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大般涅槃経 (大般涅槃經)

「大般涅槃經」について

宋 · 慧嚴等依泥洹經加之 著

33.4 万字 · 約 1114 分

大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)は、南朝宋の慧厳(えごん)、謝霊運(しゃれいうん)らが、法顕(ほっけん)訳の六巻本『泥洹経(ないおんぎょう)』と曇無讖(どんむしん)訳の北本『涅槃経』とを照合・校訂して成立した。本経は、釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)が入滅(にゅうめつ)される前の教えを詳述し、如来蔵思想(にょらいぞうしそう)、一切衆生(いっさいしゅじょう)に仏性(ぶっしょう)が具わること、および一闡提(いっせんだい)もまた仏となることができるという核心的な理念を体系的に説く。大乗仏教(だい


大般涅槃經卷第一

大般涅槃経 巻第一

宋代沙門慧嚴等依泥洹經加之

宋代の僧侶、慧厳らが『泥洹経』に基づいて加えたもの

序品第一

序品第一

如是我聞:

私はこのように聞きました。

一時佛在拘尸城力士生地阿夷羅跋提河邊娑羅雙樹間。

ある時、仏は拘尸城の力士生地にある阿夷羅跋提河のほとり、沙羅双樹の間にいらっしゃいました。

爾時,世尊與大比丘八十億百千人俱前後圍遶。二月十五日臨涅槃時,以佛神力出大音聲。其聲遍滿乃至有頂,隨其類音普告眾生:「今日如來、應供、正遍知——憐愍眾生、覆護眾生、等視眾生如羅睺羅、為作歸依、為世間舍——大覺世尊將欲涅槃。一切眾生若有所疑,今悉可問,為最後問。」

その時、世尊は大比丘八十億百千人と共に前後を取り囲まれ、二月十五日、涅槃に入ろうとされる時、仏の神力によって大いなる音声を発せられました。その声は有頂天にまで満ち渡り、それぞれの衆生の言葉に合わせて、すべての衆生に告げられました。

「今日、如来・応供・正遍知は、衆生を憐れみ、衆生を覆い護り、衆生を羅睺羅のように平等に見つめ、帰依所となり、世間のよりどころとなられる大覚世尊が、まさに涅槃に入らんとされています。すべての衆生で、もし疑いがあるならば、今こそ問うがよい。これが最後の問いである。」

爾時,世尊於晨朝時,從其面門放種種光,其明雜色——青、黃、赤、白、頗梨、馬瑙——光遍照此三千大千佛之世界;乃至十方亦復如是。

その時、世尊は朝の時分、お顔からさまざまな光を放たれました。その光は青、黄、赤、白、水晶、瑪瑙のようにさまざまな色が混ざり合い、この三千大千世界をくまなく照らし、十方の世界もまた同じように照らされたのです。

其中所有六趣眾生遇斯光者,罪垢、煩惱一切消除。是諸眾生見聞是已,心大憂惱,同時舉聲悲號啼哭:「嗚呼,慈父!痛哉,苦哉。」舉手拍頭,搥胸大叫,其中或有身體戰慄、涕泣哽咽。爾時,大地、諸山、大海皆悉震動。

この光に照らされた六道のすべての衆生は、罪の汚れや煩悩がことごとく消え去りました。これらの衆生はこの光を見聞きした後、心に大きな憂いと苦悩を抱き、声をそろえて悲しみ泣き叫びました。「ああ、慈しみ深き父よ!なんという痛み、なんという苦しみでしょう」と。彼らは手を上げて頭を打ち、胸を叩きながら大声で叫び、中には身体が震え、涙を流して声を詰まらせる者もいました。その時、大地も諸山も大海も、すべてが揺れ動いたのです。

時諸眾生共相謂言:「且各裁抑,莫大愁苦。當共疾往詣拘尸城力士生處,至如來所頭面禮敬,勸請如來莫般涅槃,住世一劫、若減一劫。」互相執手,復作是言:「世間虛空,眾生福盡,不善諸業增長出世。仁等今當速往速往,如來不久必入涅槃。」復作是言:「世間虛空,世間虛空。我等從今無有救護、無所宗仰,貧窮孤露。一旦遠離無上世尊,設有疑惑,當復問誰?」

その時、多くの人々は互いに言い合いました。「まずはお互いに悲しみを抑え、あまりに深く嘆き苦しまないようにしましょう。急いで拘尸城の力士の生まれた地へ行き、如来のもとに赴き、頭を地につけて礼拝し、如来に涅槃に入らないようお願いしましょう。この世に一劫、あるいはそれより短い期間でも留まってくださるようお願いしましょう。」彼らは互いに手を取り合い、またこう言いました。「この世は空しい。人々の福徳は尽き、良くない行いが世に増えています。皆さん、今すぐ急ぎましょう、急ぎましょう。如来は間もなく必ず涅槃に入られるでしょう。」さらに彼らは言いました。「この世は空しい、この世は空しい。私たちは今から救ってくれる者もなく、拠り所とするものもなく、貧しく孤独です。無上の世尊から遠く離れてしまえば、もし疑問が生じたとき、一体誰に尋ねればよいのでしょうか?」

時有無量諸大弟子——尊者摩訶迦旃延、尊者薄俱羅、尊者優波難陀,如是等諸大比丘,遇佛光者,其身戰掉,乃至大動不能自持、心濁迷悶、發聲大叫,生如是等種種苦惱。

その時、数え切れないほどの大弟子たちがおられました――尊者マハーカーティヤーヤナ、尊者バククラ、尊者ウパナンダなど、こうした大比丘たちは、仏の光明に照らされると、その身は震え、激しく揺れ動いて自制できず、心は濁り迷って悶え、声をあげて叫び、このようなさまざまな苦しみを生じました。

爾時,復有八十百千諸比丘等——皆阿羅漢,心得自在,所作已辦,離諸煩惱,調伏諸根,如大龍王有大威德,成就空慧,逮得己利,如栴檀林栴檀圍遶、如師子王師子圍遶,成就如是無量功德,一切皆是佛之真子——各於晨朝日初出時離常住處,方用楊枝,遇佛光明,更相謂言:「仁等宜速澡漱清淨。」作是言已,舉身毛竪,遍體血現如波羅奢花,涕泣盈目,生大苦惱。為欲利益安樂眾生、成就大乘第一空行、顯發如來方便密教、為不斷絕種種說法、為諸眾生調伏因緣故,疾至佛所稽首佛足,繞百千匝,合掌恭敬,却坐一面。

その時、さらに八十万の比丘たちがいました。彼らはみな阿羅漢であり、心は自在にわたり、なすべきことは成し遂げ、あらゆる煩悩から離れ、諸々の感覚器官を調御していました。まるで大龍王のように大いなる威徳をそなえ、空の智慧を成就し、自らの利益を得ていました。栴檀の林が栴檀に囲まれているように、獅子王が獅子たちに囲まれているように、彼らはこのような無量の功徳を成就し、すべては仏の真の子たちでした。

彼らはそれぞれ、朝日が昇る頃に常住の住処を離れ、楊枝を用いて口を清めようとしたとき、仏の光明に出会いました。互いに言い合いました。「皆さん、急いで身を清めるのがよいでしょう。」こう言い終えると、全身の毛が逆立ち、体中に血が浮かび上がって波羅奢花のようになり、涙が目に溢れ、大きな苦悩が生じました。

衆生に利益と安楽をもたらし、大乗の第一の空行を成就し、如来の方便の密教を顕わし、さまざまな説法を絶やさず、衆生を調伏する因縁とするために、彼らは急いで仏のもとへ行き、仏足を礼拝し、百千回も右繞し、合掌して恭しく礼を尽くし、一隅に退いて座りました。

爾時,復有拘陀羅女、善賢比丘尼、優波難陀比丘尼、海意比丘尼,與六十億比丘尼等——一切亦是大阿羅漢,諸漏已盡,心得自在,所作已辦,離諸煩惱,調伏諸根猶如大龍,有大威德,成就空慧——亦於晨朝日初出時舉身毛竪,遍體血現如波羅奢花,涕泣盈目,生大苦惱。亦欲利益安樂眾生、成就大乘第一空行、顯發如來方便密教、為不斷絕種種說法、為諸眾生調伏因緣故,疾至佛所稽首佛足,遶百千匝,合掌恭敬,却坐一面。

そのとき、また拘陀羅女、善賢比丘尼、優波難陀比丘尼、海意比丘尼がおり、六十億の比丘尼らとともにいました。彼女たちはみな大阿羅漢であり、諸々の漏はすでに尽き、心は自在を得て、なすべきことはすでに成し遂げ、諸々の煩悩を離れ、諸根を調えて大いなる龍のようであり、大いなる威徳をそなえ、空の智慧を成就していました。彼女たちもまた、朝まだき日の初めて出るころ、身の毛をよだて、全身に血が現れること波羅奢の花のように、涙を目にいっぱいにたたえ、大きな苦悩を生じました。そして、衆生を利益し安楽にしたいと願い、大乗の第一の空行を成就し、如来の方便の密教を顕し発き、種々の説法を絶やさぬために、衆生を調伏する因縁のために、速やかに仏のもとに至り、仏の足を頂礼し、百千匝巡り、合掌して恭敬し、退いて一面に座りました。

於比丘尼眾中復有諸比丘尼,皆是菩薩,人中之龍,位階十地,安住不動,為化眾生現受女身,而常修集四無量心,得自在力,能化作佛。

比丘尼の集まりの中には、さらに多くの比丘尼がいます。みな菩薩であり、人の中の龍のような存在で、十地の位にあり、安住して動かず、衆生を教化するために女の身を受けて現れています。そして常に四無量心を修め集め、自在の力を得て、仏を化作することができます。

爾時,復有一恒河沙菩薩摩訶薩——人中之龍,位階十地,安住不動,方便現身——其名曰:海德菩薩、無盡意菩薩,如是等菩薩摩訶薩而為上首。其心皆悉敬重大乘、安住大乘、深解大乘、愛樂大乘、守護大乘,善能隨順一切世間,作是誓言:「諸未度者當令得度。」已於過世無數劫中修持淨戒,善持所行,解未解者,紹三寶種使不斷絕;於未來世當轉法輪,以大莊嚴而自莊嚴;成就如是無量功德,等觀眾生如視一子。亦於晨朝日初出時遇佛光明,舉身毛竪,遍體血現如波羅奢花,涕泣盈目,生大苦惱。亦為利益安樂眾生、成就大乘第一空行、顯發如來方便密教、為不斷絕種種說法、為諸眾生調伏因緣故,疾至佛所稽首佛足,繞百千匝,合掌恭敬,却坐一面。

その時、さらに一恒河沙の数の菩薩摩訶薩たちがいました。彼らは人々の中の龍であり、十地の位に安住して動かず、巧みな方便をもって姿を現していました。その名は、海徳菩薩、無尽意菩薩など、このような菩薩摩訶薩たちが上首として集っていました。

彼らの心は皆、大乗を敬重し、大乗に安住し、大乗を深く理解し、大乗を愛楽し、大乗を守護していました。あらゆる世間に巧みに随順し、このような誓いを立てていました。「まだ救われていない者たちを、必ず救済しよう。」

彼らは過去の無数の劫において、清らかな戒律を修め、行いを善く保ち、未だ理解していないことを解き明かし、三宝の種を継いで絶やさず、未来の世において法輪を転じ、大いなる荘厳をもって自らを飾り立てました。このような無量の功徳を成就し、すべての衆生を平等に見て、一人の子を見るかのように慈しんでいました。

彼らもまた、朝日が昇る頃、仏の光明に出遇い、全身の毛が逆立ち、体中に血が浮かび上がって波羅奢花のようになり、涙が目に溢れ、大きな苦悩が生じました。衆生の利益と安楽のため、大乗の第一の空行を成就し、如来の方便と密教を顕かにし、説法の種々の流れを絶やさず、衆生を調伏する因縁のために、急いで仏のもとへ赴き、仏足に頭を地につけて礼拝し、百千回も右繞し、合掌して恭敬し、一歩退いて一方に坐しました。

爾時,復有二恒河沙諸優婆塞,受持五戒,威儀具足。其名曰:威德無垢稱王優婆塞、善德優婆塞等,而為上首。深樂觀察諸對治門,所謂:苦、樂,常、無常,淨、不淨,我、無我,實、不實,歸依、非歸依,眾生、非眾生,恒、非恒,安、非安,為、無為,斷、不斷,涅槃、非涅槃,增上、非增上。常樂觀察如是等法對治之門,亦欲樂聞無上大乘;如所聞已,能為他說。善持淨戒,渴仰大乘,既自充足,復能充足餘渴仰者。善能攝取無上智慧,愛樂大乘、守護大乘;善能隨順一切世間,度未度者、解未解者。紹三寶種使不斷絕,於未來世當轉法輪,以大莊嚴而自莊嚴,心常深味清淨戒行。悉能成就如是功德,於諸眾生生大悲心,平等無二,如視一子。亦於晨朝日初出時,為欲闍毘如來身故,人人各取香木萬束,栴檀、沈水、牛頭栴檀、天木香等,是一一木文理及附皆有七寶微妙光明,譬如種種雜彩畫飾,以佛力故有是妙色,青、黃、赤、白,為諸眾生之所樂見。諸木皆以種種香塗,欝金、沈水及膠香等,散以諸花而為莊嚴,優鉢羅花、拘物頭花、波頭摩花、分陀利花。

その時、さらに二つのガンジス川の砂の数ほどの優婆塞(在家信者)たちがおり、五戒を受持し、威儀を具えていました。その名は、威徳無垢称王優婆塞、善徳優婆塞などであり、彼らが上首となっていました。彼らは深く楽しんで、さまざまな対治の法門を観察していました。すなわち、苦と楽、常と無常、浄と不浄、我と無我、実と不実、帰依と非帰依、衆生と非衆生、恒と非恒、安と非安、為と無為、断と不断、涅槃と非涅槃、増上と非増上といったものです。彼らは常にこのような法の対治の門を観察することを楽しみ、また無上の大乗を聞くことを喜び求めました。聞いたことを、他の人々に説くことができました。清らかな戒律を善く守り、大乗を深く仰ぎ慕い、自ら充足するとともに、他の仰ぎ慕う者たちをも充足させることができました。無上の智慧を善く摂り取り、大乗を愛し楽しみ、大乗を守護しました。すべての世間に善く随順し、未だ度されていない者を度し、未だ解かれていない者を解き明かしました。三宝の種を継いで絶やさず、未来世において法輪を転じ、大いなる荘厳をもって自らを荘厳し、心には常に清浄な戒行の深い味わいがありました。このような功徳をことごとく成就し、すべての衆生に対して大いなる慈悲の心を起こし、平等で差別なく、一人の子を見るようにしました。また、朝、日が昇り始める頃、如来の身を荼毘に付すために、人々はそれぞれ香木一万束を取りました。栴檀、沈香、牛頭栴檀、天木香などです。これらの一本一本の木の木目や節には、すべて七宝の微妙な光明がありました。さまざまな彩りで描かれた絵のようで、仏の力によってこの妙なる色、青、黄、赤、白があり、衆生が喜んで見るものでした。諸々の木には、さまざまな香が塗られていました。鬱金、沈香、膠香などです。また、諸々の花が散らされて荘厳されていました。優鉢羅華、拘物頭華、波頭摩華、分陀利華です。

諸香木上懸五色幡,柔軟微妙,猶如天衣、憍奢耶衣、芻摩繒綵。是諸香木載以寶車。是諸寶車出種種光,青、黃、赤、白,轅輻皆以七寶廁填。是一一車駕以四馬,是一一馬駿疾如風。一一車前竪立五十七寶妙幢,真金羅網彌覆其上。一一寶車復有五十微妙寶蓋。

香木の上には五色の幡を掲げ、柔らかく繊細で、まるで天の衣、絹の衣、麻の布のようだ。これらの香木は宝の車に載せられている。宝の車はさまざまな光を放ち、青、黄、赤、白と輝き、車軸や車輪には七宝が飾られている。それぞれの車には四頭の馬がつながれ、それぞれの馬は風のように速く走る。それぞれの車の前には五十七本の宝の美しい旗が立ち、純金の網が上を覆っている。それぞれの宝の車にはさらに五十の優美な宝の傘がある。

一一車上垂諸花鬘,優鉢羅花、拘物頭花、波頭摩花、分陀利花,其花純以真金為葉、金剛為臺。是花臺中多有黑蜂遊集其中,歡娛受樂,又出妙音,所謂:無常苦、空、無我。是音聲中復說菩薩本所行道。復有種種歌舞伎樂、箏、笛、箜篌、簫、瑟、鼓吹,是樂音中復出是言:「苦哉,苦哉。世間虛空。」一一車前有優婆塞擎四寶案,是諸案上有種種花,優鉢羅花、拘物頭花、波頭摩花、分陀利花,欝金諸香及餘薰香,微妙第一。

それぞれの車の上には、さまざまな花の飾りが垂れ下がり、青蓮華、白蓮華、赤蓮華、大蓮華が飾られています。それらの花は純粋な黄金の葉と金剛の台座でできています。その花の台座の中には、多くの黒い蜂が集まり、楽しみにふけり、また妙なる音を響かせています。その音は、「無常、苦、空、無我」と説いているのです。その音声の中には、さらに菩薩がかつて歩んだ修行の道が語られています。また、さまざまな歌舞や音楽、箏、笛、箜篌、簫、瑟、太鼓の音が響き、その楽音の中からは、「苦しい、苦しい。この世は空しい」という言葉が聞こえてきます。それぞれの車の前には、在家の信者が四つの宝の机を捧げ持っています。それらの机の上には、さまざまな花、青蓮華、白蓮華、赤蓮華、大蓮華、鬱金香などの香り高い花や、その他の最高に微妙な香りが置かれています。

諸優婆塞為佛及僧辦諸食具,種種備足,皆是栴檀、沈水、香薪、八功德水之所成熟。其食甘美,有六種味:一、苦,二、醋,三、甘,四、辛,五、醎,六、淡。復有三德:一者、輕軟,二者、淨潔,三者、如法。作如是等種種莊嚴,至力士生處娑羅雙樹間。

多くの優婆塞たちが、仏と僧のためにさまざまな食事の道具を整え、あらゆるものを用意しました。それらはすべて栴檀や沈水香の薪と、八功徳の水によって調理されたものです。その食事は甘く美味しく、六つの味わいがありました。一に苦味、二に酸味、三に甘味、四に辛味、五に塩味、六に淡味。さらに三つの徳がありました。一つは軽く柔らかいこと、二つは清らかで清潔なこと、三つは法にかなっていること。このように様々に荘厳を施し、力士の生まれた場所である沙羅双樹の間に至りました。

復以金沙遍布其地,以迦陵伽衣、欽婆羅衣及繒綵衣而覆沙上,周匝遍滿十二由旬。為佛及僧敷置七寶師子之座,其座高大如須彌山,是諸座上皆有寶帳垂諸瓔珞。諸娑羅樹悉懸種種微妙幡蓋,種種好香用以塗樹、種種名花以散樹間。

さらに金の砂を地面一面に敷き詰め、迦陵伽衣や欽婆羅衣、色とりどりの絹の衣を砂の上に掛け渡しました。その広さは四方十二由旬にも及びます。仏と僧たちのために七宝で飾られた獅子の座を設け、その座は須弥山のように高くそびえ、どの座にも宝の帳がかけられ、瓔珞が美しく垂れ下がっていました。すべての沙羅双樹には様々な優雅な幡や蓋がかけられ、様々な良い香りで木々は薫られ、様々な名高い花々が木々の間に散り敷かれていました。

諸優婆塞各作是念:「一切眾生若有所乏,飲食、衣服、頭、目、支體,隨其所須皆悉給與。作是施時,離欲、瞋恚、穢濁毒心,無餘思願求世福樂,唯志無上清淨菩提。」

諸々の優婆塞たちは、それぞれこう念じた。 「すべての衆生がもし不足を感じているならば、 飲食、衣服、頭、目、手足、身体の一部を、 その求めるままに、ことごとく与えよう。 この布施を行うときには、 欲や怒り、穢れた毒心を離れ、 この世の福楽を求めるような余計な願いも持たず、 ただ無上の清らかな菩提を志すのみである」

是優婆塞等皆已安住於菩薩道,復作是念:「如來今者受我食已當入涅槃。」作是念已,身毛皆竪,遍體血現如波羅奢花,涕泣盈目,生大苦惱。各各齎持供養之具,載以寶車、香木、幢幡、寶蓋、飲食,疾至佛所稽首佛足,以其所持供養之具欲供養如來,遶百千匝,舉聲號泣,哀動天地,搥胸大叫,淚下如雨。復相謂言:「苦哉,仁者!世間虛空,世間虛空。」便自舉身投如來前,而白佛言:「唯願如來哀受我等最後供養。」

これらの優婆塞たちは皆、すでに菩薩の道に安住していたが、さらにこう思った。 「如来は今、我々の供養を受けた後、涅槃に入られるだろう」 その思いが浮かぶと、身の毛が逆立ち、体中に血が浮かび上がって波羅奢の花のようになり、目には涙が溢れ、大きな苦しみが生じた。

彼らはそれぞれ供養の品々を持ち、宝車や香木、幢幡、宝蓋、飲食を載せて急ぎ仏のもとへ向かい、仏足に頭を下げて礼拝した。 持ってきた供養の品々で如来を供養しようと、百千回も巡りながら、声を上げて泣き叫び、その悲しみは天地を揺るがし、胸を叩き、大声をあげ、涙は雨のように流れ落ちた。

互いに言い合った。 「悲しいことです、尊き方よ。世は空しく、世は空しい」 そして自ら身を起こし、如来の前に進み出て、仏にこう申し上げた。 「どうか、如来よ、我々の最後の供養を哀れみお受けください」

世尊知時,默然不受。如是三請悉皆不許。諸優婆塞不果所願,心懷悲惱,默然而住。猶如慈父唯有一子卒病命終,殯送還歸,極大憂惱。諸優婆塞悲泣懊惱亦復如是,以諸供具安置一處,却住一面,默然而坐。

世尊は時宜を知り、黙って受け入れられませんでした。このように三度請うても、すべて許されませんでした。在家の信者たちは願いを果たせず、悲しみと苦しみを胸に、黙って立ち尽くしました。それはちょうど、たった一人の子が急病で亡くなり、葬儀を終えて帰宅した慈父が、深い憂いと苦しみに沈むかのようでした。在家の信者たちの悲しみと嘆きもまた同じでした。供物を一か所に安置し、少し離れたところに座って、ただ黙って座っているのでした。

爾時,復有三恒河沙諸優婆夷,受持五戒,威儀具足,其名曰:壽德優婆夷、德鬘優婆夷、毘舍佉優婆夷等,八萬四千而為上首。悉能堪任護持正法,為度無量百千眾生故現女身呵責家法。自觀己身如四毒蛇;是身常為無量諸蟲之所唼食;是身臭穢,貪欲獄縛;是身可惡,猶如死狗;是身不淨,九孔常流。是身如城,血、肉、筋、骨、皮裹其上,手、足以為却敵樓櫓,目為竅孔,頭為殿堂,心王處中。如是身城,諸佛世尊之所棄捨,凡夫愚人常所味著,貪婬、瞋恚、愚癡羅剎止住其中。是身不堅,猶如蘆葦、伊蘭、水沫、芭蕉之樹;是身無常,念念不住,猶如電光、暴水、幻炎;亦如畫水,隨畫隨合。是身易壞,猶如河岸臨峻大樹;是身不久,當為狐、狼、鵄、梟、鵰、鷲、烏、鵲、餓狗之所食噉。誰有智者當樂此身?寧以牛跡盛大海水,不能具說是身無常、不淨、臭穢;寧丸大地使如棗等,漸漸轉小猶葶藶子、乃至微塵,不能具說是身過患。是故當捨,如棄涕唾。

そのとき、また三恒河沙の数の優婆夷たちがいました。五戒を受け持ち、威儀を完全に備えていました。その名は、寿徳優婆夷、徳鬘優婆夷、毘舎佉優婆夷などで、八万四千人がその上首となっていました。彼女たちはみな正法を護り持つことを堪え任じ、無量百千の衆生を救うために女身を現し、在家の法を呵責していました。自らの身を四つの毒蛇のように観じていました。この身は常に無量の諸虫に食われています。この身は臭く穢れており、貪欲の獄に縛られています。この身は憎むべきもので、まるで死んだ犬のようです。この身は不浄で、九つの穴から常に流れ出ています。この身は城のようで、血、肉、筋、骨を皮が覆っており、手と足は敵を防ぐ櫓、目は窓の穴、頭は殿堂、心王はその中にあります。このような身の城は、諸仏世尊が捨て去られるものであり、凡夫の愚かな人々が常に味わい執着するものです。貪婬、瞋恚、愚癡の羅刹がその中に住んでいます。この身は堅くなく、まるで芦、葦、伊蘭、水沫、芭蕉の木のようです。この身は無常で、念念に住まらず、まるで稲妻、暴水、幻の炎のようです。また水に絵を描くように、描いてはすぐに消えていきます。この身は壊れやすく、まるで河岸に臨む峻しい大木のようです。この身は長くなく、やがて狐、狼、鵄、梟、鵰、鷲、烏、鵲、餓狗に食われるでしょう。誰か知ある者がこの身を楽しむでしょうか。牛の跡で大海の水を盛ることができないように、この身の無常、不浄、臭穢を説き尽くすことはできません。大地を丸めて棗ほどの大きさにし、徐々に小さくして葶藶子のようにし、さらには微塵にしても、この身の過患を説き尽くすことはできません。ですから捨てるべきです。まるで鼻水や唾を棄てるように。

以是因緣,諸優婆夷以空、無相、無願之法常修其心,深樂諮受大乘經典,聞已亦能為他演說。護持本願,毀呰女身甚可患厭、性不堅牢。心常修集如是正觀,破壞生死無際輪轉,渴仰大乘——既自充足,復能充足餘渴仰者——深樂大乘、守護大乘。雖現女身,實是菩薩。善能隨順一切世間,度未度者、解未解者。紹三寶種使不斷絕,於未來世當轉法輪,以大莊嚴而自莊嚴,堅持禁戒。皆悉成就如是功德,於諸眾生生大悲心,平等無二,如視一子。

この縁によって、多くの優婆夷たちは空・無相・無願の法をもって常に心を修め、深く大乗経典を聞き求め、聞いた後には他者にも説き示すことができました。本来の願いを守り、女身は甚だ厭うべきもの、性質が堅固でないと批判しました。心には常にこのような正しい観察を修め、生死の果てなき輪廻を破壊し、大乗を切に仰ぎ求めました。自ら満たされただけでなく、他の求める者をも満たすことができ、深く大乗を愛し、大乗を守り続けました。女身を現じていても、実は菩薩なのです。すべての世間に巧みに順応し、未だ度されていない者を度し、未だ解かれていない者を解き放ちました。三宝の種を継いで絶やさず、未来世において法輪を転じ、大いなる荘厳をもって自らを飾り、戒律を堅く守りました。このような功徳をすべて成就し、すべての衆生に対して大いなる慈悲の心を起こし、平等に差別なく、一人の子を見るようにしました。

亦於晨朝日初出時各相謂言:「今日宜應至雙樹間。」諸優婆夷所設供具倍勝於前,持至佛所,稽首佛足,遶百千匝而白佛言:「世尊!我等今者為佛及僧辦諸供具,唯願如來哀受我供。」如來默然而不許可。諸優婆夷不果所願,心懷惆悵,却坐一面。

また、朝の日が昇ったばかりの時、互いにこう言いました。「今日は双樹の間へ参りましょう。」優婆夷たちが用意した供物は、前にもまして立派なものでした。彼女たちはそれを持って仏のもとへ参り、仏の足を礼拝し、百千回も右に巡ってから、仏に申し上げました。「世尊、私たちは今、仏と僧のために供物を用意しました。どうか如来が哀れみをもって私たちの供養をお受けください。」しかし如来は黙っておられ、お許しになりませんでした。優婆夷たちは願いを果たせず、心に悲しみを抱いて、退いて一方に座りました。

爾時,復有四恒河沙毘舍離城諸離車等男女、大小、妻子、眷屬及閻浮提諸王、眷屬,為求法故,善修戒行,威儀具足,摧伏異學、壞正法者。常相謂言:「我等當以金銀倉庫為令甘露、無盡正法、深奧之藏久住於世,願令我等常得修學。若有誹謗佛正法者,當斷其舌。」復作是願:「若有出家毀禁戒者,我當罷令還俗、策使;有能深樂護持正法,我當敬重,如事父母;若有眾僧能修正法,我當隨喜,令得勢力。」常欲樂聞大乘經典,聞已亦能為人廣說。皆悉成就如是功德。其名曰:淨無垢藏離車子、淨不放逸離車子、恒水無垢淨德離車子,如是等各相謂言:「仁等今可速往佛所。」

その時、さらに四つの恒河の砂の数ほどの毘舎離城の離車族たちがいました。男女、老若、妻子、眷属、そして閻浮提の諸王とその眷属も、法を求めるために、戒律をよく修め、威儀を整え、異なる教えを唱える者や正法を壊す者を打ち破っていました。彼らは常に互いにこう言い合っていました。

「私たちは金銀や倉庫を、甘露のような尽きることのない正法、深遠なる教えの宝庫がこの世に長く留まるために捧げよう。どうか私たちが常に修行と学びを続けられますように。もし仏の正法を誹謗する者がいれば、その舌を断とう。」

また、彼らはこう願っていました。

「もし出家して戒律を破る者がいれば、還俗させて俗務に就かせよう。深く正法を護持することを喜ぶ者には、父母を敬うように敬重しよう。僧伽が正法を修めるなら、随喜し、力を与えよう。」

彼らは常に大乗の経典を聞くことを楽しみ、聞いた後には人々に広く説くこともできました。すべてこのような功徳を成就していました。

その名は、浄無垢蔵離車子、浄不放逸離車子、恒水無垢浄徳離車子などです。彼らは互いにこう言い合いました。

「皆さん、今すぐ仏のもとへ急ぎましょう。」

所辦供養種種具足,一一離車各嚴八萬四千大象、八萬四千駟馬寶車、八萬四千明月寶珠,天木、栴檀、沈水、薪束,種種各有八萬四千。一一象前有寶幢幡蓋,其蓋小者,周匝縱廣滿一由旬;幡最短者,長三十三由旬;寶幢卑者,高百由旬。持如是等供養之具往至佛所,稽首佛足,遶百千匝而白佛言:「世尊!我等今者為佛及僧辦諸供具,唯願如來哀受我供。」如來默然而不許可。諸離車等不果所願,心懷愁惱,以佛神力去地七多羅樹,於虛空中默然而住。

彼らは様々な供養の品々を整え、それぞれの離車族は八万四千頭の象、八万四千台の宝馬の車、八万四千個の明月宝珠を厳かに飾り、天木、栴檀、沈香、薪の束など、それぞれ八万四千ずつ用意しました。それぞれの象の前には宝の幢幡蓋があり、最も小さい蓋でも周囲一由旬に広がり、最も短い幡でも長さ三十三由旬、最も低い宝幢でも高さ百由旬に及びました。彼らはこのような供養の品々を持って仏のもとへ赴き、仏足を礼拝し、百千回巡ってから仏に申し上げました。「世尊よ、私たちは今、仏と僧のために様々な供養の品々を整えました。どうか如来様、哀れみをもって私たちの供養をお受けください。」しかし如来は黙ってお許しになりませんでした。離車族の人々は願いが叶わず、心に憂いを抱きましたが、仏の神力によって地面から七多羅樹の高さまで浮かび上がり、虚空の中に黙って留まりました。

爾時,復有五恒河沙大臣長者——敬重大乘,若有異學謗正法者,是諸人等力能摧伏,猶如雹雨摧折草木——其名曰:日光長者、護世長者、護法長者,如是之等而為上首。所設供具五倍於前,俱共持往詣雙樹間,稽首佛足,遶百千匝而白佛言:「世尊!我等今者為佛及僧設諸供具,唯願哀愍,受我等供。」如來默然而不受之。諸長者等不果所願,心懷愁惱,以佛神力去地七多羅樹,於虛空中默然而住。

その時、さらに五恒河の砂の数ほどの大臣や長者たちがいました。彼らは大乗を深く敬い、もし異なる教えを説く者が正しい法を誹謗すれば、その者たちを力ずくで打ち破ることができました。ちょうど雹が草木を打ち折るように。彼らの名は、日光長者、護世長者、護法長者などであり、こうした人々が上首として率いていました。

彼らが用意した供養の品々は、先の供養の五倍にもなりました。一同はそれらを持ち寄って双樹の間に至り、仏の足下に額づき、百千回も巡拝してから、仏に申し上げました。

「世尊よ、私たちは今、仏と僧のためにさまざまな供養を整えました。どうか哀れみをもって、私たちの供養をお受けください。」

しかし、如来は黙ったままでお受けになりませんでした。長者たちは願いが叶わず、心に憂いと悩みを抱きました。すると、仏の神力によって、彼らは地面から七多羅樹の高さの虚空に昇り、黙然として留まったのでした。

爾時,復有毘舍離王及其後宮夫人、眷屬,閻浮提內所有諸王——除阿闍世——并及城邑聚落人民。其名曰:月無垢王等,各嚴四兵,欲往佛所。是一一王各有一百八十萬億人民眷屬。是諸車兵駕以象馬,象有六牙,馬疾如風。莊嚴供具六倍於前,寶蓋之中,有極小者,周匝縱廣滿八由旬;幡極短者,十六由旬;寶幢下者,三十六由旬。是諸王等安住正法,惡賤邪法,敬重大乘、深樂大乘,憐愍眾生等如一子。所持飲食香氣流布滿四由旬。亦於晨朝日初出時,持是種種上妙甘饍詣雙樹間,至如來所而白佛言:「世尊!我等為佛及比丘僧設是供具,唯願如來哀愍,受我最後供養。」如來知時亦不許可。是諸王等不果所願,心懷愁惱,却住一面。

その時、さらに毘舎離王とその后妃、家臣たち、閻浮提内のすべての王たち――阿闍世王を除いて――そして町や村の人々がいました。その名は月無垢王などといい、それぞれ四種の軍勢を整え、仏のもとへ向かおうとしていました。これらの王たちはそれぞれ百八十万億の民と家臣を従えていました。車兵たちは象や馬に乗り、象には六本の牙があり、馬は風のように速く走りました。供養の具は以前の六倍も立派に飾られ、宝蓋の中でも最も小さいものでさえ周囲八由旬に広がり、幡の最も短いものは十六由旬、宝幢の低いものでも三十六由旬ありました。これらの王たちは正法に安住し、邪法を軽蔑し、大乗を敬い深く愛し、すべての衆生をわが子のように憐れんでいました。彼らが持つ飲食の香りは四方四由旬に満ち溢れていました。彼らもまた朝日が昇る頃、さまざまな最上の美味を携えて双樹の間へ赴き、如来のもとに至ってこう申し上げました。「世尊よ、私たちは仏と比丘僧のためにこの供養の具を設けました。どうか如来よ、哀れみをもって私たちの最後の供養をお受けください。」如来は時を知りながらもお許しになりませんでした。これらの王たちは願いが叶わず、心に憂いを抱き、一歩退いて傍らに立ちました。

爾時,復有七恒河沙諸王夫人,唯除阿闍世王夫人。為度眾生現受女身,常觀身行,以空、無相、無願之法薰修其心。其名曰:三界妙夫人、愛德夫人,如是等諸王夫人。皆悉安住於正法中,修行禁戒,威儀具足,憐愍眾生等如一子。各相謂言:「今宜速往詣世尊所。」諸王夫人所設供養七倍於前,香花、寶幢、繒綵、幡蓋、上妙飲食,寶蓋小者,周匝縱廣十六由旬;幡最短者,三十六由旬;寶幢卑者,六十八由旬;飲食香氣周遍流布滿八由旬。持如是等供養之具往如來所,稽首佛足,遶百千匝而白佛言:「世尊!我等為佛及比丘僧設是供具,唯願如來哀愍,受我最後供養。」如來知時,默然不受。時諸夫人不果所願,心懷愁惱,自拔頭髮,搥胸大哭,猶如慈母新喪愛子,却住一面,默然而坐。

そのとき、さらに七恒河沙もの多くの王夫人たちがいました。ただし、阿闍世王の夫人だけは除かれています。彼女たちは衆生を救うために、自ら女の身を受け、常に身の行いを観察し、空・無相・無願の法によってその心を薰修していました。その名は、三界妙夫人、愛徳夫人など、このような多くの王夫人たちです。彼女たちは皆、正法の中に安住し、戒を修行し、威儀を具足し、衆生を憐れみ、等しく一子のように慈しんでいました。それぞれ互いに言いました。「今こそ、速やかに世尊のもとへ参りましょう。」

王夫人たちが用意した供養は、以前の七倍でした。香花、宝幢、繒綵、幡蓋、上妙の飲食です。宝蓋の小さいものでも、周囲の縦横は十六由旬ありました。幡の最も短いものでも三十六由旬、宝幢の低いものでも六十八由旬ありました。飲食の香気は周囲八由旬にわたって流れ広がっていました。

このような供養の道具を持って如来のもとへ参り、仏の足を稽首し、百千回繞ってから仏に申し上げました。「世尊、私たちは仏と比丘僧のために、この供養の道具を用意しました。どうか如来、哀れみをおかけください。私たちの最後の供養をお受けください。」

如来は時を知って、黙ってお受けになりませんでした。そこで夫人たちは願いを果たせず、心に愁いと悩みを抱き、自ら髪を抜き、胸を打って大声で泣きました。それはまるで、慈母が愛する子を亡くしたばかりのようでした。そして、一方に退いて、黙って座っていました。

爾時,復有八恒河沙諸天女等,其名曰:廣目天女,而為上首。作如是言:「汝等諸姊!諦觀諦觀,是諸人眾所設種種上妙供具欲供如來及比丘僧。我等亦當如是嚴設微妙供具供養如來,如來受已當入涅槃。諸姊!諸佛如來出世甚難,最後供養亦復倍難。若佛涅槃,世間虛空。」是諸天女——愛樂大乘、欲聞大乘,聞已亦能為人廣說;渴仰大乘,既自充足,復能充足餘渴仰者;守護大乘,若有異學憎嫉大乘,勢能摧滅,如雹摧草。護持戒行,威儀具足,善能隨順一切世間,度未度者、脫未脫者。於未來世當轉法輪,紹三寶種使不斷絕。修學大乘,以大莊嚴而自莊嚴,成就如是無量功德,等慈眾生如視一子——亦於晨朝日初出時各取種種天木香等,倍於人間所有香木,其木香氣能滅人中種種臭穢。白車白蓋,駕四白馬,一一車上皆張白帳,其帳四邊懸諸金鈴。種種香花、寶幢、幡蓋、上妙甘饍、種種伎樂敷師子座。其座四足純紺琉璃,於其座後各各皆有七寶倚床,一一座前復有金机。復以七寶而為燈樹,種種寶珠以為燈明,微妙天花遍布其地。

その時、さらに八つの恒河の砂の数ほどの天女たちがおり、その名を広目天女をはじめとして、次のように言いました。

「姉妹たちよ、よく見てください、よく見てください。この人々が用意したさまざまな優れた供養の品々は、如来と比丘僧に供養するためのものです。私たちも同じように、微細で優れた供養の具を整えて如来に供養しましょう。如来がそれを受け入れられたなら、涅槃に入られるでしょう。姉妹たちよ、諸仏如来が世に出現されることは非常に稀なことであり、最後の供養はなおさら難しいことです。もし仏が涅槃に入られれば、この世は空しくなってしまいます。」

これらの天女たちは、大乗を愛し楽しみ、大乗の教えを聞きたいと願い、聞いた後には人々に広く説くことができました。大乗を渇仰し、自ら充足するとともに、他の渇仰する者たちをも充足させることができました。大乗を守護し、もし異なる学びを持つ者が大乗を憎み嫉むなら、その勢いをもって打ち砕くことができました。それは雹が草を打ち砕くようなものです。戒律の行いを守り、威儀を具え、すべての世間に善く随順し、未だ度されていない者を度し、未だ解脱していない者を解脱させました。未来の世において法輪を転じ、三宝の種を継いで絶えることなくします。大乗を修学し、大いなる荘厳をもって自らを荘厳し、このような無量の功徳を成就し、衆生に対して平等の慈しみをもって一人の子を見るかのようにしました。

彼女たちもまた、朝の日が昇り始める時に、それぞれさまざまな天の木香などを取り、人間界のすべての香木よりも倍するものでした。その木の香気は、人の世のさまざまな臭いや穢れを滅することができました。白い車、白い蓋、四頭の白馬を駆り、それぞれの車には白い帳が張られ、その帳の四辺には金の鈴が下げられていました。さまざまな香りの花、宝の幢、幡、蓋、上妙な甘い食べ物、さまざまな伎楽を敷き詰めた師子座。その座の四足は純粋な紺琉璃であり、それぞれの座の後ろには七宝でできた倚り台があり、それぞれの座の前には金の机がありました。さらに七宝で灯樹を作り、さまざまな宝珠を灯明とし、微細で妙なる天の花が地面一面に敷き詰められていました。

是諸天女設是供已,心懷哀感,涕淚交流,生大苦惱。亦為利益安樂眾生、成就大乘第一空行、顯發如來方便密教、亦為不斷種種說法,往詣佛所,稽首佛足,遶百千匝而白佛言:「世尊!唯願如來哀受我等最後供養。」如來知時,默然不受。諸天女等不果所願,心懷憂惱,却在一面,默然而坐。

これらの天女たちは供養を設けた後、心に哀しみを感じ、涙を流し、大きな苦しみと悩みを抱きました。また、衆生の利益と安楽のために、大乗の第一の空行を成就し、如来の方便と密教を顕わし、さまざまな説法を絶やさないために、仏のもとへ赴き、仏の足を礼拝し、百千回巡って仏に申し上げました。

「世尊よ、どうか如来が哀れみをもって、私たちの最後の供養をお受けください。」

如来は時を知り、黙って受け入れられませんでした。天女たちは願いが叶わず、心に憂いと悩みを抱き、一歩退いて、黙って座りました。

爾時,復有九恒河沙諸龍王等住於四方,其名曰:和修吉龍王、難陀龍王、婆難陀龍王,而為上首。是諸龍王亦於晨朝日初出時設諸供具——倍於人天——持至佛所,稽首佛足,遶百千匝而白佛言:「唯願如來哀受我等最後供養。」如來知時,默然不受。是諸龍王不果所願,心懷愁惱,却坐一面。

その時、さらに九つのガンジス川の砂の数ほど多くの竜王たちが四方に住んでおり、その名は和修吉竜王、難陀竜王、婆難陀竜王をはじめとしていました。これらの竜王たちもまた、朝日が昇る頃、人間や天界の者たちの倍もの供養の品々を用意し、仏陀のもとへと持参しました。彼らは仏陀の足に頭を垂れて礼拝し、百千回も巡りながら仏陀に申し上げました。「どうか如来さま、私たちの最後の供養をお受け取りください。」

如来はその時を知り、黙って受け入れられませんでした。これらの竜王たちは願いが叶わず、心に憂いと苦しみを抱き、一歩下がって座りました。

爾時,復有十恒河沙諸鬼、神王,毘沙門王而為上首,各相謂言:「仁等!今者可速詣佛所。」

その時、さらに十のガンジス川の砂の数ほどの鬼神の王たちが、毘沙門天を筆頭に、互いに言い合いました。「皆さん、今すぐ仏様のもとへ参りましょう。」

所設供具倍於諸龍,持往佛所,稽首佛足,遶百千匝而白佛言:「唯願如來哀受我等最後供養。」如來知時,默然不許。是諸鬼王不果所願,心懷愁惱,却坐一面。

彼らが用意した供物は、他の龍たちの倍以上もあり、それを携えて仏陀のもとへ赴き、仏陀の足を礼拝し、百千回も周回してから、こう申し上げました。「どうか如来さま、私たちの最後の供養をお受け取りください。」如来は時を知り、黙ってお許しになりませんでした。これらの鬼王たちは願いを果たせず、心に憂いと苦しみを抱き、一隅に退いて座りました。

爾時,復有二十恒河沙金翅鳥王,降怨鳥王而為上首。復有三十恒河沙乾闥婆王,那羅達王而為上首。復有四十恒河沙緊那羅王,善見王而為上首。復有五十恒河沙摩睺羅伽王,大善見王而為上首。復有六十恒河沙阿修羅王,睒婆利王而為上首。復有七十恒河沙陀那婆王,無垢河水王、跋提達多王等而為上首。復有八十恒河沙羅剎王,可畏王而為上首,捨離惡心,更不食人,於怨憎中生慈悲心,其形醜陋,以佛神力皆悉端正。復有九十恒河沙樹林神王,樂香王而為上首。復有千恒河沙持呪王,大幻持呪王而為上首。復有一億恒河沙貪色鬼魅,善見王而為上首。復有百億恒河沙天諸婇女,藍婆女、欝婆尸女、帝路沾女、毘舍佉女而為上首。復有千億恒河沙等諸鬼王,白濕王而為上首。復有十萬億恒河沙等諸天子及諸天王、四天王等。復有十萬億恒河沙等四方風神,吹諸樹上,時、非時花散雙樹間。

その時、さらに二十のガンジス河の砂の数の金翅鳥(こんじちょう)の王たちがおり、降怨鳥王をその筆頭としました。さらに三十のガンジス河の砂の数の乾闥婆(けんだつば)の王たちがおり、那羅達王をその筆頭としました。さらに四十のガンジス河の砂の数の緊那羅(きんなら)の王たちがおり、善見王をその筆頭としました。さらに五十のガンジス河の砂の数の摩睺羅伽(まごらか)の王たちがおり、大善見王をその筆頭としました。さらに六十のガンジス河の砂の数の阿修羅(あしゅら)の王たちがおり、睒婆利王をその筆頭としました。さらに七十のガンジス河の砂の数の陀那婆(だなば)の王たちがおり、無垢河水王や跋提達多王などをその筆頭としました。さらに八十のガンジス河の砂の数の羅刹(らせつ)の王たちがおり、可畏王をその筆頭としました。彼らは悪い心を捨て去り、もはや人を食べず、怨み憎む者に対しても慈悲の心を生じ、その姿は醜かったのですが、仏の力によって皆、端正な姿となりました。さらに九十のガンジス河の砂の数の樹林神の王たちがおり、楽香王をその筆頭としました。さらに千のガンジス河の砂の数の持呪(じじゅ)の王たちがおり、大幻持呪王をその筆頭としました。さらに一億のガンジス河の砂の数の貪色鬼魅(どんじょくきみ)がおり、善見王をその筆頭としました。さらに百億のガンジス河の砂の数の天の婇女(さいじょ)たちがおり、藍婆女、欝婆尸女、帝路沾女、毘舎佉女をその筆頭としました。さらに千億のガンジス河の砂の数の諸々の鬼王がおり、白湿王をその筆頭としました。さらに十万億のガンジス河の砂の数の諸々の天子たちや諸々の天王、四天王などがいました。さらに十万億のガンジス河の砂の数の四方の風神たちが、諸々の木々の上に吹き、時にある花や時にない花を、沙羅双樹の間に散らしました。

復有十萬億恒河沙主雲雨神,皆作是念:「如來涅槃焚身之時,我當注雨令火時滅,眾中熱悶為作清涼。」

また、十万億ものガンジス川の砂の数のごとき主雲雨神がみな、こう思いました——「如来が涅槃に入られ、その身が荼毘に付される時、我等が雨を降らせて火を速やかに消し、大衆の熱さと息苦しさを和らげ、涼しくしよう。」

復有二十恒河沙大香象王,羅睺象王、金色象王、甘味象王、紺睺象王、欲香象王等而為上首,敬重大乘、愛樂大乘,知佛不久當般涅槃,各各拔取無量無邊諸妙蓮花來至佛所,頭面禮佛,却住一面。

また、二十のガンジス川の砂の数ほどの大香象王がいた。羅睺象王、金色象王、甘味象王、紺睺象王、欲香象王などが上首となり、大乗を敬い重んじ、大乗を愛好し、仏がまもなく涅槃に入ろうとされていることを知り、各自が無量無辺の見事な蓮の花を摘み取って、仏の御許に参上した。頭を地につけて仏に礼拝し、その後、一方に退いて立った。

復有二十恒河沙等師子獸王,師子吼王而為上首,施與一切眾生無畏,持諸花菓來至佛所,稽首佛足,却住一面。

また、二十のガンジス川の砂の数ほどの獅子の王たちがおりました。獅子吼王をその上首として、一切の生きとし生けるものに畏れを取り除き、さまざまな花や果実を持って仏のもとを訪れました。そして仏の足に額を伏せて礼をした後、静かにその場から少し離れて控えました。

復有二十恒河沙等諸飛鳥王,鳧、鴈、鴛鴦、孔雀諸鳥、乾闥婆鳥、迦蘭陀鳥、鴝鵒、鸚鵡、俱翅羅鳥、婆嘻伽鳥、迦陵頻伽鳥、耆婆耆婆鳥,如是等諸鳥,持諸花菓來至佛所,稽首佛足,却住一面。

また、二十ものガンジス川の砂ほども多い様々な鳥の王たち――カモ、ガン、オシドリ、クジャク、カランダカ鳥(迦蘭陀鳥)、九官鳥(鴝鵒)、インコ、クチロ鳥(倶翅羅鳥)、バヒカ鳥(婆嘻伽鳥)、カラヴィンカ鳥(迦陵頻伽鳥)、ジーヴァジーヴァカ鳥(耆婆耆婆鳥)などの鳥たちが、様々な花や果実を捧げ持って、仏のもとへやって来ました。彼らは仏の足もとに頭を下げて礼拝し、その後、脇に立って控えました。

復有二十恒河沙等水牛、牛、羊往至佛所,出妙香乳。其乳流滿拘尸那城所有溝坑,色、香、美味悉皆具足。成是事已,却住一面。

さらに、二十のガンジス川の砂の数ほどの水牛や牛、羊が仏のもとにやって来て、素晴らしい香りのする乳を出しました。その乳は、クシナガラの街のすべての溝やくぼみを満たし、色、香り、味のすべてが完全に備わっていました。そして、そのことを成し遂げた後、彼らは一方向に立ち止まりました。

復有二十恒河沙等四天下中諸神仙人,忍辱仙等而為上首,持諸香花及諸甘菓來詣佛所,稽首佛足,遶佛三匝而白佛言:「唯願世尊哀受我等最後供養。」如來知時,默然不許。時諸仙人不果所願,心懷愁惱,却住一面。

さらに、二十のガンジス川の砂の数ほどの数の四個の大陸に住む仙人たち、すなわち忍辱仙(にんにくせん)などを上首として、様々な香り高い花や美味しい果実を持って仏のもとへ参りました。彼らは仏の足に頭を付け、仏の周りを三度巡りながら申し上げました。「どうか世尊よ、哀れみをもって私どもの最後の供養をお受け入れください。」如来はその時を知り、黙ってお許しになりませんでした。仙人たちは願いが叶えられず、心に憂いを抱き、後ろに下がって一かたまりに立ちました。

閻浮提中一切蜂王,妙音蜂王而為上首,持種種花來詣佛所,稽首佛足,遶佛一匝,却住一面。

閻浮提(人間世界)のすべての蜂の王たちの中で、妙音蜂王が筆頭となり、様々な花を捧げ持って仏のもとへ参りました。仏の足に頭をつけて礼拝し、仏の周りを一巡りしてから、静かに一方に控えました。

爾時,閻浮提中比丘、比丘尼一切皆集,唯除尊者摩訶迦葉、阿難二眾。

その時、閻浮提(人間界)に住む比丘(僧)と比丘尼(尼僧)は、尊者マハーカッサパ(大迦葉)とアーナンダ(阿難)の二つの集まりを除いて、すべて集まりました。

復有無量阿僧祇恒河沙等世界中間及閻浮提所有諸山,須彌山王而為上首。其山莊嚴,叢林蓊欝,枝葉茂盛,蔭蔽日光,種種妙花周遍嚴飾,龍泉流水清淨香潔。諸天、龍、神、乾闥婆、阿修羅、迦樓羅、緊那羅、摩睺羅伽、神仙呪術、作倡伎樂,如是等眾彌滿其中。是諸山神亦來詣佛,稽首佛足,却住一面。

また、数えきれないほどの世界の中間や閻浮提にあるすべての山々が、その中でも最高峰である須弥山王を頭として存在していました。その山々は荘厳で、林はうっそうと茂り、枝葉は盛んに伸びて日光を遮り、さまざまな美しい花が一面に飾られていました。竜の泉から流れる水は清らかで香り高く、多くの天、竜、神々、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽、仙人たち、呪術を使う者たち、そして歌舞音楽を奏でる者たちが、そこに満ちあふれていました。これらの山々の神々もまた、仏のもとにやって来て、仏の足に頭を下げて礼拝し、そのまま一方に立っていました。

復有阿僧祇恒河沙等四大海神及諸河神,有大威德,具大神足,所設供養倍勝於前。諸神身光、伎樂燈明悉蔽日月令不復現,以占婆花散熙連河,來至佛所,稽首佛足,却住一面。

また、無数のガンジス川の砂の数ほどいる四大海の神々や川の神々がいた。彼らは偉大な威徳と神通力を具え、先の供養よりもさらに勝れた供養を捧げた。神々の身体の光や、楽器の音、灯明の明るさは、日月の光さえも隠して見えなくしてしまった。そして、占婆の花を熙連河に撒き散らしながら、仏のもとにやって来て、仏の足もとに額づき、その後に一方に立って控えた。

爾時,拘尸那城娑羅樹林,其林變白,猶如白鶴。於虛空中自然而有七寶堂閣,雕紋、刻鏤、綺飾分明,周匝欄楯眾寶雜廁。堂下多有流泉浴池,上妙蓮花彌滿其中,猶如北方欝單越國,亦如忉利歡喜之園;爾時娑羅樹林中間種種莊嚴、甚可愛樂,亦復如是。是諸天、人、阿修羅等,咸覩如來涅槃之相,皆悉悲感,愁憂不樂。

その時、クシナガラのサーラの森は、あたかも白い鶴の群れのように一面に白く変わりました。虚空の中には自然に七宝でできた立派な堂閣が現れ、美しい彫刻や細工が施され、周囲の手すりには様々な宝がちりばめられていました。堂閣の下には清らかな流れの泉や浴槽があり、見事な蓮の花が満ち溢れていました。それはまるで北方のウッタラクル国のようであり、また忉利天の歓喜園のようでもありました。その時、サーラの森の中は、このように様々な荘厳が施され、実に愛すべき素晴らしい眺めでした。そして、天の人々や阿修羅たちは皆、如来の涅槃の様子を目の当たりにし、悲しみの感に堪えず、憂い悩んで喜ぶことができませんでした。

爾時,四天王釋提桓因各相謂言:「汝等觀察諸天世人及阿修羅大設供養,欲於最後供養如來。我等亦當如是供養。若我最後得供養者,檀波羅蜜則為成就滿足不難。」爾時,四天王所設供養倍勝於前,持曼陀羅花、摩訶曼陀羅花、迦枳樓伽花、摩訶迦枳樓伽花、曼殊沙花、摩訶曼殊沙花、散多尼迦花、摩訶散多尼迦花、愛樂花、大愛樂花、普賢花、大普賢花、時花、大時花、香城花、大香城花、歡喜花、大歡喜花、發欲花、大發欲花、香醉花、大香醉花、普香花、大普香花、天金葉花、龍華、波利質多樹花、拘毘羅樹花,復持種種上妙甘饍來至佛所,稽首佛足。是諸天人所有光明能覆日月令不復現,以是供具欲供養佛。如來知時,默然不受。爾時,諸天不果所願,愁憂苦惱,却住一面。

その時、四天王と帝釈天(いんじゃてん)は互いに言い合った。「皆さん、天の人々や世の人々、さらには阿修羅たちが盛大に供養を用意し、最後に如来を供養しようとしているのをご覧なさい。私たちもまた、同じように供養をするべきです。もし私たちが最後に供養できるなら、布施の完成(檀波羅蜜)は成就し、困難なく満たされるでしょう。」

その時、四天王は以前にも増して勝れた供養を用意した。すなわち、マンダーラ花、大マンダーラ花、カキ楼伽花、大カキ楼伽花、マンジュー沙花、大マンジュー沙花、サンタニカ花、大サンタニカ花、愛楽花、大愛楽花、普賢花、大普賢花、時花、大時花、香城花、大香城花、歓喜花、大歓喜花、発欲花、大発欲花、香酔花、大香酔花、普香花、大普香花、天金葉花、竜華、波利質多樹の花、拘毘羅樹の花、さらに種々の上品で美味な食べ物を持って、仏のもとへ赴き、仏の足に頭を接してお辞儀をした。これらの天や人々の光明は、日月の光さえも覆い隠して再び現れないほどであった。彼らはこれらの供物で仏を供養しようとした。しかし、如来はその時機を見極め、黙ってそれを受け取らなかった。

その時、天の人々は願いが叶わず、憂い悲しみ苦しみながら、片隅に立って控えた。

爾時,釋提桓因及三十三天設諸供具亦倍勝前,及所持花亦復如是,香氣微妙甚可愛樂,持得勝堂并諸小堂,來至佛所,稽首佛足而白佛言:「世尊!我等深樂、愛護大乘,唯願如來哀受我食。」如來知時,默然不受。時諸釋天不果所願,心懷愁惱,却住一面。

その時、天帝釈提桓因(たいしゃく・だいじょういん)と三十三天(とりとり・てん)の者たちは、前にも増して様々な供物を用意しました。彼らが捧げる花も同様で、その香りは微かで非常に愛らしいものでした。彼らは得勝堂(とくしょうどう)やその他の小さな堂を携えて、仏のもとへやって来ました。仏の足に額を付けて礼をし、こう申し上げました。「世尊よ、私たちは大乗を深く愛し、大切に思っております。どうか如来様、私たちの供え物をお受け入れください。」

如来はその時が来ているのを知り、黙ってお受けになりませんでした。すると、諸々の天の者たちは願いが叶わず、心に憂いと悩みを抱えて、少し離れたところに立ち止まりました。

乃至第六天,所設供養展轉勝前,寶幢、幡蓋——寶蓋小者覆四天下、幡最短者周圍四海、幢最卑者至自在天,微風吹幢出妙音聲——持上甘饍來詣佛所,稽首佛足,白佛言:「世尊!唯願如來哀受我等最後供養。」如來知時,默然不受。是諸天等不果所願,心懷愁惱,却住一面。

第六天に至るまで、それぞれが設けた供養は、次々と前よりも優れたものとなりました。宝の幢(はた)や幡(のぼり)、蓋(かさ)の中で、最も小さな宝蓋でも四天下を覆い、最も短い幡でも四海の周囲を巡り、最も低い幢でも自在天に達するものでした。微風が幢を揺らすと、妙なる音声が響き渡りました。彼らは最上の甘味を携えて仏の御許に参り、仏の足に頭を触れて礼をし、こう申し上げました。「世尊よ、どうか如来様が慈しみをもって、私たちの最後の供養をお受け入れください。」しかし如来はその時を知り、黙ってお受けになりませんでした。これらの天の者たちは願いが叶わず、心に愁いと悩みを抱えて、退いて一方に立ちました。

上至有頂、其餘梵眾,一切來集。爾時,大梵天王及餘梵眾放身光明遍四天下,欲界人天日月光明悉不復現。持諸寶幢、繒綵、幡蓋——幡極短者,懸於梵宮至娑羅樹間——來詣佛所,稽首佛足,白佛言:「世尊!唯願如來哀受我等最後供養。」如來知時,默然不受。爾時,諸梵不果所願,心懷愁惱,却住一面。

最高天の頂上に至るまで、その他の梵天の衆も皆、集まってきました。その時、大梵天王とその他の梵天の衆は、自らの身体の光を放ち、世界中を照らし、欲界の人間や天人の太陽や月の光は全く見えなくなりました。彼らは様々な宝の幢、鮮やかな絹、幡蓋(旗や天蓋)——幡の中で最も短いものでさえ、梵宮から沙羅樹の間に掛けられていました——を捧げ持って、仏の元にやって来ました。そして仏の足を拝し、こう申し上げました。「世尊よ、どうか如来様が、どうか私たちの最後の供養をお受け入れください。」如来は時機をご存知であり、黙ってお受けになりませんでした。その時、諸々の梵天は望みが叶わず、心に悲しみと悩みを抱えながら、一方に退いて立ちました。

爾時,毘摩質多阿修羅王與無量阿修羅大眷屬俱,身諸光明勝於梵天,持諸寶幢、繒綵、幡蓋——其蓋小者覆千世界——上妙甘饍來詣佛所,稽首佛足而白佛言:「唯願如來哀受我等最後供養。」如來知時,默然不受。諸阿修羅不果所願,心懷愁惱,却住一面。

その時、毘摩質多阿修羅王は、無数の大いなる阿修羅の眷属たちと共にいました。その身から放たれる光明は梵天よりも勝れて輝き、様々な宝の幢(はた)、美しい織物、幡蓋(ばんがい)を持っていました。その蓋の中でも小さなものでさえ、千の世界を覆うほどでした。彼らは極上の甘味を携えて、仏のもとへ参りました。そして仏の足に額を付けて礼をし、こう申し上げました。「どうか如来様、どうか私たちの最後の供養をお受け入れください。」如来は時節を見極めて、静かにそれをお受けになりませんでした。阿修羅たちは願いが叶わず、心に愁いと悩みを抱えて、一方に退いて立ち止まりました。

爾時,欲界魔王波旬與其眷屬、諸天婇女、無量無邊阿僧祇眾,開地獄門,施清冷水,因而告曰:「汝等今者無所能為,唯當專念如來、應、正遍知,建立最後隨喜供養,當令汝等長夜獲安。」時魔波旬於地獄中悉除刀、劍、無量苦毒,熾然炎火注雨滅之。以佛神力復發是心:「令諸眷屬皆捨刀、劍、弓、弩、鎧、仗、鉾、槊、長鉤、金椎、鉞斧、鬪輪、羂索。」所持供養倍勝一切人天所設——其蓋小者覆中千界——來至佛所,稽首佛足而白佛言:「我等今者愛樂大乘、守護大乘。世尊!若有善男子、善女人為供養故、為怖畏故、為誑他故、為財利故、為隨他故,受是大乘,或真、或偽,我等爾時當為是人除滅怖畏,說如是呪:

その時、欲界の魔王パーピーヤスは、その眷属(けんぞく)や天女たち、数え切れないほどの無量無辺の群れを従え、地獄の門を開かせ、清らかな冷水を注ぎ、こう告げました。 「今こそ、お前たちにできることはただ一つ。如来(にょらい)・応供(おうぐ)・正遍知(しょうへんち)を心に念じ、最後の随喜(ずいき)の供養を立てなさい。そうすれば、お前たちは長きにわたり安らぎを得るだろう。」

その時、魔王パーピーヤスは地獄の中で、剣や刀、無数の苦しみと炎の業火をすべて取り除き、雨を降らせて消し去りました。さらに仏の力によって、こう心に誓いました。 「我が眷属たちに、刀・剣・弓・弩(いしゆみ)・鎧(よろい)・武器・矛(ほこ)・長鉤(ちょうこう)・金の槌(つち)・斧(おの)・戦輪・羂索(けんさく)をすべて捨てさせよう。」

そして彼らは、人や天が設けるどんな供養よりも優れた供物——その小さな傘蓋(さんがい)だけで中千世界(ちゅうせんせかい)を覆うほどのもの——を携えて、仏のもとへと参りました。彼らは仏の足もとに額づき、こう申し上げました。 「私たちは今、大乗(だいじょう)を愛し、守りたいと願っています。 世尊(せそん)よ、もし善男子・善女人が、供養のため、恐れのため、他人を欺くため、利益のため、あるいは人に従うためとして、たとえ真実であれ偽りであれ、この大乗を受け入れるならば、その時私たちはその人のために恐れを取り除き、この呪文を唱えましょう。」

「『侘枳 咤咤羅侘枳 盧呵隷摩訶盧呵隸阿羅 遮羅 多羅莎呵』
「是呪能令諸失心者、怖畏者、說法者、不斷正法者,為伏外道故、護己身故、護正法故、護大乘故,說如是呪。若有能持如是呪者,無惡象怖,若至壙野空澤嶮處不生怖畏,亦無水、火、師子、虎、狼、盜賊、王難。世尊!若有能持如是呪者,悉能除滅如是等怖。

この呪いは、心を失った者や恐怖を抱く者、また説法を行う者や正しい教えを絶やさない者たちのために説かれました。それは外道を調伏し、自らを守り、正法を護り、大乗を守るためです。もしこの呪いを受持する者があれば、悪い象による恐怖もなく、荒野や沼地、険しい場所に至っても怖れを抱きません。また、水難、火難、獅子、虎、狼、盗賊、王の罰による恐怖もありません。世尊よ、もしこの呪いを受持する者がいれば、これらの恐怖をすべて消し去ることができるのです。

「世尊!持是呪者,我當護之,如龜藏六。世尊!我等今者不以諛諂說如是事。持是呪者,我當至誠益其勢力。唯願如來哀受我等最後供養。」

「世尊よ、この陀羅尼を護持する者があれば、私は亀が六つの肢を殻に隠すように、その人を守りましょう。世尊よ、私たちは今、お世辞などでこのようなことを申し上げているのではありません。この陀羅尼を護持する者には、私は心からその力を増し加えましょう。どうか如来よ、私たちの最後の供養を哀れんでお受けください。」

爾時,佛告魔波旬言:「我不受汝飲食供養,我已受汝所說神呪,為欲安樂一切眾生、四部眾故。」佛說是已,默然不受。如是三請皆亦不受。時魔波旬不果所願,心懷愁惱,却住一面。

その時、仏は悪魔の波旬に告げました。「あなたの飲食の供養は受けません。しかし、あなたが説いた神呪は受け入れました。それはすべての生きとし生けるもの、そして仏弟子である四つの集い(比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷)を安楽にするためです。」仏がこのように語り終え、黙って供養をお受けにならなかったのでした。悪魔は同じ願いを三度繰り返しましたが、いずれもお受けになられませんでした。その時、悪魔の波旬は願いが叶わず、心に憂いと悩みを抱えて、ひっそりと片隅に退きました。

爾時,大自在天王與其眷屬、無量無邊及諸天眾所設供具,悉覆梵、釋、護世四王、人天八部及非人等所有供具,梵釋所設猶如聚墨在珂貝邊悉不復現,寶蓋小者能覆三千大千世界。持如是等供養之具來詣佛所,稽首佛足,遶無數匝,白佛言:「世尊!我等所奉微末供具,猶如蚊蚋供養於我;亦如有人以一掬水投於大海;然一小燈助百千日;春夏之月眾花茂盛,有持一花益於眾花;以葶藶子益須彌山,豈當有益大海、日明、眾花、須彌?世尊!我今所奉微末供具亦復如是。若以三千大千世界滿中香花、伎樂、幡蓋供養如來,尚不足言。何以故?如來為諸眾生常於地獄、餓鬼、畜生諸惡趣中受諸苦惱。是故,世尊!應見哀愍,受我等供。」

その時、大自在天王は、限りない眷属や天の衆と共に、捧げ物の道具をすべて整えた。その供え物は、梵天、帝釈天、護世四天王、人や天の八部衆、さらには人間でない者たちの供え物をすべて覆い隠すほどであった。梵天や帝釈天が用意したものは、貝殻のそばにある墨のように見えなくなり、小さな宝蓋でも三千大千世界を覆うことができた。

このような供え物を携えて仏のもとに赴き、仏の足に額を付け、何度も周回してから申し上げた。「世尊よ。私たちが捧げるこの微々たる供え物は、まるで蚊や虻が私たちに供養するようなものであり、また人が一掬いの水を大海に投げ入れるようなものです。あるいは、一つの小さな灯りで百千の太陽を助けようとし、春夏の月に咲き誇る多くの花の中に、一輪の花を加えて花々を増やそうとし、芥子粒で須弥山を盛り上げようとするようなものです。大海、太陽の光、多くの花、須弥山にとって、それが本当に役立つでしょうか。

世尊よ。今、私たちが捧げるこの微々たる供え物も、まさに同じことです。たとえ三千大千世界に満ちる香りや花、音楽、旗や蓋をもって如来に供養したとしても、それでもなお十分とは言えません。なぜなら、如来は常に、地獄・餓鬼・畜生の諸々の悪趣で苦しむ衆生のため、自ら苦しみを受けておられるからです。

それゆえ、世尊よ。どうか私たちを哀れみ、私たちの供養をお受け入れください。」

爾時,東方去此無量無數阿僧祇恒河沙微塵等世界,彼有佛土名意樂美音,佛號虛空等如來、應供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、佛、世尊。爾時,彼佛即告第一大弟子言:「善男子!汝今宜往西方娑婆世界。彼土有佛,號釋迦牟尼如來、應供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、佛、世尊。彼佛不久當般涅槃。善男子!汝可持此世界香飯——其飯香美,食之安隱——可以奉獻彼佛世尊。世尊食已,入般涅槃。善男子!并可禮敬,請決所疑。」

その時、東方の遥か彼方、数え切れないほどの無数・無限のアサンキヤの世界、ガンジス川の砂の数のさらに微塵のような世界を超えた先に、意楽美音という名の仏国土がありました。そこには虚空等如来(応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊)という名の仏がいらっしゃいました。

その時、その仏は第一の大弟子にこう告げられました。「善き男子よ、あなたは今、西方の娑婆世界へ向かいなさい。その世界には釈迦牟尼如来(応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊)という仏がいらっしゃる。その仏はまもなく般涅槃(完全なる涅槃)に入られるだろう。善き男子よ、あなたはこの世界の香しい飯——その飯は香り高く美しく、食べると心穏やかになる——を捧げ持ち、かの仏世尊に献上しなさい。世尊がそれを食された後、般涅槃に入られるであろう。善き男子よ、さらに礼拝し、疑問があれば解決を求めるのもよい。」

爾時,無邊身菩薩摩訶薩即受佛教,從座而起,稽首佛足,右遶三匝,與無量阿僧祇大菩薩眾俱從彼國發來至此娑婆世界。

その時、無辺身菩薩摩訶薩は、仏の教えを受け、座を立って、仏の足もとにお辞儀をし、右に三回まわってから、数えきれないほどの多くの大菩薩たちと共に、かの国を発って、この娑婆世界にやってきました。

應時此間三千大千世界大地六種震動。於是眾中梵釋四王、魔王波旬、摩醯首羅,如是大眾見是地動,舉身毛竪,喉舌枯燥,驚怖戰慄,各欲四散,自見其身無復光明,所有威德悉滅無餘。是時,文殊師利法王子即從座起,告諸大眾:「諸善男子!汝等勿怖,汝等勿怖。何以故?東方去此無量無數阿僧祇恒河沙微塵等世界,有世界名意樂美音,佛號虛空等如來、應供、正遍知,十號具足。彼有菩薩名無邊身,與無量菩薩欲來至此供養如來。以彼菩薩威德力故,令汝身光悉不復現。是故,汝等應生歡喜,勿懷恐怖。」

この時、ここ三千大千世界の大地が六種に震動した。そこで、会衆の中の梵天、帝釈天、四天王、魔王波旬、大自在天といった大いなる人々は、この大地の震動を見て、身の毛がよだち、のどや舌が乾き、恐れおののき、それぞれ四方に逃げ散ろうとした。自分たちの身にはもはや光がなく、すべての威光と徳も残らず消え失せているのを見たからである。

その時、文殊師利法王子がただちに座を立って、大衆に告げた。「諸々の善き男子たちよ、あなたがたは恐れてはならない。あなたがたは恐れてはならない。どうしてかと言えば、東方、ここから無量無数の阿僧祇のガンジス河の砂の数ほどの微塵の世界を過ぎたところに、『意楽美音』と名づけられる世界があり、そこの仏は『虚空等如来・応供・正遍知』と号し、十の称号を具えている。あそこの菩薩に『無辺身』という方がいて、無量の菩薩たちと共に、この地に来て如来に供養しようとしている。その菩薩の威徳の力によって、あなたがたの身の光はすべて現れなくなったのである。それゆえ、あなたがたは喜びを起こし、恐怖を抱いてはならない。」

爾時,大眾悉皆遙見彼佛大眾,如明鏡中自觀己身。時文殊師利復告大眾:「汝今所見彼佛大眾如見此佛;以佛神力,復當如是得見九方無量諸佛。」

その時、大勢の人々は皆、遠くにその仏の大衆をありありと見ました。それはまるで、明るい鏡に自分の姿を映して見るかのようでした。

そこで文殊師利菩薩は再び大衆に告げました。「あなたがたが今、かの仏の大衆を見るのは、この仏を見るのと同じです。仏の力によって、同じようにして九方の無量の諸仏を見ることができるでしょう。」

爾時,大眾各相謂言:「苦哉,苦哉。世間虛空,如來不久當般涅槃。」

その時、大勢の人々は互いに語り合って言いました。「ああ、なんと苦しいことか。なんと苦しいことか。この世はまるで空っぽのようだ。如来ほど尊い方は、まもなく涅槃(完全な悟り)に入ってしまわれるのだから。」

是時大眾一切悉見無邊身菩薩及其眷屬。是菩薩身一一毛孔各各出生一大蓮花。一一蓮花各有七萬八千城邑,縱廣正等如毘舍離城,牆壁諸塹七寶雜廁,多羅寶樹七重行列。人民熾盛,安隱豐樂,閻浮檀金以為却敵。一一却敵各有種種七寶林樹,花菓茂盛,微風吹動出微妙音。其聲和雅猶如天樂,城中人民聞是音聲即時得受上妙快樂。是諸塹中妙水盈滿,清淨香潔如真琉璃。是諸水中有七寶船,諸人乘之,遊戲、澡浴,共相娛樂,快樂無極。

その時、大衆は皆、無辺身菩薩とその眷属をはっきりと見ることができました。この菩薩の身体の一つ一つの毛穴からは、それぞれ大きな蓮の花が生じていました。その一つ一つの蓮の花には、それぞれ七万八千の都市や村がありました。それらの都市は、縦横の広さが毘舎離(ヴァイシャーリー)の城と同じくらいで、城壁や堀は七宝で飾られていました。また、多羅宝樹(ターラ樹)が七重に並び、人々は栄え、穏やかで豊かに暮らしていました。城壁の上の見張り台(却敵)は閻浮檀金(ジェンブー川の金)で作られ、それぞれの見張り台のそばには様々な七宝の林や木々が茂り、花や果実が豊かに実っていました。

微風が吹くと、それらの木々は微妙な音を奏でました。その音は和やかで雅やかであり、まるで天人の音楽のようでした。城中の人々はこの音を聞くと、すぐに素晴らしい喜びと楽しみを得ました。堀の中には、美しい水が満ち溢れ、清らかで香り高く、まるで真の瑠璃(るり)のようでした。その水の中には七宝の船が浮かび、人々はそれに乗って、遊んだり、水浴びをしたり、互いに楽しみ合い、計り知れない喜びに浸っていました。

復有無量雜色蓮花、優鉢羅花、拘物頭花、波頭摩花、分陀利花,其花縱廣猶如車輪。其塹岸上多有園林,一一園中有五泉池。是諸池中復有諸花,優鉢羅花、拘物頭花、波頭摩花、分陀利花。其花縱廣亦如車輪,香氣馚馥,甚可愛樂。其水清淨,柔軟第一,鳧、鴈、鴛鴦遊戲其中。其園各有眾寶宮宅,一一宮宅縱廣正等滿四由旬,所有牆壁四寶所成——所謂金、銀、琉璃、頗梨——真金窓牖、周匝欄楯,玟瑰為地,金沙布上。

さらに無数の雑色の蓮華、優鉢羅花、拘物頭花、波頭摩花、分陀利花があり、その花の大きさは車輪のように広かった。その堀の岸辺には多くの園林があり、一つ一つの園に五つの泉の池があった。それらの池の中にもまた、優鉢羅花、拘物頭花、波頭摩花、分陀利花などの花々があった。その花の大きさもまた車輪のようで、香りは芳しく、とても愛で楽しむに足るものであった。その水は清らかで、柔らかく、何より素晴らしく、鴨や雁、鴛鴦がその中で遊んでいた。その園にはそれぞれ、多くの宝でできた宮殿や住まいがあり、一つ一つの宮殿の大きさはちょうど四由旬に等しかった。すべての壁は金、銀、琉璃、玻璃の四種の宝で作られ、窓や戸は純金で、周りには欄干が巡らされ、地面は宝石で飾られ、その上には金の砂が敷き詰められていた。

是宮宅中多有七寶流泉浴池,一一池邊各有十八黃金梯陛,閻浮檀金為芭蕉樹——如忉利天歡喜之園。是一一城各有八萬四千人王,一一諸王各有無量夫人、婇女,共相娛樂,歡喜受樂。其餘人民亦復如是,各於住處共相娛樂。是中眾生不聞餘名,純聞無上大乘之聲。

その都の宮殿の中には、多くの七宝でできた泉や沐浴のための池があった。それぞれの池のほとりには十八の黄金の階段があり、閻浮檀金(えんぶだんごん)でできた芭蕉の木が立っていた——まるで忉利天(とうりてん)の歓喜園のようである。

それぞれの都には八万四千人の王がいて、その一人ひとりの王には無数の后(きさき)や妃たちがおり、共に楽しみ喜びに浸っていた。その他の民たちも皆同じであり、それぞれの住まいで共に楽しみ合っていた。この世界の者たちは、他の名前を耳にすることはなく、ただ無上の大乗の教えの声だけを聞くのである。

是諸花中一一各有師子之座,其座四足皆紺琉璃,柔軟素衣以布座上——其衣微妙出過三界。一一座上有一王坐,以大乘法教化眾生,或有眾生書、持、讀誦、如說修行,如是流布大乘經典。

これらの花ひとつひとつに、獅子の座があります。その座の四本の脚はすべて紺琉璃でできており、柔らかな白い布が座の上に敷かれています。その衣の素晴らしさは、三界を超えたものがあります。それぞれの座には一人の王が座り、大乗の法をもって衆生を教化しています。あるいは、経典を書き写し、保ち、読誦し、教えの通りに修行し、このように大乗の経典を広める衆生がいます。

爾時,無邊身菩薩安止如是無量眾生於自身已,令捨世樂,皆作是言:「苦哉,苦哉。世間虛空,如來不久當般涅槃。」

その時、無辺身菩薩は、こうして数えきれないほどの多くの生きとし生けるものを自らの内に安らわせ、世の楽しみを捨てさせて、皆にこう言った。「ああ、何と苦しいことか、何と苦しいことか。この世は虚ろになってしまった。如来はまもなく涅槃に入られるのだ。」

爾時,無邊身菩薩與無量菩薩周匝圍遶,示現如是神通力已,持是種種無量供具及以上妙香美飲食。若有得聞是食香氣,煩惱、諸垢皆悉消滅。以是菩薩神通力故,一切大眾悉皆得見如是變化。無邊身菩薩身大無邊、量同虛空,唯除諸佛,餘無能見是菩薩身其量邊際。

その時、無辺身菩薩は無数の菩薩たちに囲まれながら、このような神通力を示されました。そして、様々な無量の供物と、素晴らしく香り高い飲食物を捧げました。もしこの食べ物の香りを嗅ぐことができたなら、煩悩や汚れはすべて消え去ります。この菩薩の神通力によって、集まった一切の人々は皆、このような変化を見ることができました。無辺身菩薩のその身は限りなく広大で、その大きさは虚空のようです。ただ諸仏を除いては、誰もこの菩薩の身体の広がりの限界を見ることはできません。

爾時,無邊身菩薩及其眷屬所設供養倍勝於前,來至佛所,稽首佛足,合掌恭敬白佛言:「世尊!唯願哀愍,受我等食。」如來知時,默然不受。如是三請悉亦不受。爾時,無邊身菩薩及其眷屬却住一面。

その時、無辺身菩薩とその弟子たちは、以前にも増して立派な供物を用意し、仏のもとへやって来ました。そして仏の足に礼拝し、合掌して敬意を表し、こう申し上げました。「世尊よ、どうか哀れみをもって、私たちの捧げ物をお受け取りください。」しかし、如来はその時が来ていることを知り、黙ってお受けになりませんでした。このように三度請いましたが、すべてお受けになりませんでした。そこで、無辺身菩薩とその弟子たちは、一辺に退いて立ちました。

南、西、北方諸佛世界亦有無量無邊身菩薩,所持供養倍勝於前,來至佛所,乃至却住一面皆亦如是。

南の世界だけでなく、西と北の世界からも無数の身の菩薩たちが、先ほどよりもさらに優れた供物を携えて仏のもとに集まりました。彼らも皆、同じように礼拝し、一方に立って控えました。

爾時,娑羅雙樹吉祥福地縱廣三十二由旬,大眾充滿,間無空缺。爾時,四方無邊身菩薩及其眷屬所坐之處或如錐頭、針鋒、微塵。十方如微塵等諸佛世界諸大菩薩悉來集會,及閻浮提一切大眾亦悉來集——唯除尊者摩訶迦葉、阿難二眾,阿闍世王及其眷屬——乃至毒蛇視能殺人,蛣、蜣、蝮、蝎及十六種行惡業者,一切來集。陀那婆神、阿修羅等悉捨惡念,皆生慈心,如父、如母、如姊、如妹;三千大千世界眾生慈心相向亦復如是,除一闡提。

その時、娑羅双樹の吉祥福地は縦横三十二由旬にわたり、大衆で満ち溢れ、隙間なく埋め尽くされていた。また、四方から無辺身菩薩とその眷属が集まり、その座る場所は針の先や尖ったもの、あるいは微塵のようであった。十方の微塵のように多くの諸仏世界からも、数え切れない大菩薩たちが皆集まり、さらに閻浮提(この世界)の全ての大衆も集まった。ただし、尊者マハーカッシャパ(大迦葉)と阿難の二衆、そしてアジャータシャトル王(阿闍世王)とその眷属だけは除かれる。さらに、毒蛇でさえも一目で人を殺すほどのもの、蛣、蜣、蝮、蝎といった毒虫、そして十六種の悪行をなす者たちまでも、全てが集まってきた。陀那婆神や阿修羅なども、悪意を全て捨て去り、皆が慈しみの心を生じ、まるで父や母、姉や妹に対するかのような心持ちとなった。三千大千世界の衆生もまた、互いに慈しみの心を向け合い、同様であった。ただ、一闡提(善根を断った者)だけは除く。

爾時,三千大千世界,以佛神力故地皆柔軟,無有丘墟、土沙、礫石、荊棘、毒草,眾寶莊嚴猶如西方無量壽佛極樂世界。是時大眾悉見十方如微塵等諸佛世界,如於明鏡自觀己身,見諸佛土亦復如是。

その時、三千大千世界は、仏の神通力によって大地がすべて柔らかくなり、丘や窪み、砂利、石、茨、毒草などのない、さまざまな宝で飾られた、まるで西方の無量寿仏の極楽世界のような様相を呈しました。その時、大勢の人々は、十方の微塵のように数多くの諸仏の世界をすべて見ることができました。それは、明らかな鏡で自分の姿を見るように、諸仏の国土もまた同じようにはっきりと見えたのです。

爾時,如來面門所出五色光明,其光明曜覆諸大會,令彼身光悉不復現。所應作已,還從口入。

そのとき、如来の顔から五色の光が放たれ、その光は大集会を照らし、集まった人々のからだの光をすべて消し去りました。そして、なすべきことを終えると、その光はまた如来の口の中に戻っていきました。

時諸天人及諸會眾阿修羅等,見佛光明還從口入,皆大恐怖,身毛為竪。復作是言:「如來光明出已還入,非無因緣,必於十方所作已辦,將是最後涅槃之相。何其苦哉!何其苦哉!如何世尊一旦捨離四無量心,不受人天所奉供養?聖慧日光從今永滅,無上法船於斯沈沒。嗚呼痛哉!世間大苦。」舉手搥胸,悲號啼哭,支節戰動不能自持,身諸毛孔流血灑地。

そのとき、諸天人および諸会衆の阿修羅などは、仏の光明が再び口から入るのを見て、皆たいへん恐れおののき、身の毛がよだちました。そしてこう言いました。「如来の光明が出てまた入るのは、理由なくして起こることではありません。きっと十方においてなすべきことをすでに成し終えられ、まさに最後の涅槃の相なのでしょう。なんと苦しいことでしょう!なんと苦しいことでしょう!どうして世尊は、ひとたび四無量心をお捨てになり、人と天のささげる供養をお受けにならないのでしょうか。聖なる慧の日光は、今を限りに永遠に消え、無上の法船はここに沈んでしまうのです。ああ痛ましいことです!世間の大きな苦しみです。」と。手を挙げて胸を打ち、悲しみ叫び泣き、手足の関節は震えおののいて自ら支えることができず、身の毛孔から血が流れ出て地に散りました。

大般涅槃經卷第一

大般涅槃経 巻第一


2 純陀品

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