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大毘盧遮那成仏神変加持経 (大毘盧遮那成佛神變加持經)

「大毘盧遮那成佛神變加持經」について

唐 · 底本の訳者:善無畏.一行

5.8 万字 · 約 192 分

大毘盧遮那成仏神変加持経、略して大日経は、唐代の善無畏と一行によって共訳された。この経典は唐密の根本経典の一つであり、毘盧遮那仏を中心に、大悲胎蔵生曼荼羅の修行体系を説く。真言・印・観想を融合させ、即身成仏という密教の教理を明らかにしている。その内容は教相と事相の両方を包括し、漢伝密教の教義の基礎を築いた。密宗の聖典として崇められ、東アジアの仏教思想と実践に深遠な影響を与えている。


大毘盧遮那成佛神變加持經卷第一

大毘盧遮那成仏神変加持経 巻第一

大唐天竺三藏善無畏共沙門一行譯

大唐天竺三蔵善無畏と沙門一行共訳

入真言門住心品第一

真言門に入り心を住する品 第一

如是我聞:

私はこのように聞きました。

一時薄伽梵住如來加持廣大金剛法界宮,一切持金剛者皆悉集會。如來信解遊戲神變生大樓閣寶王,高無中邊,諸大妙寶王種種間飾,菩薩之身為師子座。其金剛名曰:虛空無垢執金剛、虛空遊步執金剛、虛空生執金剛、被雜色衣執金剛、善行步執金剛、住一切法平等執金剛、哀愍無量眾生界執金剛、那羅延力執金剛、大那羅延力執金剛、妙執金剛、勝迅執金剛、無垢執金剛、刃迅執金剛、如來甲執金剛、如來句生執金剛、住無戲論執金剛、如來十力生執金剛、無垢眼執金剛、金剛手祕密主,如是上首,十佛剎微塵數等持金剛眾俱,及普賢菩薩、慈氏菩薩、妙吉祥菩薩、除一切蓋障菩薩等諸大菩薩,前後圍繞而演說法,所謂越三時如來之日加持故,身語意平等句法門。時彼菩薩,普賢為上首;諸執金剛,祕密主為上首。毘盧遮那如來加持故,奮迅示現身無盡莊嚴藏,如是奮迅示現語意平等無盡莊嚴藏,非從毘盧遮那佛身或語或意生,一切處起滅邊際不可得。而毘盧遮那一切身業、一切語業、一切意業,一切處、一切時,於有情界宣說真言道句法。又現執金剛、普賢、蓮華手菩薩等像貌,普於十方宣說真言道清淨句法。所謂初發心乃至十地次第此生滿足,緣業生增長有情類業壽種除,復有牙種生起。

ある時、世尊は如来の加持が広大に及ぶ金剛法界宮に住まわれ、すべての金剛を持つ者たちがことごとく集まっていた。如来は信解と遊戯の神変によって、大いなる楼閣の宝王を生じさせられた。その高さは中央も果てもなく、さまざまな優れた宝王が種々に飾り合い、菩薩の身が師子座となっていた。

その金剛たちの名は次のとおりである:虚空無垢執金剛、虚空遊歩執金剛、虚空生執金剛、雑色衣執金剛、善行歩執金剛、一切法平等執金剛、哀愍無量衆生界執金剛、那羅延力執金剛、大那羅延力執金剛、妙執金剛、勝迅執金剛、無垢執金剛、刃迅執金剛、如来甲執金剛、如来句生執金剛、無戯論執金剛、如来十力生執金剛、無垢眼執金剛、金剛手秘密主。このような上首をはじめ、十仏刹微塵数もの金剛を持つ衆が集い、また普賢菩薩、慈氏菩薩、妙吉祥菩薩、除一切蓋障菩薩などの大菩薩たちが前後に囲んで説法を聞いていた。その説かれた法とは、三世を超えた如来の日輪の加持によって示される、身・語・意が平等となる句の法門である。

その時、菩薩たちの中では普賢菩薩が上首となり、諸々の金剛を持つ者たちの中では秘密主が上首となった。毘盧遮那如来の加持によって、如来は奮迅して身の無尽なる荘厳の蔵を示し、同様に奮迅して語と意が平等なる無尽の荘厳の蔵を示された。それらは毘盧遮那仏の身や語や意から生じたものではなく、一切の処に起滅の際限が得られないものである。しかも毘盧遮那如来は、一切の身業、一切の語業、一切の意業をもって、一切の処、一切の時に、有情の世界に向かって真言道の句の法を説き示される。

また、金剛手や普賢、蓮華手菩薩などの姿を現し、広く十方に向かって真言道の清浄なる句の法を説き広められる。それは、初発心から十地に至るまでの次第をこの身において満足させ、縁と業によって生じる有情の類いの業や寿命の種を除き、さらに新たな芽生える種を生じさせるものである。

爾時執金剛祕密主於彼眾會中坐,白佛言:「世尊!云何如來、應供、正遍知得一切智智?彼得一切智智,為無量眾生廣演分布,隨種種趣、種種性欲、種種方便道宣說一切智智,或聲聞乘道、或緣覺乘道、或大乘道、或五通智道,或願生天、或生人中,及龍、夜叉、乾闥婆,乃至說生摩睺羅伽法。若有眾生應佛度者,即現佛身、或現聲聞身、或現緣覺身、或菩薩身、或梵天身、或那羅延毘沙門身,乃至摩睺羅伽人非人等身,各各同彼言音,住種種威儀。而此一切智智道一味,所謂如來解脫味。世尊!譬如虛空界,離一切分別,無分別、無無分別。如是一切智智,離一切分別,無分別、無無分別。世尊!譬如大地,一切眾生依。如是一切智智,天、人、阿脩羅依。世尊、譬如火界,燒一切薪無厭足。如是一切智智,燒一切無智薪無厭足。世尊!譬如風界,除一切塵。如是一切智智,除去一切諸煩惱塵。世尊!喻如水界,一切眾生依之歡樂。如是一切智智,為諸天世人利樂。世尊,如是智慧,以何為因?云何為根?云何究竟?」如是說已,毘盧遮那佛告持金剛祕密主言:「善哉善哉執金剛!善哉金剛手!汝問吾如是義。汝當諦聽,極善作意,吾今說之。」金剛手言:「如是。世尊!願樂欲聞。」佛言:「菩提心為因,悲為根本,方便為究竟。祕密主!云何菩提?謂如實知自心。祕密主!是阿耨多羅三藐三菩提乃至彼法少分,無有可得。何以故?虛空相是菩提,無知解者亦無開曉。何以故?菩提無相故。祕密主!諸法無相,謂虛空相。」

その時、金剛手秘密主はその会座の中に座し、仏に申し上げた。 「世尊よ、いかにして如来・応供・正等覚者は一切智智を得られたのでしょうか。その一切智智を得られた後、無量の衆生のために広く説き分け与え、様々な趣向、様々な性質や願い、様々な方便の道に随って一切智智を説き示されます。あるいは声聞乗の道、あるいは縁覚乗の道、あるいは大乗の道、あるいは五通智の道を説き、あるいは天に生まれんことを願わせ、あるいは人中に生まれ、また竜、夜叉、乾闥婆、さらには摩睺羅伽に生ずる法をも説かれます。もし仏に度されるべき衆生があれば、すなわち仏身を現じ、あるいは声聞身を現じ、あるいは縁覚身を現じ、あるいは菩薩身を現じ、あるいは梵天身を現じ、あるいは那羅延・毘沙門身を現じ、さらには摩睺羅伽や人非人等の身をも現じ、それぞれ彼らと同じ言葉を用い、様々な威儀に住しておられます。しかし、この一切智智の道は一味であり、すなわち如来の解脱の味であります。世尊よ、たとえば虚空界が一切の分別を離れ、分別なく、無分別もないように、この一切智智もまた一切の分別を離れ、分別なく、無分別もありません。世尊よ、たとえば大地が一切の衆生の依り所であるように、この一切智智は天・人・阿修羅の依り所であります。世尊よ、たとえば火界が一切の薪を飽くことなく焼き尽くすように、この一切智智は一切の無智の薪を飽くことなく焼き尽くします。世尊よ、たとえば風界が一切の塵を払い除くように、この一切智智は一切の煩悩の塵を払い除きます。世尊よ、たとえば水界が一切の衆生の楽しみの依り所であるように、この一切智智は諸天と世人の利益と安楽をもたらします。世尊よ、このような智慧は何を因とし、何を根とし、何を究竟とするのでしょうか。」

このように問うと、毘盧遮那仏は金剛手秘密主に告げられた。 「善いかな、金剛手よ。善いかな、金剛手よ。汝はこのような意義を我に問うた。汝はよく聞き、心を込めて思惟せよ。我は今、これを説こう。」 金剛手は言った。 「はい、世尊よ。喜んでお聞きいたします。」 仏は言われた。 「菩提心を因とし、慈悲を根本とし、方便を究竟とするのである。秘密主よ、菩提とは何か。それは自心をありのままに知ることである。秘密主よ、この無上正等覚、いやその法のわずかでも得られるものはない。なぜなら、虚空の相が菩提であり、知る者もなく、悟らせる者もないからである。なぜなら、菩提は無相であるからだ。秘密主よ、諸法は無相である。すなわち、虚空の相なのである。」

爾時金剛手復白佛言:「世尊!誰尋求一切智?誰為菩提成正覺者?誰發起彼一切智智?」佛言:「祕密主!自心尋求菩提及一切智。何以故?本性清淨故。心不在內、不在外及兩中間,心不可得。祕密主!如來、應、正等覺,非青非黃、非赤非白、非紅紫非水精色、非長非短、非圓非方、非明非暗、非男非女非不男女。祕密主!心非欲界同性、非色界同性、非無色界同性,非天龍、夜叉、乾闥婆、阿脩羅、迦樓羅、緊那羅、摩睺羅伽、人非人趣同性。祕密主!心不住眼界、不住耳鼻舌身意界,非見非顯現。何以故?虛空相心離諸分別,無分別。所以者何?性同虛空即同於心,性同於心即同菩提。如是祕密主!心、虛空界、菩提,三種無二。此等悲為根本,方便波羅蜜滿足。是故祕密主!我說諸法如是,令彼諸菩薩眾菩提心清淨,知識其心。祕密主!若族姓男族姓女欲識知菩提,當如是識知自心。祕密主!云何自知心?謂若分段,或顯色、或形色、或境界,若色若受想行識,若我若我所,若能執若所執,若清淨若界若處,乃至一切分段中求不可得。祕密主!此菩薩淨菩提心門,名初法明道。菩薩住此修學,不久勤苦,便得除一切蓋障三昧。若得此者,則與諸佛菩薩同等住,當發五神通,獲無量語言音陀羅尼,知眾生心行,諸佛護持。雖處生死而無染著,為法界眾生不辭勞倦,成就住無為戒,離於邪見通達正見。復次祕密主!住此除一切蓋障菩薩,信解力故,不久勤修,滿足一切佛法。祕密主!以要言之,是善男子善女人,無量功德皆得成就。」

その時、金剛手は再び仏に申し上げた:「世尊よ、誰が一切智を求めますか。誰が菩提を悟って正覚を成じますか。誰がその一切智智を起こしますか。」

仏は言われた:「秘密主よ、自らの心が菩提と一切智を求めるのだ。なぜなら、その本性は清浄であるからだ。心は内にあるのでもなく、外にあるのでもなく、また内外の中間にあるのでもない。心は得ることができない。秘密主よ、如来・応供・正等覚は、青でもなく黄でもなく、赤でもなく白でもなく、紅紫でもなく水晶色でもなく、長くもなく短くもなく、円くもなく四角くもなく、明るくもなく暗くもなく、男でもなく女でもなく、また男女でもない。秘密主よ、心は欲界の性質と同じでもなく、色界の性質と同じでもなく、無色界の性質と同じでもなく、天・龍・夜叉・乾闥婆・阿修羅・迦楼羅・緊那羅・摩睺羅伽・人・非人などの趣の性質と同じでもない。秘密主よ、心は眼界にとどまらず、耳・鼻・舌・身・意の界にとどまらない。見えるものでもなく、現れるものでもない。なぜなら、虚空のような相の心はあらゆる分別を離れ、無分別であるからだ。なぜそうなのか。その性質が虚空と同じであれば、それは心と同じであり、その性質が心と同じであれば、それは菩提と同じである。このように、秘密主よ、心と虚空界と菩提、この三つは二つではない。これらは悲を根本とし、方便波羅蜜を満足させる。それゆえ、秘密主よ、私はこのように諸法を説き、それによって諸菩薩たちの菩提心を清浄にし、自らの心を知らしめるのだ。秘密主よ、もし善男子・善女人が菩提を知ろうと願うなら、このように自らの心を知るべきである。秘密主よ、どのようにして自らの心を知るのか。すなわち、もしそれを区別して考えるならば、あるいは顕色、あるいは形色、あるいは境界、もし色・受・想・行・識、もし我・我所、もし能執・所執、もし清浄・界・処、さらにはあらゆる区別の中で求めても得ることはできない。秘密主よ、この菩薩の清浄な菩提心の門は、初法明道と名づけられる。菩薩がここに住して修学すれば、長く苦労することなく、まもなく一切蓋障三昧を得る。もしこれを得れば、諸仏菩薩と同等に住し、五神通を発し、無量の言語音陀羅尼を得て、衆生の心行を知り、諸仏の護持を受ける。生死の中にあっても染まることがなく、法界の衆生のために労倦を厭わず、無為戒を成就して住し、邪見を離れて正見に通達する。さらに、秘密主よ、この一切蓋障を除く菩薩は、信解力によって、まもなく勤修して一切の仏法を満足させる。秘密主よ、要約すれば、この善男子・善女人は、無量の功德をことごとく成就するのである。」

爾時執金剛祕密主復以偈問佛:

その時、金剛手秘密主は再び偈をもって仏に問うた:

「云何世尊說, 此心菩提生?
復以云何相, 知發菩提心?
願識心心勝, 自然智生說,
大勤勇幾何, 次第心續生,
心諸相與時, 願佛廣開演。
功德聚亦然, 及彼行修行,
心心有殊異, 惟大牟尼說。」

世尊は何ゆえに、この心より菩提が生ずると説かれるのですか。 また、どのような相によって菩提心が発したと知ることができるのでしょうか。 心と心所の優れたるもの、自然智の生起についてお説きください。 大いなる精進はどれほどで、次第に心が相続して生じるのでしょう。 心の諸相とその時節について、どうか仏よ、広くお説きください。 功徳の集まりも同様に、またその行いと修行について、 心と心所にはそれぞれ違いがあります。どうか大牟尼よ、お説きください。

如是說已,摩訶毘盧遮那世尊告金剛手言:

このようにお説きになった後、大日如来世尊は金剛手に告げられました。

「善哉佛真子, 廣大心利益。
勝上大乘句, 心續生之相,
諸佛大祕密, 外道不能識;
我今悉開示, 一心應諦聽。
越百六十心, 生廣大功德,
其性常堅固, 知彼菩提生。
無量如虛空, 不染污常住,
諸法不能動, 本來寂無相。
無量智成就, 正等覺顯現,
供養行修行, 從是初發心。」

「善きかな、仏の真の子よ、広大なる心は利益をもたらす。 勝れた大乗の教え、心が連続して生じる様相は、 諸仏の大いなる秘密であり、外道はこれを識ることができない。 我はいま、ことごとくこれを開き示す。一心に深く聞くがよい。 百六十の心を超え、広大な功徳が生じる。 その性質は常に堅固であり、かの菩提の生起を知る。 無量なること虚空のごとく、染まらずに常住し、 諸法もこれを動かすことができず、本来寂として相なし。 無量の智を成就し、正等覚が顕現する。 供養と行を修行し、ここより初発心を起こす。」

「祕密主!無始生死愚童凡夫執著我名我有,分別無量我分。祕密主!若彼不觀我之自性,則我我所生。餘復計有時地等變化,瑜伽我建立淨、不建立無淨,若自在天、若流出及時、若尊貴、若自然、若內我、若人量、若遍嚴、若壽者、若補特伽羅、若識、若阿賴耶、知者見者、能執所執、內知外知、社怛梵、意生、儒童、常定生、聲非聲。祕密主!如是等我分,自昔以來分別相應,希求順理解脫。祕密主!愚童凡夫類猶如羝羊,或時有一法想生,所謂持齋。彼思惟此少分,發起歡喜,數數修習。祕密主!是初種子善業發生,復以此為因,於六齋日施與父母男女親戚,是第二牙種。復以此施授與非親識者,是第三疱種。復以此施與器量高德者,是第四葉種。復以此施歡喜授與伎樂人等及獻尊宿,是第五敷華。復以此施發親愛心而供養之,是第六成果。復次祕密主!彼護戒生天,是第七受用種子。復次祕密主!以此心生死流轉,於善友所聞如是言:『此是天大天,與一切樂者。若虔誠供養,一切所願皆滿。所謂自在天、梵天、那羅延天、商羯羅天、黑天、自在子天、日天、月天、龍尊等,及俱吠濫、毘沙門、釋迦、毘樓博叉、毘首羯磨天,閻魔閻魔后、梵天后,世所宗奉火天、迦樓羅子天、自在天后、波頭摩、德叉迦龍、和修吉、商佉、羯句啅劍、大蓮俱里劍、摩訶泮尼、阿地提婆、薩陀難陀等龍,或天仙、大圍陀論師,各各應善供養。』彼聞如是,心懷慶悅,殷重恭敬隨順修行。祕密主!是名愚童異生生死流轉無畏依第八嬰童心。祕密主!復次殊勝行,隨彼所說中殊勝住求解脫慧生,所謂常無常空,隨順如是說。祕密主!非彼知解空非空、常斷、非有非無,俱彼分別。無分別云何分別空?不知諸空,非彼能知涅槃。是故應了知空離於斷常。」

秘密主よ、無始の生死を繰り返す愚かな凡夫は、「我」という名や「我がある」という思いに執着し、無量の「我の分け目」を分別する。秘密主よ、もし彼らが「我」の自性を観察しなければ、「我」と「我の所有」が生じる。さらに、時や場所などの変化を計り、ヨーガの我を立てて浄と不浄を分別し、あるいは自在天、流出や時、尊貴、自然、内なる我、人量、遍く厳かなもの、寿者、補特伽羅、識、阿頼耶、知る者見る者、能執と所執、内知と外知、社怛梵、意生、儒童、常定生、声と非声などを考える。秘密主よ、このような「我の分け目」は、昔から分別と相応し、理に順った解脱を希求してきた。秘密主よ、愚かな凡夫の類は、まるで雄羊のようである。時として一つの法の想いが生じる。いわゆる斎戒を保つことである。彼らはこのわずかなことを思惟し、歓喜を起こし、繰り返し修習する。秘密主よ、これが最初の種子であり、善業が発生する。さらにこれを因として、六斎日に父母や男女の親戚に施しを行う。これが第二の芽の種である。さらにこの施しを、親しくない者や知らない者に授ける。これが第三の蕾の種である。さらにこの施しを、器量高く徳のある者に与える。これが第四の葉の種である。さらにこの施しを喜んで、伎楽人などや尊宿に献じる。これが第五の花開く段階である。さらにこの施しを発心して親愛の心で供養する。これが第六の果実を結ぶ段階である。さらに秘密主よ、その戒を護って生天する。これが第七の受用の種である。さらに秘密主よ、この心で生死を流転し、善き友のもとで次のような言葉を聞く。「これは天の中の大天であり、一切の楽しみを与える者である。もし虔誠に供養すれば、一切の願いが満たされる。いわゆる自在天、梵天、那羅延天、商羯羅天、黒天、自在子天、日天、月天、龍尊など、および俱吠濫、毘沙門、釋迦、毘楼博叉、毘首羯磨天、閻魔と閻魔后、梵天后、世に宗奉される火天、迦楼羅子天、自在天后、波頭摩、徳叉迦龍、和修吉、商佉、羯句啅剣、大蓮俱里剣、摩訶泮尼、阿地提婆、薩陀難陀などの龍、あるいは天仙、大ヴェーダの論師、それぞれに善く供養すべきである。」彼らはこのように聞き、心に慶びを抱き、殷重に恭敬して、その教えに随順して修行する。秘密主よ、これを愚かな凡夫の異生が生死を流転する中での、無畏に依る第八の嬰児の心という。秘密主よ、さらに優れた行いがある。彼らの説く中で優れた住み方に随って、解脱を求める慧が生じる。いわゆる常と無常、空について、その説に随順するのである。秘密主よ、しかし彼らは空と非空、常と断、有と無について真に理解しているわけではない。それらはすべて分別である。無分別であるのに、どうして空を分別できようか。諸々の空を知らず、彼らが涅槃を知ることはできない。それゆえ、空は断と常を離れていることを了知すべきである。

爾時金剛手復請佛言:「惟願世尊說彼心。」如是說已,佛告金剛手祕密主言:「祕密主!諦聽心相。謂貪心、無貪心、瞋心、慈心、癡心、智心、決定心、疑心、暗心、明心、積聚心、鬪心、諍心、無諍心、天心、阿修羅心、龍心、人心、女心、自在心、商人心、農夫心、河心、陂池心、井心、守護心、慳心、狗心、狸心、迦樓羅心、鼠心、歌詠心、舞心、擊鼓心、室宅心、師子心、鵂鶹心、烏心、羅剎心、刺心、窟心、風心、水心、火心、泥心、顯色心、板心、迷心、毒藥心、羂索心、械心、雲心、田心、鹽心、剃刀心、須彌等心、海等心、穴等心、受生心。祕密主!彼云何貪心?謂隨順染法。云何無貪心?謂隨順無染法。云何瞋心?謂隨順怒法。云何慈心?謂隨順修行慈法。云何癡心?謂隨順修不觀法。云何智心?謂順修殊勝增上法。云何決定心?謂尊教命如說奉行。云何疑心?謂常收持不定等事。云何闇心?謂於無疑慮法生疑慮解。云何明心?謂於不疑慮法無疑慮修行。云何積聚心?謂無量為一為性。云何鬪心?謂互相是非為性。云何諍心?謂於自己而生是非。云何無諍心?謂是非俱捨。云何天心?謂心思隨念成就。云何阿修羅心?謂樂處生死。云何龍心?謂思念廣大資財。云何人心?謂思念利他。云何女心?謂隨順欲法。云何自在心?謂思惟欲我一切如意。云何商人心?謂順修初收聚後分析法。云何農夫心?謂隨順初廣聞而後求法。云何河心?謂順修依因二邊法。云何陂池心?謂隨順渴無厭足法。云何井心?謂如是思惟深復甚深。云何守護心?謂唯此心實餘心不實。云何慳心?謂隨順為己不與他法。云何狸心?謂順修徐進法。云何狗心?謂得少分以為喜足。云何迦樓羅心?謂隨順朋黨羽翼法。云何鼠心?謂思惟斷諸繫縛。云何舞心?謂修行如是法,我當上昇種種神變。云何擊鼓心?謂修順是法,我當擊法鼓。云何室宅心?謂順修自護身法。云何師子心?謂修行一切無怯弱法。云何鵂鶹心?謂常暗夜思念。云何烏心?謂一切處驚怖思念。云何羅剎心?謂於善中發起不善。云何刺心?謂一切處發起惡作為性。云何窟心?謂順修為入窟法。云何風心?謂遍一切處發起為性。云何水心?謂順修洗濯一切不善法。云何火心?謂熾盛炎熱性。云何顯色心?謂類彼為性。云何板心?謂順修隨量法,捨棄餘善故。云何迷心?謂所執異所思異。云何毒藥心?謂順修無生分法。云何羂索心?謂一切處住於我縛為性。云何械心?謂二足止住為性。云何雲心?謂常作降雨思念。云何田心?謂常如是修事自身。云何鹽心?謂所思念彼復增加思念。云何剃刀心?謂唯如是依止剃除法。云何彌盧等心?謂常思惟心高舉為性。云何海等心?謂常如是受用自身而住。云何穴等心?謂先決定彼,後復變改為性。云何受生心?謂諸有修習行業,彼生心如是同性。祕密主!一二三四五再數,凡百六十心,越世間三妄執,出世間心生,謂如是解唯蘊無我根境界,淹留修行拔業煩惱株杌、無明種子,生十二因緣離,建立宗等。如是湛寂,一切外道所不能知。先佛宣說,離一切過。祕密主!彼出世間心住蘊中,有如是慧隨生。若於蘊等發起離著,當觀察聚沫、浮泡、芭蕉、陽焰、幻等而得解脫。謂蘊處界能執所執皆離法性,如是證寂然界,是名出世間心。祕密主!彼離違順八心相續業煩惱網,是超越一劫瑜祇行。復次祕密主!大乘行發無緣乘心、法無我性。何以故?如彼往昔如是修行者觀察蘊阿賴耶,知自性如幻、陽焰、影響、旋火輪、乾闥婆城。祕密主!彼如是捨,無我心主自在覺自心本不生。何以故?祕密主!心前後際不可得故。如是知自心性,是超越二劫瑜祇行。復次祕密主!真言門修行菩薩行諸菩薩,無量無數百千俱胝那庾多劫積集無量功德智慧,具修諸行,無量智慧方便皆悉成就,天人世間之所歸依,出過一切聲聞辟支佛地,釋提桓因等親近敬禮。所謂空性離於根境,無相無境界,越諸戲論,等虛空,無邊一切佛法依此相續生,離有為無為界、離諸造作、離眼耳鼻舌身意極無自性心生。祕密主!如是初心,佛說成佛因故,於業煩惱解脫,而業煩惱具依,世間宗奉常應供養。復次祕密主!信解行地觀察三心,無量波羅蜜多慧觀四攝法。信解地無對無量不思議,逮十心無邊智生,我一切諸有所說,皆依此而得。是故智者當思惟此一切智信解地,復越一劫昇住此地,此四分之一度於信解。」

その時、金剛手菩薩が再び仏に請い申し上げた。「どうか世尊、その心をお説きください。」このように申し上げると、仏は金剛手秘密主に告げられた。「秘密主よ、よく聞きなさい、心の相を。すなわち、貪りの心、貪りのない心、怒りの心、慈しみの心、愚かな心、智慧の心、決定した心、疑いの心、暗い心、明るい心、積み集める心、争う心、論争する心、論争しない心、天の心、阿修羅の心、龍の心、人の心、女の心、自在の心、商人の心、農夫の心、河の心、池の心、井戸の心、守護する心、物惜しみの心、犬の心、狸の心、迦楼羅の心、鼠の心、歌う心、舞う心、太鼓を打つ心、家屋の心、獅子の心、みみずくの心、烏の心、羅刹の心、刺す心、洞穴の心、風の心、水の心、火の心、泥の心、色を顕す心、板の心、迷いの心、毒薬の心、羂索(網や縄)の心、械(足枷)の心、雲の心、田の心、塩の心、剃刀の心、須弥山のような心、海のような心、穴のような心、受生(生を受ける)の心である。秘密主よ、それらはどのようなものか。貪りの心とは、染まる法に随順することをいう。貪りのない心とは、染まらない法に随順することをいう。怒りの心とは、怒りの法に随順することをいう。慈しみの心とは、慈しみの法を修行することに随順することをいう。愚かな心とは、観察しない修行に随順することをいう。智慧の心とは、殊勝で増上する法を修行することに随順することをいう。決定した心とは、尊い教えの命ずるままに、説かれた通りに奉行することをいう。疑いの心とは、常に定まらない事柄を抱え持つことをいう。暗い心とは、疑うべきでない法に対して疑いの解釈を生じることをいう。明るい心とは、疑うべきでない法に対して疑いなく修行することをいう。積み集める心とは、無量のものを一つとすることを性とする。争う心とは、互いに是非を争うことを性とする。論争する心とは、自分自身に対して是非を生じることをいう。論争しない心とは、是非をともに捨てることをいう。天の心とは、心の思いが随念して成就することをいう。阿修羅の心とは、生死の世界を楽しむことをいう。龍の心とは、広大な資財を思い求めることをいう。人の心とは、他を利することを思うことをいう。女の心とは、欲の法に随順することをいう。自在の心とは、『私の思いのままにすべてがなるように』と考えることをいう。商人の心とは、初めに集め、後に分析する法を修行することに随順することをいう。農夫の心とは、初めに広く聞き、後に法を求めることに随順することをいう。河の心とは、二辺(両極端)に依る法を修行することに随順することをいう。池の心とは、渇き、飽き足りることを知らない法に随順することをいう。井戸の心とは、『深く、さらに甚だ深い』とこのように思惟することをいう。守護する心とは、『ただこの心だけが真実で、他の心は真実でない』とすることである。物惜しみの心とは、自分のためだけにし、他に与えない法に随順することをいう。狸の心とは、ゆっくりと進む法を修行することに随順することをいう。犬の心とは、少しの分け前を得て喜び足りることをいう。迦楼羅の心とは、仲間や党、羽翼(味方)となる法に随順することをいう。鼠の心とは、すべての束縛を断ち切ろうと考えることをいう。舞う心とは、『私は様々な神通変化によって上昇しよう』とこのような法を修行することをいう。太鼓を打つ心とは、『私は法の太鼓を打とう』とこのような法を修行することに随順することをいう。家屋の心とは、自らの身を護る法を修行することに随順することをいう。獅子の心とは、すべてにおいて怯えない法を修行することをいう。みみずくの心とは、常に暗い夜に思念することをいう。烏の心とは、あらゆる場所で驚き怖れて思念することをいう。羅刹の心とは、善の中から不善を引き起こすことをいう。刺す心とは、あらゆる場所で悪い行いを引き起こすことを性とする。洞穴の心とは、洞穴に入る法を修行することに随順することをいう。風の心とは、あまねく一切の場所に起こることを性とする。水の心とは、一切の不善の法を洗い清めることを修行することに随順することをいう。火の心とは、盛んに燃え盛り、熱する性質である。色を顕す心とは、それに類することを性とする。板の心とは、量に随って法を修行し、他の善を捨て去ることをいう。迷いの心とは、執着するものが思惟するものと異なることをいう。毒薬の心とは、生じる部分のない法を修行することに随順することをいう。羂索の心とは、あらゆる場所で『我』という束縛に住することを性とする。械の心とは、二本の足で止まって住することを性とする。雲の心とは、常に雨を降らそうと思念することをいう。田の心とは、常にこのように自らの身を整え営むことをいう。塩の心とは、思念したことをさらに増して思念することをいう。剃刀の心とは、ただこのように剃り除けることに依り止まることをいう。須弥山のような心とは、常に心が高ぶっていると考えることを性とする。海のような心とは、常にこのように自らの身を受用して住することをいう。穴のような心とは、先にそれを決定しておきながら、後にまた変え改めることを性とする。受生の心とは、様々な修行や行いを修習する者が、その生じる心がこのように同じ性質であることをいう。秘密主よ、一二三四五と数えていけば、凡そ百六十の心がある。これら世間的な三つの妄執を超え越えるとき、出世間の心が生じる。それは、『ただ五蘊のみがあり、我はない』という根と境界についての理解であり、修行に留まりつつ、業と煩悩という株や根、無明の種子を抜き取り、十二因縁から離れ、宗派などを立てることを超えた状態である。このように澄み静まった境地は、一切の外道が知ることができない。先の仏が説かれた、一切の過ちから離れたものである。秘密主よ、その出世間の心は蘊の中に住しながら、このような智慧が随って生じる。もし蘊などに対して離れ、執着しないことが起こったならば、泡、水の泡、芭蕉、陽炎、幻などの観察によって解脱を得るべきである。すなわち、蘊・処・界、能執(執着する側)・所執(執着される対象)はすべて法性から離れている。このように寂然たる境界を証すること、これを出世間の心という。秘密主よ、それら順境逆境という八つの心の相続する業煩悩の網から離れることは、一劫の瑜祇行を超越することである。さらにまた、秘密主よ、大乗の行においては、縁のない乗の心、法無我の性が発起する。なぜなら、かの昔、このように修行した者は、蘊と阿頼耶を観察し、自性が幻、陽炎、影、響き、火の輪、乾闥婆城のようであると知ったからである。秘密主よ、彼はこのように捨て、無我の心の主であり自在なる覚り、自心が本来生じないことを覚る。なぜなら、秘密主よ、心には前際(過去の始まり)も後際(未来の終わり)も得られないからである。このように自心の本性を知ることが、二劫の瑜祇行を超越することである。さらにまた、秘密主よ、真言門で修行する菩薩行の諸菩薩は、無量無数百千俱胝那由他劫にわたって無量の功徳と智慧を積み集め、諸々の行を具足して修め、無量の智慧と方便をことごとく成就し、天界と人間世界の帰依するところとなり、一切の声聞・縁覚の境地を超え出て、帝釈天などが親しく近づき敬礼するのである。すなわち、空性は根と境から離れ、相なく境界なく、一切の戯論を超え、虚空に等しく、辺際なく、一切の仏法はこれに依って相続して生じ、有為・無為の界を離れ、一切の造作を離れ、眼・耳・鼻・舌・身・意を離れた、極めて自性のない心が生じる。秘密主よ、このような初心こそ、仏が仏となる因であると説かれたのであり、業と煩悩から解脱しながら、しかも業と煩悩を具え依り、世間の人々が宗仰し奉り、常に供養すべきものである。さらにまた、秘密主よ、信解行地においては三つの心を観察し、無量の波羅蜜多の智慧をもって四摂法を観る。信解地には対するものなく、無量で思議を超え、十の心を捉え、辺際のない智慧が生じる。私が一切の説くところは、皆これに依って得られるのである。それゆえ、智者はこの一切智信解地を思惟すべきであり、さらに一劫を超えてこの地に昇り住するならば、これは信解を度する四分の一である。」

爾時執金剛祕密主白佛言:「世尊!願救世者演說心相,菩薩有幾種得無畏處?」如是說已,摩訶毘盧遮那世尊告金剛手言:「諦聽,極善思念。祕密主!彼愚童凡夫修諸善業、害不善業,當得善無畏。若如實知我,當得身無畏。若於取蘊所集我身捨自色像觀,當得無我無畏。若害蘊住法攀緣,當得法無畏。若害法住無緣,當得法無我無畏。若復一切蘊界處、能執所執、我壽命等及法無緣空、自性無性,此空智生,當得一切法自性平等無畏。祕密主!若真言門修菩薩行諸菩薩,深修觀察十緣生句,當於真言行通達作證。云何為十?謂如幻、陽焰、夢、影、乾闥婆城、響、水月、浮泡、虛空華、旋火輪。祕密主!彼真言門修菩薩行諸菩薩,當如是觀察。云何為幻?謂如呪術藥力能造所造種種色像,惑自眼故,見希有事展轉相生、往來十方,然彼非去非不去。何以故?本性淨故。如是真言幻持誦成就,能生一切。復次祕密主!陽焰性空,彼依世人妄想成立有所談議,如是真言想唯是假名。復次祕密主!如夢中所見晝日牟呼栗多,剎那歲時等住,種種異類受諸苦樂,覺已都無所見。如是夢真言行,應知亦爾。復次祕密主!以影喻解了真言能發悉地,如面緣於鏡而現面像,彼真言悉地當如是知。復次祕密主!以乾闥婆城譬解了成就悉地宮。復次祕密主!以響喻解了真言聲,如緣聲有響,彼真言者當如是解。復次祕密主!如因月出故照於淨水而現月影像,如是真言水月喻,彼持明者當如是說。復次祕密主!如天降雨生泡,彼真言悉地種種變化,當知亦爾。復次祕密主!如空中無眾生、無壽命,彼作者不可得;以心迷亂故,而生如是種種妄見。復次祕密主!譬如火燼,若人執持在手,而以旋轉空中,有輪像生。祕密主,應如是了知大乘句、心句、無等等句、必定句、正等覺句、漸次大乘生句,當得具足法財、出生種種工巧大智,如實遍知一切心想。」

その時、執金剛祕密主が仏に申し上げた。 「世尊よ、世を救うお方、どうか心の相をお説きください。菩薩には、幾つの畏れなき境地を得るものがあるのでしょうか」

このように申し上げると、摩訶毘盧遮那世尊は金剛手に告げられた。 「よく聞きなさい。心を澄まして深く思念せよ。祕密主よ。 愚かな凡夫が諸々の善い行いを修め、不善な行いを断つならば、『善無畏』を得るであろう。 もし『我』というものをありのままに知るならば、『身無畏』を得るであろう。 もし、五つの取蘊によって集められたこの我が身から、自らの色や形に執着することを離れ観るならば、『無我無畏』を得るであろう。 もし、諸蘊を離れ、法に執着する縁を断つならば、『法無畏』を得るであろう。 もし、法への執着を離れ、無縁の境地に住するならば、『法無我無畏』を得るであろう。 もしさらに、一切の蘊・界・処、能執と所執、我や壽命など、そして法さえも、無縁・空・自性無性であると知り、この空の智慧が生じるならば、『一切法自性平等無畏』を得るであろう。

祕密主よ、真言門において菩薩行を修める諸菩薩が、深く十の縁生の句を観察し修めるならば、真言の行において通達し、証を得るであろう。 十とは何か。すなわち、幻・陽炎・夢・影・乾闥婆城・響・水月・浮泡・虚空華・旋火輪である。 祕密主よ、真言門において菩薩行を修める諸菩薩は、このように観察すべきである。

幻とは何か。呪術や薬の力によって、様々な色や形を造り出すように、自らの眼を惑わして、珍しい事柄を見、それらが展転と生じ、十方を行き来するように思うが、実はそれらは去ることもなく、去らないのでもない。なぜなら、その本性は清浄であるからだ。このように、真言の幻を修め成就すれば、一切を生じさせることができる。

次に、祕密主よ。陽炎はその性質が空である。それは世間の人々の妄想によって成立し、種々の議論がなされるものである。このように、真言についての想いも、ただ仮の名に過ぎないのである。

次に、祕密主よ。夢の中で見る、昼間の一瞬や一年など、様々な異なる種類のもの、苦楽を受けることも、目覚めれば何も見えない。このように、夢のような真言の行も、同様であると知るべきである。

次に、祕密主よ。影の譬えによって、真言が悉地(成就)を引き起こすことを理解せよ。顔が鏡に縁って顔の像を現すように、その真言の悉地も、このように知るべきである。

次に、祕密主よ。乾闥婆城(蜃気楼)の譬えによって、成就した悉地の宮殿を理解せよ。

次に、祕密主よ。響きの譬えによって、真言の声を理解せよ。声に縁って響きが生じるように、真言を行う者はこのように理解すべきである。

次に、祕密主よ。月が出たために清らかな水に照らされて月の影像が現れるように、この真言の水月の譬えを、持明者はこのように説くべきである。

次に、祕密主よ。天が雨を降らせて泡が生じるように、真言の悉地による種々の変化も、同様であると知るべきである。

次に、祕密主よ。虚空の中に衆生もなく、壽命もなく、それを作る者も得られない。心が迷乱しているが故に、このような種々の妄見が生じるのである。

次に、祕密主よ。たとえば火の燃えさしを、人が手に持って空中で回転させれば、輪の像が生じる。祕密主よ、このようにして、大乗の句・心の句・無等等の句・必定の句・正等覚の句・漸次に大乗が生じる句を了知すべきである。そうすれば、法財を具足し、種々の工巧(技芸)と大いなる智慧が生まれ、一切の心の想いをありのままに遍く知ることができるであろう」


2 入漫茶羅具緣真言品

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