(一五)
第15節
復次,若命終時,欲齎財寶至於後世,無有是處,唯除布施作諸功德;若懼後世得貧窮者,應修惠施。
さらに、命終わろうとする時に、財宝を将来の世に持ち越そうとしても、それは不可能である。ただし、施しを行い善い行いを積んだ場合を除いては。もし将来の世で貧しくなることを恐れるならば、布施(ほどこし)の行いを修めるべきである。
我昔曾聞,有一國王名曰難陀,是時此王聚積珍寶規至後世,嘿自思惟:「我今當集一國珍寶使外無餘。」貪聚財故,以自己女置婬女樓上,勅侍人言:「若有人齎寶來求女者,其人并寶將至我邊。」如是集歛一國錢寶,悉皆蕩盡聚於王庫。時有寡婦唯有一子心甚敬愛,而其此子見於王女儀容瓖瑋姿貌非凡,心甚耽著,家無財物無以自通,遂至結病,身體羸瘦氣息微惙。母問子言:「何患乃爾?」子具以狀啟白於母:「我若不得與彼交往,定死不疑。」母語子言:「國內所有一切錢寶盡無遺餘,何處得寶?」復更思惟:「汝父死時,口中有一金錢,汝若發塜可得彼錢,以用自通。」即隨母言,往發父塜開口取錢。既得錢已至王女邊。爾時王女遣送此人并所與錢以示於王,王見之已語此人言:「國內金寶一切蕩盡,除我庫中,汝於何處得是錢來?汝於今者必得伏藏。」種種拷楚徵得錢處。此人白王:「我實不得地中伏藏。我母示我,亡父死時置錢口中,我發塜取故得是錢。」時王遣人往撿虛實,使人既到果見死父口中錢處,然後方信。王聞是已而自思忖:「我先聚集一切寶物,望持此寶至于後世;彼父一錢,尚不能得齎持而去,況復多也?」即說偈言:
昔々、ある国に難陀という王がいました。この王は財宝を集めて将来の世代に備えようと考え、「今こそ国中の財宝を全て集め尽くし、外に一つも残さないようにしよう」と心に決めました。宝を貪るあまり、自分の娘を遊女の住む楼閣の上に置き、召使いにこう命じました。「もし誰かが宝を持って娘を求めて来たなら、その者と宝を共に私のところへ連れて来い。」こうして国中の金銀財宝をかき集め、すべてを尽くして王の宝物庫に蓄えました。
その時、ある未亡人がいました。彼女には一人息子がおり、深く愛していました。その息子が王女の美しく気品のある姿を見て、心を奪われてしまいました。しかし家には財産がなく、思いを伝える術もありません。ついに彼は病に伏し、体は痩せ細り、息も絶え絶えになりました。母が息子に「どんな病であなたをここまでにしてしまったのか」と尋ねると、息子はすべてを打ち明けました。「もし彼女と交際できなければ、きっと死んでしまうでしょう。」母は息子に言いました。「国中の金銀財宝はすべて尽くされ、どこにも宝は残っていない。どうやって手に入れればいいのか。」さらに考えて、「あなたの父が亡くなった時、口の中に一つの金貨があった。もしあなたが墓を開ければ、その金貨を得て、思いを通じさせることができるだろう。」そこで息子は母の言う通りに、父の墓を掘り起こし、口を開けて金貨を取り出しました。金貨を得た息子は王女の元へ行きました。
その時、王女はこの者と持ってきた金貨を王の下へ送りました。王はそれを見てこの者に言いました。「国中の金銀財宝は全て尽くされ、私の宝物庫以外にはない。お前はどこからこの金貨を得たのか?必ず隠し財産を持っているに違いない。」そして様々な拷問を加えて、金貨を得た場所を白状させました。この者は王に言いました。「私は本当に地中の埋蔵金を得たわけではありません。母が教えてくれたのです。亡き父が亡くなる時、口の中に金貨を入れたと。私は墓を掘ってその金貨を得たのです。」王は人を遣わして真偽を確かめさせました。使いの者が行ってみると、果たして亡き父の口に金貨があった跡を見つけ、ようやく信じることができました。
王はこれを聞いて、こう考えました。「私はこれまで全ての宝物を集め、この宝を未来世に持っていこうと願ってきた。しかし、あの父の一つの金貨さえも持っていくことはできない。ましてや多くの宝が持っていけるだろうか?」そこで偈を唱えました。
「我先勤聚集,一切眾珍寶,
望齎諸錢物,隨己至後世。
今觀發塜者,還奪金錢取,
一錢尚不隨,況復多珍寶?」
復作是思惟:「當設何方便,
得使諸珍寶,隨我至後世?
昔者頂生王,將從諸軍眾,
并象馬七寶,悉到於天上;
羅摩造草橋,得至楞伽城。
吾今欲昇天,無有諸梯隥;
欲詣楞伽城,又復無津梁;
我今無方計,持寶至後世。」
「私はかつて懸命に集めた、あらゆる珍宝を。 金銭や品々を携えて、自ら来世へと往くつもりであった。 今、墓を暴く者を見れば、奪い取って金銭を持ち去る。 一銭すらも連れて行けぬのに、ましてや多くの珍宝があろうか?」 さらにこう考えた:「どのような方便を設ければ、 諸々の珍宝を、私と共に来世へ持って行けるだろうか? かつて頂生王は、多くの軍勢を従え、 象や馬、七宝と共に、天にまで至った。 羅摩は草の橋を造り、楞伽城に至ることができた。 私は今、天に昇ろうとしても、はしごとなるものがない。 楞伽城に行こうとしても、渡し場もない。 私は今、珍宝を来世に持って行く方法がないのだ。」
時有輔相聰慧知機,已知王意而作是言:「王所說者正是其理,若受後身必須財寶,然今珍寶及以象馬,不可齎持至於後世。何以故?王今此身尚自不能至於後世,況復財寶象馬者乎!當設何方令此珍寶得至後身?唯有施與沙門婆羅門、貧窮乞兒,福報資人必至後世。」即說偈言:
その時、賢明で人の心を察することのできる大臣が、王の意図を悟って、こう申し上げた。
「王がおっしゃることは、まことにもっともな道理でございます。もし次の世に生まれ変わるとしたら、必ず財宝が必要でございましょう。しかし、現在の珍宝や象や馬は、あの世に携えて行くことはできません。なぜなら、王のこのお身体でさえ、あの世に持って行くことはできないのですから、まして財宝や象馬など、なおさらでございましょう。では、これらの珍宝をどうすれば次の世に届けることができるのでしょうか。ただ沙門(修行者)やバラモン(司祭)、貧しい人々や物乞いに施しを行うことだけです。その善行の果報が備わり、必ず次の世にまで及ぶのでございます。」
そこで、次の偈(うた)を説かれた。
*(大臣は続けて、財施の功徳を説く偈文を詠んだ)*
「莊嚴面目者,臨水見勝好,
好醜隨其面,影悉現水中。
莊嚴則影好,垢穢則影醜,
今身如面貌,後受形如影。
莊嚴形戒慧,後得可愛果,
若作惡行者,後受報甚苦。
信心以財物,供養父母師,
沙門婆羅門,貧窮困厄者,
即是後有水,於中見面像,
施戒慧業影,亦復彼中現。
王有眾營從,宮人諸婇女,
臣佐及吏民,音樂等倡妓。
如其命終時,悲戀送塜間,
到已便還家,無一隨從者。
後宮侍直等,庫藏眾珍寶,
象馬寶輦輿,一切娛樂具,
國邑諸人民,苑園遊戲處,
悉捨而獨逝,亦無隨去者。
唯有善惡業,隨逐終不放。
顔を飾り整えれば、水面に映る姿も美しく。 醜い顔には醜い影が映る。 飾れば影も美しく、汚れれば影も醜い。 今の身体は顔のようなもの、後の生まれ変わりは影のようなもの。 戒律と智慧で身を飾れば、後に愛しい果報を得る。 しかし悪行を行えば、後に受ける報いは非常に苦しい。 信心をもって財物を捧げ、父母や師を供養し、 修行者や僧侶、貧しく苦しむ人々を助ける。 これこそが後の世の水のようなもの、そこに面影を映す。 施し・戒律・智慧という行いの影もまた、そこに現れる。 王には多くの従者や宮中の女官たち、 臣下や官吏、音楽や舞姫たちがいる。 しかし命終わる時、悲しみながら墓場まで送るが、 そこへ着けば皆家に帰り、一人も付き添う者はない。 後宮の侍従たちも、倉に満ちた宝物も、 象・馬・宝飾の駕籠、あらゆる娯楽の道具も、 国の人々も、庭園や遊びの場所も、 全てを捨てて一人旅立ち、何一つ持っていけない。 ただ善悪の業のみが、終わりまで付き従い離れない。
「若人臨終喘氣麤出,喉舌乾燋不能下水言語不了,瞻視不端筋脈斷絕,刀風解形支節舒緩,機關止廢不能動轉,舉體酸痛如被針刺。命盡終時,見大黑闇如墜深坑,獨遊曠野無有黨侶,唯有修福為作親伴而擁護之。若為後世,宜速修福。」即說偈言:
もし人が臨終の際に、息遣いが荒くなり、喉や舌が乾いて水も飲めず、言葉もはっきりせず、視線も定まらず、筋や脈が絶え、風の刃が体を解きほぐすように節々が緩み、体の機能が止まり動けなくなり、全身が針で刺されるように痛むとする。命が尽きる時には、大きな暗闇が訪れ、深い穴に落ちるようであり、仲間もなく荒野を独りさまよう。ただ、修めた福徳だけが親しい伴侶となり、その人を守り導く。来世のためには、ただちに福徳を積むべきである。」そこで、次の偈を説かれた。
「若人命終時,獨往無伴黨,
畢定當捨離,所愛諸親友,
獨遊黑闇中,可畏恐怖處,
親愛皆別離,孤焭無徒伴,
是故應莊嚴,善法之資糧。」
もし人が命終える時は、独りで行き、伴侶はいない。 必ずや離れ去るのだ、愛しい親しい人々すべてを。 独りで闇の中を進む、恐ろしくおぞましい場所へ。 愛しい人々とは皆別れ、独りぼっちで仲間もいない。 それゆえに、善い行いという旅の備えを、今こそ整えるべきなのだ。
為滿此義故,婆羅留支以六偈讚王,即說偈言:
この義を満たすために、バラルージ(婆羅留支)が王を称えて六つの偈を捧げ、以下のように偈を説いた。
「雖有諸珍寶,積聚如雪山,
象馬眾寶車,謀臣及呪術,
專念死時至,不可以救免,
宜修諸善業,為己得利樂。
目如青蓮者,應勤行戒施,
死為大恐畏,聞者皆恐懼。
一切諸世間,無不終沒者,
以是故大王,宜應觀死苦。
目如青蓮者,應當修善業,
為己得利樂,宜勤行戒施。
人命壽終時,財寶不隨逐,
壯色及盛年,終不還重至。
目如青蓮者,應當修善業,
為己得利樂,宜勤行戒施。
彌力那侯沙,耶耶帝大王,
及屯豆摩羅,娑伽跌利不,
翹離奢勢夫,踰越頻世波,
如是人中上,眾勝大王等,
軍眾及群官,悉皆滅沒去,
欣慼相續生,意念次第起。
目如青蓮者,應當修善業,
使己受快樂,宜勤行戒施。
財寶及榮貴,此事難可遇,
福祿非恒有,身力有增損。
一切無定相,地主亦非常,
如此最難事,今悉具足得。
目如青蓮者,應具修諸善,
使己受快樂,宜勤修戒施。
勁勇有力者,能越渡大海,
專念健丈夫,能超度諸山。
設作如斯事,未足名為難,
能利益後世,是事乃為難。」
「たとえ雪山のごとく、あらゆる宝を積み集め、 象や馬、数々の宝車、謀臣や呪術を持っていようとも、 死の時が訪れると専らに念じても、それらをもって救われ免れることはできない。 したがって、諸々の善い行いを修行し、自らのために利益と安楽を得るべきである。 目が青蓮のごとき方よ、戒めと施しを勤め励むべきである。 死は大いなる恐れであり、それを聞く者は皆、恐怖する。 あらゆる世の中のものは、ついに滅びないものはない。 それゆえに、大王よ、死の苦しみを観察すべきである。 目が青蓮のごとき方よ、善い行いを修めるべきである。 自らのために利益と安楽を得るため、戒めと施しを勤め励むべきである。 人の命が終わるとき、財宝は後を追わない。 壮健な姿や盛んな年齢も、ついに再び戻ってくることはない。 目が青蓮のごとき方よ、善い行いを修めるべきである。 自らのために利益と安楽を得るため、戒めと施しを勤め励むべきである。 弥力那侯沙、耶耶帝大王、 屯豆摩羅、娑伽跌利不、 翹離奢勢夫、踰越頻世波、 これらのような人の中の優れた者、多くの勝れた大王たちも、 軍勢や群臣たちも、皆ことごとく滅び去ってしまった。 喜びと憂いが次々と生じ、思いが相次いで起こる。 目が青蓮のごとき方よ、善い行いを修めるべきである。 自らに安楽を受けさせるため、戒めと施しを勤め励むべきである。 財宝や栄華・地位は、このようなことは出会い難い。 福禄は常に有るものではなく、身体の力には増減がある。 一切のものに定まった相はなく、支配者もまた常住ではない。 このような最も難しいことを、今、ことごとく十分に得ている。 目が青蓮のごとき方よ、あらゆる善を修めるべきである。 自らに安楽を受けさせるため、戒めと施しを勤め励むべきである。 勇猛で力ある者は、大海を渡り越えることができる。 専らに念じる健やかな丈夫は、諸々の山を超えることができる。 たとえそのような事を為しても、これを難しいとは言えない。 後の世に利益をもたらすことこそ、この事こそが難しいのである。」