようなものです。菩薩が発光地に住むのもまた同じで、一切の世間の静慮、神通、解脱、等持、等至のよりどころとなり、それらについての問答は尽きることがありません。
佛子よ!譬えば、神仙大山王が純粋な宝でできていて、五通の神仙のよりどころとなり、その五通の神仙の集まりは尽きることがないようなものです。菩薩が焔慧地に住むのもまた同じで、道と非道に関する殊勝な智慧のよりどころとなり、その智慧についての問答は尽きることがありません。
佛子よ!譬えば、持雙大山王が純粋な宝でできていて、すべての薬叉の大神たちのよりどころとなり、その薬叉の大神たちの集まりは尽きることがないようなものです。菩薩が難勝地に住むのもまた同じで、すべての神通力や自在な変化のよりどころとなり、それらの問答は尽きることがありません。
佛子よ!譬えば、馬耳大山王が純粋な宝でできていて、すべての果実の種類の生まれるところであり、その果実は尽きることなく採れるようなものです。菩薩が現前地に住むのもまた同じで、縁起を説き明かすよりどころとなり、声聞の果証についての問答は尽きることがありません。
佛子よ!譬えば、持魚大山王が純粋な宝でできていて、すべての大力の龍神たちのよりどころとなり、その大力の龍神たちは尽きることがないようなものです。菩薩が遠行地に住むのもまた同じで、方便と妙慧を説くよりどころとなり、独覚の果証についての問答の義は尽きることがありません。
佛子よ!譬えば、鉄輪囲大山王が純粋な宝でできていて、すべての自在の衆のよりどころとなり、その自在の衆は尽きることがないようなものです。菩薩が不動地に住むのもまた同じで、すべての菩薩の自在な問答を引き起こすよりどころとなり、世間のあらゆる分析や問答は尽きることがありません。
佛子よ!譬えば、幢相大山王が純粋な宝でできていて、大威徳の阿修羅の衆のよりどころとなり、その大威徳の阿修羅の衆は尽きることがないようなものです。菩薩が善慧地に住むのもまた同じで、一切の世間の流転と止息の智慧と行いのよりどころとなり、一切の世間の生についての問答は尽きることがありません。
佛子よ!譬えば、妙高大山王が純粋な宝でできていて、大威徳の天のよりどころとなり、その大威徳の天の衆は尽きることがないようなものです。菩薩が法雲地に住むのもまた同じで、如来の力、無所畏、不共仏法のよりどころとなり、諸仏の働きを示す問答は尽きることがありません。
佛子よ!この十種の大宝山王が同じく大海にあるように、菩薩の十地もまた同じで、すべて一切智智の中にあり、一切智智によって現れるのです。
「佛子!譬如大海以十行相,無映奪故墮在海數。何等為十?所謂:漸次深故,不共死屍而停宿故,餘水入中捨名數故,同一味故,多珍寶故,深難下故,廣無量故,大身種類所居處故,潮不違越所立限故,能受一切大雲之雨不厭足故。佛子!諸菩薩行亦復如是,以十行相無映奪故墮大行數。何等為十?所謂:極喜地中引發大願漸次深故,離垢地中不共毀禁死屍停故,發光地中世間假立捨名數故,焰慧地中以於諸佛不壞淨信同一味故,難勝地中引發無量方便神通世間事用多珍寶故,現前地中觀察緣起甚深理故,遠行地中以廣無量妙慧決擇諸善巧故,不動地中引發示現大莊嚴故,善慧地中如理通達甚深解脫及世間行終不違越所立限故,法雲地中能受一切諸佛法明大雲之雨無厭足故。
「仏子よ。たとえば大海が十の特徴をもつことによって、何ものにも覆い奪われることなく、海の数に数えられるようなものである。その十とは何か。すなわち、次第に深くなること、死体をともに泊めないこと、他の水が入ってもその名を失うこと、一味であること、多くの宝をもつこと、深くて底に達しがたいこと、広くて量り知れないこと、大きな身の生き物たちの住処であること、潮が定められた限界を越えないこと、すべての大雲の雨を受け入れても飽きることがないこと、である。仏子よ。菩薩の行もまた、このように十の特徴をもつことによって、何ものにも覆い奪われることなく、大いなる行の数に数えられるのである。その十とは何か。すなわち、極喜地において大いなる願いを引き起こし、次第に深くなること、離垢地において、戒を破るという死体をともにしないこと、発光地において、世間の仮の立て名を捨てて名の数を離れること、焔慧地において、諸仏に対する壊れない清らかな信によって一味であること、難勝地において、無量の方便・神通・世間の働きを引き起こす多くの宝をもつこと、現前地において、縁起の甚深な理を観察すること、遠行地において、広く無量の妙慧をもって諸々の善巧を決択すること、不動地において、大いなる荘厳を現し示すことを引き起こすこと、善慧地において、理にかなって甚深な解脱と世間の行いを正しく通達し、定められた限界を決して越えないこと、法雲地において、諸仏の法明という大雲の雨をすべて受け入れても飽きることがないこと、である。」
「佛子!譬如大摩尼寶,若時超過十種寶性而乃採得,善巧上匠以火炙治,善圓無缺、善淨離垢、善瑩明徹、善妙鑽穿貫以寶縷,置吠瑠璃高幢之上,普放一切種種光明,王所許可,是時能雨一切眾寶,隨欲攝益一切有情,令其心願悉得充滿。佛子!當知薩婆若心亦復如是,若時菩薩大菩提心,超過十種聖者種性,而乃得起杜多功德,遠離戒禁善炙鍊冶,靜慮、等持、等至圓滿,道支行相善淨無垢,方便神通善瑩明徹,以緣起觀善妙鑽穿,貫以種種方便慧縷,置於自在高幢之上,觀眾生行放聞慧光,正等覺智受灌灑已,是時得名一切智者,能為一切諸有情界廣作佛事。佛子!當知此能積集諸菩薩行,以一切種一切智智功德性聚妙法門品,未種善根諸有情類終不得聞。」
「佛子よ。例えば大きな摩尼宝珠があるとしよう。もし時にして十種の宝の性質を超えて、ようやく採り得られるならば、巧みな技術を持つ優れた職人が火で焼き鍛え、丸く完全で欠けるところなく、清らかで汚れを離れ、美しく磨かれて明らかに透き通り、見事に穿たれて宝の糸を通され、瑠璃の高き幢の上に置かれる。すると王の許可を得て、その時あらゆる種類の種々の光明を放ち、一切の衆宝を降らせ、望みに応じてすべての有情を利益し、その心の願いをすべて満たすことができる。
佛子よ。知るべきである。薩婆若の心もまた同じである。もし時にして菩薩の大菩提心が、十種の聖者の種性を超えて、ようやく杜多の功徳を起こし得るならば、戒禁を離れてよく焼き鍛えられ、静慮・等持・等至が円満し、道の支分の行相が清らかで汚れなく、方便の神通が美しく磨かれて明らかに透き通り、縁起の観察によって見事に穿たれ、種々の方便の慧の糸を通され、自在の高き幢の上に置かれる。衆生の行を観察して聞慧の光を放ち、正等覚の智によって灌灑を受けたならば、その時は一切智者と名づけられ、すべての有情の世界のために広く仏事を行うことができる。
佛子よ。知るべきである。この菩薩の行を積み集めることのできる、あらゆる種類の一切智智の功徳の性質を集めた妙法門の品は、善根を植えていない有情たちには、ついに聞くことができないのである。」
解脫月菩薩言:「唯佛子!若有有情耳根得聞此一切種一切智智功德性聚妙法門品,此等成就幾所福聚?」
尊い仏子よ、もしある有情が耳でこの一切種・一切智智の功徳の集まりである妙法門品を聞くことができたなら、その者たちはどれほどの福徳を積むことになるのでしょうか。
金剛藏菩薩言:「佛子!一切智智所有若干威力自在,發一切智心攝緣故,亦有爾所福德之聚,發一切智心攝緣故,所有若干福德之聚現前,聞此妙法門品,當得爾所福德之聚。所以者何?佛子!當知此一切智智功德性聚妙法門品,若非菩薩不能得聞不能信解,況復於中以修行相精勤加行?佛子!是故當知若有有情,一心聽聞此法門品,聞已信解,解已受持,以修行相於中加行,此諸有情皆悉隨順一切智門。爾時佛神力故、法爾如故,十方世間十俱胝佛剎微塵數世界,皆悉六變十八相動,所謂:動、遍動、等遍動,起、遍起、等遍起,踊、遍踊、等遍踊,震、遍震、等遍震,吼、遍吼、等遍吼,擊、遍擊、等遍擊,佛神力故、法爾如故,雨天花雲、雨天鬘雲,天妙衣雲、諸天寶雲、天莊嚴雲、天寶蓋雲、天寶幢雲、天寶幡雲,雨天樂雲其音和雅同時發聲,雨超諸天讚詠一切智地之雲。如此世界於四大洲,他化自在天王宮中演說此法,十方一切諸世界中,此說法聲普遍流轉悉亦如是。爾時復以佛神力故,從十方面過十俱胝佛剎微塵數諸世界外,有十俱胝佛剎微塵數諸菩薩眾,遍滿十方來集此會。至此會已咸作是言:『善哉,善哉!佛子!汝今善能顯此菩薩法性。佛子!我等悉亦同號名金剛藏,我等各各所住世界名金剛勝,於中諸佛正等覺者皆亦同號名金剛幢。我等各各從彼而來,於彼一切諸世界中,由佛神力亦說此法,眾會悉等,文字句義與此所說無有增減。佛子!我等今者承佛神力,而來此會為汝作證。如今我等入此世界十方一切諸世界中,一一世界於四大洲,各於他化自在天中,自在天王宮摩尼寶藏殿,悉亦如是而往作證。』」
金剛蔵菩薩は言った。「仏子よ!一切智智が持つすべての力と自在の働きは、一切智心を発して縁を摂取することによって生じます。したがって、その功徳の集まりもまた、それに応じて無量にあります。一切智心を発して縁を摂取するならば、その功徳の集まりが目の前に現れます。この妙法門の教えを聞く者は、それと同じだけの功徳の集まりを得るでしょう。
なぜなら、仏子よ、知るべきです。この一切智智の功徳の本性を集めた妙法門の教えは、菩薩でなければ聞くこともできず、信じ理解することもできません。ましてや、その中で修行の形をもって精進し努力することなど、なおさらです。
仏子よ、それゆえに知るべきです。もし生きとし生けるものたちが、一心にこの法門の教えを聞き、聞いた後に信じて理解し、理解した後に心に保ち、修行の形をもってその中で努力するならば、これらの人々はすべて、一切智の門に従い随順するでしょう。」
その時、仏の神通力によって、そして法の自然の理法によって、十方の世間にある十俱胝仏刹微塵数の世界が、すべて六変十八相の動きを起こした。すなわち、動じ、遍く動じ、等しく遍く動じ、起き、遍く起き、等しく遍く起き、踊り、遍く踊り、等しく遍く踊り、震え、遍く震え、等しく遍く震え、吼え、遍く吼え、等しく遍く吼え、撃ち、遍く撃ち、等しく遍く撃った。
仏の神通力によって、そして法の自然の理法によって、天の花の雲、天の花鬘の雲、天の妙衣の雲、諸天の宝の雲、天の荘厳の雲、天の宝蓋の雲、天の宝幢の雲、天の宝幡の雲が降り注ぎ、天の楽器の雲が和やかな音色を響かせて同時に声を発し、すべての天を超えた、一切智の境地を讃える雲が降り注いだ。
この世界の四大洲において、他化自在天王の宮殿でこの法が説かれているように、十方のすべての諸世界においても、この説法の声は広く流れ伝わり、まったく同じであった。
その時、再び仏の神通力によって、十方の方向から十俱胝仏刹微塵数の諸世界を超えたところから、十俱胝仏刹微塵数もの多くの菩薩たちが、十方に満ち満ちてこの集会に集まって来た。この集会に到着すると、皆こう言った。
「善きかな、善きかな!仏子よ!あなたは今、この菩薩の法性をよく顕かに示しました。仏子よ、私たちは皆、同じ名を金剛蔵といいます。私たちがそれぞれ住む世界は金剛勝といい、その中で正等覚を成就された諸仏も、皆同じ名を金剛幢といいます。私たちはそれぞれの世界からやって参りました。それらのすべての世界において、仏の神通力によって同じこの法を説いており、その集会も平等であり、文字や句の意味も、ここで説かれたものと増減なくまったく同じです。
仏子よ、私たちは今、仏の神通力の加護を受けて、この集会に来てあなたの証明となりました。今、私たちがこの世界に入ったように、十方のすべての諸世界の、それぞれの世界の四大洲において、それぞれ他化自在天の中の自在天王宮の摩尼宝蔵殿においても、同じように往って証明しているのです。」
爾時,金剛藏菩薩觀察十方一切眾會,普照法界,為欲讚歎發菩提心,為欲示現菩薩境界,為欲淨治菩薩行力,為說攝取一切智道,為除一切諸世間垢,為欲施與一切種智,為欲示現不可思議智莊嚴事,為欲顯示一切菩薩諸勝功德,為欲令此如上地義轉更開顯,承佛神力而說頌言:
その時、金剛蔵菩薩は十方のすべての会衆を観察し、法界を遍く照らした。発菩提心を讚歎しようと欲し、菩薩の境界を示現しようと欲し、菩薩の行力を浄治しようと欲し、一切智を摂取する道を説こうと欲し、一切の世間の垢を除こうと欲し、一切種智を施与しようと欲し、不可思議智の荘厳を示現しようと欲し、一切菩薩の諸々の勝れた功徳を顕示しようと欲し、この上地の義をさらに開顕せしめようと欲して、仏の神力に依って偈頌を説いた。
「其心寂滅恒調順, 平等無礙如虛空;
離諸垢濁住於道, 汝等應聽此勝行。
百千億劫修諸善, 供養無量無邊佛;
聲聞、獨覺亦復然, 為利群生發大心。
勤持淨戒、常和忍, 慚愧福智皆具足;
志求佛智修廣慧, 為得十力發大心。
三世諸佛咸供養, 一切國土悉嚴淨;
了知諸法皆平等, 為利有情發大心。
初地已發菩提心, 永離眾惡常歡喜;
願力廣修諸善法, 以悲愍故入後地。
戒、定具足念有情, 滌除垢穢心明潔;
觀世三毒火熾然, 廣大解者趣三地。
三有一切皆無常, 如箭入身無救護;
厭離有為求佛法, 廣大智趣焰慧地。
念慧具足得道智, 供養百千無量佛;
常觀最勝諸功德, 斯則趣入難勝地。
智慧方便善觀察, 種種示現救有情;
復供十力無上尊, 此能趣入現前地。
世所難知而能知, 不受於我離有無;
法性本寂隨緣轉, 由此妙智向七地。
智慧方便心廣大, 難行難伏難了知;
雖證寂滅懃修習, 能取如空不動地。
蒙佛勸從寂滅起, 廣修種種諸智業;
具十自在觀世間, 以此而昇善慧地。
以微妙智觀有情, 心、惑、業等諸稠林;
為欲化其令趣道, 演說諸佛勝義藏。
次第修行具眾善, 乃至九地集福慧;
常求諸佛最勝法, 以佛智水受灌頂。
獲諸無數三摩地, 皆善了知其作業;
其後定名受灌頂, 住廣大境恒不動。
菩薩得此後定時, 大寶蓮花忽然現;
身量稱彼於中坐, 同觀菩薩眾圍遶。
放大光明百千億, 滅除一切有情苦;
復於頂上放光明, 普入十方諸佛會;
悉住空中作光網, 供養佛已從足入;
即時諸佛悉知此, 佛子今登灌頂位。
十方菩薩皆來集, 瞻此大士獲眾定;
諸佛眉間亦放光, 普照而來從頂入。
十方世界咸震動, 一切惡趣苦銷滅;
是時諸佛灌其頂, 如轉輪王灌太子。
若蒙諸佛與灌頂, 是則名登法雲地;
智慧增長無有邊, 開悟一切諸世間。
欲界、色界、無色界, 法界、世界、有情界;
有為、無為、空涅槃, 如是一切咸通達。
一切變化大威力, 諸佛加持微細智;
祕密劫數毛道等, 皆能如實而觀察。
受生捨俗成正覺, 轉妙法輪入涅槃;
乃至寂滅解脫法, 及所示說皆能了。
菩薩住此法雲地, 具足念力持佛法;
譬如大海受龍雨, 此地受法亦復然。
假使十方無量土, 微塵數等諸有情;
悉得聞持陀羅尼, 各持別別無量法。
菩薩住此法雲地, 於一佛所所受法;
名為三世法界藏, 此過彼數無有量。
由昔智願威神力, 一念普遍十方界;
注甘露法滅煩惱, 是故此地名法雲。
神通示現遍十方, 超出人天世間境;
復過是數無量億, 若以世智思必迷。
十地菩薩身業等, 至舉足量智功德,
此乃登法太子位, 九地諸聖不能測,
何況一切諸群生, 及以聲聞、獨覺等。
此地菩薩供養佛, 十方國土悉周遍,
亦供現前諸聖眾, 具足莊嚴佛功德。
諸佛為住此地說, 三世法界無礙智,
遍照世界有情等, 乃至為說一切智。
此地菩薩智光明, 能示有情正法路,
如大自在天王光, 除闇能悅有情身,
此地智光能除闇, 悅豫世間亦如是。
住此多作三界王, 善能演說三乘法;
剎那能證百萬億, 那庾多數不可說。
剎土塵等三摩地, 見佛等事餘亦然;
此地我今已略說, 若以廣說不可盡。
是諸地於佛智中, 嶷然住似十山王;
初地藝業不可盡, 如雪山中諸藥性;
二地戒香如香山; 三如裂窮豐妙珍;
焰慧道寶無有盡, 如仙山中神仙眾;
五地神通如持雙; 六如馬耳具眾果;
七地大慧如持魚; 八地自在如輪圍;
九無礙解如幢相; 十如妙高具眾德。
初地願首二淨戒, 三靜慮等諸功德,
四專一行覺支道, 五地微妙方便慧,
六地甚深緣起觀, 七廣大慧八莊嚴,
九地思擇微妙義, 出過一切世間道;
十地受持諸佛法, 如是行海無盡竭。
十行超世發心初, 淨戒第二、靜慮三,
行淨第四、成就五, 緣起第六、貫穿七,
第八置在金剛幢, 第九觀察眾稠林,
第十法王授灌頂, 如是德寶漸清淨。
十方國土碎為塵, 可於一念知其數;
毫末度空可知量, 億劫說此不可盡。」
その心は寂滅して常に調順であり、平等に障りなく虚空の如し。 諸々の汚れや濁りを離れて道に安住す。汝らはこの勝れた行いを聴くべきである。 百千億劫の間、諸々の善を修め、無量無辺の仏を供養し、 声聞や独覚もまた同じように、衆生を利するために大いなる心を起こす。 清らかな戒を励行し、常に和合し忍び、慚愧・福徳・智慧をすべて具える。 仏の智慧を求め、広い慧を修め、十力を得るために大いなる心を起こす。 三世の諸仏をすべて供養し、一切の国土をことごとく荘厳に清め、 諸法がすべて平等であることを了知し、有情を利するために大いなる心を起こす。
初地においてすでに菩提心を発し、永く衆悪を離れて常に歓喜する。 願力によって広く諸々の善法を修め、悲愍をもって後ろの地に入る。 戒と定を具えて有情を念じ、垢穢を洗い流して心は明らかに清らかになる。 世間の三毒の火が熾んに燃えるのを見て、広大な解を持つ者は第三地に向かう。 三有の一切はすべて無常であり、矢が身に刺さって救いがないようなもの。 有為を厭い離れて仏法を求め、広大な智は焰慧地に向かう。 念と慧を具えて道の智を得て、百千無量の仏を供養し、 常に最勝の諸々の功徳を観ずる。これが難勝地に入る所以である。 智慧と方便をもってよく観察し、種々の示現によって有情を救い、 さらに十力の無上の尊を供養する。これが現前地に入る所以である。 世間が知り難いことをよく知り、我に執着せず、有無を離れる。 法性は本来寂滅であり、縁に随って転ずる。この妙智によって第七地に向かう。 智慧と方便は心広大にして、行い難く、伏し難く、知り難い。 寂滅を証してもなお懃に修習し、空の如き不動地を取ることができる。 仏の勧めを受けて寂滅から起ち、広く種々の智慧の業を修める。 十の自在を具えて世間を観じ、これによって善慧地に昇る。 微細な智慧をもって有情を観じ、心・惑・業などの諸々の稠林を見る。 彼らを教化して道に向かわせんと欲し、諸仏の勝れた義の蔵を説く。 次第に修行して衆善を具え、乃至第九地において福慧を積む。 常に諸仏の最勝の法を求め、仏の智慧の水をもって灌頂を受ける。 数え切れない三摩地を得て、その作業をすべてよく了知する。 その後、灌頂と名づけられる定を得て、広大な境に住して常に動じない。
菩薩がこの後の定を得たとき、大宝の蓮華が忽然として現れる。 身量はそれに相応して、その中に坐し、同じく観ずる菩薩の衆が囲繞する。 百千億の大光明を放って、一切の有情の苦を滅除し、 さらに頂上より光明を放って、普く十方の諸仏の会座に入る。 すべて空中に住して光網を作し、仏を供養してのち足から入る。 そのとき諸仏はすべてこれを知る。仏子は今、灌頂の位に登る、と。 十方の菩薩はみな来集し、この大士が衆定を得たことを瞻仰する。 諸仏の眉間もまた光を放ち、普く照らして来たり、頂から入る。 十方の世界はすべて震動し、一切の悪趣の苦は消滅する。 このとき諸仏はその頂に灌頂する。転輪王が太子に灌頂するように。
もし諸仏の灌頂を受ければ、これぞ法雲地に登るという。 智慧は増長して際限なく、一切の世間を開悟させる。 欲界・色界・無色界、法界・世界・有情界、 有為・無為・空・涅槃、これらのすべてをことごとく通達する。 一切の変化の大威力、諸仏の加持の微細な智、 秘密の劫数や毛道などを、すべて如実に観察することができる。 受生し、俗を捨て、正覚を成じ、妙法輪を転じ、涅槃に入る。 乃至、寂滅解脱の法、および示説されたすべてを了知することができる。
菩薩がこの法雲地に住するとき、念力を見足して仏法を受持する。 たとえば大海が竜の雨を受けるように、この地の法を受け入れることもまた同じである。 たとえ十方の無量の国土の微塵のような数の有情が、 すべて陀羅尼の聞持を得て、それぞれ別々の無量の法を受持しても、 菩薩がこの法雲地に住して、一仏の所で受ける法は、 三世法界の蔵と名づけられ、その数は彼を超えて無量である。 昔の智慧と願いの威神力によって、一念に十方の世界に普く遍満し、 甘露の法を注いで煩悩を滅する。それゆえにこの地を法雲と名づける。 神通の示現は十方に遍く、人天の世間の境を超え出る。 さらにその数を超えて無量億なるも、世間の智で思えば必ず迷うであろう。 十地の菩薩の身業など、乃至挙足の量の智慧・功徳は、 これぞ法の太子の位に登るもの。九地の諸聖すら測ることができず、 ましてや一切の群生、および声聞・独覚などはなおさらである。
この地の菩薩が仏を供養するとき、十方の国土をことごとく周遍し、 また現前の諸聖衆を供養して、仏の功徳を荘厳に見足する。 諸仏はこの地に住する者のために、三世法界の無礙の智を説き、 世界や有情などを遍く照らし、乃至、一切智を説く。 この地の菩薩の智慧の光明は、有情に正法の道を示すことができる。 たとえば大自在天王の光が、闇を除き有情の身を悦ばせるように、 この地の智慧の光もまた闇を除き、世間を悦ばせるのも同じである。
この地に住して多く三界の王となり、よく三乗の法を演説する。 刹那に百万億の那庾多の数の、説き尽くせないほどの 刹土の塵ほどの三摩地を証し、見仏などの事もまたそのほかのとおりである。 この地について私はいま略説した。広く説けば尽きることがないであろう。
これらの地は仏の智慧の中にあり、嶷然として十の山王の如く住する。 初地の芸業は尽きることがなく、雪山の中の諸々の薬の性のようである。 二地の戒香は香山のようであり、三地は裂窮の如く豊かな妙珍を有する。 焰慧地の道の宝は尽きることなく、仙山の中の神仙の衆のようである。 五地の神通は持双山のようであり、六地は馬耳山が衆果を具えるがごとし。 七地の大慧は持魚山のようであり、八地の自在は輪囲山のようである。 九地の無礙解は幢の相のようであり、十地は妙高山が衆徳を具えるがごとし。
初地は願を首とし、第二は浄戒、第三は静慮などの諸々の功徳、 第四は一つの行に専念して覚支の道とし、五地は微細なる方便の慧、 六地は甚深なる縁起の観、七は広大慧、八は荘厳、 九地は微細な義を思択し、一切の世間の道を超え出る。 十地は諸仏の法を受持する。このような行の海は尽きることがない。
十の行は世間を超え、発心が初め、浄戒が第二、静慮が第三、 行の清浄が第四、成就が第五、縁起が第六、貫穿が第七、 第八は金剛幢に置かれ、第九は衆稠林を観察し、 第十は法王より灌頂を授けられる。このような功徳の宝は、漸く清らかになる。 十方の国土を砕いて塵とし、一念にしてその数を知ることができるとしても、 毛端で虚空を測って量を知ることができるとしても、億劫説いてもこれを尽くすことはできない。」
爾時,金剛藏菩薩摩訶薩,以佛神力說此經已,如來、應供、正遍等覺,稱許印可。彼諸一切菩薩大眾,及諸天、龍、藥叉、健達縛、阿素洛、釋、梵、護世、摩醯首羅、淨居天眾,皆大歡喜信受奉行。
その時、金剛蔵菩薩摩訶薩は、仏の神力によってこの経典を説き終えました。如来・応供・正遍知・等覚の仏は、これを称え、認め、お墨付きを与えられました。その場にいたすべての菩薩たち、そして天、竜、薬叉、乾達婆、阿修羅、帝釈天、梵天、護世の神々、大自在天、浄居天の衆生たちは、みな大いに喜び、深く信じて、この教えを実践することを誓ったのでした。
時薄伽梵成道未久第二七日,在於他化自在天王宮摩尼寶藏殿,隨喜金剛藏菩薩所說。
薄伽梵が悟りを開かれて間もない第二七日、他化自在天王の宮殿にある摩尼寶蔵殿において、金剛蔵菩薩の説法を喜んでお認めになった。
菩薩法雲地第十竟
第十の地である法雲地についての教えは、これで終わりました。
十地經卷第九
十地経巻第九