ご支援淨心禪堂すべての経典
メインコンテンツにスキップ
  1. 楞厳経纂註 (楞嚴經纂註)
  2. 第一 (第一)
  3. No. 300-A 大仏頂首楞厳経纂註題辞 (No. 300-A 大佛頂首楞嚴經纂註題辭)
←と→
矢印キーでページをめくれます

楞厳経纂註 (楞嚴經纂注)

「楞嚴經纂註」について

明 · 真界纂註 著

9.6 万字 · 約 319 分

『楞厳経纂註』は、明代の高僧・真界による『楞厳経』への重要な注釈書です。真界は明末仏教天台宗の代表的人物であり、経論に精通し、その『纂註』は天台宗の思想を基盤とし、諸家の学説を融合させて、『楞厳経』を体系的に解釈しています。本書は教理、修行、証果など多角的に経文を分析し、特に「二十五円通」や「五十陰魔」といった核心的内容について独自の見解を示しており、『楞厳経』研究の重要な参考資料となっています。漢伝仏教の重要経典である『楞厳経』は古来「開悟の楞厳」と称され、真界の『纂註』はその権威性から後世における本経研究の必読注釈書となり、仏教思想史と修行実践の両面に深遠な影響を与えています。


No. 300-A大佛頂首楞嚴經纂註題辭

大佛頂首楞厳経纂註題辞

界師纂註舊本,余十年前曾見之,去秋晤於南翰官舍,所示今本,則改竄已十五六。蓋取諸家之說,芟夷煩冗,會歸精約,而間附己意,不但作聖經孝子,且為諸師忠臣,其功顧不卲歟?雖然,楞嚴有顯密經,首云:即時如來敷座宴安,為諸會中宣示深奧,法筵清眾得未曾有,迦陵仙音徧十方界。如來有示,清眾有得,音聲普聞而無一字,此密楞嚴也。慶喜殷勤,啟請如來妙辯演說,此顯楞嚴也。顯以詮密,則十卷經文已為註脚,註脚之下又添註脚,入海算沙,竟亦何益?對盲者說天,如蓋如雞子,其理不得不然,有目者則仰面一觀而已。界師約諸家之意,蓋不獨為盲者設,而所望於有目者尤至,願與善讀楞嚴之士共勉之。

界師が編纂した旧版の注釈書を、私は十年前に一度目にしたことがある。昨年の秋、南翰の官舎で彼と再会した際に見せていただいた新版は、すでに十五、六割は書き改められていた。これは、諸家の説を取捨して煩雑な部分を削り、精簡なものへとまとめ上げ、その間に自身の見解を交えたものである。この書は、単に経典の忠実な継承者であるにとどまらず、諸師にとっても忠臣と言えるだろう。その功績は実に大きいのではないか。

とはいえ、『楞嚴経』には顕密の教えがある。経典のはじめにこうある。「その時、如来は座を整えて安座し、参会の者たちに深遠な奥義を宣示された。清らかな法会の衆は、かつてない悟りを得た。迦陵頻伽の仙音は十方の世界に満ち渡った。」如来が示し、清らかな衆が得るところがあり、音声はあまねく聞こえるが、そこには一字の文字もない。これが「密なる楞嚴経」である。

一方、慶喜(アーナンダ)が熱心に請い、如来の妙なる弁舌による説法を願い出た。これが「顕なる楞嚴経」である。顕教が密教を説き明かそうとするならば、十巻の経文そのものがすでに注釈である。その注釈にさらに注釈を重ねるのは、海に入って砂を数えるようなもので、結局何の益があろうか。目の見えない者に「天」を説明するのに、「蓋のようなもの」「鶏卵のようなもの」と言うのは、道理としてそうせざるを得ないのだが、目のある者はただ天を仰ぎ見ればよいのである。

界師が諸家の意をまとめたのは、決して目の見えない者だけのためではない。特に目ある者への期待は大きい。どうか『楞嚴経』をよく読む者と共に、この書を手に取って励んでほしい。

萬歷乙未三月十日,真實居士馮夢禎時遊雙徑,憩文殊臺靜室敬題

万暦乙未三月十日、真実居士馮夢禎、時に双径を遊び、文殊台静室に憩いて、謹んで題す。


No. 300-B

CBETA コード: X0300

© AI 帮你读佛经 - 如是我闻

この文書は個人学習専用です。商業目的での使用は禁止されています。

訪問 rushiwowen.co

著作権:原文は CBETA
AI 翻訳は参考文献のみで、権威あるものではありません