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title: "大方廣佛華嚴經 · 31 普賢菩薩行品"
description: "大方广佛华严经是佛教重要经典之一，由东晋时期高僧佛驮跋陀罗翻译。该经成书于公元5世纪，是华严宗的根本经典，被誉为经中之王。内容主要阐述佛陀证悟的圆满境界，强调法界缘起、事事无碍的哲学思想，展现了一即一切、一切即一的宇宙观。经中通过善财童子五十三参等故事，揭示菩萨修行次第与广大行愿。华严经在大乘佛教中具有崇高地位，对汉传佛教各宗派影响深远，尤其成为华严宗立宗的理论基础。其思想体系宏大深邃，是研究佛教哲学与修行实践的重要文献。"
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## 大方廣佛華嚴經卷第三十三

> 大方広仏華厳経 第三十三巻

東晉天竺三藏佛馱跋陀羅譯

> 東晉天竺三蔵仏陀跋陀羅訳

### 普賢菩薩行品第三十一

> 普賢菩薩の行いの章 第三十一

爾時，普賢菩薩摩訶薩告諸菩薩言：「佛子！如向所說是微少說，何以故？一切如來、應供、等正覺為受化者隨應說法，愚癡眾生諸纏所纏，計我、我所，著吾我見，常隨顛倒，生邪見惑，起邪虛妄，為縛所縛，流轉生死，遠如來道，為如是等諸眾生故，如來、應供、等正覺，出興于世。

> その時、普賢菩薩摩訶薩は、諸々の菩薩たちに告げられました。 「仏子よ、これまでに説かれたことは、実にわずかな説き明かしに過ぎません。なぜなら、すべての如来（よく供養されるべき方、正しく等しい覚りを得た方）は、教えを受け入れる者に応じて、それぞれにふさわしい教えを説かれるからです。愚かな衆生は、様々な束縛に絡み取られ、『我』と『我がもの』とに執着し、自己の存在に固執し、常に間違った考えに従い、邪な見解や迷いを生じ、虚偽の考えを起こします。彼らは束縛に縛られ、生と死を繰り返し流れ、如来の道から遠ざかっています。このような多くの衆生のためにこそ、如来（よく供養されるべき方、正しい覚りを得た方）は、この世に現れ出られるのです。」

「佛子！若菩薩摩訶薩起一瞋恚心者，一切惡中無過此惡，何以故？佛子！菩薩摩訶薩起瞋恚心，則受百千障礙法門，何等百千？所謂：受不見菩提障，不聞正法障，生不淨國障，生惡道障，生八難處障，多疾病障，多被謗毀障，生闇鈍趣障，失正念障，少智慧障，眼、耳、鼻、舌、身、意等障，近惡知識障，近惡伴黨障，近惡人障，與惡人同止障，不樂賢善共事障，遠正見障，生外道家障，離佛正教障，入魔境界障，不見善知識障，諸善根障，增不善法障，生惡家障，生邊地障，生惡人中障，生天貧窮障，生諸龍、夜叉、乾闥婆、阿脩羅、迦樓羅、緊那羅、摩睺羅伽、羅剎中障，不樂佛法障，習童蒙法障，樂小乘障，不樂大乘障，多生驚怖障，樂生死障，著三界障，不護佛法障，不樂聞佛自在神力障，菩薩清淨諸根障，離菩薩行障，離菩薩深心希望障，不攝正念障，不發起一切智心障，不淨施行障，不淨業障，不淨報障，不成長諸力障，斷智慧根障，不受持菩薩諸行障，誹謗佛法障，遠離菩提障，不入佛境障，墮諸魔界障，不能求佛法障，聞諸菩薩大莊嚴事生恐怖障，不樂菩薩共住障，不樂求菩薩善根業障，邪見蓋疑障，增益愚癡障，捨菩薩戒、隨順破戒障，不信如來戒障，聞佛讚歎諸持戒者生瞋恚心障，離忍辱樂常懈怠障，謗諸菩薩不退精進障，捨三昧慧障，誹謗般若波羅蜜巧方便障，不知是處、非處方便障，不知度脫眾生方便障，不入菩薩諸深智障，不出生菩薩諸道障，於菩薩十種眼生盲障，於菩薩法不能出生無礙法流障，無礙耳、鼻障，不具相好障，無礙舌障，不能別知眾生音聲障，於眾生中生懈怠心障，狂亂業障，離三種戒障，無礙諸入障，口四過、意惡業障，生增上貪恚、邪見障，不求正法障，於菩薩法懈怠心障，菩薩精進法中疑惑心障，捨離菩薩決定法障，損減菩薩智慧門障，損減正念障，遠離佛法障，不習菩薩離生法障，菩薩謙下心障，遠離聲聞、緣覺離生法障，不順三世諸佛菩薩障。佛子！菩薩摩訶薩起一瞋恚心受如是等百障法門，乃至百千障礙法門。何以故？佛子！我不見有一惡法出過菩薩一瞋恚心。

> 「仏子よ！もし菩薩摩訶薩が一度でも怒りの心を起こせば、あらゆる悪の中でこれに勝る悪はない。なぜか？仏子よ！菩薩摩訶薩が怒りの心を起こせば、百千の障害の法門を受けることになる。その百千とは何か？すなわち、さとりを見ることができないという障害、正しい教えを聞くことができないという障害、清らかでない国に生まれるという障害、悪い道に生まれるという障害、八つの困難な境遇に生まれるという障害、多くの病気にかかるという障害、多くの誹謗中傷を受けるという障害、愚鈍な境遇に生まれるという障害、正しい心を失うという障害、智慧が少ないという障害、眼・耳・鼻・舌・身・意などの障害、悪い知識に近づくという障害、悪い仲間に近づくという障害、悪い人に近づくという障害、悪い人と共に住むという障害、賢く善い人と共に事を為すことを喜ばないという障害、正しい見解から遠ざかるという障害、外道の家に生まれるという障害、仏の正しい教えから離れるという障害、悪魔の境地に入るという障害、善い知識に出会えないという障害、諸々の善根を失うという障害、不善の法を増やすという障害、悪い家に生まれるという障害、辺境の地に生まれるという障害、悪人の間に生まれるという障害、天に生まれても貧しいという障害、諸々の龍・夜叉・乾闥婆・阿修羅・迦楼羅・緊那羅・摩睺羅伽・羅刹の中に生まれるという障害、仏法を喜ばないという障害、幼児の教えに親しむという障害、小乗を楽しむという障害、大乗を楽しまないという障害、多くの恐怖を生じるという障害、生死を楽しむという障害、三界に執着するという障害、仏法を護らないという障害、仏の自在な神力について聞くことを喜ばないという障害、菩薩の清らかな諸根を備えないという障害、菩薩の行いから離れるという障害、菩薩の深い心の願いから離れるという障害、正しい心を保たないという障害、一切智の心を起こさないという障害、施しを行う行いが清らかでないという障害、行いが清らかでないという障害、報いが清らかでないという障害、諸々の力を成長させないという障害、智慧の根を断つという障害、菩薩の諸々の行いを受け持たないという障害、仏法を誹謗するという障害、さとりから遠ざかるという障害、仏の境地に入らないという障害、諸々の魔の境地に落ちるという障害、仏法を求めることができないという障害、諸々の菩薩の大いなる荘厳の事柄を聞いて恐れを生じるという障害、菩薩と共に住むことを喜ばないという障害、菩薩の善根の行いを求めることを喜ばないという障害、邪見や懷疑の覆いという障害、愚かさを増すという障害、菩薩の戒律を捨てて戒律を破ることに従うという障害、如来の戒律を信じないという障害、仏が戒律を守る者を褒め称えるのを聞いて怒りの心を生じるという障害、忍辱の楽しみを捨てて常に怠けるという障害、諸々の菩薩の不退転の精進を誹謗するという障害、三昧の智慧を捨てるという障害、般若波羅蜜の巧みな方便を誹謗するという障害、これが正しいところと正しくないところの方便を知らないという障害、衆生を救い度する方便を知らないという障害、菩薩の諸々の深い智慧に入らないという障害、菩薩の諸々の道を生み出さないという障害、菩薩の十種の眼に対して盲目となるという障害、菩薩の法において無礙の法の流れを生み出せないという障害、無礙の耳や鼻の障害、相好を具えないという障害、無礙の舌の障害、衆生の音声を正しく知ることができないという障害、衆生に対して怠ける心を生じるという障害、狂乱の行いの障害、三種の戒律から離れるという障害、無礙の諸々の入りの障害、口の四つの過ちと意の悪い行いの障害、増上する貪りや怒り・邪見を生じるという障害、正しい法を求めないという障害、菩薩の法に対して怠ける心の障害、菩薩の精進の法に懷疑の心を抱く障害、菩薩の決定した法を捨て去るという障害、菩薩の智慧の門を減らすという障害、正しい心を減らすという障害、仏法から遠ざかるという障害、菩薩の生死を離れる法を学ばないという障害、菩薩の謙虚な心の障害、声聞・縁覚の生死を離れる法から遠ざかるという障害、三世の諸仏・諸菩薩に従わないという障害。仏子よ！菩薩摩訶薩が一度怒りの心を起こせば、このような百の障害の法門、さらには百千の障害の法門を受けるのである。なぜか？仏子よ！私は、菩薩の一度の怒りの心に勝る悪法を見たことがないからである。」

「佛子！是故菩薩摩訶薩欲疾具足菩薩行者，應當修習十種正法。何等為十？所謂：不捨一切眾生，於諸菩薩生如來想，常不誹謗一切佛法，於諸佛剎得無盡智，恭敬信樂菩薩所行，不捨虛空、法界等菩提之心，分別菩提究竟佛力到於彼岸，修習菩薩一切諸辯，教化眾生心無疲厭，於一切世界示現受生而不樂著。

> 「佛子よ、それゆえに菩薩摩訶薩が速やかに菩薩行を具足しようと願うならば、十の正しい教えを修習すべきである。その十とは何か。すなわち、すべての衆生を捨てないこと、諸々の菩薩を如来の如く見なすこと、常に一切の仏法を誹謗しないこと、諸々の仏の世界において尽きることのない智慧を得ること、菩薩の行いを敬い信じ喜ぶこと、虚空や法界と等しい菩提心を捨てないこと、菩提を分別して究極の仏の力に至り彼岸に達すること、菩薩のあらゆる弁才を修習すること、衆生を教化する心に疲れ嫌うことなく、すべての世界に姿を現して生を受けながらもそれに執着しないこと、である。

「佛子！菩薩摩訶薩安住如是十種正法，則能攝取十種清淨之法。何等為十？所謂：於甚深法究竟清淨，親近善知識清淨，能護諸佛正法清淨，悉能分別空界清淨，善入法界清淨，智慧了諸心行清淨，令諸菩薩善根清淨，心常不著諸劫清淨，智慧觀察三世清淨，成就諸佛種姓清淨。

> 「仏の子よ！大菩薩がこの十の正しい法をしっかりと身につければ、次の十の清らかな法を身につけることができます。その十とは何か？すなわち、深遠な法を究めて清らかになること、善知識に近づき清らかになること、諸仏の正しい法を護り清らかになること、空の世界をすべて見分けて清らかになること、法の世界にうまく入り清らかになること、智慧をもって心の働きをすべて見極め清らかになること、すべての菩薩の善根を清らかにすること、心が常に執着せず諸々の劫（長い時間）を超えて清らかであること、智慧をもって三世（過去・現在・未来）を観察し清らかになること、諸仏の系統を成就し清らかになること、です。」

「佛子！菩薩摩訶薩安住如是清淨正法，則能具足十種正智。何等為十？所謂：分別眾生心心行智，分別眾生諸業報智，普照一切諸佛法智，於諸佛法得方便次第智，具足一切總持門智，成就一切文字辯智，善知眾生一切語智，示現一切世界身智，具足普照一切眾生智，於一切趣得一切智。

> 「仏子よ。菩薩摩訶薩がこのように清らかな正しい教えに安住すれば、十種の正しい智慧を具えることができる。その十種とは何か。すなわち、衆生の心と心の働きをそれぞれ区別して知る智慧、衆生の様々な業とその報いを区別して知る智慧、すべての仏の教えを普く照らす智慧、諸仏の教えにおいて巧みな順序を得る智慧、すべての陀羅尼の法門を具える智慧、すべての文字や弁説を成就する智慧、衆生のあらゆる言葉を善く知る智慧、あらゆる世界に身を示す智慧、すべての衆生を普く照らす智慧を具え、あらゆる生存の境涯において一切智を得る智慧である。」

「佛子！菩薩摩訶薩安住如是十種正智，則入十種巧隨順入。何等為十？所謂：一切世界入一毛道，一毛道出不可思議剎；一切眾生身悉入一身，於一身出無量諸身；不可說劫悉入一念，令一念入不可說劫；一切佛法悉入一法，令一法入一切佛法；一切諸入入於一入，令一入入一切諸入；一切諸根入於一根，令一根入一切諸根；一切諸根入非根法，非根法入一切諸根；一切諸相悉入一相，一相入於一切諸相；一切語音入一語音，一語音入一切語音；一切三世悉入一世，令一世入一切三世。

> 「仏子よ、菩薩摩訶薩がこのような十種の正しい智慧に安住すれば、十種の巧みな従順なる入り方に入ることができる。その十種とは何か。すなわち、一切の世界が一つの毛穴に入り、一つの毛穴から無数の不可思議な仏土が現れること。一切の衆生の身が一つの身に全て入り、一つの身から無量の諸々の身が現れること。説き尽くせない劫（長い時間）が全て一瞬の念に入り、一瞬の念を説き尽くせない劫に入らせること。一切の仏の教えが全て一つの教えに入り、一つの教えを一切の仏の教えに入らせること。一切の感覚の入り口が一つの入り口に入り、一つの入り口を一切の感覚の入り口に入らせること。一切の感覚の能力が一つの能力に全て入り、一つの能力を一切の感覚の能力に入らせること。一切の感覚の能力が能力ではない法に入り、能力ではない法が一切の感覚の能力に入ること。一切の形相が全て一つの形相に入り、一つの形相が一切の形相に入ること。一切の言葉や音声が一つの言葉や音声に入り、一つの言葉や音声が一切の言葉や音声に入ること。一切の三世（過去・現在・未来）が全て一つの世に入り、一つの世を一切の三世に入らせること。これらである。」

「佛子！菩薩摩訶薩分別如是十種入法，則能安住十種直心。何等為十？所謂：安住一切世界語言、非語言法直心，安住正念一切眾生直心，安住虛空界直心，安住法界無量無邊直心，安住一切佛順正法直心，安住甚深善法不壞正法直心，安住除滅一切疑惑直心，安住等觀三世法直心，安住三世諸佛平等直心，安住諸佛無量力直心。

> 「仏子よ！菩薩摩訶薩がこのような十種の法への入り方を分別して修行すれば、十種の直心に安住できるのである。その十種とは、すなわち、一切の世界の言葉と言葉にあらわれない法に安住する直心、全ての衆生を正しく念じることに安住する直心、虚空界に安住する直心、法界の無量無辺に安住する直心、全ての仏の正法に従うことに安住する直心、甚深の善法と壊れない正法に安住する直心、一切の疑惑を除き滅ぼすことに安住する直心、三世の法を等しく観ることに安住する直心、三世の諸仏の平等に安住する直心、諸仏の無量の力に安住する直心である。」

「佛子！菩薩摩訶薩安住如是十種直心，則得諸佛十種巧方便法。何等為十？所謂：得巧方便，普照一切諸佛深法；得巧方便，出生諸佛甚深勝法；得巧方便，分別演說一切諸佛莊嚴之法；得巧方便，深入一切佛平等法；得巧方便，分別別相一切佛法；得巧方便，入不可壞諸佛正法；得巧方便，入一切佛諸莊嚴法；得巧方便，以一方便入一切佛法；得巧方便，入佛無量諸方便法；得巧方便，於一切佛法心得自在而不退轉。佛子！是為十種巧方便法。

> 仏の子よ！菩薩摩訶薩がこの十種類の直心をしっかりと保つならば、諸仏の十種類の巧みな方便法を獲得することができる。その十とは何か？すなわち、 一つには、巧みな方便を得て、すべての諸仏の深い教えをあまねく照らし出す。 二つには、巧みな方便を得て、諸仏の非常に深遠で優れた教えを生み出す。 三つには、巧みな方便を得て、すべての諸仏の荘厳な教えを区別し説き明かす。 四つには、巧みな方便を得て、すべての仏の平等な教えに深く入る。 五つには、巧みな方便を得て、一切の仏法のそれぞれ異なる特徴を区別する。 六つには、巧みな方便を得て、壊れることのない諸仏の正しい教えに入る。 七つには、巧みな方便を得て、すべての仏のさまざまな荘厳な教えに入る。 八つには、巧みな方便を得て、一つの方便によってすべての仏法に入る。 九つには、巧みな方便を得て、仏の無量のさまざまな方便法に入る。 十には、巧みな方便を得て、一切の仏法において心が自在となり、退くことなく転じない。 仏の子よ！これが十種類の巧みな方便法である。

「佛子！是故菩薩摩訶薩應當一心恭敬聽受是法，何以故？菩薩摩訶薩得聞是法，以少方便疾得阿耨多羅三藐三菩提，與三世佛等。」爾時，佛神力故，法如是故，十不可說億那由他佛剎微塵等世界六種震動，雨出過諸天一切華雲雨、妙香雲雨、末香雲雨、衣蓋幢幡眾寶莊嚴具雲雨、妓樂雲雨、諸菩薩雲雨、不可說讚歎佛雲雨、不可說讚歎善哉雲雨、佛音聲滿法界雲雨、不可說淨世界雲雨、不可說長養菩薩功德雲雨、不可說光明雲雨、不可說種種神力自在雲雨，如此世界四天下佛坐道場，雨如是等種種雲雨，演說諸法，十方世界亦復如是。

> 「仏子よ。それゆえ、菩薩摩訶薩は一心に恭敬してこの法を聴き受けるべきである。なぜか。菩薩摩訶薩がこの法を聞けば、わずかな方便をもって速やかに阿耨多羅三藐三菩提を得て、三世の諸仏と等しくなるからである。」 その時、仏の神力と法の力によって、十の不可説億那由他仏刹微塵等の世界が六種に震動した。そして、諸天のすべての華の雲雨、妙香の雲雨、末香の雲雨、衣・蓋・幢幡・衆宝の荘厳具の雲雨、妓楽の雲雨、諸菩薩の雲雨、不可説の仏を讃嘆する雲雨、不可説の「善哉」を讃える雲雨、仏の音声が法界に満ちる雲雨、不可説の清浄世界の雲雨、不可説の菩薩の功徳を長養する雲雨、不可説の光明の雲雨、不可説の種々の神力自在の雲雨が降り注いだ。この世界の四天下において仏が道場に坐しておられるように、このような種々の雲雨を降らせて諸法を演説した。十方の世界もまた同様であった。

爾時，佛神力故，法如是故，過十不可說世界微塵等剎，有十佛世界微塵數菩薩摩訶薩，來詣此土，充滿十方，作如是言：「善哉！善哉！佛子！能說如是諸佛如來最大誓願授記深法，我等同號皆名普賢，於諸普勝世界諸普幢自在如來所，來詣此土，一切世界亦說此法，如是句身、味身一切諸行無有增減，是故來此為汝作證。如是十佛世界微塵數菩薩摩訶薩，來此作證，一切十方諸如來所，亦復如是。」

> その時、仏の神力と法の力によって、言葉にできないほど多くの世界を超えた先、十の仏世界の微塵ほどの数の大菩薩たちが、この世界にやって来て、十方に満ち溢れ、こう告げました。「素晴らしい！ 素晴らしい！ 仏の子よ、よくぞ諸仏如来の最大の誓願と授記の深い教えを説いた。私たちは皆、同じ名で『普賢』と呼ばれている。私たちは、あらゆる普勝世界の諸々の普幢自在如来のもとから、この世界に来たのである。すべての世界でも同じこの教えを説いており、この教えの言葉や意味、そしてあらゆる行いには、増減が一切ない。それゆえ、あなたのために証人となるためにここへ来たのだ。」このように、十の仏世界の微塵ほどの数の大菩薩たちが、ここに証人として現れました。そして、すべての十方の諸如来のもとでも、同じことが行われているのです。

爾時，普賢菩薩摩訶薩以佛神力，自善根力，觀察十方及諸法界；欲明諸菩薩行諸佛菩提，欲說大願，欲分別一切世界諸劫，欲明隨時示現佛出世間，欲隨眾生根悉令受化，欲明如來諸所說法無有虛妄，欲隨種善根果報不虛，欲明菩薩清淨法身，出妙音聲，覺悟眾生起菩提心故，以偈頌曰：

> その時、普賢菩薩摩訶薩は、仏の神力と自らの善根の力によって、十方の世界とあらゆる法の領域を観察しました。そして、菩薩たちの行いと諸仏の悟りの道を明らかにし、大いなる誓願を説き、あらゆる世界や劫（長い時間の単位）の違いを明らかにし、時とともに仏がこの世に現れることを示し、衆生の心の根っこに応じて皆を導き教えられること、如来の説かれた教えには虚偽がないこと、善い行いの結果が決して無駄にならないこと、そして菩薩の清らかな法の体が美しい声を放ち、衆生を目覚めさせて悟りの心を起こさせることを明らかにしようとして、次のような偈（うた）を唱えられました。

「一切眾歡喜，除滅諸陰蓋，一心恭敬聽，菩薩諸願行。隨三世菩薩，所行諸願行，我當次第說，菩薩勝妙法。一切諸劫數，及世界業數，我說無等等，應化興于世。見過去諸佛，於彼發大願，饒益眾生類，除滅一切苦。菩薩論師王，所行無斷絕，得無等等法，一切智境界。菩薩見過去，一切諸導師，放大光明網，普照十方界。發如是大願，我為世間燈，功德莊嚴身，具足十力智。一切諸群生，貪恚癡熾然，我當為除滅，無量惡道苦。發如是誓願，堅固不退轉，具修菩薩眾，究竟無礙力。如是誓願已，世間行不轉，所行無虛妄，究竟論王法。於一賢劫中，千佛出于世，隨彼佛正法，次第分別說。如此賢劫佛，無量劫亦然，未來諸佛法，我當次第說。如一佛剎性，無量剎亦然，一切佛國性，我悉分別說。諸佛次興世，隨願隨名號，隨彼所得記，隨其所壽命，隨所修正法，專求無礙道，隨所化眾生，正法住於世，隨所淨佛剎，眾生及法輪，說法時非時，次第淨群生。隨彼眾生行，種種諸業性，上中下差別，隨應所受化。如是甚深智，菩薩入是行，修習普賢業，具足智慧輪。身業無障礙，口業悉清淨，意業亦無礙，通達三世法。菩薩如是行，究竟普賢道，出生淨智日，普照諸法界。於不可說劫，及一切佛剎，菩薩一念知，於彼無所著。行者入如是，奇特甚深地，菩薩妙法中，我當說少分。智慧無邊際，究竟佛境界，善入一切處，成就不退轉。具普賢淨慧，滿足普賢願，菩薩究竟行，深入無等智。於一微塵中，悉內一切剎，見彼無量佛，具聞演說法。如一微塵中，一切塵亦然，見剎及諸佛，是不思議智。一一微塵中，普現三世法，五趣生死道，皆悉分別知。一一微塵中，有無量佛剎，一中知無量，無量中知一。如是法界等，一切諸佛土，同性及異性，皆悉能了知。深入微細智，分別諸世界，一切劫成壞，悉能分別說。知諸劫修短，三世即一念，同行不同行，皆悉分別知。深入諸世界，清淨不清淨，身中無量剎，一剎無量身。一切十方中，無量諸世界，種種無數性，一切悉能知。一切三世中，無量佛國土，具足甚深智，悉了彼成敗。十方諸世界，有成或有敗，普賢悉深入，一切能了知。以淨慧眼見，無量諸佛土，分別知諸業，隨行故清淨。菩薩摩訶薩，善知眾生行，以諸惡業故，而得不淨土。無量無邊剎，即知為一剎，如是入諸剎，一切莫能知。一切諸世界，令入一剎中，世界不積聚，亦復不離散。或伏或有仰，或高或復下，世界眾生相，菩薩皆悉知。或有翻覆剎，無量諸佛土，知種種是一，知一是種種。普賢真佛子，以不思議智，知難思議剎，了達無邊際。知諸世界化，剎化眾生化，了知諸法化，究竟諸佛化。甚深世間法，種種莊嚴事，眾生無量報，皆心業莊嚴。真佛子善學，甚深妙法界，具自在神力，充滿十方剎。眾生等諸劫，常說世界法，一切莫能知，唯除等正覺。世界及如來，種種諸名號，無量劫演說，猶不能究竟，何況心境界，三世諸佛法？真實妙法界，諸佛一切地，清淨無礙念，具足無礙智。分別說法界，智慧到彼岸，如是諸世界，無量業莊嚴。菩薩一念中，悉知三世剎，於彼世界中，行諸最勝行。究竟等正覺，顯現自在力，如是未來世，一切世界中，諸佛次興世，菩薩悉能知。彼行諸妙願，境界修功德，隨劫成正覺，菩薩分別知。亦知彼壽量，及所化眾生，隨方便法門，為眾轉法輪。菩薩如是知，具普賢行地，成就一切智，與諸如來等。現在十方界，無量諸佛土，深入此世界，通達諸法界。於彼世界中，現在無數佛，無礙論山王，究竟自在法。知淨土及眾，應化自在力，盡無量億劫，常思惟是事。調御世間尊，成就自在力，菩薩究竟度，深入智慧藏。菩薩具出生，無礙眼耳身，無礙廣長舌，令眾悉歡喜。最勝無礙心，無量普清淨，甚深無礙智，悉了三世法。善學一切化，剎化眾生化，能化世間化，究竟化彼岸。種種業莊嚴，嚴飾諸世間，成就佛智慧，善知一切相。一一如來身，以無量方便，隨其所應化，度脫無量眾。深入智境界，出世間慧日，所行不退轉，遍遊一切剎。深解諸世間，如夢如幻化，一切眾生界，了達悉如電。不取虛妄劫，及一切世間，善解非真實，於彼無所著。無量無數劫，解之即一念，知念亦非念，世間無實念。不動於本座，一念遊十方，無量無邊劫，常化諸眾生。不可說諸劫，即是一念頃，亦不令劫短，究竟剎那法。一切諸世間，及諸眾生心，非一亦非二，菩薩悉了知。眾生世界劫，諸佛及佛法，皆悉如幻化，法界無有二。普於十方剎，示現無量身，不取虛妄身，法界無所著。無二智慧中，出生人師子，不著不二法，知無一二故。菩薩知諸法，如焰如電光，如響亦如夢，如幻如變化，如是隨順入，一切佛境界，成就平等智，普照深法界。以無量大悲，觀察諸眾生，遠離染著心，清淨觀世間，廣淨無盡身，深入方便地。菩薩常正念，論師子妙法，見世眾苦惱，發無量大願，所行皆清淨，普遍諸法界。諸佛及菩薩，佛法與世間，菩薩方便觀，通達無差別。清淨法身藏，一切諸世間，世間及法身，二俱無所著。譬如淨水中，見影無所有，法身至十方，而亦無所至。如此無所著，世間清淨身，雖身而非身，諸法無生故。深入無盡身，非生亦非滅，非常非無常，示現諸世間。除滅惡邪見，成就於正見，平等觀諸法，不著我我所。譬如工幻師，示現種種幻，本無所從來，去亦無所至。幻亦非有量，亦復非無量，於彼大眾中，示現量無量。以此寂滅心，修習諸善根，出生諸佛法，非量非無量。有量有無量，皆悉是妄想，分別一切趣，不著量無量。諸佛甚深法，寂滅最深妙，甚深無量智，知甚深諸趣。菩薩離愚癡，心意淨無量，修習諸善根，具足無量願。度無量眾生，令至安隱處，平等觀法界，於彼無所著。深解真實際，諸法無所有，覺悟諸世間，諸法無生滅。深知一切法，隨應化眾生，普雨甘露法，充滿諸世間。化無量眾生，令發菩提心，不捨菩薩行，皆得不退轉。隨順佛正法，究竟得法身，悉了知世間，一切眾生身。分別諸眾生，及一切佛剎，深入智慧海，通達十方海。如來淨身中，普現眾生身，菩薩明淨眼，悉皆能覩見。無量億劫中，讚歎如來身，窮盡一切劫，猶尚不究竟。菩薩摩訶薩，於佛涅槃後，能於念念中，分布諸舍利。如是未來世，有求佛道者，無量菩提心，決定智能知。如是三世中，諸佛出於世，安住普賢行，皆悉分別知。如是分別知，無量諸行地，成就堅固智，能轉不退轉。無量深智慧，究竟如來境，普賢明淨智，深入不退轉。一切最勝尊，深入妙境界，究竟不退轉，得無上菩提。無量無邊心，一切種種業，修習諸想行，能於一念知。染污不染污，學心無學心，菩薩一念中，覺悟無量心。了知非一二，非穢亦非淨，亦復非積集，皆從因緣起。如是分別知，一切眾生心，世間諸佛剎，悉皆是虛妄。如是妙方便，深入菩薩行，皆與普賢等，如來法化生。一切眾生類，善惡想不同，或有生天上，或墮諸惡道。菩薩見世間，皆從業緣起，常著虛妄想，流轉於生死。十方諸眾生，虛誑網所覆，菩薩一念中，方便令解脫。如是諸根入，眼耳鼻舌身，分別知意業，世間想不同。一一眼境界，出生無量眼，種種相不同，無量無有邊。隨眾生所行，一切善惡業，於彼得果報，像類悉不同。普賢清淨眼，深入諸地力，一一眼境界，出生無量智。如是諸世間，悉能分別知，究竟一切行，逮得不退轉。佛說菩薩說，剎說眾生說，三世一切說，菩薩分別知。過去是未來，未來是過去，顯在是去來，菩薩悉了知。如是無量世，覺悟相不同，方便究竟行，具足諸佛智。」

> 「すべての生きとし生けるものが喜び、迷いの覆いが除かれますように。 一心に敬いながら聞いてください。菩薩の願いと行いを。 過去・現在・未来の三世の菩薩が歩まれた、様々な願いと行いを、 私はこれから順を追って説きましょう。菩薩の優れた妙なる法を。 あらゆる劫（長い時間）の数、そして世界の果ての数、 私は比類なきもの、世に現れて教えを説く方々の事を語りましょう。 過ぎ去った諸仏にお会いし、その方々のもとで大いなる願いを起こし、 生きとし生けるものを利益し、すべての苦しみを除き滅ぼしました。 菩薩という論師（教師）の王の歩まれた道は、絶えることなく続き、 比類なき法である、すべてを知る智慧の境地を得ました。 菩薩は過ぎ去った、すべての導師を見て、 大きな光明の網を放ち、十方の世界を照らしました。 このような大願を起こします。「私は世の中の灯りとなろう。 功徳によって荘厳された身であり、十の力を完全に備えた智慧を持とう。 すべての生きとし生けるものは、貪り、怒り、愚かさに燃えている。 私はそれを除き滅ぼそう。無量の悪い道の苦しみを。」 このような誓いを立て、固く決意し退くことなく、 菩薩の修行を完全に身につけ、究極の妨げのない力を得ます。 このように誓いを立てた後は、世の中の行いにとらわれることなく、 その行いに虚偽はなく、究極の論師王の法を実践します。 一つの賢劫（良い時代）の中に、千の仏が世に現れます。 そのそれぞれの仏の正しい法に従って、順を追って説き明かします。 この賢劫の仏々のように、無量の劫もまた同じです。 未来の諸々の仏の法を、私は順を追って説きましょう。 一つの仏の国の性質のように、無量の国もまた同じです。 すべての仏の国の性質を、私はことごとく説き明かします。 諸仏が次々と世に現れる、その願いに従い、その名前に従い、 その授記（未来の仏となる予言）に従い、その寿命に従い、 その修行された正しい法に従い、妨げのない道を専ら求め、 その教化された衆生に従い、正法が世に留まることに従い、 その清らかにされた仏の国、衆生、そして法輪（教え）に従い、 説法する時とそうでない時と、順を追って衆生を清めます。 その衆生の行いに従い、様々な業の性質、 上・中・下の違いに従って、ふさわしく教化を受けます。 このような深い智慧を、菩薩はこの行いに入り、 普賢の業を修習し、智慧の輪を完全に備えます。 身の業に妨げがなく、口の業はことごとく清らかで、 意の業もまた妨げがなく、三世の法に通達します。 菩薩はこのように行い、普賢の道を極め、 清らかな智慧の太陽を生み出し、あまねく諸法の世界を照らします。 語り尽くせないほどの劫、そしてすべての仏の国において、 菩薩は一瞬の念で知り、それらに執着することがありません。 修行する者はこのような、奇特で非常に深い境地に入ります。 菩薩の妙なる法の中で、私はその一部を説きましょう。 智慧には限りがなく、仏の境地を極め、 すべての場所に巧みに入り、退くことのない境地を成就します。 普賢の清らかな智慧を備え、普賢の願いを満たし、 菩薩の究極の行いを、比類なき智慧に深く入ります。 一つの微細な塵の中に、すべての国を含み、 そこにある無量の仏を見て、その説法を完全に聞くことができます。 一つの微細な塵の中のように、すべての塵もまた同じです。 国と諸仏を見ること、これが思議を超えた智慧です。 一つ一つの微細な塵の中に、三世の法が普遍に現れ、 五つの迷いの世界の生死の道を、すべてはっきりと知ることができます。 一つ一つの微細な塵の中に、無量の仏の国があります。 一つの中に無量を知り、無量の中に一つを知ります。 このように法の世界と等しい、すべての仏の国土の、 同じ性質と異なる性質とを、すべてはっきりと知ることができます。 微細な智慧に深く入り、様々な世界をはっきりと知り、 すべての劫の成立と破壊を、すべてはっきりと説くことができます。 劫の長い短いを知り、三世を一瞬の念とし、 同じ行い、異なる行いも、すべてはっきりと知ることができます。 様々な世界に深く入り、清らかなものと清らかでないものとを、 身の中に無量の国があり、一つの国に無量の身があることを知ります。 すべての十方の中にある、無量の様々な世界の、 様々で数えきれない性質を、すべてはっきりと知ることができます。 すべての三世の中にある、無量の仏の国土を、 深い智慧を完全に備えて、その成敗をすべて知ります。 十方の様々な世界には、成立するものもあれば破壊するものもある。 普賢はそれらすべてに深く入り、すべてはっきりと知ることができます。 清らかな智慧の眼で、無量の仏の国土を見て、 様々な業をはっきりと知り、行いに従って清らかになります。 菩薩は大いなる者であり、衆生の行いをよく知っています。 様々な悪い業によって、清らかでない国を得るのです。 無量無辺の国を、即座に一つの国と知ります。 このように様々な国に入っても、誰もそれを知ることはできません。 すべての様々な世界を、一つの国の中に入れても、 世界は集まることもなく、また離れることもありません。 伏せたもの、仰向けのもの、高いもの、低いものなど、 世界の衆生の様相を、菩薩はすべて知っています。 あるいはひっくり返った国もあり、無量の仏の国土があります。 様々なものが一つであると知り、一つが様々であると知ります。 普賢の真の仏の子は、思議を超えた智慧によって、 考え難い国を知り、果てしなく達しています。 様々な世界の教化、国の教化、衆生の教化を知り、 様々な法の教化をはっきりと知り、諸仏の教化を究めます。 非常に深い世の中の法、様々な荘厳な出来事、 衆生の無量の報い、これらはすべて心の業による荘厳です。 真の仏の子は巧みに学びます。非常に深い妙なる法の世界に、 自在の神通力を備え、十方の国に満ちています。 衆生の数ほどの劫にもわたって、常に世界の法を説いても、 誰もそれを知ることはできません。ただ正しい覚者を除いては。 世界と如来、様々な名号を、 無量の劫かけて説いても、まだ極めることはできません。 ましてや心の境界、三世の諸仏の法などは。 真実の妙なる法の世界、諸仏のすべての境地、 清らかで妨げのない念、妨げのない智慧を完全に備えています。 法の世界をはっきりと説き、智慧の彼方の岸に至り、 このような様々な世界は、無量の業によって荘厳されています。 菩薩は一瞬の念の中に、三世の国をすべて知り、 その世界の中で、最も優れた行いを実践します。 正しい覚者と等しくなり、自在の力を顕現します。 このような未来の世、すべての世界の中で、 諸仏が次々と世に現れることを、菩薩はすべて知ることができます。 彼らの行う様々な妙なる願い、境地における修行の功徳、 劫に従って正しい覚者となることを、菩薩ははっきりと知ります。 また、彼らの寿命の長さ、そして教化する衆生、 方便の法門に従って、衆生のために法輪を転じることも知ります。 菩薩はこのように知り、普賢の行いの境地を備え、 すべての智慧を成就し、諸仏と等しくなります。 現在の十方の世界にある、無量の仏の国土に、 この世界に深く入り、諸法の世界に通達します。 その世界の中に、現在する無数の仏がおられ、 妨げのない論師の山王は、究極の自在の法を説かれます。 清らかな国土と衆生、応化の自在の力を知り、 無量億の劫を尽くしても、常にこのことを考えます。 世の中を調御する世尊は、自在の力を成就され、 菩薩は究極に渡り、智慧の蔵に深く入ります。 菩薩は生み出します。妨げのない眼・耳・身、 妨げのない広く長い舌、衆生を皆喜ばせます。 最も優れた妨げのない心、無量で普遍的に清らか、 非常に深い妨げのない智慧、三世の法をすべて知ります。 すべての教化を巧みに学び、国の教化、衆生の教化、 世の中の教化をなし得て、教化の彼方の岸を究めます。 様々な業による荘厳で、様々な世の中を飾り、 仏の智慧を成就し、すべての相をよく知ります。 一つ一つの如来の身は、無量の方便をもって、 その教化すべき者に従って、無量の衆生を度し救います。 智慧の境地に深く入り、世の中を超えた智慧の太陽、 その行いは退くことなく、すべての国を遊行します。 様々な世の中を深く理解します。夢のようであり幻のようであると。 すべての衆生の世界を、はっきりと達します。稲妻のようであると。 虚偽の劫、及びすべての世の中を取らず、 真実でないことを巧みに理解し、それらに執着しません。 無量無数の劫を、一瞬の念として理解し、 念もまた非念であると知ります。世の中に実の念はありません。 本来の座から動くことなく、一瞬の念で十方を遊行し、 無量無辺の劫の間、常に衆生を教化します。 語り尽くせないほどの劫も、即座に一瞬の念とし、 また、劫を短くすることもなく、刹那の法を究めます。 すべての世の中、及びすべての衆生の心は、 一つでもなく、二つでもない。菩薩はすべてはっきりと知っています。 衆生、世界、劫、諸仏、そして仏法は、 すべて幻のようなものです。法の世界に二つはありません。 普遍的に十方の国に、無量の身を現しますが、 虚偽の身を取らず、法の世界に執着しません。 二つではない智慧の中から、人の師子（獅子）が生まれますが、 二つではない法にも執着しません。一も二もないことを知るからです。 菩薩は諸法を知ります。陽炎のようであり、稲光のようであり、 こだまのようであり、夢のようであり、幻のようであり、変化のようです。 このように従って、すべての仏の境地に入り、 平等の智慧を成就し、深い法の世界を普く照らします。 限りない大いなる悲しみをもって、諸々の衆生を観察し、 汚れに染まる心を遠く離れ、清らかに世の中を観察します。 広く清らかで尽きることのない身、方便の境地に深く入ります。 菩薩は常に正しい念を保ち、論師の獅子の妙なる法を思い、 世の中の衆生の苦しみ悩みを見て、限りない大願を起こします。 その行いはすべて清らかで、普遍的に諸法の世界に満ちます。 諸仏と菩薩、仏法と世の中を、 菩薩は方便をもって観察し、通達して差別がありません。 清らかな法身の蔵、すべての世の中、 世の中と法身、その二つともに執着しません。 例えば、清らかな水の中に、影が見えても実体がないように、 法身は十方に至るが、また至るところもありません。 このように執着のない、世の中の清らかな身は、 身でありながら身ではありません。諸法に生がないからです。 尽きることのない身に深く入り、生でもなく滅でもなく、 常でもなく無常でもなく、様々な世の中に現れます。 悪い邪見を除き滅ぼし、正しい見解を成就し、 諸法を平等に観察し、私や私のものに執着しません。 例えば巧みな幻術師が、様々な幻を現しても、 もともと来たところもなく、去るところもありません。 幻は量があるのでもなく、また量がないのでもない。 あの大衆の中で、量があり量がないことを示します。 この寂滅の心をもって、諸々の善い根（功徳の基）を修習し、 諸々の仏法を生み出しますが、量があるのでも量がないのでもありません。 量がある、量がない、というのは、すべて妄想です。 すべての迷いの世界をはっきりと知り、量や無量に執着しません。 諸仏の非常に深い法は、寂滅して最も深く妙です。 非常に深く無量の智慧は、非常に深い様々な迷いの世界を知ります。 菩薩は愚かさを離れ、心の意図は清らかで限量なく、 諸々の善い根を修習し、限りのない願いを完全に備えます。 限りのない衆生を度し、安らかな場所に至らせ、 法の世界を平等に観察し、それに執着しません。 真実の際（真理）を深く理解し、諸法には何も実体がないと知り、 様々な世の中を覚り、諸法に生も滅もないと知ります。 すべての法を深く知り、衆生に応じて教化し、 普遍的に甘露（不死の教え）の法の雨を降らせ、様々な世の中に満たします。 限りのない衆生を教化し、悟りを求める心を起こさせ、 菩薩の行いを捨てず、皆が退くことのない境地を得るようにします。 仏の正しい法に従い、究極に法身を得て、 世の中の、すべての衆生の身を、すべてはっきりと知ります。 様々な衆生、及びすべての仏の国をはっきりと知り、 智慧の海に深く入り、十方の海に通達します。 如来の清らかな身の中に、普遍的に衆生の身が現れ、 菩薩の清らかな智慧の眼は、すべてを見ることができます。 無量億の劫の間、如来の身を讚えても、 すべての劫を尽くしても、まだ極めることはできません。 菩薩の大いなる者は、仏の涅槃の後に、 一瞬一瞬の念の中に、舎利（遺骨）を分けることができます。 このような未来の世に、仏の道を求める者があり、 無量の悟りの心を、決定した智慧が知ることができます。 このように三世の中に、諸仏が世に現れることを、 普賢の行いに安住して、すべてはっきりと知ることができます。 このようにはっきりと知って、無量の様々な行いの境地を、 堅固な智慧を成就し、退くことのない境地に転じることができます。 無量の深い智慧、如来の境地を究め、 普賢の明らかで清らかな智慧は、退くことなく深く入ります。 すべての最も優れた尊い方々は、妙なる境地に深く入り、 究極に退くことなく、最高の悟りを得ます。 無量無辺の心、すべての様々な業、 様々な想いや行いを修習し、一瞬の念で知ることができます。 汚れたもの、汚れていないもの、学ぶ心、学ぶ必要のない心を、 菩薩は一瞬の念の中に、無量の心を覚ります。 一つでも二つでもなく、汚れても清らかでもなく、 また積み重なるものでもなく、すべて因縁から生じることを知ります。 このようにはっきりと知って、すべての衆生の心、 世の中の諸仏の国も、すべて虚妄であると知ります。 このような妙なる方便で、菩薩の行いに深く入り、 すべてが普賢と等しく、如来の法によって生まれ変わります。 すべての生きとし生けるものは、善い想い悪い想いが同じではなく、 あるいは天に生まれたり、あるいは悪い道に堕ちたりします。 菩薩は世の中を見て、すべて業の縁から起こり、 常に虚妄の想いに執着し、生死に流転することを知ります。 十方の諸々の衆生は、虚偽の網に覆われていますが、 菩薩は一瞬の念の中に、方便によって解脱させます。 このような様々な感覚器官、眼・耳・鼻・舌・身、 意の業をはっきりと知り、世の中の想いは同じではありません。 一つ一つの眼の境界から、無量の眼が生まれ出て、 様々な相が同じではなく、無量で限りがありません。 衆生の行いに従って、すべての善悪の業は、 その果報を得て、姿形はすべて同じではありません。 普賢の清らかな眼は、様々な境地や力に深く入り、 一つ一つの眼の境界から、無量の智慧が生まれ出ます。 このような様々な世の中を、すべてはっきりと知ることができ、 すべての行いを究め、退くことのない境地を得ます。 仏が説き、菩薩が説き、国が説き、衆生が説き、 三世のすべての説きを