三國佛法傳通緣起卷上
三国仏法伝通縁起 巻上
東大寺沙門 凝然述
東大寺の僧、凝然による述作
夫毗盧遮那釋迦世尊。本則非古非今離待對於思議之門。迹則能今能久開救攝於機感之路。迦毗羅城示降誕之迹。摩訶陀國顯果極之德。道樹祇林飾七處九會之嘉運。仙苑提河播三衍一實之宏儀。法門八萬隨應宜緣教迹十二契會體義畢波之窟三藏分路。鐵圍之洞二諦異衢。眾聖應時降臨。諸賢託緣出現。西天弘大小之法。東土敷權實之教。故覺母文殊送四百五十之年序。補處彌勒有九百餘歲之降下。各弘佛世之親聞。俱傳實道之契範。迦多衍那立八犍之章。訶梨跋摩分四諦之段。三論是正觀之幽旨。五論乃中實之玄奧。出現南天造之。降下中印說之。十八五百小宗之諍論。二十三十大乘之唯識。龍軍堅慧演深奧之義馬鳴無性立卓朗之宗。東邦弘通專守印度之軌範。西國流演要思震旦之洽潤。教法傳通普遍為心。諸國非一。眾域悉布。連陸之嶮境。隔海之群土。任那百濟皆傳梵天之教。新羅高麗俱飡印度之宗五印封壃各有邊國皆弘佛法建興真俗。具陳事迹難知難言。且就三國示傳法迹。一明天竺宗源。二陳震旦傳法。三述日域弘通廣相難述。略舉塵露。
毘盧遮那仏、釈迦世尊の本地は、古くもなく今でもなく、思議を超えた境地にあります。その迹(あと)は、今も久遠も救いをもって機縁に応じる道を開かれました。迦毘羅城で降誕の迹を示し、摩訶陀国で悟りの極みの徳を現されました。道樹や祇林では七処九会のめでたい集会を飾り、仙苑や提河では三乗と一実の大きな儀を伝えられました。
八万の法門は縁に応じて説かれ、十二の教迹は体と義にかなっています。畢波の窟では三蔵がそれぞれの道に分かれ、鉄囲の洞では二諦が異なる道を行きました。多くの聖たちが時を得て降り臨み、賢者たちが縁に託して出現しました。西の天竺では大乗・小乗の法が広まり、東の震旦では権教と実教が敷かれました。
それゆえ、覚母文殊は四百五十年の序を送り、補処弥勒は九百余歳の降下がありました。それぞれが仏の在世に直接聞いたことを広め、ともに実道の契範を伝えました。迦多衍那は八犍の章を立て、訶梨跋摩は四諦の段を分けました。三論は正観の奥深い趣旨であり、五論は中実の玄奥です。南天に出現してこれを造り、中印に降下してこれを説きました。十八部と五百部の小宗の論争、二十論と三十論の大乗の唯識。龍軍と堅慧は深奥の義を演べ、馬鳴と無性は卓越した宗を立てました。
東の国ではインドの軌範を守って広く伝え、西の国では震旦の潤いを思いながら流伝しました。教法の伝通は普遍を心とし、諸国は一つではなく、すべての地域に広まりました。陸続きの険しい境、海を隔てた多くの土地。任那も百済も皆、梵天の教えを伝え、新羅も高麗もともにインドの宗を学びました。五印の封疆にはそれぞれ辺国があり、皆、仏法を広め真俗を興しました。事跡を詳しく述べるのは難しく、知ることも語ることも難しいことです。
まず三国について伝法の迹を示します。一には天竺の宗源を明かし、二には震旦の伝法を述べ、三には日域の弘通を述べます。広く述べることは難しいので、塵や露のようにわずかに挙げるだけです。