大莊嚴論經卷第一
『大荘厳論経』 巻第一
馬鳴菩薩造
馬鳴菩薩作
後秦三藏鳩摩羅什譯
後秦の三蔵法師鳩摩羅什訳
前禮最勝尊,離欲邁三有,
亦敬一切智,甘露微妙法,
并及八輩眾,無垢清淨僧,
富那脇比丘,彌織諸論師,
薩婆室婆眾,牛王正道者,
是等諸論師,我等皆敬順。
我今當次說,顯示莊嚴論,
聞者得滿足,眾善從是生。
可歸不可歸,可供不可供,
於中善惡相,宜應分別說。
最初に、最も尊い方(仏陀)に礼拝し、三つの世界を超えた欲望を離れた方を敬います。 また、全てを知る智慧を持つ方と、甘露のような微妙な教えを敬います。 そして、八つの聖者の集まりである、汚れのない清らかな僧団を敬います。 富那脇比丘をはじめ、多くの論師たち、 サルヴァースティヴァーダンの僧侶たち、牛王の如き正道を歩む方々、 これらの諸々の論師たちを、私たちは皆、敬い従います。 私はこれから、荘厳な論を次々に示しましょう。 それを聞く者は満足を得て、多くの善がそこから生まれます。 帰依すべきものと帰依すべきでないもの、供養すべきものと供養すべきでないもの、 その中での善悪の相について、適切に分けて説くべきです。
(一)
(一)
說曰:我昔曾聞,乾陀羅國有商賈客,到摩突羅國。至彼國已,時彼國中有一佛塔,眾賈客中有一優婆塞,日至彼塔恭敬禮拜。向塔中路有諸婆羅門,見優婆塞禮拜佛塔皆共嗤笑。更於餘日天甚烝熱,此諸婆羅門等食訖遊行而自放散,或在路中、或立門側,有洗浴者、有塗香者,或行或坐。時優婆塞禮塔迴還,諸婆羅門見已喚言:「來優婆塞,就此坐。」語優婆塞言:「爾今云何不識知彼摩醯首羅、毘紐天等而為致敬,乃禮佛塔,得無煩耶?」時優婆塞即答之曰:「我知世尊功德少分,是故欽仰恭敬為禮。未知汝天有何道德,而欲令我向彼禮乎?」諸婆羅門聞是語已,瞋目呵叱:「愚癡之人!汝云何不知我天所有神德,而作是言?」諸婆羅門即說偈言:
私はかつて聞きました。ガンダーラの国に商人たちがいて、マトゥラーという国へやって来ました。その国には仏塔がありました。商人の中に一人の優婆塞(在家の信者)がいて、毎日その塔に行って敬虔に礼拝していました。ある日、塔へ向かう道すがら、多くのバラモンたちがこの優婆塞を見て、仏塔に礼拝する姿を嘲笑いました。
別の日、とても暑い日でした。バラモンたちは食事を終え、思い思いに散策したり、道端や門の脇に立ったり、沐浴する者、香を塗る者、歩く者、座る者など様々でした。そこへ優婆塞が塔への礼拝を終えて戻って来ると、バラモンたちが呼び止めて言いました。「おい、優婆塞よ、こちらに座れ。」そして言いました。「お前はなぜ、かの偉大なマヘーシュヴァラ(シヴァ神)やヴィシュヌ神を敬わず、仏塔に礼拝するのか。そんなことをして煩わしくないのか?」
そこで優婆塞は答えました。「私は世尊(仏陀)の功徳をほんの一部でも知っているので、敬慕し礼拝するのです。あなた方の神々にどのような道徳があるのか知りません。どうして私がそれらに礼拝しなければならないのですか?」
バラモンたちはこの言葉を聞いて、目を剥いて怒鳴りつけました。「愚か者め!お前は我々の神々の偉大な神徳を知りもせず、そんなことを言うのか?」そして、バラモンたちは次の詩を唱えました。
「阿修羅城郭,高顯周三重,
懸處於虛空,男女悉充滿,
我天彎弓矢,遠中彼城郭,
一念盡燒滅,如火焚乾草。」
阿修羅の城郭は高くそびえ、三重の壁が巡っている。 虚空に浮かぶその城には、男女が満ち溢れている。 我ら天人は弓に矢をつがえ、遠くからその城を射抜く。 ひとたび念じれば、すべてを焼き尽くし、まるで乾いた草を火が燃やし尽くすかのようである。
時優婆塞聞是偈已,大笑而言:「如斯之事吾之鄙薄,所不敬尚。」以偈答言:
時に、ある在家の信者がこの偈を聞いて、大笑して言った。「このようなことは、私のような浅はかで取るに足らない者には、敬うに値しない。」こう偈で答えた。
「命如葉上露,有生會當滅,
云何有智者,弓矢加殘害?」
「人の命は葉の上の露のようにはかないもの。生まれたものは必ず滅びる。それなのに、どうして智慧ある人が弓矢で傷つけることがあろうか。」
時諸婆羅門等聞是偈已,咸共同聲呵優婆塞言:「是癡人,彼阿修羅有大勢力好為惡事,我天神德力能殺害,云何乃言非有智耶?」時優婆塞被呵責已,喟然長歎,而說偈言:
時に、婆羅門たちはこの偈を聞いて、声を揃えて優婆塞を責めた。「この愚か者よ。あの阿修羅は大きな力を持ち、悪事を好む者だ。我々の天の神は徳の力でそれを殺し得るというのに、どうして智慧がないなどと言うのか。」すると優婆塞は責められて、深く長い嘆息をもって偈を唱えた。
「美惡諦觀察,智者修善業,
能獲大果報,後則轉受樂,
云何於過惡,反生功德想?
邪見既增長,歎惡以為善,
以是惡業故,後獲大苦報。」
「美しいものも醜いものも、あるがままに見極めなさい。 賢い人は善い行いを積み、 その結果、大きな果報を得て、後に幸せに変わります。 どうして過ちや悪の中に、功徳があると思うのでしょうか。 間違った見方が強まれば、悪を善と褒めたたえるようになります。 その悪い行いのゆえに、後に大きな苦しみの報いを受けるのです。」
諸婆羅門聞是語已,竪目舉手懍癘攘袂瞋忿戰動,而作是言:「汝甚愚癡,不吉之人,此等諸天不加恭敬而恭敬誰?」時優婆塞意志閑裕而語之言:「吾雖單獨,貴申道理,不應以力朋黨競說。」時優婆塞復說偈言:
その言葉を聞いたバラモンたちは、目を見開き、拳を振り上げ、怒りに震え、声を荒げて言った。「お前は実に愚かで、不吉な者だ。諸天を敬わずして、誰を敬うというのか?」すると、ウパーサカは落ち着いて穏やかな態度で言った。「私は一人であるが、大切なのは道理を持って語ることだ。力ずくや仲間と組んで言い争うべきではない」と。そしてウパーサカはさらに次の詩を唱えた。
「汝等所供養,兇惡好殘害,
汝若奉事彼,以為功德者,
亦應生恭敬,師子及虎狼,
觸惱生殘害,惡鬼羅剎等,
愚人以畏故,於彼生恭敬。
諸有智慧者,宜應深觀察,
若不為殘害,乃可生恭敬,
諸有功德者,終無殘害心。
修行諸惡者,無不壞殘害,
不能善分別,功德及過惡。
功德起惡心,過生功德想,
殘害逼迫者,凡愚增敬順,
於善功德者,反生輕賤心,
世間皆顛倒,不別可敬者。
乾陀羅生者,解知別善惡,
是故信如來,不敬自在天。」
「あなたがたが供養しているのは、凶悪で残虐を好むものたちだ。 もしそれらに仕えることを功徳だと思うならば、 獅子や虎狼、そして悩みを引き起こし害をもたらす悪鬼や羅刹などにも 同様に敬うべきだろう。 愚かな人々は恐れのゆえに、それらに敬意を払う。
しかし智慧ある人々は、よくよく観察すべきだ。 もし害をなさないのなら、初めて敬うことができる。 功徳ある者は、決して残虐な心を持たない。
悪行を修行する者は、皆、残虐を滅ぼすことができない。 功徳と過失を正しく区別することができないのだ。 功徳があるのに悪心を起こし、過失を功徳だと誤って思い、 残虐に迫られれば凡愚はますます敬い従うが、 善い功徳ある者には逆に軽んじる心を起こす。 世間はすべて逆さまになり、敬うべき者を識別できない。
ガンダーラに生まれた者(ブッダ)は、善悪を見分ける智慧を解き明かした。 それゆえ、如来を信じ、自在天(神々)を敬わないのである。」
彼時婆羅門聞是語已,即作是言:「咄乾陀羅!出何種姓、有何道德而名佛乎?」時優婆塞說偈答言:
その時、バラモンはその言葉を聞いて、こう言いました。「おや、チャンダーラよ。いったいどのような家柄で、どのような徳を備えた者が仏陀と呼ばれるのか。」そこで、優婆塞(在家の信者)は偈(詩)で答えて言いました。
「出於釋氏宮,具足一切智,
眾過悉耘除,諸善皆普備,
於諸眾生中,未始不饒益,
覺了諸法相,一切悉明解,
如是之大仙,故稱號為佛。」
お釈迦さまの教えの中に生まれ、すべての智慧を完全にそなえ、 あらゆる過ちをことごとく取り除き、すべての善い行いを広く備え、 あらゆる生きとし生けるものを、いつでも必ず助け、 あらゆる物事の本質を悟り、すべてをはっきりと理解された方、 このような大いなる聖者を、私たちは「仏」とお呼びします。
時諸婆羅門,復說偈言:
時に、婆羅門たちは再び偈を唱えて言った。
「汝言佛大仙,應作逼惱事,
此閻浮提中,瞻默監持陀,
婆塞婆私吒,提釋阿坻耶,
如是諸大仙,名稱世所聞,
能結大神呪,殘滅諸國土。
汝名佛大仙,亦應作斯呪,
汝佛有大德,應作逼惱事,
若不作呪害,云何名大仙?」
「あなたは仏の大仙人だとおっしゃいますが、それならば人々を苦しめる行いをすべきでしょう。 この閻浮提(えんぶだい)の地にあって、サマー、ダラ、カンダなど、 バサク、バシッタ、ダイシャ、アーリヤといった人々―― これらの大仙人たちは、名が世に響き渡り、 大いなる神呪を結んで、諸々の国を滅ぼしてきました。 あなたは仏の大仙人と名乗るのですから、同じくそのような呪を作るべきです。 仏であるあなたには大きな徳があり、人々を苦しめる行いをするのが当然でしょう。 もしも害をなす呪を作らないのなら、どうして大仙人と言えるのでしょうか?」
時優婆塞不忍聞彼誹謗之言,以手掩耳,而說偈言:
その時、在家の信者(優婆塞)は、その誹謗の言葉を聞くに忍びず、手で耳をふさいで、次の偈(うた)を唱えました。
「咄莫出惡語,謗言佛有呪,
毀謗最勝尊,後獲大苦報。」
「おい、悪口を言うな。仏に呪いがあると非難し、最高の尊い方を誹り中傷すれば、後で大きな苦しみの報いを受けることになる。」
時婆羅門,復說偈言:
婆羅門が、さらに次の詩を唱えました。
「佛若無呪術,不名有大力,
若無惱害者,云何名大仙?
我但說實語,何故稱誹謗?」
時諸婆羅門,撫掌大笑言:
「是故汝癡人,定墮於負處。」
「仏に呪術の力がなければ、偉大な力を持つとは言えない。 もし他者を悩ませ害する力がなければ、どうして大いなる聖者と呼ばれるのか? 私はただ真実を語っているのに、なぜそれを誹謗と呼ぶのか?」 するとバラモンたちは、手を打って大笑いしながら言った。 「それゆえ、お前のような愚か者は、必ず負け惜しみの境地に落ちるのだ。」
時優婆塞語婆羅門言:「汝莫怪笑!汝言如來無大功德亦無大力,斯是妄語。如來實有大功德力永斷呪根,終不復作惱害之事。汝今諦聽!當為汝說。」即說偈言:
時に、ある在家信者がバラモンにこう言いました。
「どうかお笑いになりませんように。あなたが『如来には大いなる功徳もなく、大いなる力もない』と言われるのは、それは誤りです。如来には確かに大いなる功徳の力がおありで、呪いの根本を永遠に断ち切られ、もはや害をなすようなことは決してないのです。今、あなたはよくお聞きなさい。私はあなたのために説きましょう。」 そして、次の偈を唱えました。
「以貪瞋癡故,則作大惡呪,
當結惡呪時,惡鬼取其語,
於諸罪眾生,而行惱害事。
佛斷貪瞋癡,慈悲廣饒益,
永除惡呪根,但有眾善事,
是故佛世尊,都無有惱害,
以大功德力,拔濟無量苦,
汝今何故言,佛無大勢力?」
貪欲や怒り、無知の心があるからこそ、人々は恐ろしい呪いをかけようとするのです。 悪意の呪いを唱えるとき、悪鬼たちはその言葉を奪い取り、 数多くの罪深き人々に対し、害をなすのです。 しかし仏は、貪欲・怒り・無知を完全に断ち切り、慈しみと哀れみをもって広く人々を救います。 悪い呪いの根本を永遠に除き去り、ただ善い行いだけが残りました。 それゆえ、仏さまは一切の害をなすことがありません。 大きな功徳の力をもって、計り知れない苦しみから人々を救い上げるのです。 それなのに、なぜあなたは「仏には大いなる力がない」と言うのですか?
時諸婆羅門聞是偈已,瞋恚心息,語優婆塞言:「我於今者欲問少事,勿見瞋也。咄優婆塞!佛若無惡呪,云何而得受他供養?既不為損又不能益,云何而得稱為大仙?」優婆塞言:「如來大慈悲,終無惡呪損減眾生,亦復不為利養之事,但為饒益故受供養。」而說偈言:
その時、バラモンたちはこの偈を聞いて怒りの心が収まり、在家の信者に言った。「今、少しだけお尋ねしたいことがあるので、お怒りにならないでください。ああ、在家の方よ。もし仏に悪い呪いがなければ、どうして他者からの供養を受けることができるのでしょうか。人を損なうこともなければ、益することもないのに、どうして大仙と呼ばれるのでしょうか。」
在家の信者は答えた。「如来は大いなる慈悲を持ち、決して悪い呪いによって衆生を損なうことはありません。また、利益を得るために供養を受けるのではなく、ただ衆生を益するために供養を受けるのです。」そして、次の偈を説いた。
「大悲愍群生,常欲為拔苦,
見諸受惱者,過於己自處,
云何結惡呪,而作惱害事?
眾生體性苦,生老病死逼,
如癰著燥灰,云何更加惡?
常以清涼法,休息諸熱惱。」
「大いなる慈しみで生きとし生けるものを憐れみ、常にその苦しみを取り除こうと願う。苦しむ者を見れば、我が身のこと以上にその痛みを感じる。どうして怨みの呪いを結び、悩ませ傷つけるような行いをできようか?すべての生きものは、その本質において苦しいものだ。生まれ、老い、病み、死に、絶えず脅かされている。それはまるで、腫れ物に乾いた灰をかけるようなものだ。そこにさらに苦しみを加えるなど、どうしてできるだろうか?常に清らかで涼しさをもたらす教えをもって、あらゆる熱き悩みを静めてやるべきなのだ。」
諸婆羅門聞是語已,即便低頭思惟斯語:「此是好事。」心欲生信。「汝健陀羅善別勝處,汝能信此甚為希有!是故歎汝。健陀羅者名不虛設,言健陀者,名為持也,持善去惡故得斯號。」而說偈言:
多くのバラモンたちはこの言葉を聞いて、すぐにうなだれてそれを思案した。「これはよいことだ」と。心には信じようとする気持ちが湧いた。「あなた、ガンダーラよ、すぐれた境地をよく見分ける者よ。あなたがこの教えを信じられるとは、まことにまれなことだ。それゆえ、あなたを称賛する。ガンダーラという名は、決して虚ろなものではない。『ガンダ』とは、『保つ』という意味である。善を保ち悪を捨てるからこそ、この名にふさわしいのだ。」そして、次の詩を唱えた。
「能持此地者,是名善丈夫,
善丈夫中勝,實是健陀羅。」
この地を支え持つ者こそ、善き人(善丈夫)である。 善き人の中でも最も優れ、まさに堅固な者(健陀羅)である。
時優婆塞作是思惟:「此婆羅門心欲信解皆可成器,我今當更為分別說佛之功德。」時優婆塞顏貌熙怡而作是言:「見汝信佛,我甚歡喜。汝今幸可少聽我語,功德過惡汝宜觀察。」而說偈言:
在家の信者がこう考えた。「このバラモンは心から信じ理解しようとしており、立派な器となることができる。今こそ、さらに詳しく仏の功徳について話して聞かせよう。」そこで在家の信者は、晴れやかな表情でこう言った。「あなたが仏を信じているのを見て、私は大変喜んでいる。どうか今、私の言葉を少し聞いてほしい。功徳と過失について、あなたはよく観察すべきだ。」そして、次のような偈を唱えた。
「觀察佛功德,一見皆滿足,
戒聞及定慧,無與佛等者。
諸山須彌最,眾流海第一,
世間天人中,無有及佛者。
能為諸眾生,具受一切苦,
必令得解脫,終不放捨離。
誰有歸依佛,不得利益者?
誰有歸依佛,而不解脫者?
誰隨佛教旨,而不斷煩惱?
佛以神足力,降伏諸外道,
名稱普遠聞,遍滿十方剎。
唯佛師子吼,說諸行無我,
所說恒處中,不著於二邊。
天上及人中,皆作如是說,
不能善分別,結使諸業報。
如來涅槃後,諸國造塔廟,
莊嚴於世間,猶虛空星宿。
以是故當知,佛為最勝尊。」
仏の功徳を観じれば、 ひと目見るだけで満たされる。 戒・聞・定・慧のすべてにおいて、 仏に並ぶ者はない。 山々の中では須弥山が最も高く、 流れの中では大海が第一であるように、 世の天や人のうちに、 仏に及ぶ者はいない。 すべての生きとし生けるもののために、 自らあらゆる苦しみを受け、 必ず救いを得させ、 決して見捨てることがない。 仏に帰依して、 利益を得られない者がいるだろうか? 仏に帰依して、 解脱しない者がいるだろうか? 仏の教えに従いながら、 煩悩を断たない者がいるだろうか? 仏は神足の力をもって、 あらゆる外道を降し、 その名は遠く広く聞こえ、 十方の世界に満ちる。 ただ仏のみが師子吼して、 あらゆる行には我がないと説き、 その教えは常に中道にあり、 二つの極端に執着しない。 天人も人間も、 みなこのように説くが、 煩悩や業の報いを、 正しく分別することはできない。 如来が涅槃に入られた後、 諸国に塔や寺院が建てられ、 世の中を荘厳する。 あたかも虚空に星々が輝くように。 このゆえに知るべきである、 仏こそが最も勝れた尊い方だと。
諸婆羅門聞是語已,有生信心者,有出家者、得道者。
多くのバラモンたちはこの言葉を聞いて、中には信心を起こす者もいれば、出家する者、悟りを得る者もいました。