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  1. 居士分灯録 (居士分燈錄)
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居士分灯録 (居士分燈錄)


No. 1607-C自敘分燈錄緣起

No. 1607-C 自敘分灯録縁起

如來正法眼藏首傳大迦葉,乃至二十八傳菩提達磨遙觀震旦有大乘根器,遂泛海而來。磨傳惠可,可傳僧粲,粲傳道信,信傳弘忍,忍傳惠能,能傳懷讓、行思。兩派兒孫,五燈輝映,若臨濟,若雲門,若溈仰,若曹洞,若法眼,或孤峯頂上盤結草菴,或十字街頭解開布袋,明鏡當臺,胡漢自現,寶劒在手,殺活臨時。青州衫,乾屎橛,擬議便乖;擊石火,閃電光,轉盻即失。至矣!盡矣!無得而上焉?然考當時法道盛行,有主化者,必有分化者。主化者,如上所述,具載傳燈;分化者,則有如維摩詰、龐道玄、張無盡、宋景濂輩,秘大現小,帶水拖泥,不壞假名而談實相,斯亦悲願弘廣,混俗利生之遐軌已!余故略採內典,既成《佛祖綱目》四十一卷,復輯居士中師承有據及應化再來者七十二人,為《分燈錄》二卷。分燈者,乃余結集時夢見舍利弗尊者之所標也!儻謂是書非無盡燈,亦非非無盡燈,而欲揭之以光照來茲乎。雪竇有云:「三十三人入虎穴」,予亦云:「七十二人出龍窟」。即今書在這裡,還識龍麼?透網金鱗休云滯水,無處有月波澄,有處無風浪起。參!

如来の正法眼蔵は、まず大迦葉(だいかしょう)へと伝えられ、そして二十八代を経て菩提達磨(ぼだいだるま)に至りました。達磨は遙かに震旦(中国)に大乗の根器があるのを見て、海を渡ってやって来られました。達磨は恵可(えか)に伝え、恵可は僧燦(そうさん)に伝え、僧燦は道信(どうしん)に伝え、道信は弘忍(ぐにん)に伝え、弘忍は恵能(えのう)に伝え、恵能は懐譲(えじょう)と行思(ぎょうし)に伝えました。この二派の子孫は、五つの灯りが輝き合うように受け継がれてきました。臨済(りんざい)もあれば、雲門(うんもん)もあり、潙仰(いぎょう)もあり、曹洞(そうとう)もあり、法眼(ほうげん)もあるのです。ある者は孤峰の頂に草庵を結んで盤座し、ある者は十字の街頭で布袋を解き放ちます。明鏡が台に置かれれば、胡も漢もおのずと映し出され、宝剣が手にあれば、殺すも活かすも時と場に応じます。青州の衫(さん)や乾屎橛(かんしけつ)のような問いかけは、あれこれ思い巡らせばたちまち外れてしまいます。石を打つ火のごとく、稲妻の光のごとく、瞬きの間に過ぎ去ってしまうのです。なんと至り尽くしたことでしょうか。これ以上に何を求められましょうか。

しかし、当時法の道が盛んに行われていたことを考えますと、主として教化する者がいれば、必ず分かれて教化する者もいました。主として教化する者については、先に述べた通り、伝灯の記録に詳しく載っています。分かれて教化する者としては、維摩詰(ゆいまきつ)や龐道玄(ほうどうげん)、張無尽(ちょうむじん)、宋景濂(そうけいれん)といった人々がおり、大きな悟りを秘めながら小さな姿を現し、水を帯び泥を曳くように俗世に身を置きながらも、仮の名を壊すことなく実相を語りました。これもまた、悲願が広く大きい、俗世に混じって衆生を利益する遠き道筋であります。

そこで私は、内典から少しずつ採り集め、すでに『佛祖綱目(ぶっそこうもく)』四十一巻を完成させました。さらに居士の中で師承の根拠が確かな者、および応化再来の者七十二人を集めて、『分灯録(ぶんとうろく)』二巻としました。「分灯」という名は、私が結集したときに夢に見た舎利弗尊者が示されたものです。もしこの書が無尽灯ではなく、また無尽灯でないわけでもないと言い、これを掲げて来たる世を照らそうと望まれるなら、いかがでしょうか。

雪竇(せっどう)にこういう言葉があります。「三十三人、虎の穴に入る」と。私もこう申しましょう。「七十二人、龍の窟より出づ」と。さて、今この書がここにあります。龍がお分かりになりますか。網を透った金鱗よ、水に滞ると言うことなかれ。月の波が澄む所もあり、風の浪が起つ所もある。さあ、参じられよ。

崇禎辛未陽生日 雲間朱時恩 謹序

崇禎辛未年の陽生の日、雲間の朱時恩が謹んで序します。


No. 1607-B 居士分燈錄敘
居士分燈錄目錄

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