No. 282-A楞嚴玄義敘
No. 282-A 楞厳玄義叙
夫契經文心,不易標指也。唯智者大師發旋陀羅尼,起遵法華,具演十妙,絓是教網,無不炳著詳悉,稱玄義云。然而止觀大部全體法華十妙,是知教觀殊袠,理無二轍也。乃大覺世尊於佛頂又揭總持所示境觀,有懸契焉。但是典後入真丹,未經判釋,時味偏圓,莫知適從。我百松和尚甞撰百問,啟重玄之漸,終慨洞庭鈞天環而聽之之無幾也。參兄灯公不慮世忤,作楞嚴玄義四卷,豈助總持夙夜願見之意耶?抑竟先師窮詰沉疑之意耶?灯兄偕不慧行三昧懺法,於卷荷根得入流地,故于玄義三觀十乘教理行證,無不究竟而委示之。即靈山、大蘇相與首肯,不慧篇端附言,亦茅屋不間庠序之謂乎?然當是時,多聞流亞既昧一真,撥無萬行,排藏心為世智,值登伽為樂境,觸目教觀,多懷顰蹙。如來說為可憐愍者,即諄諄聖誥無奈之何,予言獨奈之何。
経典の真髄を心で理解することは、容易に指し示せるものではありません。ただ智者大師が旋陀羅尼を明らかにし、法華経に従って立ち上がり、十妙を余すところなく説き明かされたことで、教えの網にかかるものはすべて明らかに詳しく示され、『玄義』と称されるに至りました。しかしながら、『摩訶止観』の大部は法華十妙の全体を体現しており、教えと観行は別の巻物であっても、その道理に二つの道筋はないことがわかります。
大覚世尊はさらに『仏頂経』において総持を示し、その中で示された境観には、懸けられた約束に合うものがありました。しかしこの経典が中国に伝わった後、まだ判釈がなされておらず、その味わいが偏りや円満にあるのか、人々は従うべき道を知りませんでした。我が百松和尚はかつて『百問』を著し、重玄の道を開く端緒とされましたが、ついに洞庭の鈞天が巡り来てもそれを聴く者がほとんどいないことを慨嘆されました。
参兄の灯公は世の反発を顧みず、『楞厳玄義』四巻を著されました。これは総持が日夜願ってきた意図を助けるためでしょうか。それとも先師が深く追究された疑問を究め尽くすためでしょうか。灯兄は不慧と共に三昧懺法を行い、巻荷の根において入流の地を得られたため、玄義における三観・十乗、教理行証について、ことごとく究明して詳しく示されました。これは霊山や大蘇山において互いに肯うところであり、不慧が篇頭に言葉を添えるのも、茅屋が学問の場を隔てないという謂いでしょうか。
しかし当時、多くの聞いた者たちは一真を曇らせ、万行を撥無し、蔵心を世智と見なし、登伽を楽境と見做し、目にする教観に多くは眉をひそめました。如来が「憐れむべき者」と説かれた通り、諄々と説かれる聖なる教えさえどうすることもできず、私の言葉だけがどうしようもないのです。
萬歷丁酉春季沙門傳如書於西溪之九沙懺室No. 282
寛永14年(西暦1637年)春、僧侶の伝如が、西溪の九沙懺室にて記す。 No.282
大佛頂首楞嚴經玄義卷第一并序
大仏頂首楞厳経玄義 巻第一 并序
天台山幽溪沙門 傳燈 述
天台山幽溪沙門 伝燈 述