ご支援淨心禪堂すべての経典
メインコンテンツにスキップ
  1. 禅宗頌古連珠通集 (禪宗頌古聯珠通集)
  2. 第一 (第一)
  3. No. 1295-D 禅宗頌古連珠旧序 (No. 1295-D 禪宗頌古聯珠舊序)
←と→
矢印キーでページをめくれます

禅宗頌古連珠通集 (禪宗頌古聯珠通集)


No. 1295-D禪宗頌古聯珠舊序
寧武軍承宣使提舉隆興府玉隆萬壽宮武功郡開國矦張掄 撰
西方聖人為一大事因緣故出現於世。後以正法眼藏付囑迦葉。傳至二十七世。而達磨入于中夏。設大法藥。開甘露門。直接上根。不立文字。逮今六百餘年。獲菩提者不可勝數。雖其心以無傳而傳。其法以無說而說。然機緣偈頌前後寖多。玉句金章公案具在。池州報恩寶鑑大師法應。甞因禪悅餘暇。裒集採摭。由佛世尊以至古今宗師。凡得機緣三百廿五則。頌古一百廿二人。目之禪宗頌古聯珠集。可謂毗盧藏內全收眾珍。旃檀林中莫非香木。開悟知見利益後來。鋟木流通豈曰小補。以予夙慕宗乘樂推法施。請為序引。不獲固辭。淳熈歲在屠維大淵獻。冬十一月序。

西方の聖人が一大事の因縁のためにこの世に現れ、後に正法眼蔵を迦葉に託されました。それが二十七代に伝わり、達磨が中国に渡って来られました。彼は大いなる法の薬を施し、甘露の門を開き、上根の人々に直接に伝え、文字を立てませんでした。それから六百余年が経ち、菩提を得た者は数えきれません。その心は伝えずして伝えられ、その法は説かずして説かれるものですが、機縁や偈頌は前後を問わず次第に増え、珠玉のような句や黄金のような章、公案は今も残っています。池州の報恩宝鑑大師、法応は、禅悦の余暇にこれらを集め採りました。仏世尊から古今の宗師に至るまで、機縁三百二十五則、頌古百二十二人分を収め、『禅宗頌古聯珠集』と名付けました。これはまさに、毘盧遮那仏の蔵にすべての宝を収め、栴檀の林には香木ばかりであるようなものです。知見を開き、後の人々に利益をもたらすものです。版木に彫って広く流通させることは、小さな補いとは言えません。私はかねてより宗乗を慕い、法施を喜んで推し進めてきたので、序文を書くように頼まれました。固く辞退することもできず、淳熈の年、屠維大淵献の冬十一月に序を記します。

丙丁求火問青峯。尀耐韓獹逐塊蹤。賴得清涼重點破。一聲雷震化為龍。(大洪遂)。

丙丁が火を求め青峯に問う。 韓獹の塊を逐う跡に耐え難し。 頼むに清涼の重ねて点破するを得て、 一声雷震、化して龍と為る。

問處分明答處親。青峯八字打開門。頭頭盡是吾家物。何必臨歧更問津。(佛燈珣)。

問うところ明らかで、答えるところ親し。 青峰の八字、門を開く。 頭頭尽く是れ吾が家の物。 何ぞ必ずしも岐路に臨んで更に渡しを問わん。(佛燈珣)。

【續收】丙丁童子來求火。再問炎炎燎面門。過現未來三世佛。不離其中轉法輪。(冶父川)。
丙丁童子來求火。南方丙丁又屬火。按劒宗師奈若何。是君心下意不過。(卍菴顏)。
一回醉倒玉樓前。𩯭亂釵橫語笑顛。最是惱人腸斷處。借婆衫子拜婆年。(皖山凝)。
昔見非真。今見非假。字經三寫。烏焉成馬。(寶葉源)。
杭州永明開山道潛禪師。(嗣法眼)初參法眼。眼

No. 1295-C 重刻禪宗頌古聯珠通集序
No. 1295-E 禪宗頌古聯珠舊集本序

CBETA コード: X1295

© AI 帮你读佛经 - 如是我闻

この文書は個人学習専用です。商業目的での使用は禁止されています。

訪問 rushiwowen.co

著作権:原文は CBETA
AI 翻訳は参考文献のみで、権威あるものではありません