No. 1309-A重刻正法眼藏序
No. 1309-A 重刻『正法眼蔵』序
正法眼藏者。難言也。請以喻明。譬如淨眼洞見森羅。取之無窮。用之無盡。故名曰藏。夫藏者。含藏最廣。邪正相襍。涇渭難辯。甚至邪能奪正。正反為邪。故似泉眼不通泥沙立壅。法眼不正邪見層出。剔抉泥沙而泉眼通。剪除邪見而法眼正。自非至人其何擇焉。昔竺乾有九十六種背正趨邪。二十八人摧邪持正。逮家東土白馬西來。正教始興於濁世。名相尋陷於邪宗。由是達磨大師掃除繁萎直示本心。嗣後五宗分派各別門風。會其樞要。卓乎純正。詎意人根䆮劣。法久獘生。或承虗接響。以盲枷瞎棒妄號通宗。或守拙抱愚。以一味不言目為本分。或彷彿依稀自稱了悟。或搖唇鼓舌以當平生。如是有百二十家癡禪。自賺賺人。淪溺狂邪。故我大慧老人承悲願力。運無畏心。決擇五家。提挈最正者凡百餘人。裒以成帙。目曰正法眼藏。是書也。如懸白澤裘。精妖喪魄。秉金剛劍。魔外潛踪。四七古錐宗眼。二三老漢家珍。不涉程途。一覽具足。知為後學指南無加此矣。時有繡水普善庵沙門慧悅居士。春門徐弘澤。自慶奇遇嗟彼未聞。冀報佛恩募資重刻。屬余為序。以貽同志。而參學者即使遊法界無邊之門。融古今剎那之念。猶是功勳邊事。若能了悟則自心何知。自眼何見。非見非知。是真得正法眼藏者矣。
正法眼蔵は、言葉で説明することが難しいものです。どうかたとえ話で理解してください。
例えば、澄んだ眼があらゆるものをありのままに見通すことができるとしましょう。そこから取り出せるものは限りがなく、使い尽くすこともありません。だからこそ「蔵」と呼ぶのです。
この「蔵」は、含み持つところが最も広く、正しいものと誤ったものが混ざり合い、清らかな流れと濁った流れの区別さえ難しい状態です。ひどくなると、誤りが正しさを奪い、正しさが逆に誤りと見なされてしまいます。
ちょうど泉の湧き口が、泥や砂で塞がれて水が流れ出ないように、悟りを見通す眼が正しくなければ、誤った見解が次々と現れます。泥や砂を取り除けば泉の湧き口は通じ、誤った見解を断ち切れば悟りの眼は正しくなるのです。
このようなことを成し遂げられる方は、並みの人物ではありません。
昔、インドには九十六種もの誤った教えがあり、正道を離れて邪道に向かう者がいました。しかし二十八人の祖師たちが誤りを打ち破り、正しい教えを守り通しました。
やがて教えが東のこの国に伝わり、白馬が経典を西から運んでくるようになると、正しい教えは濁った世の中でようやく広まり始めました。しかし、名称や形にとらわれる学びは、しばしば誤った宗派に陥っていきました。
そこで達磨大師が、繁雑なものごとをすべて取り除き、心の本質を直接指し示されました。その後、五つの宗派が分かれて、それぞれ独自の教風を立てましたが、その中心的な要点は、実に純正なものでした。
ところが、時代が下るにつれて人々の根機は劣っていき、教えが長く伝わるうちに弊害が生じてきました。ある者は虚名を受け継いで、でたらめな手段で悟りの宗を名乗りました。ある者は愚直なままを守り、ただ言葉を出さないことを本分としました。ある者はおぼろげな理解で悟りを得たと自称しました。ある者は巧みな言葉だけを並べ立てて、それを生涯の修行としました。
このように、百二十家もの誤った禅があり、自分を騙り人を騙って、狂気と邪見に陥っていきました。
そこで我らの大慧禅師は、深い慈悲の願いの力によって、恐れのない心を起こされ、五つの宗派を検証し、最も正しい百余人の祖師たちの言葉を選び抜かれました。それらを一つの書にまとめ、「正法眼蔵」と名付けられたのです。
この書は、白澤の裘を掲げれば妖しいものたちがその精気を失うように、金剛の剣を手にすれば魔物がいずこかへ姿を隠すようなものです。過去の祖師たちの教えの要点、先人たちの家宝が、修行の道のりを経なくとも、一目見ればすべて備わっています。後学の者の指針として、これ以上のものはありません。
その時、繍水の普善庵の僧である慧悦居士と、春門の徐弘澤という在家の方が、この書を手にしたことを大変喜び、まだこの書を知らない人々を哀れみ、仏恩に報いようと、資金を集めて再版することにしました。そして私に序文を託し、同じ志を持つ人々に伝えようとされたのです。
参禅修行する者にとって、たとえ広大な法界の門を遊歴し、古と今、一瞬の思いを融け合わせることができたとしても、それもまだ修行の成果という領域のことです。もし本当に悟ることができれば、自分の心が何を知るというのでしょうか。自分の眼が何を見るというのでしょうか。
見るのでもなく、知るのでもない。そのときこそ、真に正法眼蔵を得たというべきでしょう。
萬曆丙辰端陽日嗣曹洞正宗第二十七代古越顯聖寺住持沙門 圓澄 撰
明暦丙辰(1616年)端午の日、曹洞宗正統第二十七世、古越の顯聖寺住職である沙門圓澄が撰す。