世間淨眼品第一之一
世間浄眼品 第一の一
如是我聞:
私はこのように聞きました。
一時,佛在摩竭提國寂滅道場始成正覺。其地金剛具足嚴淨,眾寶雜華以為莊飾,上妙寶輪圓滿清淨,無量妙色種種莊嚴,猶如大海寶幢幡蓋光明照耀;妙香華鬘,周匝圍遶,七寶羅網彌覆其上,雨無盡寶顯現自在,諸雜寶樹華葉光茂,佛神力故;令此場地廣博嚴淨,光明普照,一切奇特妙寶積聚。無量善根莊嚴道場,其菩提樹高顯殊特,清淨瑠璃以為其幹,妙寶枝條莊嚴清淨,寶葉垂布猶如重雲。雜色寶華間錯其間,如意摩尼以為其果,樹光普照十方世界,種種現化施作佛事,不可盡極,普現大乘菩薩道教,佛神力故;常出一切眾妙之音,讚揚如來無量功德,不可思議;師子之座,猶如大海,眾妙寶華而為嚴飾,流光如雲,周遍普照無數菩薩大海之藏,大音遠震,不可思議。
ある時、仏はマガダ国の寂滅道場において、初めて正覚を成じられた。その場所は金剛のごとく堅固で、厳かで清らかであり、さまざまな宝と雑華で飾り立てられていた。最上の宝輪は円満にして清浄で、無量の妙色が種々に荘厳し、まるで大海のごとく宝の幢幡や蓋が光明を放ち照らしていた。妙なる香華や花鬘が周囲を取り囲み、七宝の羅網が上を覆い、尽きることのない宝の雨が自在に現れていた。種々の宝樹は花や葉が光り輝き茂り、仏の神力によって、この道場は広大で厳かで清らかとなり、光明が普く照らし、一切の奇特な妙宝が積み集まっていた。無量の善根が道場を荘厳し、その菩提樹は高く聳え、殊勝で特異であり、清浄な瑠璃がその幹となり、妙宝の枝が荘厳で清らかで、宝の葉は重なる雲のように垂れ下がっていた。雑色の宝華がその間に交じり合い、如意宝珠がその果実となっていた。樹の光は十方世界を普く照らし、種々の現化をもって仏事を施し、尽きることがなく、大乗の菩薩道の教えを普く示していた。仏の神力によって、常に一切の衆妙の音を発し、如来の無量の功徳を讃えていたが、それは思議を超えていた。師子の座は大海のごとく、衆妙の宝華で厳かに飾られ、流れる光は雲のようで、周遍して普く照らし、無数の菩薩の大海の蔵を照らしていた。大いなる音は遠くまで響き渡り、思議を超えていた。
如來光明逾摩尼尊,彌覆其上,種種變化施作佛事,一切悉覩無所罣礙;於一念頃,一切現化充滿法界。如來妙藏無不遍至無量眾寶莊嚴寶臺,如來處此寶師子座,於一切法成最正覺。了三世法平等智身,普入一切世間之身,妙音遍至一切世界,不可窮盡,猶如虛空,平等法相智慧行處;猶如虛空,等心隨順一切眾生。其身遍坐一切道場,悉知一切眾生所行,智慧日光照除眾冥,悉能顯現諸佛國土。普放三世智海光明照淨境界,無量光明充滿十方,不壞法雲遍覆一切。以力無畏顯現無量自在力光,開方便門教化眾生,悉能普現一切眾會。猶如虛空,而無來去。了達一切無有自性,隨順諸法平等之相。一切光明普現三世諸佛所行諸佛世界,猶如大海,不可思議,音聲語言悉能隨順。
如来の光明は摩尼珠を超え、尊くして、あまねくその上を覆い、種々の変化を施して仏事をなし、一切を悉く見て何の障りもなし。一念の間に、一切を現化して法界に満たす。如来の妙蔵は遍く至らざる所なく、無量の衆宝をもって荘厳された宝の台、如来はこの宝の師子座に坐し、一切の法において最上の正覚を成じたまう。三世の法を了知する平等の智身、普く一切の世間の身に入り、妙音は遍く一切の世界に至り、窮め尽くすこと能わず、虚空の如し、平等の法相は智慧の行く処。虚空の如く、平等の心をもって一切の衆生に随順す。その身は遍く一切の道場に坐し、悉く一切の衆生の行う所を知り、智慧の日の光は衆生の闇を照らして除き、諸仏の国土を悉く能く顕現す。三世の智海の光明を普く放ちて境界を照らし清め、無量の光明は十方を満たし、壊れざる法の雲は一切を遍く覆う。力と無畏をもって無量の自在の力光を顕現し、方便の門を開いて衆生を教化し、悉く能く普く一切の衆会に現ず。虚空の如く、しかも来去なし。一切が自性なきことを了達し、諸法の平等の相に随順す。一切の光明は普く三世の諸仏の行じたまう所、諸仏の世界を現じ、大海の如く、思議すべからず、音声と言語は悉く能く随順す。
與十佛世界微塵數等大菩薩俱,其名曰:普賢菩薩、普德智光菩薩、普明師子菩薩、普勝寶光菩薩、普德海幢菩薩、普慧光照菩薩、普寶華幢菩薩、普勝軟音菩薩、普淨德焰菩薩、普相光明菩薩、大光海月菩薩、雲音海藏菩薩、德寶勝月菩薩、淨慧光焰自在王菩薩、超趣華光菩薩、無量智雲日光菩薩、大力精進金剛菩薩、香焰光幢菩薩、月德妙音菩薩、光明尊德菩薩,與如是等諸菩薩俱,皆是盧舍那佛宿世善友;一切成就功德大海,諸波羅蜜周滿普照,慧眼清淨,等觀三世,於諸三昧具足明淨;辯才大海深廣無盡,普現諸佛功德光耀;善知一切眾生心行,如應調伏,以金剛智普照境界;同一法性,覺慧廣大,甚深智境,靡不明達,住於一地,普攝一切諸地功德,無上智願皆已成滿,具足如來深廣密教,悉得一切佛所共法,皆同如來行地、德力,一切三昧海門皆得自在,於眾生海如應示現,隨其所行,善能建立。善入一切諸法之海,迴轉總持如來一切功德法海,充滿其身;遍遊一切佛世界海,出生一切淨土願海,悉得諸佛達未來際方便智慧;一切如來坐道場者,普能往詣禮事供養,悉得一切普賢願海,於諸眾生智身滿足。
十仏世界の微塵の数に等しい大菩薩たちと共にありました。その名は、普賢菩薩、普徳智光菩薩、普明師子菩薩、普勝宝光菩薩、普徳海幢菩薩、普慧光照菩薩、普宝華幢菩薩、普勝軟音菩薩、普浄徳焔菩薩、普相光明菩薩、大光海月菩薩、雲音海蔵菩薩、徳宝勝月菩薩、浄慧光焔自在王菩薩、超趣華光菩薩、無量智雲日光菩薩、大力精進金剛菩薩、香焔光幢菩薩、月徳妙音菩薩、光明尊徳菩薩です。このような菩薩たちと共にあり、皆、盧舎那仏の宿世の善き友でありました。
一切の功徳の大海を成就し、諸波羅蜜を周遍に満たして普く照らし、慧眼は清浄で三世を平等に観じ、諸三昧において明浄を具足していました。弁才の大海は深く広く尽きることなく、普く諸仏の功徳の光輝を現じました。一切の衆生の心の行いを善く知り、応じて調伏し、金剛の智慧をもって境界を普く照らしました。
同一の法性にあり、覚慧は広大で、甚深の智境は明達しないものはなく、一地に住して一切の諸地の功徳を普く摂し、無上の智願は皆すでに成満し、如来の深広なる密教を具足し、一切の仏の共法を悉く得ていました。皆、如来の行地・徳力と同じく、一切の三昧海門に自在を得て、衆生海において応じて示現し、その行いに随って善く建立することができました。
一切の諸法の海に善く入り、総持を回転して如来の一切の功徳法海を身に満たし、一切の仏世界海を遍遊し、一切の浄土願海を出生し、諸仏の未来際に達する方便智慧を悉く得ていました。一切の如来で道場に坐する者に、普く往詣して礼拝供養し、一切の普賢願海を得て、諸衆生に対して智身を満足させました。
復有佛世界微塵數金剛力士,其名曰:堅固光耀力士、日光耀力士、須彌華力士、淨雲音力士、阿修羅主力士、勝光明力士、樹音聲力士、師子王力士、淳厚光藏力士、珠髻華光力士,與如是等諸力士俱,已於阿僧祇劫發大誓願,侍衛諸佛。佛願行處皆已具足,無量功德皆已清淨,悉行深廣三昧境界,無量神力,佛所遊處無不遍至,皆悉能行不可思議解脫境界,處一切眾,其身殊特無能映蔽,隨諸眾生所應度者,能現其身如應化之。
また、仏世界の微塵の数ほどの金剛力士たちがいます。その名は、堅固光耀力士、日光耀力士、須彌華力士、浄雲音力士、阿修羅主力士、勝光明力士、樹音声力士、師子王力士、淳厚光蔵力士、珠髻華光力士などです。これらの力士たちと共に、彼らは阿僧祇劫の昔に大いなる誓願を発し、諸仏を守り支えてきました。
仏の願いと行いが行われるところには、彼らは必ずその場を整え、無量の功徳を清らかに保っています。彼らは深く広大な三昧の境地を歩み、無量の神力を持ち、仏が遊行される場所にはどこへでも遍く至ることができます。また、彼らはすべて不可思議な解脱の境地を実践し、あらゆる衆生の中にあって、その身は際立って輝き、誰もその光を覆い隠すことはできません。そして、救いを必要とする衆生に応じて、適切な姿を現し、導きの手を差し伸べるのです。
復有佛世界微塵數諸道場神,其名曰:淨莊嚴神、寶積光明神、吼音聲神、雨眾華神、莊嚴寶光神、善超香神、金色雲神、樂華樹神、莊嚴光神,與如是等道場神俱,皆於先佛造立願行。
さらにまた、仏世界の微塵の数ほどの多くの道場神がおられます。その名は、浄荘厳神、宝積光明神、吼音声神、雨衆華神、荘厳宝光神、善超香神、金色雲神、楽華樹神、荘厳光神などです。このような道場神たちとともに、皆、過去の仏のもとで願いを立て修行を積まれた方々です。
復與佛世界微塵數諸龍神俱,其名曰:摩尼光龍、雜莊嚴龍、喜寶光龍、淨身光龍、香莊嚴龍、寶目光龍,如是一切,皆於過去不可思議阿僧祇劫,常為如來莊嚴法堂。
また、仏世界の微塵の数ほどの多くの龍神たちと共にいました。その名は、摩尼光龍、雑荘厳龍、喜宝光龍、浄身光龍、香荘厳龍、宝目光龍などです。このようなすべての龍神たちは、過去の不可思議な阿僧祇劫というはるかな時から、常に如来のために法堂を荘厳してきたのです。
復與佛世界微塵數諸地神俱,其名曰:淨華光神、善思光明神、雜華莊嚴神、散寶焰神、隨時樂觀神、金眼勝神、毛孔散香神、應時和音神,如是一切,皆同德本,於過去佛所普修願行。
また、仏世界の微塵の数ほどの多くの地神たちとともにありました。その名は、浄華光神、善思光明神、雑華荘厳神、散宝焔神、随時楽観神、金眼勝神、毛孔散香神、応時和音神などです。これらすべては、同じ功徳の根本を持ち、過去の仏のもとで広く願いと修行を積んできた方々です。
復與不可思議諸樹神俱,其名曰:雜華雲神、雜種光神、淨勝光神、垂莊嚴神、莊嚴光神、樂和音神、普勝等神、華果味神,如是一切,皆悉成就大喜普照。
また、不可思議な多くの樹の神々と共にありました。その名は、雑華雲神、雑種光神、浄勝光神、垂荘厳神、荘厳光神、楽和音神、普勝等神、華果味神。このようなすべての神々は、皆、大いなる喜びを成就し、あまねく照らしておられます。
復與無邊藥草神俱,其名曰:光焰神、栴檀香神、淨光神,普稱神、普力神、普淨神、普光神、愛香神、勝現神,如是一切,皆悉成就大悲普照。
また無辺の薬草の神々と共にあり。その名は、光焔神、栴檀香神、浄光神、普称神、普力神、普浄神、普光神、愛香神、勝現神。かくのごとき一切の神々は、皆ことごとく大悲普照の徳を成就せり。
復與無量諸穀神俱,其名曰:勝味神、華淨神、善力神、勢味神、根果神、淨華神、樂淨神、淨光神,如是一切,大喜成就。
また、無量の穀物の神々と共にありました。その名は、勝味神、華浄神、善力神、勢味神、根果神、浄華神、楽浄神、浄光神など、これらすべてが大いなる喜びを成就した者たちです。
復與無量諸河神俱,其名曰:普流神、勝洄澓神、洪流聲神、養水性神、淨海光神、普愛神、妙幢神、勝水神、海具光神,如是一切,常能精勤利益眾生。
また、無量の河の神々と共に集いました。その名は、普流神、勝洄澓神、洪流声神、養水性神、浄海光神、普愛神、妙幢神、勝水神、海具光神などです。これらの神々は、常に精進して衆生の利益をはかっています。
復與不可思議諸海神俱,其名曰:寶勝光明神、金剛慧神、普涌浪神、雜華龍勝神、寶華光明神、須彌莊嚴神、海音聲神,如是一切,以佛無量功德之海而自充滿。
また、不可思議な数多の海の神々と共にありました。その名は、宝勝光明神、金剛慧神、普く湧き立つ浪の神、雑華龍勝神、宝華光明神、須弥荘厳神、海音声神など、これらすべては、仏の無量の功徳の海によって自ら満たされていました。
復與無量阿僧祇諸火神俱,其名曰:熾然光藏神、熾然光輪神、廣明耀神、無盡神、雜寶勝神、照除諸冥神、焰雲光明神,如是一切,悉為眾生照除闇冥。
また、無量無数の阿僧祇の火の神々と共にいます。その名は、燃え輝く光を蔵する神、燃え輝く光の輪の神、広く明るく照らす神、尽きることのない神、様々な宝に勝る神、すべての闇を照らし除く神、炎の雲に輝く光の神などです。このようなすべての神々は、衆生のために闇を照らし除いてくださいます。
復與無量諸風神俱,其名曰:無礙照明虛空神、遍超勝神、散須彌神、焰淨味神、淨除味神、發行大音神、樹峯華林神、持世界神,如是一切,皆能和合眾生,令不分散。
また、無量の風神たちと共にありました。その名は次の通りです。
無礙照明虚空神 遍超勝神 散須彌神 焰淨味神 淨除味神 發行大音神 樹峯華林神 持世界神
このようなすべての神々は、衆生を和合させ、離散させないようにすることができるのです。
復與無邊虛空神俱,其名曰:普光淨勝神、無邊深廣神、起風神、離一切障神、廣超神、無對光焰神、無礙力勝神、最上妙音神、示現十方神,如是一切,心皆無垢,堅固淨妙。
また、無辺の虚空神たちと共にいます。その名は、普光浄勝神、無辺深広神、起風神、離一切障神、広超神、無対光焔神、無礙力勝神、最上妙音神、示現十方神などです。このすべての神々は、心に一点のけがれもなく、清らかで堅固で、優れた徳をそなえています。
復與無量主方神俱,其名曰:善住神、充滿神、無量現光神、光莊嚴神、普轉漸行神、不惑轉神、淨遊虛空神、普行世間神、行甚深神,如是一切,皆能善照一切眾生。
さらに、無量の主方神たちとともにありました。その名は、善住神、充滿神、無量現光神、光荘厳神、普転漸行神、不惑転神、浄遊虚空神、普行世間神、行甚深神など、すべてが一切の衆生をよく照らす力を持つ者たちでした。
復與無量主夜神俱,其名曰:妙光神、淨光神、善觀眾生神、靜時堅固神、方便勝具神、生一切樹果神、無盡眷屬神、主知樂淨遊戲神、和諍神、淨福具神,如是一切,於助道法深重愛樂。
また、無数の主夜神と共にあり、その名は次の通りである:妙光神、浄光神、善く衆生を観る神、静時に堅固なる神、方便勝具神、一切の樹果を生ずる神、無尽の眷属神、楽しみと清浄の遊戯を知る主神、和諍神、浄福具神。これらのすべては、助道の法に深く愛楽する。
復與無量主晝神俱,其名曰:現宮殿神、善解安立戰場神、樂莊嚴普勝神、喜華香神、普集勝藥神、樂見王神、淨目高顯普勝神、大悲豔光神、光明善照神、普勝垂華神,如是一切,皆悉信樂正法莊嚴。
また、無量の主たる昼神たちと共にありました。その名は、宮殿を現す神、戦場の安らぎを善く解く神、楽しく荘厳で普く勝る神、華やかな香りを喜ぶ神、勝れた薬を普く集める神、王を見ることを楽しむ神、清らかな目で高く顕れ普く勝る神、大いなる悲しみに輝く光の神、光り輝き善く照らす神、普く勝って華を垂れる神などです。これらすべての神々は、正しい教えによる荘厳を深く信じ、喜びとしていました。
復與無量阿修羅神俱,其名曰:羅睺羅王、毘摩質多羅王、睒婆利王、明月王、金剛堅錦王、大智慧力王、勝集天女王,如是一切,悉能降伏憍慢放逸。
また、無数の阿修羅神たちと共にいました。その名は、羅睺羅王、毘摩質多羅王、睒婆利王、明月王、金剛堅錦王、大智慧力王、勝集天女王などです。これらのすべての神々は、傲慢で怠け心を抑えることができました。
復與無量伽留羅王俱,其名曰:大勇猛力王、無畏寶髻王、勇猛淨眼王、不退莊嚴王、持大海光王、持法堅固王、勝根光明王、充滿普現王、普遊諸方王、普眼等觀王,如是一切,成就方便,廣潤眾生。
また、無量の伽留羅王と共にあり。その名は、大勇猛力王、無畏宝髻王、勇猛浄眼王、不退荘厳王、持大海光王、持法堅固王、勝根光明王、充滿普現王、普遊諸方王、普眼等観王といった。このような一切の王たちは、方便を成就し、広く衆生を潤すのである。
復與無量緊那羅王俱,其名曰:善慧王、善幢王、雜華行王、離愛慢音王、寶樹光明王、善愛現王、莊嚴光王、善華幢王、勝地王、勝慧王,如是一切,普於眾生精勤勸發,能使樂法。
また、無量の緊那羅王たちと共にありました。その名は次のとおりです:善慧王、善幢王、雑華行王、離愛慢音王、宝樹光明王、善愛現王、荘厳光王、善華幢王、勝地王、勝慧王。これらすべての王たちは、あまねく衆生のために精勤して教えを勧め発し、人々を法の喜びへと導くことができました。
復與無量摩睺羅伽王俱,其名曰:善慧王、淨端嚴音王、眾妙慧聚王、燈幢王、猛光王、師子香熏王、雜瓔珞音王、堅固樂明王,如是一切,普為眾生除諸疑網。
また、無量の摩睺羅伽王たちと共にありました。その名は、善慧王、浄端厳音王、衆妙慧聚王、燈幢王、猛光王、師子香薫王、雑瓔珞音王、堅固楽明王などです。これらすべての王は、広く衆生のために、あらゆる疑いの網を取り除くのです。
復與無量鳩槃荼王俱,其名曰:毘樓勒王、善修幢王、足平鮮白王、能除恐怖王、淨須彌林王、無量淨眼王、無量目門王,如是一切,皆悉修習無礙法門。
また無量の鳩槃荼王たちと共にありました。その名は次のとおりです:毘樓勒王、善修幢王、足平鮮白王、能除恐怖王、淨須彌林王、無量淨眼王、無量目門王。このようなすべての王たちは、みな自在無礙の法門を修めていました。
復與無量鬼神王俱,其名曰:毘沙門王、大音聲王、淨地王、大主王、焰眼王、堅固眼王、莊嚴勝軍王、大富淨身王、須彌力王,如是一切,普能勤護一切眾生。
また、無量の鬼神王と共にありました。その名は、毘沙門王、大音聲王、淨地王、大主王、焰眼王、堅固眼王、莊嚴勝軍王、大富淨身王、須彌力王などです。このようなすべての鬼神王たちは、あまねくすべての衆生を守り助けることができるのです。
復與無量月身天子俱,其名曰:月天子、曜華天子、勝流莊嚴天子、樂諸世樂天子、眼光天子、淨光天子、普遊淨光天子、星宿王天子、淨覺天子、端嚴善光天子,如是一切,勤以智慧普發眾生無上寶心。
さらに、無数の月身天子たちも共にいました。その名は、月天子、曜華天子、勝流荘厳天子、楽諸世楽天子、眼光天子、浄光天子、普遊浄光天子、星宿王天子、浄覚天子、端厳善光天子など、このすべての天子たちは、智慧をもって、あらゆる衆生が無上の宝の心を起こすよう、努め励んでいました。
復與無量日天子俱,其名曰:日天子、眼焰光天子、須彌光勝天子、淨寶眼天子、勇猛不退天子、妙華鬘光天子、寶覺天子、明眼天子、勝地童天子、普勝光天子,如是一切,皆悉成就清淨善根,常欲饒益一切眾生。
また無量の日天子たちと共にありました。その名は、日天子、眼焰光天子、須彌光勝天子、浄宝眼天子、勇猛不退天子、妙華鬘光天子、宝覚天子、明眼天子、勝地童天子、普勝光天子などです。このようなすべての天子たちは、清らかな善根を成就し、常にすべての生きとし生けるものを益そうと願っておられました。
復與無量三十三天王俱,其名曰:釋提桓因天王、普稱滿天王、髻目天王、寶光稱天王、樂喜天王、樂念天王、勝音天王、淨華天王,如是一切,皆悉具足清淨善業,能令眾生生淨妙處。
また、無量の三十三天王と共にありました。その名は次の通りです:釈提桓因天王、普称満天王、髻目天王、宝光称天王、楽喜天王、楽念天王、勝音天王、浄華天王。これらすべての天王たちは、清らかな善い行いを完全に備え、多くの生き物たちを清浄で妙なる境地へと導く力を持っておられます。
復與無量夜摩天王俱,其名曰:善時天王、無盡智天王、妙善化天王、樂樂焰天王、須彌光天王、不思議慧天王、臍輪天王、不思議天王、月姿顏天王、普莊嚴天王,如是一切,皆悉勤修出生歡喜,信樂知足。
また無量の夜摩天王たちと共に集いました。その名は次の通りです: 善時天王、無盡智天王、妙善化天王、樂樂焰天王、須彌光天王、 不思議慧天王、臍輪天王、不思議天王、月姿顏天王、普莊嚴天王。 これらすべての天王たちは、歓喜を生み出す修行に励み、 信仰と楽しみと知足の心を深く保っています。
復與無量兜率天王俱,其名曰:善喜天王、海樂天王、勝德天王、百光明天王、善眼天王、寶山月天王、超勇月天王、金剛善曜天王、樂超天王,如是一切,皆悉成就念佛三昧。
また、無量の兜率天王たちと共にありました。その名は、善喜天王、海楽天王、勝徳天王、百光明天王、善眼天王、宝山月天王、超勇月天王、金剛善曜天王、楽超天王などです。このすべての天王たちは、みな念仏三昧を成就しておられます。
復與不可思議化樂天王俱,其名曰:善化天王、淨光天王、最上雲音天王、妙色莊嚴天王、樂智慧天王、華光月天王、照方天王,如是一切,皆悉成就寂靜法門,調伏眾生。
また、不可思議な化楽天王たちも共にいました。その名は、善化天王、浄光天王、最上雲音天王、妙色荘厳天王、楽智慧天王、華光月天王、照方天王。このすべての天王たちは、静寂の法門を成就し、衆生を調伏することを成し遂げていました。
復與無量他化自在天王俱,其名曰:自在轉天王、善眼天王、雜寶冠天王、精進慧天王、眾華音天王、樂光明天王、寂靜處天王、雜色輪天王、智慧妙光天王、大力光天王,如是一切,普皆勤修自在正法。
また、無数の他化自在天王たちと共にありました。その名は、自在転天王、善眼天王、雑宝冠天王、精進慧天王、衆華音天王、楽光明天王、寂静処天王、雑色輪天王、智慧妙光天王、大力光天王などです。これらすべての天王は、自在の正法を熱心に修行していました。
復與不可思議大梵天俱,其名曰:尸棄大梵、智光大梵、善光大梵、普音大梵、隨世音大梵、寂靜方便妙光大梵、淨眼光大梵、柔軟音大梵,如是一切,悉具大慈,度脫眾生,照除熱惱清涼柔軟。
さらに、不可思議なる大梵天たちも共に集われました。その名は、尸棄大梵、智光大梵、善光大梵、普音大梵、随世音大梵、寂靜方便妙光大梵、浄眼光大梵、柔軟音大梵。これらすべての方々は、大いなる慈悲をそなえ、衆生を救い渡し、煩悩の熱を照らし除いて、清らかで柔らかな安らぎを与えてくださいます。
復與無量光音天子俱,其名曰:樂光天子、淨光天子、大音天子、樂淨音天子、善思音天子、解脫音天子、深妙音天子、無垢光天子、最高淨光天子,如是一切,安住喜光寂靜法門。
また、無量の光音天子たちと共にありました。その名は、楽光天子、浄光天子、大音天子、楽浄音天子、善思音天子、解脱音天子、深妙音天子、無垢光天子、最高浄光天子など、すべてが喜びの光に満ちた静かな境地に安らかに住んでいました。
復與阿僧祇遍淨天俱,其名曰:淨智王天、現勝天、寂勝天、須彌時天、念淨眼天、無上愛光天、世慧音天、智慧熾然天、樂法化心天、化高天,如是一切,常令眾生安住廣樂。
また、無数の遍浄天と共にありました。その名は、浄智王天、現勝天、寂勝天、須弥時天、念浄眼天、無上愛光天、世慧音天、智慧熾然天、楽法化心天、化高天などです。このようなすべての天は、常に衆生を広大な安楽に住まわせています。
復與無量果實天子俱,其名曰:法華光天、淨堅固天、慧光天、智慧王天、普門慧眼天、不轉愛天、無垢靜光天、淨曜天,如是一切,皆悉善住寂靜意門。
また、無量の果実天子たちと共にありました。その名は、法華光天、浄堅固天、慧光天、智慧王天、普門慧眼天、不転愛天、無垢静光天、浄曜天など、これらすべての天子たちは、皆、静かな心の境地に安らかに住んでいました。
復與摩醯首羅天等無量淨居天俱,其名曰:善光天、大主天、大稱光天、功德淨眼天、大智慧光天、不動光音天、善施眼天、樂大乘天、普音聲天、樂稱光天,如是一切,已修無相平等法界,悉在如來大眾海數。
また、摩醯首羅天など無量の浄居天とともに、その名は次のとおりである:善光天、大主天、大称光天、功徳浄眼天、大智慧光天、不動光音天、善施眼天、楽大乗天、普音声天、楽称光天。このような一切の天は、すでに無相平等の法界を修め、ことごとく如来の大衆の海の数の中にいる。
於一切眾生悉行平等,無量妙色皆已成就;於十力中能善安住,處一切眾而不傾動,隨所至方無能壞者,如來所乘常現在前。離煩惱障,其心清淨,諸結使山皆已摧滅,覩佛姿顏,無量妙色光明普照。所以者何?如來往昔於無量劫行菩薩道時,以四攝法善攝眾生。於諸如來集諸善根,種種因緣,方便教化立如來道,深植無量如來善根,皆令安立一切智道;逮得無量功德勢力,皆悉成就如來願海。菩薩所行具足清淨,各隨本行,皆得出要,悉由如來光明照故;乘解脫力入如來海,於佛法門悉得自在。
一切の衆生に対して平等に行じ、無量の妙なる色相をことごとく成就し、十力の中に善く安住し、一切の衆の中にあっても傾動せず、至る所の方向においても壊すことのできるものなく、如来の乗るべき道が常に眼前に現前している。
煩悩の障りを離れ、その心は清浄であり、あらゆる結使の山をことごとく摧滅し、仏の姿顔を観るに、無量の妙なる色の光明が普く照らしている。
なぜならば、如来は往昔、無量劫にわたって菩薩の道を行じた時、四摂法をもって衆生を善く摂取し、諸仏如来のもとに諸々の善根を集め、種々の因縁と方便をもって教化し、如来の道を立て、無量の如来の善根を深く植え付け、すべてを一切智の道に安立せしめたからである。
無量の功徳と勢力を逮得し、ことごとく如来の願いの海を成就した。菩薩の行いは具足して清浄であり、それぞれの本行に随って、ことごとく出離の要を得ることができた。これらはすべて如来の光明が照らすことによるのである。
解脱の力に乗って如来の海に入り、仏法の門においてことごとく自在を得ている。
善海摩醯首羅天,於法界虛空寂靜方便光明法門,而得自在;大自在稱光明天,於一切法普遊法門,而得自在;功德淨眼天,於一切法不生不滅方便法門,而得自在;大慧光天,於一切法方便智海遊光法門,而得自在;靜光音天,於一切禪無量喜樂普起法門,而得自在;施善眼天,於轉癡畏遊靜法門,而得自在;不思議天,於無量境界入不起法門,而得自在;樂大乘天,於一切法不來不去無所依住法門,而得自在;普雜音天,於佛境界寂靜法門,而得自在;樂稱光天,於無量境界法門,而得自在。
善き海の摩醯首羅天は、法界の虚空の寂靜なる方便光明の法門に於いて、自在を得たり。大自在の称光明天は、一切の法に普く遊ぶ法門に於いて、自在を得たり。功徳の浄眼天は、一切の法の生ぜず滅せざる方便の法門に於いて、自在を得たり。大慧光天は、一切の法の方便智海に遊光する法門に於いて、自在を得たり。静光音天は、一切の禅の無量の喜楽を普く起こす法門に於いて、自在を得たり。施善眼天は、痴畏を転じて静寂に遊ぶ法門に於いて、自在を得たり。不思議天は、無量の境界に入りて起らざる法門に於いて、自在を得たり。楽大乗天は、一切の法の来らず去らず、依り住する所なき法門に於いて、自在を得たり。普雑音天は、仏の境界の寂靜なる法門に於いて、自在を得たり。楽称光天は、無量の境界の法門に於いて、自在を得たり。
爾時善光海大自在天,以如來神力故,觀察一切自在天眾,以偈頌曰:
その時、善光海大自在天は、如来の神力によって、すべての自在天の衆生を観察し、次の偈頌を唱えました:
「無盡平等妙法界,悉皆充滿如來身,
無取無起永寂滅,為一切歸故出世。
諸佛法王出世間,能立無上正教法,
如來境界無邊際,世間自在稱無上。
佛難思議無倫匹,相好光明照十方,
大聖世尊正教道,猶如淨眼觀明珠。
一切世間眾生類,不能思議佛功德,
消滅一切愚癡闇,超昇無上智慧臺。
如來功德難思議,眾生見者煩惱滅,
得見不動自在尊,能生無量悅樂心。
眾生大海癡蔽心,為現寂靜微妙法,
能然無上智慧燈,是則方便真淨眼。
如來清淨妙色身,悉能顯現遍十方,
此身非有無所依,如是見佛真實觀。
如來音聲無罣礙,應受化者無不聞,
湛然不動無往返,是名善慧樂法門。
一切十方無邊佛,寂靜法門天人主,
如來光明靡不照,是莊嚴幢妙法門。
佛於無邊諸劫海,常求正覺悟眾生,
無量方便化一切,清淨廣稱如是見。」
限りなく平等なる妙なる法界は、 ことごとく満ちて如来の身となる。 取ることも起こすこともなく、永遠に寂滅し、 一切の帰依処として世に出でたまう。
諸仏の法王、世に出でて、 無上の正しい教えの法を立てたまう。 如来の境界は際限なく、 世に自在して無上と称せられる。
仏は思い量り難く、比べるものもなく、 相好の光明は十方を照らす。 大聖世尊の正しい教えの道は、 澄みきった眼で明珠を観るがごとし。
一切の世間の衆生の類は、 仏の功德を思い量ることができず、 一切の愚痴の闇を消し滅ぼし、 無上の智慧の台に昇り超える。
如来の功德は思い量り難く、 衆生これを見る者は煩悩滅し、 動かざる自在の尊に得見して、 無量の悦楽の心を生ずる。
衆生の大海、痴に心を蔽われ、 寂靜なる微妙の法を現じたまい、 無上の智慧の灯を燃やし得るは、 これすなわち方便の真の浄眼なり。
如来の清浄なる妙色の身は、 ことごとく能く顕現し十方に遍く、 この身は有るにあらず、依る所なく、 かくのごとく仏を見るは真実の観なり。
如来の音声に罣礙なく、 化を受くべき者、聞かざるはなく、 湛然として動かず、往き返ることなく、 これは善慧楽法門と名づく。
一切十方の無辺の仏は、 寂静の法門、天人の主、 如来の光明は照らさざるところなく、 これ荘厳幢の妙法門なり。
仏は無辺の諸劫の海に、 常に正覚を求めて衆生を悟らしめ、 無量の方便をもって一切を化し、 清浄広大に称えられる、かくのごとく見る。
復有樂業光明天王,於觀一切眾生諸根法雲法門,而得自在;淨堅固天,於一切佛妙色方便念觀法門,而得自在;樂樂天王,於一毛孔見不思議諸佛國土境界法門,而得自在;普門慧眼天,於入普門觀察法界法門,而得自在;不轉愛天,於轉一切眾生處處受生法門,而得自在;善慧光天,於入一切世間境界不可思議法門,而得自在;無垢淨光天,於一切眾生一切法中出要法門,而得自在;無垢光天,於受化者能使入佛境界法門,而得自在。
また、歓喜の業をなす光明天王は、あらゆる衆生の諸根を観ずる法雲の法門において自在を得ておられます。 清浄堅固天は、一切の仏の妙なる色相を方便として念想観察する法門において自在を得ておられます。 歓喜歓悦天王は、一つの毛孔の中に不可思議な諸仏国土の境界を見る法門において自在を得ておられます。 普門慧眼天は、普門に入って法界を観察する法門において自在を得ておられます。 不変愛着天は、一切の衆生がさまざまなところに生まれ変わることを転じる法門において自在を得ておられます。 善き智慧の光天は、一切の世間の境界に入って不可思議を体得する法門において自在を得ておられます。 汚れなき清浄光天は、一切の衆生が一切の法から解脱する道を示す法門において自在を得ておられます。 汚れなき光天は、教化を受ける者を仏の境界に入らしめる法門において自在を得ておられます。
爾時,樂業光明天王承佛神力,觀察一切果實天眾,以偈頌曰:
その時、楽業光明天王は、仏の神力を受け、一切の果実天の大衆を観察して、偈頌をもって次のように述べた。
「一切佛境界,甚深難思議,
諸餘眾生類,莫能測量者。
如來善開導,無量諸群生,
能令悉願樂,志求無上道。
佛以神通力,住世普開化,
一切眾生類,各隨其所聞,
癡惑障永除,慧命淨無穢,
能覩諸如來,眾妙淨法海。
諸法真實相,寂滅無所依,
如來方便力,能為眾生現。
如來於諸法,無性無所依,
而能現眾像,顯相猶明燈。
以諸緣譬諭,方便隨所樂,
為現諸如來,智慧神通力。
因悟各異門,無量難思議,
為建正法幢,令入功德海。
如來神通力,能於一毛孔,
各為眾演說,無上寂滅法。
一一諸如來,各為其眷屬,
顯法無量門,功德之大海,
皆悉師子吼,演說諸佛法,
是則大智尊,無上方便力。
十方諸佛土,一切群生類,
悉能為彼現,如來之正法。
如來未曾有,去來之異相,
皆令彼歡喜,不退慧境界。
如來為眾生,普現業報相,
猶若日光照,眾像靡不現。
又為彼眾生,演說寂滅法,
令彼見真實,甚深智慧處。
如來自觀察,甚深微妙義,
隨彼眾生根,普雨甘露法。
為開諸法門,無量難思議,
悉歸入寂滅,平等真實觀。
無數無量劫,廣修習大悲,
逮成等正覺,度脫群生類。
普雨甘露法,隨器皆充滿,
如龍興慶雲,等雨於一切。」
一切の仏の境地は、 甚だ深くて思いはかるべからず、 他のあらゆる生きとし生けるものは、 これを測り知ることができない。
如来は巧みに導き、 無量の多くの衆生を、 ことごとく願い楽しませ、 無上の道を志し求めるようにさせる。
仏は神通の力をもって、 世に住して広く開き導き、 一切の生きとし生けるものは、 それぞれその聞くところにしたがい、 愚かさと迷いの障りが永遠に除かれ、 智慧の命は清らかで穢れなく、 諸々の如来を見ることができ、 多くの妙なる清浄の法の海を見る。
諸法の真実の相は、 寂滅してよりどころなく、 如来の方便の力は、 衆生のために現じることができる。
如来は諸法において、 自性なくよりどころないが、 しかも多くの像を現じ、 その相を顕すことは明灯のようである。
多くの縁や譬えをもって、 方便に随ってそれぞれの好みに応じ、 諸々の如来を現じ、 智慧と神通の力を示す。
悟りによってそれぞれ異なる門に入り、 無量で思いはかるべからず、 正法の幢を建て、 功徳の海に入らせる。
如来の神通の力は、 一つの毛穴のなかで、 それぞれ衆生のために演説し、 無上の寂滅の法を説くことができる。
それぞれの諸々の如来は、 それぞれその眷属のために、 無量の門の法を顕し、 功徳の大海を、 ことごとく師子吼して演説し、 諸仏の法を説く。 これが大いなる智慧の尊の、 無上の方便の力である。
十方の諸仏の土、 一切の生きとし生けるものに、 ことごとく彼らのために現じ、 如来の正法を示すことができる。
如来にはかつてなく、 去来の異なる相もなく、 ことごとく彼らを歓喜させ、 退転しない智慧の境地に至らせる。
如来は衆生のために、 普く業報の相を現じ、 あたかも日光が照らすように、 多くの像がことごとく現れる。
また彼らの衆生のために、 寂滅の法を演説し、 彼らに真実を見させ、 甚深なる智慧の処に至らせる。
如来は自ら観察し、 甚深微妙なる義に随い、 彼らの衆生の根機に応じて、 普く甘露の法を雨のように降らす。
諸法の門を開き、 無量で思いはかるべからず、 ことごとく寂滅に帰入し、 平等なる真実の観を顕す。
数えきれない無量の劫に、 広く大悲を修習し、 等正覚を成じ、 群生の類を度脱する。
普く甘露の法を雨のように降らし、 器に随ってことごとく満たす。 あたかも龍が慶雲を起こし、 一切に等しく雨を降らすがごとし。
復有淨智天王,於觀察眾生善根法門,而得自在;顯妙天王,於一切有覺照法門,而得自在;勝妙天王,於總持辯才法門,而得自在;普燈天王,於樂佛出世解脫法門,而得自在;智焰天王,於一切眾生甚深法中能生歡喜法門,而得自在;樂化天王,於化菩薩功德周備入無盡法門,而得自在;踊化天王,於普觀無量苦惱眾生慈悲智滿法門,而得自在。
また、浄智天王は、衆生の善根を観察する法門において自在を得ており、 顕妙天王は、一切の覚照法門において自在を得ており、 勝妙天王は、総持と弁才の法門において自在を得ており、 普燈天王は、仏の出現と解脱を喜ぶ法門において自在を得ており、 智焰天王は、一切衆生の深遠な法に歓喜を生じさせる法門において自在を得ており、 楽化天王は、菩薩を教化し功徳を円満にし、尽きることのない法門に入ることに自在を得ており、 踊化天王は、無量の苦しみに悩む衆生を広く観て、慈悲の智を満たす法門において自在を得ています。
爾時,淨智天王承佛神力,普觀遍淨天眾,以偈頌曰:
その時、浄智天王は仏の神力を受け、広く遍浄天の大衆を見渡し、偈頌をもって次のように述べた。
「諸佛正法無障礙,周滿十方無量界,
現佛境界難思議,離垢法門無量海。
如來處世無所依,法身清淨無起滅,
而能照現無量土,一切悉見天中天。
無量劫海修方便,光明普照十方界,
清淨法界如如住,寂滅微妙最無上。
眾生愚癡瞽心目,無眼輪迴生死中,
如來導以清淨道,開示無上最勝門。
如來所乘無上道,一切眾生莫能思,
佛現一切妙色門,善念樂觀淨眼見。
佛說微妙總持門,如一切剎微塵等,
調伏一切眾生故,清淨慧眼能照見。
如來出世甚難值,無量億劫時一遇,
離諸難處適眾會,唯佛世尊能應時。
一切眾生難思議,佛能悉現淨妙法,
覩見如來無量德,猶如明照見眾像。
三世諸佛所得法,教化眾生難思議,
悉觀念此功德已,樂法踊躍大歡喜。
眾生沒在煩惱海,愚癡邪濁大恐怖,
佛以慈悲究竟度,見淨境界如天幢。
佛放無量大光明,一一光明無量佛,
無數方便皆悉現,化度一切眾生類。」
諸仏の正しい教えは何ものにも妨げられず、 十方の無量の世界に満ち広がっています。 仏の境地は思議しがたく現れ、 煩悩を離れた法門は無量の大海のようです。
如来は世にあっても何にも執着せず、 法身は清らかで生滅がありません。 それでいて無量の国土を照らし現し、 すべてを見通される天の中の天です。
無量の劫の海を修行し方便を修め、 光明は十方世界をあまねく照らします。 清らかな法界に如如として住し、 寂滅微妙にして最も無上の境地です。
衆生は愚かで心の目がくらみ、 眼なくして生死の輪廻の中にいます。 如来は清らかな道をもって導き、 無上の最勝の門を開き示されます。
如来の乗る無上の道は、 一切の衆生が思いはかることのできないものです。 仏は一切の妙なる色の門を現し、 善く念じて楽しく観る清らかな眼で見られます。
仏は微妙な総持の門を説かれます。 それは一切の国土の微塵の数ほどあり、 一切の衆生を調伏するために、 清らかな慧眼が照らし見ることができます。
如来の世に出でられることは甚だ難く、 無量億劫の時を経て一度出会うことができます。 あらゆる難所を離れて衆会に適い、 ただ仏世尊のみが時に応じられるのです。
一切の衆生は思議しがたく、 仏は悉く清らかで妙なる法を現すことができます。 如来の無量の徳を見れば、 ちょうど明るい光が多くの像を見るようです。
三世の諸仏の得られた法は、 衆生を教化することが思議しがたいものです。 この功徳を悉く観念したならば、 法を楽しみ踊り躍って大いに歓喜します。
衆生は煩悩の海に沈み、 愚かで邪に濁り大いに恐怖しています。 仏は慈悲をもって究竟に度し、 清らかな境界を見せて天の幢のようです。
仏は無量の大光明を放ち、 その一々の光明に無量の仏がいます。 無数の方便を悉く現じ、 一切の衆生の類を化度されます。
復有愛樂天子,於寂靜愛樂滅眾生苦法門,而得自在;妙雜光天,於諸眾生心淨離垢廣修德海法門,而得自在;自在音天,於一切眾生一劫所修功德於一念中出生法門,而得自在;勝念智天,於世間生、住、滅種種清淨功德法門,而得自在;淨樂音天,於一切菩薩在兜率宮廣說供養法門,而得自在;善思音天,於一劫中說諸地義以一念頃悉能受說法門,而得自在;解脫光音天,於莊嚴道場法門,而得自在;甚深音天,於無盡神足諸功德海法門,而得自在;離垢稱天,於一切佛諸功德海境界法門,而得自在;出淨光天,於過去諸佛願力所持歡喜功德力藏法門,而得自在。爾時,光音天子承佛神力,遍觀光音天眾,以偈頌曰:
また、寂靜愛楽天子は、衆生の苦しみを滅ぼす法門を愛し楽しみ、自在を得ました。妙雑光天は、一切衆生の心を清浄にし、垢を離れ、広く徳の海を修める法門において自在を得ました。自在音天は、一切衆生が一劫に修める功徳を一念のうちに生じさせる法門において自在を得ました。勝念智天は、世間の生・住・滅という種々の清浄な功徳の法門において自在を得ました。浄楽音天は、一切の菩薩が兜率天宮において広く供養の法門を説くことにおいて自在を得ました。善思音天は、一劫の間に諸地の意義を説き、一念のうちにすべてを受け説く法門において自在を得ました。解脱光音天は、道場を荘厳する法門において自在を得ました。甚深音天は、尽きることのない神通力と諸功徳の海の法門において自在を得ました。離垢称天は、一切の仏の諸功徳の海の境地の法門において自在を得ました。出浄光天は、過去の諸仏の願力によって支えられた歓喜の功徳力の宝庫の法門において自在を得ました。
その時、光音天子は仏の神力を受け、光音天の大衆を遍く観て、偈をもって頌して言いました:
「我憶如來過去行,我行供養亦憶念,
如本所修清淨喜,佛光明故今悉見。
如來無垢莊嚴身,增長眾生清淨心,
安住慈悲喜捨中,是名莊嚴淨法門。
如來廣大方便法,無量劫海所修集,
彼生滅法如如相,法主音聲方便門。
如來神力遍十方,普照無量諸佛剎,
十方諸佛皆悉現,勝念方便滅愚癡。
無量剎海塵數佛,供養恭敬生歡喜,
故能斷除群生闇,是名妙音勝境界。
無量劫海甚彌曠,說方便地無倫匹,
所演妙法無窮盡,心方便門得自在。
如來無量自在力,於念念中普示現,
降神成道權無量,是則名為妙法門。
佛持深廣無與等,神足示現不可量,
能令諸根悉清淨,得住甚深微妙地。
如來智慧無邊際,行淨無比無罣礙,
普見一切兩足尊,無上離垢稱方便。
於過去世菩薩時,供養無量諸佛海,
立大誓願難思議,是故逮得無上智。」
私は如来の過去の行いを思い起こし、私の行う供養もまた心に留めます。 もとより修めた清らかな喜びを、仏の光明のゆえに今こそ見ることができます。 如来の汚れなき荘厳なる御身は、衆生の清らかな心を育て、 慈悲喜捨の中に安住させます。これこそが荘厳なる清浄の法門と呼ばれるものです。 如来の広大なる方便の法は、無量の劫の海で修め集められました。 その生滅する法のありのままの相は、法主の音声による方便の門です。 如来の神力は十方に遍く満ち、無量の諸仏国土を照らします。 十方の諸仏が皆現れ、優れた念による方便が愚痴を滅ぼします。 無量の国土の塵の数ほどの仏を、供養し敬い喜びを生じさせます。 故に衆生の闇を断ち切ることができ、これこそが妙音の勝れた境地と呼ばれます。 無量の劫の海はとても広大で、方便の地を説くものは比類なく、 演じる妙法は尽きることがなく、心の方便の門は自在を得ています。 如来の無量の自在なる力は、一瞬一瞬の中に普く示現し、 降神し成道する権化は量り知れず、これこそが妙なる法門と呼ばれます。 仏の保たれる深く広いものは並ぶものなく、神足の示現は測り知れません。 諸根をことごとく清浄にさせ、甚深微妙の地に住することを得させます。 如来の智慧は辺際がなく、行いは清浄で比類なく、何の妨げもありません。 一切の両足尊を普く見て、無上の離垢なる方便と称されます。 過去世の菩薩の時に、無量の諸仏の海を供養し、 大いなる誓願を立てることは思議しがたく、故に無上の智慧を得られたのです。
復有尸棄大梵天,於照現諸法入不思議法門,而得自在;智光明梵,於一切禪等觀寂靜善住法門,而得自在;智光心梵,於照諸法不可思議入方便法門,而得自在;普音雲梵,於一切佛妙音聲海平等度入法門,而得自在;應時音梵,於攝伏眾生最勝法門,而得自在;寂靜光梵,於一切剎能起安住分別諸法法門,而得自在;喜光梵,於無量方便化眾生法門,而得自在;堅固梵,於諸法淨相住寂行法門,而得自在;樂目光梵,於一切有無來無去無所依止勇猛法門,而得自在;柔軟音梵,於無盡法隨行普照法門,而得自在。
また、尸棄大梵天は、あらゆる法を照らし現わす不可思議な法門に入り、自在を得ている。智光明梵は、一切の禅定において平等に観じ、寂静に善く住する法門に入り、自在を得ている。智光心梵は、あらゆる法を照らす不可思議な方便法門に入り、自在を得ている。普音雲梵は、一切の仏の妙なる音声の海に平等に度入する法門に入り、自在を得ている。応時音梵は、衆生を摂伏する最勝の法門に入り、自在を得ている。寂静光梵は、一切の国土において安住を起こし、諸法を分別する法門に入り、自在を得ている。喜光梵は、無量の方便をもって衆生を教化する法門に入り、自在を得ている。堅固梵は、諸法の清浄な相に住し、寂静の行を行う法門に入り、自在を得ている。楽目光梵は、一切の有無において来も去りもなく、依り所もない勇猛の法門に入り、自在を得ている。柔軟音梵は、尽きることのない法に随い行い、普く照らす法門に入り、自在を得ている。
爾時,尸棄大梵承佛神力,遍觀一切諸大梵眾,以偈頌曰:
その時、尸棄大梵天は仏の神力を受け、あらゆる梵天衆を遍く観て、偈をもって頌して言った:
「佛身清淨常寂然,普照十方諸世界,
寂滅無相無照現,見佛身相如浮雲。
一切眾生莫能測,如來法身禪境界,
無量方便難思議,是智慧光照法門。
一佛剎塵諸法海,一音演說悉無餘,
此辯塵劫演不盡,是名光照心法門。
如來妙音深滿足,眾生隨類悉得解,
一切皆謂同其語,梵音普至最無上。
十方三世佛所得,一切菩薩方便行,
悉於如來身中現,而於佛身無分別。
佛身如空不可盡,無相無礙普示現,
所可應現如幻化,神變淨音靡不周。
佛身無邊如虛空,智光淨音亦如是,
佛於諸法無障礙,猶如月光照一切。
法王安住妙法堂,法身光明無不照,
法性如實無異相,是名樂音海法門。」
仏の御身は清らかで常に静寂に満ち、十方のすべての世界をあまねく照らします。
静寂のうちに滅し、形なく、照らすこともなく現れますが、仏の御身の相を見ることは、浮雲を見るようなものです。
すべての衆生は測り知ることができません。如来の法身は禅の境地であり、
無量の方便は思いはかることも難しく、これこそが智慧の光が法の門を照らすものです。
一つの仏国土の塵ほどの法の海も、一つの音声で説き明かし、すべて余すところなく、
この弁舌は塵劫を経ても説き尽くせず、これが光照心の法門と呼ばれます。
如来の妙なる音声は深く満ち足りており、衆生はそれぞれの類いに応じて理解し、
すべての者が同じ言葉を語っていると思い、梵音はあまねく至り、最も無上のものです。
十方三世の仏が得たもの、すべての菩薩の方便の行いも、
ことごとく如来の御身の中に現れますが、仏の御身には分別がありません。
仏の御身は虚空のようで尽きることがなく、形なく、妨げなく、あまねく示現します。
応じて現れるところは幻のごとく、神変と清らかな音声はあまねく行き渡ります。
仏の御身は辺際がない、虚空のようであり、智慧の光と清らかな音声もまた同じです。
仏はすべての法に対して障礙なく、あたかも月光がすべてを照らすかのようです。
法の王は妙なる法の堂に安住し、法身の光明は照らさないものはありません。
法性は真実のままにあり、異なる相はなく、これが楽音海の法門と呼ばれます。
復有自在天王,於教化無量眾生藏法門,而得自在;善眼光天,令諸眾生得最上樂法門,而得自在;雜寶冠天,於解眾生無量性欲方便法門,而得自在;精進善慧天,於眾生分別義法門,而得自在;勇妙雜音天,於諸眾生慈念觀察法門,而得自在;光明樂幢天,於諸眾生超出魔事法門,而得自在;淨境界天,於諸眾生念化法門,而得自在;雜色輪天,於念充滿十方諸佛法門,而得自在;智華妙光天,於佛功德自在覺悟充滿念隨順法門,而得自在;大力光天,於離世間境界法門,而得自在。
また、自在天王は、無量の衆生を教化する蔵法門に自在を得ております。善眼光天は、すべての衆生に最上の楽しみを得させる法門に自在を得ております。雑宝冠天は、衆生の無量の性欲を解きほぐす方便法門に自在を得ております。精進善慧天は、衆生のために義理を分別する法門に自在を得ております。勇妙雑音天は、すべての衆生を慈しみ観察する法門に自在を得ております。光明楽幢天は、すべての衆生を魔事から超え出させる法門に自在を得ております。浄境界天は、すべての衆生を念じて教化する法門に自在を得ております。雑色輪天は、十方の諸仏を念じて満たす法門に自在を得ております。智華妙光天は、仏の功徳を自在に覚悟し、念に随順する法門に自在を得ております。大力光天は、世間の境界を離れる法門に自在を得ております。
爾時,自在天王承佛神力,遍觀一切自在天眾,以偈頌曰:
その時、自在天王は仏の神力を受け、すべての自在天の衆生を遍く観て、偈をもって頌して曰く:
「如來法身等法界,普應眾生悉對現,
如來法王化眾生,隨順諸法悉調伏。
世間一切上妙樂,聖寂滅樂為最勝,
無垢妙法如來室,清淨勝眼如實見。
如來普照諸世間,疑地枯林降法雨,
眾生蒙潤疑網除,是寶冠幢妙法門。
如來所演一妙音,廣大法海說無餘,
佛以一音遍十方,是名勝勇善法門。
一切十方諸佛土,入佛一毛猶不滿,
佛以大慈如虛空,是名清淨慧法門。
一切眾生慢高山,佛以十力碎無餘,
佛慈光明照十方,是名光幢妙法門。
得覩如來滅癡惑,淨見智慧悉充滿,
永離惡趣諸恐怖,是名寂境妙法門。
如來毛孔悉放光,隨其所應得聞法,
普導眾生至善趣,是名善幢妙法門。
一切十方諸佛事,此眾一切悉得見,
如來法界滿虛空,是名淨華勝法門。
無量劫海諸佛國,皆是最勝慧境界,
如來於此無高心,是大力幢妙法門。」
如来の法身は法界に等しく、あまねく衆生に応じて悉く対現する。 如来の法王は衆生を教化し、諸法に随順して悉く調伏する。
世間の一切の上妙なる楽は、聖なる寂滅の楽が最も勝れている。 垢なき妙法は如来の室、清浄なる勝眼は如実に見る。
如来は普く諸世間を照らし、疑いの地と枯れた林に法雨を降らす。 衆生は潤いを受け、疑いの網を除く。これが宝冠幢の妙法門である。
如来の演ずる一つの妙音は、広大なる法海を説き尽くす。 仏は一音をもって十方に遍く、これが勝勇の善法門と名付けられる。
一切の十方の諸仏土も、仏の一毛に入っても未だ満たされない。 仏は大慈を以って虚空の如く、これが清浄慧の法門と名付けられる。
一切の衆生の慢の高山を、仏は十力をもって砕き尽くす。 仏の慈光は十方を照らし、これが光幢の妙法門と名付けられる。
如来を見て癡惑を滅し、浄見の智慧に悉く満たされる。 永く悪趣の諸恐怖を離れ、これが寂境の妙法門と名付けられる。
如来の毛孔は悉く光を放ち、その応じる所に随って法を聞くことを得る。 普く衆生を導いて善趣に至らしめ、これが善幢の妙法門と名付けられる。
一切の十方の諸仏事を、この衆は一切悉く見ることができる。 如来の法界は虚空に満ち、これが浄華の勝法門と名付けられる。
無量劫海の諸仏国は、皆最も勝れたる慧の境界である。 如来はここに高ぶる心なく、これが大力幢の妙法門である。
復有善化天王,於一切法分別化法門,而得自在;靜光時天,於觀一切有及我真實法門,而得自在;化力光天,於諸眾生離癡智慧滿足法門,而得自在;難勝天,於諸佛音聲發起一切歡喜勇猛法門,而得自在;念光天,於一切佛相好功德具足無盡法門,而得自在;踊雲音天,於淨智慧次第憶念過去無量劫法門,而得自在;淨光勝天,於一切眾生長養種種功德智慧法門,而得自在;樂光髻天,於一切空界結跏趺坐無礙法門,而得自在;樂智慧天,於一切方便境界無盡力法門,而得自在;華光髻天,於諸眾生業行苦樂等觀法門,而得自在。
また、善化天王は、一切の法を分別し化する法門において自在を得ておられます。 静光時天は、一切の有と我の真実を観ずる法門において自在を得ておられます。 化力光天は、すべての衆生が迷いを離れ智慧を満足させる法門において自在を得ておられます。 難勝天は、諸仏の音声によって一切の歓喜と勇猛を起こす法門において自在を得ておられます。 念光天は、一切の仏の相好と功徳が具足し尽きることのない法門において自在を得ておられます。 踊雲音天は、清浄な智慧によって次第に過去無量劫を憶念する法門において自在を得ておられます。 浄光勝天は、一切の衆生が種々の功徳と智慧を育む法門において自在を得ておられます。 楽光髻天は、一切の空界において結跏趺坐し、何ものにも妨げられない法門において自在を得ておられます。 楽智慧天は、一切の方便の境地において尽きることのない力を発揮する法門において自在を得ておられます。 華光髻天は、すべての衆生の業行と苦楽を平等に観ずる法門において自在を得ておられます。
爾時,善化天王承佛神力,遍觀化樂天眾,以偈頌曰:
その時、善化天王は仏の神力を受け、化楽天の衆生をあまねく見渡し、偈頌をもって次のように述べた:
「法身於世難思議,如來普現應眾生,
緣性無造非真實,行業莊嚴現世間。
方便求佛無所有,攬之十方不可得,
法身示現無真實,出生自在如是見。
無量劫海修諸行,斷除眾生愚癡冥,
如來智慧甚清淨,是名佛慧除癡力。
一切世界妙音聲,悉無能及如來音,
一音遠震遍十方,是名勝音妙法門。
一切眾生諸功德,不及如來一相福,
佛德如空無邊際,是名生光妙法門。
三世無量劫中事,世界成敗種種相,
於一毛孔悉能現,是名清淨無上智。
求空邊際猶可得,佛一毛孔無涯限,
佛德如是不思議,是名如來淨知見。
佛於先世無量劫,具滿一切波羅蜜,
勤修精進無厭怠,是名樂見淨法門。
行業因緣難思議,佛為眾生說無餘,
普現諸法淨無穢,是名無上深法門。
觀見如來一毛孔,一切眾生悉入中,
眾生亦無往來想,是名諸方照法門。」
法身の世における存在は、思いはかることのできない不思議なものであり、如来はあまねく現れて衆生に応じられる。 縁によって生じる性質は、造られたものでなく、真実のものではないが、行いによって荘厳され、世間に現れる。 方便をもって仏を求めても、何も得るものはなく、十方世界を探し求めても、見つけることはできない。 法身の示現は真実のものではなく、自在に生じ出る様をこのように見るのである。 無量の劫の海で諸々の行を修め、衆生の愚かさと闇を断ち切られる。 如来の智慧は甚だ清らかであり、これが仏の智慧、愚痴を除く力と呼ばれるものである。 一切世界の妙なる音声も、如来の音声に及ぶものはなく、 一つの音が遠く震わして十方に遍く、これが勝れた音の妙なる法門と呼ばれる。 一切衆生の諸々の功徳も、如来の一つの相の福に及ばず、 仏の徳は虚空のごとく際限なく、これが光を生む妙なる法門と呼ばれる。 三世の無量劫の中の事柄、世界の成敗の種々の相を、 一つの毛孔の中にことごとく現じることができ、これが清浄なる無上の智慧と呼ばれる。 虚空の果てを求めても得られるかもしれないが、仏の一つの毛孔には限りがなく、 仏の徳はこのように不思議であり、これが如来の清らかな知見と呼ばれる。 仏は先世の無量劫において、一切の波羅蜜を具足し満たされ、 精進を勤め修めて厭うこと怠ることがなく、これが楽んで見る清らかな法門と呼ばれる。 行いと因縁は思いはかることのできないものであり、仏は衆生のために余すところなく説かれる。 あまねく諸法を現じ、清らかで穢れがなく、これが無上の深い法門と呼ばれる。 如来の一つの毛孔を見つめると、一切の衆生がことごとくその中に入り、 衆生にもまた往来の思いはなく、これが諸方を照らす法門と呼ばれる。
復有兜率天王,於成就諸佛轉法輪法門,而得自在;樂寶髻天,於虛空界淨光法門,而得自在;勝幢天,於廣願海入諸眾生寂靜法門,而得自在;百光明天,於一切法無量無相觀行法門,而得自在;超踊月天,於佛境界超踊覺力法門,而得自在;勝眼光天,於喜修集不可沮壞菩提心法門,而得自在;宿莊嚴天,於諸十方佛調伏眾生方便法門,而得自在;樂靜妙天,於無邊心海念念迴向隨器普現法門,而得自在。
また、兜率天王は、諸仏が法輪を転ずる法門を成就することにおいて自在を得ており、楽宝髻天は、虚空界の浄光法門において自在を得ています。勝幢天は、広大な願いの海に入り、衆生の寂静法門において自在を得ており、百光明天は、一切の法が無量無相であることを観行する法門において自在を得ています。
超踊月天は、仏の境界を超えて踊り上がる覚りの力の法門において自在を得ており、勝眼光天は、喜びをもって集め、沮害することのできない菩提心の法門において自在を得ています。宿荘厳天は、十方の諸仏が衆生を調伏する方便法門において自在を得ており、楽静妙天は、無辺の心の海において、念々に廻向し、器に随って普く現れる法門において自在を得ています。
爾時,兜率天王承佛神力,遍觀兜率天眾,以偈頌曰:
その時、兜率天の王は仏の神力を受け、兜率天のすべての衆生を見渡し、偈をもって讃嘆して言った。
「如來普周等法界,為垢眾生出現世,
隨諸所欲為說法,是名無上勝法王。
如來宿世無量行,清淨願海具足滿,
一切諸法悉周備,是名方便勝功德。
如來法身不思議,法界法性辯亦然,
光明普照一切法,寂靜諸法皆悉現。
眾生癡闇結業障,高心放逸馳境界,
如來為說寂滅法,歡喜善樂悉能見。
一切世間最上歸,救護群生除眾苦,
眾生樂觀無上尊,猶如滿月顯高山。
諸佛境界不思議,一切法界亦如是,
於諸法力悉究竟,定慧方便皆成就。
清淨境界功德海,一切眾生有緣者,
聞佛功德發菩提,消除塵垢成最勝。
如世界海微塵數,諸佛子等悉來集,
供養如來聽受法,悉覩法幢方便王。」
如来は法界に遍く満ちておられますが、 汚れに覆われた衆生のためにこの世に現れ、 それぞれの望みに応じて法を説かれます。 これこそが無上の勝れた法王なのです。
如来は過去世において無量の行を積み、 清らかな願いの海を満たし尽くされました。 一切の法をことごとく備えられており、 これが方便による勝れた功徳なのです。
如来の法身は思いはかることもできず、 法界や法性を説く弁才もまた同じです。 光明は一切の法を普く照らし、 静寂の中にすべての法が現れます。
衆生は愚かさと闇に覆われ、業の障りがあり、 高ぶった心で放逸に境界を駆け巡ります。 如来はそのために寂滅の法を説かれ、 彼らは喜びと善き楽しみを見ることができます。
一切の世間における最上の帰依処であり、 群生を救い護り、衆苦を取り除かれます。 衆生は無上の尊き方を仰ぎ見ることを喜び、 それはまるで高山に輝く満月のようです。
諸仏の境界は思いはかることもできず、 一切の法界もまた同じです。 あらゆる法力において究極に達し、 禅定と智慧と方便をすべて成就されています。
清らかな境界と功徳の海に、 一切の衆生の中で縁ある者は、 仏の功徳を聞いて菩提心を起こし、 塵の汚れを消し去って最勝となるでしょう。
世界の海の微塵の数ほどにもなる、 すべての仏弟子たちが集い来たり、 如来に供養し法を聴き受け、 法の幢である方便王を仰ぎ見るのです。
復有夜摩天王,於諸眾生離憂迴向善根法門,而得自在;悅樂光天,於諸境界法門,而得自在;無盡慧天,於離諸患具大慈悲法門,而得自在;淨莊嚴天,於分別諸根法門,而得自在;持須彌天,於無量總持照明法門,而得自在;不思議慧天,於諸境界業行真實不思議法門,而得自在;臍輪天,於轉法輪調伏眾生法門,而得自在;不思議光天,於眾生界勝眼普觀法門,而得自在;月姿顏天,於諸法實普現法門,而得自在;普音遍觀天,於諸天眾所應施作心淨法門,而得自在。
また、夜摩天王は、あらゆる衆生から憂いを離れ、善根に向かう法門において自在を得ておられる。 悦楽光天は、あらゆる境界の法門において自在を得ておられる。 無尽慧天は、あらゆる患いを離れ、大いなる慈悲を具える法門において自在を得ておられる。 浄荘厳天は、諸々の根機を分別する法門において自在を得ておられる。 持須弥天は、無量の総持を照らし明らかにする法門において自在を得ておられる。 不思議慧天は、あらゆる境界における業行の真実なる不思議な法門において自在を得ておられる。 臍輪天は、法輪を転じ、衆生を調伏する法門において自在を得ておられる。 不思議光天は、衆生界を勝れた眼で普く観る法門において自在を得ておられる。 月姿顔天は、諸法の実相を普く現す法門において自在を得ておられる。 普音遍観天は、諸天の衆に対して施すべきことを心清らかに行う法門において自在を得ておられる。
爾時,夜摩天王承佛神力,遍觀夜摩天眾,以偈頌曰:
その時、夜摩天王は仏の神力を受け、夜摩天の大衆を見渡し、偈頌を唱えた。
「佛於無量大劫海,生死煩惱永已盡,
能教眾生清淨道,佛為一切智慧燈。
如來法身甚彌曠,周遍十方無涯際,
智慧光明方便力,寂滅禪樂亦無邊。
生老病死憂悲苦,毒害逼切惱眾生,
為斯等類起慈悲,以無盡智示菩提。
如來智慧隨順覺,了達三世無障礙,
一切善行悉了知,是名樂化明法門。
無量總持無邊際,如來辯海無窮盡,
能轉清淨妙法輪,是名須彌總持門。
無上大聖一妙身,應化周滿一切世,
悉現一切眾生前,是名善光勝境界。
眾生一見如來身,悉能斷除眾煩惱,
遠離一切諸魔事,是名清淨妙境界。
佛於一切大眾海,處此眾會悉遍照,
普為眾生雨法雨,是名普音稱法門。」
仏は無量の大劫の海を超え、 生死と煩悩は永遠に尽き果て、 衆生に清らかな道を教え示すことができ、 仏は一切の智慧の灯である。
如来の法身は広大無辺にして、 十方に遍く満ちて際限なく、 智慧の光明と方便の力は、 寂滅の禅の楽しみもまた限りがない。
生老病死と憂い悲しみの苦しみは、 毒害となって衆生を悩ませる。 このような者たちのために慈悲を起こし、 尽きることなき智慧をもって菩提を示す。
如来の智慧は順縁に覚り、 三世を了達して障礙なく、 一切の善行をことごとく知り尽くす。 これを楽化明法門と名づける。
無量の総持は際限なく、 如来の弁舌の海は窮まりなく、 清らかな妙なる法輪を転じることができる。 これを須弥総持門と名づける。
無上の大聖の一つの妙なる身は、 応化して一切の世界に遍く満ち、 すべての衆生の前にことごとく現れる。 これを善光勝境界と名づける。
衆生が一度如来の身を見れば、 ことごとく衆の煩悩を断ち除くことができ、 一切の魔事から遠く離れる。 これを清浄妙境界と名づける。
仏は一切の大衆の海において、 この衆会に処してことごとく遍く照らし、 普く衆生のために法の雨を降らす。 これを普音称法門と名づける。
大方廣佛華嚴經卷第一
大方広仏華厳経 巻第一