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肇論略註 (肇論略注)

「肇論略註」について

明 · 德清述 著

5.4 万字 · 約 179 分

『肇論略注(しょうろんりゃくちゅう)』は、明代の高僧・徳清(とくせい)が東晋の僧肇(そうじょう)の『肇論(しょうろん)』に施した注釈である。徳清は晩明の四大高僧の一人に数えられ、仏教と儒学に通暁し、その注釈は禅宗と華厳思想を融合させながら、『肇論』に説かれる般若空観(はんにゃくうがん)や物不遷論(ぶっぷせんろん)などの核心的な教義を深く解き明かしている。本書は明晰かつ簡明な言葉をもって、僧肇が論じた中観哲学の述作を解析し、中国仏教思想史研究における重要な文献となった。漢伝仏教の経典注釈の代表作の一つとして、『肇論略注』は僧肇原著の思弁的深みを保ちつつ、明代仏教の解釈的特徴をも示しており、仏教義学発展史上において前代を継ぎ後代を啓く地位を有している。


肇論

肇論

肇,乃作者之名,曰僧肇,時稱肇公。論,乃所立之論,蓋以人名論也。公為什門高弟,從譯場翻譯諸經,久參什師,深達實相。比因佛法西來甚少,大義未暢,時人多尚老莊虗無之談。而沙門釋子亦相尚之,多宗虗無以談佛義,各立為宗。如晉道恒,述無心論;東晉道林,作即色遊玄論;晉竺法汰,作本無論。皆墮相言無,都墮斷滅。公愍大道未明,故造此四論以破邪執,斯立言之本意也。論者,謂假立賓主,徵析論量,以顯正理,摧破邪執。人法雙影,故曰肇論。

肇は、作者の名であり、僧肇といい、当時は肇公と呼ばれていました。論は、立てられた議論のことで、人の名を以て論としています。公は什門の高弟として、訳場で諸経典の翻訳に従事し、長く什師に参じ、実相を深く理解しました。当時、西方から伝わった仏法はまだ少なく、大義が十分に明らかでなかったため、人々は老荘の虚無の説を重んじていました。沙門や仏教者たちもこれに倣い、多くは虚無を宗として仏教の教義を論じ、それぞれに宗派を立てていました。例えば、晋の道恒は『無心論』を著し、東晋の道林は『即色遊玄論』を書き、晋の竺法汰は『本無論』を作りました。これらはいずれも相に執着して無を説き、すべて断滅に陥っていました。公は大道がまだ明らかでないことを憂い、この四論を作って邪執を破り、正しい道理を明らかにしようとしました。これがこの論を立てた本来の意図です。論とは、仮に賓主を立て、問答を重ねて論じ、正しい道理を明らかにし、邪執を打ち砕くことをいいます。人と法の両方を影に映すように論じているため、『肇論』と呼ばれています。


No. 873-A 肇論序
作者示名

CBETA コード: X0873

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