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title: "紫柏尊者全集 · 第六識"
description: "紫柏尊者全集是明代高僧紫柏真可的著作集，由德清（憨山德清）校阅整理。紫柏真可是晚明四大高僧之一，与莲池、憨山、蕅益齐名，活跃于16世纪末至17世纪初，主张禅净双修，对佛教复兴影响深远。全集收录其语录、书信、诗文等，涵盖禅法心要、净土思想、佛教戒律及社会关怀，体现了他融合各宗、注重实修的弘法特色。该书是研究明代佛教思想的重要文献，展现了紫柏尊者革新佛教的实践智慧，在汉传佛教史上具有崇高地位。"
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### 第六識

> 第六識

俱頌其造善作惡不定之功能。

> 善悪の行いの結果は、必ずしも定まっているものではない、という機能を示す偈です。

三性三量通三境。三界輪時易可知。

> 三性・三量・三境に通じ、三界を輪廻するとき、それは容易に知ることができる。

善。惡。無記。三性。現。比。非。三量。性。獨影。帶質。三境。俱通也。比者。比類而知。非者。情有理無。比度不著也。帶質境有二。以心緣心。中閒相分。從兩頭生。帶本質生起。名真帶質。以心緣色。中閒相分。惟從見分一頭生起。變帶質起。名似帶質。獨影亦有二。一有質獨影。五根種現。皆托質起。一無質獨影。緣空花兔角。及過未等所變相分。是五塵落謝影子。止緣過去五塵。與未來變起五塵影子。不緣見在五塵也。

> 善・悪・無記――この三つの性質。 現量・比量・非量――この三つの認識の働き。 性境・独影境・帯質境――この三つの対象。 これらはすべて互いに関係し合っているのです。 「比量」とは、仲間や類いをたとえとして知ることです。「非量」とは、感情や思い込みはあっても実際には存在しないのに、それを推し量って捉えることもできないものを言います。 「帯質境」には二つの種類があります。 一つ目は、心を捉える際に働くものです。心が心を捉える時、その中間に現れる影像は、捉える心と捉えられる心の両方から生じます。このように、もとになる性質を帯びて生じるものを「真の帯質境」と言います。 二つ目は、心が色（物質）を捉える時、その中間に現れる影像は、ただ捉える側のはたらきだけから生じます。もとになる性質を変化させて帯びるように現れるので、「似て非なる帯質境」と呼ばれます。 「独影境」にもまた二つの種類があります。 一つ目は、もとになる対象がある独影境です。五つの感覚器官の根本やその現れは、すべてよりどころとなる対象に基づいて生じます。 二つ目は、もとになる対象がない独影境です。これは、空に咲く花や兔の角のように実在しないもの、また過ぎ去ったことや未来のことを思い描く時に現れる影像のことです。これらは、五つの感覚の対象が消え去った後に残る影のようなものです。つまり、過去の五つの感覚の対象を捉えたり、未来に現れるであろう五つの感覚の対象の影を思い描くのであって、現在の感覚の対象を直接捉えることはないのです。

前生六識。攬法塵影子。以成今生形種。今生又因形起影。是來生受形種子。今生若能六識作觀。破了我執。不攬法塵。則不受分段身矣○六識輪轉三界。顯易可知。

> 前世の六識（眼・耳・鼻・舌・身・意）が、外の世界の影（対象）を捉えることで、今の命の形や因縁が形づくられました。また、今の命もまた、その形によって影を起こし、それが来世の姿や因縁の種となります。しかし、もし今の命で六識をよく観察し、自分の執着（我執）を打ち破り、外の世界の影に囚われなければ、迷いの生死の縛り（分段身）から解放されるのです。 六識がこの三界（欲界・色界・無色界）を巡り続けることは、誰の目にも明らかで、理解しやすい道理です。

相應心所五十一。

此句是標數。性界二句是立名。欲令眾生因名以闡義。因義以會理。會理以致用。致用在作觀上說。致用以體道。體道以立德。

善惡臨時別配之。

六識遇善境時。與善心所相應。遇不善無記境時。與不善無記心所相應。故曰別配之。此特平平緣耳。若增上緣。則善心勇猛。惡心所。俱轉而為善矣。

性界受三恒轉易。

六識於三性。三界。併憂喜苦樂捨五受。恒常轉變改易也。

根隨信等總相連。

根本煩惱六。隨煩惱二十。善十一。等餘徧行五。別境五。不定四。共五十一。亦相連性界受等轉易也。

動身發語獨為最。

動身發語時。於八箇識中。行相最勝。以有情故也。

引滿能招業力牽。

引。引起也。滿。圓滿也。言六識能造業招果。

發起初心歡喜地。

歡喜地。因斷分別我法故。

此識於初地初心。轉成無漏。以斷有分別我法二執故。

俱生猶自現纏眠。

無分別我法二執。與生俱生。此時尚未斷。猶纏縛眠伏。以所知障未斷故。

遠行地後純無漏。觀察圓明照大千。

遠行乃第七地也。此識以前漏無漏閒襍而生。至此地後。則俱生二障。永不現行。而純無漏。相應心所。亦轉為妙觀察智。而圓明照大千矣。