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title: "大方廣佛華嚴經 · 30 佛小相光明功德品"
description: "大方广佛华严经是佛教重要经典之一，由东晋时期高僧佛驮跋陀罗翻译。该经成书于公元5世纪，是华严宗的根本经典，被誉为经中之王。内容主要阐述佛陀证悟的圆满境界，强调法界缘起、事事无碍的哲学思想，展现了一即一切、一切即一的宇宙观。经中通过善财童子五十三参等故事，揭示菩萨修行次第与广大行愿。华严经在大乘佛教中具有崇高地位，对汉传佛教各宗派影响深远，尤其成为华严宗立宗的理论基础。其思想体系宏大深邃，是研究佛教哲学与修行实践的重要文献。"
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### 大方廣佛華嚴經佛小相光明功德品第三十

> 第三十品 仏の小相の光明の功徳

爾時佛告寶手菩薩言：「如來、應供、等正覺有隨形好，名曰海王，彼出光明，名曰明淨，七百萬阿僧祇光以為眷屬；又菩薩摩訶薩於兜率天，放大光明，名曰幢王，普照十世界微塵數剎，遍照彼處地獄眾生，滅除苦痛，令彼眾生十種眼、耳、鼻、舌、身、意，諸根行業皆悉清淨，彼諸眾生見光明已，皆大歡喜，命終皆生兜率天上。生天上已，聞天妙音，名不可樂，此音聲語諸天子言：『以不放逸故，於諸佛所種善根故，遇善知識故，盧舍那佛威神力故，於地獄命終生此天上。』如來足下千輻輪中有妙光明，名普照王，於彼海王隨形好處，悉放四十廣大光明，一名清淨功德，普照六十億那由他佛剎微塵數世界，隨眾生境界，隨種善根，隨眾生意，乃至普照阿鼻地獄，其中眾生，命終皆生兜率天上。生天上已，聞天妙音，作如是言：『善哉！善哉！諸天子！盧舍那菩薩今住離垢三昧，應當敬念。』爾時，諸天子聞天勸化微妙之音，便作是念：『奇哉！奇哉！何由出此微妙音聲？』爾時，音聲語諸天子言：『我此天音，諸善功德之所成就。諸天子！如我說我，而不著我、不著我所，一切諸佛亦復如是，自說是佛，而不著我、不著我所。諸天子！如我音聲，不從東方，南、西、北方，四維，上、下來，諸天子！業報成佛亦復如是，非十方來。諸天子！猶如汝等昔在地獄，不從十方來，但以顛倒愚癡纏故，得地獄身，本無來處，如普照王光明，不從十方來，我天音聲亦復如是，非十方來，但以三昧善根力故出生如是微妙音聲，般若波羅蜜力故示現如是自在神力。諸天子！譬如須彌山王有三十三天淨妙宮殿種種樂具，不從十方來，我天音聲亦復如是。諸天子！譬如億那由他佛剎微塵數世界末為微塵，如是微塵數眾生，我為說法，隨彼所應，令大歡喜，然我於彼，不生厭惡心、不生疲倦心、不生放逸心、不生憍慢心。諸天子！盧舍那菩薩住離垢三昧亦復如是，於右手掌隨形好中，放一光明，出生無量自在神力，一切眾生、聲聞、緣覺所不能知。汝等應當往詣盧舍那菩薩，恭敬禮拜，莫著五欲障諸善根。諸天子！譬如劫盡燒須彌山，悉令消滅。諸天子！五欲纏心，修念佛三昧，皆悉除滅，是故諸天子當知報恩，一向敬念盧舍那菩薩。諸天子！其有眾生不知報恩，捨是身已，入三惡道。諸天子！汝昔在地獄，蒙光明恩，捨地獄已，來生此天，應當長養彼諸善根。諸天子！譬如我天，非男非女，而能出生百千萬億不思議法。諸天子！如天子、天女、五欲樂具、宮殿園林，皆悉如我，不生不滅，色、受、想、行、識亦復如是，若如是知，是名能入無著甚深三昧海。』

> その時、仏は宝手菩薩に告げられた。「如来、応供、等正覚には、海王と名づけられる随形好がある。そこから明浄という光明が放たれ、七百万阿僧祇の光を従えている。また、菩薩摩訶薩は兜率天において、幢王と名づけられる大光明を放ち、十世界の微塵の数の仏国土をことごとく照らし、その地獄の衆生にまで光を届けて苦痛を滅し、彼らの十種の眼、耳、鼻、舌、身、意の諸々の根の働きをすべて清らかにする。その光明を見た衆生は皆、大いに喜び、命終の後は兜率天に生まれる。天に生まれた後、『楽しむべからず』という天の妙なる音声を聞く。この音声は天子たちに告げる。『放逸にしないことにより、諸仏のもとで善根を植えたことにより、善知識に遇えたことにより、毘盧遮那仏の威神力により、地獄での命終の後、この天上に生まれたのです。』 如来の足の下の千輻輪の中には、普照王と名づけられる妙なる光明がある。その海王の随形好のところで、ことごとく四十の広大な光明を放つ。その一つの清浄功徳という光明は、六十億那由他の仏国土の微塵の数の世界を普く照らし、衆生の境界に従い、植えられた善根に従い、衆生の意に従い、さらに阿鼻地獄までも普く照らす。そこにいる衆生は命終の後、皆、兜率天に生まれる。天に生まれた後、天の妙なる音声を聞いて、こう言う。『善きかな、善きかな。諸々の天子よ、毘盧遮那菩薩は今、離垢三昧に住しておられる。敬い念じるべきである。』 その時、諸々の天子は天の勧めの微妙な音声を聞いて、こう思った。『ああ不思議だ、ああ不思議だ。どうしてこのような微妙な音声が生じるのだろうか？』その時、音声は天子たちに告げた。『私、この天の音声は、諸々の善根功徳の成就したものです。天子たちよ、私が私について語るように、私に執着せず、我がものに執着しません。すべての諸仏もまた同じく、自らは仏であると説きながら、我に執着せず、我がものに執着しません。天子たちよ、私の音声が東・南・西・北・四維・上下から来るのではないように、天子たちよ、業報によって仏となることもまた同じで、十方から来るのではありません。天子たちよ、例えばあなたがたが昔、地獄にいたように、それも十方から来たのではなく、ただ顛倒と愚痴の纏縛によって地獄の身を得たのであり、本来来るべきところはありません。普照王の光明が十方から来ないように、私の天の音声もまた同じで、十方から来るのではありません。ただ三昧の善根の力によってこのような微妙な音声を生じ、般若波羅蜜の力によってこのような自在の神通力を示現しているのです。天子たちよ、譬えば須弥山王に三十三の天の清浄な宮殿や様々な楽具があるのも、十方から来たのではありません。私の天の音声もまた同じです。天子たちよ、譬えば億那由他の仏国土の微塵の数の世界を粉々にして微塵とし、その微塵の数の衆生がいるとして、私は彼らのために法を説き、それぞれに応じて大いに喜ばせます。しかし、私はそのことに対して、厭悪の心を起こさず、疲れの心を起こさず、放逸の心を起こさず、驕りの心を起こしません。天子たちよ、毘盧遮那菩薩が離垢三昧に住することもまた同じで、右手の掌の随形好の中から一つの光明を放ち、無量の自在の神通力を生じます。一切の衆生や声聞・縁覚には知ることのできないものです。あなたがたは毘盧遮那菩薩のもとに赴き、恭敬して礼拝しなさい。五欲に執着して諸々の善根を妨げてはなりません。天子たちよ、譬えば劫の末に須弥山が焼き尽くされて消滅するように、天子たちよ、五欲に心を縛られても、念仏三昧を修すれば、全て除かれ滅ぼされます。ゆえに、天子たちよ、恩を知り報いるべきであり、専ら毘盧遮那菩薩を敬い念じなさい。天子たちよ、恩を知らず報いない衆生は、この身を捨てた後、三悪道に入ります。天子たちよ、あなたがたは昔、地獄にいて光明の恩を受け、地獄を離れてこの天に生まれて来たのだから、それらの善根を育て長じさせるべきです。天子たちよ、例えば私、この天は男でも女でもありませんが、百千万億の思議すべからざる法を生み出すことができます。天子たちよ、天子や天女、五欲の楽しみの具、宮殿や林園もすべて私と同じく、生じも滅しもせず、色・受・想・行・識もまた同じです。このように知ること、これを『無著の甚深三昧海に入る』と名づけるのです。』」

「時，諸天子聞是音聲，歡喜無量，皆悉化作一萬華雲、一萬香雲、一萬樂雲、一萬幢雲、一萬蓋雲、一萬讚歎雲，作是化已，往詣盧舍那菩薩所住宮殿，恭敬供養，於一面住，而不見盧舍那菩薩。時有天子，作如是言：『此菩薩者，今已命終，生淨飯王家，乘栴檀樓閣，處摩耶夫人胎。』爾時，諸天子以天眼觀盧舍那菩薩摩訶薩，見梵身天、欲界諸天恭敬供養。時，諸天子作如是言：『我等若不先往恭敬供養盧舍那菩薩，乃至一念頃，住兜率天起樂著心者，我則不可。』

「爾時，一一天子與十那由他天子眷屬，欲從天下至閻浮提詣菩薩所。時，天妙音語天子言：『菩薩摩訶薩亦不命終生於彼間，隨所應化，悉令彼見。諸天子！譬如我今非眼所見，能出音聲，菩薩摩訶薩住離垢三昧，亦復如是，非眼所見，而處處示現命終受生，捨離虛妄，滅除憍慢，無所染著。是故，諸天子！應當速發阿耨多羅三藐三菩提心，令意清淨，住威儀戒，悔過一切業障、煩惱障、報障、邪見障，以法界、虛空界、眾生界等善身、口、意業，以眾生界等身，眾生界等頭，眾生界等舌，悔過四障。』

> その時、それぞれの天子が十那由他（なゆた）の天子の眷属（けんぞく）を従え、天から閻浮提（えんぶたい）へと菩薩のもとに降りようとしました。 その時、天の妙音（みょうおん）が天子たちに語りました。 「菩薩摩訶薩（ぼさつまかさつ）は、命が終わってあちらの世界に生まれるのではありません。教化すべき者に応じて、その姿を現すのです。天子たちよ、たとえば私が今、肉眼では見えないけれども音声を出せるように、菩薩摩訶薩もまた、離垢三昧（りくさんまい）にとどまっている間は、眼に見えることはありません。しかし、あらゆる場所で命を終え、生を受ける様子を示し、虚妄（こもう）を離れ、驕り高ぶりを滅し、何ものにも執着しません。 それゆえ、天子たちよ、速やかに無上正等覚（むじょうしょうとうかく）の菩提心（ぼだいしん）を起こしなさい。心を清らかにし、威儀戒（いぎかい）を保ち、すべての業障（ごうしょう）、煩悩障（ぼんのうしょう）、報障（ほうしょう）、邪見障（じゃけんしょう）を懺悔（さんげ）しなさい。法界（ほっかい）・虚空界（こくうかい）・衆生界（しゅじょうかい）に等しい清らかな身・口・意の業をもって、衆生界に等しい身、衆生界に等しい頭、衆生界に等しい舌をもって、四つの障りを懺悔しなさい。」

「時，諸天子聞是聲已，皆大歡喜，心意柔軟，問天聲曰：『菩薩摩訶薩云何悔過？』爾時，天聲以菩薩摩訶薩三昧力故、天善根力故，答諸天子言：『業障等罪，不從東方，南、西、北方，四維，上、下來，積聚於心。菩薩摩訶薩知此業等，因顛倒起，不生疑惑。諸天子！如我天聲，說隨業報行、隨戒、隨喜、隨定、寂滅，諸佛菩薩說我眾生貪恚癡業，而實無我、無有我所，亦復如是。所作諸業，於十方求，悉不可得。諸天子！如我天聲，少福眾生所不能聞，除地獄眾生應受化者。諸天子！聲非生滅，一切諸業亦復如是，非生非滅，但隨業行而受果報。諸天子！如我所出音聲，於無量劫不可窮盡。諸天子！若謂音聲有來去者，即墮邊見，一切諸佛不說斷常，除為眾生方便說法。諸天子！如我天聲，十方世界隨所應化皆悉得聞，一切諸佛亦復如是，隨應度者皆悉得見。諸天子！譬如明淨錠光金玻瓈鏡，與十世界等，於彼鏡中，見無量剎，一切山川、一切眾生、地獄、餓鬼，若好、若醜，形類若干悉於中現。諸天子！於意云何，彼諸影像來入鏡不？』答言：『不也。』『諸天子！一切業報亦復如是，無來去處而能出生善根果報。譬如幻師，能幻人目，當知諸業亦復如是。若如是知，是名清淨真實悔過。』說是法時，百千萬億那由他佛剎微塵數諸世界中，兜率天子皆得無生法忍，無量無邊不可思議阿僧祇欲界諸天子，皆發阿耨多羅三藐三菩提心；六欲天中，一切天女皆捨女身，悉為男子，得不退轉菩提之心。爾時，諸天子廣聞普賢迴向善根，悉得十地，諸力莊嚴，具足三昧，皆悉成就眾生界等善身、口、意業，滅一切障，皆得清淨，見百千萬億那由他佛剎微塵數七寶蓮華，一一華上皆見菩薩結跏趺坐，放大光明，彼諸菩薩一一隨形好中，放眾生界等光明，彼光明中，見眾生界等諸佛，結跏趺坐，隨所應度而為說法，猶未能見離垢三昧之少分也。

「爾時，諸天子於一一毛孔，化作眾生界等妙香華雲，供養盧舍那佛，散香華已，一一華中見諸如來，時彼香雲，普熏無量佛剎微塵數世界眾生，其蒙香者，身心快樂，譬如比丘入第四禪；若有眾生得聞此香，諸罪業障皆悉除滅，於色、聲、香、味、觸內，有五百煩惱，其外亦有五百煩惱、二萬一千欲行煩惱、二萬一千恚行煩惱、二萬一千癡行煩惱、二萬一千等行煩惱，此諸煩惱皆悉除滅，彼諸眾生具足種種淨香自在光明善根；若有眾生見此蓋雲者，彼諸眾生種一恒沙轉輪聖王所植善根，所謂：白淨寶網轉輪王等。菩薩摩訶薩安住如是轉輪王處，於百千億那由他佛剎微塵數諸世界中，教化眾生，譬如明鏡世界月王如來，十方無量剎中，比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷，無有乃至一念不作化身來詣佛所而聽法者，彼佛常為廣說經法，乃至廣為說本生經，聞彼佛名，命終之後皆生其國。菩薩摩訶薩安住白淨寶網轉輪王處，亦復如是，放曼陀羅自在光明，若有眾生遇斯光者，皆得菩薩十地，當知此等眾生，悉是先世修善根力，如得初禪，雖未命終見梵天處得梵天樂，如是次第得諸禪者，雖未命終而得彼樂。如是菩薩摩訶薩安住白淨寶網轉輪王處，放大光明，名周羅摩尼，若有眾生遇斯光者，皆得菩薩十地，悉得無量智慧光明，得十種眼清淨行業，乃至十種意清淨業，具足成就淨力三昧，如是成就清淨肉眼。譬如菩薩摩訶薩以左手持億那由他佛剎微塵，東行過億那由他佛剎微塵數世界，乃下一塵，如是東行盡此微塵，如是菩薩摩訶薩悉能了知彼微塵數，亦識諸塵本剎來處及下塵之剎，乃至十方，亦復如是；菩薩摩訶薩復能還集此諸微塵作一佛剎，於此佛剎亦分別知。」

> その時、天子たちはそれぞれの毛穴から、衆生界と同じ数だけの妙なる香りや華の雲を現し、毘盧遮那仏に供养した。香や華をまいた後、一つ一つの華の中に諸々の如来が現れるのを見た。その香りの雲は、無量の仏国土の微塵の数ほどの世界の衆生をあまねく薫じた。その香りに触れた者は、身心ともに楽しさに満ち、あたかも比丘が第四禅に入ったかのようであった。もしこの香りを聞いた衆生は、あらゆる罪の業や障りがことごとく消え去った。色・声・香・味・触の内に五百の煩悩があり、その外にも五百の煩悩がある。さらに二万一千の欲行の煩悩、二万一千の瞋行の煩悩、二万一千の癡行の煩悩、二万一千の等行の煩悩があるが、これらの煩悩はすべて消え去った。それらの衆生は、さまざまな清らかな香りによる自在の光明という善根を具えていた。この蓋の雲を見た衆生は、一つの恒河沙の数の転輪聖王が植えた善根を積むことになる。すなわち、白浄宝網転輪王などである。菩薩摩訶薩はこのような転輪王の境地に安住し、百千億那由他の仏国土の微塵の数ほどの諸々の世界において、衆生を教化する。たとえば、明鏡世界の月王如来のもとでは、十方の無量の世界の比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷が、一念たりとも化身を作って如来のもとに来て法を聞かない者はない。その仏は常に彼らに経法を広く説き、さらには本生経を広く説かれる。その仏の名を聞いた者は、命終した後、必ずその国に生まれる。菩薩摩訶薩が白浄宝網転輪王の境地に安住するのもまた同じである。曼陀羅の自在の光明を放ち、その光に触れた衆生はみな、菩薩の十地を得る。これらの衆生は、みな前世において善根の力を修行した者であると知るべきである。あたかも初禅を得た者が、命終しなくても梵天の境地を見て梵天の楽を得るように、このように次第に諸々の禅を得た者は、命終しなくてもその楽を得る。このように菩薩摩訶薩は白浄宝網転輪王の境地に安住し、周羅摩尼という名の大光明を放つ。その光に触れた衆生はみな、菩薩の十地を得て、無量の智慧の光明を得る。十種の眼の清らかな行業、さらに十種の意の清らかな業を成就し、清らかな力の三昧を具え、このように清らかな肉眼を成就する。たとえば、菩薩摩訶薩が左手で億那由他の仏国土の微塵の数ほどの塵をつかみ、東に向かって億那由他の仏国土の微塵の数ほどの世界を過ぎ、一つ一つの塵を置くとする。このように東に向かって全ての塵を置き終える。菩薩摩訶薩は、その微塵の数を完全に知り、またそれぞれの塵が元々あった世界と、置かれた世界をも識別する。十方についても同様である。菩薩摩訶薩はさらに、これらの微塵を集めて一つの仏国土とし、その仏国土についてもそれぞれに識別して知るのである。

佛告寶手菩薩言：「於意云何？如是佛剎廣大可思議不？」

> 仏は宝手菩薩に告げられました。「どのように思いますか。このような仏の国は広大で、思いはかることできるでしょうか。」

寶手菩薩白佛言：「世尊！如是佛剎無量無邊不可思議。世尊！奇哉！奇哉！若聞是諭，此人難得，聞而信者，亦復難得。」

> 宝手菩薩が仏に申し上げた。「世尊よ、この仏の国は限りがなく、はかり知れず、思いもよらないものです。世尊よ、なんと不思議なことでしょう。この教えを聞くことのできる人はめったにおらず、聞いて信じる人もまた、めったにありません。」

佛告寶手菩薩言：「如是如是，若有善男子、善女人，聞而信者，我授彼記，速成阿耨多羅三藐三菩提，得一切種智。」

> 仏は宝手菩薩に告げられた。「その通り、その通りです。もし善き男性や善き女性がこの教えを聞いて信じるなら、私は彼らに未来の成仏を保証しましょう。彼らは速やかに最高の悟り（阿耨多羅三藐三菩提）を成就し、すべてを理解する智慧（一切種智）を得るでしょう。」

佛告寶手菩薩言：「譬如千億佛剎微塵數世界，如上諭說，此一切剎末為微塵，彼諸世界一一微塵，悉與一切佛剎微塵數等。菩薩摩訶薩取此微塵展轉更種，乃至八十，彼一一微塵生果，悉與一切世界微塵數等。菩薩摩訶薩業報清淨，肉眼悉分別見，亦於念念中，見百千萬億那由他佛剎微塵等如來。」

> 仏は宝手菩薩に告げられた。 「たとえば、千億の仏国土の微塵の数ほどの世界があるとしよう。先に述べたように、これらすべての世界を粉々にして微塵としたとする。さらに、その一つひとつの微塵が、再びすべての仏国土の微塵の数と同じだけあるとする。菩薩摩訶薩は、これらの微塵を取って次々と植え続け、八十回に及ぶとする。その一つひとつの微塵から生じる果実の数は、すべての世界の微塵の数と等しくなる。菩薩摩訶薩の清らかな業の報いにより、肉眼でそれらをすべてはっきりと見分けることができる。また、一瞬一瞬のうちに、百千億那由他の仏国土の微塵の数ほどの如来をありのままに見るのである。」

佛告寶手菩薩言：「譬如錠光玻瓈珠，照十佛剎微塵等世界，此珠白淨寶網轉輪聖王善根所成。」

> 仏は寶手（ほうしゅ）菩薩に告げられた。「例えば、燈明のようなガラスの珠があって、十の仏の世界の微塵ほどの世界をも照らすとしよう。この珠は、白く清らかな寶の網を持つ転輪聖王の善根によって生み出されたものである。」

## 大方廣佛華嚴經卷第三十二

> 『大方広仏華厳経』第三十二巻